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今朝、公園のヤマボウシの白い花を見た。まだ早い時間で、人も少なくて、空気だけが先に動いているみたいだった。見頃らしい、というより、ただ「今そうなっている」という感じで咲いていた。少し立ち止まる。朝で、まだ、うまく目が慣れないまま眺めていた。家に戻ってから天気予報をつけた。画面の中では、遠くの町で川の水位が上がっていると言っていたり、どこかでは激しい雨になっていると言っていた。地図と音だけが少し大きくて、実感はあまり追いつかない。こちらはまだ降っていない。ただ、空は、だいぶ重くなっている気がする。風も、さっきより静かではない。台風が近くまで来ているらしい。こういうとき、理由もなく落ち着かない。何かを準備するほどでもないのに、何かが少しずつ変わっていく感じだけがある。朝見たヤマボウシの花のことを思い出す。毎年同じように咲いているはずなのに、今年は少しだけ長く見てしまった。昔もこういう花の季節があったはずなのに、名前も知らないまま通り過ぎていた気がする。思い出せそうで、思い出せない。どこかの町では雨が強くなっているらしいし今のところ、この辺りはまだ静かだけどもうすぐ天気が変わるのかもしれない…傘は持っている方が良さそうだ。ヤマボウシの花が、明日少しでも残っていればいいと思う。
2026.06.03
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昨日は豚汁。ちょっと多めに作ったから、今日はその残りにワカメをプラス。ほんの少しの変化だけど、ちゃんと別物っぽくなるのが面白い。今のところ、リメイクだとは気づかれていない様子。まあ、今日はそんな感じで。
2026.06.03
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また足湯に行ってきた。山あいにある小さな足湯で、気がつけばずいぶん通っている。もともとは足首を捻挫したのがきっかけだった。温めると楽になる気がして通い始めたのだけれど、捻挫なんてとっくに治っている。それなのに今のほうが行く回数は多い。たぶん足首のためというより、自分のためなのだと思う。湯に足を入れると、じわじわと温かさが上がってくる。山の空気は街より少しだけ涼しくて、風が吹くたびに木の葉が擦れる音がした。誰かが来ては帰り、また別の誰かがやって来る。話し声は聞こえるけれど、みんな長話はしない。そのくらいの距離感がちょうどいい。先日来たとき、白い花が咲いていた場所がある。今日見ると、そこに赤い実がなっていた。木苺だろうか。近くまで行って眺めてみたけれど、よくわからない。花だったものが実になっている。当たり前のことなのに、少しだけ得をした気分になる。季節はちゃんと進んでいるらしい。帰り道、道の駅に寄った。少し迷ったけれどソフトクリームを買う。節約生活を始めてから、こういうものを買うと少しだけ罪悪感がある。頭のどこかで「我慢できたんじゃないか」と考えてしまう。けれど、最近は頑張りすぎもあまり良くない気がしている。数百円で気分が少し良くなるなら、それも悪くない使い方だろう。ソフトクリームは思ったよりサッパリとしたミルク味で、暑さのせいもあってすぐに溶け始めた。慌ててテラス席に座る。山のほうを見ると、雲がゆっくり流れていた。足湯に入って、ソフトクリームを食べて帰る。それだけの一日。それだけなのに、帰る頃には少し気持ちが軽くなっていた。
2026.06.03
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人を傷つけた人が平然と笑っている。人を裏切った人が何事もなかったように暮らしている。私を貶める言葉を長期間にわたりブログに書き散らかし、人の尊厳を踏みにじった人が、まるで自分は被害者であるかのように振る舞っている。その現実を見るたびに、悔しくてたまらない。なぜ傷つけられた側が苦しみ続けなければならないのか。なぜ傷つけた側は平気な顔をしていられるのか。何度も考えた。眠れない夜もあった。精神科に行った。体中に発疹ができた。皮膚科にも行った。どちらもなかなか治らなかった。思い出したくないことを思い出し、動悸が止まらない日もあった。相手は忘れているかもしれない。けれど、傷つけられた側は簡単には忘れられない。言葉は消えても、心に残る傷は消えないからだ。だからといって、私は復讐を望んでいるわけではない。その人は、近所に住んでいる人だ、名前も住所も知っている。警察か?弁護士か?でも報復などして、逆恨みされて放火されたら、これからは家族全員死んでしまう。ただ、自分がしたことの重さを知ってほしい。人を傷つけたこと。人の人生に影を落としたこと。その責任から目を背けないでほしい。人は自分の行いから永遠に逃げ続けることはできない。人を欺けば信頼を失う。人を裏切れば孤独になる。人を傷つければ、その傷はどこかで自分自身にも返ってくる。それが今日なのか、十年後なのかはわからない。本人なのか、その生き方を見て育った家族なのかもわからない。それでも、人が蒔いた種は必ずどこかで実を結ぶ。私はそう信じている。この悔しさは簡単には消えない。許したふりもできない。忘れたふりもできない。それほど深く傷ついたからだ。それでも私は、同じ人間にはなりたくない。誰かを踏みつけて安心する人間にはなりたくない。誰かを傷つけて楽しむ人間にはなりたくない。私が抱えているこの悔しさは、相手を憎み続けるためではなく、人の痛みがわかる人間であるために持ち続けたい。傷つけられたことは消せない。失ったものも戻らない。それでも最後に問われるのは、何をされたかではなく、その苦しみを抱えてどう生きたかだと思う。だから私は前を向く。悔しい。本当に悔しい。それでも私は、人を傷つける側ではなく、人の痛みを知る側の人間でいたい。
2026.06.02
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うちの冷凍庫には、ちょっと変わった住人がいます。キャベツの芯。人参の切れはし。玉ねぎの「ここ使う?」みたいな部分。普通なら「おつかれさまでした」とゴミ箱へ向かう野菜たちですが、私は細かく刻んで冷凍しています。1週間もすると、袋の中はなかなかの大所帯。まるで“野菜界の寄せ集めチーム”です。そして今日。ついに彼らの出番がやってきました。本日のメニューは、みんな大好きカレーライス。冷凍していた野菜たちに、業務スーパーのじゃがいもと豚こま肉を投入。さらに、これまた業務用カレールーを加えます。すると不思議なことに、「昨日まで野菜の端っこでしたけど?」みたいな顔をしていた材料たちが、急に堂々としたカレーになるのです。カレーの包容力、おそるべし。多少クセのある野菜も、形がバラバラでも、カレーは全部まとめて受け止めてくれます。まるで“食べ物界のベテラン司会者”。しかも、おいしい。そして冷蔵庫も少しスッキリ。なんだか得した気分です。これからも私は、野菜のはしっこたちを救出しながら、いろんな料理に変身させていこうと思います。ミネストローネ、シチュー、コンソメスープでも正直、最後はたぶん全部カレーになります。カレー、強すぎます。
2026.06.02
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今朝、公園を歩いていたら白い花が咲いていた。最初は名前がわからなかったけれど、あとで調べたらガマズミだった。漢字では莢蒾と書く、読めない…😅花の名前にはあまり詳しくないので、ひとつ覚えただけなのに少し得をした気分になる。六月が近づいて、公園の緑もだいぶ濃くなってきた。朝早い時間だったから、人はまだ少ない。犬を散歩させている人や、仕事へ向かうらしい人が静かに通り過ぎていく。ガマズミの花は派手ではない。近くで見ると小さな白い花が集まって咲いていて、なんとなく昔からそこにあったような顔をしている。そういう花を見ると、子どもの頃のことを少し思い出す。何を思い出しているのかは自分でもよくわからない。昔住んでいた家の窓から見えた庭だったり、休日の朝の空気だったり、その程度の曖昧なものだ。帰ってからコーヒーを淹れた。お湯を注ぐと、台所にゆっくり香りが広がる。シンクには昨夜のマグカップがひとつ残ったままで、そういうところに今週の疲れが少し出ている気がする。コーヒーを飲みながら窓の外を見る。特別なことは何もない朝だけれど、名前のわからなかった花のことがひとつわかっただけで、少し気分がいい。ガマズミ。たぶん明日にはまた忘れそうだけれど、今朝の白さだけはしばらく覚えていそうな気がする。
2026.06.02
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昨日は、家の中で少し心がざわつく出来事があった。気がついたときには日常の輪郭が崩れていて、落ち着かない時間だけが続いていた。何をどうすればいいのか分からないまま外に出て、夜の中をあてもなく歩き回るような時間になった。体は動いているのに、頭の中はどこか現実感が薄くて、「無事でいてほしい」という思いだけが繰り返されていた。やがて時間が経ってから、相手はふらりと戻ってきた。その瞬間に安心はしたものの、張りつめていたものが一気にほどけて、体の力が抜けた。終わったあとにやってくる疲れは想像以上で、気が張っているときには気づかなかった消耗が一気に表に出てきた。動けるはずの体が急に止まってしまうような感覚だった。今日はほとんど何もできず、ただ休む時間になった。頭も体もまだ追いついていない。それで、ふと甘いものが食べたくなって、和菓子を買おうかと考えた。こういうときに何かを欲しくなるのは不思議だけれど、少しでも気持ちが落ち着くなら、それでいい。日々の中では、こうした小さな選択にすら迷いが混ざることがある。それでも、無理に正しさだけで自分を縛らなくてもいい日もあるのかもしれない。大きなことは何もできない日だったけれど、こういう日も含めて日常なのだと思う。少しずつ、良い流れになっていけばいい。
2026.06.01
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