JINさんの陽蜂農遠日記

JINさんの陽蜂農遠日記

PR

×

Profile

jinsan0716

jinsan0716

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

【筍を茹でたら 春巻… New! Gママさん

箱根一泊旅行 (その6… New! オジン0523さん

オオバナセイヨウバ… New! 隠居人はせじぃさん

エコハウスにようこそ ecologicianさん
noahnoah研究所 noahnoahnoahさん

Comments

オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 予約時に保養所から確認の電話があるけど…
JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

Calendar

2018.10.10
XML
カテゴリ: 国内旅行
名古屋駅から地下鉄・桜通線に乗り3駅目の久屋大通駅で下車し名城線に乗り換えた。
そして最初の駅、市役所駅で下車し7番出口を目指す。
市役所駅の階段には名古屋城天守閣の姿、そして壁には
天守閣の金の鯱(しゃちほこ)が描かれていた。



名古屋城周辺の地図。
この地図の左側が北方面。



『名古屋城内郭絵図』が地下通路の壁に。
尾張徳川家初代義直、寛永末期の1640年から尾張藩2代藩主の光友1670年ごろの
名古屋城の状態とのこと。







そして階段を上り地上に出て、振り返ると、名古屋市役所本庁舎とその先に愛知県庁舎が。
名古屋市役所本庁舎は三代目の庁舎であり、昭和天皇御大典事業として建設され、
昭和8年9月6日に竣工。外観意匠は、近代的なビルに和風の瓦屋根を載せた
「日本趣味を基調とした近世式」であると。
外観の特徴は、中央にそびえる高さ53.5メートルの時計塔。
二層の屋根を配した塔の最頂上には、四方にらみのしゃちを載せ、
名古屋城との調和を図った意匠となっていると。



地下鉄駅への階段の側には巨大な文字『@NAGOYA』が。
『G』が黄色で傾いているコンセプトは?



ここから先は2018年3月29日(木)にオープンした名古屋城の『金シャチ横丁』。
この場所は以前は欅並木と駐車場があったと記憶している。



金シャチ横丁 ​」は、尾張名古屋のシンボルともいえる名古屋城とその周辺の魅力を向上させ、
さらに国内および海外からの来訪者に対して名古屋の魅力を発信することを目的とした施設。
「金シャチ横丁」の2つの商業施設区域はそれぞれ異なるコンセプトで明確に分けられており、
正門側は『義直ゾーン』、東門側は『宗春ゾーン』と名付けられていると。



ここは名古屋城東門近くの「宗春ゾーン」。




そして名古屋城東門の案内に従い左折。
名古屋城の出入り口は「東端の東門」と「西端の正門」の2つ。







左手の外堀。

幅は20mはあるでしょうか。

大きな空堀が一直線に続いている。
この空堀からも名古屋城の規模の大きさが判るのであった。



左右に曲がる東門への通路。



振り返る。

奥に見えるのが二之丸東二之門跡の石垣。
当時はこの石垣を跨ぐように櫓門が載っていたと。



古くは冠木門(かぶきもん)といわれ、二ノ丸の東門で三の丸からの入口にあたっていた。
門柱・冠木や扉などには帯鉄が打ち付けられており、用材は木割りが太く堅固に造られていた。
昭和38年に愛知県体育館が建設されるに当たり解体され昭和47年に現在地に移設されているのだと。
その後平成二十二年から二十四年にかけ解体修理されたと。
この写真は以前訪ねた時の写真。



左手にはその愛知県体育館が。
大相撲名古屋場所はこの体育館で行われているのである。 



名古屋城東門に向かう。



『特別史跡 名古屋城』案内図。



チケット(500円)を購入し城内へ。



左手は東南隅櫓そして右側には天守閣が見えた。



『清正公石曳きの像』。



『天守の石垣普請は、加藤清正に割り当てられた。巨石を運ぶにあたり、
清正自ら石の上に乗り音頭をとったと伝えられている。
本像は、その様子を模したもの。 』と。




東堀りとその先に先程述べた、移設された旧二之丸東二之門の姿が見えた。



東南隅櫓下の石垣では、石垣から延びた蔓植物の撤去作業が行われていた。
自然の植物の生命力の強さに驚く。



ロープ1本を頼りに上下左右に移動し、作業を進める職人さんの姿が。



東南隅櫓。
辰巳櫓ともいわれ、その規模、構造は西南隅櫓と同じだが「落狭間」の破風の形を
異にしていると。この櫓は創建当時の姿を伝えるもので、鬼瓦などに葵の紋が見られるのだ。るのだ



正面遠くに西端の『正門』の姿が小さく。



内堀の奥の表二之門に向かって右折。
古くは南二之門といわれ、門柱・冠木とも鉄板張りとし用材は木割りが太く
堅固に造られている。袖塀は土塀で鉄砲狭間を開いて要害としての堅固さを
示していると。



東南隅櫓とその下の内堀。



本丸表一之門跡。
枡形虎口を形成していたのが本丸表一之門。



本丸表一之門跡解説板。



1945年(昭和20年)の空襲で焼失したため、現在は石垣だけが残っていると。



空襲による消失前の表一之門の写真を説明板より。
入母屋造(いりもやづくり)・本瓦葺の二階建てで、門扉の上には石落を
設けていたと。



1931年頃に撮影された枡形の解説板。



そして本丸表一之門跡を通過し左に曲がると正面に見えたのが
本丸御殿が姿を現した。



そして今日10月10日は
★目の愛護デー:「10 10」を横に倒すと眉と目の形になることから。
★釣りの日:魚の幼児語から「ト(10)ト(10)」の語呂合せ。
★銭湯の日:「せんとお(千十=1010)」の語呂合せ。
★転倒防止の日:「てん(ten)とう(10)」の語呂合せ。
★萌えの日:「十月十日」を組み合わせると「萌」の字になることから。
★亀田の柿の種の日:「10」の「1」が「亀田の柿の種」の種で、
          「0」がピーナッツに見えることから。
まだまだありますが、切りがありませんのでこの辺で。

                 ・・・​ つづく ​・・・





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2018.10.10 21:04:35
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: