JINさんの陽蜂農遠日記

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2025.05.05
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カテゴリ: JINさんの農園
翔んで!浮世絵 空から藤沢 」 の約10分のビデオを見る。



上空からの江の島。



ズームして。



渓斎英泉画「東海道五拾三駅名所古跡略記道中双六 」より「 鎌倉江之島廻路図 」。
「東海道五拾三駅名所古跡略記道中双六



鎌倉江之島廻路図



歌川国貞「東海道名所之内 鎌倉七里が浜の風景」 」 



ネットから。



江之島名勝
江の島そして 手前に小動岬 」 。



現在の上空からの写真。



ズームして。



江の島 そして手前右側に 小動岬そして腰越漁港



昭和初期の絵葉書「 龍口遊園地よりの展望 」。



現在の 「湘南モノレール・湘南江の島駅」手前上空から 境川・相模湾を見る



昭和初期の絵葉書「藤沢宿通り」 」 。



現在の「藤沢宿」と「富士山」



昭和初期の絵葉書「藤沢名所 市街の一部」 」 。



歌川国綱「東海道名所之内四ツ谷」 」。



勝典作画「藤沢トラフィック図」南半分 」。



四ツ谷不動尊 」と「 大山道入口
右手に 田村通り大山道入口の石鳥居 が。



四ツ谷不動尊 」の「 不動明王像 」。



広重「東海道 七 五拾三次之内の内 藤沢(四谷の立場) 」 
絵からは旅人相手の茶屋が建ち並んでいたにぎわいが感じられる。この地は大山道と東海道の
分岐点で旅人はここで休息後、再び大山に向けて出発して行った。
絵の手前左端に“ 四谷不動堂の道標 ”が見える。



歌川広重 東海道五十三次細見圖會 藤澤 平塚江三里半 」。



縦位置の図の上半分に各宿から次の宿までの道程を俯瞰的に眺めたものを描く。



歌川広重「東海道五十三次細見図会 藤沢平塚江三里半」
正面には道中風俗「草原野休の図」が描かれていますが、背景の風景画は藤沢宿の
「名所案内図」になっています。範囲は、東(左手)は「かまくら」「七面山(龍ロ寺)」「片瀬」
「遊行寺(小栗の旧跡)」「江の島」から、西(右手)は「南湖立場」「四ツ谷追分」「大山道」
までが描かれています。



下半分には街道で見られる 旅人の風俗画 を描いている。



歌川広重 東海道五十三次細見圖會 七 藤澤  南湖の松原 左り不二 」。
本図は、藤沢の宿を過ぎ、馬入川に至る途中の松並木が続く風光明美な所で、畝々と曲がる
東海道を描く。「吉原左富士」とともに街道の左に富士の見える「南湖の松原左富士」として
有名であった。広重晩年の竪版風景画揃物の一つで、他に「富士三十六景」「名所江戸百景」
「六十余州名所図会」がある。



藤沢(四谷の立場)の上空からの写真。



「南湖の左富士碑」上空から の富士山の姿。



歌川広重「五十三次名所図会 八 平塚馬入の渡し大山遠望」(竪絵東海道)」
茅ヶ崎側から相模川を挟んで平塚側を望んでいる。対岸には馬入村が描かれており、
富士山・大山・丹沢山を遠望することができる。



現在の航空写真。



馬入の渡し跡 」上空からの写真。



「遊行寺坂」上空 から「遊行寺」「江の島」方向を見る。   



遊行寺坂 」。



遊行寺 」周辺。



ズームして。



貞秀 「東海道名所風景 東海道名所之内 ふちさは遊行寺」(御上洛東海道) 」。



歌川広重「東海道五拾三次之内 藤沢」保永堂版東海道 」。
製作時期1832~1833年。江の島一ノ鳥居付近。背景の小山は遊行寺。この画は藤沢宿にあった江の島一ノ鳥居を遊行寺を背景にして描いたもので、副題も
「遊行寺」となっている。鳥居の後ろに架かる橋は大鋸橋(現遊行寺橋)です
大鋸橋の上で鉢巻をして大きな木太刀を担いでいる人は、これから大山詣りに行く人。
大山(標高1253㍍。大山阿夫利神社があります)の大山石尊大権現は商売繁盛の神として
多くの参詣者を集めていた。大山詣りでは、神社に木太刀を納めるということが行われていた。
他ではない独特の様式だった と。



歌川広重「東海道五十三次之内一藤沢」(行書東海道) 」。



遊行寺橋 (旧 大鋸橋) 」。
昭和35年に造られたPC桁橋である。
この先が、 「遊行寺」の「惣門」、「いろは坂」



江の島弁財天 道標 」 
浮世絵の鳥居近くにあった道標は現在も健在です。 」 
この道標は、管を用いて鍼をさす管鍼術の考案者で、江の島弁財天を厚く信仰していたと
いわれる杉山検校が、江島神社に参詣する人々が道に迷うことのないようにと寄進したものと
伝えられ、この他に市内にほぼ同形の道標が12基指定されている。



歌川広重「東海道之内江の嶋路片瀬七面山見浜辺(かたせしちめんざんより はまべをみる) 」。
片瀬 から いた 風景 です。 構図 としては、 視点 から おろすように
え、 前景 七面山 龍口寺 門前 にある 家々 配置 し、 正面 には いた
人々 のように かれています。
片瀬 直面 する 陸地 部分 ですが、このように 画題 として げられるものは
あまりなく、 しい 図柄 作品 えるでしょう。 画題 にある 七面山 旅人 休息 している
左手 で、 日蓮宗 龍口寺 裏山 にあたります。 



昭和初期の絵はがき「片瀬より江の島全景」 」。



現在の江の島を藤沢市片瀬3丁目の上空から。



歌川広重「相州江之嶋弁才天開帳参詣群集之図」 」。 
江の島の弁財天は、技芸の神として信仰を集めた。特に音曲の世界では講中を組んで江戸から
参詣することが多く、六年に一度の開帳の時は、多数の参詣人で賑わったといわれる。
ここでも江の島参詣に向かう四組の女講中を揃いの日傘で描き分けている。
画面では、江戸長唄の杵屋、清元節、常磐津節などの人々である。



葛飾北斎「富岳三十六景 相州江の島」 」。
片瀬海岸から江の島を見たところです。
江戸時代は、江の島弁財天は江戸から格好の小さな旅先でした。
砂洲の参道が現れれているところから、今は干潮時のようです。
人々や馬、駕籠など参詣に行くようです。参道の両側に旅館や土産物が軒を連ねています。
三角形の屋根は、定規を使って引いたような直線で描いています。
その屋根の上の三重塔は、江島神社上之宮の塔です。
右端に船を描き、その先の富士に視線を求めています。
波打ち際の波の泡の描写など静かな春を思わせます。
多少誇張や演出で描く北斎には、珍しく自然な景観を描いています。



歌川広重「相州江之嶋之図」 」。



現在の江の島、トンボロ現象時の写真



昭和初期の絵葉書「​ 江之島桟橋 ​」 👈️リンク」。



歌川広重「相州江の嶋弁財天開帳本宮岩屋の図 」」。
弘化4年~嘉永5年(1847~52)
「国貞の弟子であるニ代国貞(四代豊国)と、広重の弟子の二代広重による共筆作品です。
江の島の岩屋の前で、海女の親子が海中から鮑を採ってくるようすを、将軍が上覧している
場面でしよう。ただし、実際に家茂が上洛の途中て江の島へ寄った事実はなく、源頼朝に
仮託したものと考えられます。
画面中央の波を境に、陸上のようすをニ代広重が、海中のようすをニ代国貞が描いており、
師匠同様に、風景描写に長けたニ代広重、人物が得意なニ代国貞が、それぞれの手腕を
発揮しています。 



全体図をネットから。
江戸時代は、芸能にご利益のある弁財天を詣でに、様々な芸能関係の人が江ノ島に詣でていました。
『相州江ノ嶋弁才天開帳詣本宮岩屋の図そうしゅうえのしまべんざいてんかいちょうもうでほんぐういわやのず』では 杵屋 きねや 清元 きよもと 節、 常磐津 ときわづ 節の女性たちが列をなして
島に向かっています。

弁財天⑥ 江ノ島詣 | 滋賀県立文化産業交流会館

昭和初期の絵葉書「岩屋入口」 」。



昭和初期の絵葉書「岩屋拝殿」 」。



江の島の岩場 の航空写真。
江の島シーキャンドル の姿が。
江の島サムエル・コッキング苑の中にある展望灯台で、苑と同じく平成15年(2003)に
リニューアルされた。避雷針まで入れた高さは59.8m(海抜119.6m)あり、その斬新な
スタイルは江の島の新しいシンボルとして親しまれている。高さ41.75m(海抜101.56m)の
ところにガラス張りの展望フロア、さらにその上には屋外展望台があり、富士山や丹沢などの
ワイドな眺望が楽しめる。1階にはエントランスのほか、カフェや郷土資料室などもある。



相模湾上空からの江の島の全景。



近づいて。



渓斎英泉画「東海道五拾三駅名所古跡略記道中双六」より 「鎌倉江之島廻路図」 」。



「東海道五拾三駅名所古跡略記道中双六」。

東海道五十三駅名所古跡略記道中双六 | 東京学芸大学教育コンテンツアーカイブ

「菅笠を被った旅装束の女性が、若い娘が引く牛に乗り、七里ガ浜の浜辺を悠々と行く様子が描かれています。海はやや波立ち、海上には船の白い帆が
漂っています。
波打ち際を見ると、若干の雲母が施される等、摺りの工夫が見られます。



昭和初期の絵葉書「七里ヶ浜の絶景」 」。



                                 ・・・​ もどる ​・・・




                 ・・・​ つづく ​・・・







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Last updated  2025.05.05 06:08:22
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