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「何か書いておこうかな」って思って書いてみる。すると「もうつかれた」とか「めんどくせー」とか「何のために生きてるのかわかんねー」とかどうでもいいことを書いてしまう。これはどういう訳かといえば結局ここを覗いてくれる誰かに何かを期待している自分がいるということ。“構ってチャン”なのである。期待というとわかりにくい。言い直せば読者の存在を(かなり)意識していてそしてその読者に甘えているということ。甘えすぎてしまい愚痴ってしまう。最悪の行為である。まあ結局ブログである以上は多少なりとも読者の目を意識せざるを得ないであろう。しかし読者の皆さんがとてもやさしいとはいえこのまま愚痴りまくっていると自分もダメになってしまうし-既に落ちるところまで落ちているのだが-皆さんにも相手にされなくなる恐れがある。・・・結論はここだ。相手にされなくなることが怖いのである。なるほど。今回の自己分析はここまで。
2007.01.26
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精神科に行っても言っても変わらないと僕は思っているわけで。「具合はどうですか?」「はあ・・精神的には低空飛行で安定してます」「そうですか・・それでは薬の量を少し増やしてみて,また様子を見てみましょう。次はそれでは2週間後でいいですか?」てなことを延々と繰り返すのであれば僕にとってはほとんど意味がない。時間の無駄である。僕が望むものとは何であろうか?薬で何とかなるなんて思っちゃいない。薬はあくまでも補助。必要なのは心を揺さぶったり動かしたりとにかく心をいじることだと思っている。精神科や心療内科に診てもらうのと心理療法を受けることというのは別物であるらしい。だとすれば僕が助けを求めるべきものは何であるのか?何処にあるのか?正しい道はあるのだろうか?あるとすれば僕はその道を今後選び取ることができるだろうか?僕の可能性とはどのようなものなのか?まだこれから何かを仕出かすことのできる人間なのだろうか?僕は自己評価が低いのだろうか?僕は自分の力を把握できているのだろうか?僕は自分で思うよりもツカエル人間なのだろうか?それともやはり何もできない人間であることを認めるべきだろうか?僕には未来があるのだろうか?僕が生きつづける理由は何であろうか?
2007.01.14
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「親」という生き物はそれぞれ自分の人生を振り返ってみて後悔したり反省したりすることがないのだろうか。そもそも人生を振り返ることがないのだろうか。うちの親を見ているとそう思わずにはいられない。
2007.01.09
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少し太った。過食ぎみなのが自分でもわかる。食欲があっていいねという話ではない。ついこの間まではむしろ食欲がなく胃腸も緩く体重は少しずつ減っていた。成人してからの最軽量記録も更新したほどだった。だから食欲が少しでもあればそのときに食い溜め(そんなことが通用するならばの話だが)するようにしていた。すると今度はよく食べるようにスイッチが切り替わった。まだ戻してしまうほどには食べていないけれど。拒食と過食は表裏一体であろうか。これは一体なんであるかといえば心因性のものであろう。もう何がどうなっているのか今は考える気力もない。
2007.01.09
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遅ればせながら今年初の書き込みである。励ましてもらったり慰めてもらったり遊んでもらったり昨年はお世話になることが多くたいへんうれしく,有難く・・・しかし何のお返しもできない。お礼のしようもない。僕の人間関係は大体ここで行き詰まる。何のお返しもできないことに引け目を感じて「ありがとう」というべきところで「もうしわけない」といってしまう。そしてなんとなく相手から離れていくことになる。これまでの人生そういうことを幾度となく繰り返してきた。・・・こんな書き出しになるとは思っていなかったがこうしていつの間にかネガティブな感じに突入していくのはもう仕方がない。癖だ。ありがとう。今年もよろしく。
2007.01.08
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