JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.06.26
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次

舞阪宿を浜名湖岸に向かって進む。



宝珠院前に立つ『仲町常夜灯』



「文化6年(1809)舞坂宿の大半を焼く大きな火災があり、復興に大変難儀をしました。
火防(ひぶせ)の山、秋葉信仰の高まりと共に、仲町の願により4年後の文化10年
(1813)5月吉日に、この常夜燈が建立されました。両皇大神宮・秋葉大権現・
津嶋牛頭天王の銘が刻まれ、高さは台座ともで2.7mあります。
なお、西側の石の祠は、秋葉山を祀ってあります。ちなみにここ宝珠院は、
明治6年(1873)舞阪町に初めて小学校が開かれた所です。」 



寶珠院の山門。



山門横の『六地蔵』。



『本堂』。
明治六年(1873)舞阪町に初めて小学校が開かれた所であると。

山 号 海上山

寺 号 宝珠院

住 所 浜松市西区舞阪町舞阪1927

宗 派 臨済宗方広寺派

本 尊 延命地蔵願王菩薩

札 所 浜名湖岸新四国八十八ヶ所霊場第61番札所



次に『養泉寺』を急ぎ足で訪ねた。



入口右には『常夜燈』の如き建物も。



『本堂』。
伝承によれば寛永年間(1624~43)の開創という。延宝年間(1673~81)の
検地帳に所載されていることから、信憑性は高そうだ。18世紀中ごろ編纂の
『遠江國風土記傳』には「曹洞宗、入野村宗源院末、在天派」。文久2年(1862)の
『宿内軒別畳数坪数絵図面』によれば、当時の規模は本堂7間×5間5尺、庫裡4間半×11間。
総畳数71畳、総坪数は77坪8分5厘だったと。



養泉寺
所 在      静岡県浜松市西区舞阪町舞阪1907-1
宗 派      曹洞宗
創 建      寛永年間(1624~43)
本 寺      宗源院(浜松市中区蜆塚)
本 尊      釈迦如来
扁額には『海福山』と書かれていた。



『六地蔵』。







『旧東海道(往還道路)案内図。』
旧東海道(往還道路)沿いには多くの神社仏閣や本陣、脇本陣が並んでいた事が理解できた。
現在地は『養泉寺』の角の『現在地』。



『東海道五十三次之内 舞阪』。
舞坂から次の荒井までは舟渡しで、海上一里を行く「今切れの渡し」といった。
今までの徒歩での陸路の旅とは異なり、束の間の憩いのひとときでもあったようだ。
冬の舞坂の港の図であるが、水面に突き出た山、手前には大きな帆、更に手前の沢山の
杭が遠近をよく表わす。遠景には冬の白い富士山、青い海が爽やかに描かれている。



『東海道五十三次宿駅名』
現在は31番舞阪宿(日本橋より30番目の宿場)、荒井宿へ海上54町(5.9km)。



そして次に『岐佐神社』を訪ねた。




「御祭神  蚶貝(ささがい)比売命  蛤貝(うむがい)比売命
 御由緒  平安時代に書かれた「延喜式神名帳」に遠江六十二座。敷智郡六 座の一つとして
      記載されており、千年以上の古社である。明応7年(1498)の地震津波では、
      浜名湖の湖口が切れて「今切」となり、舞澤(舞坂)の郷は、人家と共に水中に
      埋没した。満目荒涼たる砂丘上の柳の根本に「岐佐大明神」の小祠を見つけ、

      無事難を逃れた住民は、付近の松原に部落を作り、現在の舞坂待ちのもとをなした。
      これを「三十六屋敷」という。天正2年(1574)以来、数次の本殿・拝殿 
      再建の棟札を保存している。慶長6年(1601)伊奈忠次公より、御神領3石、
      慶安元年(1648)徳川家光公より御朱印状により、神領5石を奉献され
      明治維新に至る。
      明治6年(1873)郷社に列し、大正9年(1920)神饌幣帛供進社となる。
      現在の社殿は大正元年(1912)の造営である。」



『社殿』。



『赤石の由来』  
「古事記に登場する「因幡の白兎」に続くお話です。大国主命は兄弟達と恋争いの末、
八上比売と結婚の約束をします。恋に破れた兄弟達は、大国主命を手間山に呼び出して
殺そうとはかり、「山の上から猪を追い降ろすから、山の下で捕らえろ」と言いつけて、
真っ赤に焼いた大石を、転がり落としました。この大石を抱きとめた大国主命は、大やけどを
負い、命を落としました。これを知って悲しんだ母神は、天上の神皇産霊神
(かみむすびのかみ)に命乞いをされます。
神皇産霊神は、娘神で岐佐神社の御祭神である「蚶貝比売命・蛤貝比売命」に言いつけて、
大国主命の治療に当たらせます。蚶貝比売命(赤貝の神)は貝殻を削って白い粉末を作り、
蛤貝比売命(蛤の神)は、粘液を出して練り合わせ、どろどろした母乳のようなものを作り、
大国主命の全身に塗りました。すると火傷はすっかり治り、大国主命は雄々しい姿に
よみがえったのです。
出雲神話と岐佐神社とは、このようなかかわりがあり、ここに「赤いし」が祀られています。
御祭神が海に関係するところから、水産・漁業の神であると共に、この神話に因んで、
火傷・病気にも霊験あらたかと信仰を集めています。」



そして再び旧東海道に戻り進むと、右手にあったのが『本陣跡』。
「2軒の本陣のうち、歴史的にも規模の上でも優位にあったのが、宮崎伝左衛門家。
文久2年の「宿内絵図」によると、「間口11間2尺、奥行き20間3尺、建坪130坪、
畳敷160畳、板敷23坪5分、土間18坪6分、御本陣伝左衛門」とある。
宿村大概帳には「本陣西町凡建坪158坪、門構、玄関付」と記している。
江戸時代多くの諸侯が宿泊し、明治初年明治天皇が4回にわたって小休している。
文化年間の火災で母屋焼失、その後再建されたが、明治期に入り本陣家の瓦解に伴い、
土地建物の大半を売却。昭和10年頃までは一部残存していたが、
現在は遺構・建物など全くない。」



そして『東海道舞坂宿脇本陣 』を訪ねた。



『東海道舞阪宿脇本陣』
「舞坂宿は、慶長9年(1601)東海道宿駅制度設定に伴い、開設された五十三次のうち、
江戸から三十番目の宿駅で、弘化2年(1845)の資料では、人口1,204人・
戸数265戸でした。また本陣(茗荷屋 堀江清兵衛)と相本陣(源馬徳右衛門)があり、
源馬本陣の向かい側に脇本陣(茗荷屋 堀江清兵衛)がありました。
脇本陣は、大名・幕府役人等が本陣で宿泊休憩できない時に利用された施設で、普段は一般の
旅籠屋として使われました。
建物は母屋・繋ぎ棟・書院棟で構成され、現構で間口5間・奥行き15間ありました。
現在書院棟一棟が残されており、旧東海道宿駅の中では、唯一の脇本陣遺構として
貴重な建物です。
平成7年復元保存のため解体を行った結果、書院棟の大棟瓦に「天保九年五月吉日 
横山村瓦師政右衛門」の篦書が発見され、書院棟が天保九年(1838)の建築であることが
判明しました。」



本陣跡の斜め向かいに最近復元された脇本陣があり、無料公開されていた。
ここまで歩いて来た中でも脇本陣がこれだけ立派に復元されて、昔の面影を
残しているのは珍しいのであった。
入口の見事な檜皮葺の唐破風。







『廊下』。



『炊事場』。



『奥の間』。



『上段の間』。



『前庭』。



『上段の間』。



様々な旅人の姿が描かれていた(1/2)。



様々な旅人の姿が描かれていた(2/2)。



『歌川広重 東海道五十三次』の紹介。



坪庭を再び。



『駕籠』。



2階から入口の見事な檜皮葺の唐破風を見下ろす。



『源馬徳右衛門本陣』を『脇本陣』2階から見る。
「「宿村大概帳」には、「本陣、西町凡建坪90坪、門構、玄関付」文久2年の
「宿内絵図」では「陣徳右衛門間口8間半、奥行14間5分、惣畳数86畳半、
惣坪数100坪5分」現在建物なし。1軒おいて東側が宮崎本陣跡。」



旧東海道・舞阪宿を歩く旅人の姿、そして脇本陣のジオラマ。



説明員の机。



『文久2年(1862)の舞阪宿絵図(宿の西端部分)』



再び坪庭とその奥の部屋を望む。




                              ​ その4 ​  に戻る。

                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2020.05.01 12:25:19
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