JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.05.31
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次

見付宿の中心となる地域を貫く道筋を(見付)宿場町通りと呼んでいる。
この通りは綺麗に整備され、電信柱や電線は地下に埋設され、すっきりとした街並みと
なっていたのであった。
綺麗に整備された宿場町通りには、商店が並んでいた。
しかしここも人通りは非常に少なく、静岡駅周辺以外の静岡の街の寂しさを感じたのであった。



見付十七小路『玉良小路』
「小路名称の由来は、昔この付近に玉良神社があったためといわれていますが
はっきりしません。また玉良(たまら)とも(たまよし)とも読みます。
どちらが正しいのかわかっていません。」



その先に置かれている立派な門は、かつて宿場時代にここ見付の脇本陣を務めた
『大三河屋門』。
もともと三河屋は旅籠だったようですが、文化2年(1805)に脇本陣になっていると。



市指定文化財『旧見付宿脇本陣大三河屋門』。
「江戸時代、宿場には街道を往来する大名や公家が宿泊する施設として、
本陣が決められていました。脇本陣は、本陣を補うための宿泊施設で、本陣に次ぐ規模、
格式を持っていました。大三河屋は、はじめ旅籠屋でしたが、文化2年(1805)に脇本陣と
なりました。 
この門は、2本の本柱上に冠木をわたし、その上に梁と切妻屋根を載せています。
武家や商家の屋敷の門には棟門が使われますが、脇本陣の玄関を飾るためか、小さいながら
薬医門の形をした門です。 
屋根は桟瓦葺きの切妻造りで、大棟の両先端には小型の鯱を配置し、大棟両端から降棟が
付けられ、その先端部には獅子を表した飾り瓦である留蓋が置かれています。
降棟によって、重厚で落ち着きのある印象を与え、由緒ある脇本陣の格式と伝統を
かもし出しています。 
かつて見付から中泉の中津川家に移築され同家の門として使用されていましたが、平成17年、
市に寄贈され、平成19年に移築復元しました。」



次に訪ねたのが同じく右手奥にあった『日蓮宗 本山 本立山 玄妙寺』.
山門。



「日蓮宗の由緒寺院本山で、日什上人により、南北朝時代の元中2年(1385)に
開創されました。当時の名は、日什上人の改名前の名前・玄妙に由来しています。
本堂に祀られている日蓮上人像は、江戸時代の元和9年(1624)の作です。」



本堂。



扁額は『本立山』と。



寺務所。



『子育・水かけ地蔵』



国の登録有形文化財の『経蔵』。



そして『玄妙寺』のすぐ北に在ったのが『慈恩寺』。
山門の薬医門には『遠江四十九薬師霊場』と書かれた札が。
組物、冠木が装飾のきれいな虹梁であった。



境内に入ると、この時期でも真っ赤に染まったモミジが。



慈恩寺。



棟門(むなもん)と呼ばれる正面の門を潜る。



そして入母屋造りの本堂へ。
本尊は聖観世音菩薩。その他に、元瑠璃光寺(明治2年の梅屋火事で焼失し、慈恩寺に合併)の
本尊・薬師如来、多聞寺(明治初年の廃仏毀釈で廃寺)の毘沙門天を祀り、
遠江四十九薬師第四十九番札所になっているのだ。



境内には早くも藤の花が咲いていた。



六地蔵尊か。



何故か四十六番の文字が。



動物の墓も。



そして見付十七小路『玄妙小路』。
「少路の東側に玄妙寺(お命講)があることから玄妙少路といいます。
少路の奥手には京都妙心寺末寺の慈恩寺があり、寺の雲板は市の文化財に
指定されれいます。」



さらに見付十七小路『多門小路』。
「小路の先に多門寺の入口跡があることから「多門小路」とよばれています。
この名称は「多聞寺」及び「多聞小路」と記される場合もあります。」



『西坂の梅塚』。



東海道見付宿の地図とベンチや椅子も置かれていた。



「見付東坂町、西坂町にそれぞれ一本の梅の木があり、通称東坂の梅の木・西坂の梅の木と
呼ばれている。これを梅塚という。 
この梅塚は、昔、陰暦八月始めに、一筋の白羽の矢が町家の棟高く突き刺され、この家を
年番と申し、娘を怪物の犠牲に備えた家の前にそのしるしとして植えたものだといい伝えている。
そして西坂梅塚はその最後のものであったという。矢奈比売(やなひめ)神社例大祭神事
「御斯葉下し」(みしばおろし)には、町内一三箇所に榊立を行ない、洗米を献じ神官が
祝詞を奏上するが、東坂・西坂両方の梅塚もこの一三箇所内にあり、同じように
神事を行っている。」



JR磐田駅まで1.7kmと。



『これより 姫街道』。
宿内の距離がわずか1キロしかありませんので、見付の宿場はまもなく西の端に行き着く。
旧街道はこの先で鋭角的に左へと大きく折れ曲がっていた。
その折れ曲がった角から細い道筋が延びていた。
この道筋が「姫街道」と呼ばれる東海道の脇往還道。
姫街道とは浜名湖の今切渡と新居の関所を嫌う者が、見付または浜松から浜名湖の北岸を
迂回して本坂峠を越え、御油または吉田に出た東海道の脇往還(約60キロ)の一つ。
なぜ新居の関所を嫌ったかというと幕府の出鉄砲、入り女の政策により女性の出入りを
厳しく取り締まっていたため、旅をする女性達は東海道を避け、ここから本坂越えの脇往還を
通ったのだと。
そしてこの脇往還が「姫街道」と呼ばれるようになったのだと。



こちらが『姫街道』入口。



そして「見付西大通り」と呼ばれる旧東海道でJR磐田駅方面に南下する。



暫く歩くと右手に在ったのが『遠州 見付宿 木戸跡』
木戸とは、古代~中世では、柵・城郭といった防御施設の門をいう。
戦国期の京都では、町を防御するため町境の道路上に設けられた。
近世になると、各地の都市で両側町の道路の両端に設置された。
木戸には番屋が付属し木戸番が居住した。
木戸の機能は第一に治安維持であり、夜間と打ち壊しのような緊急時には閉ざされた。
重要な町共同体施設のため、町入用によって維持された。



そして木戸跡からほんの少し行った右手に山門を構えるのが『西光寺』。



この表門手前には大きな看板が置かれていた。
看板には「平成24年 NHK大河ドラマ第五十一作「平清盛」平家ゆかりの地」と
「中宮 東福門院源和子(まさこ)献納  遺愛ゆかりの寺宝」と書かれていた。
「中宮東福門院源和子(まさこ)」は徳川二代将軍秀忠公とお江との間に生まれた
五女で時の後水尾天皇の后となった中宮で上洛の折に阿弥陀三尊と共に
日限地蔵尊を当寺に奉納したのであると。



西光寺の表門(薬医門)。



この門は徳川家康が「別荘」として中泉村(磐田市中泉)に築かせた
中泉御殿(のち中泉代官所)の門で、ここから移築したものと伝えられていると。



1789年建立『鐘楼堂(山門)』
山門であるが、鐘楼堂と一緒になった作りで、真下から見上げると、頭上には鐘があり、
鐘の音が上から降ってくる感じがしそうなのであった。



山門を潜り境内へ。
『東福山西光寺由来略縁起』。
「この寺は東福山西光寺といい、阿弥陀如来をご本尊とする時宗の古刹。
文永 2 年( 1265 )真言宗の傾木和尚によって創建、建治・弘安年間( 1280 年前後)
この地を訪れた時宗の開祖証誠大師一遍上人( 1239 89 )を迎えて改宗、時宗の修業道場となる。

元和 7 年( 1621 )に焼失、慶安元年( 1648 )三代将軍徳川家光公( 1604 51 )より御朱印
32 8 斗余りを与えられ、寛政 3 年( 1791 ) 境内地 9,160 坪に及ぶ記録されている。
見付宿の西坂に光堂山蓮光寺があり明治 44 年( 1911 )西光寺と合併、薬師如来坐像をはじめ
多くの仏像がこの寺に移された。
本堂内にお祭りする日限蔵尊は、元和のはじめ( 1615 )に後水尾天皇( 1579 1632
108  代天皇在職 1605 32 )の皇后で、東福門院と呼ばれた源和子より寄付されたもので、
昔から霊験あらたかな尊像として信仰者が多く、 11 14  日の大祭及び毎月 14 日の例祭には
参拝の方々で賑わう。西光寺は遠江四十九薬師第四十八番霊場で、病気平癒を願う人々で
栄えている。(要旨)」



本堂。
『鴨川道場東福山西光寺』。
時宗の古刹で、遠江四十九薬師霊場の四十八番札所として、病気平癒(びょうきへいゆ)を
願う巡礼の人々から長く信仰されて来たと。



遠くからも威容を誇る御神木の大クス。



『西光寺の大楠(おおくす)』説明板。
楼門脇には樹齢500年といわれる大クスとナギの木があり、いずれも磐田市の天然記念物に
指定されています。大クスは頂部が葉のつきが悪くなっていますが、樹勢は旺盛とのこと。
○良縁を結びたいときは、大楠東側にある小さな社(熊野権現)の前から、
 奥のナギの木に向かって願い事を念じ、そのあと大楠に同じ願い事を念じて下さい。

○悪縁を切りたいときは、ナギの木が(大楠に隠れて)見えない場所から、大楠に向かって
 願い事を念じ、そのあとナギの木に同じ願い事を念じて下さい。
○大楠に止まった黄金色の虫を見つけると願い事が叶います。







此処にもペットのお墓が。



再び旧東海道に戻ると、西光寺入口には『西木戸』の表示が。




                               ​ その10 ​ に戻る。

                  ・・・​ つづく





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Last updated  2020.05.01 12:00:29
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