JINさんの陽蜂農遠日記

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2020.07.21
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カテゴリ: 国内旅行
前方の丸太門を潜り対岸の自由広場に進む。



前方に石碑と案内板が。



「芭蕉句碑」
庭園の南隅、深川図書館に近い広場の芝生の隅にあった高さ1m、幅2mの大きな自然石に
刻まれていた。
「古池や かはず飛び込む 水の音」



「「古池の句」碑由来
当庭園より北北西400mほどのところに深川芭蕉庵跡(江東区常盤1丁目3番・都指定旧跡)
があります。

番屋を改築して芭蕉庵として住んでいました。
かの有名な「古池の句」は、この芭蕉庵で貞享三年(1685)の春、詠まれています。
この碑は、昭和9年に其角堂9代目の晋永湖という神田生まれの俳人が建てたものですが
芭蕉庵の改修の際、その敷地が狭いので、特に東京市長にお願いして、この地に移したものです。
従って、この場所が芭蕉庵と直接ゆかりあるがあるということではありません。
なお、当園の南東側、海辺橋緑地に彩荼庵跡がありますが、芭蕉は元禄二年(1689)に
「奥の細道」の旅をここから出発しました。 」



横にある石はカエルかと思いシャッターを押したが・・・違ったようだ。



遠くに東京スカイツリーが見えた。



既に赤く染まったモミジを振り返る。



「涼亭」は都指定名勝の都立清澄庭園内の数寄屋造りの建物。

迎えるために、岩崎家が建てたものです。
昭和60(1985)年、全面改築工事を行い現在に至っています。
池に浮かぶその姿は、清澄庭園のシンボル的存在
屋根は、銅板葦きの数寄屋造りで、座敷には、当時貴重であったガラス障子を用い、
その外側三方に水上の吹抜縁を廻らしている。昭和60年に全面改修工事を行っているが、




「春日燈籠」
涼亭も前にある本御影で作られた春日燈籠。
園内には他にも石造りの九重、十一重の塔や燈籠が各所に建てられていた。



「アオサギ」が静かに羽を休めていた。
上手く撮れたと思ったが・・・・いやこれは置物であった。



そして前方に見えたのが「富士山」。
その裾野に清澄庭園でハイライトと考えるのが「枯滝石組」が。
水の流れを丸石で表現し、滝石組の中央には三尊石風に石が組まれている。
借景となる築山は富士山を見立てており、サツキやツツジの植栽を数列に配して、
富士山にたなびく雲を表現しているのだと。



池越しに「大正記念館」を見る。



ここにも多くのアオサギが。



紀州から運ばせた青石がひときわ存在感を放つ。



ここにも「春日灯篭」。



「大正記念館」の左横に見えたのが「中村中学校・高等学校」。



「涼亭」を再び。



「中の島」への橋。



再び「大正記念館」の左横に見えたのが「中村中学校・高等学校」。



さらに池の周囲の散策路を進む。



右手奥にあったのが「石仏群」。



「石仏群(江東3文化財)
①庚申塔
 高さ ハ九・五センチメートル
 石室 安山岩(小松石 )
 時代 寛文一◯年 在銘(一六七〇)
②法印慶光供養塔(阿弥陀佛)
 高さ 一四一センチメートル
 石質 安山岩(小松石)
 時代 延宝七年在銘(一六七九)
③庚申墸
 高さ 六七・五センチメートル
 石質 安山岩(小松石)
 時代 文化十二年在銘(一ハ一五)
④馬頭観音供養塔
 高さ 四十四センチメートル
 石質 安山岩(小松石)
 時代 安永三年在銘(一七七四)


「多重塔(十一重)」



「多重塔(十一重)
高さ約ニ・七メートル(九尺)
石質 奈良御影
この多重塔は、園内の石材の中ではななりの年代もので、出来も良く、最も貴重なものである。
初重軸部に、四方仏が刻まれている。



手前に「水鉢(摂津御影石)」。



「大正記念館 高松宮記念植樹」。



「涼亭」は 明治42年(1909)、英国陸軍元帥キッチナーを迎えるため保岡勝也が設計し、
この涼亭が建てられました。 庭園の日本情緒を有している数奇屋造りの涼亭は、震災・戦災と
2度の災厄をまぬがれて焼け残った唯一の建造物。



池を1周して「大正記念館」まで戻る。



水鉢(大和御影石)。



そして30分ほどの散策を終え、「清澄公園」を後にしたのであった。




                              ・・・もどる・・・

                   ・・・つづく・・・





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Last updated  2020.07.21 01:43:03
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