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【四国八十八箇所霊場巡り ブログリスト】
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5番札所:地蔵寺
大日寺から5分ほどで5番札所・地蔵寺に到着。

山門は単層。青い文字で「無尽山 」書かれた扁額が。

左右に色鮮やかな多聞天、持国天の二天像が見張っていた。
向かって右は口を閉じた宝棒を持つ持国天・吽形像。
ここの仁王様は逆に配置?されていた。

向かって左に金剛杵を持ち口を開いた多聞天・阿形像。

地蔵寺 境内配置案内図。
![H102-Garan05[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/f85d7ebf866457e4af882165597d044ca711bddd.15.2.9.2.jpeg)
境内。
山門を入って行くと右に大銀杏がありその先で石畳が交差。
左に進むと左手に手水鉢があり、正面奥に本堂が建つ。その右手には不動堂・恵比須堂があり、
石畳を戻ると手水鉢の向かいに水琴窟のある水子地蔵尊がある。
大師堂は本堂に向かい合わの位置にある。大師堂の右に淡島堂がある。
納経所は山門の正面にある庫裏の右端である。庫裏の左前には八角堂が。

弘仁12年(821)嵯峨天皇の勅願により弘法大師が開創された。本尊は弘法大師が
自ら彫ったという1寸8分(約5.6cm)の勝軍地蔵であったが、宇多天皇の頃、浄函上人が
熊野権現の神託を受け、霊木で2尺7寸(約88cm)の延命地蔵菩薩の像を造り、
大師御作の勝軍地蔵を胎内に納めたと伝えられると。

修行大師像。

鐘楼。

「淡島堂」は和歌山県にある淡島神社の分身とされ、万病封じの守護神。

「たらちね大銀杏」は樹齢800年を越えるといわれる大木。

太子堂。

これも弘法大師像か?

庫裏入口。

方丈。

八角堂。

手水舎。

先祖供養地蔵尊。

本堂。
嵯峨・淳和・仁明の3代の天皇の帰依が篤かった。熊野権現の導師であった函上人が、
権現の霊木に2尺7寸(約80cm)の延命地蔵尊を刻み、大師が刻んだ地蔵菩薩を胎内に
納めたという。
本尊が勝軍地蔵というところから源義経などの武将の信仰も厚くかった。
当時は伽藍の規模も壮大で26の塔頭と、阿波・讃岐・伊予の3国で300あまりの末寺を
持ったという。しかし、天正10年(1582年)に長宗我部元親の兵火によりすべて焼失。
江戸時代、徳島藩主蜂須賀氏により再建された。

無尽山 荘厳院 地蔵寺(むじんざん しょうごんいん じぞうじ)

境内から大銀杏、山門を。

本堂正面横には、賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)、通称「おびんつるさん」が祀ってあった。

奥の院「五百羅漢」は地蔵寺の北側、階段を登った先にあった。
安永4年(1775年)に実聞・実名という兄弟の僧によって創建された。
なお、五百羅漢とは、「釈迦入滅後の第1回の経典結集(けつじゅう)、および第4回結集のときに
集まったという500人の聖者。また、その像。」

参道の階段を登っていけば、五百羅漢入口へ。

羅漢堂は、コの字型の回廊となっていた。
回廊途中に五百羅漢が並んでいると。
回廊の真ん中に位置する釈迦堂。

釈迦堂内部。

奥の院・大師堂。ここが回廊の終着点。

羅漢堂入口階段から地蔵寺境内を見る。

地蔵寺 納経所。

納経所の壁にはお遍路のポスターが。

納経したという証として「納経所」で納経帳に印・「お納経」を頂きました。

そして御本尊様の分身・御影(おみえ・おすがた)も頂きました。

6番札所:安楽寺
県道13号線を進むと右手に六番札所・安楽寺の駐車場があった。

駐車場の中の小高い植え込みの中には修行大師が。

安楽寺へ向かう入口左にも大師蔵「思案之大師」 。
この弘法大師像の像の左には「済世利人思案之大師」と書かれ、台座には「四国六番安楽寺」と
大書されていた。通常の修業大師像は、笠をかぶっているが、この像は、笠を外していることが
特徴か?
そしてこの像の足下には歩き遍路の思案の姿も。

中国っぽい作りの山門。
白壁の竜宮門形式で上層が鐘楼になっていた。
門の左右の切妻造建物内に金剛力士(仁王)像が安置されていた。

金剛力士(仁王)像 阿形像。

吽形像。

安楽寺 境内配置案内図。
![imgdb2473c1zik2zj[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/d0cf2e7b45253e6b99036f732f8f1ac99f06177f.15.2.9.2.jpeg)
手水場。

地蔵の後ろに「逆松・さかまつ」。
なんでも、修行中の空海が弓矢で射られそうになったところ、矢が松の枝に刺さったと。
空海はその折れた松の枝を逆さに植えて、無事に育ったらこの地は栄えると。
もちろん松は立派に育って今に至るとのこと・・・・であったが最近何故か切断された模様。

太子堂。

太子堂内部。

安楽橋手前からの多宝塔。

多宝塔の周囲では、八十八ヶ所霊場のお砂踏みもできるようになっていた。

紅葉に時期には多宝塔が映えるのであろう。

多宝塔内部。

本堂。
本堂の前には拝殿があるのは珍しいのでは。

寺伝によれば弘仁6年(815年)に現在地よりおよそ2km離れた安楽寺谷に、
空海(弘法大師)が堂宇を建立し薬師如来を刻んで本尊としたと。
天正年間(1573年 - 1592年)に長宗我部元親の兵火により焼失。万治年間(1658年 - 1661年)
に駅路寺であった瑞運寺を併合して現在地に再建。
本尊薬師如来坐像は、昭和37年(1962年)当寺の住職にすすめられて、妻の難病平癒祈願のため
四国遍路を続けていた夫婦が、遍路途中に病気平癒をした報恩のために奉納したもので、
43cm程の古来の本尊を胎内仏として納められていると。

屋根の左右に金の鳳凰。

「温泉山」 と書かれた扁額。
大師堂前から湧き出る宿坊の温泉とラジウム鉱泉入りの薬湯も有名であると。

彫刻も見事。

本堂内部。
温泉山 瑠璃光院 安楽寺(おんせんざん るりこういん あんらくじ)
![anrakuji-hondou02[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/d7456d21279d2005ec46a0fa693094e84c925e65.15.2.9.2.jpeg)
願い棒修行像。
この寺には願い棒修行というのがあると。
年齢ごとに決まってる数の棒を持って、お経を唱えながらこの大師像の周りを回るのだと。

大師駒つなぎ石。
本堂横の書院風の建物の前に、堂々たる巨石が横たわっていた。
石の頂部には浅い穴がくり貫かれ、そこに大きな柱状の石がはめ込まれていた。
聖徳太子が馬の手綱をここに結わえたのだと。
その横には「源泉井戸」。

金泉と銀泉の上には童観音が。

本堂の横側の建物の造りも見事で美しかった。

西国三十三観音。

慈母観音。

境内の池には大きな鯉がのんびりと。

竹林の前の宝篋印塔?

池の周囲を散策。

池からの境内、山門。

巨大な石塔。

四国八十八箇所モデルトイレ 。
「オンクロダノウ ウンジャク」
トイレ掃除をする時オンクロダノウ…を唱えると良いと。
遍路途中のトイレでも勉強しました。
いつもより一歩前に出て、業を達しました。

温泉付きの宿坊。

納経したという証として「納経所」で納経帳に印・「お納経」を頂きました。

そして御本尊様の分身・御影(おみえ・おすがた)も頂きました。

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