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隠居人はせじぃさんComments
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次
タワーは鉄骨構造で、屋上の海抜は約12.6m、収容人数は約150人だと。
そして前方には、浜名湖の湖面が見えて来た。
突き当りの交差点手前左側にあったのが『西町常夜灯』。
「 舞阪には往還道路沿いに三つの常夜灯があるが、ここは正面が両皇大神宮、西面が
秋葉大権現、東面が津嶋牛頭天王、南面が文化十年二月 吉日、願主西町中、と彫られており、
この常夜 灯は文化十年に建立されたことがわかる。
舞阪宿では文化6年(1809)西町より出火、宿の大半を焼く大きな火事があり復興に
大変難儀をしている。当時火防せの山、秋葉信仰の高まりとともに人々の願いにより
この常夜灯が建立されたもので、その世話は現在も西町の人たちに引き継がれている。 」
『東海道夢舞台「舞阪宿」』道標が『西町常夜灯』案内板の隣に。
道路を渡った左側にあった『舞阪宿の渡船場、本雁木跡(ほんがんげあと)』。
「江戸時代、舞坂宿より新居宿までの交通は渡船であり舞阪側の渡船場を雁木といった。
雁木とは階段状になっている船着場のことをいい本来は「がんぎ」と読むが舞阪では
「がんげ」といっている。 ここは東海道を旅する人が一番多く利用した本雁木跡で東西15間、
南北20間の石畳が往還より海面まで坂になって敷かれていた。またここより新居へ向かう
船は季節により多少変わるが、関所との関係で朝の一番方は午前4時、夕方の最終船は
午後4時であった。」



















































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