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隠居人はせじぃさんComments
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観光最後のこの日は早朝にホテル出発。TEST期間中とのことで無料の沖縄高速道路を
使い首里城に向かいました。
首里城は、琉球王国の幾多の興亡を伝える歴史の証人。
の司令塔として、王とその家族等が住み、華麗な王朝文化に彩られた空間だったのです。
守礼門。
「守礼」とは「礼節を守る」という意味。門に掲げられている額には「守禮之邦」と書かれてあった。
「琉球は礼節を重んずる国である」という意味とのこと。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)。
琉球石灰岩で造られた建造物で、国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所とのこと。
よってこの門は人が通るものではなく、神への礼拝の門という位置づけらしいです。よって
ここはくぐることは出来ずに見てお参りするだけ。
歓会門。
首里城の城郭内へ入る第一の正門で、「歓会(かんかい)」とは歓迎するという意味。

瑞泉門。
「瑞泉(ずいせん)」とは「立派な、めでたい泉」という意味。門の手前右側にある湧水が
「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれ、それにちなんでこのように名付けられたと。

奉神門。
「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る最後の門。

正殿。
正殿は琉球王国最大の木造建造物で国殿または百浦添御殿(ももうらそえうどぅん)とよばれ、
文字通り全国百の浦々を支配する象徴として最も重要な建物。

「正殿」の正面、唐破風の妻壁中央には火焔宝珠、両脇には金龍と瑞雲の彫刻、中央上部
には龍頭が飾られていた。

首里城の中心・正殿の2階には、「御差床(うさすか)」と呼ばれる王の玉座といわれている
大きな部屋があり、その玉座の背後には3つの書が掲げられてた。
そのうちの一つ「中山世土」。
琉球は中山が代々治める土地である、という意味。康煕帝の筆とのこと。

首里城北殿内部でカラフルで粋な傘を見つけました。 御涼傘(うりゃんさん)と命名してある
傘は、琉球王が外出する際に使用した傘で、権威と荘厳さを演出したと説明されていました。

首里城石垣。当時のそのままの石垣と復元石垣が区別されていました。

首里城は戦争のための城ではなく、政(まつりごと)のための城として設計されたと伝えられて
いるのであった。正殿を始め各門、石垣などを見ても敵に対する攻撃の仕掛けは全く
認められない不思議な城なのであった。
そして朱塗りの上に赤瓦、それを彩る漆喰の白と色彩豊かであり、豪華な彫刻など目を
見張るばかりの建築美が迫ってくるのであった。
きらびやかな色彩の蔭に隠れた歴史のロマンを感じる時間であった。
江戸東京博物館へ(その10) 2026.05.27
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