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18禁な女性のヌードだって、芸術と名がつけば、素直に世の中に流通してしまう。はたして18禁と芸術の差はどこにあるのだろうか? まあその基準についてはよく分からないのだが、全ての18禁が芸術の名のもとに許されるかというとそんなことは無いのもわかる。どう見ても芸術には程遠いような映像が多いし……。芸術と呼べるような18禁作品はごくわずかだ。 まあそれはそれとして、芸術作品なヌードってどんなのだろう? と思って、『芸術』と『ヌード』の2つのキーワードでイメージ検索でぐぐって見たら、【こんなページ】をみつけた。うーん、これが芸術ですか……。 あっ、ちなみに全然18禁じゃ無いから、中学生でも安心だよ♪ 趣味は選ぶけどね……。追伸 : ちなみに私はこういうの……、かなり好きっ!!
Jan 31, 2004
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くらげを食べたことが無い人は居るだろうか? 中華料理には良く出てくるから、それなりに食べたことがある人も多いと思う。ただ、世界的に見るとくらげを食べる食習慣があるのは中国や日本などの地域に限られるらしい。欧米ではジェリーフィッシュと言ってどちらかと言うと気持ち悪がられるだけで、食べるなんてとんでもないということらしい。 で、スーパーなどで売っているくらげは塩漬けしたものなので、水につけておいて塩抜きをしないといけないのだが、ちょっと塩が抜けたあたりのくらげを塩味だけで食べるのも好きだったりする。こりこりしておいしい。 なんでこんな話をしたかと言うと、最近、海の生態系のバランスが崩れて世界中の海でくらげが増えているという記事を読んだからだ。……もっとくらげを食べる習慣が広がれば、生態系のバランスも改善するのかも。
Jan 30, 2004
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吝嗇(りんしょく)とは何だ? と言えば、意味は【けち】ということである。けちにも色々とあって、あらゆることに対してお金を使うことを惜しんで貯め込むだけ貯め込んで、そのまま死んで行ってしまう人も居れば、普段はけちだがここぞというときにはドーンと使う名古屋人(?)のような人達も居る。 そして財布の持ち主を見て、けちになったりそうでなかったりする人が居る。自分のお金は全く使わず、とことんけちに徹するが、他人の財布のお金は全然気にせず湯水のように使うという人も居る。大なり小なりそういう人が多いように感じる。 まあ、私も含めてなんだけどね……。
Jan 29, 2004
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修理して使うかどうか迷っている家電製品がひとつある。それは8mmビデオデッキだ。ついこの間壊れてしまったのだ。テープを巻きこんでしまい、どうにもならない。既に10年以上もつかっている機械なので、出来るなら新しい機械に買い換えたいところなのだが、いかんせん既に8mmビデオデッキなんてもうどこにも新品では売っていない。となると今の壊れたデッキを修理して使うかどうかという話になる。とは言っても8mmビデオデッキはもう一台あるので、当面はそれだけでも撮り貯めたビデオライブラリーの再生には支障はない。但し、今ならばまだ修理可能でも、数年後にはどうだかは分からない。部品があるかどうかという状態だろうからだ。 修理するのは簡単で、その為の費用もあるのだが、今は新しいパソコンも欲しいし、迷うところではある。うーん、なんで8mmビデオの規格は廃れてしまったのだろう。
Jan 28, 2004
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梅酒も、ここ最近は店で売っているものしか飲まなくなったが、以前は家で作った梅酒をよく飲んでいた。 ちなみに私は子供の頃、『梅酒は子供でも飲めるお酒』だと誤解していた。母がごく普通に飲ませてくれていたからだ。梅酒もれっきとしたお酒であり、未成年者は飲んじゃダメだということを理解した頃には、既にほぼ成年になりつつあったのは、良い思い出である♪ 梅酒は梅の実と氷砂糖をリキュールに漬けこんで作るので、とても甘い。原液はベトベトするぐらい砂糖が溶け込んでいる。それを好みにより水で薄めて飲むわけだが、私はだいたい半分ぐらいに薄めて比較的濃いまま飲むのが好きだ。梅の実を食べるのも良い。 まあそれはそれとして、最近は梅干も梅酒も家庭で作ることは少なくなった。私の子供はもう、梅干や梅酒を家庭で作ることが出来るということすら知らないのかもしれない。私達にとっての常識も、子供達には全然常識ではないわけで、世代間のギャップが存在することを前提としないと、歳の離れた者同士の会話は成り立たないということを自覚していないといけない。 既にバブル経済のことを知らない大学生がいる時代だ。少年サンデーで連載されていた「GS美神 極楽大作戦」のバブル期の描写を完全にフィクションだと思う人も出てきてるからなあ……。 大人と子供の間で上手く意思が疎通出来ないのも無理はないが、歩みよることが可能なのは、大人の側だということを肝に命じておかなければいけない。……疲れてるのかな? 梅酒という御題から真面目な話になってしまった。
Jan 27, 2004
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桃太郎の家来と言えば、犬、猿、キジであるが、昔から犬猿の仲と言われるほど仲の悪い犬と猿がどうして桃太郎の家来なのかというと、そんな仲の悪い犬と猿でさえ、桃太郎の人徳によって仲良く家来をしているということを表現したいということらしい。 まあそんなものかと思うが、それはそれとして、キジという航空戦力があるのだから、犬と猿のどちらかを陸上戦力として残し、一匹は海上戦力としての動物が欲しいと思ったりする。 犬と猿では陸上戦力としては犬のほうが強そうだから犬を残して、猿の代わりに海上戦力として……、何を持ってこよう? 鬼は陸上に居るのだから、海上から陸上に対して攻撃出来るような動物って居たかな……。 やはり波打ち際のアザラシを襲って食べてしまうこともあるシャチかな。というわけで、新桃太郎の家来は、犬、シャチ、キジに決定♪ ……なわけないか。それにしても自衛隊も、とうとう陸海空ともにイラクに行ってしまったね。無事に帰ってこれるといいけど。
Jan 26, 2004
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ミンキーモモとは、1980年代に放送していた魔法少女アニメである。主人公は夢の国、フェナリナーサのプリンセスだ。フェナリナーサは1000年前に眠りにつき、現代に目を覚ましたのだが、その時には地球の人たちは夢を忘れていたので、夢の国であるフェナリナーサは地球を離れて宇宙を漂うことになっていた。 この状況を解決するには、地球の人たちに夢を取り戻させること。そうすればフェナリナーサは地球に戻ることが出来る。そのためにフェナリナーサのプリンセスであるモモは、地球の『どこかの市』に住んでいる子供のいない獣医夫婦の娘として生活するのだった。 夢を忘れた人たちばかりが住む地球でモモの使える魔法は、大人になる魔法だけ。しかし大人になるときにどんな職業の人にだってなれるし、その職業のプロの能力も使える。婦警になったり、ナースになったり、泥棒になったり、スパイになったり、ジョッキーになったり色々だ。 色々な職業に就き、問題を解決するミンキーモモ。今の私は、自分の職業のプロ足りうるだろうかと、彼女を思い出すたびに自問する。魔法でなりたい程の能力を身につけているかな? ……と。 おとつい家電屋のDVDコーナーにソフトのセットが売ってたから、つい思い出してしまった
Jan 25, 2004
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グミとは、ゴムのようなゼリーのようなお菓子のグミのことである。グミが世の中に出始めた頃、私はグミがここまでお菓子の中で普及するとは思わなかった。どうしてもゲテモノというように見ていたのだ。ゼリーよりも固くて食べにくいと思っていたし、ゴムっぽい感触がどうしても食べ物という感じではなかったのだ。 ところが気がついて見るとグミはあっという間に世間に受け入れられてしまった。私自身もフルーツ味のグミとかは割と好きになっていた。人間の味覚って融通が効くものなんですね。 それはそうとグミの味もですが、感触も結構好きです。甘噛みをしながら口のなかでコロコロとまわしたり……。まるで「○く○゛」を転がすように……、なんてね♪
Jan 24, 2004
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ミーティングというと、ちょっとした打ち合わせというか、軽い会議というイメージがある。さてそのミーティングであるが、仕事の上でミーティングをする場合、トップに立つ人の性格からか、色々とやり方の違いが出てくる。 いわゆる上意下達型の人というか自分の意見に従えという人は、既に自分で決めたことを伝達するだけに終始する。さらに巧妙な人は、自分で決めたことを伝達した後に同意を求めて形式上みんなで決めたことにしてしまう。そして後日何かあったときに、みんなで決めたことだからちゃんと守ろうよと言う。ちょっと嫌……。同意せざるをえない状況で、同意する以外の何が言えるの? また、論理よりも情緒重視(?)のような人もいる。素面の時には何も言えず、酒を飲んでいる時にのみ色々と仕事の話をする人だ。私もそのような人の下についた時に、酒の席でなかなか有意義な仕事の話をしたものだが……、その人は酒を飲んでいる間の記憶がスッパリと無くなる人だった。ダメじゃん、それじゃ……。その事実を理解してから、私はその人とは酒の場では仕事の話をしなくなった。 これは良いというミーティングをする人も居るが、どちらかというとミーティングの手法よりも人格の良さがその要因かもしれない。なかなか真似するのは難しい。
Jan 23, 2004
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モントローズ・アカデミーって何? という反応をしめされた方。あなたは正常です。安心してください。モントローズ・アカデミーとは、このページのお気に入りにある「Sparkling Generation Valkyrie Yuuki」という海外サイトの中にあるオンライン漫画に出てくる架空の学園だからです。 その学園に入学するのには試験はありません。但し、他人とは違った才能が必要です。自分だけの何か。世間からは変人扱いされるような人なら、無試験で入学可能です。 そんな学校……、今の日本にあるのかな? 他人と同じように平均能力をつけるのが教育だということで今までやってきた日本に。 話を進めるけど、今、娘の小学校の授業内容を見ると、自分で考えさせるという個性を重視したような内容になっているけど、あれはダメだ。まだ自我が確立していなくて個性を出せと言われても迷うばかりの小学生には、他人と同じようにする訓練というような教育をするべきだ。 逆に締め付けが厳しくなりだす中学~高校こそ、個性を出すことを覚えないといけない。 何だか数年先、十数年先が心配。モントローズ・アカデミーのような学校を作るにはどうしたらいいんだろう。
Jan 22, 2004
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こどもが普通いない場所に小さなこどもがひょっこりいると、妙に可愛い。たとえば夜も遅い時間の名古屋駅地下街。帰宅を急ぐおじさん達に混じって、何故かお母さんと一緒の小さなこどもがいる……。抱かれていたり、手を引かれながら歩いていたりと様々だが、みんな可愛い。。 幼稚園とかデパートのおもちゃ売り場とか、こどもが大勢いるような場所ではそういう感じは受けないのだが、まわりがおじさんばかりだと対比の関係かこどもがとても可愛く見える。意外性の効果というものもあるのかもしれない。 まあ、理系クラスで男子中心の中に、わずかに女子生徒がいると、十人並以下の娘でも可愛く見えるのと一緒かもしれない……。
Jan 21, 2004
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住めば都というが、この言葉の本来の意味は、どんなところであろうとそこに住んでしまえば都と同じく快適に住むことが出来る。と、いうものだと思うが、逆に、『住んでいるところこそ都』と言うこともできるのではないだろうか? 東京に住んでいる人にしてみたら、地方に住んでいる人に対して、東京に出てきなさいと誘うのは純粋に善意かもしれないが、地方に住んでいる人にしてみたら、何をわざわざ東京なんかに行かなくてはならないのかと思う場合も多いと思う。 なかなか真面目な話で申し訳ないが、将来的に東京に出てきなさいよ。と、誘われたらどうしようかな? と考えたとき、『住めば都』という言葉と同時に、『住んでいるところこそ都』という言葉が思い浮かんだというわけでした。 まあ、それはそれとして……。適度に都会で適度に田舎な場所で職住が接近しているところが住むには一番良いところだと思う。割りと名古屋ってそういう場所だと思うんだけどなあ……。
Jan 20, 2004
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ゼウスとは、ギリシャ神話の最高神であり、雷神として知られている。まあ日本風に言うならカミナリ様の親分である。そのカミナリ様の話で、やはり先日の日記にも書いた小学校時代の担任から聞いたおもしろい話がある。 ある日、男が家で寝ていると大きなカミナリの音がした。びっくりして外に出てみるとそこにはカミナリ様がいた。どうやら雲から落ちてしまったらしい。 カミナリ様は人間のヘソを取るという話なので、男は慌てて、酒と食事でもてなすから、ヘソは取らないでくれと言うと、カミナリ様も、そういうことならヘソは取らないでおいてやろうと言ったのだった。 そこで男はカミナリ様を家に上げて食事や酒をふるまいもてなしてやると、すっかりご機嫌になったカミナリ様だったが、そろそろ天に帰らなくてはいけない時間になった。名残おしそうにカミナリ様は、『後でこのお礼はするから』と言い残し、天に帰っていった。 後日、また空がゴロゴロと鳴り、男の目の前にカミナリがピシャンッ! と落ちた。するとそこには風呂敷に包まれた二段重ねの重箱があった。カミナリ様のお礼であった。 男は家に帰ると早速その重箱の上の段を開けてみたが、なんとそこに入っていたのは人間のヘソの佃煮だった。気持悪いなあ……、と思いながらも、ここでこれを食べないと、後でカミナリ様に何をされるか分からないので、恐る恐るヘソの佃煮を口に入れてみた。すると何とも言えないおいしさだった。 男は夢中でヘソの佃煮を食べ、とうとう上の段の重箱が空になってしまった。さてさて下の段の重箱に入っているヘソも食べてみようと、重箱の上の段を取ろうと手を伸ばしたところ、天からカミナリ様の声が聞こえてきたとさ。「ヘソの下は見るな~~っ!」おしまい♪落ちのヒント 人間の身体で、ヘソの下に付いてるのは何でしょうね?
Jan 19, 2004
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北風が吹くと寒い。名古屋には伊吹おろしといって三重県の鈴鹿山脈から吹き下ろしてくる風が冬場には吹くのでとても寒い。話によると、名古屋の冬場の気温はそれほどでもないのだが、こと体感気温で比較すると札幌並の寒さだそうだ。 夏はじめじめと蒸し暑く、冬は風がびゅうびゅうと吹いて寒い。もうどうしようもない気候なのだが、メリハリがあって良いと思う。 ……今日はもう眠いからダメです。明日の日記はもう少し面白いことを書きます。
Jan 18, 2004
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すき焼きと言えば、小学生だったときに担任の先生に聞いた話を思い出す。『あるところに金持ちとその金持ちの家で働く男がいました。金持ちはすき焼きには値段の高い赤身の牛肉を入れて食べてました。ところがその家で働く男は貧乏だったので、すきやきには赤身の肉ではなく牛肉の安い脂身を入れて食べていたのです。そして数年後、ぜいたくばかりしていた金持ちは死んでしまいました。でもぜいたくをしなかった男は長生きしました。……だからみんなもぜいたくをせずに、脂身も食べたり、魚も高いマグロやタイばかりじゃなくて安いイワシやサンマを食べないといけないよ』 と、いうことだった。それが原因で今でもすき焼きの脂身は大好きだったりする。 今にして思えば赤身のほうが健康的なんですけどね。小学生は純真だ。
Jan 17, 2004
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ミッ○ーマ○スと言えば、某巨大遊園地のマスコットねずみである。その某巨大遊園地にも何回か行ったことがあるが、何度行っても大人を夢中にさせるのはさすがだ。あの場所では、大の大人がミッ○ーマ○スに夢中になって握手を求めたりしても全然浮いたりしない。いくら童心に返っても、あの場所なら許される。そんな異次元空間があの某巨大遊園地であり、そこの住人の代表が、ミッ○ーマ○スなのだ。 現実の存在であるはずがないのは分かっている。そもそもアメリカの開拓時代に郷愁なんか感じるはずはないのだが、何故かあの某巨大遊園地は懐かしい場所であり、ミッ○ーマ○スも何故か昔からの友達のような気がする。 成功したマーケティング戦略に踊らされているということは、十分承知の上なのだが、そんなことはもうどうでもいいぐらいの気持にさせてくれる夢があるのも確かだ。 で、結論として何が言いたいかというと、ミッ○ーのほうが、そのガールフレンドのミ○ーよりも色っぽい身体のラインをしていると思うのだが、どうだろう? あのおしりの丸い感じが何とも良いのだが……。変態?
Jan 16, 2004
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夏休みというのは考えてみると、実に長期間の休暇であるなと、社会人になってみるとつくづく思う。40日間も休みがあるだなんて感覚は、もうはるか記憶のかなただ。現在、年末年始の休みが短ければ6日間、土日が上手く連続すればもう数日プラスされるが、それでも10日を超えることはない。そう考えると改めて学生時代の夏休みとは長いものだと思う。10日過ぎてもまだ30日、つまり1ヶ月まるまる残ってるわけだから。 じゃあ、今の私はそれだけの長期間の休みが欲しいのかというと、ちょっと考えてしまう。だって40日間も休んでしまったら、絶対にもう仕事をしたくなくなると思う。やはり休みというのは、『ちょっと足りないな』と思うぐらいがちょうど良いのだろう。それにそんなに休みが有っても遊び倒すだけの金がないし……。 まあそれはそれとして、もしも先立つものとしての十分なお金があり、その上で40日間もの夏休みが有ったとしたら、いったい何をするかな? ……家でゴロゴロする。 そんな考えが一番に浮かんでしまった私はダメ人間でしょうか? それにしても真冬に夏休みという話題で良いのかな? まあいいか♪
Jan 15, 2004
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『釣るな』と言っても魚釣りの話ではなくて、カモをおびき寄せて釣る。の『釣る』なのだが、まあ聞いて欲しい……。 会社から帰宅する際の電車の中、私は横長の席に座るとWindowsCE機であるモバイルギアを鞄から出すと膝の上に乗せて趣味の小説を執筆し始めた。最初は良かったのだが、途中の駅から女子高生の2人組が乗ってきて、私の正面に座ったのだった。そこからが事件(?)の始まりだった。 彼女達は制服のミニスカートをはいているのだが、寒さの為だろうけどスカートの下に体育用のスパッツをはいていた。そのせいで安心しているのか、だらしがない格好で座るわけですよ。普通に座っている体勢からそのままおしりを前方に滑らせて、背中が背もたれから座席そのものに半分ずれている体勢と説明しておきましょう。 その体勢では、スカートの中が見えそうで見えなくて、でもやっぱり見えそうという感じになるのです。でも、スパッツはいてるからこっちもそんなに気にすることないやと、そのまま執筆作業をしていたのですが、キーボードを打ちながら液晶画面に目を走らせているさまは、向かいの女子高生達には、私がチラチラと盗み見をしているように見えたらしいのです。 どうもそういうようなことを言っている会話が、聞こえるのです。というか普通の声でそうしゃべっているのですよっ! つまりまわりに聞こえるような声でっ! その発言の詳細は省くが、『こら、女子高生2人組っ! スパッツはいてるからと言って、どんな格好で座ってても良いとは思うな。そしてそんな格好で座っていたら見られてもしょうがないと覚悟をしろっ! その覚悟が無いならそんな格好をして座るな。だいたい下にスパッツはいてるスカートなんか誰が覗くかっ! ……ピンク色した毛糸のパンツなら見ても良いけど♪』 まったくもう、あんな格好をするなんて、あの女子高生たちはわざと純情なおじさんたちを『釣っている』のでしょうかねえ。
Jan 14, 2004
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世の中に美人はめったにいない現実を、私達はつい忘れがちである。街を歩いて、向こうから歩いてくる人の顔を観察していると、まずめったに美人はいない。もちろん美男もいないのは言うまでもない。改めて観察してみると、世の中に美人というのは希少な存在であるというのが分かる。 なぜそう思うかというと、私達がまわりの人間を美人かそうでないかを判断する基準が、いつもテレビで見る芸能人たちを基準にしていることが多いからだ。そんな高レベルな人達を基準にしたら、世の中の人間の大半は美人ではなくなってしまう。しかし普段はあまりそういうことに気づくことは無い。 もしも世の中にテレビとか映画、写真というものが無くて、他人の顔を見るのは自分の肉眼だけという時代なら、きっと美人の基準というのも、ごく普通のレベルだったはずだと思う。 まあ、何がいいたいかと言うと、男も女もあんまり高望みするなということだ。 それから男に対して女性は、目には見えにくい財力というものも求めることが多いが、そういうものを求めすぎる女性は、美人を求めすぎる男性と同じでみっともいいものではない。自分の顔と財布の中身をもう一度確認してから、相手にも求めるべきだと、今日はちょっと苦い一言を言って終わる。 ちなみにこれは特定の誰かに言ったものではないことをお断りしておきます。
Jan 13, 2004
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たき火といえば、昔、まだ私が5歳未満の頃、母方のお婆さんと一緒に家の裏でたき火をしていたら、土手の枯れ草に火がついて、土手が一面火の海になったことがある。当時の他のことはあまり覚えてないのに、そのことだけは細部まで結構覚えているので、やはり子供心にもショックだったのだろう。 しかし、たき火というものを最近はしなくなった。たき火からはダイオキシンが出るとかで禁止をする自治体が目白押しだ。それに消防上も危ないのだろう。 でも、やっぱりたき火というのは楽しいと思う。あの火を見ていると、心が落ち着くとは思いませんか?それはそうと、私の本体サイトにおいて新作小説公開開始しました。 妖精的日常生活 第13 妖精の集会 ? です。
Jan 12, 2004
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のび太と言えば、ドラえもんにでてくる彼である。のび太は色々とダメなところの多い子供であるが、射撃の腕はピカイチでその才能は誰にも負けないものを持っている。……のであるが、現代日本においてはほとんど意味の無い才能である。 これと同じことは色々な人にも当てはまるかもしれない。いくらすごい才能を持っていても、それが役立つ場面、状況が必ずしもその人に与えられるとは限らないのだ。 しかし、しかしである。じゃあ今なんの取り柄も無いと思われている人にも隠れた才能がっ! と、期待してもそれは無理な相談である。本物の才能を持っている人は、それなりの状況であったとしても、才能の片鱗というものをみせるものだからだ。 実はのび太も、すごい才能を持っているのだ。記憶に頼って書いているので、ちょっと違うかもしれないが、のび太の元にドラえもんがやって、これからのび太の元に起こる悲惨な未来を説明する際、大学を卒業してもどの会社も雇ってくれなかったので、仕方なく自分で会社を作って社長になったと説明されていた。既にのび太は起業家だったのだ。 起業をするということは1人だけではなく、それなりの協力者もいたことだろう。のび太の作った会社がどうなったかまでは覚えて無いが、少なくとも人を引きつける魅力をのび太が持っていたことは確かだろう。 あののび太のどこにそんな魅力が? と思わなくもないが、考えてみればのび太は登場人物達の中で、もっとも自分に素直に生きている。寝たい時に寝て、食べたい時に食べ、だらしなく生活している。それでもあれをしたいこれをしたいという欲望だけは人一倍だ。今の時代、そういった欲望を全開にした生き方って、実は魅力的なんではないだろうか? 未来にしらけて自分で自分に限界を作って諦めている人間にしてみたら、表面上ダメダメ人間であるのび太が、あれほど欲望を全開にして生きているのって魅力的じゃないだろうか? 私自身は、何だかうらやましい生き方だと思う。 それはそうと、日記のネタが最近ちょっと苦しくなってきたな。明日からは原点に戻ってもう少しシンプルにしてみよう。
Jan 11, 2004
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悪者、つまりフィクションの中の悪役というのは、物語を書く上で、どうしても外せない存在だ。主人公が活きるも死ぬも、魅力的な悪役を創造できるかどうかにかかっていると言っても言いすぎではない。 私も趣味で小説を書いているが、主人公はどういう理由で何と戦っているのかという点だけはよく考えてから書くようにしている。すぐに悪役がでてこなくてもいい。最終的にどんな状況と戦うのかという点がしっかりしていないと上手くいかないと思うからだ。 余談だが、昔は悪役と言えばもう誰から見ても絶対的な悪で文句のつけようがないという悪役が主流だったが、最近は善悪が相対化されていてどちら側から見るかで、善玉と悪玉が入れ替わるのが普通だ。この流れが定着したのは、アニメの世界では機動戦士ガンダムあたりからだったが、その時にガンダムを見て育った世代がそろそろ実社会の主流になりつつあるから、やがてはその意識が政治にも反映するのかもしれない。 イラクのフセインや、アルカイダのビン・ラディンだけが悪いわけではなく、アメリカのブッシュだけが善でもない。どちらの側にもそれぞれ納得のいく理由があるわけだし、またその理由に納得する国民も反対する国民もいる。そんな現実を子供の時から理解しているガンダム世代が政治の主流となるまでもうあと少し……。そうなったとき、日本は変わるのだろうか? 話を戻して、物語を書く上で魅力的な悪役の存在は不可欠だ。絶対的な悪も絶対的な善もストーリーを単純化させてしまい、話をつまらなくしてしまう。時には悪役に感情移入出来るような設定やストーリー展開も大事だ。 逆に言うと、表面上、絶対的な悪に見える悪役を出す場合、その行動原理が納得いくものでない限り、最近の読者・視聴者は納得しないはずだ。創作活動をする上で、魅力的な悪役、納得出来る設定の悪役を作り出すことが出来たら、そのストーリーはもう、半分成功していると思う。 ちなみに現実世界の悪者にだって、悪を行うべきそれなりの理由がある。もしもそれを理解出来ない場合、その人は世界の半分を見ていないことになるのかもしれない。 ……真面目に書きすぎたなあ。明日はもう少し軽い話題にしよう。
Jan 10, 2004
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電車の中で携帯電話を使い、大声で喋る人が減ったような気がする。前はもっとうるさかったような記憶があるが、最近はなんだか静かだ。マナーが向上したのかと一瞬思ったが、よく考えてみれば単純に通話をする人が減ったかわりに、メールをする人が増えただけの話だと気がついた。しかしキーボードから打ちこむならともかく、携帯電話のキーであれほど高速に文字を打ちこむのはさすがだ。 それはそうと、メールというか文字で感情を表すために、古くは (笑) とか (爆) とかいう文字を使っていたが、最近ではさまざまな顔文字や、いわゆる AA の類を使うようになってきている。これを嫌う人もいるかもしれないが、私としては文字で感情を表す手段として、使いすぎない程度に使うなら有効な手段だと思う。 そもそも会話文だけを書いて感情を表現するのはかなり難しい。台詞と感情が一致しているならともかく、それが乖離している状態では不可能だ。例えば、『こっちへいらっしゃい』という台詞だけからどう感情を読み取ることができるだろうか? もしかすると発言者は、甘えた声を出しながら言っているかもしれないし、または怒りに震えて言っているのかもしれない。試しにそれをこう表記してみよう。 1.「こっちへいらっゃい♪」 2.「こっちへいらっしゃい(怒)」 台詞そのものは一緒だが、表される感情は別物だ。これが小説の場合だったら地の文で感情を解説することで解決できるのだが、通常携帯のメールでそこまでする人はあまりいない。会話文のみを書いている人が大半だ。だからこそ感情を表す手段としての顔文字等が重宝されるわけだ。 しかし同じことを小説でやりすぎると非常に軽薄というかうざったくなるというか、あまり読者に良い印象が与えられなくなる。というわけで会話文とともに状況を解説する地の文が重要になってくるのだ。 またこれが漫画だと話が違ってくる。漫画の文章は台詞だけだが、感情の表現は絵が担っているので文章でそれを解説する必要が無いのだ。登場人物の顔が笑っているか、怒っているかを見れば、『こっちへいらっしゃい』という台詞の感情がすぐに理解できるわけだ。この点、小説は漫画にかなわない。 じゃあ、漫画のほうが表現手段として上かというとそうでも無いというところがおもしろい。例えば、小説には可能だが漫画には絶対に無理な表現がある。それは……、『その女の子は誰が見てもブスとしか言いようがないほど酷い顔をしていたが、何故かそのときの彼女の笑顔はとても可愛く見えた……』 この表現は小説、つまり文章ならとても簡単に書けてしまうのだが、これを漫画で表現しようと思うと不可能なのだ。嘘だと思うのなら、絵が描ける人なら一度描いてみて欲しい。 ……どうかな? 描けたかな?
Jan 9, 2004
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【か】が続いてしまったが、たまにはこんなこともあるだろう。 さて、髪の毛の話をしよう。若い人にはまだ何の実感も無いだろうが、私の年になるとだんだんと髪の毛が薄くなってくる人がいる。かくいう私もその1人だ。頭頂部の髪の毛を手で掴んで力を入れずに引っ張っただけで、毛根が枯れ果てた髪の毛がごっそりと抜けてしまう。家族は抜くなと言うが、抜かないと痒くてしょうがないのだ。やはり死んだ髪の毛が頭皮に貼りついているというのは、血行の関係で痒くなるのだろう。 20歳代の頃は散髪屋で、『君は30歳になるまでには禿るな』と言われたことからすれば、40歳まで何とか頭に髪の毛があるのはたいしたものだと思うが、ここ数年で極端に髪の毛の質が変わってきたのを実感する。頭頂部の髪の毛はやわらかくて細くて、もう猫の毛のようである。触れば完全に違う。側頭部に生えている髪の毛はまだ硬くしっかりしているのと比べると、まるで別人の髪の毛だ。 今さら育毛剤を買ってきて何とかしようとか、カツラを買ってかぶろうとは思わないが、もしもこの先もっとすばらしく禿あがったら、帽子をかぶるのも良いかなと思う。 しかし、中と半端に禿るのはみっともなくて嫌だな。禿るならいっそのことツルツルに禿たいものだ。
Jan 8, 2004
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今日は簡単に……。イルカは漢字では海豚と書くが、やはり中国人はイルカを食べていたんだろうか? 縄文人の貝塚からはイルカの骨が出てくるらしいから、日本人が昔からイルカや鯨を食べていたのは間違いないが、あまり中華料理の食材としてイルカや鯨が使われているということを聞いたことがない。単に私が知らないだけかもしれないが、ためしに検索をしてみたが、最初のほうに出てくるサイトだけで判断すると、中華料理の食材としてイルカや鯨が使われているという記述は無い。 飛んでいるものは飛行機以外、四足のものはテーブル以外は何でも食べてしまうのが中国人であるとは良く言われていることだが、はたして泳いでいるものは潜水艦以外なら全部食べるのだろうか? それともやはり中国人はイルカや鯨を食べないのだろうか? はたして真実はいったいどうなっているのだろう? なんだかどうでも良い疑問だが、ふと思ったので書いてみました。
Jan 7, 2004
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特に冬場は、換気に注意しないといけない。石油ストーブやファンヒーターを使っていると、知らない間に二酸化炭素濃度が上昇し、中毒になるかもしれないからだ。 しかし世の中には、もっと身近なケースで換気に注意しないといけないことがある。それは…… 『ちゃんと息をしましょう♪』 ……ということだ。何? 意味が分からないって? いや、実は私は慢性的な鼻炎で年中24時間無休で鼻が詰まっているのだが、まあ通常はメンソレータムとかを鼻の穴に塗って何とか息は出来るレベルの鼻づまり状態を保っているのだ。ところが時間が経つと段々とメンソレータムの効果がなくなってきて、鼻づまりがひどくなってくる。その状態でも意識がちゃんと鼻づまりに向いていれば対処も可能なのだが、問題は何かに熱中しているときだ。 たとえば仕事、たとえば趣味の小説書き……。キーボードに向かって集中していると、ふと脳味噌が酸欠になり身体がぐらりとする。意識がブラックアウトの一歩手前になる。目の前が一瞬暗くなる。 そんな状態になってしまうのだ。嘘のようなホントの話である。種明かしをすると、私はいつものように息をしているつもりなのだが、鼻が最高状態に詰まってしまうと、いつも通りの息の仕方では力が足りなくて、吸うことも吐くことも出来ない状態になってしまうのだ。そしてしばらくすると、前記のようになってしまうというわけだ。 というわけで皆さん。換気には注意しましょう♪
Jan 6, 2004
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先日、ゲームのことを書いたが、ロールプレイングゲームの中のお金というと、名前そのままのゴールドに代表される金貨が主流である。 まあファンタジーな世界で紙幣とかクレジットカードを持っているというのも興ざめなのでそれはそれで良いのだが、金貨は重い。冒険の序盤はともかく、終盤にもなるとそれはもう大量の金貨を持ち歩くわけで、下手をすると装備した武器や防具よりも重いなんてことがあったりするかもしれない。 ハッ! もしかすると冒険者達は重い金貨を持ち歩くことで鍛えられているのかっ!? ……そんなわけないか。 でもね、ゲーム中にお金を預かってくれる銀行ってあるでしょ? あれって世界的に支店網があるんだよね。どこの街でも入金出来るし、どこの街でも出金出来るというすごい銀行だよ。現代日本ですら、どの銀行からでも入出金出来るように提携関係が結ばれたのはここ数年のことなのに驚きです。あそこまで信用経済が発達した世界で、いまだに金貨を使っているのは解せないと……、そんな野暮なことまで考えてしまったりする。 まあそれはそれとして、金貨と言えば思い出すのが、昭和天皇在位60周年記念の10万円金貨だったりする。当時のレートで、10万円の金貨に対して金の重さから計算すると4万円の価値しか無いということで、国外から大量の偽造金貨が流入して問題になり、大蔵省(当時)が問題を隠蔽する為に金貨を市中からずいぶんと回収したという噂を聞いたことがある。 そりゃあ4万円分の純金をちゃんと使って偽造金貨を作っても、製造コストを考えなければそれだけでもう6万円の差額が手にはいるんだから、偽造団にしてみたらおいしいだろう。 というわけで日本国内で発行された久しぶりの法定金貨は、今はほとんど流通していない。信用経済が発達した現代にあっては、金貨よりも単に紙切れのお金とか、電子世界の数字のほうが価値があるというわけだ。 まったく、情緒(?)が無いことだね。
Jan 5, 2004
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私がいつも通勤で利用している自宅近くの私鉄駅は、午後8時を過ぎると無人駅になってしまう。ひとつ手前とひとつ先の駅は有人駅のままなので、ちょっと悲しい。 ついでに言うと、朝の6時半ころは、駅員がまだ出勤していないか、出勤していても自動改札機がまだ稼動していないので、実質上は無人駅と同じだったりする。 というわけで、朝6時半ごろまでに最寄り駅に着き、夜の8時以降に自宅のある駅まで戻ってくるという通勤スタイルを続けると、ずーーーと、無人駅状態しか体験しないということになるのだ。 一応名古屋市内のはずなのに、実質無人駅……。都会の中の過疎化とはちょっと違うが、自分の住んでいるとこが、本質的には都会とは言いがたいところなんだということを思い知らされてしまう現実である。
Jan 4, 2004
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ゲームで印象に残るといえば、やはりファミコン版のドラゴンクエストⅢである。それ以前にもファミコン版の女神転生をやってはいたが、ロールプレイングゲームに完全にはまったのはこれからだからだ。 最初はニュース等で流行っているということで、会社帰りにバス停前のおもちゃ屋で抱き合わせ販売のを買ったのだ。合わせて1万円弱だったが、当時は独身で金もあったし同時に暇でもあったので、迷うことなく買いました。 で……、当然のごとくはまりましたね。最初の日はとりあえずアリアハンからロマリアまでの冒険をこなし、毎日帰宅するとすぐにドラクエ世界の冒険へと繰り出す。世の中にこのようなおもしろいものがあったのかと、目からうろこが何枚も落ちましたね。 ちなみに私はお金を貯めて武器や防具を買うのも楽しかったですね。新しい街を発見してそこの人達と交流して店をまわり、買い物の為のお金が足りなければ街の周辺でモンスター退治に精を出す。充実した日々でした。中にはモンスターを倒したときに手に入る珍しい武器や防具も魅力でしたね。【らいじんのけん】を中盤で手に入れることが出来て、かなり重宝しました。 しかし、苦労したのは【あさせ】です。浅瀬は陸の側にあるはずだとの思いこみから、世界中の海岸線を何周したことでしょう……。いたずらにレベルばかりがあがってしまい、ラストのボス戦がものすごく楽だったのを覚えています。それにしても【浅瀬】があんな海の真中にあったとは……。 とにかく私がゲームを語る場合、どうしてもはずせないのがドラクエです。ちなみにドラクエⅤをプレイして、結婚願望が急速に出てきたというのは、良い思い出です。……青春だなあ。
Jan 3, 2004
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宴(うたげ)を辞書で引いてみると、酒宴とか宴会のことだとある。まあ宴会は好きだが、最近、会社がらみの宴会の場合は、完全には楽しめないことが多い。会社のポジション上、どうしても幹事を引きうけることが多いので……、というかまず幹事の立場でしか宴会に参加することはないので、心の底からは楽しめないのだ。 その点、ネットつながりのオフ会の場合、私は年間で3回参加するのだが、そのうちの2回は幹事ではないので、かなりリラックスして参加出来るので楽しい。 リンクを貼っている「妖精さんの本だな」ではかなり頻繁にオフ会を行っており、公式オフが、春の名古屋、夏の東京、秋の大阪と3回あり、その他にも東京や大阪では突発的なミニオフがある。さらに九州とか北海道ですら場合によってはオフ会が行われるので、もはやオフ会ではなくオン会だといわれる程になっている。 まあそれはそれとして東京と大阪の公式オフでは幹事は現地の人がしてくれるので嬉しい。名古屋オフの場合は私が地元なので幹事を引きうけるのだが、まあこれも会社の宴会の幹事を引きうけるよりは、はるかに楽しい。 もしもこのサイトのリンクから、「妖精さんの本だな」に飛び、そこの小説を読んでおもしろいと思ってくださった方は、今度は4月の頭に名古屋でオフ会を行いますので、参加可能な方は、是非ご参加を考えてください。 今日は宣伝になってしまいました。
Jan 2, 2004
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新年明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。 さて、新年になったばかりでなんですが、『来年のことを話すと鬼が笑う』と言います。何故いつもいかめしい顔をした鬼が笑ってしまうかというと、来てもいない年のことを話すことが、あまりにも馬鹿らしいから笑ってしまうのだそうです。つまりこのことわざは、日本人の今この瞬間を生きるという日本人の現実的な感覚を表しているのです。それはそれで良いのですが、このことわざには夢を語るという感覚が無いのです。 誰しも将来の夢というものがあるはずですが、何年も先に実現するかしないか分からない夢に向かって努力する姿勢は、このことわざからは導かれないわけです。たとえば何かのプロになることを目指して努力するというのは、まさに来年どころか数年、十数年先のことを話すことに等しいからです。 そんな夢のような話を……、と笑い飛ばすのは簡単ですが、その夢のような話に向かって今努力しないと、その夢はいつまで経っても夢であり、現実にはならないということに気づいている人がどれだけいるでしょうか。 自分の夢を現実にするには、夢見続けて夢が少しでも現実になるように努力することです。その際、まわりの人は鬼となり笑い続け、その夢を馬鹿にするかもしれませんが、夢を現実にしたければその笑いに負けることなく夢み続けないといけないのです。 私もいい年になってしまったわけですが、こんな年になってからこういうことに気づくと、なんでもっと若いときから……。と、思わなくもないですが、夢みる気持ちに年齢差は無いと開き直っています。 そういえば数年前に放送していたテレビアニメに、「魔法少女プリティーサミー」というものがありましたけど、そのオープニング主題歌の一節に、『夢も、見続けていれば、夢ではなくなり、現実になる……』という意味のフレーズがありました。原文は著作権の関係上、引用を差し控えさせていただきますが、あの歌はおちゃらけた雰囲気だったにも関わらず、その部分はずっしりと重く感じたことを覚えています。
Jan 1, 2004
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