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隠居人はせじぃさんComments
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先日、我が農園の近くの休耕地にヨモギが芽を出していたので摘んで帰りました。

早速妻が、草餅を作ってくれました。
ヨモギを茹で、これを細かく刻みこれを擂り潰すのです。
上新粉にお湯を混ぜ、耳たぶくらいの硬さになるまでこねるのです。
これを蒸した後、少しずつヨモギを混ぜていくのです。
そして食べやすい大きさに丸めて出来上がり・・・・ではないでしょうか。

柔らかく香りが良いこの時期の早春の若芽が蓬餅には最適なのです。

この日はオーソドックスにきな粉で楽しみました。
こんなぜいたくなものを食べて良いのかな、という感じの味なのでした。

日本人は遥か先史の時代から、自然のリズムに合わせた生活の中で、春の若菜摘みをして
いたのです。この素朴な生活は、やがて中国大陸の文化の影響を強く受けつつ、平安朝の
あの絢爛たる貴族文化を生み出していったのでしょうが、万葉集には、そこへの過渡期に
おける生活が詠われているのです。
5世紀後半の雄略天皇の御歌
『こもよみこ持ち ふくしもよみふぐし持ち
この丘に菜摘ます児 家聞かな名のらさね
空み満つ大和の国は 押しなべて我こそおれ
敷きなべて我こそませ
我こそはのらじ 家をも名をも 』
この歌の意味は
『籠も見事な籠を持ち 竹べらも綺麗なへらを持って
この丘で若菜を摘んでいる娘さん
あなたはどこの家の子なのですか? 名前は?
この広い空の下 大和の国はすべて私が支配しているんですよ
私の素性と名前を言いましょう 驚いてはいけませんよ』 と。
今回の私の若菜摘みは残念ながら、若い娘さんの姿は全くなく
花粉症防止用のマスクをかけての一人寂しい怪しい若菜摘みであったのです。
いや、自宅に戻れば、『家聞かな名のらさね』 の結果の『昔の』若い娘さんが
草餅を作ってくれたのですが・・・・・・・・・・・・・。
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