全30件 (30件中 1-30件目)
1
地の底から響いているような轟音と激しい揺れの中、ルドルフは必死に病院から脱出した。「ルドルフ様、こちらへ!」ユリウス達がルドルフに向かって手を振っている。ルドルフは全速力でユリウス達がいる方へと走った。「なんとか間に合いましたね・・」「ああ・・」先ほどまでルドルフがいた場所では、窓という窓から炎が噴き出している。「早くここを離れましょう。」「地下通路にいた子ども達は?」ルドルフの言葉にユリウスは首を横に振った。「・・そうか。」ルドルフが病院をしばらく見つめていると、病院は轟音を響かせながら崩壊した。「早く乗って!」ルドルフは我に返り、車に乗り込んだ。 全身泥だらけとなったユリウス達が、マンハッタンのマンションへと着いたのは深夜の2時半だった。「シャワー浴びてくるね。」ジュリオはそう言って泥だらけのナース服を脱ぎ捨て、全裸になって浴室に入った。「ルドルフ様、御髪を梳いてもよろしいですか?」「ああ。」ユリウスは櫛で腰まで伸びたルドルフの髪を優しく梳いた。「爪が伸びていますね、後で切りましょうね。」「ああ、頼む。それよりもシャワーを浴びたいんだが・・」「ジュリオが入っています。」「それでもいい。部屋を泥だらけにしたくないからな。」ルドルフはそう言うと浴室に入った。「ジュリオ、入るぞ。」「いいよ。」一足先にシャワーを浴びたジュリオがそう言ってルドルフに微笑んだ。「バスタブにお湯張っておいたよ。酷い匂いがするよ、ママ。」ジュリオはそう言って鼻を摘んだ。「ありがとう。」ルドルフはシャワーのコックを捻り、全身に温かい湯を浴びながら身体を洗った。全身から半年分の黒い垢が流れ、汗と返り血とともに排水口に流れていく。身体を洗った後、ルドルフはバスタブに浸かり、目を閉じた。目を開けると、そこは懐かしい王宮庭園の中だった。(どうして・・私は・・)「ルドルフ。」懐かしい声がして振り向くと、そこには姉のジゼルが立っていた。「姉上、どうしてここに・・」「ルドルフ、久しぶりね。あれからもう100年以上も経つのね。」ジゼルはそう言って弟に微笑んだ。「ええ・・でももうすぐ終わります。後少しで・・」「ルドルフ、無理をしないでね?」「はい・・」ルドルフはそう言って涙を流した。「アフロディーテのことは任せたわ。あなたがアフロディーテを救ってあげて。」「ええ・・私はアフロディーテを倒して、自分も死にます。」ルドルフは下腹をそっと撫でた。 ユリウスとの愛の結晶が、この身に宿っているとしても、アフロディーテを倒して自分も死ななければならない。自分達は混沌と破壊、死しかもたらさない魔物。滅んだ方がいいのだ。「本当に、それでいいの?あなたは本当は、生きたいって思っているんじゃないの?」「私はこれまで生きたいと思ったことはありません。あの日から・・アフロディーテがこの世に解き放たれた日から、私は常に死に向かって歩いてきました。私とアフロディーテの戦いの所為で、いつも多くの人々が死んでいきました。今日も私の所為で、何の罪もない子ども達が・・」ルドルフはそう言って俯いた。「ルドルフ・・」ジゼルはそんな弟を辛そうに見た。「あなたの気持ちは分かるわ・・アフロディーテはわたし達とは違って、皇族としてである前に、人間的な生活を何ひとつ送ってなかったんだもの。あの子は常に本能のままに動いてきたわ。でもアフロディーテの気持ちも分かってあげて?あの子は誰にも愛されずに、誰にも必要とされずに育ったのよ。」「そうであっても、アフロディーテがしたことは許されることではありません。だから姉上、私はこの手でアフロディーテを討ちます。」ルドルフはそう言ってサーベルに手を伸ばした。「そう・・あなたの心はもう決まってしまったのね。それなら仕方ないわ・・」ジゼルはそう言ってルドルフの手を握った。「これだけは忘れないでね、ルドルフ。どんなことがあっても、自殺なんてしないで。あなたの命は、あなただけのものじゃないのよ。」「わかりました、姉上。」ジゼルはルドルフに微笑んだ。「じゃあね、ルドルフ。」庭園を去っていくルドルフを、ジゼルは姿が見えないまで手を振った。「ん・・」どれくらい寝ていただろうか?ルドルフはバスタブから上がり、バスローブを巻いて浴室を出た。「お風呂はどうでしたか?」「良かった。ユリウス、爪を切ってくれないか?」「わかりました。」ユリウスはルドルフの爪を切った。「バスタブで姉上と夢で会った。」「そうですか・・ジゼル様はなんて?」「私がアフロディーテと戦って、アフロディーテを殺して自分も死ぬということを言ったら、姉上は自殺なんて考えるなって言ってくれた。」「本当に、アフロディーテを殺した後自殺するおつもりですか?」「ああ。私達にはもう、それしか残されてないから。」ルドルフはそう言って髪を弄った。「ウィーンに行く。チロルへもだ。」「私も、お供いたします。」ユリウスはそう言ってルドルフの髪を撫でた。数週間後、ルドルフはコロンビア大学へと向かった。「そうか・・君のような優秀な人材が去るのは惜しいね。」「すいません、ご迷惑をお掛けした挙げ句、退学なんて・・」「事情は聞かないよ。人には誰だって言えない理由がある。オーストリアに戻るそうだね。」「はい。」「そうか。身体に気をつけるんだよ。」教授はそう言ってルドルフに微笑んだ。「あなたと会えて、光栄に思います。」ルドルフはそう言って、部屋を出ていった。「挨拶は済みましたか?」「ああ。行くか。この街とはお別れだ。」ルドルフはコロンビア大学の校舎を見ながらタクシーに乗り込んだ。数時間後、ルドルフはウィーン行きのファーストクラスで、読書をしていた。活字を目で追っていたが、脳裏にはホーフブルクでの幸せな日々が浮かんでいた。―ルドルフ、どんなことがあっても、自殺なんてしないで。あなたの命は、あなただけのものじゃないのよ。ジゼルの言葉が、何度も何度も脳裏に浮かんだ。ウィーンでーオーストリアで自分達に待ち受けるものは何なのか、わからない。だが、これだけは言える。アフロディーテを殺して、自分も死ぬ。それしか、自分達に残された道なのだから。(すいません、姉上。私はもう、後戻りはできないんです。)飛行機は、ウィーン国際空港へと降り立とうとしていたー-第13章・完-
2008年08月16日
コメント(0)
病院内に仕掛けられた爆弾は、一斉に爆発した。廊下や病室、ナースステーションが、瞬く間に紅蓮の炎に呑み込まれていく。「クソッ、ここから脱出しないと・・」そう言ってヴァチカンの“追跡者”・セオは舌打ちした。この建物が崩壊しない内に、安全な所に逃げなければ。セオは痛む足を引きずりながら、病院の出口まで来た。その時、マシンガンの銃弾が彼の全身を貫いた。「くそう・・」セオはそう呟いて床に倒れた。その拍子に携帯電話が床に落ちた。『セオ、よくやった。』「猊下、何故・・何故ですか?」『ルドルフはまだこの建物内にいる。だが彼はもうじき死ぬだろう、お前と共に。』「そんな・・わたしは猊下にいつも尽くして参りました・・それなのに・・」『所詮、お前は私にとっての駒に過ぎなかったのだよ。』氷のような冷たい法王の声を聞き、セオは絶望に襲われた。「最初から・・わたし達を・・見捨てるおつもりだったんですね・・」『今更それを聞いてどうする?私がどういう人間か、わかっているだろう?』法王は自分の利益になりそうな人間しか使わない。そしてその人間が役目を終えたら、ゴミのように捨てる非情な男だ。セオはいままで歩んできた人生を思い出した。孤児だった自分を育ててくれた法王。愛情深い父親の姿はかりそめで、真の姿は欲深く、冷酷な男だ。『さらば、セオ。汝の魂が安らかにならんことを。』セオは法王の言葉を聞けなかった。その頃、ルドルフは病院の屋上へと向かった。人の気配を強く感じる。(どこにいる・・) そう思いながらルドルフが日本刀を構えていると、背後から白衣を着た男が襲いかかってきた。「何者だ!」「我は“追跡者”・アルフォンス。その首貰い受けるぞ、ルドルフ!」白衣の男はそう言ってサーベルを振りかざした。激しい剣戟の音が、屋上に響いた。同じ頃、地下通路ではジュリオに右目を潰されたエルンストが喘いでいた。「あいつ・・絶対に覚えていろ・・今度見つけたらただじゃおかない・・」なんとか起き上がると、胸ポケットにしまっていた携帯が鳴った。『エルンスト、皇太子は殺したか?』「いいえ。後少しのところであいつの仲間に邪魔をされました。」『そうか・・ウィーン行きの航空券を用意してある。』「わかりました。いつも感謝いたします。」『勘違いするな、お前はただの駒。それだけのことだ。』「わかってますよ、そんなことは。」エルンストはそう言って携帯を閉じた。「こんな不潔な場所にはいられないな・・家に帰ってシャワーを浴びないと・・」白衣に付いた泥を払いながら、エルンストは出口へと歩いていった。 フランス・ボルドー郊外に建つ壮麗なシャトーの中にある一室で、ある男が暖炉の前に座っていた。「ご主人様、エルンスト様から連絡は・・」「あった。片目を潰されたが、なんとか生きている。」「左様でございますか・・では気がかりなのはベルナルト様ですね。」「あいつのことは放っておけ。あいつはこのアウストリア家を見限った男だ。利用価値すらない。」そう言ってリカルド=アレキサンドリウス=フォン=アウストリアは暖炉の火を見つめた。「早く皇太子を殺さなければ、世界は混沌と破壊に満ちることとなる。」「では私もお手伝いを致します。」黒髪の執事はそう言って主を見た。「そうか・・有り難いな。お前がもしわたしの息子であったらよかったのに。」リカルドは溜息を吐き、ソファに身を沈めた。病院の屋上で、ルドルフは“追跡者”と死闘を繰り広げていた。「なかなかやるなっ!」ルドルフはそう叫んで“追跡者”の腹部に穴を開けた。「おのれ・・」“追跡者”は吐血し、床に倒れた。「早くここを出ないと・・」 屋上から病院の正面玄関へと降りたルドルフが自動ドアから出ようとすると、轟音が病院内を包み、激しい揺れが彼を襲った。
2008年08月16日
コメント(0)
「目が、目がぁぁっ!」エルンストは右目を押さえ、悲鳴を上げながら床に転がった。「こんなんじゃ、あんた達に殺された子ども達の仇討ちにはならないけれど、僕の溜飲が下がったよ。」ジュリオはそう言ってエルンストに背を向けた。「行こう、ママを探そう。」「ああ。」その頃、ルドルフとアフロディーテは死闘を繰り広げていた。「もうそろそろ終わりにしましょう、兄様。もうすぐ爆破されてしまうわ、何もかも。」「ああ。」ルドルフはそう言って日本刀を構えた。「行くわよ!」アフロディーテがそう叫んでルドルフに突進しようとしたとき、轟音が地下通路中に響いた。「何・・?」「なんだ?」ルドルフとアフロディーテは、轟音が近づいてくるのを感じた。「どうやら勝負はウィーンでつけることになるわね、兄様。」アフロディーテはそう言ってルドルフに背を向けた。「待て!」「ルドルフ様!」ユリウスはルドルフの方へと駆け寄った。「ユリウス、どうしたその格好は?」「詳しく説明している暇はありません。それよりもルドルフ様、もうすぐこの地下通路は浸水します。」「ああ・・ジュリオ達はどこにいる?」「ママ、ここだよ!」ジュリオはそう言ってユリウス達に手を振った。「早くここから脱出しよう。」ユリウス達は地下通路を出ようとしたが、濁流が4人を襲った。「手を離さないで!」ユリウス達は互いの手をしっかりと繋いだ。子ども達の悲鳴が濁流と共に呑み込まれていく。濁流は4人を病院の外に押し出した。「みんな、無事か?」「うん、何とか・・」全身泥まみれになったジュリオはそう言って咳き込んだ。ルドルフは呻きながら、ゆっくりと起き上がった。「ルドルフ様?」ユリウスがルドルフの肩を叩くと、ルドルフはゆっくりと振り向いた。その目は、真紅に染まっていた。「・・ちょっと行ってくる。」ルドルフはそう言って、元来た道を戻った。「お待ちください、ルドルフ様!」ルドルフは地下通路から病院内へと潜入した。(この病院のどこかに・・あいつが、オルフェレウスがいる!)オルフェレウスの気配を感じながら、ルドルフは彼の姿を探した。(気のせいだったか・・)そう思い、ルドルフが病院を出ようとしたとき、ルドルフめがけて矢が飛んできた。「久しいな、ルドルフ。」「オルフェレウス!」ルドルフはそう言ってオルフェレウスを睨んだ。「この病院はもう爆破される。それが何故だかわかるか?利用価値がなくなったからだ。」「利用価値?」「ああ。この病院は、新薬による人体実験場として使われていた。それともうひとつ、我々魔族の餌場にもなっていた。アフロディーテは毎日喜んで患者達の血を啜っていたよ。」「お前達は、なんということを・・」ルドルフは日本刀を構えた。「ルドルフ、お前は私達とは違うと思っているだろう?だがお前は私達と同じ、魔族だ。人を堕落させ、殺し、喰らう化け物だ。それが何故わからぬ?」「わかりたくなどないっ!」ルドルフはそう叫んで、オルフェレウスに突進した。その時、轟音が病院内に響いた。「ウィーンで会おう、ルドルフ。」オルフェレウスはそう言って煙のように姿を掻き消した。
2008年08月16日
コメント(0)
「パパ、どうしたんだろ?さっきから怒ってるような気がする・・」ジュリオはそう言って、険しい顔をしているユリウスを見た。「子ども達のことが余りにもショックだったんだな。そっとしておいてやれ。」「うん・・」ユリウス達は、地下通路へと向かっていた。「ここから地下に入れる。」そう言ってユリウスが地下への階段を降りようとした時、警官達の足音が聞こえた。「いたぞ、あそこだ!」ユリウスはマシンガンを乱射した。「さぁ、行こう。」警官達の死体にも目もくれず、ユリウスはそう言って階段を降り始めた。「パパ・・なんだかおかしいよ・・」ジュリオはそう呟きながらユリウスに続いた。地下通路は薄暗く、視界が悪かった。「ルドルフ様はどこに・・」そう言ったユリウスは、何かにつまずいて転んだ。「どうしたの?」「ああ、何かにつまずいたらし・・」ユリウスはそう言ってその場で吐いた。「どうしたの、パパ?」ジュリオがユリウスの足元を懐中電灯で照らすと、そこには半ば腐敗した人間の頭―子どもの頭が転がっていた。「ひどい・・」「恐らく人体実験で失敗し、処分された子どものものだろう。ユリウスが殺したあの医師は、この地下に子ども達の遺体を捨てていたらしい。」「人間じゃないね、そいつ。」「ああ。でもあいつはそれなりの罰を受けた。」「誰かいる!」ユリウスの声で、サリエルとジュリオは振り向いた。「誰だろう、こんなところにいるのは?」「ルドルフとアフロディーテではないな・・だとしたら誰だ?」「さぁ・・」サリエルとジュリオがそう言い合っていると、足音が聞こえた。「誰だ?」「また会えたな。」そう言ってエルンストが2人を睨みつけた。「あんた、どうしてここを?」「どうしてって?ゴミを捨てに来たのさ。」エルンストはそう言って黒いゴミ袋を持ち上げた。その中身は想像がついた。「ここの病院にいる奴らは、獣ばかりのようだね?」ジュリオはそう言って短剣を取り出した。「残念だが君らと遊んでいる暇はないんだよ。」「どういう意味?」「もうすぐここは爆破されるんだろ?だったら早くゴミを処分しないとね。」エルンストはそう言って鍵束を鳴らした。サリエルはエルンストの背後に手枷足枷を嵌められた子ども達が歩いてくるのを見た。「あいつらを、どうするつもりだ?」「ここに置いておくのさ。逃げないように、ちゃんと柱で縛ってね。」淡々とした口調で、エルンストは言った。それを聞いたとき、ジュリオは激しい怒りを感じた。「パパがキレるのもわかるよ・・あんたみたいな屑がいるから、何の罪もない子ども達が犠牲になったんだ!」ジュリオはそう言って、エルンストに突進した。「遊んでやる暇はないって言ったろう?」エルンストはジュリオを突き飛ばした。ジュリオは壁に激突し、気を失った。「ふん、他愛ない。」エルンストは鼻を鳴らして子ども達を柱に縛り始めた。「助けてぇ」「ここから出してぇ」「怖いよぉ」子ども達の悲鳴を聞き、ジュリオはゆっくりと立ち上がった。その瞳は、真紅に染まっていた。と同時に、地下通路に強風が吹き荒れ始めた。「あんただけは・・許さないっ!」ジュリオはそう言って、エルンストを睨みつけた。彼の全身から、激情の炎が燃え上がっていた。「僕に構うな!」ジュリオはエルンストに突進し、彼に短剣を振りかざした。真紅の血が、ジュリオの白い肌に飛び散った。
2008年08月16日
コメント(0)
「武器を捨てて、跪け!」居丈高にリーダー格と思しき警官がそう言ってユリウス達を睨んだ。「彼らの言うとおりにしてくれるかな?」背後から壮年の、長身の医師が立っていた。どうやらこの病院の責任者らしい。「ひとつ、質問に答えてください。檻に入っている子ども達は、人体実験の実験体として使われたのですか?」ユリウスはそう言って医師を見た。「そうだ。我々は新薬開発の為、日々研究していた。だが動物実験をしてもやがて限界が来る。実験体として成人の男女が欲しかったが、それではすぐに警察に目をつけられてしまう。」「だから・・だから子どもを?子どもを新薬開発の実験体にして・・その子達の親は知っているのですか、我が子がこんな酷い扱いを受けていることを?」「親だと?」医師はそう言って笑った。「この子達には親などいないよ。この子達は孤児院で暮らしているか、ストリートチルドレンか、戦災孤児ばかりだ。身元を保証してくれる大人など最初からいないんだよ。」「だからと言って・・こんな残酷なことが許されるとでも・・」ユリウスはそう言って拳を握り締めた。「この子達は何の利益も生まないが、実験体としては莫大な利益を生む。それに、不死身の身体を手に入れられるのだから、こいつらにとっては嬉しいこと以外何もないだろう?」医師はそう言ってまた笑った。ユリウスは目の前に立っているこの男が憎かった。まるで子どもをゴミのように扱っているこの男が。脳裏にミハエルの涙が浮かんできた。自分達に捨てられ、ミハエルは孤児院で厄介者扱いされていたのだろうか?檻に入れられ、生きた屍となった子ども達のように。そんなことがあってはならない。「子ども達をここから出してあげてください。もうすぐこの病院は爆破されます。」「そいつらは失敗作だ。あとは廃棄処分するだけだ。」冷淡な口調でそう言い捨てた医師は、警官に向き直った。「こいつらを全員、始末してくれ。」「ですが、子どもを・・」「こいつらはもうゴミだ。」警官は一瞬躊躇ったが、部下に命令を下した。部屋にマシンガンの銃声と、子ども達の悲鳴が響いた。「助・・け・・て・・」 警察の一斉射撃を受けた子どもは、全身から血を流しながらユリウスのナース服の裾を掴んだ。「助・・け・・て・・まだ・・死に・・た・・く・・」パタリと力なく手が床に落ち、子どもは息絶えた。それを見た瞬間、ユリウスの中で激しい怒りが渦巻いた。「よくも・・子ども達を・・」ユリウスの怒りに呼応するかのように、窓ガラスがガタガタと揺れ始めた。「な、なんだ・・」先ほどまで得意気に話していた医師は、怯えた表情で辺りを見渡している。「許さない・・お前のような奴は絶対に!」ユリウスはそう言って真紅の瞳を光らせた。「ひぃぃっ!」轟音とともに、窓ガラスの破片が医師の全身に突き刺さった。「目が、目がぁぁっ!」両手で顔を押さえながら、医師は床を転がった。蛍光灯がバチバチとスパークし、激しく揺れ始めた。「許さない、お前だけは!」部屋は紅蓮の炎に包まれた。 医師は這うようにして部屋から逃げようとしたが、足に機械のコードが絡みついて、動きを封じられてしまった。機械から1メートルも離れていないところで、蛍光灯が火花を散らしていた。高電圧が医師の全身を直撃した。医師は凄まじい悲鳴を上げた。「見ないほうがいい。」サリエルはそう言ってジュリオの両目を塞いだ。医師は激しく痙攣しながら、悲鳴を上げた。「許して・・くれぇ・・」 髪は焼き焦げ、皮膚は激しく焼け爛れ、口から血泡をふいていた医師は、そう言ってユリウスの足首を掴んで命乞いをした。だが、そんなことをしてももう遅かった。自ら招いた災いによって、医師は生きたまま高電圧で焼かれ、壮絶な最期を遂げた。「行こうか。」ユリウスはそう言って部屋を出た。「うん・・」 炭化した医師の遺体を横目で見てそれを跨ぎながら、サリエル達はユリウスに続いて部屋を出て行った。廊下を歩いている間、ジュリオは込み上げてくる激しい吐き気を必死に堪えた。
2008年08月16日
コメント(0)
「やっと見つけたわ、兄様。楽しく殺し合いましょうv」そう言ってアフロディーテはレイピアを構え、再びルドルフに突進してきた。ルドルフはアフロディーテの攻撃をかわしながら、部屋を出た。「逃げるなんて卑怯よ、兄様!」アフロディーテはルドルフに逃げる隙も与えず、次々と攻撃を繰り出してくる。「アフロディーテ、何故わたしがNYにいるとわかった?」「忘れたの?わたしたちは双子よ。」アフロディーテはそう言って、ルドルフの鳩尾を蹴った。「うっ!」ルドルフは蹲り、激しく咳き込んだ。「兄様、随分と弱くなったわね。昔はとても強かったのに。」「五月蠅い!」ルドルフはアフロディーテに突進した。「やぁぁっ!」「ふんっ!」激しい剣戟の音が、地下通路に響いた。「兄様には死んで貰わないとね、わたし達の娘達の為にも。」アフロディーテの言葉を聞いたルドルフは、動きを止めた。「今・・なんと言った?」「あら、知らなかったの?わたしね、カエサルの子を妊娠してるのよ。」アフロディーテはそう言って、愛おしそうに下腹を撫でた。「そんな・・まさか・・」「その“まさか”よ、兄様。兄様だって、ユリウスとの子を妊娠しているのでしょう?だってさっきからその子達の心臓の音が聞こえるもの。」ルドルフの脳裏に、「死」と言う言葉が浮かんだ。両方とも子どもを産んだら、どちらかが死ななければならない。「わたしは生きたいの。生きて、この子達と暮らしたいの。だから兄様、死んでくれる?」アフロディーテはニヤリと笑いながら、レイピアを構えた。「・・ここで、お前を倒す!」「望むところよ!」 一方、ユリウス達はマシンガンを構えながら敵の様子を窺っていた。「ルドルフは?」「まだどこにいるのかわかってません・・多分地下でしょう。」「そうか・・それよりも爆破まであと1分30秒しかないぞ、どうする?」「それはこれから考えます。」「地下から脱出した方が良さそうだな。エレベーターを使うのはこの状況では無理そうだ。」「そうですね。」ユリウスがそう言ったとき、敵の攻撃が始まった。ユリウスはマシンガンで応戦した。廊下の隅で凄まじい爆発音がし、爆風でユリウスは一瞬耳が遠くなった。「大丈夫か?」「ええ・・連中は本気らしいですね、こんな所で手榴弾を使うとは・・」ユリウスは敵の様子を探るために壁から出た。「お姉ちゃん、どうしたの?」5,6歳位の男児がそう言って無邪気にユリウス達に近づいてきた。それが合図のように、小児病棟から沢山の子ども達が走ってきた。「子ども達がこんなに沢山・・それに皆健康そのものだし・・」「一体何のために、これほどの数の子どもを・・」サリエルがそう呟いたとき、先ほどの男児が口を開いた。「せんせいたちが3階のおへやでおちゅうしゃ打ってくれるの。みんなそれ打てば強くなれるって、せんせいたちが言ってた。」「・・行ってみる価値はありそうだな。」「ああ。」ユリウス達は男児に連れられ、3階のある部屋に入った。「これは・・」入った瞬間、ユリウス達は絶句した。そこには医師達によって薬を打たれ、生きる屍となった子ども達が猛獣のように檻に閉じ込められていた。「人体実験場だ。あいつらは幼い子どもを攫い、幾度も怪しげな薬を打っては実験を繰り返していた。」「何のために?」「考えてもみろ、ここにはアフロディーテとその従者がいた。アフロディーテは世界中の人間を自分と同じような化け物に変えたがってる。」サリエルの言葉を聞いたユリウスは、全てを悟った。「・・許せない、何の罪もない子ども達を・・」ユリウスはそう言ってマシンガンを構え直した。その時、ドアが乱暴に開け放たれ、数人の警官達がユリウスを包囲した。「武器を捨てて跪け!」
2008年08月16日
コメント(0)
「後少しでエレベーターだ。」ルドルフ達は廊下を走っていた。爆破まであと3分、時間がない。「子ども達はどうするんだ?」「今は助けている時間はない!」サリエルはそう言って、ユリウスを抱きかかえ直した。「ユリウスはどうしたんだ?」「気を失った。すぐに気が付くだろう。」「そうか・・」ルドルフがそう言ったとき、マシンガンの銃弾が飛んできた。「伏せろ!」ルドルフ達は床に伏せた。その間も警官達はマシンガンを撃ちまくっている。「一体彼らはどこから・・」「わたしたちが呼んだ。血に飢えた化け物を始末しろとな。」背後から低いバリトンの声が聞こえてきた。ルドルフ達が一斉に振り向くと、そこには警官を従えた壮年の男が立っていた。右目には黒い眼帯を付け、黒衣を纏っている。「ヴァチカンからの刺客か。」ルドルフはそう言ってメスを構えた。「いかにも。」黒衣の男はルドルフを睨め付けながら言った。「そうか・・では容赦はしない。」ルドルフは男に突進した。両手に短剣を持った男は間合いを詰めてルドルフに次々と攻撃を繰り出してくる。ルドルフはその攻撃を避けるのに精一杯だった。「ふん、そなたの腕はそんなものか?」「うるさい!」ルドルフはそう叫んで、メスで男の胸を刺した。「おのれ・・」男はそう言って血を吐いた。だが男はルドルフの両足の付け根を短剣で刺した。「ルドルフ様!」「う・・」両足から血を流しながら、ルドルフはユリウスに抱き留められた。「これで逃げられまい。」男はニヤリと笑って、警官達の輪の中へと戻った。「あいつらを殺せ。」ユリウスはルドルフを担いで元来た道を戻った。彼の後ろをマシンガンの銃弾が追いかけてくる。隙を突いてユリウスは警官からマシンガンを奪い、気絶させた。「武器は確保しました。早く脱出を・・」「そうはさせないわ。」アフロディーテが廊下の向こうから姿を現した。「お前と兄様はここで死んで貰うわ。」アフロディーテはそう言って犬歯を覗かせてニヤリと笑った。「通報したのは君なのか、アフロディーテ?」「いいえ。でもあなた達を始末するように彼らに言ったのは、このわたしよ。」「どうして、ルドルフ様を・・」「わたしは、兄様が憎いのよ。」レイピアの刃先をルドルフに向けながら、アフロディーテは言った。「もうここで決着を付けましょう、兄様。」「そうだな。」ルドルフはそう言って短剣を構えた。「そんな得物でわたしに敵うと思っているの、兄様?」「お前こそ、そんなばかでかい剣で私に敵うと思っているのか?」「兄様がその気なら、仕方ないわね。」2人は互いに睨み合った。「はぁっ!」「やぁぁっ!」ルドルフとアフロディーテは同時に地面を蹴った。目にも止まらぬ速さで2人は死闘を繰り広げた。その時、廊下が激しく揺れ、2人が立っている床が崩れだした。「ユリウスッ!」「ルドルフ様ッ!」 悪魔の口のようにポッカリと開いてしまった穴に呑み込まれぬように、ルドルフはユリウスの手を握ろうとしたが、後少しのところで届かずに、ルドルフは奈落の底へと落ちていった。「ルドルフ様~!」薄暗い地下に優雅に着地したアフロディーテは、兄の姿を探した。「兄様、どこぉ~?」「う・・」落ちた衝撃で全身を強く打ったルドルフは、通路を這うように進んでいった。やがて彼は、武器庫と思しき部屋に入った。ルドルフは壁に掛けてあった日本刀を取った。「兄様、見ぃ~つけたぁv」アフロディーテはそう言ってルドルフに突進してきた。
2008年08月16日
コメント(0)
「ルドルフがNY市内の病院にいるだと?それは本当か?」そう言って、法王は1人の枢機卿を見た。「はい・・彼らが今、向かっております。」「その必要はない、“プロジェクトA”をアフロディーテが実行させた。」「では・・病院にいる者は・・」「助からぬだろう。」法王は冷酷にそう言い放ち、部屋を出て行った。その頃ジュリオとエルンストは、なおも死闘を繰り広げていた。「そろそろ終わりにしようか。」「そうだね!」ジュリオはそう言って短剣を構えた。「行くぞっ!」「やぁっ!」2人とも同時に地面を蹴った。空中で激しい剣戟を繰り広げる中、あと一撃で決着がつくという時―突然廊下が揺れ、爆音によって窓ガラスが粉々に砕け散った。「何だ・・」「一体、何が・・」ジュリオはそう言って、短剣をしまった。「命拾いしたね。」「それはあんたの方だろ?」廊下の向こうから悲鳴が聞こえた。「ママ・・」ジュリオは殺戮を繰り広げるルドルフの姿を確認すると、廊下の向こうへと駆け出して行った。「勝負はまたつけよう。」エルンストはそう言ってジュリオに背を向けた。ルドルフはまた新しい獲物を仕留めていた。「ママ、ここはもう爆破されるよ、さぁ逃げよう。」ジュリオはそう言ってルドルフの手を掴んだが、ルドルフはその手を振り払った。「ママ、どうしたの?」ルドルフは唸り声を上げてジュリオを突き飛ばした。「ママ、一体どうしたの?僕がわからないの?」ルドルフは犬歯を剥き出しにしながら唸った。「お願いだよ、ママ、正気に戻ってよ!」だがジュリオの声はルドルフには届かない。「ママったら!」イライラしたジュリオは、ルドルフに頭突きした。「痛いな、ジュリオ!何すん・・」ルドルフはそう言ってジュリオを睨んだ。「元に戻ったんだね。」ジュリオはルドルフに微笑んだ。「もうすぐここは爆破される。早く逃げよう。」ユリウスを抱えたサリエルが、そう言ってルドルフを見た。「ああ。」ルドルフはそう言って時計を見た。病院が爆破されるまであと5分しか残っていなかった。「ルドルフ兄様がいるわよ、カエサル。」「皇太子様が?」「ええ・・ユリウスと一緒にね。」「そうですか・・」カエサルはそう言って廊下の向こうを見た。「お前はここで待ってて。わたしは兄様と決着を付けてくるわ。」アフロディーテはドレスの裾を摘んで廊下の向こうへと消えていった。
2008年08月16日
コメント(0)
ルドルフは血の海の中にいた。 象牙のような滑らかで美しい肌は真紅に染まり、腰まで伸びたブロンドの髪には返り血が所々ついている。ルドルフは鋭い爪に付いた返り血を舐め、フッと笑った。「ひぃっ・・」悲鳴がして振り向くと、恐怖で顔をひきつらせた看護師が腰を抜かして床にへたり込んでいた。ルドルフはニヤリと笑い、看護師に近づいていった。「殺さないで、お願いっ・・」ロザリオをまさぐりながら、看護師は必死に命乞いをした。だがその言葉は今や狂気に陥ったルドルフには届かない。ルドルフはゆっくりとメスを持って看護師の方へと歩いていく。「誰か、助けてっ!」ルドルフの顔に真紅の血が飛び散った。彼はもう、理性を失っていた。エルンストに投与された特殊な麻薬により、ルドルフは始祖魔族としての本能―人の血肉を啜り、喰らうこと―しか考えられなくなっていった。「お姉ちゃん、何してるの?」無邪気な声がして振り向くと、テディベアを抱えた女児がルドルフを興味深々に見ていた。「お姉ちゃん?」美味しそうな子だ。ルドルフはゆっくりと女児の方へと歩いていった。無邪気な笑顔を浮かべていた女児の顔が、恐怖に引きつった。「ママ、助けて、ママ~!」ルドルフはメスを女児に振りかざした。「やめてください、ルドルフ様!」ユリウスはそう言って恋人を見た。ルドルフは唸り声を上げてユリウスに襲い掛かってきた。「早く逃げなさい、早く!」半べそをかいている女児に向かってユリウスは怒鳴り、棍棒でルドルフの攻撃を防いだ。「ルドルフ様、無駄な殺生はおやめください・・ルドルフ様・・」ユリウスは必死にルドルフに訴えかけるが、ルドルフにはユリウスの言葉は届かない。「わたしが・・わからないのですか・・」ルドルフはユリウスの鳩尾を蹴った。「うっ!」ユリウスが蹲った隙に、ルドルフは女児に襲い掛かった。幼い悲鳴と骨が折れる嫌な音が廊下に響いた。「ルドルフ様、おやめください!」ユリウスは堪らずにルドルフを止めにかかった。ルドルフは真紅の瞳をぎらつかせ、ユリウスの顔を鋭い爪で引っ掻いた。その拍子にユリウスのナース服の胸ポケットから、短剣が落ちた。ルドルフはその短剣を拾い、ユリウスの右目に刃を突き刺そうとした。その時―「いたぞ、あそこだ!」「化け物め、これでも喰らえ!」警官がそう叫んでルドルフに向けてマシンガンを撃った。ルドルフは警官を次々と血祭りに上げていった。「ルドルフ様・・」ユリウスは狂ってしまったルドルフを呆然と眺めながら、涙を流した。「ユリウス、ルドルフは見つかったか?」「ええ・・」ユリウスはそう言って気絶した。「どうした、ユリウス!しっかりしろ!」サリエルはユリウスを抱きかかえ、小児病棟を出た。廊下の向こうではルドルフが次々と突入してきた警官達を血祭りに上げている。(ルドルフ・・一体どうしたというんだ?) あまりにも変わってしまったルドルフを目の当たりにして、サリエルは呆然とするしかなかった。その頃、精神病棟の廊下ではジュリオとエルンストが、死闘を繰り広げていた。「なかなかやるね、でもこれでお終いだよ、お姫様!」エルンストはそう言って、メスでジュリオの棍棒を切り裂いた。「クソッ、ここまでか・・」ジュリオは舌打ちしながら、ガーターに留めつけてあった短剣を抜いた。「そんなもので、僕に立ち向かおうとでも言うのか、この愚か者め!」「いちいちうるさい奴だなっ!」ジュリオはエルンストに突進した。「やぁぁっ!」「はぁっ!」激しい剣戟の音が廊下に響き渡った。「ねぇ、この病院爆破しない?あいつら気に食わないわ。」アフロディーテはそう言ってカエサルを見た。「この病院は人体実験場としても使われていましたし・・」カエサルはそう言って起爆スイッチを押した。「30分後に爆発します、ここから出ましょう。」「ええ。」アフロディーテは優雅な足取りで事務室を出て行った。
2008年08月16日
コメント(0)
「わたしはいつもお前のことを想っていたわ、ユリウス!なのにお前はルドルフ兄様のことばかり!いつもいつも兄様のことばかり話して、わたしのことなんか見てもくれなかったわよね!?」アフロディーテはそう言ってレイピアでユリウスの胸を突こうとした。ユリウスは寸でのところでアフロディーテの攻撃をかわした。桃色のナース服の布地が、ビリッと裂けた。「君は一体何を言ってるんだ、アフロディーテ?」「お前、まだ気づいていないのね、わたしの気持ちに!」憎しみで顔を歪ませながら、アフロディーテは次々と攻撃を繰り出す。それを全て棍棒で受けとめながら、ユリウスはアフロディーテの様子がおかしいことに気づいた。(いつものアフロディーテじゃない・・一体何を考えて・・)「戦いの最中にボーッとしないでよ!」アフロディーテはそう怒鳴ってユリウスの肩を刺し貫いた。「うっ!」ユリウスの肩から真紅の血が飛び散る。「お前には、ここで死んで貰うわ!」アフロディーテはユリウスに膝蹴りをし、あっという間に床に組み伏せた。「死ね!」アフロディーテはレイピアをユリウスに振り下ろそうとした。だが、なかなか振り下ろせない。(どうして?どうして殺せないの?)ユリウスを心底憎んでいる筈なのに、殺せない。脳裏に、初めてユリウスと出逢った時のことが浮かんだ。薄暗く狭い地下牢で、誰も自分に話しかけようとするものはいなかった。 家族の愛情や人間としての教養、そして皇族としての生活・・何ひとつ人間らしい生活を送れなかった。そんな中、1人の男の子―ユリウスと出逢った。彼は自分と初めて友達になってくれた子だった。“君、名前は?”“名前・・ない”“そう・・じゃあ僕が付けてあげる!君の名前はアフロディーテ、ギリシャ神話の女神様の名前だよ!”“ありがとう・・”今まで「名前」なんてなかった。勿論、自分に名前を付けてくれようとした人もいない。それまでアフロディーテは深くて冷たい孤独の闇の底にいた。自分に一筋の光を与えてくれたのは、ユリウスだった。自分に名前を付けてくれたのも、自分と友達になってくれたのも、ユリウスだった。(ユリウス、どうしてルドルフ兄様の所へ行っちゃったの?わたしはユリウスのことが大好きで、いつもユリウスのことばかり考えていたのに・・それなのに、どうしてユリウスはルドルフ兄様のことばかり考えているの?どうしてルドルフ兄様と一緒にいるの?どうしてルドルフ兄様のことばかり見てるの?どうしてルドルフ兄様のことを愛しているの?どうして、わたしはお前を愛しているのに・・)「アフロディーテ?」気が付くと、アフロディーテは涙を流していた。「どうして・・涙なんか・・」アフロディーテは急いで涙を拭った。「お前が悪いのよ・・わたしを愛してくれないから・・わたしを・・見てくれなかったから、涙なんか出たのよ!」アフロディーテはユリウスから離れた。「お前の命は助けてあげる。お前はわたしのことを見ないけど、それでもわたしはお前のことが好き。ウィーンで決着を付けましょう。」アフロディーテはドレスの裾を払い、精神病棟を去っていった。(アフロディーテ・・)アフロディーテはレイピアを引きずりながら、廊下を歩いていた。(どうして泣いてるんだろ?何も悲しいことなんかないのに・・)何故、ユリウスを殺せなかったのだろう?いつもルドルフのことばかり見ているユリウスを、正直言って憎いと思ったことが何度かあった。だが、アフロディーテはユリウスのことを完全に憎みきれなかった。それは、ユリウスのことを愛しているからだ。初めは自分のものだけにしておきたいという独占欲からだった。だがいつの間にかそれがユリウスへの深い愛へと変わっていった。(馬鹿ね・・今更、ユリウスを愛していることに気づくなんて・・もう遅いのに・・)あの頃にーユリウスと初めて出逢った時に戻れたら、どんなにいいだろう。だがもう遅い。あの頃にはもう戻れない。何も知らずに、孤独だが幸せだった世界には、もう戻れない。両手を罪のない人々の血で染めてしまった。それはどんなに拭っても拭っても消えない。自分に残されているのは、ウィーンで、ホーフブルクで、ルドルフと決着を付けることだ。(さよなら、ユリウス・・わたしの・・1番好きだった人・・)アフロディーテは顔を上げ、まっすぐ前を向いて歩き始めた。
2008年08月16日
コメント(0)
「さてと・・着いたぞ。」 サリエルはそう言って病院から少し離れた駐車場に車を停めた。彼は白衣を着て、眼鏡をかけている。「これからどうするの?ママがどこにいるのかわからないのに。」太腿を露わにしたナース服姿のジュリオは、そう言って病院を見た。「二手に分かれてルドルフを探す。ジュリオ、お前は俺と。ユリウスは1人で大丈夫か?」「ああ。でもこの格好、どうにかならないか?」ユリウスはそう言ってナース服の裾を摘んだ。「それしかなかったんだ、我慢しろ。」「大丈夫、ママも萌えてくれるってv」「そういう問題じゃないんだがな・・」ユリウスは頭を抱えた。「では、行くぞ。」「うん。」(待っててください、ルドルフ様・・必ず、お助けしますから。)病院内に侵入したユリウス達は二手に分かれ、ルドルフが監禁されている病室を探した。「ねぇ、この病院にネズミが入ったわ。」アフロディーテはそう言ってピザを食べた。「この病院は衛生管理も万全ですし、ネズミなど・・」「そうじゃないわよ、お馬鹿さん。兄様を奪いに来たネズミが3人、入ってきたのよ。」「なんですって!」エルンストはそう言って眦をつり上げた。「お前、兄様のこと好きなんでしょう?奴らを始末して!」「仰せの通りに、皇女様。」エルンストは琥珀色の瞳を爛々と光らせながら部屋を出ていった。「ふふ、楽しくなりそうね・・」アフロディーテはそう言って黄金色の瞳を光らせた。「ここにもいないね。」ジュリオはそう言って病室のドアを閉めた。「次はこっちだ。」サリエルは病室のドアを蹴り開けた。「お兄ちゃん達、だぁれ?」そこには7,8人の子ども達がいた。「お兄ちゃん達は、ちょっと用事があってここに来たんだ。」ジュリオはそう言って、子ども達に微笑んだ。「そうなんだぁ、遊ぼv」「今は駄目。」「つまんない。」そう言って子ども達の1人がベッドに戻った時、何かがジュリオに向かって飛んできた。ジュリオはそれを寸でのところでかわした。それは手術用の鋭いメスだった。「ネズミは、退治しなくてはね。」エルンストは琥珀色の瞳を光らせながら、メスを構えた。「サリーちゃん、子ども達を。」「わかった。」ジュリオはガーターから棍棒を素早く組み立て、エルンストを睨んだ。「ここを通して貰うよ!」「嫌だと言ったら?」「じゃあ仕方ないね・・力ずくでも通して貰うっ!」ジュリオはそう言ってエルンストに突進した。その頃病室を抜け出したルドルフは、用具室に入り、武器になりそうなものを探していた。「標的が逃げた!」背後から声がして振り向くと、そこには無線で仲間に連絡する警備員がいた。咄嗟にルドルフは彼の喉笛を鋭い爪で切り裂き、特殊警棒を奪った。「早く捕まえろ!」ルドルフは唸り声を上げて警備員達に突進していった。「ルドルフ様、どこですか?」精神病棟に入ったユリウスは、ルドルフの姿を探した。だが彼はどこにもいない。「ユリウス、久しぶりねv」「アフロディーテ・・」「あらその格好、よく似合ってるじゃない。」黒いドレスを纏ったアフロディーテは、そう言って笑った。「どうして君がここに?ルドルフ様は?ルドルフ様は何処に・・」「それはわたしを倒してから、教えてあげるわ。」アフロディーテはレイピアを胸の前に構えた。「・・君とは、戦いたくなかったよ。」ユリウスはそう言って棍棒を取り出し、身構えた。「わたしはあなたと戦いたかったわ、ユリウス。お前が兄様を選んだときからずっとね!」アフロディーテはそう叫んでユリウスに突進した。
2008年08月16日
コメント(0)
ルドルフが精神病棟に監禁されて3ヶ月の月日が経った。外には白い雪が舞い降り、摩天楼の街を銀世界に変えていた。ルドルフはどうやってここから脱出しようかと必死に考えていた。(出入り口はIDがないと無理だ・・ここの病院にはあらゆる部屋に防犯カメラが仕掛けられている・・やはり、ダクトしか脱出口はないか・・)そう思いながら爪を噛んでいると、エルンストが入ってきた。「ご機嫌はいかがかな、お姫様?」「その呼び方は止めろと言っているだろう、殺されたいのか。」ルドルフはそう言って威嚇するように犬歯を覗かせた。「そんなにカリカリすることないじゃないか。それよりも、髪が伸びたね。」エルンストはシーツに広がるブロンドの海を見ながら言った。「なんて綺麗な色なんだ、君の髪は。まるでヴィーナスのようだよ。」エルンストはルドルフの髪を一房掴みながらその匂いを嗅いだ。「何の用だ?」拘束を解いたエルンストを不審そうに見つめながら、ルドルフはエルンストを見た。「憶えてるかい、プラハでの事を?君はいつもあの司祭と一緒だったね?」「何を言ってるんだ、突然・・」「あの頃僕は君のことを愛していたのに、君はいつもあいつのことばかり!でもここにはあの忌々しい司祭はいないから、僕と2人きりだね、お姫様ぁ。」ニヤリと笑ったエルンストは、乱暴にルドルフの衣服を剥ぎ取っていった。「抵抗しても無駄だよ、僕はずっと我慢してきたんだから。」「あらあら、あいつ暴走してるわねv」モニター越しに病室の様子を見ていたアフロディーテがそう言ってポテトチップスを口に放り込んだ。「あいつ、エルンストって言うんでしょ?兄様のストーカーの。」「ええ。彼の皇太子様に対する執着は凄まじいですね・・あれはもうストーカーというよりも・・」「変態?なら私も変態だわ。だって今、兄様を嬲り殺したいって思ってるものv」アフロディーテはそう言って笑った。「止めろ、止めないかっ!」ルドルフはエルンストの顔を引っ掻いた。「僕の顔を傷つけるなって言っただろ、この奴隷が!」激昂したエルンストは、ルドルフの目蓋が腫れ上がるまでナックルで殴った。「う・・」「綺麗な体だね・・」エルンストはそう言ってルドルフに覆い被さった。「あいつ、とうとう我慢できなかったのね。」アフロディーテはポテトチップスを食べ終わり、袋をゴミ箱に捨てて部屋を出た。 ルドルフは自分に覆い被さっているエルンストの股間を枕の下に隠していたフォークで刺した。「ぎゃぁぁっ!」急所を刺されたエルンストは血塗れの股間を押さえながら、半狂乱となって病室を出た。(今の内に・・)ルドルフはダクトによじ登り、蓋を開けようとした。だがその時、ルドルフの右肩に激痛が走った。「逃がさないよ。」エルンストは銃を構えながら、ルドルフの足を掴んだ。「・・畜生・・」ルドルフはベッドに倒れ込んだ。「ここから逃げられると思ってるの?甘いね、お姫様。君は僕の愛しい奴隷なんだからv」(ユリウス・・)ルドルフはゆっくりと目を閉じ、意識を手放した。「ルドルフ様?」ルドルフに呼ばれたような気がして、ユリウスは読んでいた本から顔を上げた。「どうした?」「ルドルフ様が・・呼んだような気が・・」「それよりも、今夜ルドルフを救出する。」そう言ってサリエルは、トランクの中からナース服を取り出した。嫌な予感がした。「もしかして、それは私が着るのか?」「無論だ。」「大丈夫、僕も着てるからv」ノリノリでナース服を着たジュリオはそう言ってピースした。「どこからこんなものを・・まぁ、そんなことよりも、ルドルフ様を救出しないと・・」ユリウスは渋々ナース服に袖を通した。「ふふ、これで君は僕のものだね、お姫様。」エルンストはそう言って病室を出ていった。そこには殴られ、陵辱されたルドルフがベッドに横たわっていた。「もうすぐ病院だ。」サリエルはそう言って助手席に座るユリウスを見た。(ルドルフ様、どうかご無事で・・) ユリウスの声が聞こえたかのように、意識を失っていたルドルフの目が、ゆっくりと開いた。その瞳は、血の色をしていた。
2008年08月16日
コメント(0)
「汚してしまったな・・」 エルンストは床に飛び散る乳白色の体液をウェットティッシュで拭きながら、自嘲めいた笑みを浮かべた。机の上には、封筒に入れられたルドルフの髪が入っている。あの日からもう100年以上もの歳月が過ぎていた。何故彼をこんなにも愛しているのだろう?叶わぬ想いと知っている筈なのに。ルドルフには生涯の伴侶がいる。あの夜―倉庫の血の海の中に佇んでいたルドルフが、あの美しい司祭の腕の中で気を失った。それを見たとき、エルンストは2人が恋人同士であると何故かわかった。自分達が入る隙間がないほどの、強い絆で結ばれていると、司祭の腕の中で眠るルドルフを見てエルンストは思った。(彼には、もう1人天使がいる・・強力な守護天使が・・)倉庫で起きた出来事は事故として処理され、ルドルフは数日間眠り続けた。その間もあの司祭はルドルフの私室に籠もり、彼に付き添っていた。あの夜、ルドルフに狼藉を働こうとした者達―あの惨劇で辛うじて生き残った者達は、カルカウへと送られ、それ以外の者達は、倉庫内で起きたことを尾鰭を付けて妙な噂を広めていた。兵士達は事故で死んだのではなく、ルドルフに殺されたのだと。事件以来、ルドルフに対する風当たりはますます強くなっていった。ユリウスは自分が出来る範囲でルドルフのことを支えた。影となり常にルドルフに寄り添うユリウス。そんな彼に心からの笑みを浮かべるルドルフ。エルンストはそんな2人の姿を見る度に、ユリウスに嫉妬した。何故、自分ではないのかと。何故、心からの微笑を向けられるのは、いつもあの司祭なのだと。バイエルン出身の平民で、元男娼という卑しい過去を持つあの司祭が、いつもルドルフに愛されている。許せない、と思った。エルンストの、ルドルフに対しての一方的な想いは暴走し、第二の事件を起こした。ルドルフが待っているからと嘘を吐き、ユリウスを人気のない部屋に連れ込んで、仲間に襲わせた。エルンストはユリウスが傷物になることを望んだが、未遂に終わり、後日エルンストはルドルフに呼び出された。「一体お前はどういうつもりだ?何故ユリウスをあんな酷い目に遭わせた!」「・・憎いからですよ、彼が。私は皇太子様のことを誰よりも愛し、誰よりもお慕いしておりました!それなのに皇太子様はいつもあの司祭殿ばかり!あんな平凡で平民の孤児のどこがいいんですか!?大体貴族でもない癖に宮廷に出入りできるなんて・・それにウィーンの下町で男娼をしていたんでしょう?そんな汚らわしい輩と、皇太子様が釣り合う訳が・・」エルンストの言葉は、途中で途切れた。何故ならルドルフが勢いよく立ち上がり、エルンストの襟首を掴んで壁に押しつけたからだ。「それ以上ユリウスを中傷してみろ、お前をあの倉庫に転がっていた肉片と同じようにしてやる。」そう言ったルドルフの瞳に、微かに狂気の色が滲んだ。「ひっ・・」「今度ユリウスに手を出したら、お前を八つ裂きにしてやる。」(あの方によかれと思って言ったのに・・どうしてあの司祭を庇うんだ!)ルドルフに諫められたエルンストだったが、そんなことでルドルフへの想いが消える筈がなく、それよりも尚一層ルドルフへの想いが強くなる一方だった。(あんな汚らわしい奴に、私の皇太子様を渡すものか!)廊下を歩くエルンストの全身から、翠の炎がゆらゆらと燃え上がった。(負けるものか・・あんな男娼風情に!)美しいが、どこか禍々しさを感じさせる炎に全身を包みながら、エルンストは足早に廊下を歩いていった。
2008年08月16日
コメント(0)
「ん・・」 ルドルフが目を覚ますと、そこには下卑た笑みを浮かべる部下達が自分の顔を覗き込んでいた。「お目覚めかな、皇太子様?」そう言ったのは、いつもルドルフに突っかかる長身の角張った顎を持つ男だ。「一体私に何をするつもりだ?」「なぁに、大したことはねぇ。ちょっと俺達の慰み物になって、傷物になってウィーンに戻って欲しいだけよ。」その言葉の裏に彼らの目的を知ったルドルフは、顎男の股間を蹴り上げた。「この野郎!」出口へと向かおうとするルドルフを、数人の兵士達が押さえつけた。「こうしてみると上玉だな、皇太子さんよ?これなら女の代わりになるぜ。なぁ?」興奮して掠れた声で、兵士の1人がそう言って喉をごくりと鳴らした。「私に触れるな、この下郎共がっ!」「うるせぇ、黙ってろ!」股間を蹴り上げられた顎男が、ルドルフを殴った。「う・・」ルドルフは低く呻いて気絶した。「早くヤッちまおうぜ。」「ああ。また目が覚めて暴れたら面倒だから、薬打てよ。」軍服の上着が乱暴に脱がされ、シャツの袖を捲り上げられたルドルフの腕に、注射器の針が象牙のような滑らかな美しい皮膚を傷つける。「これでいい。しばらく目を覚まさないと思うぜ。その間思う存分ヤッちまおう。」「いいな、それ。」男達の下卑た笑い声が、倉庫に木霊した。「まず俺からな。」そう言って兵士の1人がルドルフに馬乗りになろうとした時―「うっ、うわぁぁっ!」ルドルフに馬乗りになっていた兵士が股間を押さえて凄まじい悲鳴を上げていた。「どうしたんだよ、おい?」そう言って仲間が彼に駆け寄ろうとした時、気絶していたはずのルドルフの目が、カッと見開いた。その瞳の色は、美しく澄んだ蒼ではなく、狂気を孕み飢えた肉食獣を思わせるかのような真紅だった。ルドルフはペッと口の中から一塊りの肉片を吐き出した。その肉片と、股間を押さえている男を交互に兵士達は見つめて、恐怖に震えた。「・・私としたことが、こんな奴らに手間取るなんて・・」ルドルフはそう言ってフッと笑った。腰のサーベルを抜き、その刃先を天鵞絨(ビロード)の舌で舐めた。「お前達にはお仕置きをしてやろう。」そう言ってニッコリと笑ったルドルフの口から、2本の尖った犬歯がチラリと覗いた。「お願いだ・・つい出来心で・・だからお願いだ・・許し・・」泣いて自分に縋る兵士を、ルドルフは冷たく見下ろした。「五月蠅い。」自分より筋骨隆々の兵士を、ルドルフはまるでレースのハンカチでも扱うかのように軽く振り払った。「さぁて・・始めようか・・」ルドルフはそう言って甲高い声で笑い、兵士達の方へと向き直った。舌なめずりをしながら、恐怖で失禁している兵士達の所へ、ルドルフはゆっくりと歩いていった。暗い倉庫内に、断末魔の悲鳴が響き渡った。「ルドルフ様、どちらにおいでですか、ルドルフ様!」部屋にルドルフの姿がないことに気が付いたユリウスは、血相を変えて軍舎内を走り回り、やっとこの倉庫に辿り着いた。「ルドルフ様っ!」「皇太子様っ!」ユリウスとルドルフが心配でユリウスについてきたエルンストは、倉庫の扉を乱暴に開けた。そこは、ワインレッドの海が一面に広がっていた。ルドルフはその中心で呆然と立ち尽くしていた。彼の周りには肉片が飛び散り、全身に返り血を浴びて純白の軍服は真紅へと変わっていた。「皇太子様?」エルンストがそう言うと、ルドルフは真紅の瞳を煌かせながら彼を見た。おぞましい光景が目の前に広がっているにも関わらず、エルンストはルドルフを美しいと思った。彼は悪者を罰した殺戮の天使だ。「ルドルフ様っ!」ルドルフに見惚れているエルンストを押し退け、ユリウスはルドルフの元へと駆けていった。「ユリウス・・」ルドルフはそう言うと、ユリウスの腕の中で気絶した。
2008年08月16日
コメント(0)
エルンスト=ゲオルグ=フォン=アウストリアはハプスブルク家の帝都・ウィーンで代々ハプスブルク家の近衛隊長を務める名門貴族・アウストリア公爵家の三男坊として産まれた。エルンストの上には、長兄・ギルバートと、次兄・シャルルがいた。2人の兄は優秀で、エルンストは幼い頃から周囲に2人と比較されながら育った。やがてエルンストは自らの容姿と能力にコンプレックスを抱くようになっていった。 勉強もスポーツも2人の兄と比べて全く出来ないし、何より両親のブロンドと美しいブルーの瞳を受け継いでいる2人の兄と比べて、エルンストは家族でただ1人、黒髪で琥珀色の瞳であった。その容姿はエルンストの父方の祖母のもので、若い頃は美女と謳われた祖母の美貌を受け継いだエルンストは何もコンプレックスを抱くことはないのだが、常に他人と比較されて育ってきたエルンストにとって、自分の容姿についてあまり自信が持てなかった。家督はいずれ長兄のものとなるし、この家には居場所がないようなものだと感じたエルンストは、軍に入った。両親のコネを頼らず、エルンストは常に努力して上を目指した。その功績が認められた彼は、将校まで昇進した。 しかし、彼の出世と能力を嫉む連中の罠に嵌り、エルンストはこれまでのキャリアを無駄にしてしまった。失意の中、エルンストはプラハへと向かった。プラハへと向かう汽車の中、エルンストの脳裏に過去の栄光が浮かんできた。これから一介の兵士として人の下で働かなければならないということは、エルンストには屈辱以外の何物でもなかった。(僕はまた上を目指してやる・・人に扱き使われるなんて真っ平だ!)プラハの軍舎へと向かう馬車の中で、エルンストはそう決意した。もう一度上を目指し、過去の栄光を取り戻すのだ。その頃、軍舎ではオーストリア=ハンガリー帝国軍36連隊が食堂で新しくやって来る上司の話をしていた。「今度やって来る奴は、皇太子様だってさ。」「皇太子って、あの女みたいな顔してる奴のことだろ?20になるかならないかの・・」「そんな若い奴に俺らの指揮が出来るもんか!」自分の上司が年若い皇太子と知った兵士達は、次第に反感を募らせていった。そんな中、ウィーンから彼らの新しい上司であるオーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフがやって来た。 欧州一の美女と謳われる皇后エリザベートの美貌をそのまま引き継ぎ、少し赤みがかった癖のあるブロンドに、すっきりと通った鼻筋、薔薇色の唇。そして何より美しいのは、冷たく澄んだサファイアブルーの瞳。ルドルフを廊下で垣間見たエルンストは、一目でその美貌に見惚れた。(あれが・・私達の上司となる御方・・)エルンストの目にルドルフは、まるで天から舞い降りた天使のように見えた。エルンストはいままでこんなに美しい人間を見たことがなかった。ルドルフの美貌は2人の兄のそれよりも遙かに凌いでいた。彼は人間ではないと、エルンストは思った。(きっとこれは運命の出逢いなのだ・・神が私にお与え下さった美しい出逢いなのだ・・)ルドルフは自分のファム・ファタルだと、エルンストは勝手に思い込んだ。年若い皇太子を新しい上司に迎えた兵士達は、何かと反抗的な態度を取っていた。 世間の修羅場を幾度も乗り越えてきた兵士達は、ルドルフのことを世間知らずで温室育ちの皇子様と一方的に思い込み、ルドルフはルドルフでその誤解を解こうとすることもしないので、次第に両者との間には深い溝が出来ていた。そんな中、ウィーンから1人の司祭がやって来た。艶やかな黒髪と、美しい翠の瞳を持った司祭の名は、ユリウスと言った。(皇太子様も美しいが、あの司祭様もお美しい・・この世には美しい御方がいらっしゃるのだな・・)エルンストはそう思いながら軍務に励んだ。夕食の時間、兵士達はウィーンからやって来た司祭について話をしていた。「なぁ、あの司祭様さ、元男娼だったらしいぜ。」「本当かよ、それ?清楚な感じでそんな風には見えないけどなぁ・・」「何でも家が貧乏で、ウィーンの娼館に売られて男娼やってたけど、体壊して里に戻ってそこで皇太子様と出会ったんだとさ。まあ、皇太子様の一目惚れってやつだな。」「会った途端お持ち帰りしちゃったって訳か。そん時皇太子様は9歳だったんだろ?ませた餓鬼だぜ。」「あの司祭、ユリウスって言ったっけ?あいつメルクを首席を卒業して、ウィーン大学も首席で卒業したんだってよ。」「へぇ~、別嬪な上に秀才かよ!すげぇなっ!」「もしかして皇太子様のコレじゃねぇの?」兵士の1人がそう言って小指を立てた。「そうなんじゃねぇの?」下品な笑い声が食堂に響いた。エルンストは不機嫌な顔をして食堂を出ていった。 その夜、ルドルフは部下に呼ばれて今は使われていない倉庫の中に入った。「誰かいるのか?いたら返事しろ。」倉庫を出ようとルドルフが背を向けた瞬間、後頭部を誰かに殴られ、気を失った。「へへっ、上手くいったぜ。」「上玉だな、今からするのが楽しみだぜ。」低俗な獣達はそう言いながらルドルフを引きずりながら倉庫の奥へと入っていった。
2008年08月16日
コメント(0)
ユリウスはルドルフの捜索願を警察に出した。一昨日ルドルフから電話が切れ、それから一向に連絡が来ない。ルドルフはいつも必ず何かあったら連絡するのに、おかしい。もしかしたら、病院を脱出する途中に何かがあったのかもしれない。(ルドルフ様は、まだあの病院にいらっしゃるのかもしれない・・)あの病院に、行ってみる必要はある。だが、一昨日ユリウスはヴァチカンからの刺客に襲われ、エルジィは頭を怪我した。(今は早まった行動に出ずに、ルドルフ様を救う計画を練った方が良さそうだ・・)ユリウスはそう思い、警察署を出た。その中では1人の刑事がユリウスの捜索願をじっと見ていた。「ルドルフ=フランツ、30歳か・・どこかで見たような顔だな・・」刑事はブツブツ言いながら、机に入れてある写真を見た。そこにはベトナムで暴走したときのルドルフの写真が入っていた。同じ頃、ルドルフが監禁されている精神病棟では、今日もエルンストの“調教”が行われていた。催淫剤を注射され、ルドルフはわき上がる欲望をなんとか耐えていた。全身から脂汗が出て、シーツをぐっしょりと濡らしていた。「食事だよ、お姫様。」銀のフレーム越しにエルンストはそう言ってルドルフを見ながら、彼が拘束されているベッドの脇に座った。「姫・・言うな・・」ルドルフは憎しみと理性が宿った蒼い瞳でエルンストを憎々しげに睨みつけた。「強情だね、お姫様。でもそんな君も好きだよ。」エルンストは肩まで伸び、汗で濡れたルドルフのブロンドを一房掴んだ。「ぐぅっ・・」「綺麗な髪だね。これを君の騎士(ナイト)に送ってやろう。それより君のサファイアの瞳の方がいいかな?どっちにしようか?」狂気を宿した琥珀色の瞳でルドルフを見つめながら、エルンストはそう言って白衣のポケットからバタフライナイフを取り出した。「髪の方がいいね・・だってその綺麗な瞳で僕を見つめて欲しいし・・」エルンストはナイフでルドルフのブロンドを切り取った。「君の髪は騎士殿に後で送っておこう。それとビデオも撮ろうね。」「断る。」エルンストはルドルフを殴りつけた。「ご主人様の命令に逆らうの?君は僕の奴隷(スレイブ)なんだよ。」「黙れ、この下郎!」拘束を解かれたルドルフはそう叫ぶとエルンストの顔に強烈な右フックを喰らわせた。「僕の顔に傷をつけたね?奴隷の癖に、生意気だな!」自分の顔を傷つけられたエルンストは何度も拳でルドルフを殴った。「君は僕の奴隷なんだ、僕の言うことを聞けぇぇっ!」エルンストのヒステリックな叫び声が、病室に木霊した。ルドルフはきつく縛られて鬱血している手首を舐めた。ここに閉じ込められて何日になるのか、わからない。だが髪と爪の伸び具合からして、数ヶ月は経っているだろう。何とかしてこの状況から抜け出さなければ。ここからの唯一の逃げ道は、天井にあるダクトしかない。脱出までのルートは、監禁されている間、緻密に計画してある。問題は、脱出するタイミングだ。脱出するときは、食事の時間と就寝の時しかない。それ以外はエルンストを初めとする医師達や看護師達が頻繁に出入りする。彼らからどうやって鍵を奪うか・・ルドルフはそれを必死に考えた後、眠った。その頃医局では、ルドルフに顔を傷つけられたエルンストがその怒りをデスクにぶつけていた。「どうした、何か問題でも?」「ありませんよ。ただあの雄豹が、僕の顔を傷つけただけです。」「そうか・・彼の観察と監視は当分君に任せる。君は相当彼に執着しているようだからね。」「勿論です。僕は彼のために化け物になった・・彼を手に入れるためにね。」エルンストはそう言って眼鏡を押し上げた。「君は彼のことを“奴隷(スレイブ)”と呼んでいるね?彼はここの病院の“虜囚(プリゾナー)”だ、“奴隷”ではないよ。」「そんな事わかっておりますよ、主任。ですが彼はここの“虜囚”でもあり、“奴隷”でもある。その事実は間違っていないでしょう?」「私は帰るとしよう。後はよろしく頼むよ。」「わかりました。」主任が帰ると、エルンストは封筒からルドルフの髪を取り出し、その匂いを嗅いだ。昔と変わらず、彼の髪は相変わらずいい匂いがする。匂いを嗅ぎながら、エルンストはズボンのチャックを下ろした。脳裏に、初めてルドルフと出逢った時の記憶が甦った。あれは1878年9月、プラハで軍隊に入隊した26歳の時のことだった。 名門貴族の家に生まれながら家督を継げない三男坊として産まれたエルンストは、軍人として一生涯を送ろうと思ったのだ。入隊したエルンストは、自分の上司であるオーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフと運命の出逢いをしたのである。
2008年08月16日
コメント(0)
「お前は・・確か、私の部隊にいた・・」ルドルフはそう言って黒髪の医師を見た。美しい琥珀色の瞳は、冷たくルドルフを見つめている。「そう、エルンストだよ、お姫様。」黒髪の医師―エルンストはそう言ってルドルフの頬を舐めた。「やめろっ!」「いいね・・その血に飢えた獣のような瞳・・食べちゃいたいくらいだ・・」エルンストはルドルフの全身を舐めるように見た。「君はいつも僕達のことを見下してたよね、お姫様?いつも冷たく光るサファイアの瞳で僕達のことを睨んでいたよね?僕は君のサファイアの瞳が大好きだったよ・・でもね、今のルビーの瞳の方が好きだなぁ・・」「誰もお前の好みなど聞きたくない。」ルドルフはそう言ってそっぽを向いた。「そう?君にどう思われようが僕は構わないけどね。」エルンストはポケットから注射器を取り出した。「何をするつもりだ・・?」「それはお楽しみだよ、お姫様。」エルンストはルドルフの唇を塞ぎ、注射器の針を彼の腕に刺した。ビクン、とルドルフの体がベッドの上で跳ね、真紅の瞳が徐々に蒼に戻ってきた。「一体・・何を・・」「催淫剤だよ、お姫様。君は今、僕の管理下にある。つまり君は僕の奴隷(スレイブ)なんだよ。」エルンストはサディスティックな笑みを浮かべながらルドルフの服を脱がし始めた。「やっと手に入れることが出来る・・僕のお姫様v」「う・・」ルドルフは低く呻いて苦しげに目を細めた。サファイアの瞳から、一筋の涙が流れた。あとがき新キャラ登場。プラハでルド様の部下だった兵士・エルンストです。黒髪で眼鏡男子で鬼畜キャラです。ルド様のことが好きだったので、望んで魔族となりました。これまでワードで2ページくらい打っていたんですが、少し疲れたのでペースが落ちてしまいました(汗)
2008年08月16日
コメント(0)
看護師はルドルフ目がけて一気にナイフを振り下ろした。 だがその刃先がルドルフに届く前に、ルドルフはベッドから飛び起き、看護師の襟首を掴んでいた。「言え、誰に命令された?」「それは・・」「少し痛い目に遭いたいのなら、それはそれでいいが?」ルドルフの蒼い瞳が、狂気を孕んだ真紅へと変わる。「先生が・・あなたが未知の生物だから・・殺すようにって・・」恐怖に顔をひきつらせた看護師は、そう言って床に蹲った。「わたしをそいつの所に案内させろ。」その頃ルドルフの主治医は、ネットでルドルフのことを調べていた。「やはり、彼は・・」医師がそう呟いた時、首に冷たいものが当てられた。「そこを動くな。」怒りを含んだ、低い声が背後からした。モニター越しに、真紅に瞳を煌めかせたルドルフが彼にナイフを押し当てていた。「何を・・するつもりだ?」「それはこっちの台詞だ。私のことを調べてどうするつもりだ?」「ヴァチカンに引き渡すつもりだった。ヴァチカンから多額の報酬を貰えると聞いて・・君を引き渡したら、この病院の経営難が少しでも・・」ルドルフはフンと鼻で笑い、医師の喉笛を真一文字に切り裂いた。傍にいた看護師が悲鳴を上げた。その悲鳴を聞き、病院中が目を覚ました。(ヤバイことになったな・・早くここから脱出しないと・・)ルドルフは医局を飛び出し、携帯電話を取り出した。「ユリウスか?ヤバイことになった、今から病院を脱出する。」『くれぐれも気をつけてください。奴らは・・』突然、電話が切れた。「ユリウス、どうした、ユリウス?」液晶画面を見ると、圏外と表示されていた。「ついてないな・・」ルドルフは舌打ちして、携帯を閉じた。「居たぞ、あそこだ!」「捕まえろ!」「相手は化け物だ、容赦するな!」(3対1か・・)ルドルフは必死にこの状況をどう抜け出すか考えていた。その頃、ユリウスは突然切れてしまった電話を不思議に思った。(もしかしたら、何者かに電波を妨害されたかも・・)ユリウスは寝室で寝ている双子の娘達を見た。この子達を守らなければ。ユリウスは五感を研ぎ澄まし、周囲の空気を読み取った。(無駄な殺生はしたくないが・・もう1人殺してしまったし、そんなことは言える余裕はないか・・)ルドルフは手に持っていたナイフを構えた。警備員が一斉に襲ってきた。「退けぇぇっ!」ルドルフは真紅の瞳を煌めかせながら警備員達を倒していった。「標的は依然逃亡中、見つけ次第射殺せよ。」「了解。」「こりゃぁ化け物だな・・」警備室で防犯カメラの映像を見ていた警備員がそう言って口笛を吹いた。「でもこの化け物を捕まえると報酬が貰えるんでしょ?だったら生け捕りにした方がいいんじゃ・・」「馬鹿言え、あいつは化け物だ。」ルドルフはエレベーターを使って下へと降りた。先ほどまでは騒がしかった廊下が、今は人気が全くなく、しんとしている。(妙だな・・一体どうなって・・)ルドルフがそう思いながら歩いていると、暗闇から出てきた誰かに押し倒された。「標的を捕獲した!」(クソッ・・油断したっ!)ルドルフは警備員の股間を蹴り上げ、廊下を走った。だが、廊下の隅に隠れていた警備員がルドルフの首筋にスタンガンを当てた。「う・・」ルドルフは低く呻いて床に倒れた。「そうか・・ルドルフを捕獲したか・・」法王はそう言って携帯を左手に持ち替えた。「金を与えれば、人は容易く猟犬と化す・・それは誰でも同じ事・・ルドルフは好きにしろ。但し、生かしてこちらに引き渡せ。」法王は携帯を閉じ、椅子の背に深く座った。「これで厄介な奴が始末できる。」「猊下、ルドルフをどうなさるおつもりですか?」「それはヴァチカンに引き渡されてから考える。」法王はそう言うとニヤリと笑った。「ん・・」ルドルフはベッドに両手足首を拘束されていた。「お目覚めかな、お姫様?」氷のような冷たい声がして、艶やかな黒髪を靡かせた医師が入ってきた。「お前は・・」皇太子だった頃、プラハで自分の部下だった者だ。「憶えていてくれたのかい?それは嬉しいな。」黒髪の医師はそう言って口端を上げて笑った。
2008年08月16日
コメント(0)
「ルドルフ様、お加減はいかがですか?」ユリウスはそう言ってルドルフを見た。数日前、意識を取り戻したルドルフは、集中治療室から一般病棟に移された。「ああ、腹も減るし、喉も渇くし・・」ルドルフは自分の腕に刺さっている点滴針と、それに繋がっている真紅の血を見た。「お医者様が、これを。」ユリウスはそう言って血液が入っている補給パックをルドルフに差し出した。「済まないな。」ルドルフはユリウスから補給パックを受け取り、中に入ってある真紅の血を飲み干した。「フランツさん、検査の時間ですよ。」看護師が病室に入ってきた。「ユリウス、また後でな。」「行ってらっしゃいませ。」ルドルフは気怠そうにベッドから起き上がり、病室を出ていった。「いつ退院できるんだ?」「検査とかを色々しないといけませんから、1ヶ月くらいかかりますね。」「大学の方は留年だな・・」ルドルフはそう言って溜息を吐いた。「それなら心配ありませんよ。お連れの方が休学届けをお出しになりましたから。」「じゃあ入院している間、勉強しているとしよう。」数時間後、いくつも検査を受けた後、ルドルフは病室に戻った。「お帰りなさいませ。」ユリウスは花瓶に真紅の薔薇を活けているところだった。「ユリウス、パソコンは持ってきたか?」「はい。あまり無理なさらないでくださいね。まだ本調子じゃないんですから。」「わかった。」ルドルフはそう言ってクスリと笑い、ノートパソコンの電源を入れた。看護師はそんな光景を見て微笑みながら、病室を出た。その途端、彼女の表情は険しいものとなった。足早に廊下を歩き、彼女はルドルフの主治医の部屋へと入った。「あの患者はどうだね?」「順調に快復しています。」「そうか・・」主治医はそう言って机の上に置いてあるものを見た。それはルドルフの検査結果を記したカルテだった。「血液の成分にありえないものが入っているな。」「ええ。それに傷の治りが早いですね・・この前彼が割れた花瓶で指を切ってしまったのですが・・彼の指の傷はあっというまに塞がりました。」「再生組織が活発だということか・・だとしたら、彼は人間ではないのかも知れないな・・」主治医は眼鏡を押し上げた。「君はこのまま彼の観察と監視を続けてくれ。何か判り次第わたしに報告してくれ。」「わかりました。」看護師はそう言って部屋を出た。「彼はもしかしたら、未知の生物なのかもしれないな・・」主治医はボソリと呟いて机の引き出しから1枚の報告書を取り出した。それはヴァチカンからのもので、ルドルフとアフロディーテの生態が詳しく書かれてあった。蒼いアオザイを翻し、燃えさかる村をバッグにサーベルを振りかざしているルドルフの写真を暫く彼は見ていた。(もしも彼が・・ヴァチカンが抹殺したがっている未知の生物だとしたら・・研究のし甲斐があるな・・)「疲れた・・」ルドルフはそう言ってノートパソコンを閉じた。「あまり無理をなさらないでくださいね。」「ああ。これから『嵐が丘』を読もうと思ったんだが、もう疲れたから寝る。」「お休みなさいませ、良い夢を。」ユリウスはそう言ってルドルフの額にキスをして、病室を出ていった。「さてと、寝るか・・」ルドルフは欠伸をしてベッドに寝転がった。深夜の寝静まった病棟内は、暗く不気味だった。昼の活気さとは違い、夜は何か幽霊でも出てきそうだった。そんな中、ルドルフの主治医はまだ仕事をしていた。「先生、お呼びでしょうか?」「ああ。君に頼みたいことがある。」ルドルフは検査を長時間受けた疲れで、爆睡していた。そこへ、音もなく看護師が入ってきた。その手には、銀の短剣が握られている。ルドルフはグッスリと眠っており、刃物を手に忍び寄る看護師には全く気づいていない。看護師は深呼吸して、ルドルフに向かって一気に剣を振り下ろした。
2008年08月16日
コメント(0)
NYから遠く離れたスペイン・セビリアにある瀟洒な洋館で、1人の少女が1枚の写真を見ていた。そこには幼い頃のルドルフとユリウスが映っていた。「何をご覧になってらっしゃるんですか?」「これ?これはユリウスがホーフブルクに来たとき、兄様と一緒に撮ったものですって。狡いわよね、兄様は・・仲良くなったのは私の方が先なのに、どうしてユリウスをわたしから奪っちゃったのかしら?」アフロディーテはそう言って、写真を破り捨てて暖炉へと投げ捨てた。セピア色の写真は、瞬く間に灰と化した。「兄様が綺麗なお洋服やおいしい食べ物を食べている時、わたしは地下牢で襤褸のドレスを着て、不味いスープを飲んでいたわ。兄様が舞踏会で楽しい時間を過ごしている間、わたしはいつも寂しさを紛らわす為に地下牢で歌を歌っていたわ。」昔のことを懐かしむかのように、アフロディーテはそう言って目を閉じた。「わたしね、いつも外に出たいと思っていたの・・ユリウスがお外に出してくれたとき、わたし嬉しかった・・けどね、外に出たらユリウス、急に冷たくなっちゃった・・地下牢にいた頃はいつも美味しいもの持ってきてくれて、楽しい話をしてくれて、優しかったのに・・どうして・・」「アフロディーテ様、気をお鎮めください。」カエサルはそう言って幼い子を宥めるようにアフロディーテの髪を撫でた。「どうしていつも兄様ばかり愛されるのかしら?どうしていつもユリウスは兄様のことばかり優先するのかしら?ねぇカエサル、教えてよ。わたしの何がいけないの?わたしはただ、ユリウスのことが好きなのに!どうしてわたしは誰からも愛されないの?どうしてよ、どうして・・」アフロディーテの瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。「わたしはね、カエサル・・誰かに愛されたかったの。誰かに愛されたくて、我が儘を言ったりしたの・・でもみんな離れていったわ・・ソロモンも、ジュリアーナも、そしてユリウスも・・わたしを愛してくれる人は、きっといないんだわ、誰も・・」「わたくしがおります。」カエサルはそう言ってアフロディーテを抱き締めた。「わたくしはあなたを愛しておりました。オイゲンの紹介であなたとお逢いしたあの日から。わたくしはあなたを一生守り抜き、あなたを愛すと誓いました。」アフロディーテの前に跪き、カエサルは主を見た。「わたしの命はあなたのものです、アフロディーテ様。あなた様のお命はわたしが命に代えてもお守りいたします。」「ありがとう・・カエサル・・」アフロディーテは照れ臭そうに笑った。「思えば、あなたと初めて出逢ったのは、オイゲンが地下牢にあなたを連れてきた時よね?確かあなたはまだ医学生だったわよね?」「オイゲンはわたしのゼミの教授でもありました。彼の助手としてわたしはホーフブルクに初めて足を踏み入れました。そこでわたしはあなたと皇太子様に出逢ったのです。」「兄様にも会ったの?でもお前はその事を忘れてしまったようね。だからきっと、兄様も憶えていないわ。」アフロディーテはそう言って笑った。「わたしは皇太子様よりもあなたに惹かれました。だから今もここに・・あなたのお傍にいるのです。」「カエサル、お願いがあるの。」アフロディーテはゆっくりとソファから立ち上がった。「兄様はわたしをこれ以上生かしてくれないわ。だって兄様はわたしのことを憎んでいるんですもの・・わたしはね、今まで兄様のことが大好きだったわ、ユリウスのこともね。2人のことを考えているだけで、嬉しくなったわ・・でもね、もう夢ばかり見ちゃいけないって思ったの。」アフロディーテは壁に掛けてある愛剣を握り締めた。「わたしは兄様とユリウスを殺して死ぬわ。その時は、お前も一緒に死んでくれる?」「・・はい・・」「それでこそわたしの騎士ね。」アフロディーテは鞘を抜き、刃先をカエサルの右肩に置いた。「カエサル、約束してくれる?わたしに害をなす者は全て殺すって。」「約束いたします、我が君。」カエサルはそう言って目を閉じた。「お前はわたしの騎士よ。わたしのことをこれからも色々と助けてくれるわね?」「イエス、ユアハイネス。」アフロディーテは満足そうに笑みを浮かべて、剣を鞘に収めた。「皇太子様が先ほど意識を取り戻したそうです。」「そう・・面白くなりそうねv」アフロディーテはそう言って口元に滴る血を舐めた。ソファの周りには、血の海が広がっていた。「兄様に会いたいわ。そしてユリウスの前で兄様を嬲り殺してやるのv」鋭い犬歯を覗かせながら、アフロディーテはそう言って笑った。「その時は、わたしもお供いたします。」「ありがとう、カエサル。」アフロディーテは妖艶な笑みをカエサルに浮かべた。その瞳は黄金色に輝いていた。「わたしはあなたの騎士。どこまでもお供いたします。」カエサルの瞳も、黄金色に輝いていた。暗闇の中、狂気に彩られた部屋を暖炉の火が静かに照らしていた。
2008年08月16日
コメント(0)
ルドルフは森の中に建つ白亜の洋館に入った。「ルドルフ、全てを思い出したか?」螺旋階段からフランツが降りてきてそう言ってルドルフを見た。「・・ええ、思い出しました。」「そうか、ではこちらに来なさい。」フランツはルドルフに手招きした。父に連れられ、ルドルフはある部屋に入った。そこには優雅にアフタヌーンティーを楽しむエリザベートの姿があった。黒衣に身を包んだ彼女は、息子と夫が部屋に入ってくると、衣擦れの音を立てながら椅子から立ち上がった。「ルドルフ、思い出した?」「はい・・前世のことを、全て。」「そう・・」エリザベートはそう言ってふんだんにレースが使われている黒い扇子を開いた。「母上、何故喪服を着ているのです?」「・・それはね、あなたの死を悼んでいるからよ。」「私の?」「マイヤーリンクであなたが死んだとき、私は色を捨てたの。黒以外の色全てを。私は罰が当たったのよ、あなたを蔑ろにした罰が・・」エリザベートはそう言って俯いた。「母上・・」「あなたはこれからどうしたいの、ルドルフ?ここで私達と3人で暮らす?それともユリウスの元に戻る?」「私は・・」一緒に暮らしたい、と言いたかった。だが脳裏にユリウスが静かに祈っている姿が浮かんだ。どうかルドルフが良くなるように祈るユリウスの姿が。ミハエルに斬られて半年が経った。ルドルフは一向に意識が戻らない。「先生、ルドルフ様は大丈夫でしょうか?」「峠は越しましたが、一向に目覚める気配がありません。この状態が続くと、危険です。」「そうですか・・」ユリウスはそう言ってルドルフを見た。彼はいくつもの管に繋がれ、ベッドの上で眠っていた。「ルドルフ様・・」ルドルフの顔は青ざめていて、心電図は一定のリズムを保ちながら音を立てていた。「・・私は、一緒には暮らせません。」ルドルフはそう言って両親を見た。「そう・・あなたにはまだやるべきことがあるものね。」エリザベートはそう言って微笑んだ。「父上、母上、申し訳ありません。私にはまだ、私の帰りを待ってくれる人がいるのです。だから一緒には暮らせません。」「そうか・・少し残念だが、仕方がない。」フランツはそう言って俯いた。「ルドルフ、アフロディーテを止められるのはお前だけだ。あいつをどうか・・」「わかっています、父上。」ルドルフは椅子から立ち上がった。「ここでお別れです、父上、母上。」「さよなら、ルドルフ。」エリザベートはそう言って息子を抱き締めた。ルドルフはゆっくりと洋館を出ていった。ユリウスは今日も、教会で祈りを捧げていた。「主よ、どうかルドルフ様のお命をお救い下さい・・」ルドルフに貰ったロザリオをまさぐりながら、ユリウスはそう言って祭壇を見上げた。自分達は神に捨てられた存在。だが誰にルドルフを助けてくれと言えるだろうか?魔族となる前は、ユリウスは1人の人間だった。神に仕える人間だった。神に恋人の回復を祈ることは、何も悪いことではない筈だ。ユリウスはロザリオを見た。金の鎖の先にはダイヤの十字の中心には、サファイアが嵌め込まれていた。ルドルフの蒼い瞳と、同じ色の宝石。あの美しい瞳を、もう二度と見られないのかと思うと、気が狂いそうになる。「どうか、お願いいたします、主よ・・あの方を・・ルドルフ様をお助け下さい・・」ユリウスは再度祈りを捧げた。病院に戻ると、看護師や医師が慌ただしく集中治療室へと駆け込んでいった。「ルドルフ様・・?」ユリウスが集中治療室に入ると、そこにはルドルフに馬乗りになり、心臓マッサージを施している医師の姿があった。「ルドルフ様、起きてください!」ユリウスはそう言ってルドルフの身体を揺さぶった。「私を置いて逝かないでください!お願いですから・・」その時、ルドルフの手が微かに動いた。「ん・・」低い呻き声と共に、蒼い瞳がゆっくりと開いた。
2008年08月16日
コメント(0)
「あたしはあなたと結婚しないって言ったはずよ。」そう言ってクリスティーナはゲオルグを睨んだ。「どうして僕の想いに気づいてくれないんだ、クリスティーナ?僕は君と出会った時からずっと君のことを想っているのに・・」ゲオルグはそう言って着飾ったクリスティーナを見た。「あたしは、あなたとは結婚しないわ!あたしはアウグストを愛してるの!だからあなたは諦めて!」「嫌だ、諦めたくないっ!」ゲオルグはクリスティーナを寝台に押し倒した。「やめてっ!」クリスティーナはゲオルグの頬を叩き、部屋を飛び出していった。「許さないよ、クリスティーナ・・僕を拒絶したことを後悔させてやる!」そう言ったゲオルグの菫色の瞳は、狂気で煌めいていた。舞踏会から数日後、村から若い娘が次々と姿を消した。「人攫いかしら、物騒ねぇ・・」「狙われるのは金髪に蒼い瞳の子だって・・」「怖いわね・・」村の広場で噂話をしている女達の話を聞き、クリスティーナは嫌な予感がした。(もしかして・・ゲオルグ・・)事件の真相を確かめるために、クリスティーナは領主の館に忍び込んだ。ゲオルグの部屋に行ったが、彼はそこにはいなかった。(ゲオルグは何処に・・)クリスティーナが館の中を探していると、突然恐ろしい声が聞こえた。断末魔の叫び声のようなものが。(何・・?)声は、地下室から聞こえた。クリスティーナはランプを取り、地下室へと向かった。そこは薄暗くて気味の悪いところだった。(早くここから出よう・・)クリスティーナはそう思って地上に出ようとしたとき、地下室から断末魔の叫び声が聞こえた。クリスティーナは地下室の扉を開けた。そこには、血の海と無数の死体が転がっていた。「クリスティーナ、会いに来てくれたんだね・・嬉しいなぁ・・」狂気を孕んだ菫色の瞳が、クリスティーナを見つめた。ゲオルグは全身返り血を浴びていた。彼は喉笛を切り裂かれた娘を抱いていた。金髪に、蒼い瞳の娘を。「ゲオルグ・・あなたが・・」「だって、君が悪いんだよ?君が僕の愛を受け止めてくれなかったから、彼女達が犠牲になったんだ。」「何・・何を言ってるの?」クリスティーナはゆっくりとゲオルグから後退った。「君の所為だ、君の所為で彼女達は死んだんだ、この魔女め!」そう怒鳴ったゲオルグの瞳はもはや理性を失い、本能のままに動く獣の目そのものだった。「さよなら、ゲオルグ。」クリスティーナはそう言ってゲオルグに背を向けた。翌朝、グスタフは地下室で首を吊って死んでいた。地下室と館の庭からは行方不明となった村娘達の死体が見つかった。その中には、両腕両足を切り落とされた者や、首がない者、顔を原型を留めないほど破壊された者など、目も覆うような惨殺体があった。領主とその妻は、末息子が起こした猟奇的な殺人事件の責任を、クリスティーナに擦り付けようと企んでいた。素直で優しい息子を悪魔に変えてしまったのは、クリスティーナの所為だ、あの女と息子が関わったから、息子は悪魔となってしまったのだと、彼らはそう思い込むことで、自分達の“失敗”から目を逸らそうとした。領主の館で働く小間使いの密告により、クリスティーナは異端審問にかけられた。「お前が領主の館で若い娘を惨殺したと証言した者がいる。お前がやったんだろう?」「違います・・私はやっていません、私は誰も殺してませんっ!」少女の訴えに、誰も聞く耳を持たなかった。村中に愛されていた少女は、一夜にして魔女と呼ばれ、恐れられ、蛇蝎のように嫌われるようになった。拷問を受けたクリスティーナは、牢に繋がれ、裁判の日を待つこととなった。魔女裁判は、クリスティーナにとって不平等そのものだった。誰も彼女を弁護する者はおらず、全て原告の嘘の証言によってクリスティーナは有罪判決を下され、村の広場で火刑に処されることとなった。アウグストはクリスティーナの無罪を証明しようと嘘の証言をした小間使いに会って事件の真相を聞いたが、領主夫妻から固く口止めされている彼女は、何も話さなかった。時は非情に過ぎ去り、翌朝村の広場でクリスティーナは火刑に処されることとなった。広場には、魔女の最期を見届けようと、多くの村人が集まっていた。(主よ、どうか彼女をお救いください・・)アウグストが神に祈っていると、クリスティーナを乗せた荷馬車がやって来た。「魔女!」「くたばっちまえ!」村人達はクリスティーナを罵倒しながら彼女に石を投げつけた。クリスティーナは静かに火刑台に向かって歩いていった。「クリスティーナ、クリスティーナ!」クリスティーナは恋人に微笑み、彼に背を向けて再び火刑台へと向かった。荒縄で身体を十字架に縛り付けられたクリスティーナは、ゆっくりと目を閉じた。胸の高さまで積まれた薪が一気に紅蓮の炎に包まれた。「クリスティーナ、嫌だ、嫌だ~!」アウグストは火を消そうとしたが、村人達に止められた。クリスティーナは涙を流した。彼女は最期にこう祈った。―主よ、私はあなたも愛も要りません。もし私が次にこの世に生を享ける時には、全ての富と権力を、私にお授けください―彼女の祈りは聞き届けられ、今度はオーストリアの皇太子として全ての富と権力を持ち、何不自由ない生活を送った。家族の愛に恵まれないこと以外は、ルドルフは幸せだった。貧困の泥沼も知らず、飢えも知らず、それによる苦しみと怒りも知らずに、ルドルフは立派な青年へと成長していった。だが、ルドルフは愛に飢えていた。仕事人間で家庭を顧みない父親。宮廷の足枷を嫌い、各国を放浪する母親。自分の出生について心無い噂をして盛り上がる女官達。同年代の友達もおらず、ルドルフはいつも孤独だった。そんな中、ルドルフはユリウスと出会った。まるで運命の女神が2人を引き合わせてくれたかのように、シュタルンベルク湖でルドルフとユリウスは運命の出逢いをした。(今思えば・・ユリウスとの出逢いは、偶然ではなく必然だったのかもしれない・・)前世の記憶を思い出したルドルフは、目の前の扉を開けた。「全てを思い出したか、ルドルフ?」フランツはそう言って息子に微笑んだ。「はい、父上。」「そうか・・では答えは出たか?」ルドルフは首を横に振った。「まだ・・答えは出ません。どうして自分が生きているのかもわからないし、いっそこのまま楽になりたいと思ってもいます・・けれども、生きたいと叫ぶ自分もいるんです。」「焦らなくていい・・答えをすぐに出す必要はないんだ。」フランツはそう言ってルドルフを抱き締めた。その頃、ユリウスは集中治療室で眠り続けるルドルフを見ながら神に祈っていた。「どうか、ルドルフ様の命をお助けください・・どうか私の大切な人を、奪わないで下さい・・」ユリウスは一睡もせずに、ロザリオを弄りながら神に祈りを捧げ続けた。遠い昔、ルドルフからプレゼントされたロザリオを。
2008年08月16日
コメント(0)
ルドルフは目を閉じて、前世の記憶を手繰り寄せた。オーストリアで皇太子として生を享ける前、彼は女性としてチロルの山村に産まれた。淡い糖蜜色のブロンド、蒼い瞳。そして豊満なモデル体型。 昔、村一番、いやオーストリア一の美女と謳われた母親の美貌を受け継いだ少女の名は、クリスティーナ。天使のように美しく、可憐な少女は、誰からも愛されていた。男達は我先にとクリスティーナに求婚を申し込んだが、彼女はどれにも首を縦に振らなかった。それもそのはず、彼女には結婚を約束した恋人がいたのだ。「ねぇクリスティーナ、あなたはどうして結婚しないの?」ある日の朝、クリスティーナの姉がそう言って彼女を見た。「わたしには彼がいるもの。」クリスティーナは家畜に餌をやり終え、恋人の所へと向かった。「クリスティーナ。」黒髪の、スラリとした体躯をした青年が、クリスティーナに微笑んだ。「アウグスト、結婚式はいつにしようかしら?」「そうだね・・家族を呼んでやろう。もちろん領主様には内緒でね。」「ええ。」クリスティーナはそう言って悪戯っぽく笑った。「領主様は一体何を考えているのかしら?奥様がいらっしゃるのに、まだ母さんを口説いているのよ。」クリスティーナは溜息をついた。クリスティーナ達が住む村の領主は、クリスティーナの母親に昔懸想していた。だが母親は領主の求婚を断り、クリスティーナの父親と結婚した。それでも領主は母親を諦めきれず、いつも母親を口説いている。「クリスティーナ、ゲオルグ様が呼んでるわよ。」1人の村娘がそう言ってクリスティーナを見た。「ゲオルグ様が?一体何の用なのかしら?」ゲオルグは領主の息子で、身勝手で乱暴者の父親と兄とは違い、優秀で心優しい少年だ。彼は密かにクリスティーナのことを想っているのだが、当の彼女はそんなことは知らない。「じゃあアウグスト、行ってくるわね。」「あまり帰りは遅くなるなよ。君はあいつのものじゃないんだから。」「わかってるわよ。」クリスティーナは恋人の頬にキスをし、領主の館へと向かった。「こちらへどうぞ。ゲオルグ様からお話を聞いております。」豪奢な内装が施された領主の館に入ると、執事がそう言ってクリスティーナをゲオルグの部屋まで案内した。「クリスティーナ、久しぶりだね。」プラチナブロンドの髪をなびかせ、菫色の瞳を煌かせながら、ゲオルグはクリスティーナを見た。「あたしに何か用?」「クリスティーナ、もし僕が君に結婚を申し込みたいって言ったら、どうする?」「どうするも何も・・あたしはもうすぐアウグストと結婚するのよ。だからあなたとは結婚できないわ。」「そうか・・」笑顔を浮かべるクリスティーナは、まるで天使のようだった。「クリスティーナ、僕と結婚して欲しい。」ゲオルグはそう言って、クリスティーナを抱き締めた。「いきなり、何言い出すの?あなたとは結婚できないって言ったじゃない。」「それでも、僕と結婚して欲しいんだ。」そう言ったゲオルグの瞳はまっすぐ、クリスティーナを見ていた。「あたし、あなたとは結婚できないわ。」クリスティーナはゲオルグを突き飛ばし、領主の館を飛び出した。「・・僕は、君を手に入れるまで諦めないよ・・」ゲオルグの瞳は、決意で煌いた。翌朝、領主の執事がクリスティーナの家にやって来た。「今晩開かれる舞踏会に、ゲオルグ様と領主様が是非来て貰いたいとの仰せです。」あとがきルド様とユリウスの前世編、スタートです。
2008年08月16日
コメント(0)
パリから、ルドルフ負傷の知らせを受けてジュリオとサリエルが駆けつけてきた。「ママの様子はどうなの?」「・・まだ、目覚めないんだ・・内臓を激しく損傷して・・」「そうなの・・でも僕達は怪我をしてもすぐに治る筈・・」「ルドルフ様は、ミハエルにやられた。」ユリウスはそう言ってジュリオを見た。「ミハエルって、ロシアでママが産んだ・・?どうしてその子がママを・・」ジュリオは訳が分からないといった表情を浮かべた。「ルドルフは肉親から攻撃を受けた。」状況を充分にわかっていないジュリオに、サリエルは説明した。「普通、人間や同族の攻撃を受けると、傷の治りは早い。だが肉親からの攻撃を受けると、その治りは遅くなる・・最悪の場合、死に至ることもある。」「じゃあ、ママは・・死ぬってこと?」ジュリオはそう言って、酸素マスクを付けてベッドの上に横たわっているルドルフを見た。「その可能性はあるということだ・・オイゲンの研究ノートを繙けば、何かわかるかもしれない・・」「そうだね・・」「2人とも、来てくれてありがとう。ホテルに戻ってゆっくり休んでくれ。」「でも、パパ疲れてるんじゃない?ここ何日、寝てないんじゃない?顔色悪いし。」「私は大丈夫だから。」ユリウスはジュリオとサリエルをホテルに帰して、ルドルフに付き添った。「ルドルフ様、早く目覚めてください・・」その頃ルドルフは、王宮庭園の中を歩いていた。「ルドルフ。」誰かに呼ばれてルドルフが振り向くと、そこには死んだはずの両親が立っていた。「父上、母上・・どうして・・」「ここはお前の記憶の海だ。お前は今、選択を迫られているんだ。」「選択?」「そうだ。」フランツはそう言ってルドルフを見た。「お前はいつも、自分が特殊な存在であることに苦しんでいたな?何故人間を傷つけてまで食糧を得ないといけないのか?何故同族と刃を交えなければならないのか・・お前はいつも苦しんでいた。そしてお前は、ある結論に達したー自分はこの世にいなければいいんじゃないかと。」フランツの言葉を聞き、ルドルフは目を驚きで見開いた。「いつから・・知っていたんですか?」「あの日から・・アフロディーテがユリウスの手によって解放され、惨劇が起きた日からだ。」フランツはそう言って、ルドルフの方へと歩いていった。「私はいままで、お前のことを顧みなかった・・お前は強い子だ・・そう勝手に思いこんでいた。私はいつしか、そう思うことでお前から逃げていた・・お前のことを結局何も判ってやれずに・・私は・・」フランツはルドルフを抱き締めながら、涙を流した。「父上・・」「ルドルフ、マイヤーリンクで起きたことは私の責任でもあるわ。私はあなたの抱える闇に気づかなかった・・許してね・・」エリザベートはそう言って涙を流した。「ルドルフ、お前には選択肢が2つある。死を受け入れるか、それとも愛しい家族の元に帰り、再び剣を取るか。これからお前にはたくさんの扉が用意されている。それは全て、お前の記憶だ。」フランツはそう言って、ルドルフに微笑んだ。「さてと、私達はもう逝くとしよう。お前にまた会える日が来るのかどうかは、お前次第だ。」エリザベートの手を取って、フランツは王宮庭園を去った。「父上、待ってください!」フランツ達の後を追ったルドルフは、いつの間にかマイヤーリンクの雪深い森の中を走っていた。「父上!」フランツ達は白亜の扉の向こうへと消えていった。ルドルフは躊躇いもなくその扉を開いて中へと入っていった。するとそこは、ホーフブルクに引けをとらない貴族の豪奢な邸にある大広間だった。「ここは・・一体・・」「やっと来てくれたか。」背後から声がして振り向くと、そこには紫の瞳を冷たく光らせた黒髪の男がルドルフを見ていた。「お前は・・何者だ!」「私はハンス・・お前の夫となる男だ。忘れてしまったのか、クリスティーナ?」男はルドルフの顎を持ち上げ、ルドルフの唇を塞いだ。(私は・・この男を知っている・・)ルドルフの脳裏に、紅蓮の炎で焼かれた記憶が甦った。美しい金髪をなびかせた少女。あれは自分。皇太子として生を享ける前の、自分。
2008年08月16日
コメント(0)
「ママ、死んで頂戴っ!」ミハエルはそう叫んで鋭い突きを繰り出した。「そういうわけにはいかないっ!」ルドルフはミハエルの攻撃を避け、彼の鳩尾を蹴った。ミハエルはアスファルトの地面に蹲った。「ユリウス、早く火を。」「わかりました。」そう言ってユリウスは目を閉じ、意識を集中させた。しばらくすると、部屋から紅蓮の炎が大量の水によって瞬く間に鎮火していった。「・・すいません、今はこれしか・・」「ありがてぇ!」涙を流しながら男性は、ユリウスに何度も礼を言って去っていった。「随分と人間に優しいんだね?」背後から氷のように冷たい声がして振り返ると、ミハエルがユリウスを睨んでいた。「あいつらは僕達にとってただの餌なのに。」ミハエルはそう言って右手を上げた。シュンッという音がして、ドサッと何かが倒れる音がした。「マリー!」若い女性の悲鳴が路地に響いた。ユリウスの目の前で、5歳くらいの女児が腹部から血を流しながらゆっくりと地面に倒れた。「なんてことを・・」「別にいいでしょ?人間は僕達の餌に過ぎないんだから。」ミハエルはそう言って笑った。「だからと言って君は殺戮を繰り返すのか?そんなの間違ってる!人間と私達は必ず解り合える筈・・」「五月蠅い(うるさい)!」ミハエルはユリウスの頬を殴った。「あんたなんか大嫌い。僕を捨てた癖に、人間を守って、人間の中で生活してさ!何優等生ぶってんだよ!吐き気がするよ!」「ミハエル・・」「お前なんか大嫌いだっ、死ねっ!」ミハエルは空気の刃をユリウスに向けた。「ユリウスッ!」ユリウスは一体、目の前で何が起きているのかがわからなかった。ルドルフはミハエルの刃を腹部に受けて、ゆっくりと地面に倒れていった。「ルドルフ様!」「無事・・だった・・よかった・・」ルドルフはそう言って涙を流した。「ママ、どうして・・どうしてあいつを庇うの?」ミハエルはそう言って地面に膝をついた。「どうして・・僕はそいつを殺したかったのに!僕とママの邪魔をするそいつを、殺したかっただけなのに!」「お前には・・わからない・・」「・・どうして、僕を愛してくれないの、ママ?」ミハエルの目から一筋の涙が流れた。「どうして僕のことを愛してくれないの、ママ?僕ずっと待ってたんだよ、ママが迎えに来てくれるのを!でもママは来てくれなかった!どうして僕を捨てたの、ママ!?」目の前の少年は、泣き叫びながらルドルフを睨んだ。ルドルフは何か言おうとしたが、ユリウスの腕の中で意識を失った。「・・僕のこと、愛してくれないんだね、ママ・・」ミハエルはどこか諦めた口調でそう言うと、2人に背を向けた。(ミハエル・・)あの子をここまで狂わせてしまったのは自分達だ。あの日、スペインであの子を捨てずに自分達の手で育てていれば、あの子は変わっただろうか?だが、時間はあの日に戻ってくれない。後戻りはもうできない。前に進むことだけを、考えなければ。ユリウスは、腕の中で意識を失っているルドルフの前髪を掻き上げた。ミハエルによって傷ついた腹部からはまだ血が流れている。「ルドルフ様・・」遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえた。誰かが警察を呼んだのだろう。ユリウスはルドルフを抱きかかえアパートの前から立ち去り、病院に駆け込んだ。「誰か、彼を助けてくださいっ!」「・・・そんな・・ママが・・」ジュリオはそう言って床に崩れ落ちそうになった。「ルドルフは大丈夫だ。今からNYに行こう。」「うん・・」(ママ・・無事でいて・・)ルドルフは集中治療室に入れられた。「ルドルフ様、早くよくなってください・・」硝子越しにユリウスはそう呟いてその場に崩れ落ちた。
2008年08月16日
コメント(0)
ルドルフは献血を終えて寝室を出た。「顔色がさっきより良くなりましたね。」「ああ、献血している間、昼寝もしたしな。」ルドルフはそう言ってソファに座った。テレビをつけると、夕方のニュースが放送されていた。「最近この近辺で、連続放火事件が相次いでいるようだな。」「ええ。何でも、目撃者の話によると放火というよりも火の気の無いところから突然炎が噴き出したとかで・・これまで死者が30人も出ています。」「・・そうか・・」ルドルフは嫌な予感がした。脳裏に、炎を自由自在に操る少年の姿が浮かんだ。蒼とトルマリンのオッド・アイを持つ少年。「ユリウス、この事件の裏には、あいつが関わっているかもしれない。」「あいつ?」「ロシアで産まれ、スペインで自分が生まれ育った孤児院を焼き払った奴だ。」ルドルフの言葉を聞いて、ユリウスの美しく整った眉が少し歪んだ。「ミハエルが・・この事件の犯人だと?」「あいつしかいない・・私を憎み、殺そうとしている奴は。」ミハエルは、ルドルフに対して尋常ではない憎悪を抱いている。彼はスペインの孤児院に捨てられた時から、心に炎を宿していた。憎しみという、激しい炎を。「私が・・いけなかったんです・・あの子を、捨てたりしなければ・・」ユリウスはそう言って俯いた。「悪いのは私だ。私があいつを捨てたりしなければ・・だがもう時の針はあの日には戻ってくれない・・だから私はあいつを殺す。」ユリウスが隣で息を呑むのがわかった。「本気・・なのですか?」「ああ。あいつは危険だ。あいつの所為で何人もの罪のない人間が炎に焼かれる。私は私の所為で人間が傷つくのは、もう嫌なんだ・・」脳裏に、京都での惨劇が浮かび上がる。粉々に破壊され尽くされ、瓦礫の山と化した瀟洒な建物。血の海の中で沈む夥しい死体。遥か上空で、狂気のアリアを歌うアフロディーテ。アフロディーテと自分の戦いの所為で、罪のない多くの者が犠牲となっていく。もうそんな悲劇を繰り返したくはない。だからせめて、自分の血を分けた息子の息の根を、この手で止めようとルドルフは決意した。「私も・・お供いたします。あの日、アフロディーテを地下牢から解き放ったのは私。あなた様から何不自由ない生活と、戦いとは無縁の世界を奪ってしまったのは私・・そして、ミハエルをあのような化け物にしてしまったのも私です。あなた様があの子を討つというのなら、私もあの子を討ちましょう。」その夜、ユリウスとルドルフはマンハッタンから少し外れた古びたアパートの前で張り込みをした。「今夜、あいつが現れるかもしれない。」「ええ・・きっと彼は現れます。彼の怒りと憎しみが、すぐここまで伝わってきます。」ユリウスはそう言って呻いた。ミハエルが発する激しい癪気(しょうき)は、魔族だが元は人間だったユリウスの体力を徐々に奪っていく。「大丈夫か・・」「ええ・・」「私の血を飲め。」「すいません・・」ユリウスはそう言ってルドルフの首筋に顔を埋めた。「火事だぁぁっ、俺の家がっ、俺の家がぁぁっ!」叫び声を聞き、ユリウスとルドルフは路地裏から飛び出した。アパートの3階にある部屋の窓硝子が、激しい音を立てて割れ、宝石のようにキラキラと輝きながら、破片を路上に撒き散らした。「俺の家が燃えちまう、誰か助けてくれぇ~!」中年のアフリカ系男性が、そう言って燃えさかる家を見つめながら叫んでいる。ルドルフはその光景を目の当たりにしながら、何も出来ない自分の無力さに歯痒さを感じた。その時、炎の中に人影がチラリと見えた。一瞬幻覚かと思っていたが、炎の中に人影が確かに動いている。「ルドルフ様っ!」背後でユリウスの鋭い叫び声が聞こえたかと思うと、ルドルフの左腕に激痛が走った。「久しぶり、ママv」紅蓮の炎を纏いながら、ミハエルはそう言ってサーベルでルドルフの左腕を刺した。「ミハエル・・」「やっとこの日が来た、ママを殺す日が。」ルドルフは左腕に刺さっているサーベルを抜き、ミハエルを突き飛ばした。「痛いよ、ママ。」サーベルの鞘を抜き、ルドルフはその刃先をミハエルに向けた。「お前を、倒す。」「・・その言葉、ずっと聞きたかったんだ。」ミハエルは邪悪な笑みを浮かべ、ルドルフに突進した。漆黒の闇に包まれたNYの路上に、激しい剣戟の音が響いた。
2008年08月16日
コメント(0)
パリの高級住宅街にあるジュリオとサリエル、そして彼らの娘・ヴィクトリアとその娘達が住む邸宅では、ヴィクトリアがルドルフの手紙を読み上げた。「私の愛する子ども達、孫達へ,NYでは忙しい大学生活を送っている。エルジィとアナスタシアはすくすくと成長し、エルジィは日に日に口が達者になってきた。いつパリに戻れるかどうかわからないが、全てが終わったらカプリ島の別荘でみんなで休暇を過ごそうと思う。それまで、しばしの別れを。―R―」ヴィクトリアはそう言って手紙を丁寧に折り畳み、封筒の中に仕舞った。「曾お祖母様はお元気そうね。」ヴィクトリアの長女・ジュリアーナはそう言って紅茶を飲んだ。「お母様、曾お祖母様ってどんな方なの?わたし一度もお会いしたことがないわ。」そう言ったのは、ブロンドの巻き毛が美しいヴィクトリアの次女・マルティナだった。「曾お祖母様はとても気品のある方で、美しい人よ。曾お祖母様って言っても男だけどね。」一同はヴィクトリアの言葉に笑った。「エルジィちゃん達に早く会いたいわ。」三女のアネリーゼがそう言って笑った。「ママ、大丈夫かな?もうすぐ昏睡期が近いし・・」ジュリオはそう言いながら夫を見た。「それもそうだな・・昏睡期は受胎期よりも多くの血を必要とする。それよりも心配なのは、エルジィ達のことだ・・もし2人が真実を知ったとき、彼女達を待ち受けているのは・・」ジュリオはその先のサリエルの言葉が理解できた。外見は同じ人間だが、特殊能力と不老不死を持つ魔族は、何かと人間から畏怖の視線を浴びる。いままでルドルフは化け物と罵られ、酷い目に遭ってきた。「・・パパは多分、あの子達に本当のことを言っていないと思う。ママとパパはいままで辛い目に遭ってきたし・・だから、パパは・・」ジュリオは涙目で言った。「そうだな・・それよりも、アネリーゼにあれを渡さなくていいのか?」「あ、そうだったね。」ジュリオはそう言って、リビングを出た。「お祖父様、お祖母様はどこへ行ったの?」アネリーゼはリビングを出ていったジュリオを訝しげに見ながら言った。「アネリーゼ、来月には17になるんだったな。」「ええそうよ、それがどうかして?」祖父譲りの艶やかな黒髪を揺らしながら、そう言ってサリエルを見た。「真珠のネックレスの話は知っているな?幸運を招く真珠のネックレスのことを。」「ええ、知ってるわ。子どもの頃よくお話してくれたわね。でもそれってお祖父様達が作ったお伽話なんでしょう?」「いや、それは真実だ。」「お待たせ。」ジュリオが長方形の箱を持ってリビングに戻ってきた。「少し早いけど、誕生日プレゼントだよ。」ジュリオはそう言って箱を開けた。そこには、幼い頃祖父達がいつも話してくれたお伽話に登場する、美しい真珠のネックレスが入っていた。「わぁ、綺麗・・これをわたしにくださるの?」アネリーゼはそう言って瞳を輝かせた。「勿論だ。お前の母親も、姉達も代々これを受け継いだ。我が家の家宝だから、大切にするんだぞ。」「ええ!」アネリーゼは、真珠のネックレスを見ながら言った。真珠のネックレスは、シャンデリアの光を受けて、美しく輝いた。それはジュリオが妊娠したことを知ったルドルフが、産まれてくる孫の為に日本の天然真珠によって作ったネックレスをジュリオにプレゼントしたものだった。「来月の誕生パーティーに、これを付けてもいい?」「勿論だ。」サリエルはそう言って孫娘に微笑んだ。1ヶ月後、ジュリオの邸宅で、ヴィクトリアの末娘・アネリーゼの17歳の誕生日を祝うパーティーが開かれた。主役のアネリーゼは、真紅のドレスに身を包み、真珠のネックレスを胸元に飾り、パーティーに来ていたどの令嬢よりも美しかった。「曾お祖母様に今とってもお会いしたいわ。」アネリーゼはそう言って溜息をついた。「今はお前達と会えないが、いつか必ず会える日が来るだろう。」「そうね・・そうよね。」アネリーゼは笑顔を浮かべて、バルコニーを去っていった。「アネリーゼが17歳の誕生日を迎えたか・・時はあっという間に過ぎ去るんだな・・」メールに添付されたパーティーの写真を見ながら、ルドルフはそう言って溜息を吐いた。「そうですね・・」「戦いが終わったら、私は・・」「わかっております、その時は私も一緒です。決してあなた様を1人になんかさせません。」ユリウスはそう言ってルドルフの唇を塞いだ。「戦いは・・ウィーンで決着をつける。」「ええ・・ウィーンは私達とアフロディーテの戦いが始まった地・・そしてあなた様の故郷でもあります。」「やっと、戻れるのかな・・」「ええ、必ず。」
2008年08月16日
コメント(0)
図書館でたっぷり睡眠をとった後、ルドルフは大学の授業を終えて帰宅したのは午後3時半だった。「ただいま。」「お帰りなさいませ。何かお飲物はいかがですか?」「コーヒーを。ユリウス、今は仕事じゃなかったのか?」ユリウスはNY支社長として多忙な生活を送っており、睡眠時間はルドルフよりも数時間短い筈だった。「仕事は早めに終わらせました。それにあなた様のことが心配でしたので、帰ってきてしまいました。いけませんでしたか?」「いや・・寧ろ嬉しい。」ルドルフはそう言ってユリウスに微笑んだ。「アナスタシア達は?」「まだ幼稚園です。」「そうか・・久しぶりにお前と甘い時間を過ごすのも悪くはないな・・」ルドルフはニヤリと笑ってユリウスを見た。「・・あなた様という方は・・」ユリウスは照れくさそうに笑いながら、ルドルフを見た。同じ頃、ヴァチカンでは、顰めっ面の法王と、溜息をついている枢機卿達が会議を開いていた。議題は言うまでもない、ルドルフのことだった。「ルドルフはまた、オキナワで大勢の人間を虐殺したそうだな。」「あれはアフロディーテがやったことで・・それにキョウトでの虐殺も・・」「黙れ!ルドルフは手に負えぬ魔物、悪魔(サタン)の子だ!一刻も早くあいつの息の根を止めねばならぬ!」法王はそう言って1人の枢機卿を睨んだ。「エルンスト、“追跡者”どもは何をしている?」「彼らは只今、サンタフェを発ち、NYへと向かっております。」「そうか・・彼らに伝えよ。早くルドルフの息の根を絶て、とな。」法王はシスティーナ礼拝堂の天井を彩るミケランジェロのフレスコ画を見た。天を舞う人間達と、地の底で喘ぐ人間達。ルドルフは紛れもなく後者だ。(あやつは悪魔の子・・殺さなくてはならぬ!)法王は天井画から視線を外し、机の上に置いてある写真を見た。そこには、紅蓮の炎に包まれる村をバックに、真紅の瞳を煌めかせ、全身に返り血を浴びたルドルフが写っていた。その頃、NYへと向かう長距離バスの中で、4人の司祭がベーグルを食べていた。「今どこだ?」「もうすぐNYに着く。」「そうか・・では着き次第、あいつの息の根を止めよう。」「それよりも情報収集の方が先だと思うが?」「それはもう済んである。」彼らは“追跡者”―ルドルフ抹殺の命を受けたヴァチカンのエリート達である。法王が彼らにルドルフ抹殺を命じたのは、3年前。沖縄でルドルフを確認したが、彼の従者とともに見失った。彼らはウィーン、ブタペスト近郊の農村、ベトナム、京都、そして沖縄で、何の罪もない多くの人々を虐殺した。これ以上犠牲者を増やさないためにも、一刻も早くルドルフを見つけ、殺さなければ。(待っていろ、ルドルフ。お前の首は我等が狩る。)「疲れた・・」ルドルフはそう言ってソファに倒れ込んだ。たった今、彼は心理学のレポートを書き終えたばかりだった。夏休み前には沢山のレポートと試験があり、ルドルフは試験勉強とレポートで睡眠時間を削る毎日だった。「最近顔色が悪いですね・・血が足りてないんですか?」ユリウスはそう言って心配そうにルドルフを見た。「まぁな・・」ルドルフはそう言って目を閉じた。「献血の準備をしてきます。」「いつも済まないな。」ルドルフはユリウスの頬にキスしながら言った。同じ頃、ミハエルはマウンテンバイクでNYへと入った。ブルックリン橋の前で、ミハエルはルドルフが住む街を眺めた。(あそこに、ママがいる・・僕を捨てたママ・・)自分と父親を捨て、新しい家庭を築いて幸せに暮らしている憎い母親。絶対に許す訳にはいかない。(幸せになんかさせない・・ママを絶対幸せになんかさせないからっ!)ミハエルはマウンテンバイクに乗り、ブルックリン橋を渡った。「お父様、お母様は毎日献血してるけど、病気なの?」そう言ってエルジィは、寝室の方を見た。「貧血なんだ。だから毎日、お母様は献血しないといけないんだよ。」ユリウスはそう言って娘に嘘を吐いた。彼女達には、まだ真実を言うのは早すぎる。自分達が、血肉を喰らう魔族だということを。そして自分達の母親には、残忍な性格の双子の弟が居ることを。彼女達はまだ4歳だ。(まだこの子達には真実は言わない方がいい・・)ユリウスはそう決意した。だがその決意が、家族4人の幸せな生活を粉々に壊すことになろうとは、ユリウス自身にも知る由がなかったー
2008年08月16日
コメント(0)
「疲れた・・」ルドルフはそう言ってベッドに横たわった。無理もない。 コニーアイランドで娘達と10回以上サイクロンに乗り、その上コニーアイランドからマンハッタンの自宅までのドライブをし、長時間の渋滞に嵌り、やっとのこと自宅に辿り着いたのだ。「お休みなさいませ。」ユリウスはそう言って寝室のドアを閉めた。「お父様、お母様寝ちゃったの?」アナスタシアはスナック菓子を食べながらテレビを見ていた。「うん。アナスタシアとエルジィが無茶させるからだよ?サイクロン10回以上も乗るから・・」「いいじゃない、楽しかったんだから。」「ねぇ。」「お母様は明日大学なのに・・」ユリウスはそう言ってチラリとルドルフの寝室の方を見た。「ん・・」ルドルフはゆっくりと目を開けた。明日は大学で、英文学のレポートを仕上げなければいけない。ルドルフは机に置いてあるノートパソコンのスイッチを入れ、フラッシュメモリを差し込んで昨日までやりかけていたレポートを仕上げて保存し、眠った。朝起きると、リビングから香ばしいコーヒーの匂いがした。「おはようございます。昨夜はお疲れでしたね。」ユリウスはそう言ってハムエッグを載せた皿をルドルフの前に置いた。「レポートは出来た。これから印刷してくる。」ルドルフはノートパソコンのスイッチを入れ、完成したレポートをプリントアウトして、クリップで纏めてクリアファイルの中に入れた。「お母様、いつ帰ってくるの?」「6時には帰るよ。」ルドルフはそう言って眠い目を擦りながら家を出て大学へと向かった。ルドルフはコロンビア大学で英文学と心理学を学んでいる。皇太子だった頃、ルドルフは大学に行きたかったが、周囲はそれを許してくれなかった。だが今はただのルドルフ=フランツとして学生生活を楽しんでいる。「ハーイ、ルドルフ。なんだか顔色が冴えないわ。」キャンパスへと歩いている時、黒髪の美人女子学生がそう言ってルドルフに声をかけた。「ちょっと寝不足でね。心配してくれてありがとう。」ルドルフはそう言って女子学生に微笑んで足早に去っていった。「いつ見てもいい男だわ・・」リアーナはそう言ってルドルフの後ろ姿を見ながらため息を付いた。英文学のレポートを提出し、ルドルフは図書館でオイゲンの研究ノートを読んでいた。彼の傍らには、山のように積まれた本があり、その内容は吸血鬼に関してのものだった。受胎期のリスクを避ける可能性があるヒントをいくつかの文献から探したが、なしのつぶてだった。(やはり運命は変えられないのか・・)ルドルフはため息を付いて本を元の場所に戻し、研究ノートをバッグの中に入れて両腕の間に顔を埋めた。そういえば昨夜はレポートを仕上げていてほとんど寝ていない。ちょっとひと休みしようと思い、ルドルフは目を閉じた。その頃ソロモンはノートパソコンの前でため息を付いた。「パパ、何見てるの?」「ママのことを調べてたんだよ。」「そう・・」ミハエルの目つきが鋭くなる。「ママの居場所、わかったんでしょ?」「ああ・・でもお前には教えない。」「どうして?」「お休み。」ミハエルは不快そうに鼻を鳴らして部屋を出ていった。(パパは何か隠してる・・絶対に。)翌日学校に帰ってきたミハエルは、父のパソコンを調べた。そこにはルドルフが現在NYで双子の娘とユリウスと暮らしていて、コロンビア大学に在学中ということがわかった。(ママ・・僕を捨てたママ・・)ミハエルはモニターに映っているルドルフの幸せそうな笑顔を指でなぞった。自分を捨てた癖に、幸せに毎日を送っているなんて許さない。(ママを不幸にしてやる・・)ミハエルはパソコンの電源を切り、リュックサックにノートパソコンと食料品を入れて、ガレージへと向かった。そこには、ソロモンが誕生日に買ってくれたマウンテンバイクがある。ミハエルは財布の中にあるクレジットカードと現金を見た。これならNYまでの旅費は充分足りそうだ。(待っててね、ママ。ママを絶対に不幸にしてあげるv)ミハエルはヘルメットを被り、ビバリーヒルズにある邸宅からマウンテンバイクでNYへと出発した。目的はただひとつ、ルドルフを殺すことだけだ。
2008年08月16日
コメント(0)
2005年3月、ニューヨーク、コニーアイランド。 1920年代から遊園地があるこの島は、観光客が多く訪れ、毎年7月4日の独立記念日には、ホットドッグの早食い大会が行われる。冬が過ぎ去って間もない早春の週末、コニーアイランドは今日も大勢の観光客と家族連れで賑わっていた。ルドルフとユリウス、そして彼らの双子の娘、アナスタシアとエリザベートもその中にいた。「お父様、あれに乗りたい。」アナスタシアはそう言って木製ジェットコースターを指した。「お前達にはまだ無理だよ。」「いやよ、どうしてお父様とお母様は乗れてあたしとエルジィは乗れないの?不公平だわ。」アナスタシアは両手を腰に当て、頬を膨らませた。癇癪を起こす前に取る仕草だ。「あと10年経ったら乗れると思うから、我慢して。」ルドルフはそう言ってアナスタシアを宥めたが、それは全く逆効果だった。「いやよ、いやっ!人生は短いのよ!あたしとエルジィは絶対今日、サイクロンに乗るのっ!」そう言って金切り声を上げて顔を真っ赤にしているアナスタシアを、通行人の何人かが振り返った。こうなっては誰も彼女を止められない。アナスタシアはルドルフからは聡明な頭脳と眩いばかりの美貌、そして炎のような気性を、ユリウスからはハングリー精神を受け継いだ。アナスタシアはルドルフの血を色濃く受け継いでおり、4歳でありながら口が達者で、自分よりも年上の大人を言い負かしたことがあるほどだ。その上、癇癪持ちだ。「サイクロン、サイクロン、サイクロン!」アナスタシアはそう言って足を踏み鳴らした。「・・仕方ないな・・」ルドルフはため息を付き、アナスタシアとエリザベートの手を引いて、サイクロンの入り口へと並んだ。「アナスタシア、あたしはいいわ。ローラコースターなんて、乗りたくないもの。」エリザベートはそう言って、双子の姉を見た。「駄目よ、エルジィ!コニーランドにいるんだから、最高のスリルを味あわなきゃ!」「それよりもメリーゴーランドの方がいいわ。」「メリーゴーランドよりローラコースターの方が面白いわよ!」「でも・・」「乗るったら、乗るのっ!」アナスタシアとエリザベートが言い合っている間、列はルドルフ達の前に並んでいたカップルがサイクロンの最前列の座席に乗り込んだ。「さぁ、行くわよっ!」嫌がるエルジィの手を引っ張り、アナスタシアはカップルが座っている後ろの座席に滑り込んだ。「降ろしてよ、お願いだからっ!」エリザベートはそう言って泣きじゃくった。「怖くないよ。すぐに終わるからね。」ルドルフはそう言ってエリザベートを慰めた。サイクロンがゆっくりと軋みながら動き始めた。急勾配の上りをゆっくりと上がっていく。エリザベートは軋む車体の音が恐ろしくて泣きじゃくっていた。坂の頂上に達したサイクロンは、一気に加速して降下していった。エリザベートは恐怖の叫びを上げた。尻が宙に浮き、まるで空を飛んでいるかのようだった。恐怖の叫びはやがて歓喜の叫びとなり、エリザベートはいつの間にかサイクロンを楽しんでいた。「楽しかったでしょ、エルジィ?」アナスタシアはそう言って双子の妹を見た。「うん、最高よ。」エリザベートはそう言って笑った。「遊園地はやっぱりローラコースターよ。」ポップコーンを頬張りながら、アナスタシアはそう言って満足そうに笑った。「お昼食べた後、もう1回乗ろう!」「1回だけ乗ったからいいじゃないか。」ルドルフはそう言ってため息を付いた。「駄目よ、お母様。折角コニーアイランドに来たのよ。」「そうよ。1日中にサイクロンに乗りたいわ。」「仕方ないな・・」あとがきNY編スタートです。コニーアイランドのサイクロンを登場させました。ネットで見つけたページにはコース全体の写真とか、サイクロンのコース写真とかが載ってて、結構怖そうだな・・と思ってしまいました。ジェットコースターは苦手じゃないんですが、ちょっと怖いですね・・。2006年3月末に閉鎖された神戸ポートピアランドのBMR-Xっていうジェットコースターに一度乗りましたが、結構迫力ありました。よくテレビなんかで迫力満点のジェットコースター特集とかあると、乗ってみたい気がします。でも乗る前に後込みしちゃいそうです(笑)沖縄で生まれた双子ちゃん達は4歳になりました。アナスタシアちゃんは気が強い性格で、エルジィちゃんは物静かな性格です。アナスタシアちゃんはルド様似です。
2008年08月16日
コメント(0)
全30件 (30件中 1-30件目)
1

![]()
