JINさんの陽蜂農遠日記

JINさんの陽蜂農遠日記

PR

×

Profile

jinsan0716

jinsan0716

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

【筍を茹でたら 春巻… New! Gママさん

箱根一泊旅行 (その6… New! オジン0523さん

オオバナセイヨウバ… New! 隠居人はせじぃさん

エコハウスにようこそ ecologicianさん
noahnoah研究所 noahnoahnoahさん

Comments

オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 予約時に保養所から確認の電話があるけど…
JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

Calendar

2015.09.25
XML
カテゴリ: 国内旅行

松山城へのロープウェイ乗り場近くのパーキングに車を停め松山城に向かう。 

松山城は、海抜132mの山頂に本丸を置き、中腹に二之丸・山麓に三之丸を置く

広大な規模を持つ、姫路城・和歌山城と並ぶ典型的な連立式平山城。 

ロープウェイ乗り場に着くと可愛らしいマスコットキャラクターが迎えてくれた。

松山城築城400年祭を盛大に祝福すべく誕生した、松山城のマスコットキャラクター。

名前の「よしあきくん」は松山城の初代城主 加藤嘉明(よしあき)にちなんで名付けられた。

DSC06380_R.JPG

リフトに乗り松山城へ。

乗っている時間はほんのちょっとですが、松山城まで歩いて登るのは覚悟が必要。

登りはロープウェイかリフトを使うことをオススメします。 晴れていて気持ちが良いが、

かなり地面からの高さがあった。

DSC06384_R.JPG

松山城案内地図を2分割。

1595年加藤嘉明が6万石にて入封。その後20万石に加増され、松山城を築城。

しかし、完成直前の1627年に会津へと移封となり、蒲生氏が入る。

蒲生氏のあとは、松平(久松)定行が15万石で入封し、明治まで至る。

guide_siro_map_01[1]_R.jpg

guide_siro_map_03[1]_R.jpg

リフトを降り松山城本丸に歩を進める。

石垣の上には巽櫓が。 

DSC06391_R.JPG

見事な高さと曲線美の石垣。 

DSC06394_R.JPG

大手門跡。 

大手門は尾谷二ノ門、待合御門、待合一ノ門などとも称されていた。

慶長の築城時に建てられ、本丸大手の入り口をかためる重要な拠点であったが、

明治時代にその東の揚木戸門とともに取り壊された。

DSC06397_R.JPG

太鼓櫓。

二重の櫓で、1971(昭和46)年の復元。

DSC06400_R.JPG

戸無門。

この門は、本丸の大手入口の最初に現存する高麗門。登城道U字屈折の終点に位置に。

昔から門扉がないので戸無門と呼ばれ、鏡柱にも扉を取り付けた痕跡が無いのだと。

重要な門なのに扉が無いとは…不思議。

DSC06405_R.JPG

手前は小天守の石垣、そしてその先に南隅櫓。 

DSC06407_R.JPG

筒井門。 

元は慶長年間(1596~1615年)に伊予松前城から移築された櫓門で松山城最大の門。

三之丸・二之丸から本丸へ向かう、大手(正面)の固めを構成する重要な櫓門で、

城中で最も重要かつ堅固な所。

1949(昭和24)年に放火によって焼失し、1971(昭和46)年に復元。

DSC06411_R.JPG

隠門。 

この門は筒井門の奥の石垣の陰に隠された、埋門(うずみもん)形式の櫓門で、

戸無門から筒井門に迫る敵の背後を急襲する構えとなっていると。

確かに表から見ると隠れて見えない。

DSC06414_R.JPG

太鼓門は、本丸大手の正門に位置づけられていた。

扉には脇戸がついていて、扉を覆うようにしてある太鼓櫓や、登り方向で太鼓門の

手前右手石垣の上にある巽櫓とともに、頑丈な防衛線を構築。

昭和10年には国宝にまで指定されたが、昭和20年(1945)7月に戦争でこれらの

建造物は全部焼失。現在ある太鼓門は、昭和47年(1972)に再構築されたもので、

太鼓門は欅(けやき)櫓は栂(つが)で復元されていると。

DSC06418_R.JPG

そして本丸に入ると井戸が。

南北2つの峰を埋め立てて本丸の敷地を作った際、谷底にあった泉を井戸として

残したと。井戸の直径2m深さ44.2mで当時の技術では、通常、掘ることができない

深さと。

DSC06421_R.JPG

本丸へ到着。

現存天守が見えてきた。

三重三階地下一階の大天守と二重二階の小天守。 

DSC06422_R.JPG

馬具櫓。

鉄筋コンクリート製で、スピーカも付いておりちょっと浮いていました。

松山城唯一の鉄筋コンクリート製の復元櫓。戦災で焼失するまでは国宝だったと。 

DSC06423_R.JPG

松山城は、完成まで日本築城史上、最長の歳月(四半世紀)を要したのだと。 

本丸は長細い形をしており太鼓門から見て奥に天主群が。

天主群が立っている石垣の上を本壇と呼ぶと。写真右から天守閣、中央の二階櫓が小天主、

木に隠れていますが、左の二階櫓が南隅櫓が。

小天主と南隅櫓以外は全て重要文化財。

松山城の建物の多くは屋根が直線で造られていることが特徴とのこと。

DSC06427_R.JPG

伊予松山城天守。

天守の造りが日本3大連立式天守の一つで、城郭も姫路城・和歌山城と共に

日本3大平山城の一つ。標高132mの勝山山頂に本丸を、山麓に二之丸を、

平坦部に三之丸を構えている四国最大の城。

58ac04803202d6c1ead57708b2fff1e2[1]_R.jpg

紫竹門 乾櫓 野原櫓と書かれた案内板。 

DSC06431_R.JPG

二ノ門南櫓の石垣南面の積み石にはかなりの隙間が出来ていた。

これを梯子に載り点検する職人さん。 

DSC06433_R.JPG

左に小天守、右に一の門南櫓。 

DSC06432_R.JPG

二ノ門南櫓。

DSC06435_R.JPG

チケット売り場。

旅友はここで日本百名城スタンプをGET。 

DSC06437_R.JPG

天守入り口。

松山城を訪ねるのは3回目であったがこの日は天守には入らず。

何故か旅友も私以上にこの城を訪ねていたが、天守に入ったことはないとのこと。

この日も日本百名城スタンプのみ。 

DSC06438_R.JPG

屋根の上の鯱。 

DSC06439_R.JPG

見事に手入れされた松の老木。 

DSC06449_R.JPG

下城もリフトを利用。 

DSC06465_R.JPG

リフトから松山の街並みの光景を楽しむ。 

DSC06464_R.JPG

横を走るロープウェイには乗客は少なかった。

DSC06466_R.JPG

土産物屋に陳列されたちゅうちゅうゼリー。ご当地の人気スイーツとのこと。

はるみ・甘夏・伊予柑などたくさんの柑橘系を材料としたゼリー。

キャップを開けてちゅうちゅうと食べられます。

妻へのお土産に購入し送る。

DSC06480_R.JPG

ロープウェイ乗り場を振り返る。 

DSC06478_R.JPG






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2015.09.26 05:28:15
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: