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舅は、かねてから自慢の実印を、所持しているいや、所持はしていない、銀行の貸金庫に入っている、と聞いていた介護関連の手続きやらやらの場合、毎度「実印でなくていいのか」とやたら押したがってはいたけれど実は手元にはないものだったことが、今回改めて判明した。銀行の貸金庫には、舅と姑がアクセス権を持っていたけれど、姑から息子のトドにアクセス権を変更し姑の手続きあれこれのために、実印も必要なので、貸金庫から出してきた。実印、としての効力が発生するのは、皆様ご存じだと思うけど印鑑登録をしているハンコだからである。でも・・・その登録のカードが見当たらず、家探しをしていたけど分からず再登録するしかないね、ってことになって窓口へ出向いた。運転免許証もパスポートも持たない舅が舅自身であることを証明するためには住基カードが必要だって事でその手続きをする必要もあったりしたわけだけど窓口で手続きを始めてから、わかったことだけど、印鑑登録してなかったんだよね、舅の実印。つまり、本人が実印だ、と名付けていただけの、ハンコ(;一_一)だったわけね。ま、なんにしても、手続きを進めつつ、それは本来は私の仕事じゃないもんねとも思いつつトドが受け取る遺産を、心置きなく使わせていただく下準備が整ったような今朝でありました。
2011年03月29日
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しばらくブログを書かなかった間に、我が家でもいろいろと変化がありました。ちょっとご報告この間、幸い実母には大きな変化はないものの、症状は進んできていて、おしゃべりが進む日が減って、ぼんやりしている時間が増えてしまった私が実母を訪ねる日も昨年は減っていたことも、影響しているのではないかと思うと忸怩たる思いが残ってるそれは又、別の日に書かせていただくことにして一昨年の秋からリフォームにかかり、私たちは舅の住むマンションの別の階の部屋へ引っ越したとはいうものの実は引っ越し自体は終わっていなく、前の家もまだそのままなんだけど私たちが移り住むのを待っていたかのように、舅の「動脈瘤を手術したい病」が再発し、昨年の年明けから再び手術してくれる病院を探し通院をし年齢から手術をすると寝たきりになるといわれ、諦めデモ諦めきれない舅は、3月後半にもう一度病院を訪ね、再度診察をするという予定になっていたそんな3月3日早朝に、姑に舌根沈下発生で救急搬送のうえ入院そこから病院付添生活がまた始まったのは、昨年書かせていただいたとおり姑の緊急入院で舅の「同百流を手術したい病」は沈静。少しさかのぼるけれど、一昨年の夏から会社を休職していた花水木ちゃんの復職に向けての交渉は結局私に回ってきて、月に一度心療内科の診断書を添えて、会社に出向き障害をいじめるような傾向があったことを認めてもらい、別の部署への復職なども含めてご提案いただき花水木ちゃんの祖母も私も、できうれば別の部署での復職をと望んでいたけれど花水木ちゃんはその会社自体がつらい対象だということで、新たな就職先を探して活動していた2月から一年間は契約社員という形ながら、地元の企業に受け入れて抱けることがかない2月1日から再就職、今度は仕事が与えられないなどというふざけたことはない代わりに残業も出張もあったりで、忙しく今に至る。職場にはお友達もできたり、ムカつく上司もいたりして、ともかく普通の仕事場風景と言える。折にふれて感情的に興奮していることもあるけど見ていると私に対して一番そういう感情を表現しているようで会社ではそれなりに大人な対応ができているのかと思う。そんな感じで夏ごろには私もほっとして・・・花水木ちゃん関連は一丁上がりその夏前から、花水木ちゃんの祖母である伯母が、喉に違和感があるという喉の中にびらびら何かできものが見えるような状態でともかく医者へ悪性リンパ腫ってことで、抗がん治療が必要だって事になった。このことは、花水木ちゃんから知らされ「バーバが死んじゃう、私が心配掛けたから」と大泣きで電話がかかってきたのだった。伯母も年齢とともに性急な性格は先鋭的になっていて、お医者様の話もちゃんと聞いていなかったりするからってことで、結局伯母の通院に付き合うことになり9月から3泊の入院を数週間おきに繰り返す形での抗がん治療が始まった。入院退院時に付き添い、入院中にも病院へ行き、在宅中の通院にも付き合う日々伯母はしっかりしている分不安もあって、週に二度は自宅を訪ねて様子をうかがう生活にもなった花水木ちゃんはせっかく勤め始めた会社で有給休暇を利用して通院に付き合ってくれた日もあるけどあまり無理はさせられなかった二度目の抗がん剤投与辺りから頭髪が抜けてきて、鬘をあつらえたりということもありながら比較的服作用で苦しむということもなく、この一月に最後の抗がん剤治療があっておかげさまで完治と言っていいらしい検査はこの先も続くんだけど、抜けた頭髪が戻るのは秋ごろになるかもしれないけど・・・ま、これも一件落着その間、伯母にとっては娘、花水木ちゃんにとっては母親に当たる私の従姉の特養での日常についても伯母は治療に専念をしてぜひにも復活することを目標に手を引いたので、引き継いだのはわたし・・でもちろん娘である花水木ちゃんがいるから、そこはサポート役なんだけど9月に入って従姉に発熱が続き、診察を受けに行くにも体の姿勢を変えられないので、大型の車いすを施設の車で運んでもらってレントゲン撮影やらの結果胆のう炎を起こしていることがわかった。たびたび起こるなら・・・・手術?という話も出たけれど今の従姉は、もう会話も意思の疎通もかなわない状態なので、手術自体もおぼつかない花水木ちゃんは例によって泣くばかりだし、東京から息子のお沢庵も呼び寄せお医者様の話を聞いて今後も手術はしない方向で・・ってことで様子を見ることにしたおかげさまでそれ以来、胆のう炎を起こしてはいないようなので、今のところはほっと・・・などなど、実家関連で飛び回っている間に、姑はだんだん弱ってきてた。けど、夏から胃ろうになって食事介助の必要もなくなっていたので、週に二度ほど顔を見に出向きタオル類の洗濯物を入れ替える以外に、私が顔を出す必要って・・・って感じではあり週に一度は舅上を連れていくということはありながらも、間遠くなってたそんなとき、ふとしたことからまた、トド(夫)があやしげなものを持っておりほんとに、懲りないって言うか、自分の親のことを全面的に私に依存しているこの時期にまだやるか?って感じでとりあえず、ブツに「見ましたポポ子」のシールを張って黙認していたらその日の夜は、めっちゃ早くにご帰還で、平謝り、謝ってもらってもだからどうなんだって話で、このことがあったために姑を放置することに私は罪の意識を抱かなくてすんだわけだから、よくぞやってくれましたという感謝の気持ち?もあったりするで、姑は亡くなった生前、自分のことばかり優先だった舅は、葬式を豪華にしたく姑が秋口に「年内かも」と医師に宣告をされたことをきっかけに、病院を見舞うより、葬儀社の手配を優先するという、摩訶不思議な行動に出日夜「喪主のあいさつ」を推敲する日々になった。派手なことが苦手で、控え目な人柄が周囲の人に愛された姑とは、およそ真逆な派手な葬儀姑が特に好んだでもないのに、クラシックのアンサンブルのオプションがあると聞けばそれを頼みたい舅とその馬鹿さ加減が我慢ならないトドとの軋轢もあったりで嵐の葬儀もそれなりに終わり、ちなみに推敲を重ねて摩訶不思議な文章になっていた舅の手による喪主のあいさつはトドに一括されて削除のあらしで、あいさつ文例集の文章のようになって、亡くなったのが誰なのかもわからないような定型文になっていたので、結局それも私が五分で書いて・・・しかもお弟子さんたちから絶賛舅もこれは記念だからと、今も仏壇に飾ってあるのです気持ちわる・・・そんな功績?もあるのに不都合なことは私の責任のようになる、けつの穴の小さい親子に、うんざりしながら新年を迎えたんであります。年明け一番に、朗報ありでまず、東京で役者修業をしているお沢庵に大きな舞台が決まり、これで芽が出てくれるとありがたいきっかけそして、花水木ちゃんの結婚が決まった。お相手とは、・・3年になるかな、お付き合いが続いており、二月にはあちらのご両親にもお目にかかってご挨拶をした由これから準備がいろいろあるけど、来年の二月がお式の予定でお話が進み、うれしいかと言われれば、うれしいんだけどやや・・・えらいこっちゃ・・・な感覚もあったりでまだまだ忙しい日々からは解放されそうにありません。冒頭にも書きましたが、実母は穏やかな生活は変わらず、ただ以前より反応が鈍かったり、ぼんやりだったり実母のことを考えると、申し訳なく泣きそうになる自分が、います。さてと、今日もこれからおしゃべりに行ってきます、いっぱい笑ってもらうねん
2011年03月26日
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プロ野球セリーグの開幕が四月に延期された。パリーグは早々と延期して四月開幕を決めていたのに、セリーグはなかなか、往生際が悪かった。選手会は四月開幕を希望していたし、もとよりこの震災の直後と言っていい時期に、計画停電も行われている地域にホーム球場があるチームが三つもあって、特に東京ドームのように電力消費の大きな球場が、野球やっていいのかって問題もあるだろうに、何で三月の開幕にこだわったのか、オーナーたちの真意がよくわからない。選手会会長だったうちの新井も、よく頑張りました。などと思ってふと・・・手元を見ると・・・今シーズン初の甲子園観戦チケットが、開幕日のそれだった。思わぬことで、開幕戦を観戦することになって、不謹慎ですがうれしいっす
2011年03月25日
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今日は舅殿の通院です…がそれを意識していないトドがうっかり休日にしちゃって(笑)しかも私に仕事をさせたく自分が通院に付き合うしかないって状況を自ら作り出してくれましたパチパチ舅殿は通院時に、病院の食堂でコーヒー飲んだり、帰りのお昼会食を楽しみにしてるんやけど今日は…一人息子が介添えと聞いてむっちゃがっかり(笑)それを見て息子はムッツリ(笑)あたし知~らないっ
2011年03月24日
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来週、救援物資の仕分けボランティアに行きます現地には行けないから、地元で出来る事を少し、させていただきます<a href="http://awalker.jp/about_earthshake.php">被災者のために今できること</a>
2011年03月19日
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私にも関西から関東への送電を今夜開始するので電力消費を控えるべき、というメールが来て、出来るだけ多くの方に送るようにとのことでしたが、これは悪質なチェーンメールですので、ご注意ください関西と関東では周波数が違い、簡単に送電出来ないはずですこの悪戯メールのように、送電出来たらどんなに良いかと思いますが今この時、ご不自由な状態を余儀なくされている方々に、こんな風評は失礼この上ないと憤りを感じています。被災地域ではない関西の私達は、冷静に情報を判断し、支援しなければならないと思います。間違った情報を蔓延させることのないようにいたしましょう
2011年03月13日
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有馬温泉 陶泉 御所坊ながながご無沙汰していますm(__)m書かない間に、ブログが消滅していたらどうしよう・・・などと心配しつつ、本当に久しぶりに自分のブログにパソコンからアクセスしています。なんだかんだで、とっぷり介護生活に埋没していて(っていまさら?^^;)パソコンにゆっくり向かう時間もないといった生活ではあります。それはさておき・・・昨日から、相次いで大きな震度の地震が頻発していて、怖いです。揺れを感じた皆様、どうぞこの先もお気をつけてお過ごしください。津波警報が出ている地域の方も、寒い中ご不自由だと思いますがどうぞお気をつけてくださいませ。思えば私の体験した震災は、発生したのが早朝だったためこれから明るくなる時間、であり、家族が一緒に家にいる時間、でもありました。昨日の震災では、家族がそれぞれ、学校やお仕事に出かけている時間帯お互いの無事を確かめあうこともままならず、その焦燥感はいかばかりかと、我が身にも覚えのあることとて胸が痛みます。ご家族に介護や看病が必要な方がいらっしゃる方たちの、ご不自由さとご心配を思うと涙が流れます。あの日も寒い朝でしたが、恐怖で寒さも感じにくい麻痺したような感覚空腹も感じず、疲れているのに気が高ぶって眠れませんでしたいまこのとき、ご自宅以外のところで、過ごしている皆様に心からのお見舞いを申し上げたい。大きな被害があった地域の皆様、神戸もそうでした、生まれ育った地域が、崩れ落ちたのを見たとき、文字通り、足元が崩れる思いがいたしました。喉元を過ぎて忘れた、ということもなく、いまも昨日のように感じているあの震災の被害も時間はかかりますが町は再生していきます。だから、どうぞお体をお大切に、命を大切にと、お祈りしております。皆様ご無事でいらしてください。老婆心ながら、風評に惑わされず、安全な過ごし方をぜひ、ご確認くださいm(__)m
2011年03月11日
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