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いいタイミングで藤本から連絡が入った。藤本はEGワードを開発し、エルゴソフトを軌道に乗せたが、今は持ち株を売却しIBMにいた。PCサーバーの企画部門にいて部長だという。ニューヨークから帰るとすぐに中国へ飛ぶ!世界を飛び回っていた。藤本を中心とした勉強会(飲み会)があるのだという。IT関連の実力者が集まるのだろう。僕も参加した。「先日Yahoo Japan本社へ行ってきたよ」「長谷川も良かったかもな、ポータルサイトが一番大きくなるよ、それ以外もこれからどんどん新規事業が立ち上がっていくぞ」・・・・・・紹介するよ「こちらはビルゲイツの友人だよ、ITマネジメント・コンサルの社長ね」「こちらは日本語ドメインの会社」「こちらはどのキーワードがどれくらい検索をかけられているかを調査する会社」「こちらはビジネスモデルを申請する会社」・・・・・・「んー、流石だなぁ、IMBの部長ともなると人脈は半端ではないな。「面白い事業ネタがいっぱいあるだろ?」「そうだなぁ、しかし思い切ったもんだなぁ会社売っちゃって」「やり尽くしたからな・・・これからはIMBで役員を目指すよ(笑)」「この会社なんか、面白いんじゃないか?」さきほどの日本語ドメインの会社だった。出資を持ちかけられた。《続く》 ←続きを見たいに一票 ← U^ェ^U ぽち
2007/08/28

平成7年 ここは立ち上げたばかりの Yahoo Japan 本社だ!「おー 長谷川久しぶり! 元気そうだなぁ」受付のテーブルで大学卒業後の話をした。ヤフー(東京インターネット)はSECOMが中心となり、多くの大手企業が参加した会社だという。「社長が奥にいるよ、呼んでくるね」中は10人分ほどの机が整然と並んでいた、ガランとした感じだ。「どうも、ようこそ」YAHOOの社長と名刺交換だ。いろいろ質問をした。アメリカのインターネットビジネスの今後の展開から、日本での展開について。まず最初にヤフーのようなポータルサイトが立ち上がるのだという。次にショッピングモールのようなもの。その後はビジネスモデルの確立が大切・・これからは・・代理店というものは生き残れないかもしれない。地上に存在してきた店舗は代理店が多い。これからは・・既存の商売はインターネットに負けてしまうと感じた。だからこそインターネットに打って出なくては!個人が大手に勝つ方法等についても話した。この会社はいずれ日本のトップ企業になるのかな?昔、フォードが「自動車」というものの生産に乗り出した時、世界中を自動車がこれほど走りまわることになるなどと思った人は、ほんの一部の人だけだったはずだ。お金が無くても大企業に勝つ可能性を秘めた世界!工場などもいらない、初期投資もほとんどかからない世界!ランニングコストもほとんどかからない!電気代もゼロに限りなく近い!固定資産税も無い!他の事業とは比べものにならない! インターネットの未来がとても大きく夢のある世界に感じた。 「ヤフーはいくらくらいで立ち上げたんですか?」その時の答えは確か3億円ほどだったと記憶している。ポータルサイトは個人では簡単ではないなと感じた。小さな会社が大手に勝てる分野の質問した。「勝てますよ、インターネットならね」先行逃げきりなのがインターネットなのだな。その中で面白いことを聞いた!ドメインビジネス、キーワード検索を利用したビジネス。あることに特化したビジネス。いい話を聞いたと思った。今考えれば凄い会社の立ち上げを見に行ったものだ。ヤフーはこの数年後に売られた。数百億円だった。これを引き継いだ会社は数千億円になる。そして・・孫正義、ソフトバンクの手に渡る。今はどれくらいだろう?4兆円ほどか!偶然にも僕の大学時代の友人はヤフー設立時からいたわけだ。そして僕も大いに勉強になり、刺激を受けた。この後、僕もすぐにホームページを立ち上げることにした。 《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ
2007/08/19

1995年、平成7年。僕は新規事業を探していた。既に、3事業をしていた頃だ。不動産賃貸業、カラオケ、店舗企画、店舗デザイン、その次を探していた。まだやるの?既に成功しているでしょ?こうも言われた。僕は前へ進むこと、心地よく仕事をすること、楽しみながら日常を過ごすこと、こう思い、事業をライフワークにしているのだ。成功とは何か?過去、ホンダやソニーやトヨタの経営者も「これで良い」こう思った人などいないはずだ。僕もそうだ、規模こそ違うが同じ気持ちだ。これで良いと思った時は後任に道を譲る時だ。その時は社長業は人に任せ、オーナーとなる時だと思っている。そんな時・・・一本の電話が鳴った!「おー、長谷川だよ」長谷川は大学の研究室で藤本らと一緒だった友人だ。彼は確かセコムに就職したんだよな?「今さあ、東京インターネットっていう会社に出向してさぁ、そこにいるんだよ」平成7年には、僕はインターネット回線をつなぎ、インターネットの事業を始めた時!「え、面白そうだなぁ、インターネットで何するんだ?」「Yahooっていうものを立ち上げるんだよ」「ヤフー?アメリカのポータルサイトじゃないか」「今、7人しかいないんだ、遊びにこないか?会社は3人しかいないよ(笑)」「行く行く」僕は早々に新宿御苑にある長谷川の会社を訪れてみた。よくわからない場所だった。社長が会ってくれるという。ヒマだから時間はあるよと言っていた。エレベーターを降りると・・ガランとした感じだ。奥に目をやると3人の姿。「ここがヤフージャパンの本社かぁ」《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ
2007/08/13

寝る時間は明け方の4時過ぎと決まっていた。暇になったら・・こう言いながら暇にはならなかった。高柳さんが言った。「幸せだなぁーこう言ってからなぜ幸せなのか理由を考えてみようか!」寝る暇が無いほど忙しい時は・・・「仕事がとれない時、仕事さえ取れれば・・・・って思っていたよな。今は幸せだねぇ」前にこんなこと言っていたよな!お金が無い時は・・・「最後の貧乏を楽しもうぜ、そのうち貧乏が懐かしくなるぞ」・・・元々プラス思考ではあったが、そんな人間でもネガティブな時はある。ポジティブワード辞典のような人間になろう!・・・どんなに忙しくても「ありがたい」こう思い、喜ぶことにしよう!このようにプラスに考えることが大切!毎日毎日会う人は成功者である社長だ。僕自身も社長。ここ数年の間に、知り合った社長が二人自殺してしまった。人が羨む暮らしをした後、事業が傾きはじめ、建て直しの最中、自ら命を絶ってしまった。僕はこのブログを書き始めてから、心の問題を多く取り上げてきた。幸せになるための答えはたくさん書いてきたつもりだ。人生、苦しい時は・・そうだ「楽しもう」そう思ってみよう。数年の間にサラリーマンから社長へ、月5万円の生活からポルシェ、フェラーリの生活へ。激動の経験をして幸せについて考え、そして得た答え。”いつだって楽しもう”これだ!心が貧しいと幸は手に入らない!お金や物質的な物の欲求の意識が強すぎると、際限が無くなる。たとえ地球が自分のものになっても終わらないだろう!だからと言って努力も夢も捨てるのでは無い!やるべき事をしっかりやり、(悩むこと無く)幸せを感じながら目標に向かっていく!目標に到達する過程も楽しむ!このことが大切なのだ。《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ
2007/08/11

案件の数は30件を超えた!このような状況は平成5年から平成11年まで、6年間続いた。半年待ち、いや10ヶ月お待ち頂かなければならない。営業要員を探そう!設計士で営業もできる人を探そう!何人かみつかり、打合せに行ってもらった。電話が来た、「Macさんじゃななきゃダメだな」「グレイスさんはマンパワーの会社だよ、他の人が来たってダメだよ」・・・このビジネスはすぐに限界を迎えることになった。このようなコンサルのような仕事は代わりがみつからない。たくさん打合せ希望が来ていても、年間でできる仕事はごく少数でしかなかった。どうしたら会社を伸ばすことができるか考える時だ。自分の代わりに良い営業してくれる人!!接客を理解していて販売促進がわかっている人、経営的なリスクを理解している人、建築の知識があって、デザイン、コンセプト、テーマを理解している人、精神的にタフで粘り強くお客さんの意見に耳を傾けられる人、・・・このようなキャリアを持った人はなかなかいなかった。みつかると、そのような人は既に「社長」をしていた。忙しくなり心を失いかけた。高柳さんとも話し合った。人生ってなんだろう?幸せって何だろう?会社って大きくすれば成功なのか?目標は月収100万円もあったら十分なんじゃないか?守りに入ったら衰退するぞ!この事業は上場できるようなビジネスモデルではないな!上場とか大きくなると株主に文句を言われようになるぞ!目指すところは大きさじゃないな!結果として上場するようなことでもあれば良いが目指すものではないな!お金があると幸せか?会社を興して4年目の後半にはフェラーリを買った。手に入れるまでが楽しかった。ワクワク感が消えるのがやけに早い。非日常もいつの間にか日常となる。夢というものは・・・・・・・・実現に向けて一歩一歩近づく時が一番楽しい!!夜明け前が一番ワクワクする!サッカーで言えば、3-0で残り時間3分、「ボールキープ」ここらへんが一番湧き上がる!興奮の後・・余韻に浸る時間・・・まわりの景色もよく見る余裕があって、コーヒー一杯にも幸せを感じることができる。花がきれいだな・・雲ってゆっくりと形を変えながら流れているんだな・・このような「ゆとり」が無くて幸せと言えるだろうか?お金があって何でも買える、しかし、余裕も無く、悩み事ばかり増えて幸せと言えるのだろうか?《続く》
2007/08/07

「久しぶり、Macさん覚えていますか?」時はガラガラとバブル崩壊中。平成5年。「いやぁ、設計会社が潰れてるねぇ、建築会社もねぇ、大丈夫と思った会社が潰れちゃうんだよな」昨年に営業に行ったお客さんからの電話だった。どうやら頼んだ会社が打合せの最中、倒産したらしい。大きくやっているところは皆、危なかった。電話は第一興商以外の初仕事になった。電話はぽつり、ぽつりと入った。一年近く前に会った人から数本入った。「あんたのことは忘れられなかったよ」「印象的だったよ」やはり、種まきは大切だと思った。そして諦めないこと、改善することも大切だった。設計士も持っていない!インテリアコーディネイターも無い!そんなことは関係無かった。2年目の終わりころには案件は急速に増えた。それでも最初に会うと「どこのどいつだ?」「事務所はどこ?」「借りてるの?」こう言われ続けていた。最初に入ったお金でポルシェ911カレラ4の中古を買った。これには確信があった!信用というものは見せ方も大切だ!こう感じていたからだ。「ポルシェで営業なんてやめな」「外車で営業に行くなんて非常識だよ」こんなアドバイスをする人ばかりだった。こう言う人は皆、痛い目にあったことの無い人かな?親や同級生、親戚、知人がいて、どこかに知り合いの成功者もいる。皆「信用」は適当にはあるものだ。僕のように親も親戚も同級生もいないこの土地で、僕の苦労を知る人は皆無だった。営業車はポルシェ!どんな反応になるのかな?ポルシェに乗り換えたことは、噂となっていた!”東京から群馬にやってきて成功しつつある人!”こんな言われ方だった。興味を引いたのは間違いない!「あんたどこのどいつだ?」「事務所はどこ?」このように言われることが全く無くなった!「文真堂の開発です、SEGAとの複合店、3000坪を計画しているのですが」「セガ?さんとの複合店ですか?」「実はビッグエコーさんの企画をMacさんのところがやったと聞いたものですから」文真堂書店だ!地元群馬で最大の本屋チェーン店からだ!群馬ではセガの企画なんて取れるわけがない!うちが担当者におみやげを持っていっても取れなかったんだ、2年目のMacさんが頑張ったってセガはとれないよ!設計会社や建築の関係者からはこう言われた。プレゼンの結果、3000坪の開発計画に参加することとなった。オープンの結果は大成功!「ゲームセンターなんて町の不良が集まるところ」それが一般的な見方だ!完全に覆した。この複合店はアメリカカリフォルニアからも取材が入った。SEGAとビッグエコーの両社を企画した会社としても取材だという。商工リサーチ発行の「ぐんま経済ガイドブック」の表紙を飾った。群馬テレビの取材も受けた。再度群馬テレビより7分間の生中継出演依頼も受けた。バブル崩壊後の商業施設集客について講演依頼もあった。「有線(USEN)です、カラオケゆー坊(現ビーエムビー・アクシス)の企画で打ち合わせさせてください」「タイトーです、全国のタイトーゲームセンターの企画コンペに参加して頂けますか?」「ステーキ宮です、アミューズメントの企画をお願いしたいのですが」続々と相談の電話だ!《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ
2007/08/05

来る日も来る日も営業を続ける。僕は「僕自身を売り続けた」お客さんは言葉には出さないが、心の中でつぶやく・・「いい企画だねぇ、だけど最初の客にはならないよ、怖いからね、ついこの前までサラリーマンだったんだろ、こっちはリスクを負っての真剣勝負なんだ、独立したてでケツが青い!十分な実績を積んでから出直しておいで」こう言っているのだろう!初年度は「種まき」だ!厳しいことなどわかってた。自分を理解してもらうこと、辛抱強く、粘り強く、諦めることなく、雨の日も、雪の日も、そんな日こそ営業に出かけよう。誠意を持って説明し続けよう。とうとう1年間で10万キロ走った。「どこの馬の骨だ」あるお客さんに言われた。本当にこう言われるとは思わなかった。土日、祝祭日、GW、年末年始はカラオケを手伝った。一日も休まなかった。諦めない限り失敗ではない!諦めた瞬間、失敗は確定する!僕は「店舗企画」「店舗デザイン」の事業化を諦めなかった。毎日反省をした。自己紹介ファイルを改善した。また改善。改善・・独立1年が過ぎた。売上は第一興商から頂いた75万円、これだけだった。1本の電話が来た。「Macさん?」「はい」《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ
2007/08/04

二桁の伸びだった!!112%過去一年間90%で推移していたことを考えると最高の出来だ。しかも尻上がりに良くなっていたため二ヶ月目も期待できる。出た利益は次の改装に回そう!チープなトイレも石を貼って豪華にしよう!天井はブラックライトで演出だ。二ヶ月目はさらに伸びた!インテリアの改装をしよう。三ヶ月目もさらに伸びた!通路の改装をしよう。半年もすると140%を超えていた。過去最高の売上げになった。毎月、次々に手を打った!お客さんが言った!「来るたびにここは良くなっていくよね」最初の2週間がウソのように好転した。カラオケ事業はこれでしばらくは大丈夫だ!一方、店舗企画デザイン事業だが・・・靴をすり減らし、車は月5000キロ~8000キロも走り回ったが、一件も取れなかった。第一興商と一緒に回った時、このように言われた。「あんた!いったいどこの人間だい?」「第一興商は知っているけどアンタのことは知らないねぇ」「いい話を聞かせてもらったけど、実績が無いところに頼むことは出来ないよ」「第一興商は大丈夫だけど、あなたの会社は潰れないかい?」初対面の人間を信用する人はいない、無理は無かった。東急時代の実績は「東急の信用の上に成り立っている」このことを間違えてはいけない。信用という言葉は重い。つくづくそのことを感じることになった。しかしここで、凹んでばかりはいられない!カラオケが好転し、良くなったことをプラスに考えよう!企画デザイン部門を伸ばすべく次の準備を進めよう。悪くなってから考えると人はろくな判断をしない。冷静さを欠いた時、進むべき方向を間違えるものだ。独立してからの実績が無い、信用も無い!営業ツールを作ることにした。過去の実績はある!!僕の生きてきた証をファイルにしてみよう。略歴、生き方、考え方、・・・サラリーマン時代の実績も・・・僕はこのような人間です!お客さまのために全力を尽くします!要望は何なりと申しつけください!夜、日曜日、祭日・・関係なく電話をして頂いてかまいません。 ・・・自分を売り込もう!商品など無い、実績が無いからだ。商品は自分!商品は誠意!《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ
2007/08/02

あっ、いっぱいいる。ほっとした。車は10台以上あった。結果12ルームで2回転24組が来てくれた。わずか1日の出来事なのに・・・心の中は激しく上げ下げした。僕の独立一日目は終わった!なんと長い一日なのだろう!時にスローモーションのように、時に固まったりもした。思案して、過去の経験を総動員した。頭はぐるぐる回り続けた。まるで走馬灯のごとく(笑)「独立」やはりそれは未知の体験だった!「リスク」安定に慣れてしまった人には想像もつかないことだ。どう例えれば良いか?そう、「この板の上を歩いてごらんよ」幅は20センチだとしよう。誰だって簡単に歩いてしまうだろう。しかし、この板は5メートルの高さがあるとする。すると、落ちたらどうしよう?失敗したらどうしよう?このようにいろいろな心配が大きくなる。独立とはこのようなことだ!しかし心配することは無い。リスクも慣れるのだよ!そう、「慣れる」当時34歳、まだ僕は経験が浅く、いつもなら平気な幅20センチに恐怖を感じたものだ。5メートルという表現を使ったのは、理由がある。建設現場のトビ職の人達はこの高さは何でも無い!やはり慣れだ!しかし、落ちれば怪我もするし、落ち方で死にもする!このブログを読む人に参考になれば良いと考えて書いているのだが、なかなか初日の心境をリアルに書いたものは見つからないので書き残したかった。さて、二日目、三日目、そして1週間。前年比は85%ほどに落ちていた。今年の数字(ビッグエコー時代)、引き継ぐ前、前年比90%くらいで推移していたので少し悪い!出来ることは何でもした。近所まわり、企業まわり、チケットを置いてくれる所・・そして2週間を過ぎたあたりから数字は動き出した!2週間の累計は前年を上回った!!!!このことは重要だった!このお店はここ一年間、前年割れを続けていたからだ。まだ確信するには早いがお客さんの反応は良かったのでこの先の不安は和らいでいた。そして一月が過ぎた。《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ
2007/08/01
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