浜松中納言物語 0
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「頭には深紅のリボン」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。地方劇の舞台の向かい側には菩薩像が安置されていた。頭には深紅のリボンが束ねられており、中国の禅宗の寺でも、よく見られる光景であるが、日本ではお地蔵様に見られるが、胸当てや帽子といったように頭の恰好からの違いが出ている。鳳凰古城の川沿いに歴史を醸し出す地方劇の劇場の片隅から、舞台方向へレンズを向けて撮影してみたが、思った通りの、構図ではなかったが庶民が集い拍手を送る息吹が感じられる。
2010.01.22
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「手機織り機」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。その昔は嫁入りし機織りを習い木幡を織ったり染めた糸で、手機織り機を使い美しい生地を織って問屋へ届けていた。日本のその昔も時代劇でよく出てくる手機織り機があった。鳳凰古城の川に沿った集落では手機織りで綿布や衣装用のカラフルな布を織っていただろうが撮影時女性はいなかった。織った布を丸い枠に入れて刺繍を施した端を別布で包んであった。
2010.01.21
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「深紅の嫁入り道具」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。花嫁の嫁入り道具と花嫁が乗った花籠が置かれている部屋へ、部屋の中には巧みに彫刻された化粧台や食器棚が置かれ、100年以上経っている嫁入り道具が保存されていた。嫁入り道具は色あせてはいるものの鮮やかな深紅の色が、ところどころに浮かび上がっているようにも感じた。花嫁の衣裳も深紅の色なら、花婿が花嫁を迎える時に、肩から胸に掛けた花型リボンも深紅で深紅づくめである。
2010.01.20
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「同じような土産グッズ」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。鳳凰古城の古い街並みを歩いて行くと旧家の中に入った。写真の部屋の風景は蘇州や杭州では多くみられる。紫檀や黒檀の材質を使ってテーブルや椅子が作られ、持ち上げようと思っても、その重さに驚くほどである。上の写真のお土産グッズは、中国どこの旅行地ででも、まったく同じような柄の生地が使われ、観光地の名前のみ、業者に委託し刺繍してもらっているような感じである。生地はジャガード織になっており、裁断もジャガードの、柄に沿って裁断し、ミシン外注で生産できる簡単さだ。
2010.01.19
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「獅子像は魔除けの習慣」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。中国で雄雌の獅子像を門の前に安置している光景を見る。中国銀行の前や記念館や仏閣の前にも安置されている。そして、時には一般の大きな家の前にも安置されている。銀行や道教寺院によっては麒麟像や貔貅を見かける。日本で言うならば、いろいろな狛犬という感覚であろうか。元々インドで仏像などの守護のため、獅子像を魔除けの意味で、置く習慣が中国や東南アジアへ伝来し、やがて日本に伝来した。日本に伝来して文化で獅子像の姿も変化して行った。あたかも、インドや中国の仏像と日本の仏像の表情が違うような、感覚と理解しているが獅子は口を開け、狛犬は口を閉じている。鳳凰古城の路地で見掛けた獅子像も魔除けだが愛嬌があり、上下の雄雌の獅子像に比べ、凛々しい印象は受けない。
2010.01.18
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「ヒョウタンに入った酒」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。中国ではヒョウタンを使った笛が多く作られている。そのヒョウタンの笛の音色もまた、やすらぎを与えてくれる。この酒屋に吊るしてあったヒョウタンは茎が付いており只の飾りと思っていたら酒を入れるためのヒョウタンは奥に置いてあった。私はこのとき断酒をしていたので買うことはしなかった。その後、昼時になり食堂へ入って次の観光ルートの地図を、見ていたところ、斜め前に座っている中国人が先ほどの、ヒョウタンに入った酒を口から5センチほど離し、あたかも、酔拳の映画の一場面のように飲んでいる姿に唖然とした。
2010.01.17
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「黄酒を杯ほど飲んでみた」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。いろいろな銘柄の黄酒が酒壺に入れきれいに整頓されていた。ほとんどが浙江省紹興の黄酒と同じ様な味だろうと思った。浙江省の紹興酒はその昔毛沢東が紹興市に立ち寄った際に、これはうまい酒だ!との一声から次第に中国や東南アジアへ、また欧米その黄酒は広まっていったと聞いたことがある。黄酒の生産は浙江省紹興市が世界一の生産量を誇っている。紹興インターを降りて道沿いを走ると紹興酒の生産工場が、至る所に見えて来る。特に古越龍山の酒は知名度が高い。今は湖南省の鳳凰地区だが浙江省紹興とそれ程離れていない。写真の蛇胆酒と書かれてある黄酒を杯ほど飲んでみたが、思ったより苦くはなかった。その他は皆過去に飲んだ酒である。
2010.01.16
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「偽物の巧妙さは絶品」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。中国の偽物作りには感心するし技術のほども素晴らしい。家電製品から時計・貴金属に至るまで巧妙さには目を見張る。各メーカーの新製品売り出し前に偽物が出回るのは当たり前、街頭では多くの人がカタログを片手に偽物!偽物!と大きな声を、掛けて来るから、脇へ寄らせ、声が大き過ぎると売れるものも、売れないよ!ともっと小さな声でと指導したりしている時もある。バッグなどは偽物と本物を並べて見比べても見分け難いし、本物の方が縫い方が雑に出来ているから始末におけない。上海の街の裏路地の暗がりに古びた自転車が置いてあり、その古びた自転車を除けると、古びた取っ手のドアーを開け、さらに急な階段を登り切ると目に飛び込んで来るのは偽物の山。その中でも高級ブランドは、がさ入れを恐れてか更に、奥のドアーへ案内されて中に入るが女性一人では危険である。
2010.01.15
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「中国の建物はレンガが多い」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。沈従文故居内の壁に設置された防火設備の防火ホース。中国の建物は、殆どがレンガ造りで壁も白セメントが、無造作に塗ってあるだけで火の手は上がり難い。火の手が上がるならば家具やベット布団やカーテン類で、現在は床材への延焼があるが日本と比べ火事は少ない。中国の工場などでの防火設備の配置には消防署も厳しい。特に縫製工場などでは、ミシンの中に油が入っており、火事になれば火の回りは早いので消防署の検査は厳しい。写真は、沈従文故居に後ほど設置した消火設備である。
2010.01.14
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「鳳凰商店街の入り口」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。鳳凰古城は昔ながらの街並みをそのまま今に残す。これより写真を整理しアップして行きたい。この街の人々は、特に少数民族のミャオ族の人々は写真を撮られる事を忌み嫌う。よく聞いてみると魂を取られるように思っているようだった。ここは商店街の入り口だが、川の南岸には古城の城壁があり、その写真を整理公開できるのはまだ先になるだろうが、私の旅の中でも、とても思い出に残る美しい街だった。
2010.01.13
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「豚のリアルな顔の丸焼き姿」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。鳳凰古城の商店街で撮影した豚の顔の丸焼き姿だったが、撮影を止められたので1元(14円)を手渡すと笑顔で許可してくれた。もっと撮影しても良いよと言われたが、一つの顔しかなかったので、他には豚の顔を焼いたものがあるか聞いた所、2軒隣を指差した。撮影前に1元を女性店主に手渡し撮影しても良いか聞いた所、その手の平に置いた1元を見ながら、仕方ないなと言う表情で、撮影しても良いよと手招きしてしてくれた。日本ではまず、見られない豚の顔を開いて吊るした光景にシャッターを切った。
2010.01.12
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「中国で県は日本の市」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。鳳凰縣旅遊局と書かれた看板に目が行き撮影した看板。鳳凰縣の縣の意味は中国では県ではなく市にあたる。だが、日本の市の単位よりかなり広く人口も多い。中国の各省内の市の人口は500万人から900万人ほどいる。上海などの大都市になれば1900万人を抱え流動人口を、合わせるならば2600万人の大都会になってしまった。写真は、飴を作っている最中に許可を得て撮影した。
2010.01.11
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湖南省---鳳凰古城3 「鳳凰広場でのダンス」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。鳳凰のブロンズ像で世に知られているのは中国北京の、世界遺産である故宮の鳳凰のブロンズ像であるが、故宮の鳳凰と比べても見劣りしないのが鳳凰古城の像だ。中国各地を旅して思う事は、中国のご婦人パワーの凄さである。早朝や夕食後また夜の一時に近くの広場でダイエットダンスを、踊ったりしている姿を見かける。また決して踊りが上手いとは、思えない年配のご婦人方もパワーみなぎるダンスをしている。
2010.01.10
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「鳳凰古城への旅」 「中国写真ライフ」では、湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。武陵源張家界の旅を終えたあとシャトルバスに乗り込み、出口バス停まで送って頂き、ツアーバスでホテルまで。ホテルに着いたものの寒さのため背筋の寒さを覚え、サウナを探し中に入ってより、1時間半ほどサウナ湯にいた。旅行客を相手にしているせいかサウナ料金も割高だった。その後、マッサージをしますかという誘いに疲れも感じ、マッサージをしてもらう事になったが、女性しかおらず、力のある人をお願いしたものの入って来たマッサージ嬢は、90キロほどあろうかと思うほど太った女性で私の背骨が、ボキボキ大きな音を立てるので冷や汗ものだった。写真は、その翌朝、荷物をまとめて鳳凰古城へ向かう途中。
2010.01.09
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「足腰を鍛えなくては」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。湖南省武陵源の旅も最終を迎えたが、険しい所への旅前は、足腰を鍛えなくてはならないと反省した事はなかった。今回の旅の1か月まえから上海の16階建てマンションの、階段を往復してストレッチや5キロの散歩などしてきたが、山特有のアップダウンはなく平坦な道だったので反省した。日常の生活の中でのアップダウンがある所は上海では少ない。仕事では一日多い日は18500歩は歩いており距離にすると10キロ。だが、ストレス交じりに歩くのとリラックスして歩くのとでは、ふくらはぎの筋力にも差が出て来るのではと思ったりもした。写真は、山から下る途中の道上に出来た大きなツララで、冬の寒さが理解できるが、また行ってみたいと思うから不思議だ。次回は「鳳凰古城」の写真を更新予定。
2010.01.08
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湖南省--世界遺産「張家界」52「大自然が織りなすロマン」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。世界遺産に指定されている武陵源一帯は3億年以上前までは、海の底にあったが、地殻変動により海底が隆起し、さらには3億年以上という途方もない歳月の、風雨によ侵食し断崖絶壁が形成された。人類の歴史は600万年前・・人類が石器を使いだしたのは、200万年前頃で、北京原人が50万年前、現在のヒトの原型が、10万年前、文明の歴史は5000年前から、そして幾度かの戦争後、人が到達したものは自然環境保護。眼下に広がる広大な、大自然ロマンからみれば己の心の何と狭いことかなどと思う。
2010.01.07
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「13年後に名誉回復」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。天子山自然保護区の賀龍公園へやっとたどり着いた。賀龍公園には既に多くの旅行客が記念撮影や展望台から、奇岩群の撮影に追われる人々、また賀龍像の一段上に、乗る人など様々な光景が見られた。賀龍は周恩来の、紹介により1927年中国共産党員に入党している。賀龍は中華人民共和国の十大元帥の一人として建国に大きな、功労を残している。1927年江西省で周恩来指揮のもと、南昌起義の総指揮をし、また1937年旧日本軍と戦った八路軍の、120師長でもあったが30年後に起こった文化大革命で批判された。文化大革命の2年後に死去したが13年後に名誉回復された。
2010.01.06
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「サービス精神旺盛」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。露天屋台も都会の誇りまみれの中で調理されているのではなく、またちょうど昼時ということもあり、売れているようではある。だが串焼きにしろトウモロコシや栗などもゴミの対象になり、旅行客が食べて残ったビニール袋や串や栗の皮などがゴミ箱の傍に散らばっており、世界遺産の名に見合わない光景が見られた。写真は、屋台の人の誰かが連れて来たのか1匹の犬がいたので、3分ほどの時間犬を追いかけ撮影した1枚であるが、表情は、いま一つである。下の孔雀は野生のようではあるが人間慣れして、レンズを向けても逃げる様子がなく、それどころか綺麗な羽根を、大きく広げてくれ、サービス精神旺盛であった。
2010.01.05
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「そのパワーの源は」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の天子山保護区の広い遊歩道を道なりに、歩きながら撮影を続けていたが、遊歩道が急に広くなり、左へ折れた前方に露天屋台があらわれて来た。中国人観光客は、あまり関心を示していない様子で、前方の賀龍公園がある展望台目指し歩いて行った。私は活気ある屋台の人々の掛声を耳に撮影を続けた。付近には民家らしき家屋は見当たらなく、一体何処から、来ているのか、そのパワーの源はとか思いながら撮影。
2010.01.04
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「雲海は見れなかった」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の天子山は面積が92キロ平方mある。高い峰では海抜が1250m以上あり、雲海がきれいだ。私が訪れた時間帯は午後だったので曇っているだけで幻想的な、雲海の情景は見れなかったが眼下に広がる景色は感動的だった。撮影では24-105mm側のレンズは使わず、300mmを頻繁に使い、16-35mmの広角レンズはバッグにしまったままだった。だが、広角側の画像も板状の石峰が聳え立つ光景では、さぞ見応えのある写真になったのではと思った。
2010.01.03
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「年賀状について」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。昨日の元旦は16年ぶりの我が家にて年賀状を手にした。それまでは、中国春節(旧正月)を利用して帰国し、その折に1ヶ月半遅れで年賀状を見ては懐かしんでいた。私が不在の場合の年賀状作成は嫁いだ長女にお願いし、中国で撮影した写真をハガキの大きさにして、Eメールに添付し、長女はその写真をプリントアウト。長女の筆跡は私も驚くほどに似ており私の友人知人に、筆であて名書きをして投函してもらっている。
2010.01.02
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「2010年元旦」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。只今2010年1月1日午前2時14分でテレビでは、「年の初めはさだまさし」の生放送をしています。国技館にて大勢の視聴者を集めてのライブを見てました。また紅白歌合戦やゆく年くる年を我が家で見たのは16年ぶり。皆さん!新年明けましておめでとうございます。今年も、お互い頑張って少しでも身の回りが良くなればと、思ったりしていますが、まずは健康が一番などと思っています。写真は、天子山自然保護区のエレベーター近くで撮影したもの。
2010.01.01
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「天子山自然保護区」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。10日間ほどブログの更新が出来なかった。ネットのつながらない所へ行っていたため、写真の更新をすることができなかった。画像は天子山自然保護区への入口付近であるが、岸壁に設置した300mほどのエレベーターに驚く。天子山は険しい砂岩峰群の地形で奇峰が天に聳える。
2009.12.31
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「オプショナルツアー」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区張家界の散策を終えたあと自然保護エコバスで、出発点まで下りたあと、オプショナルツアーの劇場へ、勿論途中で食事をしてから少数民族の劇場での踊りを見た。150元(2100円)の自費なので全ての旅人が観劇するとは限らない。湖南には土家族、苗族、白族の少数民族が多く暮らしている。中国全国各地の少数民族もナイトショーのための劇場を作り、ショーに出るために、日夜練習を重ねて選ばれたものが、このショーに出る事ができるが、その練習風景を3年前に一度、見たことがあるが、すさまじい動きと厳しい指導に驚いた。
2009.12.18
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「石碑の文字」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の金鞭溪の遊歩道を3時間掛けて歩いて来た。写真の石碑は江沢民の筆跡で張家界の文字を彫ったものだった。江沢民は中国共産党の総書記であったが、今の総書記は、胡錦涛であるが、江沢民の前は誰か分かるだろうか。趙紫陽が江沢民の前であるが、天安門事件で失脚している。この頃の総理は「とう小平」で、彼が日本を訪れた折、新幹線に乗った時、日本との発展の差が大きく、泣いていたと言う。今では中国といえば、経済発展を繰り広げており、胡錦涛の、次の総書記の習近平が天皇に面会で噂になった事でも有名。
2009.12.17
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「忘れていた深呼吸」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の金鞭溪は琵琶溪から下った静かな峡谷である。蛇のように曲がりくねった遊歩道は全体の長さが 20キロあり、途中ではタクシーもなく、ただひたすら前を見て歩くのみだ。遊歩道は平地が多く年配者の観光に向いてるのかも知れない。遊歩道の傍らには奇岩が林立し目を見張り、緑の茂みが繁茂に、育っていて空気がさわやかで、深呼吸すると空気が美味い。ここへ来て、長い間深呼吸という動作を思い出させてくれた。
2009.12.16
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「不老不死の薬探し」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の金鞭渓を歩いて行くと長寿泉の石碑に、出くわしたが、どこかに湧水でもと探したが、渓流の水を、指して長寿泉と呼ぶようである。また長寿泉は甘く綺麗で、喉越し爽やかであり、体に良いミネラルに富み飲み続けると、長生きできると長寿泉の由来を話していた。 中国で長寿と言えば不老不死で、始皇帝と徐福の話に終始する。徐福の不老不死の薬は東方の国にありと3000人の若い男女と、多くの学者や技術者また五穀の種を持ち、日本へ渡った。だが始皇帝の崩御までには間に合うどころか、徐福は日本国を、創り上げた人物として中国の庶民間でも有名な話であるが、中国のトップエリート集団が2千年の時を経て中国へ侵攻した事実は、何とも皮肉な結果になってしまったねと中国人に話す私がいた。
2009.12.15
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「西遊記と聞けば」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。西遊記と聞けば、三蔵法師、孫悟空、猪八戒、沙悟浄たちが、唐の時代にインドへ渡り仏教の経典を持ち帰るまでの長年の、旅を書き表した『大唐西域記』を元に小説化されたが、物語はフィクションである事は誰もが知るところである。西遊記のロケ地は中国の中でも18ケ所以上にのぼり、そのロケ地の一つがこの張家界金鞭渓である事は有名であり、中国西遊記の孫悟空役が六小齢童と知っている人も多い。日本西遊記の孫悟空役で香取慎吾が演じた西遊記のロケ地は、中国でも多くのロケ地で撮影されたとのことである。
2009.12.14
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「水杉特有の枝の育ち方」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の金鞭渓遊歩道の景色を眺めながら、美しい風景の前に来ると立ち止まりシャッターを切り、また急ぎ足で歩き、また立ち止まり撮影をしていった。金鞭渓遊歩道の右側には地殻変動による岩肌が見え、左側の川が流れる方向では、水杉の樹木が真っ直ぐに、天へと伸び、また水杉特有の枝の育ち方に目を奪われた。
2009.12.13
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「紅軍は革命軍軍隊」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の金鞭渓遊歩道に入り程なくして母子峰と、石に彫られた場所へ来たが、韓国語の文字も彫られており、最近では中国の方々でハングル文字を見かけるようになった。皆が見上げる方向を見上げたが母子の峰が聳え立っていた。 写真は紅軍路について説明した石碑であるが、紅軍と言えば、毛沢東率いる革命軍軍隊で後に日本軍と戦う八路軍と改名する。紅軍は、周恩来、朱徳、賀竜、劉伯承らが井岡山に最初の農村革命の、根拠地を作るなど抵抗を続けたが、蒋介石の包囲を受け、長征を決意した折に紅軍が通った道である。
2009.12.12
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「お金の形をした石」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区の金鞭渓遊歩道に作られた色々な、形を埋め込んだ遊歩道ではあるが、写真の埋め込みは、中国のお金で、お金の形をした石も観光客の靴底で、ピカピカに光ってみえるが、その上に乗ると滑りそう。下の写真は、武陵源風景区の美しさを称えて彫られ、その美しさは、峰々の美しさが引き立たせていると、石碑に彫られ、深紅の塗料で掘られた中に塗られていた。観光地では慌てて塗られ、その塗料が垂れているものもある。
2009.12.11
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「器用に渡っていた」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。張家界の金鞭渓の水量が少なく川の流れのせせらぎも、耳を澄まさないと聞こえない感じであった。金鞭渓の遊歩道では観光客を飽きさせないように、いろいろな工夫がされており私も上に乗り戯れた。若い人たちが多い事もあり、コンクリートで作られた、30センチほどの円柱を、器用に渡っていた。遊歩道の両側を見上げると奇岩郡が聳え立っていた。
2009.12.10
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「吊り橋を揺らしていた」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。張家界の金鞭渓の長さは、全長6キロ以上あり、ガイドは所要2時間くらいと私に言ったものの、写真撮影をしながら歩いていては3時間以上かかった。渓谷沿いのコースであるが、川には吊り橋があり、遠くから「キャー!」と言う声が聞こえており、何かと急ぎ足で行ってみると、見ず知らずの人たちが、心ひとつに、吊り橋を大きく揺らしていた。
2009.12.09
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「母が娘の膝を抱えて」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。上の画像の掲示板の高さは3m以上あったが娘が母に、どこまで手が届くか、おねだりをしていたら、母が娘の、膝を抱えて上にあげたところを撮影したが、もっと母の、姿を撮影すれば良かったが4カット中一枚もなかった。国家級森林公園でも小さな土産物屋があり、そこに展示されていた飾り物を撮影したものの、アップで撮影し過ぎてミスマッチな写真になった。
2009.12.08
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「皆さんはまだですか」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。奇岩群の宝庫黄石寨からロープーウェイで降りて来た。張家界国家森林公園と彫られた石碑の前でツアー客の、11人と待ち合わせをしていたので、時間まで散策した。至る所で記念撮影している3人ほどから20人ほどの、人達がいたが、私は撮影している人の後ろから撮影した。後ろから中国語で「皆さんはまだですか」と話す方を、振り返ると、ガイドの女性が微笑みながら立っていた。
2009.12.07
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「素晴らしい光景」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。湖南省の北方に位置する張家界市に空港があり、直接上海からでも飛んで行くことができる。中国各地よりの利用客数も年々増えている。私は中国人から、とても美しい自然と噂には聞いていた。やっと張家界に訪れてみて、足の疲れより奇岩の美しさに、心和み、素晴らしい光景を見とれるばかりだった。 「誰も見向きもしない茸」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景地区張家界頂上の散策で「六奇閣」や、「金亀岩」また「南天一柱」などの奇岩眺められた。張家界で最も美しい眺めの散策コースだった。「張家界」に来て黄石寨を見なければ未だに、張家界に行った事にはならないと言われるとおりだった。次の散策コースである「天子山」へ向かうため山を降りた。下り口でロープーウェイで登って来る観光客を撮影した。
2009.12.06
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「絵になる光景」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。湖南省張家界の世界自然遺産を訪れて普段の生活では、見ることのできない景色が目の前に広がり、どの部分を、切り取ったとしても絵になる光景に時間を忘れた。今回の旅には広角レンズEF24mmF2.8とEF35mmF1.4を持参、中望遠レンズはEF135mmF2Lとズーム70-200mmF2.8Lを、バッグに詰めていたが、どうしても望遠系統の写真になり、広々とした大自然の景色が表現されていない。
2009.12.05
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「高山雲霧茶」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。中国南方でも少数民族が沢山いるが、湖南省でも、トゥチャ族、白族、トン族、苗族などが代表的。写真は苗族(ミャオ族)の結婚時に身に着ける衣装。見た目には重たく感じたが、実際には軽かった。湖南省張家界の遊歩道を歩いて行くと前方に、茶畑が見えて来たので撮影したものの、茶畑はなかなか撮影しても絵になっていない。お茶は高山雲霧茶という銘柄で販売されている。
2009.12.04
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「険しい絶壁が連なる」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。湖南省武陵源区には、張家界・天子山・索渓峪の、三大風景区があり「武陵源自然風景名勝区」として、1972年に世界自然遺産に登録されている。写真のような険しい山々が連なる武陵源区内にも、人口4万人以上の土家族の人々が暮らしている。武陵では写真の地域とこれからアップする地域が、景観的に最も美しいと言われている。
2009.12.03
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「松の木が重なり合う」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。湖南省武陵源は天然の植物園であり峰峰の形は、珍しく樹木が密生して水が美しいなどの特徴がある。海抜1300mには無数の絶壁によって造られた芸術美がある。地殻変動により海底が持ちあげられた絶壁郡は、遠くから見ると山の形は様々な動物に似てくる。絶壁の両側は違った色や形また松の木が重なり合う。中にいるとあたかも絵の中にいるような錯覚を受けた。
2009.12.02
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「絶壁がそそり立つ」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。張家界のある湖南省は北に湖北省があり、東側には江西省、南側には広東省と広西賞につながり、西側には重慶や四川省へとつながり内陸部になる。海こそないが、山あり川ありと大自然の恵もも多い。写真の金鞭渓の奇岩は全長20キロ以上あり、渓谷の両側に絶壁がそそり立ち、清らかな渓流が、曲がりくねり流れ景色が非常にすばらしい。「天然の山水画」の風景は「天然の盆栽」と言ったところ。
2009.12.01
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「素晴らしい景色が広がる」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。湖南省張家界市に位置する世界遺産武陵源風景区には、張家界国家森林公園、索渓峪自然区、天子山自然保護区の、景勝区からなり風景区内には3千以上の峰がそびえる。峰があれば麓を流れる曲がりくねった渓流が数多くある。峰や林また洞や湖、滝ありで不思議さ、美しさ、静けさ、険の中で、少し歩くごとに素晴らしい景色が広がる。
2009.11.30
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「奇岩の上に松の木」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。中国湖南省の武陵源は長江の中流域に広がっている。地殻変動により隆起し林立する奇岩の数は3200ほどで、長い時間をかけて水に侵食されこの景観を生み出した。岩山のふもとに広がる深い森は植物の宝庫となり、林立した奇岩の上に松の木が盆栽の如く育ち変化に、富んだ景観が季節と共に姿を変え観光客の目を、楽しませる武陵源は1992年世界自然遺産に登録された。
2009.11.29
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「提灯の歴史も古い」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。写真は張家界の第一ポイントから下った所の、展望台横の通りから茶屋の提灯を撮影した。中国語で提灯の事を「灯籠と呼んでいる。中秋節などにも「手提灯籠」が重宝される。中国での提灯の歴史も古く唐の時代からあった。始めは夜に歩行するための足元を照らす為だったが、やがては、店の軒先に吊るすようになり、現在では、観光地の古い建物の軒下に吊るされ、その赤い色が、旅する人々の心を和ませてくれている。
2009.11.28
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「展望台の屋根の形」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。下の画像は、展望台の屋根の反り返った光景を、更新したものだが、中国建築技法や設計方法が、日本へ伝来し日本の仏閣建築でも見られる。一般の民家にもこの反り返った屋根の形を、取り入れている所もあるが、全般に寺や廟に多い。この反り返りは何をイメージしたもんだろうか?鳳凰の羽根ではないかとか、龍の尻尾のようにも?色々調べて行くと「龍の尻尾」との事であった。調べた私自身が鳳凰の羽根をイメージしたと思い、疑わなかったので少々驚いたが、中国の人でも、反り返っている屋根の先は何を模ったものか?と、聞いてもまず即答できる若者は少ない。
2009.11.27
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「中国山水画の景観」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。「天下第一の奇山」とか「中国山水画の景観」などと、書かれたパンフレットなどを旅行中あちこちで目にした。確かに豊富な大自然の傑作風景が広がっていた。「天下第一の奇山」のイメージと言えば安徽省の黄山。「中国山水画の景観」のイメージは広西省の桂林。中国は日本の25倍の広さで、海底が隆起した奇山と、呼ばれる山は少なくはないが、ユネスコ世界自然遺産、ともなれば、やはり限られてしまうところである。
2009.11.25
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「六奇閣展望台から撮影」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源は天然の植物園や地質園でもあり、峰峰の形は珍しく洞窟が静かで水が美しく、樹木が密生してるなどの特徴がある。黄石寨は海抜1200メートルほどの高さで、無数の絶壁によって持ちあげられた平地で、遠くから見ると山の形状が動物に見えてくる。束の間の自由時間で再度六奇閣展望台から撮影。
2009.11.24
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「武陵源風景区」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源風景区は湖南省張家界市に位置している。今回の旅も一人で回ったが、一人の方が便利である。まず相手に気を遣うこともなく思いのまま行動できる。だが、現地ツアーに頼ってしまうとルールに従う。武陵源風景区の中で皆とはぐれれば他の人は耐えられない。しかし、私の場合は撮影に重きを置き行動しているので、どうしても見失ってしまうが、中国人は私を見失う事は、今までもあまり無いので、その点安心しているが、相手にとっては実に迷惑な話である。写真は望遠レンズでかなり引き付けて撮影している。
2009.11.23
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「不思議的な景観に感動」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。張家界は武陵源風景名勝区の中心位置にある。地形は地表水により切断され浸食作用で、周りに高い壁が林立し独特の形状をなしている。風景区に続いている不思議的な景観に感動した。大自然の迷宮と呼ばれるわけが分かるようだった。これから何ページにも亘り同じような景観の写真を、公開するが、必ずや感動できるものと信じている。
2009.11.22
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「武陵源と同じ年に」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「武陵源」の写真を公開しています。中国では1987年万里の長城や莫高窟など、ユネスコの世界遺産に登録されたが、自然遺産では1992年の九寨溝や黄龍風景区が、今回旅行した武陵源と同じ年に登録されている。黄石寨ロープウェイで黄石寨頂上へ向かったが、一番上の写真は黄石寨停留所に着く前に撮影。真中の写真は「仙人黄石寨」と書かれた石碑で、下の写真は「六奇閣展望台」で上がる前に撮影した。 「六奇閣展望台の上から」 「中国写真ライフ」では、世界遺産「張家界」の写真を公開しています。武陵源黄石寨ロープウェイで黄石寨頂上の、六奇閣展望台に上がり、それぞれの旅行客が、思い思いに記念撮影を眺めながら撮影した。武陵源黄石寨ロープウェイで待つ旅行客や、黄石寨停留所を望遠レンズでひっぱり撮影。この日は全体にグレートーンの曇り空だった。
2009.11.21
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