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Gママさん
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隠居人はせじぃさんComments
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宿泊したホテルは岡山のご両親が取ってくれた豪華ホテル。
久しぶりに親子3人で同じ部屋に宿泊。
部屋からは遠く朝の陽光を浴びた岡山ドームの姿が確認できた。
岡山ドームは、スポーツにイベントに幅広く利用できる「緑の大広場」。
天候が気にならない、全天候型多目的ドームで、平成15年4月にオープン。

そして岡山駅に入る新幹線の姿も。

チェックアウトする息子と妻。
フロントにはすでに松飾が準備完了。

東西連絡通路を東口に降りていくと、駅前の噴水の近くに桃太郎像が建っている。
犬、さる、雉を伴に鬼退治にいった桃太郎の若々しい姿。
吉備の温羅(うら)伝説にちなむ「桃太郎」の話の主人公。

大きな噴水上のボールからは水が出ていなかった。

午前中は3人で後楽園を散策することにした。
JR岡山駅から市内電車東山行きに乗り約5分の「城下」駅で下車。

地下に潜り(しろちか) 地下噴水の前を通り、地下を出ると後楽園正門方面と
岡山城方面が あったが、岡山城方面に向かうと 目の前に岡山城の姿が。

旭川の土手に出ると、正面に岡山後楽園の森、左に正門へ行く鶴見橋、
右には南門へ行く 月見橋と岡山城・烏城が見えて来た。

「後楽園」と「岡山城」結ぶ「月見橋」は風流な名前とは違い何故か鉄筋造り。

岡山城は黒塗りの下見板を取付けたことから烏城と呼ばれています。

岡山後楽園 案内図。
![288[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/2/6f3ea163bf0afba379c4e4ae057b0fdf6ebe2434.15.2.2.2.jpg?thum=53)
南門で入場チケットを購入し入園。
有難いことにシニア65歳~は400円が140円に。なんと65歳に因んでか
65%割引。今気が付きました。

まずは廉池軒(れんちけん)。
園内に点在する亭舎の中で、築庭を指示した藩主池田綱政がもっとも好んで
利用していたと。
現地案内板によれば、この廉池軒は戦災をまぬかれた数少ない建物の一つと。

池には丸々と太った鯉がゆったりと。

園内みどころ28か所で、音声ガイドで解説を聴くことができるようです。

さざなみ茶屋。

茶祖堂(ちゃそどう)。
幕末の家老の下屋敷にあった利休堂が、明治20年頃にこの場所に移築されたのだと。
戦後再建され、岡山の生まれで「茶」を日本に伝えた栄西禅師も一緒にまつられた
ことから「茶祖堂」と呼ばれるようになったと。

新殿。
文久3年(1863年)の絵図には、「新御殿」と記されているのだと。
高床式構造の建物のため、少し高い目線で茶畑越しに園内の西側を眺める
ことが出来ると。

再び岡山城の姿。

「沢の池」と呼ばれる園内最大の池が広がっていた。
後楽園の中央付近に位置し、池には中の島、御野島、砂利島が浮かんでいた。
ここから見えたのは砂利島。

赤い毛氈が敷かれた茶屋。

慈眼堂(じげんどう)。
池田綱政(いけだつなまさ)が元禄十年(一六九七年)に池田家と領民の繁栄を
願って建立し、観音像を祀った。今は、空堂となっていると。

沢の池 北岸にある慈眼堂の前に立っている七重石塔。

境内(けいだい)には、花崗岩(かこうがん)を三十六個に割って組み上げた
烏帽子岩(えぼしいわ)、門、板張の腰掛などが残っていた。
昔訪れた、エジプトの アブ・シンベル神殿の大規模な移設工事を想い出したのであった。

御野島(みのしま)。
沢の池に浮かぶ島で当初は半島状であったが江戸時代末期に島として造成された。
隣にある中の島との間が上道郡と御野郡との郡境で石標が建立された。
島には張り出すように釣殿が設けられ中の島との間には橋によって繋がれている。

「沢の池」と岡山城。

寒翠細響軒(かんすいさいきょうけん)。
南側の障子を開けると、唯心山や沢の池が一望できる草葺きの小亭。床付き四畳半。
文化12年(1815)2月に、藩主斉政によって新御茶屋として建てられたもので、
亭名は当時の藩学校教授万波醒蘆が名付けたと。
寒翠はさえた緑色、細響は細やかな響きという意味と。

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