JINさんの陽蜂農遠日記

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オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2017.06.11
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カテゴリ: 国内旅行

次に東海道の宿場町「由比宿」の本陣跡地である、由比本陣公園内に

開館した東海道広重美術館を訪ねる。 

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江戸時代の浮世絵師・歌川広重(1797-1858)の名を冠した、日本で最初の美術館。

収蔵品は、広重の代表的な東海道シリーズ『東海道五拾三次之内』(保永堂版東海道)、

『東海道五十三次』(隷書東海道)、『東海道五十三次之内』(行書東海道)の他、

晩年の傑作『名所江戸百景』など、風景版画の揃物の名品を中心に約1,400点を数えると。 

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表門入口を反対側から。明治天皇、今上天皇、皇后の行幸啓記念碑も。 

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配置案内図。

表門を入ると目の前に広い芝生広場、そして右側には東海道由比宿交流館が。

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広重生誕220周年記念『浮世絵と広告』 と題した特別展が開かれていた。

現代では美術作品として鑑賞されている浮世絵版画だが、江戸時代では商業的な

メディアとしても扱われていたと。特に広告的な側面は強く、浮世絵版画の名所絵や

当時の書物である版本に看板やのれんなどの広告媒体を描く、対象商品を描きこむなどの

手法で商品の宣伝がなされていたのだ。

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東海道広重美術館正面。 

東海道広重美術館」は1989年から5年の歳月をかけて行われた、「江戸文化に触れる!」を

テーマとした一連の整備事業の中で、荒廃していた由比本陣跡に造られました。

 かつて土蔵が建ち並んでいたとされる場所に造られたこの美術館は、3階建の洋風建築と

なっており、由比本陣公園内の他の建築物とは、一線を画すものとなっています。

1994年にオープンしたこの「東海道広重美術館」は、約400坪という延床面積を生かした

展示内容が魅力となっており、広重をはじめとした「浮世絵」作品のすばらしさを

今に伝えるだけでなく、江戸文化を代表する「錦絵」(木版画)がどのように作られて

いくのかといった流れの説明から、クイズに解答しながら見てまわれる企画展など、


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物見塔。 

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表門、芝生広場を振り返る。 

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江戸時代の本陣で使われていた本陣井戸が当時のままに。 

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エントランスホール。 

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館内は3階造りで展示コーナーは1&2Fの模様。 

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売店。 

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浮世絵版画体験コーナー。

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美術館入口。 

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美術館内は人も少なかった。 

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歌川 広重(うたがわ ひろしげ)は、江戸時代末期の浮世絵師。

本名は安藤重右衛門。江戸の定火消しの安藤家に生まれ家督を継ぎ、

その後に浮世絵師となった。かつては安藤広重(あんどう ひろしげ)とも呼ばれたが、

安藤は本姓、広重は号であり、両者を組み合わせて呼ぶのは不適切で、広重自身も

そう名乗ったことはないのだと。

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広重の死絵(しにえ)(3代豊国筆、安政5年(1858年))。

三代豊国が広重が亡くなったのを悼んで画き版行された「死絵」で、

したがって、剃髪し、手に数珠を持つなど死装束をしているのだと。

死絵は、今日でいう死亡広告。 

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ゴッホやモネなどの画家に影響を与え、世界的に著名な画家。  

左が広重、右がゴッホの作品。

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そして売店の東海道53次の浮世絵作品を撮影させて頂きました。

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まずはここ『由井』。これぞ薩埵峠からの風景。

難所である薩埵峠(さったとうげ)を越えた先、富士と駿河湾が一望できる

地点から描いた明るい絵。足のすくむ断崖からへっぴり腰でのぞく仕草をして、

眼前に開けた風景を眺める旅人の姿が小さく描かれています。

岩肌をあらわにした山道の険しさと、静かで広々とした海上とを対比させ、

立体的に見せた傑作といわれています。

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まずは『日本橋 朝の景』。

江戸から京都へ向かう東海道の起点である日本橋。

その東海道を描いたシリーズの巻頭を飾るにふさわしく、参勤交代の大名行列が

朝早く江戸を出発する様子が描かれています。

一方で、魚を天秤棒で担いだ一団が、向こう岸にあった魚河岸から仕入れを終え、

行商に出かける様子も描かれており、江戸で一番賑わっている早朝の日本橋の活気が

伝わってきます。

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そして我が『藤澤 遊行寺』 

藤澤は、時宗の総本山である清浄光寺の門前町として生まれ、東海道の宿駅となり発展。

清浄光寺は、宗祖の一遍上人が修業のため全国を遊行したことから遊行寺ともいわれています。

正面に描かれている大鳥居は、ここから約5キロ先にある江ノ島弁財天の入り口を示しています。

藤澤宿は、詣の人々で賑わっていました。

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『平塚 縄手道』 

唐ヶ原(もろこしがはら)のくねったあぜ道(縄手道)の先に平塚の宿場がありました。

「く」の字に曲がった道によって、丸い形をした高麗山(こうらいさん)との距離感を出し、

さらに富士山を遠くにのぞかせた盛り沢山の構図には、広重のサービス精神が読み取れます。

現在でも平塚駅を西に歩いていくと、正面に高麗山が見られます。

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『小田原 酒匂川』 

酒匂川は、富士山の東側から小田原を経て相模湾に注ぎます。

春から夏にかけて増水する酒匂川には、客や荷物を担いで渡る人足(にんそく)がいました。

対岸には北条氏の居城であった三層四階の小田原城が見え、遠くには箱根連山が描かれています。

川を渡る旅人の苦労も大自然のなかに埋没してしまうほど雄大な風景が広がっています。

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『箱根 湖水図』

東海道最大の難所の登りも終わりに近づく頃、岩肌を露出した険しい二子山が間近に迫り、

遠く芦ノ湖が見え始め、白い富士山がかすかに望めます。列をなして山間を歩む大名行列、

カラフルな彩色でそそり立つ山々の描写は、立体感を助長し傑作に仕上がっています。

まもなく湖面の脇にある厳重な関所を通らなければなりません。

『東海道五十三次 箱根 湖水図』広重[1]_R.jpg

『三島 朝霧』

三島は、箱根越えをする旅人で賑わった宿駅でした。朝霧の中、三島神社の前を行く旅人の

姿を見事に表現しています。駕籠(かご)に乗る人物、馬に乗る人物だけを線で描き、

鳥居・人家・遠くの旅人などは線を用いず、ぼかしの濃淡だけで奥行きを出しています。

板の面を巧みに生かした技法で、大変美しい仕上がりになっています。

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『原 朝乃富士』

原の宿を出てまもなく、湿地帯のような浮島ヶ原が広がります。

ここから見る富士は、巨大で均整のとれた優美な姿をしています。山頂は画面からはみ出し、

その高さを強調しています。旅人が足を止め、振り返って眺めたほどの去りがたい風景です。

鍋鶴が田圃におりて、餌を求めているあたりは、昔の東海道ののどかさがうかがえます。 

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『蒲原 夜乃雪』は私の好きな一枚。

取り立てて何もない淋しい蒲原の宿場の風景を、広重は傑作に仕上げています。

人影もまばらな夜の街道、音もなく深々と降る雪の情景は、絵師の心象風景でしょうか。

完成度の高い構図、ふっくらとした新雪の柔らかさも感じるねずみ色の濃淡で表した雪の量感、

人間と自然との調和した描写は、地名を超越した普遍的な風景画として強い印象を与えます

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『庄野 白雨』、これも秀作。 

「白雨」とは、夕立やにわか雨のことです。突然の風を伴った激しい雨に、坂道を往来する人々を

生き生きと描写したこの図は、広重の最高傑作の一つとして知られています。

強風に揺れる遠景の竹薮を、輪郭線の無い二重のシルエットにして奥行きを出し、

降る雨の角度を変えるなど、技法的にも新たな試みをし、成功しています。

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『四日市 三重川』、風の音が聞こえてくる作品。 

強風に葦がなびき、合羽の裾が翻す旅人と、飛ばされた笠を追う旅人が叙情的に描かれています。

動きのあるこの図は、東海道五十三次のなかでも秀作として評価の高い作品です。

この絵は四日市宿の近くを流れる三重川(三滝川)のあたりの様子で、二人の旅人の様子や

柳枝のしなり具合からも、この地方の風の強さがわかります。 

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『亀山 雪晴』

強風に葦がなびき、合羽の裾が翻す旅人と、飛ばされた笠を追う旅人が叙情的に描かれています。

動きのあるこの図は、東海道五十三次のなかでも秀作として評価の高い作品です。

この絵は四日市宿の近くを流れる三重川(三滝川)のあたりの様子で、二人の旅人の様子や

柳枝のしなり具合からも、この地方の風の強さがわかります。 

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『京都 三条大橋』 

「京師(けいし)」とは、京の都、つまり京都のことです。

賀茂川に掛かる三条大橋の上に立つと、約500キロの東海道の旅路もいよいよ終わりです。

眼下には賀茂川がゆったり静かに流れ、江戸とは趣を異にする大原女や京女が行き交い、

京の繁華が描かれています。遠くに東山を眺めると、長かった旅が終わった安堵感が

伝わってきます。 

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Last updated  2017.06.11 07:12:58
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