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おわりにながながと沖縄秘史を述べたのは、米国の強大なレジーム設計能力を指摘したかったからである。市場経済は、権力のおよぶ地域、所有権の確定、度量衡の統一、共通の通貨、契約システムの整備、それらを強制する法的整備、等々の裏づけを不可欠としており、その意味において、それは、国民国家の属性である。それに対して、国内とは区別された国際的な市場は、国民国家の属性による拘束がないために十分な機能を発揮できず、本質的に不安定なものにならざるをえない。しかも現在は、国家を超えた国際的金融機構が確立している。 それは、国民国家からの制約を脱して一定の自律性をもっていて、これが、国家の活動に優先し、国家の活動をコントロールしているように見える。国家は、ますます市場介入能力をなくしているとよくいわれる。しかし、超国家的金融構造が出現したからといって国民経済的視点が人々からなくなったわけではなく、むしろ、国益という意識が、「競争国家」(competition state)という、以前の福祉国家という次元とは異なった形で、拡大している。国家が、超国家的な構造への影響力を強めている。グローバリゼイションが到達すべき新しい目標となり、国家がそこに至る挺子となっている。その先頭を切っているのが米国である。このグローバリゼイションは、各国において同質のものではない。それは、米国の金融複合体という鋳型にはめられた金融的正統の新しい形を生み出し、あらゆるほかの経済資源よりも優先して金融利益のみを追うというシステムを定着させつつある。金融システムは、各国の権力構造の交差する点に位置し、国家を超えた繋がりでもって、市場と政治の両者を横断し、各国の経済的資源、軍事力、政治システムを結びつけている。金融力こそが、国際部面での国家の活動能力を決定する。戦後の米国は、資本制世界の「金庫係」の役割を担っていた。そして、米国は、単に現金の管理者であったばかりではなく、相互依存を高める世界において、貨幣を創出し、取引し、保護する機能をも管理していた。米国のエリートたちは、米国の国益が世界システムの安定のうえに成立するという考え方をもち、その手段として安定した国際金融システム構築の処方箋を書くことを自己の重要な課題と見なしていた。しかし、時代が下るにつれて、とくに、一九六〇年代以降、国際金融システムが、ますます複雑化し、他国からの競争圧力を含めて多様化するにつれて、米国は、自己の意図をストレートには実現し難くなった。国内金融にマイナス作用をおよぼす恐れを十分に予測しながらも、米国は、国際金融強国としての地位を守るべく、国内金融規制の緩和に踏み切らざるをえなくなった。国内金融政策が、国際金融システムに従属するようになったのである。サブ国家構造とインターステイツ・システムとの相互連関を重視する理論を、国際関係論では「第二の構造主義」と呼んでいるが、米国の国内機関が、インターステイツ・システムに従属するようになったことは、そうしたリンケイジが、こと金融部面においては機能するようになったことを意味する。一九七〇年代、八○年代の規制緩和は、たしかに一面では米国の金融機構の地位を高めた。しかし、それは他面では国内の貯蓄貸付組合の破綻という象徴的なマイナス面をも生み出すことになった。そうした経緯を踏まえて、国内金融機関の強化を狙うべく、国内金融改革法案が、一九九〇、九一年に相次いで提出されたが、そのことごとくが議会によって拒否された。それらがグローバリゼイションに逆行すると判断されたからである。いまでは各国は、変化する国際金融状況に自己を適合させ、それを基盤に国際金融市場から利益を得る方法を模索しなければならなくなっている。国際的変化に自己を適含させなければ、各国の国内金融市場自体が国際競争力を失うからである。各国は、国際市場で有利な位置に立とうとしのぎを削っているが、ほかならぬ国際化の進展によって、自国政府の行政能力が大きく傷つけられていることに変わりはない。そして、その論理にもっとも従わざるをえないのが米国の金融行政である。そもそも、米国の規制システムが、国内的に統合されたものでなく、バラバラに分割されているために、金融行政は、国際的なレベルに適応しようとすれば、規制緩和で対処するしかないという構造にある。規制を担当する権力そのものが対立しているので、金融市場の規制緩和以外に有効な政策が実現できない。したがって、一度自由化路線が設定されると、規制担当者はそれに抗らうことができなくなる。これが、金融界への後押しができないという米国金融行政の背景となっている。そして、国内金融市場に効果的な介入ができない米国当局のせいで、国際金融市場はますます不安定になっている。しかし、それを、米国の国家としてのヘゲモニーが弱くなったことの結果であると見なすのは、こと国際金融システムの部面に関するかぎり正しくない。現実には諸国家はすぐさま経済的に横並びするので、ヘゲモニー国を経済的強者であると単純に見ることはできない。現実の国際システムには、国家を超えた利益集団の国家間の横断的な組織があり、この組織を利用して、ヘゲモニー国は内外の問題に介入できる。ナショナリズムや、イデオロギーを超えた、知識の世界的伝導を使命とする文化的ヘゲモニーなるものもある。どの国の政治構造も一枚岩ではないために、統一的な行動ができず、どの国も決定能力をもたないという構造に世界はある。変動相場制への移行後、為替リスクのヘツジングの必要性から、外国為替市場は加速度的にグローバル化し、為替を含む金融取引(とくにオフバランス)額もモノ経済の規模ををはるかにうわ回る天文学的な数値になってしまった。市場が、地理的・時間的にグローバル化しただけでなく、これまで、商品ごとに分かれていた各市場の垣根もまたとり払われ、外国為替、証券、実物商品を統合した単一の市場が出現している(金融デリバティブ市場)。ヘツジングは、金融取引が膨大な額に成長するにつれて、一国内で完結するものではなくなり、必然的に自国金融市場で優位に立とうとするかぎり、金融機関は世界的に展開するしかない。それは、単純にオフショア市場を横断するだけでなく、各国の国内金融市場に参入するという形態をとることになる。そのような各国の金融機関の相互浸透こそが、グローバリズムを促進した。グローバリズムの究極の原因は、現在の金融市場のあり方が基本的に変化した点にある。近年の銀行は、仲介業務だけでは生きられず、新金融商品の売買手数料を確保しなければならなくなった。他方、各国の金融当局は、自己が動員できる乏しい金融資源では、巨大化した金融市場に対して効果的に介入することができなくなり、一切のリスクを金融機関に負担させねばならなくなった。グローバリズムは、このような条件の、結果的に生み出されたものである。ただし、各国の通貨当局は、金融市場に介入する「操作能力」(operation capacity)を失っても、新しい種類の金融市場を誘導する「設計能力」(design capacity)までをも喪失したわけではない。旧い分野での規制を緩和しても、金融の国際競争力を獲得するためもあって、各国通貨当局は新市場を相次いで創設しつつある。そしてそれは、他国金融市場との「調和化」と「相互承認」を基本的内容としている。いきおい、各国の金融機関は、新しい市場での国際競争力をつけるべく、相互の通貨を取引する必要性が大きくなり、各国金融市場は、結果的に、巨大金融機関を媒介とした地下茎のような密接な繋がりの下に置かれることになった。この繋がりは至るところで結節点をもっている。この結節点に決定的な設計能力を発揮するのが米国のパワーである。ウオール街・米財務省・国際金融機関を集合させる金融複合体とは、単に米国の金融界の狭い利害だけではなく、国際システムの構造そのものを決定しているのである。戦後・米国によって鋳型にはめられた世界が生み出された。私たちは、その理路を見失ってはならないのである。(p 67まで) 以上、大学教授 本山美彦著「ドル化」より・・・・でした。 大学教授であるが故に、当然 conspiracy について深入りはできないようで 仮に深入りしたらば、彼は業界から抹殺されてしまうことをしっているから・・・ 誰がそんなことができるのか? 「彼ら」のpowerは、日本にももちろん君臨しており、言論界は、監視の目を意識せざるを得ないのである。日本においても、自費出版本か成甲書房くらいしか、真実にせまる本は出版されていないと、私には思われる。「天皇のロザリオ」」(鬼塚英昭著、自費出版その後成甲書房から)は、昭和天皇及び日本教化を狙うイエズス会(一応カトリック)のザビエル以来の暗躍、「信長と十字架」(立花京子著)にもその片鱗が、否、信長とイエズス会との密接な関係が、立花氏によってはじめて、白日の下に曝された。これは、日本史の画期的な研究発表であります。「20世紀のファウスト」(鬼塚英昭著、自費出版)近い将来に成甲書房からでるようである。 これは、題名通り、20世紀を操った、ルーズベルト、スターリン、ヒットラー、チャーチル、蒋介石、毛etcを操った、アヴェレル・ハリマン(満鉄の共同開発を日本に迫ったあの鉄道王ハリマンの息子)という男を軸に、恐るべき20世紀の舞台裏を叙述した大作です。 何が恐るべきといって、あのヒットラーもまた、お釈迦様の手の平で踊る孫悟空にさせられた存在だった、ということ。違うのは、お釈迦様ではなく、「彼ら」の手のひらの上だったということ。 かのギリシャの海運王といわれたオナシス氏の船会社が、シェルの石油をヒットラーの独へ運搬、・・・ ナチに資金を手当てしたのは・・・ユダヤ資本・・・ことは単純ではないのです 以上を是非一読ござれあれ! 再見
October 30, 2006
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つづきです。「ドル化」本山美彦著より。字数の関係で(4)までつづきます。心して読み、記憶に留めてください。友人にも流してください・・・。昭和天皇の二つの極めて重大なる秘密メッセージ・・・日本民族はこれによって、永遠に足元の浮き上がった運命が定められてしまった・・・・今の道を歩まされることになった。(私には、これは国民のためを思うより、保身が働いたためとしか考えられません。)天皇は、岸信介のような戦争犯罪者を公職から追放した「パージ」を緩和してくれれば、米軍基地として日本本土の提供を「自発的に申し出る」ことが出来ることを示唆したのである。このような考え方には、マッカーサー元帥、吉田首相の双方が反対していた。したがって、このメッセージはマッカーサー元帥と吉田首相を飛び越して、ダレス特使=トルーマン大統領に直接届けられた。ダレスはこの天皇メッセージを「今回の旅行におけるもっとも重要な成果」と評したというが(豊下楢彦『安保条約の成立-吉田外交と天皇外交』岩波新曹、九九六年、一六六ぺージ)、このメッセージによって日本全土を米軍基地とする日米安保条約への道が開かれたのであった。こうして天皇の二通の秘密メッセージの示唆によって、トルーマン政権は、沖縄の米軍基地と日本全土の米軍基地の置き方という難問を一挙にクリアすることとなった。それによって、日本本土全体を米軍基地化することが、「講和条約」でなく、「日米間の条約」となり、沖縄問題のほうが講和条約に入れられて、つぎのような第三条となった。「第三条(信託統治)。日本国は、北緯二九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸鳥を含む)、孀婦岩の南の南方諾島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下に置くこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する。このような提案がおこなれれ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸鳥の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上に権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする」。まことに分かり難い文章だが、この条文では、「北緯二九度以南」の諾島を「合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下に置く」とはいってはいない。将来国連の信託統治制度下に置くかのような表現をしたのである。そのうえで、「このような提案がおこなわれ且つ可決されるまで、合衆国は、領水を含むこれらの諸島の領域及び住民に対して、行政、立法及び司法上に権力の全部及び一部を行使する権利を有するものとする」という文言を付け加えることで、支配の永久化を図った。米国がこれらの諸島を国際連合に対して信託統治制度の下に置くことを提案するつもりがない以上、「このような提案がおこなわれ且つ可決される」ことは永久になく、したがって、米国の権力行使の期限は自ずから無期限となる。この難解な第三条の解釈について、最近、沖縄の国際政治学者・官里政玄教授が国務省の文書を新たに発見したと、つぎのように話している(宮里政玄「米国はなぜ、沖縄を日本から切り離したか」沖縄市・平和のための市民講座、一九九八年八月一五日)。「問題は、この第三条をどのように解釈するかということです。だいたいはっきりしているのは、最初の部分、米国が沖縄を国連の信託統治に置くことを提案するならばということです。これはもうこの頃には米国はそういう意図はないということは分かっていた。というのは、ソ連の拒否権があって、国連に提案しても通るはずがないということは、初めから分かっていながら、あえてそこに入れてあるわけです。問題なのはあとの部分ですね。〈全部及びいかなる一部の権利〉。これをどう理解するかということです。これは英語で、All and any power となります。これをどう理解するかということが、今度の国務省の文書で分かってきた」。「それによると、沖縄に対する統治権を米国は全部行使してもいいし、あるいは一部行使してもいい。一部行使するという場合には、たとえば基地に対してだけ米国は施政権を行使して、あとは返してもいい。あるいは日本と米国が沖縄について基地協定を結んで施政権を全部日本に返す、ということも意味するわけです。米国はなんの義務も負わない。国連に信託統治を提案するという義務を負わず、権利をもつだけである。沖縄についても統治権を行使する権利、全部でもいいし一部でもいい権利を有すると理解されているわけです」。「これにっいては、軍部と国務省の対立があったようですが、軍部を説得したのは、ダレスです。軍部がいうように日本から沖縄の主権をとりあげる形になりますと、米国は実際上排他的な統治権を得ることができない。米国が沖縄の統治権を得る一番よい方法は日本の潜在主権を認めることである。なぜかというと、国際的にみて、日本の潜在主権を認めておけば、主権国がその領土の一部に米国が基地をもつ、あるいは一時的に管理権をもつ、ということを認めれば国際的に通用する。その例はある。パナマ運河です。…もし日本がそうした主権をもたないのであれば、沖縄の人が主権を行使し、国連に訴えることができる。そういったことになりかねない。もし軍部が沖縄に対する管理権を取得したいのであれば、日本の潜在主権を認めるべきである。それなしには、排他的な管理権を取得することはできないという、非常に説得力のある文章をダレスが書いた。…そのようにして軍部を説得したわけですが、米国は第三条でなんでもできるようになった。沖縄を日本に返してもいいし、統治権を全部行使してもいいし、なにをしてもよろしいということに.なった」。ダレスが軍部を説得したというこの方式こそは、天皇が秘密メッセージで提案した方式にほかならなかった。宮里教授が発見した国務省の文書によって、天皇メッセージが講和条約第三条によるきわめて狡猪な沖縄分離・基地建設にいかに大きく影響していたかが改めて分かる。それと同時に、「米国は第三条でなんでもできるようになった」としても、それは、一九五六年二一月一八日の日本の国連加盟までであったはずである。なぜなら国運憲章第七八条によれば、国連加盟国となった地域には信託統治制度は適用できないからである。だから、日本の国連加盟によって講和条約第三条の前提が失われた。したがって、もし日本政府が、沖縄に対する日本の潜在主権を根拠に米国に対して施政権の返還を求めれば、米風は一九七二年をまたずして返還せざるをえず、沖縄の米軍基地の状況は現在とはかなり違ったものとなっていたであろう。 しかし宮里教授によれば、国連加盟後の一九五七年六月に訪米した岸首相は、沖縄の施政権返還を要求しないと演説し、驚くべきことに「沖縄問題は米国の国内問題だ」という態度をとったという。(六) 以降、米国大統領府は、沖縄軍事基地死守を対日工作の基軸に置いてきた。一九九五年に公開されたCIA(米中央情報局)資料によれば、鳩山一郎・石橋湛山の路線に危倶をもっていたアイゼンハウワー政権が、病気になって辞任した石橋湛山の後継に岸信介を据えることと、懸念された社会党の国会での躍進を阻止し、自民党内での岸の影響力を強化するために、CIA、米人実業家を使って、岸と佐藤栄作に年間一〇〇〇万ドルもの資金を五八年から六〇年にかけて注ぎ込んだという(マイケル・シェラー「米機密文書が暴くCIAの対日工作資金」『This is 読売』(一九九五年八月号)。(七) 米国から資金援助を受けていた岸首相が、一九六〇年に日米安保改訂にあたって、「核兵器の沖縄へのもち込みに関する秘密協定」を結んでいたことが、最近明らかにされた(春名幹男「日米安保条約四〇年目の真実」『世界』一九九九年一二月号)。(八) 一九九九年六月、ドイツ・ケルンのサミットで、クリントン大統領が普天間基地の移転問題解決が沖縄サミットの前提になると発言した。(九)一九九九年六月二五日、クリントン大統領が、ワシントンで沖縄サミット前に普天間基地移転問題を解決しておきたいと発言した(『朝日新聞』一九九九年六月二六日付)。(一〇) 一九九九年七月末、コーエン米国防長官が来日し、普天間基地移転問題の早期解決を要請した。(一一) 一九九九年七月、CIAが、日本政府は独自路線を模索中、その一例が「米国の希望に反する形で、サミットを沖縄で開くことに決めたこと」との報告を提出した(『朝日新聞』一九九九年七月二五日付)。(参考、Maree Reid, “The US-Japan Security Relationship in the New Era”, Cambera Papers on Strategy and Defence, No.128, 1988)狭い沖縄に、しかも住宅密集地域に、日本にある米軍基地の四分の三が置かれている。一九七二年以降、日本本土の米軍基地は六〇%削減されたのに、沖縄のそれは一五%の削減でしかなかった。在日米軍駐留費の七〇%、五五〇〇億円(約五〇億ドル)のみならず、米軍基地の地代まで「思いやり予算」(在日米軍援助費)として日本が負担している一九五六年二一月一八日以後の日本政府は、運河の管理権を米国に委ねていた時代のパナマ政府の立場に立ったのであり、パナマ政府は昨年運河の管理権をとり戻したが、日本政府は依然としてかってのパナマ政府のように米国政府の要求するままに基地を提供し続け、しかもパナマ政府と異なって、基地の地代と米軍の駐留費用までも日本国民の税金で払い続けている。二〇〇〇年の沖縄サミット開催に至る経緯の真相は、いまのところ不明である。いずれ、歴史はその闇に光を与えるであろうが、私たちは、総合的な推理をつねに怠るべきではない。おわりにながながと沖縄秘史を述べたのは、米国の強大なレジーム設計能力を指摘したかったからである。(つづく)
October 27, 2006
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続きです。日本人に最も重要な半ば隠された事実。心して読んでください。「日本が、ここまで闇を深くしてしまっては、 日本は滅亡する他ない、 日本に明日はないだろう、」の旨、司馬遼太郎が晩年語ったとか。 東洋の「カルタゴ」・・・長さの関係で(3)までに。六 沖縄米軍墓地恒久化に見られる日本の軛それにしても、米国が押し進めるグローバリゼイションの圧力に、各国はなぜ、いとも簡単に屈するのであろうか。製造業、とくに資本財や消費財において、極端に弱い米国が、製造業において強力な基盤をもつ日本などを自己の意思どおりに、どうして操れるのだろうか。ここには、第二次世界大戦後の米国によって着々と手を打たれたことの結果が現れる。 米国では、経済的利益を、反共軍事国家に仕立てあげる政治的・軍事的目標の下位に置くという国家的アイデンティティが第二次世界大戦後ずっともち続けられている。一方の日本は、戦後一貫して、自国の生産力を米国市場依存型に編成し、そのためには、国辱的といえるほどの米国の軍事的植民地化にまったく抵抗しなかった。それも、極東軍事裁判でA級戦犯と名指しされた戦前の指導者と、こともあろうに昭和天皇の意思によって、軍事と製造業とのバーターがおこなわれたのである。ことほどさように、ドル化のレジームを理解するには、経済現象の分析だけでは不十分であり、政治・軍事現象をも考察の対象にしなければならないのである。そもそも、二〇○○年の先進国サミットがなぜ沖縄で開かれたのか。沖縄における米国軍事基地は、誰の目にも明らかにオーバー・プレゼンスに映る。先進国首脳とて例外であるわけがない。つまり、サミットを沖縄で開催すれば、過剰な米軍基地の存在が世界中に知れ渡る。そうした危険性があるのに、なぜ米国はサミットを沖縄で開催することに同意したのだろうか。危険性を熟知しながら、あえて開催地を沖縄に決定したのは、基地・沖縄を強引に世界に認知させるという米国の強硬路線の現れなのだろうか。もしそうならば、これは大変なことではないのか。米国はついに世界を支配したことになる。真相がどこにあるのかは知るよしもないが、途方もない陰謀がたくらまれたのではなかろうか。伊藤成彦「冷戦終結後の沖縄-米軍基地の根元を問う」(『アソシエー2』二〇〇〇年四月号)は出色の沖縄論である。同論文で沖縄サミットに至る諸決定を時系列的に整理すれば以下のようになる。(一) 沖縄戦が始まったばかりのとき、阿南陸軍大臣は「決戦訓」を唾れ、「皇軍将兵は、皇土を死守すべし。皇土は、天皇在しまし、神霊鎮まり給うの地なり」と述べ、沖縄を皇土外のものとして捉えていた。そして一九四五年六月、天皇が近衛文麿をソ連に派遣して終戦工作をさせようとしたさいに、交渉条件として「国体護持」のために「国土に就いてはなるべく他日の再起に便なることに努むるも、やむを得ざれば固有本土を以て満足す」とし、「固有本土の解釈については、最下限沖縄、小笠原島、樺太を捨て、千島は南半部を保有する程度とする」と明言した。つまり、この時点では、日本政府は、沖縄を日本の固有領土とは見なしていなかった。(二)「対日講和条約作業グループ」(一九四七年七月)を構成していた米国務省と米統合参謀本部との間には、沖縄問題の見解において基本的な差異があった。国務省は沖縄の米軍統治に反対、統合本部は米国による信託統治論であった。国務省の反対は、1.琉球諸島は日本の一部で、日本が略取したものではない。2.沖縄は米本土から遠く領土不拡大方針に反する。3.対ソ関係を悪化させる。4.統治過重になる。5・日本に任せても、日本の軍事的脅威にはならない、という理由からであった。統合参謀本部は、沖縄を米国を唯一の施政権者とする戦略信託統治下に置き、しかも、二六度三〇分以南は米国の一般統治下に置く。沖縄は米国の手に置かれるべきであり、ロシアを抑えるために重要であるという見解であったが、米政府機関間の対立から沖縄問題は膠着していた。(三) マッカーサーは、一九四七年九月一日、国務長官宛に書簡を出した。1.沖縄の管轄権を米国がもつのは、西太平洋の安全に不可欠、2・琉球諸島は民族的に日本の領土ではない、3.日本も保有できると期待していない、4.米国が支配権を得るのに失敗すれば軍事的に由々しきことになる、というのがその内容であった(太田昌秀『検証・昭和の沖縄』那覇出版社、一九九〇年、三二九~三〇ぺージ)。国連憲章に基づく普通の信託統治にすれば、軍事基地を置くことができず、軍事基地を置くことができる「戦略地区」にするには、国連安全保障理事国の承認が必要で、これには、ソ連の反対が予想された。そこに、日本の主権を残存させたままで、長期に渡る米国への貸与という、米国にとって最大のプレゼントが、天皇から出された。(四) 進藤栄一(「分割された領土-沖縄、千島、そして安保」『世界』一九七九年九月号)は、一九四七年九月一九日に昭和天皇が、御用掛・寺崎英成、GHQ(総司令部)首席政治顧問・ウィリアム・シーボルトを通じて、マッカーサーと米政府に伝えさせた「沖縄の米軍基地に関する秘密メッセージ」を暴露し、そのときの、シーボルトの覚書を掲載した。シーボルトはいう。「寺崎が述べるに、天皇は、米国が沖縄をはじめ、琉球の他の諸島を軍事占領し続けることを希望している。…天皇がさらに思うに、米国による沖縄(と要請があり次第他の諸島嶼)の軍事占領は、日本に主権を残存させた形で、長期の二五年から五〇年ないしそれ以上の貸与をするという擬制のうえでなされるべきである。天皇によれば、この占領方式は、米国が琉球列島に恒久的意図をもたないことを日本国民に納得させることになるだろうし、それによって他の諸国、とくにソヴィェト・ロシアと中国が同様に権利を要求するのを差しとめることになるだろう」。寺崎から天皇の覚書を受けとったシーボルトは、まず、マッカーサーに、ついで、マーシャル国務長官にこれを送付、マ一シャルは、ただちに、当時対日講和条約文書を作成していた国務省製作企画部長ジョージ・ケナンに送付、ケナンは付属文書として沖縄特別勧告書をしたためた。つまり、沖縄を米国の信託統治地にするのではなく、日本に主権を残したまま租借地にするというものである。天皇の秘密メッセージの実在性は、当時の入江侍従長の日記が一九八九年一月に『朝日新聞』に掲載されて確認された。天皇メッセージについては、一九八九年一月一二日付の『琉球新報』、『沖縄タイムズ」に社説が載った。しかもダレス=トルーマンの米国政府は、日本本土の中立化を主張していたマッカーサー=吉田茂の意向に反して、沖縄だけではなく日本本土全体をも基地として要求し始めた。そしてそこに第二の「天皇メッセージ」が登場する。(五) 一九五〇年六月にJ・フォスター・ダレスは対日講和条約のための大統領特使として初めて来日し、六月二二日にマッカーサー司令官と吉田茂首相を訪ねて、対日講和後の日本本土への米軍の駐留と米軍基地の設置に関して意見を交わした。(六月二五日北鮮が南侵開始→朝鮮戦争)そのさい、マッカーサー元帥は、講和後も米軍が日本に駐留することはポツダム宣言に反し、反米感情を呼ぶ恐れがある、とダレス構想に反対し、吉田首相も憲法第九条に従って非武装・中立政策をとりたい、とダレス構想に反対した。その夜ダレスは『ニューズ・ウィーク一』誌のC・パケナ東京支局長の家に招かれて、同行していた『ニューズ・ウィーク』誌国際部長ハリー・カーン、天皇の側近・松平康昌らと会食したさいに、マッカーサー、吉田両者との会談への失望を語った。ダレスの失望を聞いた松平はそれを天皇に伝え、すかさず天皇から松平を通してダレスに伝えられたのが第二の秘密メッセージである。このメッセージは一九五〇年六月二三日以後(内容から見て朝鮮戦争勃発以前)に松平からパケナム(→ハリー・カーン→ダレス)に口頭で伝えられ、その後米国側からの要請で八月初旬に葉山の御用邸で松平とパケナムによって文章化された。文章化されたメッセージは秦郁彦一『裕仁天皇一五つの決断』講談社、一九八四年)によって初めて公表された。メッセージ原文は、早稲田大学図書館の「J・F・ダレス文書」のマイクロ・フィルム・リール第一六巻中にある。「陛下はこれまで、責任なく代表的でもない日本人が一般に助言を求められてきたことを遺憾に思っておられました。これらの日本人は普通、米国人が聞きたいと思っている線に沿って助言します。それは助言を求める米国人に反する意見を述べて罰せられることを恐れるからです。また信頼されるに足る経験豊かな人も、助言が批判とみられて罰せられるのではないかと恐れて、助言を控えるほうがよいと感じています。…それゆえに、意見のために処罰される危険のないことを前提に、経験豊かで米日双方から信頼された善意の人たちで構成される、公式または非公式な協議・助言グループを作ることはできないものでありましょうか。この点で陛下は、米日双方の利益にもっとも好ましい結果をもたらし、もっとも友好を促進する行動は、パージの緩和であろうと感じておられます。パージの廃止とはいわないまでも、そうすれば多くの有用な、先見性のある善意の人たちが、公的に自由に働けることはたしかです。いまは沈黙していますが、公的に意見が表明されれば、公衆の心に深い影響を与えるような人が数多くいます。そのような人たちが公然と意見を表明できる立場にいたならば、基地問題に関する最近の誤った論争も、日本側から自発的に申し出ることで、避けられたに違いないとさえいえるでありましょう」。ここで天皇メッセージがいう「基地問題に関する最近の誤った論争」が、吉田首相たちの憲法第九条に従う日本の中立非武装化・米軍基地拒否の主張を指したものであったことは明らかである。また「多くの有用な、先見性のある善意の人たち」のなかに岸信介が入っていたことも間違いない。 (以下つづく)
October 25, 2006
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これは、「ドル化」という、2001年発行、本山美彦(京大大学院教授)の中からの抜粋です。日本民族の根幹が、米国(米政府をCONTROL する「彼ら」・・・くどいようだが)によってからめとられてしまっている、その主要部分の一つです。メデイアに詳しく現れたことはないのではと、思われますが、この事実を知らずに(知らされずに)生きている日本人とは、何なのでしょう? 私自身もこの本を偶然読まなかったら、知らずにいたことでしょう。経済専門書のような著書に目を通すことでもなければ、この深刻な事実をしることも出来ない・・・昭和天皇、マッカーサ、吉田茂、ダラス、岸信介、佐藤栄作・・・登場します・・・沖縄・千島列島・・・はしがき二〇〇〇年七月一三日、米上院銀行委員会がとんでもない法案を通過させた。外国の通貨を米ドルに変更することを米国が支援するというものである(『日本経済新聞』二〇〇年七月一五日付)。法案を提出したのはフロリダ州選出共和党上院議員、マック氏であるが、同氏は、ドル化(dollarization)によって通貨危機の発生が予防され、貿易も拡大すると説明している。自国通貨を廃止してドルを国内通貨にしてしまえば、その国ではドルが外貨ではなくなる。いまは、ドルを外貨準備としてもち、それを米国債などに投資して運用しているが、ドルを国内通貨にしてしまえば、米国債を保有する必要はなくなる。当然、ドル債の運用益がなくなる。この失われる運用益を米国が補填してやろうというのである。ドル化は、二〇〇〇年にエクアドルが実施し、アルゼンチンも採用を検討中であるという。ドルを国内通貨として使用する国が増えれば、米国は外国に大量に保有されている米国債の外国通貨建てへの変更圧力を受けなくなる。たとえば、日本が保有している米国債は、ドル安・円高の進行とともに円換算では価値を減らしてしまう。こうしたこともあって、日本側には、米国債の円建て化を求める強い願望がある。しかし、そのようなことになれば、米国はこれまでのようなドルのたれ流しを継続できなくなってしまう。ドルの対外価値、とくに対円レートを維持しなければならなくなるからである。その分、米国は同内政策の自由度を失う。というよりも、世界のカネをドルに換えてニューヨークに集め、それをふたたび外国の企業買収のために外に出すという、世界のカネの集塵、撒布といった装置が機能しなくなる可能性が強くなる。米国債をもたなくなることから、失われる運用益をドル化した国に補填してやるというのは単なる□実でしかない。自国のドルを外貨によって制約されることはできるかぎり避けたいというのが、米国通貨当局の本音であろう。もし世界の通貨がドルになり、ドルにとっての外貨がなくなってしまえ,ば、ドルに加わる拘束は小さくなる。「ドル化法案」の狙いはそこにある。しかし、世界中をドル化するという米国の政治家の意識とはなんなのだろうか。各国の通貨主権の存在などはなから問題にせず、米国のみが通貨主権をもつという体制のもつ帝国主義の臭いにまったく気づかない無邪気さである。さすがに、サマーズ米財務長官がマック氏に諌める書簡を送ったということだが、世界中の金融資産を売買するために、しゃにむに金融の自由化を押し進める米国金融複合体の露骨な欲望が、この法案には剥き出しの形で現れている。本書では、「ドル化」(dollarization)という概念を、単なる外国通貨のドルヘの変更という局面に限定せず、思考様式、価値判断、経済システム、等々の広い分野で米国標準が事後的標準(デファクト・スタンダード)として、世界を支配するという意味で使っている。つまり、グローバル・スタンダードというのは、米国のスタンダード、それも、ウオール街・米財務省・世界銀行・IMF(国際通貨基金)を包含する金融複合体の価値基準のことであるという理解に立っている。ドル化とは、世界の市場が米国の国内市場になるということを意味している。歯止めなき通貨暴走が今後も加速するとすれば、資本主義のシステムは比較的早期に必ずや壊れてしまうであろう。米国が通貨規律を回復させること、これが世界を崩壊に導かないための最低限の課題である。二〇〇〇年に入って、日本では、海外投資家などによる日本企業買収を目的とした投資ファンド設立が相次いだ。二〇〇〇年五月時点、投資予定額が合計で一兆四〇〇〇億円を突破した(『日本経済新聞』二〇〇〇年五月二五日付)。これら投資ファンドは、企業を買収し、経営陣入れ替えやリストラクチュアリング(事業の再構築)などによって価値を高めたうえで売却し、利益を,稼ぐのが狙いであり、プライベート・エクイティ投資と呼ばれているものである。日本企業対象のファンドは、二〇〇〇年五月現在、一八本あった。たとえば、米大手投資会社、カーライルが設定するファンドは、日米欧の機関投資家と組んで、最大一〇〇〇億円規模の資金投入を、日本の情報技術(IT)関連会社、成熟企業のグループ会社、ノンバンクなどに投資する方針である。米投資会社サーベラスは、会社更生法による再建を目指す長崎屋のスポンサーとして資金を投じることが決まっていて、百貨店のそごうをも買収する噂が出ている。同社は、日本企業買収ファンドとして、二〇〇〇億円規模の投資枠を設定している。日本向けの第一号ファンドで、旧長期信用銀行の経営権を取得した米リップルウッドは、このほかにも二本のファンドを設立している。一本は米ホテル大手マリオット・インターナショナルと組んだホテル買収専用ファンドで、資金量は四〇〇〇億円。もう一本は化学会杜買収に向けてのものである。国内企業同士の株式もち合いの解消が進む一方、大手企業などの間に不採算部門を切り離す動きが出ており、ファンド急増の背景には、日本企業の買収がこうして容易になってきたという事情もある。一九九八年四月、三兆円の保有契約高を持つ日産生命保険が経営破綻し、無風状態だった生保業界は一気に大淘汰時代に突人した。再編劇の主役は外資であった。その後の二年間で、じつに、六社の生命保阪会杜が外資の傘下に入った。東邦生命が米GEキャピタル、あおば生命(日産生命の既契約管理会社)がフランス投資会社アルテミス、第百生命がカナダのマニュライフ、平和生命が米エトナ、エコス生命がスイスのウィンター・トゥール、そして日本団体生命がフランスのアクサーの傘下に組み込まれた。六社の保有契約高の合計はざっと一〇〇兆円。世界一の保有契約高を誇る日本の生保市場のじつに五%が、外国保険会社に買われたことになる。「日本買い」は生保業界にかぎられた話ではない。九六年に経営破綻した山一證券はメリル・リンチ証券に買われ、九九年には日産自動車がフランスのルノーの軍門に下った。いずれも日本のトップ・クラス企業だったが、日本勢から救済の手は差しのべられなかった。資金力では・日本買いの「元祖」ともいえるGEキャピタルは、九八年以降、大手消費者金融レイク、中堅のコーエー・クレジット、東邦生命、日本リースと、矢継ぎ早に買収を行い、二〇〇〇年には大手信販ライフの消費者金融部門を傘下に収めるなど、すでに日本買いに二兆円もの巨額の資金を注ぎ込んでいる。今後とも、同社は、不動産、信販、消費者金融を中心に買収の手を緩めるつもりはないと明言している。業績低迷にあえぎ、リストラに追われる日本企業は、他社を買収する余裕などない。したがって、M&A(企業買収・合併)は、外資の独断場である。大手M&A仲介業者・レコフの調べでは、外資による日本企業件数は、九六年まで年三○件台にすぎなかった。それが、九八年に八五件、九九年には二一九件とまさにうなぎのぼりである。二〇〇〇年第一四半期も、対前年比二〇〇%というハイ・ぺースでM&A件数は増え続けた(「外資は日本をこんなに買った!」『週刊ダイヤモンド』二〇〇〇年五月一三日号)。「日本買い」はこれからが本番である。かつては破綻した企業か、経営難で救済を求める企業しか買えなかった。優良企業を買収したいのはやまやまだが、そんな会社が身売りするはずもなく、外資は仕方なく破綻企業を買っていた。だが、今後は違う。優良上場企業ですら敵対的買収の標的になりかねないという恐るべき事態が、水面下で進んでいるのである。実際、日本の上場企業の外国人もち株比率が急上昇している。九八年度は株数ベースで一〇・〇%、時価べースでも一四・一%と過去最高を記録した。五-六年前の二倍に跳ねあがったのである。さらに九九年には、一年間で九兆円もの外国人による日本株の買越があった。一九八八年度から九八年度にかけて、上場企業の所有者別もち株比率(株数べース)で見ると、金融機関が四五%から四〇%に、事業法人が二五%から二四%に、外国人が四%から一〇%に変化している。つまり、外国人株主が倍増した。ソニー、ロームといった超優良企業の外国人もち株比率が軒並四〇%を超えた。彼ら外国人の行動原理は・日本の安定株主のそれとは異なる。かりにTOB(公開買い付け)を仕掛けられたなら、買収提示価格次第で外国人株主は売りに回る。つまり四〇%以上の株が、TOBを仕掛けた特定株主に渡りかねない。外国人もち株比率が高いほど、潜在的な買占めリスクの脅威は増大する。自動車業界は世界的再編の結果、すでにトヨタ自動車と本田技研工業以外は特定のグループの傘下に入ってしまった。 (中略)倫理をますます喪失しつつあるドルの専一的支配体制。それは、「ダラーライゼーション=ドル化」(dollarization)として表現される。米国は、そうした「ドル化」のシステムを創出した。通説でいわれている「市場が権力を無力にした」というのは、誤りである。米国の通貨権力が、「ドル化」として表現されうる市場を生み出したのである。本書はこのような状況を生み出してきた「市場と権力の確執」に照準を合わせて、「ドル化」(dollarization)の意味とそのシステムとしての危うさを検討する。2000.8.15 本山 美彦つづく
October 23, 2006
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日本人はかくも馬鹿にされて、・・・痴呆の子供をからかっている悪魔の姿がここにある。このブログを読んできた方は、なんと思われますか?安倍首相、中韓訪問を自賛 ライス氏も「お祝い」2006年10月20日07時41分 朝日 「国民同士のこれ以上の感情悪化は中韓ともに防げたと思う」。安倍首相は19日のライス米国務長官との会談で、先の中韓訪問の成果に胸を張った。北朝鮮の核実験問題打開には両国との意思疎通が不可欠なだけに、自らの外交成果を強調したかったようだ。 会談ではライス氏が「首相の中韓訪問の成功をお祝いしたい。素晴らしい成功だった。タイミングも良かった」と絶賛する場面もあった。 一方、首相は中国の北朝鮮への姿勢を「いままでより強い立場で今回の事態に対応しているようだ」と高く評価。ライス氏も「北朝鮮が違う方向に動くよう努力してくれることを期待する」と語り、中国への期待感でも足並みをそろえた。
October 20, 2006
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唐外相とライスが各国飛び回ってシナリオ調整、複雑な工作が着々と進行・・・朝鮮戦争の北鮮南攻開始のとき(1950.6.25)には、ハリマン特使・アチソン等が、各国ソ連韓国日本中国を飛び回りみごとにシナリオ調整を成し遂げ、スターリンを説得し、(アチソンラインはその伏線であった)・・・マッカーサは脇役に過ぎなかった、シナリオに従わなくなった時点で、解任・・・これが真相、55年前も現在も、同じ手法が継続されている・・・米政府をcontrolする「彼ら」なくしてはありえないことなのです・・・。われらが田中さんは、そんな過激(思想的)なことは口に出されませんが、現象論として、動きの本質に迫っていると思います。田中宇の国際ニュース解説 2006年10月19日 http://tanakanews.com/━━━━━━━━━━━━━━━★中国が北朝鮮を政権転覆する?━━━━━━━━━━━━━━━ 10月9日の北朝鮮の核実験以来、中国の北朝鮮に対する態度が以前より敵対的になっている。報道によると、中国当局は、国内の学者などがメディアで「中国は、北朝鮮の政権を転覆すべきだ」といった主張を展開することを容認するようになった。 中国外務省は、北朝鮮の政府と国民とを分けて考えているような言い方を外国の外交官に対して発するようになったとも指摘されている。今後、北朝鮮でクーデターが起きて金正日政権が転覆された場合、中国は「クーデターは民意に基づいているので支持する」と言えるようにしているかのようである。http://www.theaustralian.news.com.au/printpage/0,5942,20587473,00.html 核実験後、北朝鮮との貿易が集中している中国側の丹東の銀行では、北朝鮮への送金を停止する措置がとられている。北朝鮮から中国の瀋陽に、ビザを取って正式なルートで出稼ぎに来ていた労働者たちは、中国当局からビザ更新を拒否され、北朝鮮に帰国している。丹東や瀋陽の銀行では、北朝鮮から中国への送金にも時間がかかるようになり、中朝貿易は打撃を受けている。http://english.chosun.com/w21data/html/news/200610/200610170004.html 中国政府が北朝鮮に対する態度を硬化させたのは、核実験が実施されたことが最大の原因ではない。核実験は、態度硬化のきっかけでしかない。中国が北朝鮮を批判したり、政権転覆支援を示唆したりする本質的な理由はおそらく、中国が北朝鮮にアドバイスした経済開放政策が進まず、中国が目指してきた「北朝鮮を中国のような社会主義市場経済に軟着陸させていく」という目標が実現していないからである。 北朝鮮に関して中国(と韓国)が望んでいることは、安定維持や混乱回避である。北朝鮮の安定を維持するためには、北朝鮮を貧困から脱出させ、経済成長する状態にすることが必要だ。中国は、1970年代末から始めた市場経済化が成功しており、この方式を北朝鮮にもやってもらいたい。 中国は1980年代以来、香港から市場経済を学ぶため、香港のとなりに新たな開発区として深センを作った。これと同様に中韓は数年前から、中朝国境の中国側の丹東のとなりに北朝鮮側の新義州、南北境界線の韓国側のソウルのとなりに北朝鮮側の開城、というぐあいに北朝鮮の南と北に経済特区を作らせ、北朝鮮を市場経済に移行させようとしている。http://tanakanews.com/f0113korea.htm▼北朝鮮で親中派と反中派の対立 一昨年には、中国から北朝鮮への産業投資が活発になっていると報じられ、中国式の経済改革が北朝鮮で進み出したことをうかがわせた。ところがその後、中朝間の経済関係はさほど伸びていない。中国政府によると、中国から北朝鮮への金融以外の直接投資額は、2004年が1410万ドル、05年が1437万ドルと微増である。中朝の貿易総額も04年が14億ドル、05年が16億ドル、06年1-8月が10億ドルで、横ばいに近い。http://www.atimes.com/atimes/China_Business/HJ17Cb03.html これらの数字を指摘しているアジアタイムスの記事は「中朝貿易は核実験後も繁盛している」という趣旨で書かれているが、北朝鮮のような新興市場は、経済開放が進んでいるなら、もっと数字が伸びるはずだ。中国政府は中朝貿易が拡大していると見せるために増加傾向の数字を出している可能性もあることを考えると、中朝貿易は拡大しているとはいいがたい。 中朝貿易が伸びていないのは、北朝鮮政府が経済開放策(経済改革、市場経済化)に対する積極性を失っていることをうかがわせる。中国の分析者によると、北朝鮮政府内では最近、親中国派と反中国派との対立が激しくなっている。金正日総書記自身は親中国派で、反中国派は、金正日一族を政権から引きずりおろそうとしているという。反中国派とは、中国が北朝鮮にやらせている改革開放に反対する人々である。反中国派が強くなっているため、金正日は、改革開放の進展を減速せねばならなくなっているわけで、これが中朝貿易の横ばい状況の背景にありそうだ。 北朝鮮で改革開放に反対している主な勢力は軍である。軍の首脳たちは、経済開放によって北朝鮮と外の世界との緊張関係が緩和されると、自分たちの政治力が失われてしまうので、改革開放を「社会主義の理念を忘れた裏切り」として反対している。金正日は、軍の不満をなだめようと待遇改善をしているが、経済開放が進んでいないということは、軍の反対がいまだに強いことを示している。http://washtimes.com/upi/20061013-032729-7106r.htm このような北朝鮮内の状況と、先日の核実験との関係を考えると、金正日は、経済開放を進めることよりも、むしろ軍が求める外界との緊張関係を拡大する政策を重視し、核実験を挙行したということになる。 中国が北朝鮮の政権転覆を画策しているという話は以前からあったが、今回また出てきているということからも、北朝鮮側が改革開放に消極的になっていることに中国が苛立っていると感じられる。中国が望んでいるのは、軍内で改革開放に賛成している将軍たちにクーデターを起こさせて政権をとらせ、北朝鮮の政権内で改革開放を止めている勢力を金正日もろとも政権から外そうとする動きだろう。だが、中国が嫌う北朝鮮の不安定化や、国家としての全崩壊を回避しつつ、この手のクーデターを成功させるのは難しい。 最近、中国の分析者は1990年代後半に平壌で3回のクーデターがあったことを明らかにしたが、これらは6年以上前の話である。金正日はクーデター防止に尽力しているだろうから、最近もクーデターが起きそうな状況かどうかは不明だ。その一方で、北の核実験後、中国が北朝鮮国境に越境防止用のフェンスを作ったことからは、北朝鮮の崩壊やクーデターが近いことを感じさせる。http://www.theaustralian.news.com.au/printpage/0,5942,20587473,00.html▼中国を入れてアジア版NATO 北朝鮮をめぐる行き詰まりは今後も続く可能性が大きいが、アメリカが北朝鮮の問題を中国に任せる傾向はどんどん強まっている。核実験を機に、アメリカ政府からは「中国や日本を含めた東アジア全体とアメリカで、アジア版NATOのような多国間安全保障の枠組みを作るべきだ」という構想が出てきた。http://www.koreaherald.co.kr/SITE/data/html_dir/2006/10/17/200610170008.asp「アジア版NATO」の構想は以前からあったが、以前は、中国包囲網としての、日米豪などを核にした多国間の安保組織としての構想だった。http://www.atimes.com/atimes/China/HC18Ad01.html ところが今では中国はアメリカの「敵」から「重要な味方」に変身し、北朝鮮の核問題に象徴されるアジアの安全にかかわる諸問題を多国間で解決するための枠組みとして、米政府はアジア版NATOを提起している。「アメリカは中国に頼らないと北朝鮮やイランの問題を解決できない」という論調も、最近アメリカの新聞によく載るようになった。http://www.iht.com/articles/2006/10/17/opinion/edbennett.phphttp://www.iht.com/articles/2006/10/15/america/web.1015nuclearWIR.php 安倍首相の中国訪問は、アメリカが中国を敵から味方へと転換する節目の時期に行われている。そのことは、前回の記事 http://tanakanews.com/g1017japan.htmに書いた、安倍訪中はアメリカの圧力を受けたものではないかという私の推測を補強している。
October 20, 2006
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アメリカが安倍を訪中させた? このような経緯を踏まえると、10月8日の安倍の訪中は、中国にとって、かねてからの希望がかなった出来事だったことが分かる。安倍は1泊のあわただしい北京訪問で、胡錦涛国家主席、温家宝首相、呉邦国全人代常務委員長(国会議長)という、中国のトップ3の指導者全員に会った。胡錦涛は、昨年4月に小泉前首相とのジャカルタ会談で実現しようとして果たせなかった「日中を戦略的関係にまで強化する」という目標を、安倍との会談で果たし、日中関係を「戦略的互恵関係」にするという共同声明を出した。 安倍は本来、小泉以上の日米同盟重視派とされていたから、小泉の路線を継承し、できる限り対米従属を続け、中国と一緒にアメリカ抜きのアジアを切り盛りすることなどまっぴらだったと推測される。そんな安倍に対して「首相になったらすぐに中国に行きなさい」と命じることができるのは、アメリカだけである。公明党や財界など、日本国内にも、日中関係を改善したい勢力はあるが、それらの勢力からの要請なら、安倍は、首相になったばかりの時に急いで訪中する必要はない。 ブッシュ政権の対中戦略は、議会などの反中国派に配慮して、表向きは「中国包囲網」などで中国を敵視するそぶりを見せつつ、実際には中国を少しずつ覇権国の方向に押し出していく「隠れ多極化戦略」である。こうした「戦略的な曖昧さ」重視のため、ブッシュ政権はこれまで、日本政府に対中関係の改善を強くはっきりと求めることはできなかった。 だが、北朝鮮が核実験するとなれば、話は別である。核保有国になった北朝鮮に対峙するためには、周辺諸国は団結せねばならない。「日本と中国が仲違いしているのは非常にまずい」とアメリカは日本にはっきりと言うことができる。「安倍が首相に就任したら2週間以内に訪中する」という話が、安倍周辺からマスコミに流れ始めたのは、8月末か9月始めのことである。これはちょうど、米韓の諜報機関が「北朝鮮が核実験しそうだ」と言い出し、金正日が中国やロシアに核実験すると報告した時期である。 北朝鮮の核実験が不可避になった時点で、中国側は金正日に「中国が良いと言ってから実験を実施せよ」と命じる一方で、アメリカに「核実験後の北朝鮮との交渉に中国が責任を持つから、その代わり、日本の安倍に、首相になったらすぐ中国に来いと言ってほしい」と求め、かねがね中国に責任を持たせたいと思っていたアメリカは中国の提案に応じ、安倍に「もうすぐ北朝鮮が核実験するから、早く中国との関係を改善しなきゃダメだ」と強く言って訪中を実現させ、中国は北朝鮮に「安倍が中国を離れたら核実験しても良い」とゴーサインを出し、核実験は安倍が北京から離れた半日後に実施された、というのが私の仮説である。訪中の奇妙さを隠す強硬姿勢の芝居 北朝鮮の核実験が行われた後、日本は国連決議を待たずに独自の対北朝鮮制裁に踏み切り、北朝鮮の船が日本の港から追い出される光景がテレビで延々と報じられた。日本は、国連では、北朝鮮に寛容な中国やロシアと対立する厳しい制裁決議を求めた。こうした動きを見ると「日中の対立は解けない」という感じを受けるが、私は、これはむしろ安倍政権が自分たちを「強硬派」に見せるための国内向けの芝居であると感じる。 右派のはずの安倍が、首相就任早々に異例の中国訪問をせざるを得なかったのは、どう見ても奇妙である。だから訪中に対する疑問を吹き飛ばすように、強硬姿勢をとって見せたのではないか。北朝鮮と日本の間の貿易はここ数年ですでに激減し、制裁をどんなに厳しくしても、大した効果はない。国連決議は、どんなに日本が強く言っても、拒否権のある中国が考えたとおりの内容になることは、最初から分かっている。 米政府は、国連で北朝鮮制裁を議論している真っ最中に、中国の代表をホワイトハウスに呼び、ブッシュ大統領自らが会談に出てきている。アメリカの態度は「北朝鮮問題は、中国中心の外交交渉ということで、よろしくお願いしますよ。アドバイスはしますから」という感じである。アメリカのボルトン国連代表は安保理での演説で北朝鮮を罵倒したが、ネオコンらしい見事な演技だ。http://news.yahoo.com/s/afp/20061012/pl_afp/nkoreanuclearweapons_061012183450日本の核武装は対米従属の終わり 日本の政界では「北の核に対抗して日本も核武装するかどうか考えよう」という主張が出てきたが、これはまさに、日本が対米従属を続けられなくなってきたことを示している。日本は、対米従属が続けられる限り、アメリカの核の傘から出て自前の核兵器を持つことはあり得ない。以前の記事http://tanakanews.com/g0912japan.htm に書いたように、日本は中国やロシアと異なり、戦略的な国土の厚みがないので、独自の核兵器が抑止力にならない。 日本が対米従属を保ったまま、アメリカの許しを得た上で独自の核兵器を持つという選択肢がある、と言う人もいるかもしれないが、ブッシュ政権が「アジアのことはアジアに任せる」という姿勢を強めていることを考えると、この考えは幻想にすぎない。日本が独自の核兵器を持ったら、アメリカは「もうアメリカは日本の防衛に協力しなくても大丈夫ですね」と言って出ていく傾向を強めてしまう。 911以降「もはや同盟国も要らない」と主張する「単独覇権主義」を掲げるアメリカに対し、日本政府、特に外務省は、何とかしてアメリカの忠実で便利な同盟国であることを示そうと努力してきた。対米従属を1日でも長く続けたい外務省は、独自の核武装については、検討することさえごめんだと思っているはずである。 以前の記事( http://tanakanews.com/g0919japan.htm )に書いた日露関係と同様、政治家の中から、そろそろ独自の核武装(つまり対米従属が終わった後の日本のあり方)について検討した方がよい、という意見が出てくることは自然な動きである。 北朝鮮の核実験は、米中関係、日中関係、日米関係のすべてを、新しい局面に引っぱり出したといえる。北朝鮮がどうなるかということ自体より、北朝鮮問題をきっかけにして日米中の三角関係が今後どうなっていくかということの方が重要である。この記事はウェブサイトにも載せました。http://tanakanews.com/g1017japan.htm
October 17, 2006
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田中宇の国際ニュース解説 2006年10月17日 http://tanakanews.com/安倍訪中と北朝鮮の核実験 10月9日に北朝鮮が実施した(と発表した)核実験には、謎が多い。本当に核実験が行われたのかどうか、はっきりした確認がとれていないことが謎の一つである。8月中旬の段階で、すでに「北朝鮮が通常爆弾を爆発させ、それを核実験だと発表しても、世界はそれがウソか本当か判別できないだろう」と指摘されていた。核実験が小規模なら、放射線を浴びたちりの発生が少なく、それが外国勢力によって検出されない可能性が十分にある上、地震波の測定だけでは核爆発であると断定するのは難しい。http://www.antiwar.com/prather/?articleid=9562 核実験から5日後、アメリカ政府は、北朝鮮周辺の大気中で、核実験によって発生したと思われる放射線を浴びたちりを採取したので、北朝鮮が核実験を行った可能性は80%となったと発表した。しかし米政府は、採取されたちりから、爆発がウラニウム爆弾とプルトニウム爆弾のどちらと判断されるか、といった具体的なことは何も発表していない。また、韓国政府は、核実験による放射線の痕跡が見つかったとは発表していない。http://news.yahoo.com/s/ap/20061014/ap_on_go_ca_st_pe/us_nkorea 実験は実施されたが、失敗だったのかもしれない。起爆装置の作動が微妙にずれただけで、核分裂は部分的にしか起こらないか、全く起こらない。http://www.atimes.com/atimes/Korea/HJ14Dg01.html これらの件はあるものの、私から見て最も大きな意味を持った謎は、核実験そのものに関することではなく、「なぜ核実験が、安倍首相が訪中を終えた翌日に行われたのか」ということである。「それは偶然の一致だ」と思う人が多いかもしれないが、事態の流れを詳細に分析していくと、偶然ではないかもしれないと思えてくる。中国は核実験を事前に知らされていた まず指摘すべきは「中国政府の中枢は、北朝鮮が核実験を実施することを事前に知っていたようだ」ということである。北朝鮮が核実験しそうだと頻繁に報じられるようになったのは今年8月後半からのことで、その流れの中で8月31日から9月10日ごろまで、北朝鮮の金正日総書記が中国を訪問したのではないかと報じられ続けた。 8月31日、韓国の偵察衛星が、金正日の特別列車が中国国境に向かっていることを確認したことから、金正日の中国訪問が取り沙汰され始め、金正日が核実験の計画について説明するため、中国の胡錦涛国家主席に会いに行ったのではないかとする憶測が流れた。http://www.guardian.co.uk/korea/article/0,,1861296,00.html その後、9月7日には、特別列車が新義州から平壌方面に戻るのが、韓国の偵察衛星によって確認されている。中国政府は、金正日の中国訪問を否定しているが、9月10日には「最近、金正日が、中国とロシアの外交官に、地下核実験を実施することを決定したと伝えた」というロシア政府筋の話が報じられている。http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=S0NFQ4OVPSVHJQFIQMFSFFOAVCBQ0IV0?xml=/news/2006/09/10/wkorea10.xmlhttp://english.chosun.com/w21data/html/news/200609/200609050022.html 金正日が北京に行ったかどうかは確定できないものの、少なくとも金正日が9月上旬に、核実験を実施するつもりだと中国とロシアに通知した可能性は非常に高い。このことから、北朝鮮の国家運営に不可欠な経済支援を行っている中国に対しては直接金正日が北京に行って核実験を行うことを説明し、ロシアに対しては、駐平壌のロシア大使に核実験実施を伝えたのではないかと推測できる。 金正日が北京から平壌に向けて戻ったのと入れ替わりに、9月5日には、米政府の北朝鮮担当であるクリストファー・ヒル国務次官補が北京を訪れた。ヒルは、金正日と胡錦涛の話し合いがどんなものだったか聞くために北京にやってきたとも思える。http://today.reuters.com/news/articlenews.aspx?type=worldNews&storyID=2006-09-05T235337Z_01_PEK81383_RTRUKOC_0_US-CHINA-USA-NORTHKOREA.xml&archived=False ヒルは、その北京訪問時に「中国は、北朝鮮に失望している」と述べている。ここからうかがえることは、中国は北朝鮮に「核実験をするな」と言ったが、北朝鮮の意志はかたく、翻意させることはできなかったということである。中国は核実験のタイミングを制御しえた 中国側は、核実験停止要求を金正日から拒否されたが「核実験をやったら北朝鮮に対する石油供給などの経済支援を止める」とは言わなかった。核実験が実施されたあとの現在も、中国から北朝鮮への援助は止められていない。中国は、北朝鮮の核実験を容認する態度をとったことになる。中朝国境の町では、国連の制裁決議などどこ吹く風で、従前どおりのビジネスが展開しているという。http://www.atimes.com/atimes/China_Business/HJ17Cb03.html 中国が北朝鮮への経済援助を停止すると、北朝鮮では物不足がひどくなって社会が不安定になり、金正日政権が崩壊するかもしれない懸念がある。中国は、自国の周辺地域の安定を重視しており、北朝鮮が不安定化したり、崩壊したりすることを望んでいない。中国は、北朝鮮への経済援助を止められない状況にある。http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-china13oct13,0,3010364.story 胡錦涛は、金正日の核実験をやめさせることはできなかったとしても「どうしてもやるというのなら、実験をするタイミングは、こちらが良いといってからにしてくれ」と、注文をつけることができたはずである。つまり中国は、北朝鮮がいつ核実験をやるかということを制御できる立場にいた。 ここで私が推測するのは「胡錦涛は、日本の安倍新首相を中国に来させて日中関係を好転させるために、北朝鮮の核実験を使ったのではないか」ということである。日中接近は対米従属の終わり 中国政府は以前から、日本との関係を改善させることを求めてきた。日本では「中国が日本との関係を改善したければ、首相の靖国神社参拝を認めるべきだ。中国が首相の靖国参拝を認めないのは、日本との関係を改善したくない証拠だ」と考える人が多いが、間違いである。中国共産党は、抗日戦争に勝ったことが政権を支える正統性として存在している。首相の靖国参拝を容認することは、譲れない一線を越えており、中国にとって非常に難しい。小泉前首相は、中国がどうしても容認できないことであると十分知った上で、あえて靖国参拝を繰り返していたと考える方が自然である。http://tanakanews.com/f1124japan.htm 中国が、日本との関係改善を望むのは、アメリカが中国に「国際社会での責任をもっと果たしてくれ」「アメリカに頼らず、中国が中心になってアジアの問題を解決してくれ」と求め続けているからである。ブッシュ政権は昨年夏から、中国を世界運営に責任を持つ勢力のひとつ(responsible stakeholder)にすることを、対中政策の中心に掲げてきた。http://www.atimes.com/atimes/China/HE25Ad01.html 中国政府は、アメリカが自国に、国際社会における責任と覇権の一部を割譲したがっていることを、自国が大国になるチャンスと見て、ある程度は受け入れつつも、外交に力を割きすぎると、なかなか安定しない内政や経済の問題がないがしろになるので、躊躇し続けている。このため、胡錦涛政権は「アジアの大国としての責任は、中国だけでなく、日本というもう一つの大国にも果たしてもらいたい」と考えて、日中関係を改善して「戦略的関係」にまで高め、日中が協調してアジアを主導していきたいと考えてきた。http://tanakanews.com/f0524japan.htm おそらく日本政府は、すでにアメリカや中国の思惑を把握し、それに乗りたくないので、首相の靖国参拝が繰り返されてきた。日本にとって最良の体制は「対米従属」であり、アメリカが中国に「アジアの盟主になれ」と圧力をかけ、中国が「一国で盟主になるのは大変だから、日本と一緒にやりたい」と言って接近してくるのに日本が応じたら、アメリカは「これでアジアの問題に煩わされずにすむ」と言って、日米関係を含むアジアとの関係を希薄化させていきかねない。それは、日本にとって対米従属の終わりを意味する。http://tanakanews.com/f0615empire.htm 小泉前政権は「そんなシナリオ展開は許さない」とばかり、靖国参拝や、東シナ海油田問題、尖閣諸島、教科書問題など、日中間のあらゆる問題を再燃させ、マスコミを動員して国民を中国嫌いにさせて、日中関係が改善しないように努力してきた。http://tanakanews.com/f1124japan.htm アメリカは昨年秋ぐらいから、小泉の靖国参拝を問題にし始めた。昨年11月に訪日したブッシュ大統領が、改善しない日中関係を懸念すると、小泉は「誰に止められても参拝は続けます」という主旨の発言をして、アメリカの思惑どおりには動かない姿勢を見せた。(日米間のやり取りは当初秘密にされ、かなり後になってから報じられた。日米関係は安定しているので、アメリカのマスコミの関心は薄い) その後、今年に入って、アメリカから日本に対し、中国との関係改善を求める動きが強まった。今年6月には、米国務省の元日本担当者が「次の日本の首相が誰になったとしても、次期首相は靖国参拝はしないだろう」と東京での記者会見で述べていた。
October 17, 2006
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ロスチャイルド家とは何者か。その正体を日本人は知らなければ成らないが、それは何故か。 更新 平成18年10月11日23時55分 平成十八年(二〇〇六年)十月十一日(水)(第一千八百三十回)○日本人が「ロスチャイルド」について知っていることは、 殆んどゼロか、またはきはめて少ない。○何故なら、明治以降現在まで、日本人は学校教育でも マスコミでも、出版物でも、いかなる場所でも、○ロスチャイルドについて教えられたことがないからである。○明治以後現在まで日本の「学者」が、ロスチャイルドについて、 研究したことはない。○マスコミ人がロスチャイルドについて調査し、記事にした こともない。○これは何を意味するのか。○英国の著者、ナイアル・ファーガソンの、約千二百頁の大著 「ロスチャイルド家 1798~1999年」(上下二巻、一九九八年、 一九九九年)○この本が、日本で、読まれて居るのか居ないのか。○それも分らない。○日本の「学者」、マスコミ人、評論家、インテリなどは、 原則として、○「専門家」である。○つまり、なんらかの「専門」を持って居て、○専門内のことのみを問題とする。○しかし、「ロスチャイルド家」は、これらの「専門」の枠内に 収まらない。○従って、「ロスチャイルド」は、それらの「専門家」の視野 から消えてしまうのである。○「ロスチャイルド家」と関連する分野、領域、専門の一部は、 次の通り。 (1) 経済学 (2) 金融論 (3) 貨幣論 (4) 政治学 (5) 法学 (6) 世界史 (7) 世界宗教史 (8) ユダヤ史 (9) カバラ学 (10)サバタイ派 (11)フランキスト (12)イルミナティ (13)フリーメーソン (14)米国独立革命 (15)フランス革命 (16)ナポレオン戦争 (17)フランクフルトとユダヤ人居住区 (18)初代ロスチャイルド (19)五人の息子とフランクフルト本家、ロンドン家、 パリ家、ウィーン家、イタリア家 (20)ロスチャイルドの代理人 (21)米国南北戦争とロスチャイルド (22)イングランド銀行とロスチャイルド○以下キリがないので省略する。○しかし、これらは、ロスチャイルド問題全体の一パーセント、 百分の一にもならないであろう。○これらの問題の全部を研究しようと言うケタ外れの「学者」 などは、日本には存在し得ない。○にも拘わらず、幕末以来、ロスチャイルド家は、日本の命運を 文字通り左右して来たのである。○それではどうしたら良いのか。 (了) 「コミンテルンの策謀」が脱落していると、讀賣新聞の歴史検証を問題とする「國民新聞」平成十八年十月二十五日号伊東玲論文についての若干の批評。 更新 平成18年10月13日00時47分平成十八年(二〇〇六年)十月十二日(木)(第一千八百三十一回)○「國民新聞」、平成十八年十月二十五日号。一面、○ここに、 「コミンテルンの策謀が抜け落ちている『讀賣新聞』の歴史検証」 (ジャーナリスト、伊東玲)○と言う、論説がある。○その論旨は、小見出しの通り。○「讀賣新聞」の「昭和戦争」についての検証なるものは、○中学生の作文、にも劣る、○これほどくだらない文章は、近代日本でも、まず二つとない だろう、と思われるくらいにひどい。○しかしこの「伊東玲」と言う人物の論説。○これも讀賣紙の作文と五十歩百歩、のものであるに過ぎない。○このひとは、○ボルシェビキロシア共産革命とその政権、 そしてそのあとのコミンテルン、更にその一部としての中共と その政権が、ロスチャイルドを中核とする、イルミナティサタ ニスト世界権力によって演出されたものであること。○そのことについて何も聞いたことがないらしい。○このひとは恐らく、 「アントニー・サットン」と言う、米国に帰化した英国人学者 について、その名前も聞いたことがないのかもしれない。○サットン教授は、○公開された資料にもとづいて、 いはゆるソ連の経済の殆んどすべてが、従ってその近代化された 軍事力の殆んどすべてが、○西側(実体は米英ユダヤイルミナティ)の経済的技術的援助に よって支えられて居たことを論証する、全三巻の大著、○を刊行した。○スタンフォード大学研究所に在籍していたサットン教授は、○この学問的業績を、同大学によって高く評価されるどころか、○逆に、○イルミナティに直結したスタンフォード大学は、 サットン教授をクビにした。○一体、これは、何を意味するのか。○その後、サットン教授は、 (1)「ウォール街とボルシェビキ革命」 (2)「ウォール街とヒットラーの抬頭」 (3)「ウォール街とF・D・ルーズベルト」○と言う三部作を刊行した。○残念ながら、日本民族有志必読のこの古典は、未邦訳であるが、○いずれ、日本義塾出版部から邦訳を出版したい。○最低限の裏取りもしないで、 得々と、十年一日の如く、くだらないゴミ文章を発表することは 日本民族存亡の危機下の現在、もはや許されないのである。
October 13, 2006
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ここに日本で唯一、真実を述べている人がいるので、紹介します。私も同じような見方をしていたので。確信をもったのは、英大使館が北朝鮮にあるという事実を知らされたからです。MI6 がいる・・・・。ロスチャイルドがいる・・・・。イルミナテイが操作している。無残な日本人をさらにあわてさせ、國際テロなどとありえないもので洗脳し、共謀罪法案の後押しにもなる、ミサイルも買わせれる、うぶにさせられてしまっている日本人は、赤子の手をひねるよりたやすくなってしまっている。気がついたら奴隷以下・・・。太田龍さんです。北朝鮮共産政権の見えすいた日本に対するブラフ=核実験の空騒ぎ。こんなものは無視するに限る。 更新 平成18年10月10日22時45分平成十八年(二〇〇六年)十月十日(火)(第一千八百二十九回)○北朝鮮共産政権が、 十月九日、核兵器の地下爆発実験をしたと言う。○こんな見えすいたコケをどしは、日本は無視すべきであった。○しかし、日本政府と日本のマスコミの対応。○これは最悪である。○北朝鮮共産政権の今回の核実験は、○「政治的な脅しにすぎない」○と、日高義樹(夕刊フジ、平成十八年六月十一日)は言う。○この「脅し」は、英語ではブラフ。 ポーカーの用語である。○この問題については、林秀彦著「この国の終わり」(成甲書房) の中のポーカーについての記述を参照する必要がある。○林著は、○日本人にはポーカーはやれない、と言う。○ポーカーは、西洋そのものだ、と。○北朝鮮共産政権は、西洋人の政権ではないが、しかし、 (1)共産主義は、 西洋イルミナティの作り上げたイデオロギーであり、 (2)北朝鮮共産政権は、そもそもの最初から、直接間接 にイルミナティサタニスト世界権力によって育成され、 養成され、支援され、操作された勢力である。○従って、彼等北朝鮮共産政権を純粋に朝鮮的現象と見ること は出来ない。○北朝鮮は、英国と正式に国交回復して居り、平壌には 英国大使館が存在する。○この事実は重大である。○平壌の英国大使館には、当然のことながら、○MI6(エム・アイ・シックス)の要員が在勤して居るで あろう。○北朝鮮共産政権の西洋イルミナティサタニスト世界権力に 由来する、ポーカー的戦略戦術で、○この数十年、○日本は、おもしろいように(日本人から見れば悲しいことに) コロコロとだまされ続けて居る。○今、イルミナティは、北朝鮮共産政権を使って、○日本に、ブラフ(bluff)をかけさせて居る。○そして、情けないことに、○日本政府と日本マスコミは、○こんな初歩的なブラフで、 みっともないほど、おろおろとうろたえて居る。○こんなくだらないイルミナティのお芝居は、○無視するべきところなのに。 (了)
October 11, 2006
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アポロ11号“疑惑”再燃「払拭」へNASAが冊子月面着陸の事実、個別に検証産経新聞 2002.11.16アポロ11号の月面着陸=写真(NASA)=は「冷戦下の宇宙開発でソ連に後れを取っていた米国のでっち上げだった」とする"疑惑"が米国などで急速に広がっており、米航空宇宙局(NASA)は着陸が事実であることを証明する冊子の出版を決めた。当時を知らない世代が増え、問い合わせが相次いでいるためという。世界中がテレビにくぎ付けになった「世紀の瞬間」から三十年あまり。「人類の歴史的偉業」の風化が進んでいるともいえそうだ。アポロ11号は一九六九年七月、人類史上初めて月面に着陸。この模様は全世界に中継され、アームストロング船長らは月の石を持ち帰った。しかし、「六一年に人類初の宇宙飛行を成功させたソ運に対抗するため、砂漢でセットを組んで演出されたうそ」という見方が以前から一部であり、米フォツクステレビが昨年、特集番組を放送したことから議論が激化した。今年九月には、アポロ11号乗組員として月面に立ったエドウィン・オルドリン元宇宙飛行士(七二)が、しつこくつきまとって「うそつき」などと批判したでっち上げ説信奉者の男性を殴る事件も起きた。インターネットの普及ででっち上げ説は急速に広がっており、学校現場でも黙視できない状況になっているという。NASAが作った冊子では、空気のない月面でア一ムストロング船長らが月面に立てた米国旗が揺れているのはおかしいなど、でっち上げ説が挙げている〃証拠"に対し、「旗ざおをつき立てる際に回して入れたことから旗が揺れた。空気がないため地球上のように止まらず、揺れ続けた」などと一つひとつ事実を検証している。ロイター通信によると、NASAは「でっち上げ説に凝り固まった連中に反論するためでなく、事実を知りたい人々の疑問に答えるのが目的」としているという。(ロサンゼルス片山雅文)
October 5, 2006
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さて皆さんインターネット或いは本屋さんで、月面で撮った写真を見てみて下さい。以下を読んでから・・・。入類は月に行っていない!?-捏造されたアポロ計画 一九六九年七月二十日、二-ル・アームストロングは左足で月面の砂を踏みしめ、人類初の月面歩行者になった。しかし残念なことに、その歴史的栄光の瞬間が、見捨ててはおけないある特別任務によって、傷つけられていたかもしれないのだ。詮索好きな著述家ビル・ケイシングの理解が正しいとすると、アームストロングが人間として驚異的な跳躍を見せたあの場所は、地球から二十四万マイル離れた荒涼とした「静かの海」ではなく、歓楽の町ラスヴェガスからわずか九十マイルの極秘映画スタジオだったことになる。それだけではない。ケイシングが言っているように、国民はアームストロングとエドウィン・E・「バズ」・オルドリン・ジュニアが正真正銘、月面風景の中を飛び歩いていると信じ込まされていたが、実はそれは二人の「俳優」が、捏造では右に出るものがないと評判の不気味な政府直属の映画プロダクションで、大げさな演技をしていたということになる。 そんなバカな、と思うことだろう。だが、人間が月面を歩いている光景を疑惑の目で見ていた大勢の懐疑論者にいわせれば、また『人類は月には行っていない』(We Never Went to the Moon)を自費出版して非常に斬新な説を述べたケイシングにいわせれば、決してバカげた話ではないのだ。ロックウェル・インターナショナル(疑惑の「月面任務」追及に貢献した)の元熟練ライター、ケイシングは、NASAのごまかし行為そのものに関して知っていることを述べたてているわけではない。むしろ、彼の「直感」による認識や、写真による「証拠」、それに日ごろから受けていた「政府とは国民を騙すスペシャリスト」という思いから、確信を抱くようになったのだ。彼の説が、確たる証拠という面で幾分軟弱だとしても、ケイシングの情熱がそれを充分にカバーしている。彼は次のように断言している。「アメリカにおける三百億ドルのペテン」は、その後、5回にわたる偽りの月面着陸を演じ切り、「精巧な偽写真」だの、月のいんちき岩石だの、「訓練されつくした宇宙飛行士」だのを生み出した‐-「絶大な影響力を待っていたウオ-ルター・クロンカイトのような騙されやすいジャーナリストの助力」はさておき。何はともあれ、ケイシングは次のような疑問を抱いている‐‐ただし、その疑問に対してNASAと元宇宙飛行士たちは、まるで詐欺師が「サツ」からうまく身をかわすように、答えをはぐらかしている。●月面から見た空の写真には、なぜ星が写っていないのか、また宇宙飛行士たちが、「星を異常に避けている」のはなぜか。宇宙空間には邪魔なものは何もないのだから、大空の写真こそ「この世の人間にとってまたとない荘厳な写真となったろうに」と、ケイシングは書いている。その答えとして彼は、撮影のためのセットを作ったNASAの職人が、背景に星をちりばめたりしたら、天文学者を到底騙しきれないと思ったからではないか、と考えている。●月の表面が粉末状だったために足跡が深くついたとすると、月面着陸ロケットのエンジンが穴をあけなかったのはなぜか。また写真では月面着陸船の脚部に砂がついていないが、これはなぜか。●アポロによる最初の任務により、月は「無菌」状態だということが証明されたのなら、その後任務に就いた宇宙飛行士たちが、あんなに長く隔離されていたのはなぜか。ケイシングは、「1.やましい気持ちを取り除くため、2.月に関するデータを勉強したり覚えたりするため、3.質問に答える練習をするため」、エアストリーム社製の長距離旅行用トレーラーの中で特別の時間を過ごす必要があったのではないか、と述べている。●多くの宇宙飛行士が結局、巨大企業の重役になっているのはなぜか。ケイシングは、これらの疑問の大半に答えを出しているが、中でも、なぜアポロの月面写真をわざわざ捏造したのか、という疑問に対して明快な答えを出している。NASAは、長いこと技術的、政策的な失敗を繰り返していたために、一九六○年代末までに人間を月に送ることは不可能だと悟り、手の込んだ策略に走ることにしたらしい。国際的にばつの悪い思いをしないように、NASAと軍の秘密組織、それに国防情報局(DIA)は、ケイシングが「アポロ・シミュレーション・ブロジェクト(ASP)」と呼ぶところの極秘作戦を展開することにした。冷酷なASPチームが作戦の秘密基地に選んだのは、ネヴァダ州のある場所で、原子力委員会が核実験に使用していた土地のすぐ隣だった‐‐人々の好奇の目をかわすには絶好の場所である。もちろん、ASPの秘密基地は、「三十軒以上のカジノを誇り、年中無休、二十四時間営業のリゾート地」から車で一時間以内のところという利点も備えていた。ケイシングがしたり顔で言うには、ASPはきわめて自然にラスヴェガスのマフィア「コーザ・ノストラ」との付き合いができ、この秘密犯罪組織が愛国者ぶって、宇宙船のいわば命取りになるような着水時の特別「サービス」を提供したのだという。ASPはその砂漠の要塞で、地下壕を掘り、「完壁な月面セット」を作り上げた(月面疑惑の噂では、このでっち上げセットが設置された場所はアリゾナまたはニューメキシコとなっている)。実は‐-従来のジャーナリストによる情報源が欠落しているためにわれわれはケイシングの言葉を最大の「事実」としなければならないのだがーーーこともあろうに映画監督スタンリー・キュープリック自身がこの陰謀に手を貸し、寛大にも彼の映画『2001年宇宙の旅』を使ってハリウッド流特別効果を生み出し、NASAの捏造を初な大衆に信じ込ませたのだ(とするとあの『シャイニング』はいったい何だったのだろうか、考え込んでしまう)。ケイシングによると、ASPの手順は次のようになる。● 有人のサターンVロケットをフロリダで打ち上げるーーー公開の形をとることにより、でっちあげアポロに真実味をもたせる。しかし、視界から消えた時点で、初のロケットは南極の海に不時着させる。● 「宇宙飛行士たち」はネヴァダ州にあるASPの施設に空輸され、そこで「ラスヴェガスえり抜きのショーガールを含むあらゆる贅沢」を満喫する。「当然のことながらショーガールたちは、秘密保持のため消去される」。アームストロングをはじめとするプレイボーイ役者たちは、宇宙でのセックス経験者の会「高度二十四万マイル・ハイ・クラブ」の会員をはずされて手待ちぶさたのときは、「自由に歩き回ったり、スロットマシーンで遊んだり、デューンズ・ホテル提供の二十四時間ビュッフェを試食したりできる」(ケイシングの報告によると、この道徳の真空地帯で、宇宙飛行士の一人が「ピーチー・キーンと名のるショーガールのことでASP職員と喧嘩になり、彼を殴りつけたという」)。● いよいよ幕が開き、特殊撮影チームとテレビカノラマン、それにASPの月面歩行監督がほとんど完璧なパフォーマンスアートを作り上げ、アームストロングが自作の「小さな一歩」というくだりを言う。にせビデオの台詞はすべて「失敗、失敗」などというジョークにいたるまで「細心の注意を払って」考えられ、「宇宙飛行士たちがあたかも即興で話しているようにみせかける」。一方NASAは、この飛行の確固たる証拠となるにせ「月の岩石」を、ハイテク・セラミックで作り上げる。● 地球への勝利の帰還に当たっては、宇宙飛行士たちはラスヴェガスの口やかましい女たちからうまく引き離され、ハワイ島の南にある秘密の空軍基地に手際よく運ばれる(ケイシングはご丁寧にも「タウラモト群島」と明記している)。ここで宇宙飛行士たちはにせのスペース・カプセルの中に人れられ、C5-A輸送機から逆巻く海に落とされる。この筋書きが、火星へのいんちき飛行に関する陰謀をドラマに仕立てた一九七七年の『カプリコン・1』という映画と非常によく似ているように見えるのは、ケイシングによれば、ハリウッドが彼の本の初版からアイディアを借用したからだそうだ。0・J‐シンプソンとテリー・サヴァラスのフィルム(または陰謀説と言うにふさわしいものすべて)と同様、ケイシングの説は墓場一杯になるほどの殉教者を出す。たとえば航空宇宙専門家トム・バロンがいる。彼はアポロ計画の危険で社撰なやり口を議会に訴えたのだが‐‐「証言のわずか四日後に」列車事故で死んだ。さらに宇宙飛行士一二人が死亡している。―――その中には一九六七年に起きたカプセル内火災という「不運」により発射台で死んだガス・「ライトスタッフ」・グリソムがいる。グリソムはかねてからアポロの安全上のトラブルについて不満を公言しており、このことからケイシングは、DIAが告発者を黙らせるために小さな「事枚」を仕組み、言わずもがなのことを言う飛行士どもの見せしめにしたのではないか、という推測をしている。さらに、陰謀とおぼしきものの多くの例に漏れず、この件でも洗脳が行われている。ケイシングの考えでは、宇宙飛行士たちは最先端のマインド・コントロール技術を使って「操り人形」にされ、言われるままに陰謀に加担するようにし向けられたのではないかという。彼は、宇宙飛行士たちが後々隠遁生活に入ったり、人によっては「ひどい精神障害」を起こしたのも、これで説明がつくと考えている。それはともかく、当局はいったい何を隠そうとしていたのだろうか。ケイシングも戸惑っている。彼は著書の中で、二-ル・アームストロングに「電話をしたところで私には何も語らないだろう」とぼやいている。バズ・オルドリンにしても、この強情なアポロ批判家と並んでトークショーに出演することはあるまい。しかし宇宙飛行十たちは、こうした一見超然とした態度の裏で、実はカリフォルニア在住のこの研究家の調査結果に、並々ならぬ開心を抱いているのかもしれない。ケイシングは、アポロ陰謀の化けの皮をはがそうという彼の追及を、アームストロングのスパイたちが注意深く監視しているということもほのめかしている。嘆かわしいことだが、NASAの秘密の数々は、ラスヴェガスの秘密地下壕同様、いまだに不可解だ。思いがけず発覚の糸口でも見つからない限り、空威張りの元宇宙飛行士を口説く以外に、ケイシングが謎の核心部分にたどり着ける道はない。宇宙服を着たゴリアテめがけて地球上の小石を投げつけるダヴィデのように、この勇敢な研究者は桃戦状を突きつけ続けてきた。ケイシングはこう誓っている。「私はテレビの生放送であろうがプライベートな会見であろうが、いつどこででも喜んで宇宙飛行士たちと話し合いたいと思つている」これまでのところ、操り人形となった宇宙飛行士たちには、このささやかな申し出に応ずる気配は見られない。
October 5, 2006
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