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前の記事に研修の事を書いたのをきっかけに、何人かの教師と2008年問題について話をしてみました。都市部では若い人が激増している職場が多く、どの教師も若手が空けた「穴」の影響が出てきていると言っていました。2008年問題は、継続しているということで、2010年も問題!?↑ちょっと、自分で「うまい」と気に入っています(笑)。 ※コンピュータ系の2010年問題とは違います。たぶん、今後数年、2011年も2012年も問題だと思います。 いやいや、笑い話ではなく、ある学校では昨年度3つの学年(2・4・5年)で3人の若手が学級崩壊を起こたそうです。今年度はそれぞれが(3・5・6年)と進級し、クラス替えによって荒れた子供が混ざっているため、学級崩壊が起こっていない学年(つまり1・2・4年)にその3人を回したところ、再び学級崩壊状態に陥り、結局全学年に学級崩壊の芽をばらまいたことになってしまったそうです。うーん、厳しい。「明らか崩壊」ということはなくとも、じわじわと若手が積み重ねたミスは効いてきているようです。それはそうです。私は中の下ぐらいの教師ですが、さすがに年を食った分、できるようになっていることもあり、3年生なら、全員にリコーダーでエーデルワイスが吹けるぐらいまでは鍛えます(当たり前だと怒られそうですね)。でも、教師になって2,3年であれば、そんなことができる人は少ないでしょう(これはある意味当たり前)。ある年もった4年生は、3年時にベテラン陣に担任してもらっていながら、エーデルワイスどころか「ドレミ」の指がどれなのかも理解していない子供が続出でした((涙))。・・・と、言ったふうに、若手はもちろんのこと、ベテランと言われるはずの年齢の教師でも、いまひとつ力量は不足しています。つまり、育てなければならない人が増えている割に、育てることができる教師は少ないのです。さらに、本来その間を取り持つ年代であるはずの30~40代の層が都市部では極端に不足しているのです。さらに、教師にはベテランと若手の関係性が水平的で、もともと「教える---教えられる」の関係がありません。企業から転職してきた教師の話では、「私、30歳にもなったら10人ぐらいの部下がいて教育や指示を出していましたよ。教師って、自分でコピーをとるんですね。」と言っていました。彼は、飲み会で校長や教頭が部下に酒をついで回る姿に驚愕していました(苦笑)。上下関係がないのは、トップダウンで妙な圧力が働いて教育が歪められにくいという危機回避装置としての役割は果たしているとは思うものの(東京や大阪は危うい)、本当にこんなのでいいのかと思ってしまうときがあります。私も学級崩壊を起こしている若手にずいぶんいろいろ教えてあげたのに、本人は今一つピンと来ていなくて、自分はそんなに間違っていないと思っているらしく、ウワの空でした。まあ、もし、上下関係を強化したところで、教える能力がある人がいないという問題はすぐには解決されないので、困ったものです。前回主張したように、ちゃんとしたコンサルタントをつける制度が必要だと思います。学校外の人の感覚をもっと導入して(鵜呑みにするというわけではないです)、改革・改善を進める必要があると思います。この資源も土地もない国が生き抜いていくためには、教育にはもっとお金と時間を割いてほしいです。「コンクリートから教育へ」です。
Jan 26, 2010
コメント(6)
更新もままならぬうちに、年が明けてしまいました。あけましておめでとうございます(遅)。2010年になりました。2・3年ほど前は2008年問題が騒がれていましたが、その後、世間の職場ではどうなっているのでしょうか??教育現場では、2008年問題は継続しています。単に団塊の世代の数が多いだけではなく、都市部では過密化による人口増に団塊ジュニアのために児童数が増えた影響でクラス増が発生し、団塊の世代が大量に採用されています。ほかの会社組織に比べてもおそらく団塊世代が多いのではないかと思います。そのせいで、昨今、都市部はどこの職場も驚くほど急ピッチで若返っています。新旧交代はあと10年ぐらい続くのではないかと思います。若い教師を育てなくてはいけないのに、都市部では人口減→クラス数減が起こり、働き盛りの30~40歳台がおらず、やっつけ仕事に忙殺されています。若い教師のために、初任者研修という制度が始まって20年余になりますが、けっこう問題があって、十分には機能していないように思います。私は制度が導入されたころに採用されました。最初の1年は正直なところ、日々の授業や指導の準備や対処業務に精いっぱいで周りからどうのこうの言われてもまともに吸収するだけのキャパシティーがありませんでした。優秀な教官と優秀な新任教員がいれば、初任者研修はうまく機能するのでしょう。しかし、現場には優秀でない教官も、優秀でない新任教員も、少なからずいます。私のような優秀でない教員にとって、初任者研修は講座を聞くのと書類を書くのに精いっぱいでした。講座も書類も、時間をとられるだけの、苦しく余計な負荷でした。そもそも現場が初めての教員がいきなり担任になって、6教科も教えるというのは、無茶です。そう簡単にいい授業・いい指導ができるものではありません。専科教員として、国語と算数だけ教えるぐらいでちょうどではないかと思います。どうしても担任を持つ必要があるなら、隣のクラスと授業交換をして、3教科ぐらいだけ担当するので十分だと思います。自分に初任時の苦い経験があるので、数年前に学年主任として初任のS教諭を預かったときに、校長に「S教諭を守るためにも授業交換をしたい」と申し出たのに一蹴されました。しかし、案の定、最後はS教諭の学級はかなり荒れてしまいました。(結局、3学期は校長の許可なしで、勝手に授業交換しちゃいました。) 初任の教師に担任は無茶だと思います。昔とは子供が違うのです。子供だけではなく、忙しさも違います。4月の初日に配られる書類はついに30通を超え(急がずに2日目、3日目に配りましょうという声はかき消され…)、S教諭の状態を心配して隣の教室をのぞきに行くと、あまりの多さに子供たちは「あの手紙がない、この手紙が2枚あると」騒然としはじめ、S教諭の手紙を配る手は震えていました。書類の配り方一つをとっても、ベテランと新任では差があります。今は失敗が積み重なると、子供たちはすぐに荒れ始めます。団塊世代の大量退職で若い先生たちが急激に増えた影響で、見える失敗・見えない失敗が子供たちの中に蓄積されてしまっています。医者は研修医を含め、8年かけてやっと「先生」になれるんだったと思うのですが、教師は大学に4年行けば「先生」になれてしまいます。手術時の感染症予防の知識や技術がない医者はいないと思いますが、どうやったらクラス全員が跳び箱をべるようにすることができるのか、わからない・できない(あるいはやらない)教師はたくさんいます。逆上がりのさせ方に至っては、ほとんどの教師が分かっていません(20数年間、逆上がりをクラス全員に成功させたという教員にお目にかかったことがありません・・・)。大学4年間でほぼ座学と6週間の教育実習をこなし、1年ばかり現場で先輩教員に初任者研修を受けたからといって、授業や指導ができるようになるわけではありません。運転免許を取れば事故をしないということがないーと同じで、教員免許を持っていても、採用試験に合格しても、まともな教師になれたわけではありません。むしろ、初心者の運転よりもよっぽど危ういのが教員の資質・技能です。もはや現場は若さでカバーできるような時代ではありません。正直に告白しますと、教師になって5年目ぐらいまでは、クラスで誰が漢字ができないのかきちんと把握さえしていなかったし、何で誰を落ちこぼしていても、全く為す術がないということが山ほどありました。あの頃の子供たちには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。今とは違って私が若かった時に勤めていた学校は子供たちが賢かったので、学級崩壊というようなことはなかったですし、無茶苦茶やっていた割には(「お楽しみ会」のために日々があるような状態でした)そこそこ面白いクラスになりましたが・・・。教育現場では1年ぽっきりの初任者研修で研修を終わってしまい、その後の成長は本人任せというのが実態です。なんで1年ぽっきりにしちゃうのでしょう???初任者研修以降にも必修の研修はあるものの、ターゲットのはっきりしていない研修しかありません(初任者研修は「A教諭個人への研修」です。)。ですから、本人の意欲がなければ、研修を受けても本当に成長したかどうかを評価されることがないのです。そんなのではなく、もっと継続的に教員個人に向けての研修をほどこすべきだと思います。教員に対してあまり管理的なシステムを敷くとひずみが生じる危惧があるので、妙な強制的研修や上から目線の評価ではなく、コンサルティングという形で、もっと教師を支援するべきだと考えています。最初の3年は「支援」色を強くしてはどうかと思います。「教師を甘やかす」という意味ではなく、「力のない教師に教えられる子供を保護する」という視点で支援するのです。この時期、ある程度の失敗をするチャンスを与えてあげることも必要だと思います。そのためには、子供たちへのダメージを少なくするように担任を外し、教える教科を絞るといいと思います。4年目~6年目の3年間は、妙に自信をつけて我流に走り、学級王国を作ってしまわないように、多様で十分な情報を与えて、自己研鑽の機会を作ってあげるべきだと思います(繰り返しますが、単に「指導」色・「管理」色を強めればいいというように思っているわけではありません)。しっかりとした実践授業・実践指導例に触れ、相互の授業を見合い、十分にリフレクションを促す必要があると思います。(そのためには、教育に関する情報をしっかりと蓄積・流通する必要と多数の目で多様な評価をする必要があると思います。) その後、10年目でも、20年目でも、30年目であっても、もっと個人をターゲットにした研修が必要だと思います。個人をターゲットというと、なんだか「強制だ」「指導色が強い」「個性をつぶす」といった危惧を感じる人が多いと思います。私も強制や指導は好みません。そうではなく、あくまで個人の成長を支援するという立場で客観的なアドバイスをする組織が必要だと思うのです。「あなたのクラス漢字の取得率が平均60%程度ですが、何か手を打つことができますか?こんな手法とこんな手法がありますよ」「保護者とトラブルになっているようですが、保護者との接し方について見直してみませんか。こんなことが原因になっているかもしれません。」などと、上からではなく側面あるいは斜め上ぐらいから「診断→協調的改善」を支援してくれるような客観的組織(コンサルタント的立場の組織)が必要ではないかと考えています。※コンサルティング (consulting) とは、業務または業種に関する専門知識を持って、主に企業(まれに行政など公共機関)に対して外部から客観的に現状業務を観察して現象を認識、問題点を指摘し、原因を分析し、対策案を示して企業の発展を助ける業務を行うことである。(ウィキペディアより)
Jan 6, 2010
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