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隠居人はせじぃさんComments
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【6月10日】
この日はトルコ旅行観光の最終日。帰国日でもあるので午前中は自由行動。
よってこの日も早朝からイスタンブールリ市内散策に5名で向かう。
この日もホテルからタクシーで新市街地にあるガラタ塔まで行く。
5~6世紀に灯台として建てられたのが始まりで、その後、この地に居留していた
ジェノバ人が地中海貿易のライバルであったベネチアや宗教の異なるビサンチンの
攻撃に備えるため、1348年に監視塔として再建したものといわれるのだ。

ガラタ塔は12階建て、高さ61mの塔であるが、その最上階に高さ53mの展望テラスが
あり、360度のパノラマが楽しめるとのこと。ここから見る夜景がイスタンブール随一と
いわれ、必見のスポットであると。しかしながら開門は9:00から。

入り口の門にはたくさんのパンが入ったビニール袋がぶら下げられていた。
中にある売店で販売するパンが配達されてきたのであろうか?

次の目的地はタクシム広場。イスティクラル通りに向かう途中、道端には多くの猫が
我々を歓迎してくれた。
本当にイスタンブールの街はネコだらけ。あちらこちらで、野良猫たちの姿を見かけたのだ。
目を細めて日だまりで丸まっているネコ、近づいても逃げることもなく、撫でてもまったく
動じない、逆にネコが走り寄って足にスリスリと甘えて来たのだ。
追い払われることもない、優しい住人たちに食べ物をいつでも貰えるネコたちにとって、
イスタンブールは世界一住みやすいネコ天国の街?

そしてトラムの走るイスティクラル通りを歩く。
イスティクラル通りに来ると、ほとんどがアジア大陸に横たわるトルコであるが、
トルコはやはりヨーロッパの一部であると言うことを強く感じたのだ。
洒落た通りといっても、日本の近代的なビルの立ち並ぶショッピングストリートとは違い
建物そのものが明らかにヨーロッパ風。しかし人の数はほとんど無し。

途中反対方向からは旅友の二人ずれが。我々とは逆コースで早朝散歩とのこと。
この日は日曜日でもあり、昨夜のゴミが道路の至るところに散乱。ビール瓶が割れて
道路の上に散乱していたのであった。
このゴミを一気に片付ける強き味方が大活躍中。

テュネル駅~タクシム広場を往復しているトラム。

途中、中学生であろうか、数人の学生達が一緒に写真を撮って欲しいと。
そしてメールで送って欲しいと。あくまでも日本人に親しみを持つ若者達。
タクシム広場に到着。
新市街のタクシム広場一帯は、5星、4星クラスの、日本人の泊まるホテルが集中していると。
タクシム広場中央に立つ銅像は、共和国建国の父、アタチュルク(中央)と仲間たち。


タクシム公園内を歩き海岸へ向かう下り坂を進むと高層ホテル前へ。
リッツ・カールトン。ボスポラス海峡に面している部屋は眺めも素晴らしいそう。
多くの日本人観光客が泊まっているのであろう。ホテル前には数台の観光バスが
留まっていた。

2008年の夏季オリンピック招致を目的に建設。2004年にUEFAの5つ星スタジアムに
認定されたと。2005年にはUEFAチャンピオンズリーグ決勝が行われたとのこと。
イスタンブールは2020年夏季オリンピックの開催地選考で東京、スペインのマドリードと
共に正式立候補都市に選出され、1次選考を通過しているのだ。

そして海岸に到着。目の前に大きなドームが。
ドルマバフチェ・ジャミィ。1853年につくられたモスクで、ドルマバフチェ宮殿のすぐ横に
あった。

そしてドルマパフチェ宮殿入り口。
イスタンブルを征服したオスマン帝国のメフメト2世によって造成された庭園に、1843年に
アブデュルメジト1世の命によって宮廷に仕えるアルメニア人建築家が設計、
従来あった木造宮殿を取り壊して建てられた。1843年に着工され1856年に完成。
以降、1922年に最後の皇帝メフメト6世が退去するまで、トプカプ宮殿にかわって
オスマン帝国の王宮として利用された宮殿。

入場券を買い中に入ると見事な庭園が眼前に拡がった。

宮殿の前にはあっという間に観光客の列が2列。
豪華絢爛な数々の部屋、アタチュルクの寝室、庭園など見所がたくさんのはずであったが。

9:30開場とのことで庭園を散策。庭園横からはボスフォラス大橋が見えた。

9:30になったので列に並ぶ。列は2列。団体用と個人用。
個人用には看板が。『 E nglish』と『Turkish』の2文字が書いてありそれぞれに時間が。
そして入場は予約の団体客が優先。我々の入場は遅れて9:50。
漸く靴にビニール袋を履き入場するも中でも長蛇の列。
そして中の掲示板には2時間かかり途中退場は禁止の文字が!!
遅くとも10:30にはこの宮殿を出てタクシーでホテルに戻らないといけない、そして休日の
イスタンブール渋滞に引っかかったらアウト。よってせっかく入場券を購入(1500円)して
入っては見たが、入り口の大きな見事なシャンデリアだけ見ただけで宮殿内は諦めて
外に出たのであった。実は時計を見ながら見学し、時間が来たらその後の見学は諦め
途中退場は覚悟していたのであったが・・・。
後でガイドブックをきちんと読んでみるとチャンと書いてあるではないか。
『見学は英語、トルコ語の ガイド付きグループ で30分毎に出発。全部見ると2時間。観光客の
多い夏期には、待ち時間も考えておくのが良い』と。
ここで初めて E nglishとTurkishの2文字が解ったのであった。何故イギリス人、トルコ人
に区別するのであろうか不思議に思っていた愚かな私であった。
宮殿の時計台

タクシーを拾い急ぎ足でホテルに向かう。タクシーの中で事前調査不足を旅友に詫びる。
この宮殿見学は土日は1日をつぶす覚悟がなければ観光は無理な宮殿だったのだ。
日本からのツアーの訪問地に入っていない理由が解ったのであった。これも旅の楽しみと
旅友に励まされたのであったが・・・・・・。危なかった、宮殿内で途中で見学を止め、帰ろうにも
宮殿内は迷路の如きであろうし・・・・・・案内してくれることもなく、そして稚拙な私の英語では・・。
やれやれ。
タクシーで冷や汗を拭きながら帰る途中、車前方に大きな壁が。
ヴァレンス水道橋。ローマ帝国時代の水道橋の遺構。
イスタンブール旧市街のおよそ中央部、ファーティフの丘とエミノニュの丘の間に
かけられており、北西郊外の森にある水源から引かれた上水を旧市街東部の
スルタンアフメト地区にある地下貯水池へと中継する役割を果たしたのだ。
本来の全長はおよそ1kmあったが、現存するのは800mほどの部分。

そして無事ホテルに予定時間を少し過ぎ到着。この旅行最大の危機であったのだ。
・・・ もどる
・・・
・・・ つづく
・・・