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京都・二条城を訪ねました。
京都駅からバスにて二条城前へ。 
丁度修学旅行の学生達と重なり、券売機に並ぶこと10分ほど。

城跡全体が国の史跡に指定されている他、二の丸御殿(6棟)が国宝に、22棟の建造物と
二の丸御殿の障壁画計1016面が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に
指定されているのです。
さらに1994年(平成6年)にはユネスコの世界遺産(世界文化遺産)に
「古都京都の文化財」として登録されました。
徳川家康の将軍宣下に伴う賀儀と、徳川慶喜の大政奉還が行われ、江戸幕府の始まりと
終焉の場所でもあるのです。
東大手門から入城。
東大手門は、二条城の正門で、堀川通に面しています。
江戸時代前期の1662年(寛文2年)に造られました。東大手門の屋根は、
本瓦葺で入母屋造り、妻は木連格子、棟には鯱が飾られています。
形式は櫓門で石垣と石垣の間に渡櫓を渡し、その下を門とした形式。
もちろん国の重要文化財。

二条城は慶長6~8(1601~3)年、徳川家康によって築城されました。
上洛時における宿所として、また京都における将軍家の儀礼を行なうための場所として
が目的でした。寛永3(1626)年、後水尾天皇の行幸により二条城が使われることになり
大規模な改造を断行。

二条城 番所。
番所は、東大手門を通ってすぐ右側にある建物で、正面10間(19.6メートル)、
奥行3間(6.06メートル)の細長い建物。現存する門番所の遺構は少なく、貴重な建物。
番所前では多くの外人観光客がガイドの説明に耳を傾けていました。

突き当たりを右に折れた二条城管理事務所で日本百名城スタンプをGET。

二の丸御殿横は団体客の入場場所。

唐門(からもん)は、二の丸御殿への正門で、御殿の南側に位置。
桃山時代末の慶長7年から8年(1602年から1603年)に建造され、寛永2年から
3年(1625年から1626年)の改修で現在の姿となったとのこと。
牡丹に蝶、鶴に大和松と亀、龍虎、亀乗り仙人と鳳凰、唐獅子などの極彩色彫刻が
施され、前後軒唐破風付、側面が切妻造、檜皮葺の四脚門です。国の重要文化財に指定。
唐門を二の丸御殿川から撮影。

唐門は,一間一戸の四脚門で,檜皮葺切妻平入いりの屋根の前後に唐破風をつけています。
極彩色の彫刻を多用し,冠木上には龍虎,両妻には唐獅子など様々な主題で飾られています。
木部はすべて欅材で,破風には漆うるしを塗り,各部に金箔を押した飾金具を打っているのです。

白鳥も見事。白鳥の上下には金色の菊の紋章が。

上を向いて吼える唐獅子。後ろは牡丹の花でしょうか。

後ろ足で耳を掻く唐獅子。

複雑な幾何学模様を用いて華麗に施された装飾。
門の上部はこれが一面に広がっていて、まさに豪華絢爛。

細部まで緻密そのもの。

天井の金箔も見事。

二の丸御殿 車寄。
唐門を入ると豪華に装飾された車寄が目に入ります。欄間彫刻は表と裏のデザインを
変えており、表側には五羽の鸞鳥(らんちょう)・松・ボタン、上部には雲、下部には笹を
見ることができます。屋根は桧皮葺(ひわだぶき)になっており、床は牛車で中に入れるように
四半敷になっています。

桃山時代の武家風書院造りの代表的なもので、車寄(くるまよせ)に続いて遠侍(とおざむらい)、
式台(しきだい)、大広間(おおひろま)、蘇鉄の間(そてつのま)、黒書院(くろしょいん)、
白書院(しろしょいん)の6棟が東南から北西にかけて雁行に立ち並んでいます。
二の丸御殿(国宝)は撮影禁止ですので、購入したガイドブックから。

建物面積3,300平方メートル、部屋数33、畳は800畳あまり敷かれています。
御殿が少しずつ後ずさりする雁行の形で連なっているのです。

遠侍(とおざむらい)は諸大名の控室。
8室からなる二の丸御殿最大の建物。

三の間 竹林群虎図。
金地に竹林の中を行く豹が右手の虎へ振り向いている図。

式台 老中三の間 雪中柳鷺図。
金地に雪景色の老柳とその上にたたずむ鷺の三様の姿を描いている。

大広間 一の間。
将軍が諸大名と対面する場。

一・二の間 将軍対面の間。

黒書院 一の間、二の間。
将軍の内向きの対面所、いわば私設の応接室とのこと。

白書院 二の間より一の間を見る。
白書院は御座の間とも呼ばれ将軍の居間や寝所として使われたと。

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