全3件 (3件中 1-3件目)
1

18日に乗った2本目の表記のバスについて記す。雪が谷線は世田谷区内駒沢通りにある東京医療センターと多摩川駅を結ぶものである。全日6往復というのは都内の基準で言えば零細路線と言っていいだろう。昭和56年まで運行されていた渋谷駅と大森駅を複雑な経路で結ぶ渋谷線渋33系統の分割・短縮の繰り返した末の路線が本路線である。その渋谷線は分割前に大森駅から渋谷駅まで乗り通したことがある。親にせがんで乗ったといったところだが、長距離もさることながら、目まぐるしい車窓の変化が強烈に印象に残った。40年以上ぶりに一部区間乗車することができた。その渋谷線についてはこのページに詳しくアップされた方がいる。1日96本という本数がいかにもバス全盛期という感じである。15時代に東京医療センターから乗車した。ここは結構路線が乗り入れるが、自由が丘駅方面以外はマイナー路線ばかりである。始発から4名、途中から9名の合計13名乗車であった。マイナー路線ながらそれなりに乗車があるのは東京都内らしい。都立大学駅から緑が丘駅・奥沢駅・雪が谷にかけては狭隘な道路が続き、遠い昔の記憶が蘇った。当時とあまり変わっていない思う。画像は東京医療センターでの乗り場に入線する乗車のバス。にほんブログ村
2022年02月20日
コメント(0)

昨日に乗った表記のバスについて記す。小田急バス三軒茶屋線は未就学児の頃、親に連れられて乗ったことがある。繁華街の下北沢や三軒茶屋への足としての利用である。40年以上の前の事である。始発の北沢タウンホールはビルの1階部分にバックで入る形態で個性的だ(画像)。こうなる前は全く同じ場所なのか分からないが、下北沢引返所という停留所だった。砂利に路面に木製の長椅子の待合場所があり、白熱灯で引返所が全体が照らされた独特のイメージだった記憶があるが、その当時の事を画像検索しても出てこなかった。日曜日の午後、代沢十字路から先、三軒茶屋方向も歩行者天国で運休になるのもその当時と一緒で、今更のことながらびっくりした。40年間の変化は野沢交番までだった路線が1停留所分駒沢陸橋まで延長されたこと、また中型車化された所が主な変化だろうか?変化の少なさに感無量である。現在は昼間時15分間隔での運行である。昼過ぎの乗車の便は始発の北沢タウンホール11名、下北沢駅3名、代沢5丁目5名、以上が下北沢界隈からの利用と思われる。商店街長いので、乗車人員は分散している。その後三軒茶屋まで各停留所で12名の合計31名乗車を見た。中型化されているし、本数も長い目で見れば、減少傾向なので、利用は低調かとも思ったが、立ちも出るほどの乗車率となった。三軒茶屋から先は片手で足りるほどの乗車数となり、その半数は三軒茶屋から一個目の中里で降りてしまった。三軒茶屋から先は東急バスのエリアとなり、存在感は薄い。ここからは素人の妄想になる。現状下北沢ー三軒茶屋間の運行に特化したほうが、好ましいように感じた。その場合、三軒茶屋に折返所を確保しなくてはならない。折返所が無理ならば、三軒茶屋でループ状の運行も少し大回りのきらいはあるが、可能である。妄想を飛躍させると、東急バス黒06系統と直通させるという、抜本的改革?はどうだろう?本数は同じくらいだし、中型車での運行という事も共通である。あまり機能していない野沢方面の運行を需要のある区間に振り分ける合理化ができるように思う。その場合、長距離路線となるので定時性の問題への配慮が必要となるであろう。にほんブログ村
2022年02月19日
コメント(2)

今日は東京都庁に行く用事があったので、そのついで周辺を歩いた。上の画像は小田急小田原線南新宿での上り線の走る通過列車である。東京都交通局都庁前のラッチ内オブジェである。東京都庁の玄関という事で設置せれているのだろうか?新宿新都心ビル群である。これだけ高層ビルが並ぶ所はここくらいだったが現在は他の地区にもあるので、希少性は薄れた。でも青空とのコントラストが絵になっている。一番上の画像の小田急線南新宿に出た。定期的に利用したことのある駅だが、周辺のお店が少なくなっていて、商店街の衰退は都心近くでもあることを実感した。にほんブログ村
2022年02月18日
コメント(0)
全3件 (3件中 1-3件目)
1


![]()