2005.08.06
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カテゴリ: 留学-学習編
大学では社会学という、かなり主観的見解の入ってくる学問を勉強していたので(しかもリベラルな学校で)、有名な○○のセオリー、というのを読んでも、どうも偏見じみてて受け入れられないものがあった。

例えば、右よりの教授が「アメリカの社会政策」なんて授業を受け持つと、最初っから「政府は悪だ」みたいな考えを生徒に押し付けるような印象を受けるんだよね。使う教科書も、その教授の見解をサポートするようなものばかりで。もちろん、そういう授業に左よりの生徒が参加して、反対意見を述べたからって、落第になるわけではないと思うけど、若くてなんでも吸収してしまう学生は、半年そんな授業を受けると、その教授の考えに染まってしまうことも多くて、教授の思想によってはかなり危険だと思う。これ、自由の国アメリカの話です。

そもそも、大学で書くリサーチペーパーとよばれるものにしても、ある題材について事実を公平に調べる、というよりは、まず最初に自分の主張をはっきりさせて、それからその主張をサポートする証拠や事例を挙げていく、というスタイルが定着してる。(その中で使われる反論は、自分の主張と比較させて、こういう基準でオレの言ってることが正しい、と証明のに使われるだけ)

社会学でethnicity(民族性)を扱った授業を担当した教授は、エスニック・ギャングについて調査した自分の著書を教科書に使っていたけど、メキシコの不法移民からアメリカ家族の養子になり、自分自身もかつてはそういうギャングに属していたという背景を持つこの教授、最初っからマイノリティー民族の若者に肩入れしてて、公平な視点でethnichityについての議論がなされているのか??はその手の問題に関してかなり無知だった自分にも疑問に感じられた。でも、そのクラスを取ってる生徒も、もちろん大半が黒人、ラティーノの男の子たちで、身近にギャング仲間もいたりして、その教授もアイドル視されてたり。

確かに、自分の実体験に基づくトピックについて議論する時は、周りの知らない知識を十分に使えると言う利点はあるけど、知識の量が、かえって公平な目を失わせるってこともありえるんじゃないかなあ。

…という疑問を、実際その教授にぶつけたのだが、その時は、「バイアス(偏見)のないセオリーなんて、(人文科学の世界では)所詮不可能。僕は自分のセオリーを読んでもらうことで政府や世間がマイノリティー文化についての見解を変えて欲しいという意図をもってこの仕事をしているから、むしろ生徒が共感してくれることは好ましい。」

というような答えをもらった。俺の意見に共感したら一緒に社会を変えてくれ、そうでないなら授業を取らなくてもいいよ、ってことなんだろうか??

自分の信念を社会に反映させるために、教職を選んだような、未だにギャング魂旺盛のその教授、確かに頼もしくはあるけど。でも、こういう人が大統領や実際に政策を練る人になると、こわいよな、とも思った。

実際、アメリカの現在の福祉政策って、この教授とは逆に「マイノリティーは教育が低くて、向上心がなくて、"生まれつき"犯罪を起こす傾向が高いので、厳しくしないとだめだ」って信念を持つ人が作ってる感じ(独身母の援助をカットするとか、逮捕率を上げるとか)。悪いのは「彼ら」だから、彼らの生活向上の手助けを政府がするよりも、どんどん彼らを罰しちゃおう、っていう政策だよね。




で、何が言いたいかというと、アメリカにいてどうしても意見の同意を得られなかったのが、「アメリカが日本に原爆を落としたのは、正解だったか」というトピック。

日本に育って、戦争の話を被爆者側から聞かされてきた自分は、「原爆によって戦争終結が早まったので、投下を指示したトルーマンはヒーローである」という考え方は、どうしても受け入れられない。理屈で反論できることじゃなくて、こういうことを平気な顔して言う人たちに、「はだしのゲン」を読んでからもう一回それを言ってみろ、と言いたくなる。

自分が、「日本に原爆を落としたことの、政治的意義」という観点から、きちんと理論立てて最終的にそれが間違っていた、という結論を出せるか、というと、誰もが納得する論は作れないと思うけど、要は、感覚的に、それは「悪いこと」「ひどいこと」であって、今後それに対するどんなに素晴らしい反論を聞かされても、それは変わらないし、変えるつもりもない。多くの日本人は、みんなそうなのでは?だから、非核3原則なんて政策もあるわけだし。

アメリカも、911以降イスラム過激派に対する姿勢が国民レベルでがらっと変わった。これは、あの日の「悲劇」が、「個人的体験」になってしまって、あの日亡くなった被害者の無念について考えること抜きでこのトピックを話し合うことができなくなってしまってるからだよね。(イスラム過激派側も彼らの「個人的体験」に基づいて悪者を定義しているわけだし)。

こう考えると、学問や政治から偏見を取り除くことなんて不可能なわけで、一番素晴らしい論を持つ人が世界を制する、のとは逆に、パワーを握った人の論がそのまま世界を動かすってのが現実なのかなー、と(←ミシェル・フーコーの説みたいだな)。じゃ、私ら平民は、なんで勉強しなくちゃならないんだろと、悩んでしまいました(独裁者になって自分の考えを現実化するため、とか??)。今日もまとまらず(汗)。





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Last updated  2005.08.06 20:09:06
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