JINさんの陽蜂農遠日記

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2017.02.23
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カテゴリ: 国内旅行

国宝「紅白梅図屏風」尾形光琳 江戸時代 18世紀。

琳派の中でも最も名の知れた絵師のひとり尾形光琳が晩年に手がけた最高傑作。

http://www.moaart.or.jp/?collections=053

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【左の白梅が老木、右の紅梅が若木で、両者の間を流れる川は「時の流れ」を象徴している。

左右の屏風を真ん中を見ると、左側は枝が鋭角のV字を、右側は川と枝が曲線のV字を作っている。

このような直線と曲線の対比や、梅の“静”と水流の“動”、老木と若木、抽象的な川に対して

リアルな梅と、画中の何もかもが呼応し相対する構成は神がかりとしか言いようがなく、

舌を巻かずにはいられない。 

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若々しい紅梅の樹の動。

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金地の明と水流の暗。 

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老熟した白梅の樹の静。 

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梅の幹は、たらしこみの技法を用いて、リアルに描かれている。】 

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水流の部分には一面に銀が残存し、黒色部分より硫化銀が検出されたことから、

銀箔を硫黄で硫化し黒色に変化させたことが推測される。 

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国宝の「紅白梅図屏風」をガラス越しではなく、手で触れる距離から

鑑賞することができる贅沢な時間だったのです。 

左隻に「法橋光琳」の文字と落款もクリーンに見えたのです。

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これも 国宝「色絵藤花文茶壺」 野々村仁清 江戸時代 17世紀。

【この色絵藤花文茶壺は、仁清の茶壺の中でも最高の傑作として名高く、

京風文化の象徴的作品ともいえる。温かみのある白釉地の上に、

咲き盛る藤花が巧みな構図で描かれており、花穂と蔓は赤や紫・金・銀などで彩られ、

緑の葉には一枚一枚葉脈を施している。

http://www.moaart.or.jp/collections/169/

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「鹿下絵新古今和歌巻」(画)俵屋宗達 (書)本阿弥光悦 桃山~江戸時代(17世紀)

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さまざまな姿態や動作を見せる鹿の群像を俵屋宗達が金銀泥で描いた料紙に、

本阿弥光悦(1558~1638)が『新古今和歌集』の和歌二十八首を選んで書いた

「鹿下絵和歌巻」の断簡。

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「伊勢物語 西の対図」伝 俵屋宗達 江戸時代 17世紀。

【『伊勢物語』中、「西の対」の段で、在原業平(ありわらのなりひら)とされる男が、

かつて懸想した貴婦人(二条后宮)の旧屋を訪ねる場面である。

画中の人物像は、繊細な目鼻立ちの引目鉤鼻 (ひきめかぎはな)風に描かれ、

金雲に溶けこむように、建物や背景の山々が描かれる。

月やあらぬ 春やむかしのはるならぬ わか身ひとつは もとの身にして

http://www.moaart.or.jp/collections/051/

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「軍鶏図」伝 俵屋宗達 江戸時代 17世紀。

【本図の軍鶏は、宗達水墨画の特色とされる、対象の特質を正しく把握した描写力と、

墨の濃淡とにじみを効果的に生かした「たらし込み」技法の見事さの点で、代表的作品の

一つといえる。

http://www.moaart.or.jp/collections/052/

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重要文化財 「樵夫蒔絵硯箱」伝 本阿弥光悦 江戸時代 17世紀。

【蓋の甲盛りを山形に高く作り、蓋と身の四隅を丸くとったいわゆる袋形の硯箱である。

身の内部は、左側に銅製水滴と硯を嵌め込み、右側を筆置きとし、さらに右端には

笄(こうがい)形に刳(く)った刀子入れを作る。

蓋表には、黒漆の地に粗朶を背負い山路を下る樵夫(きこり)を、鮑貝・鉛板を用いて

大きく表す。

http://www.moaart.or.jp/collections/203/

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 「銹絵染付梅花散文蓋物」尾形乾山 江戸時代 18世紀。

【この作品は、尾形乾山の代表作。梅の花を、白・青・茶の三色で表現し、

梅の花の「重なり」を見事にデザイン化しています。

角が丸く、やわらかい印象の四角形。

http://www.moaart.or.jp/collections/172/

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重要美術品 「紫式部図」 尾形光琳 江戸時代 18世紀。

石山寺で窓越しに琵琶湖がうつる月影を見ながら執筆をしている十二単の女性が

はっきりとした色調で描かれています。

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重要文化財 「湯女図」 江戸時代 17世紀。

【京や江戸で元和・寛永年間(1615~44)に流行した湯屋で働く六人の湯女を描いている。

湯女は、初めは客の垢を流し髪を洗うのを仕事としたが、次第に容色を飾り、客の酒食の

相手をするようになった。衣裳文様の華麗な美しさは、この時代の風俗画の特徴で、

図中向かって左から二人目の湯女の着物に、篆字風の「沐」の字の柄が見られるのも興味深い。

http://www.moaart.or.jp/collections/065/

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重要文化財 「雪月花図」 勝川春章 江戸時代 18世紀。

【雪月花の三幅対を平安王朝の三才媛の見立(みたて)絵とし、これを当世市井の婦女風俗に

描き替えている。この絵は

「花の色はうつりにけりな いたづらに 我が身よにふる眺めせしまに」

と詠んだ小野小町を、芸者として描いている。 

http://www.moaart.or.jp/?collections=077 】  

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中央の幅は、武家の娘風の女性を、石山寺で机にもたれて筆をとる

『源氏物語』の作者紫式部に見立てている。 

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清少納言の「香炉峰の雪は簾(すだれ)をかかげて見る」という故事を、武家の奥方風の

女性として描いている。

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「桟橋二美人図」喜多川歌麿 江戸時代 18世紀。

【桟橋に立つ深川芸者と、三味線箱をかかえ猪牙(ちょき)船の舳先を押さえて

しゃがみ込んでいる仲居を描いたものである。桟橋上にあぶなげに立つ両人を支えるように、

大きく描かれた三味線箱が画面に安定感を与え、川風に波立つ川面の描写も見事である。

川風にはだける裾前を押さえながら見返る芸者の容姿には、粋な深川芸者の気質が感じられ、

透綾の絣から透けて見える朱赤の長襦袢の表現や、女性の表情・姿態の描写に歌麿の

円熟した技量が見られる。

http://www.moaart.or.jp/collections/081/

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重要文化財 「二美人図」葛飾北斎 江戸時代 19世紀初期。

【北斎の美人画の中でも、人物の細面で柔和な表情と流暢で無駄のない描線、

落ち着いた色彩などから見て、北斎画歴前半期の代表的な美人画ということができる。

立姿の花魁(おいらん)に坐姿の女芸者を配した構図がよく、顔の表情や衣裳文様に

北斎一流の手腕が見られる。

http://www.moaart.or.jp/collections/082/ 】 

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「青磁大壺」 郊壇官窯 中国・南宋時代 12~13世紀。

【素地が陶質であるため、釉の全面にわたって不規則な貫入(かんにゅう)が縦横に走り、

その中にさらに細かい貫入が見られる、いわゆる二重貫入となり、それらが釉面に変化を与え、

釉の色合いをいっそう引き立てている。本図の壺は郊壇窯としては稀に見る大作で、

きわめて高い高台をもち、豊かな張りのある姿で格調が高い。

http://www.moaart.or.jp/collections/121/

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重要文化財 「高士観月図」 伝 馬遠 中国・南宋時代 13世紀。

【主要な景物を対角線の片方に寄せ、遠景をほとんど描かず、余白を大きくとって

画面に余韻をもたせる構図は、中国では残山剰水 (ざんざんじょうすい)と呼ばれ、

南宋時代馬遠一派の画人が得意とした様式

http://www.moaart.or.jp/collections/002/

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「青磁筍花生」 龍泉窯  中国・南宋時代 13世紀。

【この花生は砧青磁の一つで、長い頸が竹の節状に作られているため、この種の花生を

古くから筍花生と呼んでいる。若竹になりたての筍見立てた呼び方である。

素地は灰白色の磁質で、高台(こうだい)の畳付(たたみつき)際の露胎(ろたい)部分は

茶褐色に焦げている。これに淡い翠青色の青磁釉が厚くかかり、貫入(かんにゅう)はない。

http://www.moaart.or.jp/collections/122/ 】 

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重要文化財 「寒江独釣図」 伝 馬麟 中国・元時代 14世紀。

【水上に篷(とま)を設け、仕掛けた四つ手網を、一漁師がじっと見守っている。

簫条 (しょうじょう)たる寒江に臨んで漁をする漁師と、降りかかる雪、囲りをとりまく厳しい

大自然の情景などの表出に成功した傑作である。

http://www.moaart.or.jp/collections/004/

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大名物 「唐物羽室文琳茶入」 中国・南宋~元時代 13~14世紀。

【素地に細かい土が用い、その上に黒褐色の釉が薄くかかり、その厚薄によって変化に富んだ

景色を見せている。作りは薄く、手取りも軽い。口はやや大きく、底は糸切り底で、畳付(たたみつき)際に

廻し箆がめぐらされている。文琳茶入は、その形状から、林檎の異名である文琳の名で呼ばれるもので、

唐物茶入の中でも茄子と並んで最上位に位置づけられている。

http://www.moaart.or.jp/collections/124/

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大名物 「唐物箆目肩衝茶入」 中国・南宋~元時代 13~14世紀。

【この箆目肩衝茶入は大名物の一つで、肩から胴裾にかけて斜めに六筋の箆目を入れている

ことからその名がつけられた。一名「紀伊胴高」とも呼ばれるが、これは紀州徳川家に

伝来したことによる。

http://www.moaart.or.jp/collections/123/

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「叭々鳥図 」 伝 牧谿 中国・南宋時代 12~13世紀。

【わずかに葉の残る梢に叭々鳥が止まり、首を巡らして羽を休める姿を略筆で描き、

静寂な感じを厳しい水墨の濃淡のみで表すなど絶妙な筆致で描かれている。

http://www.moaart.or.jp/collections/011/

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「玳玻天目鳳凰文茶碗 」 吉州窯 中国・南宋時代 12~13世紀。

【内面に鳥の文様があるものをわが国で鸞天目と呼んでいるが、鸞天目は比較的遺品が少ない。

素地は茶褐色の堅い陶質で、これにまず内外全面に黒釉をかけ、次いで内面に剪紙細工(きりがみざいく)

で作った鳥形などの型紙を貼り付け、その上に藁(わら)灰を混ぜた失透性の釉薬をかけると、

失透性灰褐色の釉薬となる。

http://www.moaart.or.jp/collections/125/

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重要文化財 無準師範墨跡 「帰雲」 二大字 無準師範 。

【無準師範(仏鑑禅師 1178~1249)は、中国南宋時代の禅林中、最も傑出した禅僧である。

中国五山第一の径山万寿寺の第三十四世を嗣席し、止住すること二十年、法幢を高く掲げて

内外に名声を馳せた。また、時の皇帝理宗に召されて禅の要諦を説き、仏鑑門照禅師の号を賜った。

http://www.moaart.or.jp/collections/099/ 】 

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中興名物 「大井戸茶碗」 銘 本阿弥井戸 朝鮮時代 16世紀。

【口縁部は少し面取られ胴は轆轤目が粗く廻っている。高台は大井戸の中でも高く

青みを帯びた梅花皮が見事である】 

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「黒楽茶碗」 銘 あやめ 長次郎  桃山時代 16世紀。

【現存する長次郎黒茶碗の中では侘びの趣きの深い名碗の一つである。全体がかなり厚手に

成形されており、胴にわずかにくびれがつけられていて、肌の起伏に言い難い趣きがある。

高台は小振りで低く、高台内の兜巾(ときん)は渦がなくおとなしい。畳付(たたみつき)には

目跡(めあと)が五つ残っている。

http://www.moaart.or.jp/collections/159/

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重要文化財 「楚石梵キ墨跡」 送別偈 楚石梵キ 中国・元時代 至正12年(1353) 。

【楚石梵キ(1296~1370)は、月江正印(げっこうしょういん)とともに

中国元時代の禅林を代表する大禅僧。「信公懺首」という人物が、子介の力量を認め、

普門寺の寺主に命じたことが記されているところから、普門寺へ出立するに際しての送別の偈と

思われる。

http://www.moaart.or.jp/collections/101/ 】 

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重要文化財 「古林清茂墨跡」 送別偈 古林清 中国・元時代 至治元年(1321)。

【古林清茂(茂古林(むくりん) 1262~1329)が、日本僧天然興運の請いに応じて書き与えた

送別の偈である。茂古林は、中国元時代禅林の第一人者。

http://www.moaart.or.jp/collections/102/

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                                   -------つづく--------






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Last updated  2017.02.23 09:44:43
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