JINさんの陽蜂農遠日記

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2011.03.31
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カテゴリ: 国内旅行
首里城の守礼門を出て徒歩10分程で玉陵(たまうどぅん)に到着

玉陵(たまうどぅん、玉御殿または霊御殿とも)は、琉球王国、第二尚氏王統の歴代国王が

葬られている陵墓。

管理事務所でチケットを購入したところ、受付の地下に資料館があるので、まずそこを見てから、

見学に行くと良いと勧められる。

DSC09833_R.JPG

この資料館には玉陵に関する昔の写真など多くのものが展示されていたのである。

 お墓の 内部のミニチュア模型、納骨の壺、以前の写真など十分見ごたえがあったのだ。

1920年に亡くなり、1934年に洗骨された尚典候の葬儀の様子などは写真も多く残されていて、

非常に興味深いものであった。

DSC09841_R.JPG

管理事務所から徒歩で5分ほどの所に玉陵があった。

2つのアーチ門を通ると現れる玉陵。そこだけ静かで荘厳な時間が流れていた。

観光客は我々以外に2名のみ。

DSC09849_R.JPG

玉陵は中室、東室、西室の3つの建築物に分かれる。

中室は葬儀の後、当時の琉球の葬制に基づき遺骸が骨になるまで放置し、数年後に骨を

取り出して洗骨したとのこと。洗骨した後に遺骨を骨壺に収め、王及びその妃の骨は東室に

納められ、他の王族は西室に納められたのだ。建造物の外は外庭、中庭に石壁で仕切られ、

中庭には珊瑚の破片が敷き詰められていた。

DSC09853_R.JPG

琉球王家は、いまどうしているかというとどうやら東京に住んでいるとのことである。

琉球王国崩壊の際に、天皇から公爵の地位を与えられたとのことである。

玉陵を後にし、車で15分ほどの所にある『識名園(しきなえん)』をこの旅の最後に訪ねた。

この識名園は琉球王最大の別邸、国王一家の保養や中国皇帝の使者である

冊封使(さっぽうし)の接待の場に利用されていたと。 1799年に造営され、その形式は池の

廻りを歩きながら景色の移り変わりを楽しむことを目的とした「廻遊式庭園」。

池の周辺に御殿、築山、花園などを配置。池には大小のアーチ橋が架かり、池の小島には

中国風の六角堂が建てられるなど中国の影響も見られるが、全体的には琉球独自の

デザインとなっているのだ。

2000年12月に世界遺産「琉球王国のグスクおよび関連遺産郡」として登録。

御殿。

育徳泉から先の森を抜けると、池のほとりの芝生の広場に出た。右手に池、左手に

御殿(うどぅん)が。御殿は赤瓦屋根の民家風であったが、当時は上流階級のみが許された

格調高い造りだったとのこと。

DSC09896_R.JPG

縁側の前には靴脱ぎの石が置かれていた。ここで靴を脱ぎ室内に入ると廊下は板張り、

部屋は畳敷きで昔の民家とよく似た造り。ただ部屋数は15室?と多く、さすがに王家の

別荘という感じ。

石橋。

御殿から池のほうを見ると池のなかほどに小島があり、その両側に小さな石橋がかかっていた。

向かって左の石橋がやや大きく、どちらも中国風のアーチ型。

石橋に近づくと、手前の小さいほうの石橋はでこぼこしていて、自然の石灰岩をそのまま利用。

中央の階段は切石を使っているので、これは意図的なデザイン。

もう一つの石橋は、全て切石でできていて直線的なイメージ。

DSC09884_R.JPG

六角堂

石橋を渡って池のほとりを左に行くと六角形の東屋が建っていた。写真は御殿から見た六角堂。

池の中の小島に建てられているので、御殿から見ると水に浮かんでいるように見えるので

あった。

こちらにも小さな石橋が架かっていた。さきほどの石橋に比べると、かなり小ぶりのアーチ橋。

六角堂の屋根は御殿と違い黒い瓦で葺かれていたのであった。

六角堂の中にある説明板には『六角堂については、明治時代までは四角の入母屋づくりの

建物であったことが、写真資料からわかっていると。そして一体いつから「六角」になったのか、

よくわかっていないと。』

DSC09889_R.JPG

勧耕台(かんこうだい)

表示板より沖縄本島南部地域を見渡すことの出来る展望所で、海が全く見えない大陸的な

景色が臨めるのだ。

中国からきた冊封使をここへ案内し、琉球が決して小さな国土ではないことを訴えたと。

DSC09910_R.JPG

今回の観光を全て終え那覇空港近くのレンタカー店へ向かう。送迎車で空港まで送って

もらったのであった。

DSC09922_R.JPG

予定の飛行機で羽田空港へ。

DSC09927_R.JPG

この日の沖縄は25℃以上の気温で歩いていると自然と汗が

出てくるほどであったが、羽田空港に到着すると雨で非常に寒いのであった。

気温差20℃?

初めての沖縄、そしてやや慌ただしい旅であったが、沖縄の歴史と悲惨な現実を今更のように

知る旅であったのだ。

琉球国の歴史の中で、いまだに多くの沖縄戦の痕跡を残しながらも、延々と続く鉄条網の

フエンスに囲まれた米軍基地が。過去の壮絶で悲惨な沖縄戦を見つめなおす中で、

日本~世界の未来を考えていくことも必要であることを痛感。

青い海と空、そしてリゾート、憧れの沖縄のもう一つの別の一面を避けて通れない

現実を知る旅でもあったのだ。

              -----完-----









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Last updated  2011.03.31 06:45:38
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