かんじ親爺のFF日記
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3月28日朝、8時5分。大好きなオカアチャンは旅立ちました。27日夕方5時頃、「無茶にご飯を上げるから家に帰るね」といってオカアチャンの病室を出た。その時に「ジャアネ~!」と言いながらニッコリ笑って手を振ってくれた姿が、いまだに脳裏から離れない。それから数時間、横になってると何だか胸を押さえつけられているような圧迫感があり、起きて胃薬を飲む。ウトウトしていると電話の呼び出し音。いやな予感。病院から危篤の電話だった。 時計を見ると3時チョイ過ぎ。長男や田舎のお兄さん達に電話をして病院に駆けつける。病院に着いた頃は長男、次男夫婦はすでに駆けつけていた。オカアチャンの親友も直ぐに来てくれた。酸素マスクをしているが、呼吸がチョットつらそう。目は閉じているがたまにうなずき、意識はあるようだ。暫く、この様な状態が続く。6時頃、田舎からお兄さんやお姉さん達が駆けつけてきた。入れ替わりにオカアチャンの親友は一旦帰宅。7時頃血圧が低くなり、看護婦さんを呼ぶとともにオカアチャンの友達にも連絡。7時50分頃、病室に入ってきて手を取り合う。軽くうなずいたようにもみえた。呼吸もユックリで静かに眠ってるようだ。8時頃、血圧計の数値が消える。皆でガンバレ!ガンバレ!イッチャダメダ!イッチャダメダ!チョットして先生がくる。脈を計り、ライトで目を見る。「8時5分、ご臨終です」 体は暖かいのに、信じられない。「ミチヨ!ミチヨ!」と叫び、ゆするが反応をしてくれない。「カアサン!」「ママ!」 「バ~バ!」 「ミチヨチャン!」色んな声が飛び交う。嫁さんが化粧をしてくれた。普段から良く見ていたんだね。上手だよ、いつもと変らないお化粧。美人が一層美人になって帰ってきた。我が家に2日いてくれた。泣かないようにするつもりだが、顔を見るたびに涙があふれ出てきてしまった。3月30日 夕6時より通夜。生前からのオカアチャンの言葉通りに、生花で一杯にしてあげた。特に真っ赤なバラが好きなので、息子達が出し合って取り寄せてくれた。棺には好きだった小物の他に、キノコ採り用の腰籠も入ってる。カラオケでは十八番の「百万本のバラ」と母親を思い出して、いつも涙を流しながら歌っていた「無縁坂」をバックミュージックに、思い出多きフォトグラフとともに流してもらった。花冷えでとても寒いのに、ご近所の方々、友達や知人。倅や嫁さんの友達、友達の親と私達が想像していたより遥かに多い御弔問客の皆様が来てくださいました。有難う御座います。3月31日 告別式心配だった雨も止んだ。公園の桜が散り始めた。大勢の御弔問客の皆様に見送られながら出棺。確か、1月頃だったと思う。「もう桜は見られなさそう」と初めて気弱になったオカアチャン。「何を馬鹿な事言ってんだ!」「見られなかったら、5月に挙げる次男の結婚式はどうするんだ!」と言ったのを思い出す。3月6日からの入院途中で、後1月半と先生に告知されたが、半月たたなかった。式など挙げないと言っていた長男は急遽4月8日挙げることに。勿論オカアチャンには内緒で。しかし、早すぎてしまった。こちらも取りやめた。位牌を抱きながら桜吹雪の中を車はユックリ進む。流石はオカアチャンだね。何処までも貴女らしいよね。途中なんか所もあった。斎場の桜も.........................。それにしても、息子2人が良くやってくれた。コンナに逞しく成長してたんだね。嫁さん達もね、君達がいなかったら頭の中真っ白な私は何にも出来なかったよ。手伝ってくれたオカアチャンの友達にも感謝です。ホントニ有難うね。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー楽天ブログ仲間の皆様には大変なご心配、声援有難う御座いました。ミチヨことオカアチャンは安らかに旅立ちましたので、ここの場を拝借いたしまして御報告申しあげます。また、コメントのご返事が遅れると思います。また、気持ちが落ち着いたら再開します。その時は宜しくお願いいたします。それでは。
2013.04.03
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