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《むろんこれらの要素が化合する割合と程度には無限のニュアンスがあるので、現実の人間について絶対的な弁別は不可能であり、たかだかヨリ多い、またはヨリ少い無法者的性格を指摘しうるにとどまる。しかしこうした理念型の抽出の試みは、第2部で述べるようなファシズムの一般的なダイナミックスを、特定の国の特定の政治的状況に適用する際に有効である。
たとえば共産党の党員構成において、ルンペン・プロレタリアートや各社会層の脱落分子の占める割合が、組織労働者や専門知識層に比して多くなればなるほど、一般に無法者的要素が濃くなり、その現実の政治的行動様式はファシストのそれと区別しがたくなる傾向がある》(丸山眞男「軍国支配者の精神形態」補註:『増補版 現代政治の思想と行動』(未来社)、 p. 511 )
丸山の分析の特徴は、言ってみれば「凡(おお)そ」である。ファシズムとは何かをしっかり定義せず、ファシズムとは凡そこのようなものという前提で話を進めるから何とでも言えるのだ。無法者も、凡その特徴を述べ、特徴から外れたところは、絶対的なものではないと逃げを打つ。凡その話を難しい言葉で文(かざ)っているだけなのだ。
私は、ファシズムには「 1 党独裁」的傾向が強いと思うのだが、丸山のように日本もファシズムだったなどとファシズムの範囲を広げてしてしまっては、集団的行動はすべて「ファシズム」ということにもなりかねない。
丸山は言う。
《日本のファシズムを全面的に解明しようとするならば軍部や官僚の国家機構における地位、その社会的基礎、さらにそういう勢力と日本の独占資本とのからみあいがどういうふうにおこなわれているかということを具体的=機構的に分析しなければいけないわけでありますが、そういうことはとても私の負担におえないのでここではお話し出来ません》(「日本ファシズムの思想と運動」:同、 p. 30 )
これは「逃げ」だ。成程、全面的に解明することは能力を超えるのかもしれない。が、概略ならば話せるはずだ。全面的に解明できないからと言って、大枠すら示さず、日本ファシズムが存在したことを前提として語るのは詐欺だ。
《次に問題へのアプローチの仕方として前もっておことわりしておきたいのは、日本ファシズムをいう場合、何よりファシズムとは何かということが問題となってきます。
「お前はいきなり日本ファシズムというが、日本にそもそも本来の意味でのファシズムがあったか、日本にあったのは、ファシズムでなくして実は絶対主義ではないのか、お前のいうファシズムの本体は何であるか」という疑問がまず提出されると思います。
これについても私は一応の解答は持っておりますが、ここで最初にそれを提示することはさけます》(同)
日本にファシズムがあったかなかったかという疑問を棚上げにし、ないのかもしれない日本ファシズムの話をするって一体どういうことなのか。
《そういうことを、お話しすると勢いファシズム論一般になってきます。ファシズムについてはいろいろな規定がありますけれども、こういった問題をここでむしかえす暇はとてもありません。そこでここでは不明確でありますが、ひとまず常識的な観念から出発することにします》(同、 pp. 30f )
<蒸し返す>のではない。自ら日本がファシズムだと言い出しておいて、日本がファシズムか否かを明らかにしないなどということが果たして許されるのかということだ。
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