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隠居人はせじぃさんComments
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パーキングに戻り、車で次の目的地の湯築城跡に向かう。
この旅行で利用したレンタカー。 頑張ってくれました。

途中、『坊ちゃん列車』 とすれ違う。
坊ちゃん列車は、道後温泉を起点に市内を走りながら観光客の目を楽しませている路面電車。
かつて夏目漱石の小説「坊ちゃん」で主人公が使用していた列車のモデルが、松山市内を走る
蒸気機関車の形はしているが、実際にはディーゼルエンジンで走っているのだと。

そして10分ほどで湯築城址に到着。
湯築城跡案内図(現地案内板より)。
堀が二重になっていることが解る。

この城址を訪ねるのは2回目。
この湯築城跡は松山市の中心部にあり道後温泉すぐ近くで現在は道後公園となっている。
中央の丘の周囲に二重の堀と土塁をめぐらせた平山城。
外堀を含めて南北約350m、東西300mで中央の丘陵部が比高30m。
丘陵部に本拠を構え守りを固めていたと思われるが、詳細は不明とのこと。
国史跡でよく整備されており、内堀、外堀に加え土塁そして武家屋敷が外観復元されていて
なかなか見ごたえがあるのであった。
旗の上部には河野氏の家紋『折敷に三文字』が。

湯築城は、伊予国守護・河野氏の居城。
鎌倉幕府の有力御家人だった河野氏は、南北朝期にここに城を建て居城とした。
近隣の有力大名である大内氏・大友氏・毛利氏などと同盟を結び伊予支配を
維持していたが、1585年の秀吉の四国攻めで小早川隆景に包囲され、河野軍は
降伏・開城。その後、福島正則が湯築城に入るもすぐに国府城へと移り、
湯築城は廃城となったとのこと。
城址の中に入った旅友の話によると、鎌倉時代に時宗を興した一遍上人は、
河野氏の一族であるとのこと。
私の住む藤沢市には遊行寺の俗称でしられている藤沢山無量光院清浄光寺があるのです。
この寺は浄土念仏門の一流である時宗総本山。
一遍上人がこの河野氏からの出であるとは驚き。

城址入り口。
道後公園としては松山城側が正面にあたるのですが、昔は、こちら側は搦手(裏口)に
あたる場所になると。
搦手から山上の城に直接登られないように、(写真からは見えませんが)内堀が。
左右には土塁が続いていた。

国史跡 湯築城跡。

資料館。
資料館では発掘資料の概要、出土遺物や河野氏の歴史などの映像も見せてもらえるのだ。

歴史館の奥には武家屋敷を当時の技術で再現されている。

旅友は、ここで四国6番目の日本百名城スタンプをGETしたのであった。
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