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隠居人はせじぃさん
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GママさんComments
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早いもので平成元年に亡くなってから22年が経ってしまった。
日蓮聖人が世を救うため、法華経によって幕府、官僚に教えを説き、
立正安国論など書物の献上もされたが聞き入れず、ついに片瀬龍の口で斬首刑に。
龍の口に着き、いよいよ首を斬ろうと、役人が刀をかまえたとたん、江ノ島の方角から
不思議な光の玉が飛んできて、役人は驚いて逃げ去り、処刑は出来なかったのだ。
そして翌朝、佐渡島へ遠島の刑となり役人に引き立てられ越後へ向かったのである。
その途中に休息されたお寺がこの我が実家の檀家寺。
手前の灯籠はもっと高いのだが、東日本大地震の後に続く余震で倒れ落ちる事を危惧し、
住職が業者に依頼し中間の石を撤去し背を低くしたと。
そして住職の知り合いの日蓮宗の寺も多くが津波の被害に遭い、友人住職が亡くなり
多くの寺や墓地が壊滅状態で墓石さえも完全に流され墓地の後は全くの更地になって
しまったと。

本堂の壁には今年の法事該当者のリストが張られていた。パソコンで管理された?この
リストに基づき檀家の方に法事の案内をしているのであろう。
年忌法要は、一周忌だけが満で数え、それ以外は死亡の年を入れて「かぞえ」で考えるのだ。
年忌の数は、一・三・七と一桁目が奇数。この割り切れない数は、どうしても割り切れない
絶対の世界をめざす、仏教の姿勢を象徴しているとは以前の住職の講話。

本堂内部。本堂は創建以来何回かの火災や関東大震災で被災したとのことだが、
そのたびにこの寺を慕う檀家信徒によって復興されて来たのである。

境内庭の日蓮聖人立像。

本堂裏には多くの墓地が。

自宅に戻り実家の家の裏にある墓地へ。雨の中、持ち帰った卒塔婆を供え墓参り。
我が実家は江戸時代の寛永年間(1624~)からの代々の当主が過去帳から解っているのだ。
これも亡き父がこの檀家寺に足繁く通い調べ上げたのだ。

この後近くの和風レストランで食事会。
この日の参列者の平均年齢は70才前後?。次の母の23回忌まで皆元気で頑張って
欲しいのであった。
江戸東京博物館へ(その18) 2026.06.04
江戸東京博物館へ(その17) 2026.06.03
江戸東京博物館へ(その16) 2026.06.02