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m{_ _}mどうかひとつポチを・・・モチベーションのところに参加してみました ↓ ↓ ↓ 昭和33年生まれの僕にとってこの映画の景色はとても懐かしい気持ちにさせてくれる。10代20代の人が観るとどのような気持ちになるのかな?「これほど温かい街、温かい人達は特別で映画の中だけだろう・・」そんな風に思う人もいるかもしれない。それは間違いで、このような人情は日本中どこにでもあった!戦後の焼け野原、食べ物も満足に無い、そんな時代。戦争を生き抜き、皆が財産など全て失ったところからのスタート!何も無いのが当たり前の時代!家は今のような立派な家は無い。すきま風、雨漏りなど当たり前だった。洋服はお下がりが当たり前で買ってもらうことなど無かった。鈴木オートのお父さんのようなカミナリ親父やトモエさんのような優しいお母さんはどこにでもいたし、近所にはタバコ屋のおばあさんのようなキャラは必ずいた。ご飯のオカズを隣にあげるなど当たり前だった。子供はよその子も自分の子と同様に叱っていた。今では考えられない時代、それが昭和30年頃だった。三丁目に出てくる人達は過去の誰かに重なるし、自分の過去にも重なる。お腹がすいたミカちゃんにおにぎりを作ってあげた六ちゃんの優しさに涙。ミカちゃんの手にクリームをすり込むトモエお母さん・・ミカちゃんが最後の別れ際、お母さんと呼ぶシーン・・胸が熱くなった。タクマ先生と子犬のシーンも泣けた。大手興産社長に対し鈴木オートが口火を切るシーン!純文学など読まないと言っていたのに(笑)これ読んでみろ!俺は読んだぞ!感動した!あら・・私買っちゃった!(トモエ母さん)私も・・僕も・・ハンカチを持たずに来てしまい困った。冷たいと思われたヒロミの先輩!東京駅で餞別と言って茶川の雑誌を渡した優しさ・・こだま号の中でそれを読むヒロミ・・これにも涙。ミカちゃんに色鉛筆を渡す一平君。少ないお小遣いを貯金箱に溜めていたのだ。もう行ってしまった、もう会えないと落胆した背中。何か言うのかな?・・・ミカちゃんが引き返してきて「大きくなったらお嫁さんになってあげるね」・・ 映画を観た余韻はしばらく残った。今の時代・・失ったものの方が大きいのではないかな。いつからこのような人情を失ってしまったのか・・昭和・・物が無い時代、しかし心は豊かだった。とても懐かしい・・・たくさんの人に観てもらいたい映画だ。日本映画の最高傑作!素晴らしい映画だった。続 三丁目の夕日http://www.always3.jp/三丁目の夕日http://www.always3.jp/05/ここ開くと感動のシーンの音楽が流れますよ。関連ブログ■三丁目の夕日を観たm{_ _}mどうかひとつポチを・・・モチベーションのところに参加してみました ↓ ↓ ↓
2007/11/26

来年50歳になる。17、18歳くらいの時思ったことがある。「生まれた家がお金持ちだったらなぁ」しかし待てよ・・・50歳になった時、「今貧乏なのは貧しい家に生まれたからです」などと言っていたら恥ずかしい!こう思った記憶がある。貧しい家に生まれたからといって、何十年も生活苦じゃダメだろ(笑)お前は自力でなんとか出来ないのか?何事も、生まれのせい、親のせい、環境のせい、こう言って言い訳し続けるのか?そうだよ、俺は自力で何でも手にできるはず!努力すれば報われるはず!泣いて暮らすのも一生!笑って暮らすのも一生!人生なんて自分次第じゃないか!時間はたっぷりある!目標が決まったら・・・夢を実現するまでけして諦めない。そう思った学生時代。あれから・・たくさんの経験を積んだ!人生に一番必要なことって何?一つに絞ることは難しい。一つは「知恵」←学校の成績とは関係無い。一つは「行動力」←良いと解っていても行動しないことには何も生まない。もう一つは「人格」人柄というものは石垣を作り城を作る!一人では大きなことは出来ない。一人では生きてゆくことは出来ない。 周りにたくさんの応援団がいる人、そんな人になろう!経営って何?船に例えると・・船の上で起きていることと安全な航海運行を分ける必要がある。まず船を作ることが経営だ。職場を創る、仕事場を創る。それとレーダーも経営。氷河に気付き舵を取る。エンジン機関の管理、食事、デッキの掃除・・船の上で上手に仕事が出来ても近づく氷河にぶつかっていては沈没だ。先を見ること!先を読むこと!それが経営だ。衰えたと感じたら道を譲ろう!さて、また苦労を楽しんでみよう。毎日幸せを感じながら生きることにしよう。《履歴書はこれにて一度終了します》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチ若いでしょ 10年ほど前の写真(笑)
2007/11/14

何事もずっと順風満帆というわけにはいかない。僕はいくつもの撤退を決断している。最初の撤退は「カラオケ」(2店舗)次は「不動産会社」「居酒屋」「託児所」会社は2つ、事業数で4つ、これだけ撤退を経験している。僕の中では「スクラップ&ビルド」をしているだけだ。撤退という決断は遅れ気味になることは前回話した通りだ。元々不動産が大好きで始めたのだが人材の確保が難しい事業だった。会計事務所勤務の切れ者に託したが赤字が続き撤退した。机上の理論通りにならないことを思い知ることとなった。居酒屋は初めてやる規模としては大きくしすぎた。260席の大型店舗だったが身の丈には合っていなかった、運営の上手な会社に代わりに運営してもらうことで乗り切った。託児所は共同経営だったがノウハウ不足だった。男が経営するには難しい事業でもあったし、自分の経験が生きる事業をすべきだと感じた。撤退を経験→今の自分の力を知る!自分の身の丈を知る!貴重な実体験の末、何を克服すべきかが見えてきた。数々の失敗を経験した。大切なことは潰れなかったこと!決断の早さ、転進の早さが自分を救うこととなった。《続く》 ← U^ェ^U ぽち ← ▼・。・▼ ポチぐんま県民マラソン 10キロ完走しました。(11月3日)松野明美さんとツーショット。マグナムさんと記念写真。1万人以上が参加したマラソン大会。このような大会に初めて参加しました。Magnum160411さんはハーフマラソン、僕は10キロに参加。1時間13分でGOAL。2200人中1800番ほど。
2007/11/05
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