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ご機嫌で母がデイサービスに出発しました。昨夜はデイサービスに触れず、出かける一時間ほど前に、「ネェ、お忘れじゃないかと思うんだけど、今日はお習字なんじゃない?ご用意しないとね」と母を抱きしめて声をかけると、一瞬表情がこわばったものの、なんと!その後は、浮かれて、いそいそ用意を始めました。口紅は三本もって行きました????(笑)デイサービス先では、母は機嫌よくすごしたようでバラ色の頬になってご帰還です。なんと、来週の火曜日のお菓子作りの日も、デイサービスへ行くと約束をしてきたらしい(笑)ま、本人はすでに覚えていないんですが、デイの職員の方たちが、上手に乗せてくださったんですね。愛想の良い母は、ヘンに迎合する相槌を打つので、行くことになっちゃったんだ(笑)今回のことで、私も一つ学んだように思っています。母を機嫌よく過ごさせることとは、嫌がることは話さない、見せない、デイサービスは突然に、(^^)その日の朝まで、伏せておきます。
2003年12月19日
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昨夜のバトルは母の中には残らず、明日のデイサービスには、今日は行かないと言っています。これから、もう一度、バトルするかな・・・・でも、明日は、絶対に行ってもらう!父の状態は、一向に好転しません。今の病院は、年末年始と休業してしまうので、出なければなりません。自宅へ帰っても、母に任せるわけには行きませんし年末年始と別の病院への転院を考えに入れて、明日、できれば今のお医者様ともご相談をしたい。デイサービスを、週に2回、できれば3回利用したい。そうすればたとえ自宅に帰ってくることになっても、その日に父のためのヘルパーさんがお願いできます。昨日はわかったと言ってくれましたが、今日は忘れています。明日の朝も、もう一度、もめることになるんだろうな・・。昨夜は母の正面に座り、両手を繋ぎながら、私は途中から泣きながら、話をしました。母にできるだけこのまま家で生活をしてほしい、そのためにリハビリが必要だから、デイサービスへ、行こう!今朝父の病院に出かける車に乗り込んだ母は、いつももたもたして自分では締められないシートベルトを、こちらが言う前に自分でさっさと、締めていました。昨夜の緊張状態が母の中に残っているのかと、期待したのですが、今は元に戻っています。今日再び、トライするには、私も疲れています。明日の朝、まとめてもめる、ことにしようかと思いつつ胃の痛い夜です。(やけ食いのせいでス・・・(^^;)
2003年12月18日
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母の妹たちに、父の昼食後病院を尋ねてもらい、昼食に付き合ってもらうこと、母になるべく父の用事をさせること長居はせず、3時ごろには引き上げることを頼んでいました。母は自分が父の世話をしたく、私が手を出すことさえ、拒むことが有ります。「私はバカになったから、役に立たなくて、みんなに迷惑をかけるので、どこかへ行ってしまいたい」と言います。叔母連は、親切で、父の具合の悪さを、本当に心配してくれているのですが母のおぼつかなく手伝う姿に、父に対してすまないと言う気持ちが働くらしく、義理の兄である父が、実の姉である母の介護をしたことから体を壊し今母が父の要望に即座に反応できないことをすまないと思う余り、叔母たちが父を手伝ってしまいます。そして、母は疎外感を感じてしまいました。今日病院からの帰りの車の中で、明日来る予定だった叔母から、風邪を引いていけないと、電話がありました。叔母たちのローテーションなど、私との連絡については、私が母と一緒にいない時に相談すると言うことになっていたのに実家に電話をしてきたり、母と車での移動中にかかってきたりで私が裏で、画策していることも感じたようで、自分がいることでみんなに迷惑をかけるのなら、誰も知らないところへ一人で行ってしまうと言い出しました。今日は、本気で怒ってみました。父の入院中にこれ以上心配をかけることはできないから、私が母といっしょに行動していること一人で病院に行ったこともあるわけだから、母にはまだできることが、あるはずだと思っていることでも、アルツハイマーは進行するので、一人で外出されることは大変心配であること一人で出かけると言わず、自分自身のリハビリのために、デイサービスへ行ってほしいこと、自分がどうなっているのか、把握できないし、父に聞いても良くわからないと言うものですから母の正面に向かい合って座り、母の目を見ながら、両手をとって母にアルツハイマーで、脳の萎縮が進んでいること母の行動の中の、どういう部分が駄目になる可能性が有るか、そして今その片鱗が見られることを話しました。叔母たちはもう頼まない、その代わり病院へ行くときは行く、デイサービスも自分のリハビリとして行く。その他、もろもろ、ぶつかって、その結果、金曜日のデイサービスには行くことになリました。でも、何時まで覚えているか・・。母と話をしている間に、私は泣いていました。
2003年12月17日
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入院中の父は、抗生剤の影響もあって、排便が硬くなったようで、排泄がスムーズにできなくなりました。大きい方だけかと思いきや、小さい方も、今日の午前中にストップしてしまったようなのです。お薬を注入しても、座薬を入れても、薬液のみ排出され本隊は駐留したまま、微動だにせず一日かけて、大騒ぎで、夕方にやっと、開通しました。昼食の少し前から、座薬を入れ、看護婦さんが、いざ!掻きだすか!と言う事態になり、同室の気のいいお兄ちゃんには、応接室に避難していただきやがて昼食時になったものの、父の格闘は終わらず、応接室で、待機中のお兄ちゃんの所に運ばれてきた昼食はカレーでした。尾篭な話で、ごめんなさい。疲れているもので、こんな光景に胃が痛くなるほど笑えたのでした。
2003年12月16日
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私は今、実家の介護に奔走しており、嫁ぎ先の両親からも夫からも弟もいるのに、なぜ嫁に出た娘の私が泊り込む必要があるのか理解してもらえないまま、この生活に入りました。主人の両親とは、喧嘩をしているわけではありませんが、食い違うことも多く、できれば老後の世話はしたくない思いがあります。今回の父の入院で、母の世話が必要になったときもお母さんを施設に入れたらいいのにと、言われてしまったことは今まで実家の父が母を守ってきたことを否定されたようで、哀しいことでした。自分たちなら、子供を犠牲にせず、施設に入るとのことですので舅や姑の介護はしなくて良いようです(皮肉です)実際にそのとき、どうなることかと思いますが嫁が、婚家先に縛られることは無い。父の入院から今日で10日たちました。母と午前中に病院に出かけ、お昼頃に自宅へ引き上げ、夕食時に病院へ戻り母と実家へ帰り、泊まっています。毎日ではありませんが、父の昼食の終わるころに、母の妹が病院を訪ねてくれて、母の昼食に付き合ってくれます。父には不自由な思いをさせてしまいますが、父の世話は、母がします。父の希望のとおりのものが一度で整えられることも無く、車椅子もうまく押せない母ですが私や叔母が手を出すと、とたんにすごく不機嫌になります。一生懸命夫の世話をしようとする母を見ていると、健気さに泣けます。反面、ここ数日母と暮らしてみて、父の体調が崩れるのも無理は無いなと思うようになりました。
2003年12月15日
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風邪薬を飲み、(普段薬を飲まない習慣なので、良く効いたみたい・笑)昨夜は念のため入浴は控え、よく眠ったのがよかったのかもう大丈夫みたい。母も風邪はひいてないみたいで、ホット一安心。
2003年12月14日
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今朝は私のめがね、度付きサングラスを、母は自分のめがねと間違えた、今日は暗いねーと、朝からあちこち部屋の電気をつけている。暗いかな?白内障??と思ってふと母を見ると、サングラス・・・・暗いはずでしょ!(^^)オバ連は毎度のことながら、こちらを励ますつもりで、グサグサと心を傷つけてきます。あんたのことは、当てにしてない!と言ってやりたい。とはいえ、母が気持ちよく時間を一緒に過ごせるのは父、弟、私、と母の妹たちなんです。だから今回は、お昼、少し母の相手をしてもらっています。そうしないと、私が自宅へ帰る時間を作れないので、そのことには、感謝してます。でも、毎晩、今日の両親のこと、報告させられておりそれも…疲れます。大変だー風邪気味だー、昨夜のシャワー浴が悪かったかな?早く寝よう!
2003年12月13日
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できることは、やってもらうそういうことは大切なんですね。母は朝食を作るのにとても時間がかかり、朝食の後で、痛み止めの薬を飲む父は、母のことを待てずに、あれこれと指図をして朝食を作らせていました。入院前の生活が、そんなふうだったと、父から聞かされていたので母と実家で泊まるようになって以来、朝は私が作っていました。でも、弟には母は朝食をそれなりに作ったの、ということは、できるのかな?と思い、今日試しに作ってもらいました。トーストを焼き、目玉焼きを作り、トマトを切り、キャベツを千切りのつもりの乱切り時間はかかりましたが、できました。あっぱれ!久しぶりに母の作ったものを食べた感じです。ただし、味付けはなし(笑)普段から、御飯を洗うことはできます。できないかと思い、無洗米にしているのですが何度もお米を砥いでいます。おいしいとこ、なくなるけど(笑)時間が迫ってきて私が用意してしまうこともありますが御飯を炊くのは自分でしたつもりの母です。いま、父の介護をしているつもりの母、車椅子を押そうとするのですがなかなか思うように動かせず、あちこちにぶつかります。父がもう一度、骨折したりするんじゃないかと…ドキドキです(笑)父はジェットコースター並みの、スリルと言っています。 母が10時ごろから、一時間くらいお風呂に入っていて、その後も、どうも、洗濯をしているらしく、まだお風呂場近辺から、動きません。もしかして、私が泊まっていることを忘れているかも・・・・。てことは、お湯は・・洗濯に使ったかも?(泣)ママー!私お風呂まだなのよー!それより何より…リビングへ帰ってきて、私を見て、驚かれると困るなぁ・・(笑)母は今日、デイサービスをお休みしました。『主人が盲腸の手術をしますので、お休みします』と電話をかけました。盲腸だと思っているのかと思って、一瞬驚いたんですが「入院は盲腸だと言うのが一番良い」のだそうで私にもこれから旦那が入院するようなことがあったら、周りのヒトには盲腸だと言いなさい、ですってなんだか、面白い母の理屈。で、リビングへ戻ってきた母は、私を見て、驚くこともなく「あったまるから早くお風呂に入りなさい」母らしい言葉にうれしく、仰せのとおりに、お風呂に入ると・・・・湯船は空っぽ(T-T)底冷えのする今夜、シャワー入浴は・・・つらい。ってか、寒いぞ!
2003年12月12日
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朝早くに、弟が実家を出た後、母は一人で父の病院に出かけちゃった。私が母を迎えに行くべく、電話をかけても出ないので、もしかして、病院へ行ったかなと思いつつまさか?徘徊の始まり?どきどき・・・。父に報告すべきかどうか、迷いながら病室を訪ねると、母がいました(笑)ホッとするやら、おかしいやら、腹が立つやら、フクザツです。ただし、この寒空に、夏の半そでのブラウススーツにカーディガンといういでたち・・・そこで、母のコートを取りに、実家へ行くと、そこはかとない、悪臭が漂っています。弟が今朝起きたときに(5時ごろ)母がお風呂に入っており、昨夜母がお風呂を出るのを見届けてから眠りについた弟は、まさか一晩中?と、びっくりしたそうなのですがその時に母から、おトイレの大きいほうをちょっと失敗しちゃったと、弟は聞かされておりそういえば、悪臭が漂っていたと聞かされていました。デモでも、それから、ダイブ時間がたっているはずなのに?悪臭の元を捜索すると、便座の蓋の裏側に、大量の証拠物発見便座の蓋を開けずに、用を足し、そのまま蓋を開けて?母の目から、証拠物件は見えなくなったということかな??ともかく、これでは臭うわけだ・・ということで、撤去清掃してきました。弟は悪臭の中で朝のトイレタイムを過ごしたことと思い・・・さぞや・・・(笑)夕方父の夕食に間に合うように、病室へ行くと車椅子に座ってテレビを見ている父の傍らのベットの中でなんと母が熟睡中(笑)もぉ!入院患者はどっちなんだ!?起きてきた母は、しばらく「ここは何処?」と、ぼんやり病院であることを把握するのに、少し時間がかかりました。実家から病院までは、車だと10分程度の距離駅間距離の近い私鉄の駅で二駅です。全工程歩いても、一時間はかからない。今朝一人で病院へ行った母は、どうやって行ったんだろう???どんな行き方をしたのかかわかりませんが午後からのくたびれようから推測するとかなりエネルギーを使ったのだろうと思います。明日のデイサービスの書道教室の日また、「行かない」と言い出しています。「そうねー」と、曖昧な相槌をして、様子をみようと思っています。そのくせ、今、書道の用意を探し回っています。お稽古事を休むということの嫌いな律儀なもともとの性格が明日の朝、どうなるかな?母の不思議ちゃん、これからも色々ありそう(笑) 一人でできることを、安全確保しながら、させてあげたいと思うけど、そのサポートは、生半可じゃできない。
2003年12月11日
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父の入院を、今月末の27日まで延長する話で、お医者様と合意してきました。ということは、明日から、月末まで、私は実家で泊まることになります。いろいろ考えたのですが、アキレス腱の縫合手術の感染症などの予防と、周辺の筋肉の強化のためのリハビリ、第2腰椎圧迫骨折の、自然治癒を進めるためにも今の入院生活が父には必要だと思えるから中途半端で帰宅して、折角の今までの処置が無駄になると取り返しがつきません。母は相変わらずですが、昨夜から帰宅している弟に、乗せられて、金曜日のデイサービスに行く気になっています。この件がうまく運べば、弟に感謝です。昼間、母を父の病院で父の介護をすることにして預け、私はその後、自宅へ戻り家事をする。夕食時に病院へ戻り、母と帰宅。夜は実家で泊まる生活を始めることにしました。夫の両親に、今報告をして帰宅したのですが開口一番「息子の洗濯物なんかはどうするんだ?」だから、お昼に自宅へ帰ってきて、やります。(--)お大事にとか、心配してくださるようなお言葉は?「お母さんをどこかに掘り込んだら良いのに」あなた方のときは、そのように手配させていただきます。夫には今から報告することになります。また、あれこれいやみを言われるかもしれません。でも、今、父にもう少し動けるようになってもらうことと母をこれ以上混乱させないことのためには私が泊り込むことが、よいように思えます。父は以前の介護認定で、「要支援」でしたので、ショートステイが利用できません。今回、認定の再申請をしていますので、「介護2」か「介護3」になりそうです。認定が出ると、今お世話になっている病院の系列の、ショーとステイが受けられます。それまで、何とか繋ぎたい・・・・。夫には不自由な思いをさせて申し訳ないと思う気持ちも、ありますが他にとるべき方法が、思いつきません。だめだといわれても、母を一人で置いておくことは、父にとっても、かわいそうで出来ません。かといって、忙しくて離婚する暇も無いのよね(苦笑)
2003年12月10日
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普段から宵っ張りの母ですが、今までは昼間うとうとしていることが多くありましたので睡眠不足と言うことは無いように思っていました。今回は、朝から一日病院につめているので、昼寝はできていません。夕方になると、拗ねた発言が多くなるのも、眠くなるからかもしれません。昨夜は深夜まで、父が今日退院してくるから(実際はまだです)家を片付けると言いあっちこっち引っ掻き回して、空き巣が入った後のようになってしまいました。(笑)今夜帰ったときに、あまりの散らかりように、驚くといけないので、今片付けています。空き巣が入ったと思って警察呼ばれてもねぇ・・・。(苦笑)看護婦さんに「病院にいてもすることが無いから来なくていいといわれた」もちろん誰もそんなことは言わないのに昨夜はそう言い出し、私は必要ないのかとぶつぶつ「必要ないで!」と言いそうになります(苦笑)「私がおかしくなったら、そういうところへほり込んでほしい」ともいうのですがデイサービスには行かないのね・・・(^^;自分がおかしいとは思っていないからなんですが、ややこしいことこの上なく、今朝も早くからごそごそと、保険証や診察券、通帳などを、あっちへ入れたりこっちへ入れたり、大奮闘の母です。やはり父がいない不安は私では覆えず、うろうろさせるばかりなのですが、夜眠らないのには参ります。疲れるだろうと思うのですが、なかなか寝ませんし、朝も早い。今夜いっそゆっくり眠ってくれるなら、明日早朝からこちらで会議があるために、今夜泊まってくれる弟のためにも楽かなと思い、あえて昨日は急かせませんでしたが、今夜も余り眠らないようなら、眠れるような、お薬を頂く必要があるかもしれません。ついに、一服盛るか!?と言った感じですが・・・。今夜の状態によっては、明日、主治医に通院日ではないのですが、相談してみようと思っています。
2003年12月09日
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父のアキレス腱の手術は成功しましたが、第二腰椎圧迫骨折、のほうは、骨が自然に固まるのを待たねばならず、相変わらずベットから身を起こすのも、痛みで辛く、病院の父からも目を離せません。昨夜は弟が泊まってくれましたが、母は早朝から弟を起こし、「先に病院へ行っているから」、とか「手術までに行かなければ」と病院に行くための用意をしているとのコトです。そのくせ電話で、「パパの調子はどう?」と聞くと「もうすっかり治って、いいみたい」だそうで(苦笑)昨日弟と、半時間ほどのずれで実家を出たのですが、母は「お姉ちゃんは、今日は何時に来る?」と何度も聞き、弟は「今帰ったトコやで~」やはり痴呆は進んでいます。もう直ぐ「あんた誰?」になりそうです。昨夜、自宅に戻った私に、三十年来の親友から電話がありました。主人とのコトも折に触れて話しているので、気にしてくれていたのです。彼女が電話口で私の代わりに泣いてくれました。当事者は泣けない、気を抜けない状態が今日も続きます。従姉妹の娘に頼んだのは、結局失敗でした。伯母と従姉妹を、敵視している母は、従姉妹の娘に敵意は無いものの繰り返し彼女に「あなたにこんなことを言うのは本当に悪いのだけれどあなたのお母さんと、おばあさんには、入院や手術のことを報せないで欲しい」と繰り返し話し、従姉妹の娘にも辛い時間になりました。従姉妹の娘がいる間、母は伯母の差し金とでも思うようで、伯母から父のことについて問い合わせの電話がしつこくあったと思い込んでしまいました。実際は電話はかかっていません。というわけで、今日も密着です。夕方弟と交代して母と過ごします。昨夜はお風呂に一時間ほど入って出てこなかったそうで、中で眠っていたようだったと弟が言ってきました。朝になって浮いていたでは、しゃれになりません。今夜も泊まりです。やはり来週イッパイで父に退院してもらわなければやっていけない・・・。第二段階は、まだ、クリアできません。
2003年12月07日
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父のアキレス腱を繋ぐことはできました。でも、歩けるようになるには、これからのことが大切で、大変です。今夜は母と実家にいます。夫がお泊りでお仕事といって、一日病院に付き合って、帰っても一人なので、と話すと母はそれなら泊まればいいと食いついてくれました。明日、朝のうちに、従姉妹の娘が、宿題を持ってパソコンを使いに来てくれお昼頃には弟が着きます。私は朝食後の母のお薬を飲ませたら、父の病院へ立ち寄り、いったん自宅へ帰ります。明日の夜は弟が泊まってくれるので、そこまでは、余り不自然なことの無い状態で、母のケアをすることができます。それ以降は・・・母に不信感を抱かせず、次々と母の妹たちが登場することができれば、来週中は続きそうな入院期間を、ともかく安全に過ごすことはできそうです。入れ替わり人が来ることを母が不審に思うようになると、ちょっと厄介ですが・・。まずは第一関門、通過です
2003年12月05日
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父は5日金曜日に入院し、手術を受けます。入院期間は5日ほどの予定、後はリハビリになります。金曜日は母を連れて、入院から手術まで付き合います。父は術後、痛みを訴えるかもしれないので、泊り込むことも考えています。病院にはケアマネさんも顔を出してくださるとのコトですので母は気がまぎれるのではないかと思います。早ければ、金曜日の夜遅くても土曜日の午前中には、弟が来てくれるというので金曜の夜、弟が来てくれ、もし、父の様態が安定していなければ、私か弟か、どちらかが病院に泊まる。安定していれば、弟に母と自宅へ帰ってもらい、私も自宅に帰ります。弟は、日曜の夕食まで、母に付き合ってくれるといっているので日曜日の夜から、私が泊まります。月曜日からは、母の妹たちが交代で、お昼ごろから夕方まで母の相手をしてくれることになりました。自宅へ帰るか、父の病院の用事をするか、状況によって変わると思いますが夜は、実家に泊まります。入院期間中は、日程が延びなければ、何とかこれで、やっていける。退院後は、今回お世話になる整形外科のショートステイに、二人とも入れたいと考えています。人気があるので、イッパイかもしれませんが泊まることが無理なら、デイケアだけでもと考えています。父のリハビリの付き添いということで、母も満足げです。昨日は母の通院日でした。年に一度の検査をいろいろと受けたあとの診察日でしたので主治医から、一年前との変化について説明を受けました。右後頭部の脳の萎縮は、昨年より少しすすんでいるものの通院を始めて丸三年を越えた今、母の痴呆の進行は大変遅いものであることこれは、母に対する投薬の効果があるという点と自宅で主婦としての自覚を持ちながら生活していることが効果を挙げていると、お褒めの言葉をいただきました。その効果のために、明日入院する父です。褒めていただくことにも、フクザツな気持ちが心に浮かびます。今まで、自分の体をある意味犠牲にして、父が守ってきた母をこの入院期間は、私と弟で守ろうと思います。
2003年12月04日
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またまた父がダウンです。一日出かけたデイサービスがきつかったのか、座ることも痛くて、辛そうなので、ほとんど寝ています。母はたぶん不安からだと思うんですが、父の足をさすりながら、往診してくださる整形外科の先生の相談をしていると、「私がいないほうがいいなら、私は出かける先がある」と言い出しました。デイサービスのことかもしれませんが、何でこういうときにと思います。事情がつかめない母は、自分の把握できないことが起きると、目の色が変わります。もう、泣きそう・・・明日、往診してくださるお医者様が見つかりましたがいったい父はどうなるのでしょう?痛がる父と、不安の権化に変身した母をおいて、自宅に帰ってきました。明日は主人の誕生日ですが、残念ながらそれどころではなくなりました。悪いと思ってはいるのです。彼も今しんどい仕事を抱えているので、明日は楽しい食卓をと、思っていました。そのうえ、鬱の娘を抱えた伯母が、弟である父の世話をしたがります。母はいま、伯母を嫌っており、伯母が実家であれこれと指図することは、父にとってもストレス以外の何者でもないのにそれをやっと断り、・・・。もうほんとに、泣きそうです。
2003年12月01日
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