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私は、手ぶらで外出することがほとんど無い。別に荷物なんか何もない場合でも、何か鞄(かばん)とかウェストポーチとかが無いと不安だ。中に何も入って無くても良いからそういう物を持っていないといけない。 もしも外出先で何か買った場合、大抵の場合それは本とか雑誌なのだが、それを手に持ったまま移動するのが嫌なのだ。たとえばA書店で本を買ってその本屋の紙袋を持ったままB書店に行くのって、なにかこう、嫌らしくありませんか? 気にする方がおかしいのかもしれないけど、どうにも気になってしまうから仕方がないです。 あと Winduows CE 機であるモバイルギアを持ってないと不安ということもある。あれがあると何か書きたくなったときにいつでも書けるし、最近ではエアエッジも契約したからいつでもどこでもネットチェックできるし。 そういうような性格だから、会社に行くにも大きな鞄を持っていくわけなので、この中には、大概、その日には使わないような物まで入っている。私は忘れっぽいので、今日はこれがいる。今日はこれはいらないと、毎日中身を入れ替えていたら、絶対に忘れ物をするという強い革新があるので、とりあえずいつか必要なものは全部鞄の中に放り込んでおけというスタンスだ。 それからついでに言うと、通勤時に駅まで自転車で行っているのだが、その際に鞄を自転車のかごに入れている。ひったくりが心配ということは全くない。だって、盗れるものなら盗ってみろというぐらいに重いのだから……。
Dec 31, 2003
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快感、つまり気持ちいいことであるが、快感は欲望を満たすことにより得られる。人間には大別して5つの欲望があるという。 1.食欲 2.性欲 3.財欲 4.睡眠欲 5.名誉欲 おいしいものを食べるのはとても快感だ。残念ながら私は生来的に味音痴なので、だいたい何を食べてもそれなりにおいしいと感じるのだが、逆にどんなに良いものを食べてもやはりそれなりにしかおいしく感じないのだ。これはつまらない。みんながおいしいおいしいと舌鼓を打っているのに、私は、いつも食べている料理とどこが違うのだろうとしか思わないのだ。 というわけで自然と私の食に対する欲望は、味よりも量に向かうことになる。……だから太ってしまうんだよね。 当然、性的なあれやこれも快感だ。2人でするのも1人でするのも良い。溜まっている時には2人ですると良い。固くなるべきところがちゃんと固くなるので、問題なく快感が感じられる。どうしてかというと私の場合、先端の部分の快感よりも、根本の部分がねじられたりすることを快感とするようなところが多くあるので、ちゃんと固くないといけないのですよっ! ちなみに、あまり溜まってないと生固い状態なので、1人でするほうが良いのだが、分かるだろうか!? ……何を力説してる。私は。 あと、ちくびを刺激されるのもいいなあ、それだけでも快感だけど、刺激されるとアレが反応して固くなってくるし……。 お金はあったらあった方が良いのは確かだが、何もかも犠牲にしてでもお金が欲しいとは思わない。お金は稼いで貯めるのが快感だと感じる人もいるが、どちらかと言うと私は貯めるよりも使うことに快感を感じるので、使いたい額があればだいたい幸せだ。 とりあえず今は新しいパソコンが欲しいので、自分の自由になるお金が20万から30万円あれば幸せだろうな。今は無いけど。 そこへいくと寝ることにより得られる快感は万人に平等だ。お金が無くても睡眠をむさぼることは出来る。……かもしれない。よく考えてみれば、より快適に寝る為にはお金をかけないといけないのかもしれないのは確かだ。 で、私は寝るのは好きだけど、なかなか時間がなくていけない。睡眠は深く眠ることによりすっきりするという快感もあるのだが、だらだらと浅く寝て、夢を見るという快感もあるからだ。最近はホントに忙しくてほとんど夢を見ない。大学時代は夢を良く見たが、社会人になってからは夢もたまにしか見ない。うーん、書いていてちょっと寂しくなったな。 名誉、つまり人に認められるというのは、上記の4つの欲望が満たされてくると最後に求めたくなる快感らしい。よくお金持ちが何かの団体の名誉会長になったりするのはそれだ。 私としてはネットにおける名誉欲は十分に満たされているので、その点では問題無いのだが、現実世界ではまだまだだ。まあそれにはとりあえず仕事を頑張ることかな。 逆に、人には放置しておいて欲しいという人もいるが、その人の名誉欲はどういうところでみたされるのだろうかなあ。ちょっと分からない。
Dec 30, 2003
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この調子で人口増加が進むと、やがて地球の生態系は限界を迎えてしまうと言われるが、人類の全てが肉などの生産効率の悪い食物を食べるのをやめて、植物性の食物のみを食べる生活をするなら、その限界人口は200億人。逆に、もしも米国人のような肉食中心の生活をするなら、その限界人口は10億人程度になるそうだ。 というわけで、人口を抑制するか、画期的な食物生産の向上を図るために遺伝子操作を駆使して新しい食物を開発するか、それとも新天地を求めて宇宙開発を大々的に進めるか……。どんな方法が取られるかということを考えると……、1.人口抑制をしつつ2.新しい食物を開発し、3.超長期的な展望として宇宙開発をする ということになるのだろうか? 個人的な趣味としては、今すぐにでも宇宙開発を進めて、なんとか私が生きている間にスペースコロニーのひとつぐらい完成させて欲しいのだが、現在の各国の財政状態をみたら、即時に経済的な利益をもたらさない宇宙開発に全力を投入する展開なんて夢のまた夢だろうなあ。100年先になるやら、200年先になることやら……。 せめてフィクションの世界では、宇宙開発を進めるような物語を書こう。私が書いている小説、妖精的日常生活シリーズ、昨日の段階で13話まで書き終わり、いよいよ次回から妖精の魔法を機械的に強化して宇宙船を作っちゃう段階に入りました。まだ書くのはこれからだけど。 まあそれはそれとして、日本では少子高齢化と言われて久しいけど、世界全体で見ると人口増加は大変な勢いで進んでいるから、これを放置していたら、戦乱の種になってしまうのは間違いない。 なんとかしないと、また貴重な資源と経済を戦争に使うことになってしまって宇宙開発が遠のいてしまうなあ。 人口抑制の基本は、コンドームの普及が第一候補らしいが、使用済みのアレってやっぱ生ゴミなのかなあ? ついさっきまで自分の身体の一部(?)だったものが生ゴミになるっていうのは、考えてみるとなんか不思議だなあ。 年末年始の休みで時間があるとはいえ、いったい今日は何を書いてるんだ。私は……。
Dec 29, 2003
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人間、誰しも気になる数字というものはあるもので、体重が気になる人も居れば、身長が気になる人も居るし、成績が気になる人も居る。ホームページの運営者ならアクセス数も気になるところだ。 私の場合、どんな数字が気になるかと言えば特に無いのだが、既に40歳でもあり完全に人生の半分以上を消費してしまったことを考えると、あとどれぐらいの時間を趣味に打ち込めるのだろうと考えてしまう。 現在は趣味で小説などを書いてホームページ上にアップしていたり、同好者と共同の小説投稿サイトを運営していたりするのだが、仮に平均寿命限界ギリギリまで活動したとしても、あと35年ぐらいでしかない。しかも寿命の最後のほうは身体も頭もあまり上手く活動しないかも知れないことを考えると、せいぜい25年から30年だ。 まあ、無理かも知れないが、今書いている小説のシリーズが書き上がったら(まだ数年先のことだが)、その世界観を流用してもう少し一般受けをする作品を書いて、商業誌に投稿してみたい。 それはそうと、もうひとつ気になる数字がある。それは……、預金通帳の残金だ。入れても入れても自動引き落としがあるので、なかなか増えないのだ。はああ~、いつになったら新しいパソコンを購入できることやら。出来たらミニノートを買いたいなあ。
Dec 28, 2003
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ルーズソックスが女子高生の定番アイテムとなってずいぶんと久しいが、あれが流行ったせいで、女子高生の水虫保菌率が大幅にアップしたとかいう話を以前に聞いたことがある。 私自身も大学生の頃に水虫とお友達になり、縁を切るまでにずいぶんとお金もかけて貢ぎ物(治療薬のこと)をしたのだが、女子高生達は水虫になっても良いからおしゃれをしたいものなのだろうか。たぶん水虫のつらさを分かってないのだろう。あれはつらい。私は最初にかかったときは皮が赤剥けてしまったので、歩けなくなってしまったことがある。幸いにも完全に治療出来てから何年も経つから、復縁することはもう無いだろうが、それでも現在でも五本指靴下をはいて予防しているぐらいだ。 男性が夏の暑い日に革靴を履いている時に、女性はサンダルを履いたりして涼しそうに過ごしているので、そのままのライフスタイルであるならば、男性よりも女性のほうが水虫には罹りにくかったはずなのに、革靴よりも暑そうなルーズソックスを履いたりするから、水虫なんかになるのだ。 女子高生は反省して、素足を素直にさらすようにした方が良いぞ。……以前のミニスカートを題材にした日記と、反対のことを主張しているような気がするが、人間って矛盾で出来た動物なのさ♪
Dec 27, 2003
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イスカンダルと聞いて、宇宙戦艦ヤマトを思い浮かべた人は、往年のアニメファンでしょう。そして古代オリエント世界を席巻したマケドニアのアレキサンダー大王を思い浮かべた人は……、歴史を良く勉強されてますね。 宇宙戦艦ヤマトに出てきた地球を侵略するガミラス星人の母星ガミラスと双子星であるのが、惑星イスカンダルである。詳しくは検索して調べて欲しい。おそらくその手の情報は山のようにあるだろうから。 で、そのイスカンダルであるが、当時アニメを見ていた私は、イスカンダルとはなんとロマンに溢れた名前だろうと思ったものだが、あるところから聞いた話によると、確か、アレキサンダーをインド風に発音するとイスカンダルになるそうだ。……なんだか興冷めである。 で、結局何が言いたいかと言うと、私がその件で悟ったのは、フィクションの名前をつける時って、結構いい加減で良いんだ。ということなんですね。
Dec 26, 2003
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体質の違いというものがある。人間は平等だとは言うが、現実問題として人により体質も性質も能力も違うから平等にはなれない。しかも性質や能力は自己の努力によりまだ変化させられる可能性があるが、少なくとも体質は、それが遺伝子レベルによる違いであると、もう個人の力ではいかんともしがたい。 で、その体質も、色々あるが、アレルギー体質というものがあり、他の人には全く何の影響も無いのに、その人に取ってはとても強い影響を与えるものがある。 うちの2人の子供は、お姉ちゃんのほうが猫毛アレルギーらしく、猫に触ると翌日ぐらいに風邪を引いたような感じになる。弟のほうは、温度アレルギー(?)らしく、風呂に入って身体が温まるとジンマシンが出たようになる。 その他、お姉ちゃんのほうは、スタミナたっぷりで、ばたんきゅーと寝る直前まで元気いっぱいで、昼寝をするということも無いのに、弟のほうはスタミナが全然無くて、すぐに疲れて昼寝をするし、一旦寝ると延々と寝つづけ、12時間経たないと起きてこない。幼稚園で疲れて帰ってきて、そのまま昼寝をして起きたら午前2時とか4時だったということもザらである。無理して起こしたら良いのにと言われるが、無理して起こしても起きないのだからしょうがない。体質とはいえ、難儀なものである。今は良いが、就職するような年齢になってもこれじゃあ大変だ。
Dec 25, 2003
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今日のニュースによると、アメリカ国内で初めて、狂牛病の可能性のある牛が見つかったそうな。 というわけで牛肉関連産業の株価が大下がり。たとえば吉野屋とか。で、日本の時は、狂牛病が出た時は、豚肉とか鶏肉が代替需要で売れましたから値段が一時的に上がったんですよね。 今回はどうなるんでしょう。トンでもなく豚肉の値段が高くなったりして♪ あうう、お肉がチルド状態に……。 それはそれとして昨日は妻と、近所のデパートのテナントであるブランドショップに行きました。どんな名前だったかは覚えてませんが、豚のマークが目印のお店です。 婦人服のブランドショップのマスコットキャラクターが豚……。とても革新的です。経営者は何を考えているのでしょう。
Dec 24, 2003
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類が友を呼ぶという言葉が実感されるということでは、ネット世界ほどのものはない。自分の趣味に関わる言葉をキーワードに検索すると、まず同趣味の人がすぐに見つかる。そして掲示板に書き込んだりメールを送ったりすると、もう類友の出来上がりである。 私もパソコンを手に入れた時、まず検索したのは、『性転換』『小説』であった。いわゆる主人公の男の子が性転換して女の子になるという、【転校生】とか【らんま1/2】とか系の小説や漫画が好きだったので、もしかしてネット上にそういう話題がないものかと思ったのだ。 すると、あるわあるわその手のサイトがたんまりと……。中でも最大規模を誇る少年少女文庫という所に入り浸り、ネット環境が整ってから3ヶ月後には自分でもその手の小説を書き出し、そして更に1ヶ月後には投稿もしちゃいました。それがこのホームページにもアップしている『妖精的日常生活 第1話 召喚?』である。身体だけ異世界の妖精に召喚され、かわりに妖精少女の身体になってしまった少年の話なのであるが……。この話を投稿してからはもう、どんどんと類友が増えて、最近では投稿サイトを共同で運営したり、頻繁にオフ会を開いたりと、もうそれは坂道を転がり落ちる雪玉のように人間関係が膨らんでいってしまって……。楽しいです。 というわけで、ちょっと一歩を踏み出せば、世の中には自分だけではないとよく分かりますよ。皆様もさあ、類友を作りましょう♪
Dec 23, 2003
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先日のことだが、家族そろって車で買い物に行き、最後にドラッグストアに入った。その時、まだ5歳の息子が、『トイレ! おしっこっ!』と言うので、慌ててトイレに連れていった。すると9歳の娘も一緒にトイレに行くと言い、ついてきたのだ。 そのドラッグストアには店の外にやや広めの個室になっているトイレがひとつしか無かったので、結局、私と娘と息子の三人でその個室のトイレに入ったのだ。 既に限界に来ていた息子は、早速ズボンとパンツを下ろすと、勢い良くおしっこをしたわけなのだが、同じ個室の中に入った娘は、その様子をじっと見て、『そういうふうに(男の子のおしっこは)出てくるのか~』と、感心したようにつぶやいていた。 やはり女の子も、男の子がどうやっておしっこをするのかは、【気になる】らしい。 それにしても娘よ。もしかして男の子がおしっこをするのを見たのは、あれが初めてだったのか? まあ、誰もが簡単に見せてくれる物では無いけどな。……もしかして、今日、学校で友達との話題にしてたりして♪
Dec 22, 2003
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月は、人類が足跡を記したことのある地球以外の唯一の星だが、いったいいつになったら一般の人間でも月にごく普通に行くことが出来るのだろう。私が小学生の頃の雑誌には、21世紀には月面基地が出来て、宇宙ステーションも稼働している未来予測図があったのに……。 まあそれはともかく、月の内部は空洞で、そこに宇宙人が住んでいるということを主張している人がいるが、宇宙人よりも、古代文明人のほうがまだしもリアルじゃないだろうか。 人類の進化の状況を考えると、ほぼ同時代にほぼ同じレベルに進化した知的生命体が地球のごく近くに存在する可能性よりも、古代の地球には現代の文明よりも進んだ文明があったとするほうが個人的には信じられる。 氷河期には現在の大陸棚は全て陸地だったそうだが、そこに文明があったなら……。なんてことを主張していた人もいるけど、どっちかと言うと私も信じてる。 というわけで、月の内部の空間には、古代文明人が今も住んでいるといいな。なんか夢があって。 ちなみに完全に否定するには月の内部も含めて月を隅から隅まで探査する必要があるから、月に人類が再訪していない現状では、私はまだまだ夢を持っていられそうだ。 良いのか悪いのか知らないけどね。
Dec 21, 2003
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本日、名古屋は初雪がふり、そのまま積もってしまった。積雪9cm。初雪で積もるなんて珍しいと思ったら、テレビで初雪がここまで積もったのは38年ぶりらしい。 というわけで朝は起きてから子供と一緒に雪だるまを作ることになった。こういうイベントはちゃんと消化しておかないと、学校や幼稚園で話が合わなくなってしまい、下手するといじめのきっかけになってしまうと困るからだ。 それにしても積雪9cmとは言っても、雪だるまを作ろうと思ったらどうしても泥まで巻き込んで雪玉が汚くなってしまうので、雪の上のほうだけをすくい、それをバケツに集めてから雪玉を作ることにした。なかなかきれいに出来たと思ったが、午後から近所を回ってみると、泥だらけながらもかなり大きな雪だるまを作っている家もあった。さすがである。 なかなか都会では真っ白できれいな新雪を見る機会は無いのだが、たまにはこういうこともある。豪雪地帯の住人の方には申し訳ないが、また降らないかな。大人でも結構こういうのは楽しいし。
Dec 20, 2003
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飯(めし)という言葉をあまり使わない。だいたい 【ご飯(ごはん)】と言う。考えてみると、既に成句となっている【飯の種】というものでしか飯(めし)と言わない。また、ご飯(ごはん)のことを飯(めし)と言われるとなんだか違和感がある。……なんでだろう? これは私だけのことなのか、それとも世間一般にそうなんだろうか。私の身の回りで、飯(めし)という言葉を日常的に使っていた人は思いつく限り1人だけだ。う~ん。 世の中、知らないうちに言葉が変わるほど、お上品になってしまったのかな。
Dec 19, 2003
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昨日、スルメを2枚焼いた。ちょっと焼きすぎて表面が炭のようになってしまった。やはり焼く前に適度な大きさに切ってから焼けばよかった。切らずにそのまま焼いたのでくるくると巻いてしまって、上手く焼けなかったので、つい焼きすぎてしまったのだ。残りがあと2枚あるから、今度焼くときはちゃんと切ってから焼こう。 それはそうと、スルメのにおいは、女性のアソコのにおいだという。まあ、男性のアレのにおいにも似てるんだけど、世間ではよくそういうね。確かデープ・スペクターだったと思うけど、18禁の映画を見ながらスルメを食べると、そのにおいで臨場感が増すということを言っていたような気がする。 アソコのにおいというと、ある種のチーズがそういうにおいらしい。確か前に本でよんだのだが、ナポレオンの愛人(?)が、眠っているナポレオンに迫ったところ、ナポレオンは、『余はもうチーズは食べられぬ』と、言ったそうだ。 ……なんでどんな話も、下ネタになってくるんだろう。
Dec 18, 2003
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難しい話を難しく話す人がいる。難しい話なんだから難しく話してあたりまえだろうと思うかもしれないが、本当に物事を理解している人は、難しい話を簡単に話すことが出きる。理解できてないから難しいまま話すしかないのだ。 というわけで、子供に色々な話をしようと思うと、自分がそのことを本当に理解しているのかどうかが確認できておもしろい。例えば、何故、塩水が乾くと結晶が出きるかを簡単に説明できますか? 理科にしろ社会にしろ、国語、算数にしろ、自分では分かっているつもりなのに、分からないことだらけです。単に知識を知っているだけで、本当に理解できてはいないのです。 流行語大賞の「なんでだろ~」じゃありませんが、子供の「何故? どうして?」という質問には覚悟して答えないといけませんね。 ちなみに、娘ももう9歳。はてさて、「赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?」という質問にまともに答えなくてはいけない時期がそろそろくるのかな? それとも最近の小学校ではそんなこともちゃんと教えているのだろうか? なんか最近の噂では凄いところまで教えてるらしいけど……。
Dec 17, 2003
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キングダム(kingdom)、王国のことである。人間、誰しも心の中に自分だけの王国を持っている。誰にも邪魔されない時間や何かに対するこだわりを持つとか、あるいは趣味を持つとか、その人が他人に遠慮することなく自分が自分でいられる王国がある。大きかったり小さかったり、形も色々で誰一人同じ王国を持ってはいないが、確かにそれは1人1人の心の中にある。 私の場合、それは小説を書くことだったらしい。趣味で書いている程度なので、もちろん仕事でもなんでもないのだが、ネットで発表しているのでそこそこ読んで下さる方もいらっしゃるわけで、とても楽しい。この楽天のページにもいくつかアップしているので、読まれて関心を持っていただけたなら、是非ともリンクをたどり、その続きも読んで欲しい。 とりあえず今書いているのは、『妖精的日常生活』というシリーズの第13話であり、シリーズが全26話で終了する予定なので、ちょうど半分、1クール終了ということになる。 ちなみにシリーズの説明をすると……、 私達が住む地球とはパラレルワールドになっている世界の地球に、妖精達が住んでいたが、その世界の地球は宇宙から飛来したと思われる機械生命(ロボット)達に侵略を受けていた。妖精達は魔法を使って対抗しようとしたが、機械のそばに近づくと魔法が使えなくなるどころか、妖精達は皆気絶してしまう始末。 そこでさまざまな世界からドラゴンやハーピーなどの魔法生物を召喚して戦おうとしたが、それらの生物達も機械のそばに行くと気絶してしまった。 妖精達はそこで伝説の存在である人間を召喚することにしたが、何故か妖精の住む地球とパラレルワールドである人間の住む地球の間には何らかの障壁があるらしく、人間の身体を召喚することはできても、その魂は召喚できなかった。苦肉の策として妖精たちは、次元を超えた身体の交換をするという、相互換身召喚という魔法を開発したのだった。そして召喚した人間の身体を得た妖精は、その人間の身体が機械に対して何の影響も受けないことを知るや、侵略に対抗する為に人間の大量召喚を行いだした。夢を通じた本人の承諾を得て……。 ここまでが初期設定なのだが、ストーリー自体は、妖精に召喚されて身長25cm程度の妖精少女になってしまった少年が主人公として始まる。1話から13話まではその妖精としての日常生活を描いている。舞台もこちら側の世界が中心となる。 そしてまだ構想段階だが、14話からはいよいよ妖精世界との関わりが出てくる展開になる予定です。 ご興味が沸きましたら、是非一度、私のキングダム(kingdom)にお越しいただき、小説を読んでいただけたらと思います。どうかよろしくお願いします。
Dec 16, 2003
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街中で見かける最近の落書は、抽象的というか、モダンアートというか、よく分からないものが多い。それに対して駅の公衆トイレの個室で見かける落書きは、それはもう見事なまでに【具体的】だ。見ていてグロテスク過ぎて気持ち悪くなるものもあるが、なかにはとても可愛らしい漫画チックというか、アニメ絵な落書きも見かけることがある。まさに掃き溜めに鶴というか、癒される。(そんなので癒されるのは私だけかもしれないが……) 時々、本当に上手い落書きもあるのだが、すぐに掃除で消されてしまうだろうことを考えると、その落書きにはもう2度と出会えないだろうと、残念な気持ちになる。かといってデジカメでその落書きを撮影して保存しようにも、場所はトイレである。トイレの中でデジカメのシャッターを押す。しかもフラッシュをたきながら……。変態である……。 というわけで、じっくりと観賞し、脳裏に焼き付けるしかないのだが、私の脳みそは揮発性物質でできているらしく、すぐに細部を忘れてしまう。 みなさんだったらそういう場合、どうしますか? ……そんな悩みを持っている人なんていないか。ハハハ……。
Dec 15, 2003
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コアラは、言わずとしれたオーストラリアを代表する人気者の動物だが、カンガルーと同じ有袋類の仲間で、人間のような有胎盤動物とは違って原始的な特徴を多く持つほ乳類である。 オーストラリア以外の大陸では、南米の一部にオポッサム等の有袋類が生き残っているが、その他の土地ではより進化した有胎盤のほ乳類に駆逐されて絶滅してしまっている。オーストラリアでは早い時期に他の大陸と切り離されたことが理由となり、他の土地では絶滅した有袋類が生き残り、適応放散し様々な形に進化した。狼に似たフクロオオカミ(絶滅)という動物までいたぐらいだ。 それで、コアラであるが、有胎盤のほ乳類の中で似た生態の動物をあげるとすると、ナマケモノが対応するらしい。有胎盤ほ乳類のナマケモノに最も近い生態を持つ有袋類が、コアラなのである。 一方のナマケモノはその名前からしてさげすまされているのに、同じような生態をしているコアラはその愛らしさから可愛がられている。不公平である。しかし、世の中そういうことはままある。世の中は不公平に出来ているのだ。 人間の場合もちょっとした顔の美醜やスタイルの善し悪しでその境遇が大きく違ってしまう。それは不公平だと主張するのも良いが、世の中そうできているのだからしょうがない。しょうがないのだけれど、それで納得出来るのかと言えば納得も出来ない。 というわけで、この鬱憤(うっぷん)をはらすには、動物園に行ったときにコアラに向かって、『やーい、フクロのついたナマケモノーーーッ!!』と、ののしることしか無いのかもしれないね♪
Dec 14, 2003
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すじっ娘……。あんまり変な話題にすると私の品位を疑われるというか、ああやっぱりとおもわれそうだからなんなのだが、書いてしまおう。 すじっ娘というのは、まだアソコが発達しきっていないスジのような状態の女の子のことである。……力説する程のことでもないし、特に一般的な言い方でもないのだが、ごく一部の間では通用する言葉である。というか、ごく一部でしか通用しない言葉と言い換えた方がわかりやすい。 で、すじっ娘だが、うちの娘の状態がまさにそれだ。現在小学3年生なので、第2次性徴が現れる直前という時期でもあり、見事なまでのスジである。 というわけで、まだ一緒に風呂に入っても恥ずかしくないらしく、見られることに対してなんの感情も無いらしい。むしろ一緒に入っていると逆に私のアソコをじっと見て観察しているようだ。 事実、先日のことだが、妻がソーセージを買ってきたとき、『お父さんのアレってこれぐらい?』と、娘に訊いたら、『ううん、そんなにも大きくなかったよ』と、のたまったらしい。 ふんっ、その大きくない所からでてきたんだからね。あんたも。 ……今日はお下劣だなあ。いや、いつもかな?【追加】 ちなみに下の子は5歳の男の子なのですが、尿道下裂で生まれてきたので、その手術をした結果、5歳にして既に完全に皮が剥けてます。いやあ、お父さん負けちゃったなあ♪
Dec 13, 2003
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コミックス、そう、漫画のことである。最近はネットや電話などの通信費に結構お金がかかるので、コミックスもあまり買わないのだが、以前、それも独身だった頃には毎日最低でも一冊のコミックスを買っていた。多いときは一度に数冊買うのはあたりまえ。下手するとその日では読みきれない量のコミックスや小説を買っていた。今からするとホントにそんなにもお金を使える時代があったのかと不思議な気がする。 さて、そんな中でどんなコミックスが好きだったかと言うと、作家では竹本泉が好きだ。決しておもしろすぎるというものでは無いのだが、継続的に作品を発表しつづけているのは良い。今は復刻版も出ているので、大きな書店にいけば昔の作品も買いそろえることができるはずだ。なんというかあの不思議でほあっとした雰囲気の作品は、好きな人にはたまらないだろう。 作品で好きなのは、星野宣之の2001夜物語だろうか。宇宙開発もので、最終的には超光速航行技術を開発した人類が半径500光年程度の宙域に進出し、そして力つき地球に戻って来るまで。そして……。という話だ。 そして別格なのはドラゴンボールだろうか。そのほかにも色々とあるが、良い作品はいつまで経っても良い作品だ。 それにしても、結婚を機に部屋に置けなくなったコミックスとか小説のほとんどを捨ててしまったのが悔やまれる。せめて売っておけば良かった……。
Dec 12, 2003
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義理と言っても最近ではあまりそのような言葉を聞かない。義理も人情も廃れてしまったのだろう。唯一、大盛況の義理と言えば義理チョコぐらいのものである。その義理チョコでさえ長引く不況の影響でずいぶんと廃れてしまった。せいぜい保険のセールスレディたちが顧客を訪問するときに持ってくるぐらいである。普段、自分でチョコを買うにしても安いチョコばかりを買って、高級品と呼ばれるチョコを買う機会の少ないおじさんにしてみたら、義理チョコは高級チョコを食するほとんど唯一の機会だったのだが……。 まあそれはそれとして、大きなハート型のチョコに『義理』と書くというネタが、ゆうきまさみの「究極超人R」にあったが、あれって現実に売っているのだろうか? 少なくとも私は現物を見たことがないのだが、どうなんだろう。
Dec 11, 2003
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2003.12.08.~10.までの期間、「しりとり日記」をお休み致します。再開予定は、2003.12.11.となっています。
Dec 8, 2003
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ウナギの蒲焼きはおいしい。魚らしからぬ脂ののりぐあいが良い。 ところでウナギを土用の丑の日に食べるという習慣は、江戸時代にかの平賀源内が作りだした習慣であり、マーケティングの成果であるということはよく知られた事実である。 いわばバレンタインデーがチョコ屋の陰謀であるが如く、ウナギを土用の丑の日に食べるのはウナギ屋の陰謀なのだ。 しかし陰謀でも何回か続いて皆がそれに従って行動するようになれば、いつの間にか伝統になってしまう。世の中、文化とか習慣の大部分は、このようなきっかけで生まれたものが大半かもしれない。 それにしても最近のスーパーで目にする中国産のウナギは、どうも体長が短いね。安いのは良いんだけど、やはりウナギは長くないとおいしくないような気がしてならない。
Dec 7, 2003
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「の」、なかなか思いつかなかったが、一応、もうなんでもありということで、【ノーブラ】で行きたい。文句がある人は、読まないように♪ と、思ったが、半分書いてみて、どうもやはりよく分からないのでやめた。というわけで、今日の御題は、【ノーパン健康法】にする。……よけいにお下劣になっただけかも。 さて、【ノーパン健康法】というのは、一時期はやっていた健康法だが、パンツのゴムが腰のまわりを締め付けるのはストレスだから、せめて寝るときぐらいはパンツを脱いでストレスを与えないようにして、健康になろうというものですが……。なんだか眉唾ですね。 男性がノーパン健康法をするのは、精子の工場である睾丸が熱に弱いということから医学的にも一理あるような気がしますが、パンツのゴムが締め付けるからストレスになるというのはどうも……。 そもそもパンツのゴムぐらいでストレスになるか? 単純に緩いゴムのパンツはけば良いだけじゃないのか? だいたい、実行してみたことあるけど、どうも落ち着いて寝られないぞ。 それにだなあ、女性が【ノーパン健康法】なんかしてみろ。脱がす楽しみがなくなってしまうではないか。そうでしょ?
Dec 6, 2003
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着物と言えば日本の民族衣装だが、これを日常的に着る人がお年よりも含めて、身近に見ることがまったく無くなってしまった。男女がともに着物を着る機会と言えば、せいぜい成人式の時と結婚式の時ぐらいだろうか。女性の場合は夏の浴衣に初詣などもあるかもしれないが、男性の場合はそういう機会に着物を着る人はかなり少なくなっている。 着物には着物としての色っぽさがあるのに残念だ。じゃあ私に着物が似合うかというと、たぶん似合わないと思う。ある程度痩せた人でないと、どうしても着物を着たイメージが「お相撲さん」になってしまうからだ。 しかし先日、北海道は札幌市の YOSAKOI ソーラン 祭り のビデオを見たが、参加者たちが皆、着物をアレンジしたような衣装を身にまとっていたが、あれはかなりいい。上に着物風の衣装を羽織、そのしたには洋風の衣装を着る。それが男女ともにとても似合っている。 しかもその着物の派手なこと。なかなか好みかもしれない。浴衣の生地で大きめのゆったりしたマントのような着物を帯びをしめずに着るような感じは、とてもカッコイイ。ちなみにある程度太った人にも似合っていた。 仕事着には無理だろうが、秋・冬・春の衣装として、そんな感じの服が一般化したら良いのに。 なお、乱れた着物から見える生足というのは、とても色っぽいけど、そういうものも何とか取りこむことが可能ない着物風の衣装は作れないものかな。ユニクロさんあたりで、そういうものの企画しないかな。
Dec 5, 2003
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具体的とは、難しい概念である。例えば具体的な説明というものを考えた場合、技術者にしてみたら専門用語を多用した説明こそ具体的な説明であるのに対して、技術に疎い一般の人にしてみたら、専門用語を使わない比喩などを多用した説明こそイメージしやすい具体的な説明であるからだ。具体的というものは、人によってその内容が違うということだ。 人が元々持っている知識や経験が違うから、人により具体的な内容も違ってくるのだが、なかなかそれが分からない。技術者と一般人だけではなく、男と女、大人と子供もまた違う。言われてみれば分かるのだが、普段、人はその子とを意識していない。そこに誤解が生まれる。 特にネットにおけるコミュニケーションの場合、情報はそこに書かれた文章しかなく、その人の背景の考え方や事情は考慮されることは少ない。また、普通人は自分にとり自明のことは説明の必要性を感じない。そのような人達がネットで交流をすれば、誤解が起きないほうがおかしい。 あなたがもしもネット上のつきあいにおいて、何かのトラブルを感じたならば、自分は自分の主張を相手にとって具体的に説明してきただろうかと、もういちど問い直すことをお勧めしたい。また、それは私への自戒でもある。 きょうは真面目すぎたね。明日はちょっとくだけてみようかな。
Dec 4, 2003
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ドラえもんの道具で欲しいものをいくつかあげよ。といわれたら、次のようになる。1.どこでもドア2.スモールライト&ビッグライト3.4次元ポケット4.ほんやくこんにゃく まず、どこでもドアであるが、これさえあれば職住の制約が完全に無くなる。どこに住んでいても、どこに職場を持っていても良いわけであり、これひとつとってみても欲しい。なおかつ日本国内はおろか世界中どこにだって日帰りどころか時間帰りで旅行ができてしまう。忙しい現代人がこれを欲しがらずにいったい何を欲しがるというのだろう。 次にスモールライト&ビッグライトであるが、これさえあれば、大きな物、かさばる物、どんな物だって使わない時には小さくして収納できてしまう。もちろん使うときには大きくすれば良い。なおかつこれに4次元ポケットがあれば完璧だ。もはや収納で悩むことはない。 更に言うなら、どこでもドアで世界中をとびまわり、有望な商品を買いあさり、スモールライト&ビッグライト、そして4次元ポケットの組み合わせでその商品を手軽に運び売りさばく。……なかなかおいしい商売ができるとは思いませんか? もちろん、ほんやくこんにゃくは、その際、世界中の人と商談をする為に必要なのですよ。 ……なんだか、ドラえもんの道具という夢のある話題を使いながら、全然夢の無い結果になってしまいましたね。
Dec 3, 2003
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レッド、すなわち私のハンドルネームであるジャージレッドのレッドであり、赤色を意味している。私が赤いジャージを着ていたからジャージレッドになったという単純な理由で決まったハンドルネームである。 さて、その赤色(レッド)についてなのだが、私は以前はあまり派手な色の服装を好まなかった。しかしその赤いジャージを着ようと思ったときから、比較的赤色のような派手な色を好むようになってきたのだ。色彩感覚が変わってきたというよりも、潜在的には派手な色の服を着てみたいという欲求があったように思うのだ。 以前の私は、『赤い色の服なんて、私には似合わないだろう』と、自ら遠慮していたのだが、何故かその時、ふと、『そんなに人生も長くないんだし、こういう些細なやりたいこともできなくてはつまらんなあ……』と思ったのだ。そして赤いジャージを選んでしまったと……。 その後、ことあるごとに私なりのレベルではあるのだが、比較的派手な服やネクタイを選ぶようになってきたのだ。まあ、それでも他人に言わせればまだまだ地味だそうだが、私的には自分の枠から1歩踏み出すきっかけをつくってくれたのが、レッド(赤色)なのである。 ちなみに小説を書きだしたのは、それ以後のことである。やはりレッド(赤色)は人生のきっかけとなったのだ。
Dec 2, 2003
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トイレにも種類がある。大便器と小便器という男女の性差に原因をもつ種類もあるが、それは今回はおいといて、洋式トイレと和式トイレの2種類について書いてみたい。 私が子供の頃、トイレと言えば和式だった。それもまだ汲み取り式のものばかりで、デパートのトイレぐらいにしか水洗というものは無かった。たしか小学校も3年生ぐらいになって初めて水洗になったと記憶している。そして世の中のトイレが水洗化されだした頃からぼちぼちと洋式トイレが普及し始めたはずだ。 というわけで、少なくとも私は、汲み取り式の洋式トイレというものを実際には知らない。歴史的にみるならば汲み取り式の洋式トイレもあったはずなのであるから、ネットで検索するとそういう研究をしている人のレポートもあるかもしれないが、まあそれは今日の日記の主題ではない。 私の記憶の中では、和式トイレは汲み取り式と結びつき、洋式トイレは水洗式と強く結びついているのだ。先に述べたように洋式の汲み取り式トイレもあるはずであるし、逆に和式のトイレも現にあるのに、私のイメージの中では、和式は本来汲み取り。洋式は本来的に水洗。……という図式が成り立っている。間違ったイメージであることは承知の上であるのだが、子供の時から形成されたイメージはなかなか消えないものだ。 それで和式と洋式の2種類のトイレを使い比べてみると、家で落ち着いてするには洋式がふさわしく、駅などの公共施設においては他人のすわった便座に座ることを考えると和式のほうが衛生的に優れているように思える。洋式便器よりも和式便器のほうが掃除しやすく清潔に保ち易いことを考えると、これから先も家庭では洋式、公共施設では和式という使い分けが続いていくことだろう。 さて、そこで話は代わるが、私は和式トイレが全盛の子供時代。それも保育園にいた頃のことだが、和式の大便器がとても怖かった。臭いのは色々な消臭剤とか、慣れとかで気にならなかったのだが、あの穴……。すいこまれそうな便器の下に広がる穴が怖かった。もしも落ちたらどうしようといつも思いながら大便器にまたがったものだ。実際、母からは昔、トイレに落ちたことがあるんだよ。と、その経験を聞かされていたこともあり、トイレの穴に落ちるというイメージは現実的な恐怖だった。私はいつもその恐怖を感じていた。 であるのに、いとこの女の子達はそのような恐怖を片鱗も見せずにトイレに入っていく。私が大便を我慢して何とかトイレにいかないようにと努力していたのとは大違いだ。しかも彼女たちは大便だけではなく小便まであの穴にするのだ。 この頃のイメージがあるから、私は女の子というのは意外に強い者だという擦りこみがある。また、女の子がおしっこをするというのはどういう感覚なのだろうかという疑問が発生したのだと思う。 ……ちなみに結婚をして二児の父となった現在でも、その疑問はしっかりと残り、女性に対する大いなる疑問となっている。女性からみたらくだらない疑問かもしれないが、まあそういうことを考えている男もここにいたりするのだ。 しかし、二日連続で下ネタをやってしまった。明日はまともにせねば。
Dec 1, 2003
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