全11170件 (11170件中 1-50件目)
最後は、とある女性が、思い出のカレーパンはどこのパン屋のものかを知りたがっている、というものです。ところが、パン屋はいくつかありすぎて、どこのパン屋のものかがわからない状態になってます。そんななかで、思い出のカレーパンを探し出すことになります。先輩アルバイト店員の女性がいるのですが、天然でありながら豪快な性格であったりします。そんな女性は、カレーパンを探すべく街中を歩き回っている最中に、あまりにも暑すぎて、手に持つタイプの小さな扇風機を持っていたほかに、主人公の女性からもその小さな扇風機を借ります。それだけでなく、一緒にいた女性(註:第二章に登場した洋菓子部門の女性スタッフ)が持っていた小さな扇風機をも借りようとするのですが、さすがにその女性は持っていなかったようです。もし持っていたら・・・まさか、口で咥えて三刀流にするつもりだったのか。なんていう描写があったわけで、さながらワンピースのロロノア・ゾロのようなことになっていた・・・ん?それでは扇風機の風は自分のほうに来ないのであんまり意味がないことになってしまいますね。まあ、未遂に終わってよかった、ということですね、ハイ・・・土屋うさぎ著「謎の香りはパン屋から」宝島社刊 2025年
2025.11.30
コメント(0)
お次は、バレエ教室に通う小学生の女の子の話です。この女の子はチョココロネが大好きなのですが、このお店ではこのチョココロネの販売を中止しようと思っております。その後、女の子は母親と一緒にバレエ教室に向かうのですが、そこでバイクによるひったくり事件に遭ってしまいます。その犯人の首元には十字の傷があったようで・・・。「その3」にて、物語を作るには、物事にたいして調べ上げる必要がある、というのをお話ししたのですが、そのほかに、登場人物のプロフィールというか設定を履歴書の形にしてまとめあげる、というのが大切になってきたりします。物語のなかで、登場人物の性格やら職業に辻褄があっていないところがあったら、その時点で不自然になってしまいます。まあ、当初の予定からそういうことになっていた・・・というのであれば問題はないのですが、あまりにも唐突すぎると、それこそヘンなことになってしまいます。ここはきっちりと登場人物の人となりをガッチガチに決めてあげて、辻褄があうように物語を進めていきたいところです。その6に続きます。土屋うさぎ著「謎の香りはパン屋から」宝島社刊 2025年
2025.11.30
コメント(0)
Aさんの会社では、「明るく元気な職場」をスローガンにして、明るい挨拶を励行しています。Aさんの属する営業部でも、営業に出るときと戻ったときには、必ず「行ってきます」「只今、戻りました」と、全員が挨拶をしています。そして事務所のスタッフも「行ってらっしゃい」「お帰りなさい」と挨拶を返しています。ところが、その挨拶に違いがあることに気づきました。「行ってきます」にたいする「行ってらっしゃい」が、大きく元気な場合と、そうでない場合があるのです。その違いは「行ってきます」の声の質にありました。明るく元気な「行ってきます!」には、明るく元気な「行ってらっしゃい!」が返ってきます。ところが、元気のない「行ってきます・・・」には、「行ってらっしゃい」も弱々しく、張りがありません。「挨拶は山びこと同じだな」と気づいたAさんは、お客様にたいしても、社内においても、いっそう明るく元気な挨拶を心がけるようにしています。・・・たしかに、挨拶のみならず、返答するときは、本文のように発言したときの声と返答したときの声の関連性というものがあるようです。元気に言え元気に返事が返ってきて、そうでないときはそうでないように返ってきます。こういうのがあると、できることなら、元気のいい、というか明るい調子で発言をするように心がけたほうがいいようです。いい発言や返事をして、職場の雰囲気をよくしていきたいものです。私は、いい発言や返事ができるようにしたいと思いました。以上です。(2009年7月1日)
2025.11.30
コメント(0)
お次は、高校生カップルが、パン屋に併設されている喫茶スペースで食事をとることになります。この二人が談笑しているところに、突然コーヒーをこぼしてしまう、という事態が起きてしまうのですが・・・。ケンカするほど仲がいいなんていうのがあるのですが、ともすると、ケンカはしないほうがいいのでは・・・なんて思ってしまいがちです。しかし、仲がよければよくなるほど、ケンカというものをやりがちになりそうです。こうした光景を見ると、どうしてもほのぼのとしてしまう・・・なんていうことがあったりするようです。その5に続きます。土屋うさぎ著「謎の香りはパン屋から」宝島社刊 2025年
2025.11.29
コメント(0)
ここでは、とある突発的なハプニングが起きてしまうのですが、パン屋併設の洋菓子部門からスタッフが応援にきて対処することになります。この時に、フランスパンを作ることになり、そのフランスパンにナイフのようなもので切れ目をつることになったのですが・・・。この物語の主人公は、マンガ家志望であるのですが、さすがに作家であるだけに、物事にたいして調べものをしております。そういえば、私はかつて「パラサイト・イヴ」の作者である瀬名秀明が母校の小学校で講師をする・・・そんな番組の本を読んだことがあるのですが、小説などの作品を作る際には、事前にモチーフとなる物や出来事などを詳細に調べ上げる必要がある、ということが書かれておりました。そうして調べ上げたうえで、物語としてふさわしいものを取り上げては、物語を紡ぎだしていく、というのです。たしかに、物語としては、辻褄のあうことが大切になっていきますので、こうした取り組みは必要であったりします。その4に続きます。土屋うさぎ著「謎の香りはパン屋から」宝島社刊 2025年
2025.11.29
コメント(0)
年末が近づくと、お酒を飲む機会も多くなってきます。昔から「酒は百薬の長」といい、健康を促進し、人間関係を円滑にする効用がありますが、つきあいかたを間違えると大変なことになりかねません。人間とお酒のつきあいは古く、そのメリットとデメリットは多くの格言が示しています。「ワインは髪も人間も元気にする」(旧約聖書)、「酩酊は一時的発狂である」(ピタゴラス)、「バッカス(酒の神)はネプチューン(海の神)よりも、ずっとたくさんの人間を溺死させてきた」(ガリバルディ)。また、ユダヤの格言にはお酒についてのユニークな戒めがあります。「1杯目は人が酒を飲む。2杯目は酒が酒を飲む。3杯目は酒が人を飲む」「ブランデーは悪い使者である。胃に向けて送り出したのに、間違えて頭のほうに行ってしまう」「酒が入ると秘密が出て行く」。美しいお酒の嗜み方を学び、酒に飲まれることなく、溺れることなく、なごやかな人間関係を築きたいものです。・・・私の場合は、お酒を飲み過ぎると気分が悪くなってしまいますので、そんなにお酒を飲むことはできません。そんな私でも、お酒を飲むことはあるにはあるのですが、勤務がない休日に限り、ほんのわずか飲む程度にたしなんでおります。お酒には適量というのがあるようですので、酔ってしまったり体調を悪くするほど飲みすぎないように気をつけていきたいものです。私は、お酒を飲む時には量に気をつけていきたいと思いました。以上です。(2001年11月30日)
2025.11.29
コメント(0)
これまで22社もの赤字会社の再建を成功させた、日本電産社長の永守重信氏は、再建の鍵は「働く人間の意識改革にある」と断言します。永守氏は多くの会社債権を手がけていくなかで、ピンチに陥った企業の共通項目として働く人間の意識の低さをあげ、改善策として「社員の出勤率を高めること」と「職場の整理整頓を徹底する」の二つを励行しています。社員が会社を休まなければ能率は上がりますし、職場が整然としていれば業務はスムーズに進行します。そして結果として会社の業績が上がり、それに比例して社員の意識も高まっていくわけです。また「業務がアップしている会社は電気を消しても明るい」と氏が語るように、社員の意識の向上は、社内の雰囲気にも直結します。企業をピンチに陥れるのも、繁栄の道を歩かせるのも、社長以下そこに働く全ての人間の意識ひとつにかかっています。「自分は何のために働くのか」をいつも心に掲げ、一致団結して繁栄の道を歩いていきたいものです。・・・本文にある改善策のひとつとして、整理整頓を徹底する、というのがありますが、なぜこれが?なんて頭をひねりたくなってしまいます。しかし、考えてみると、これが納得できそうな感じがするのです。ゴミが散乱して、道具や材料が散らかっている状態ですと、とっさのときに必要となるものを見つけ出すのが難しくなり、それだけ時間を食ってしまう、というのが起きてしまいます。そうなってくると、まともな仕事ができなくなってしまうのです。こうした点からして、整理整頓はいかに大切であるかがわかるかもしれません。きちんと道具や材料などを整理整頓をしていって、探すのに時間を食って本来の仕事ができなくなってしまう事態を避けていきたいものです。私は、仕事をするうえで整理整頓をきちんとしていきたいと思いました。以上です。(2001年11月29日)
2025.11.28
コメント(0)
まずひとつめの話なのですが、ここでは、パン屋のアルバイトをしているマンガ家志望の女子大学生が、同じバイト仲間の女性といっしょに演劇を観に行こうとしておりました。しかし、その演劇は相当な人気があるようでチケットが完売してしまっており、かわりに映画館でその演劇を中継するというものがあって、そこにいくことにしておりました。ところが、その女性は突然にして予定が入ってしまい、その演劇を見ることができなくなってしまいました。演劇というものは、ナマで演じる・・・ということで、突発的なハプニングはつきものです。こうなってしまったら、私のようなズブなド素人でしたらあたふたしてしまうのですが、百戦錬磨の演劇の俳優ともなりますと、とっさのアドリブで対処してしまったりすることができるようです。こうすることができるのも、日々のトレーニングの賜物であったりしますので、泥臭い努力というものを積み重ねなければならないようです。その3に続きます。土屋うさぎ著「謎の香りはパン屋から」宝島社刊 2025年
2025.11.28
コメント(0)
華やかな外での営業に比べると、社内で行う事務の市議とはなんとなく地味な感じがするものです。内装関連用品の卸を業務とするI社の営業所に勤務する、女子事務員のYさんとMさんは、営業マンたちが毎月のノルマ達成に必死になっている姿を見て、「なにか手伝えることはないか」と考え、「電話による注文取り」を思いつきました。事務の仕事をしていて、お客様の注文の状況を見ていれば、消耗品が切れるだいたいの時期はわかります。そのころを見計らって「そろそろいかがでしょうか」と声をかけるわけです。この「電話作戦」が、50万円の売り上げにつながり、営業所はノルマ達成ができたのでした。「私たちは特別なことをしたわけではありません。ほんの少しだけ営業の人たちのお手伝いをしたかっただけ」と彼女たちは明るく語ります。自分の役割を一歩だけ越えた働き。社員一人ひとりのそんな努力が、やがては大きな成果となって実を結ぶのです。・・・通常の勤務をしているときには、いつもの仕事をしているわけですが、それを、ほんのちょっと、たった一歩だけ越えることができると、本文のようなことができてしまったりします。そこには、ちょっとした気持ちがあるかもしれませんが、そうした気持ちを持ってやろうとすればいいようです。自分の仕事でも、そのちょっとした一歩を超えるようなことをして、いい仕事をしていきたいものです。私は、自分の役割を一歩超えるような気持ちを持ちたいと思いました。以上です。(2001年11月28日)
2025.11.27
コメント(0)
私は、某喫茶店を利用することがあるのですが、そのほかに、食事ができるパン屋さんも利用することがあります。そのパン屋さんは、テーブルがいくつかあって、そこで買ったパンを食べることができるのですが、そのほかにコーヒーやジュースなども買っては飲むこともできます。私の場合ですと、アンパンがあったら買いますし、フランスパンの小っこいやつもあったら買っては食べます。そのフランスパンにベーコンなどが入っていたら、それもすかさず買ったりします。こうして買ったパンやコーヒーをそこで食べては、本を読みふけっていたいりしております。その2に続きます。土屋うさぎ著「謎の香りはパン屋から」宝島社刊 2025年
2025.11.27
コメント(0)
ひきつづきサッカーの話を。著者は、サッカーのことを、あまり存じていないようです。そのことを落語の一席をしているときにまくらとして話していたときに、お客さんから、実際にスタジアムに行って観に行ったらいいのではとのアドバイスを受けました。そのお客さんは、実際に会場に行って落語を聴いて、落語の奥深さというものを知った、と語っております。それを聞いた著者は、サッカーをスタジアムに観に行こうと思います。たしかサッカー好きな弟子がいたな。調べてもらって行ってみよう!と語っております。その弟子は・・・宮城出身の春風亭与いちのことですね。著者からは、15歳で弟子入りにきて「高校くらい出たら?」と言ったらホントに進路も決めず高3の春にまた現れた馬鹿と言わしめられております。(註:著者の発言です。そのまま引用したものです。原文ママです)私は、実際にこの方の落語を拝見しておりますが、とにかく目力がスゴいのなんのって。著者といっしょになっての落語会を3度は観ておりますし、兄弟子との落語会も拝見しております。とにもかくにも、与いちがサポーターをしているチームはサポーターが熱狂的で、東北のみならず関東のアウェイの試合は、まさに近場のアウェイということで、ビジター席は販売開始して即完売せしめるものとなっております。まさに、著者の落語会のような、チケットがとれないほどの人気っぷりというか熱狂ぶりというものとなっております。与いちは同期の落語家をサッカー観戦に誘っては、その落語家をドップリとハマらせることに成功せしめましたので、ぜひとも与いちといっしょになってサッカー観戦をして、その魅力をじっくりと味わっていただきたいものであったりします。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.26
コメント(0)
滋賀県にあるフィットネスクラブ「ラック栗東(りっとう)」(高森幸子社長)は、独自の社員教育と経営方針で業績を伸ばしています。なかでもユニークなのが、全ての業務が終了したあとに全員が回覧する「気づきノート」です。社員やアルバイトが業務中に気づいたことや問題点を記入し、社長と各部署の責任者が内容を確認して、こまめに改善点を洗い出すそうです。たとえば「水を怖がる子どもをリラックスさせるために、紙芝居を見せてはどうか」という一人のアルバイトの意見が、早速次の日に実行され、子ども達に講評を博し、以後、順調にスイミングスクールが実施できたこともあるそうです。その他にも、インストラクターが会員の健康状態をチェックして、栄養補助食品の販売をしたり、社員が手作りのチラシを配布することで、年間1千万円の経費節減に成功。現在では年間1億円の営業利益を上げているそうです。同社のある地域は、同業他社5件が乱立する激戦区ですが、「大型ではなく名門を目指す」と社員達は、ますますきめ細かいプログラムの作成に励んでいます。・・・気づいたことがあったらアイデアとしてノートに書く・・・ということなのですが、私の場合は、読書をしているときに、気づいたことや身に覚えのあることがあったら、すかさずノートに・・・というか、タブレット端末に書き記しております。まあ、タブレットですので、キーボードで活字をガツガツと入力するのではなく、ペンを使って直接書いている、という形式をとっておりますけれども。とにもかくにも、自分が気がついたことは、すかさずメモやノートに記録するということは大切であったりします。すぐに頭にアイデアなどがあっても、なにかに記録していなければ、そのアイデアなどは、すぐに忘れてしまいます。こうしたことをして、自分のアイデアなどを活かせるようにしていきたいものです。私は、思いついたら記録するようにしたいと思いました。以上です。(2001年11月27日)
2025.11.26
コメント(0)
この記事を書いている2025年10月14日は、サッカー日本代表がブラジルと対戦することになっております。その日本代表をつとめているのが、森保一です。これで「もりやす・はじめ」です。著者は、「もりやす」といったら、トキワ荘出身の漫画家である森安なおやしか頭に浮かばなかったそうです。(※)私でしたら・・・もりやすといったら・・・というか、森保一といったら、ベガルタ仙台が2002年から2003年にかけての第一次J1時代だったときの選手として存じております。それが、こうして日本代表の監督として活躍しているとは、感慨深いものがあります。しかも、その日本代表といったら、そのユースの監督をしていた森山佳郎(もりやま・よしろう)が、現在の監督を務めております。奇しくも、森保と一緒にサンフレッチェ広島で選手としてプレーしていた、とのことで、これもまた縁なのかもしれません。その16に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年※・・・ごめんなさい。私は、このマンガ家のことを知りませんでしたorz
2025.11.26
コメント(0)
著者は、この本において、インフルエンザにかかったことを語っております。かくいう私も、インフルエンザにかかったことがありますし、コロナにもかかってしまいました。どんなに気をつけても、かかるものはかかってしまうようです。しかも、このインフルエンザやコロナは、収束の見通しがまったくもって立たない状況のようです。2025年の夏においては、医者に行けば風邪をひいている人が待っているだけでなく、外で診察を待っている人がけっこういたりしました。その後も状況はあまりよろしくないようで、インフルエンザやコロナの警報を出すことが多かったりします。このような事態をうけて、改めて予防対策をするようにするほかないのかもれしません。その15に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.25
コメント(0)
FAXやパソコン、携帯電話の普及により、現代人のコミュニケーションのスタイルは大きく変わりました。ところが最近では、そうした電子機器による通信に加えて、郵便の取扱量のなかでの個人宛の私信も増えているそうです。この現象は、若者達がEメールを双方向の単純な連絡用に、お詫びや手数をかける頼み事には手紙を、と使い分けているためと見られています。情報通信に詳しい今川拓郎教授(大阪大学)は「Eメールを使ってみて、手書きの温かさや、正式な文書機能といったEメールでは代用できない部分に気がついた若者が、手紙のやりとりを活発に始めたのではないか」と分析しています。話し方から人柄が伝わるように、メモの残し方ひとつからでもその人間の人となりが伝わります。電子機器による通信と手書きの通信を上手に使い分けることで、血の通ったコミュニケーションをはかりたいものです。・・・パソコンやスマホ、それにタブレット端末といった電子機器が普及して、手書きをすることはまずないだろう・・・なんて思うのですが、こうしたなかにおいても、電子機器で手書きをすることができるようになっております。とくに、タブレット端末においては、専用のペンを使うことによって、絵を描くだけでなく、字を書くこともできたりします。よく、タブレット端末をノートやメモ帳がわりに使う・・・そんな事例が多数あったりします。かくいう私も、タブレット端末をメモ帳がわりに使っていたりします。そんなわけで、こうした最新の電子機器の恩恵を享受して、積極的に手書きをするようにしていきたいものです。私は、電子機器をもっと積極的に使うようにしたいと思いました。以上です。(2001年11月26日)
2025.11.25
コメント(0)
ここ最近、値上げラッシュが毎年のように起きております。それだけでなく、商品の量も少なくなってきたりしております。こうしたことが続くとなると、あるイヤな思いが頭をよぎります。それは、それってインフレになってない?ということです。歴史をひもとけば、たしかに買い物をするときに相当分厚い札束を店員に支払う・・・なんていうことがあったりします。さすがに、今ではそういうことがないのですが、いずれはこうした事態に陥る可能性があるかもしれません。ただ、この事態を収束させるためには、私がどう考えようとしても難しいものがあるかもしれません。その14に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.25
コメント(0)
新NISAというのがあります。よく銀行が提供されているサービスなのですが、私としては株に投資する信託サービスの一環だと思っておりました。もともとは、イギリスがやっているISAとよばれる税制優遇制度です。これで、Individual Saving Accountということで、個人貯蓄口座の意味だったりします。これを日本がやりだした、ということで、頭に「N」をつけて、NISAとなります。そして、2024年から始まった改良版となりますので、さらに頭に「新」をつけて、新NISAとなります。これなのですが、投資した金融商品から得た利益に税金がかからない優遇制度であったりします。しかも、当市場減額が増えたり、非課税期間が無期限になったり、「一般」と「積み立て」のふたつの枠が併用可能になったり、といったことがあるようです。その13に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.24
コメント(0)
ナスという野菜は、たしかに美味しいです。とくに、焼いたものに醤油をたらしたら、これは美味しいです。しかし、そんなナスは、私は苦手です。とくに、みそ汁にナスを入れたものはそうだったりします。なぜなら、ナスには灰汁(あく)があって、みそ汁を飲んでいると気持ち悪く感じてしまうからです。そのかわりとして、よく苦手な野菜として知られているピーマンは苦手ではないです。炒めたものとか、青椒肉絲やピザのトッピングもよく食べていたりします。その12に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.24
コメント(0)
ストレス社会といわれる現代、「癒し」への関心は年々高まりつつあります。日比谷クリニックの酒井和夫院長によると、人が癒やされるのは大きく分けて二つの方法があるそうです。一つは専門家の指導を受けながら、自分をある種の極限状態に追い込む方法で、例えば「断食」をすると、本能が目覚め、脳が活性化して鬱が治り、免疫力が増大し病気すらも治ることがあるといいます。もう一つは「自分にとって楽しくかつ集中できるもの」を見つける方法で、運動で癒やされる人もいれば、俳句や絵画などで癒やされる人もいることでしょう。後者の方法で癒しを行う場合に心がけることは、それを楽しみながら継続して行い、生活の中に定着させることです。人は何かに熱中している時、リラックス状態や禅の瞑想状態とほとんど同じ脳波が流れ、心身がリフレッシュされ、今までにない知恵やものの見方ができるようになるそうです。ストレスを上手に乗り切って、喜びに満ちた人生を切り拓きましょう。・・・本文によると、癒しを得るには、二つの方法があるようです。ひとつは自分を厳しく追い込むことで、もうひとつが楽しくやることです。私の場合は前者になるみたいですが、できることなら後者のほうがいいな、なんて思ってしまいます。とはいえ、後者の場合は、継続しておこなって、生活のなかに定着させなければならない、ということになります。前者、後者、いずれも、継続することが大事であるわけで、それが自分の成長につながっていくのでしょう。継続してやることによって癒しを得て、自分を成長していくようにしていきたいものです。私は、癒しを得ながら成長していきたいと思いました。以上です。(2001年11月25日)
2025.11.24
コメント(0)
2025年になって、熊が街中にやってくる、というのが非常に多いです。かくいう私が住んでいるところでも、熊が出没しているようです。しかも、私が車で通勤するときによく通っているところだったり、住んでいるところに近いところにも出没するようです。幸いにも、私は熊に遭遇することはないのですが、もし遭遇したらどうしよう・・・と、不安にかられております。その11に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.23
コメント(0)
ビリヤードのプロプレイヤー、ジャネット・リーさん(30歳)、彼女は脊椎が曲がって変形する脊柱側わん症のために、」これまで脊髄、首、肩などに8回も手術を受けました。腰まで届く長い髪も、背中に残る手術の傷を隠すため。ニューヨークの下町に生まれ、韓国人の両親のもとに育った彼女は18歳のとき、初めて見たビリヤードの魅力に取りつかれたそうです。以来練習を重ね、92年にプロ入り、1年半後には世界ランキング1位に輝きました。2001年も元気にトーナメントに参加する彼女は「私が大会に出場することが、同じ病気の人や、若い女性、韓国人、そして米国人に勇気を与えるはず。だからぜひ勝ちたい」と語ります。また彼女は6年前に「ジャネット・リー基金」を設立し、集まったお金は脊柱側わん症協会などに寄付しています。周囲の人々を勇気づけるために、トレーニングに励む彼女の活躍は、これからも続くことでしょう。・・・誰かを勇気づけるようなことができたらな・・・なんて思ってしまうのですが、そのためには、相手にたいする思いやりというものを持たなければならないようです。誰かが困っているときに助けてあげるのはもちろんのこと、頼まれたときには拒否をせずに応じるようにする、といったことをやっていくようにしたほうがいいようです。誰かのために手助けをしていくことで、人に勇気を与えられるようにしたいものです。私は、誰かを助けることができるようになりたいと思いました。以上です。(2001年11月24日)
2025.11.23
コメント(0)
10月にもなると、ハロウィンがあったりします。このハロウィンですが、よくコスプレをすることがあります。これなのですが、そもそもはケルト人にとって、10月の31日が一年の終わりの日とされており、その日にやってくる悪魔や死霊から身を守るために、「私はあなた方の仲間ですよ、害を与えないでください」という意味を込めて、魔女やお化けの仮装をする、とされているようです。ハロウィンともなると、ド派手なコスプレをする人がたくさんいるのですが、こうしたことにも意味があった、ということなのでしょう。その10に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.23
コメント(0)
犬をペットとして飼うことがあります。たいていは、犬がかわいい、ということで飼ったりするのですが、なかには目的を持っているところもあるかもしれません。その目的とは、犬に家の番をさせる、というものです。たしかに、人がやってきたときには必ず吠えますので、誰かが来たのかがわかります。そのためか、防犯対策にもなっているのかもしれません。その9に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.22
コメント(0)
自動車の生産から廃棄まで、全ての過程において環境に与える悪影響を軽減するために、国内の自動車会社が相次いで新たな環境評価法を導入しています。材料の生産から始まり、工場での組み立て、実際の走行、廃棄に至るまで全ての段階で排出されるガスや、重金属の量を評価し、軽減させようというこの手法は「ライフサイクルアセスメント(LCA)」と名付けられています。トヨタ自動車では、2001年6月に発売したミニバン「エスティマハイブリッド」で、初めて開発段階からLCAを導入し、全行程での二酸化炭素の排出量を通常のガソリン車と比較して33%削減することに成功しました。他から受ける評価や批判に耳を傾け改善することも大切ですが、それ以上に今、企業とそこに働く私たちに求められているのが、自己改善のための努力といえるでしょう。仕事をとおしていかに社会や地球環境の保全に貢献していくか、改善のための小さな努力の集積がやがては大きな成果につながるのです。・・・職場では、あらゆる決まりごとがあります。そのなかには、本文のようにエコにまつわるものであったりし、品質であったりするものがあるわけですが、職場で決められているものだけを守っていけばいいのか、といったら、そうではない、と思うのです。職場で決められたもののなかには、充分でないものがある可能性がありますので、そこに関しては、自分でできるものであれば、すすんでやっていくようにしたほうがいいのかもしれません。エコや品質にたいしては、ささやかなことをやって、よくしていきたいものです。私は、自分ができることをやっていくようにしたいと思いました。以上です。(2001年11月23日)
2025.11.22
コメント(0)
犬の散歩をしていると、犬が突如として道端でう○こをすることがあります。そのう○こをゴミ袋に入れて回収する、というのがあたりまえだったのですが、昭和の時代では、う○こをしたら、そのまま放置!をしておりました。まあ、舗装されていない道路があった、ということで、う○こが土に還ることになるので、あんまり問題にはならなかったようなのですが、2025年にもなりますと、道端にう○こがあるとばっちいものがありますので、必ず回収するようになっていたりします。その8に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.22
コメント(0)
著者は昭和生まれということで、昭和で勘定したほうがいいと思っております。かくいう私も昭和生まれですので、どうしても昭和のことを意識してしまいます。しかも、昭和50生まれであるということで、ひじょうにキリがよかったりします。だからでしょうか、この昭和50年という年を基準にして、出来事を意識していたりしております。その7に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.21
コメント(0)
ビルの外壁やガードレールの表面に薄く塗るだけで、それらが簡易発電所に早変わりする「塗布型太陽電池」の開発が話題になっています。開発したのは、神奈川県川崎市にある国際基盤材料研究所で、研究に従事しているのは佐々木正さんという86歳の老技術者です。佐々木さんはシャープ株式会社の副社長を経て、7年前に同研究所を創立。シャープ時代は、小型電卓や液晶装置の開発に情熱を注いだそうです。この塗布型太陽電池が実用化されれば、超高層ビルの外壁に塗るだけで、そのビルで消費する電力をまかなうことも夢ではないそうで、多くの人々が感性を待ちわびています。86歳という高齢にもかかわらず、新製品開発に取り組む佐々木さん。彼の旨には「仕事を通して社会のお役に立ちたい」という願いが燃え続けています。人の役に立つ喜び。それは世代や境遇を超えて、より良き仕事への無限のエネルギーを与えてくれるのです。・・・本文には、シャープの電卓の話が出てくるのですが、このシャープの電卓が、世界で初めて開発されたうえに発売された、ということで、IEEEマイルストーンに認定されたうえに、初めて発売された電卓が情報処理技術遺産にも認定された、とのことです。このように、世の中をよくするためにやったことが、こうして認められることになったわけですので、できることならこれにあやかって仕事をしていきたいところであります。さすがに私には、このようなことはできませんので、自分に与えられている仕事だけでもいいので、一生懸命に取り組んでいくようにしていきたいところです。私は、世の中のために仕事をしていきたいと思いました。以上です。(2001年11月22日)
2025.11.21
コメント(0)
スペアといいますと、代替品ということになり、人間としてそういう役割であるとなると憤慨しがちになります。著者の場合は、商売道具である扇子のことを話しておりますけれども、仕事をしているときには、こうしたスペアというものを用意したほうがいいのです。私の場合ですと、仕事柄、ピンセットをよく使いますし、マグネットというものを使います。学校の先生が教室で黒板に書いているものを指し示す、伸び縮みする棒に、先端にマグネットというか磁石がついているものです。いずれも、とある電子部品を機械から取り除くときに使います。素手で取ろうものなら、いざ機械が動いてしまったときには危険なことになってしまいますので、どうしてもこうした道具を使うしかないのです。で、このピンセットとマグネットは、モノがモノだけに、よく落としたりなくしたりしがちなのです。そのため、そうなってしまってもかまわないように、スペアというものを、いくつか用意しなければならないのです。職場で働いていると、こうした用意は大切になっていきます。その6に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.21
コメント(0)
サンマ・・・秋になると食べたくなるものです。ここ最近は不漁が続いて高嶺の花だったのですが、2025年は豊漁であるらしいです。で、このサンマですが、出はじめの頃は値段が高かったのですが、10月になってくると、100円台と、お手頃価格になってきました。秋になり涼しくなってきて食欲が戻ってきましたので、夏バテになった身体のためにも、美味しいサンマを食べていきたいところであります。その5に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.20
コメント(0)
私たちは、自分の行動を客観的に見ることはできません。自分自身では、間違いなく正しいことをしているつもりでも、それが本当に相手や周囲に好印象を与えているとは限りません。「人の降り見て我が振り直せ」の思いでしていても、我が振り自体は、自分ではなかなかわからないものです。仕事上の間違いは、上司や同僚が教えてくれますが、言葉遣いや挨拶など、作法のことは、よほど親身に思ってくれる人でないと教えてはくれません。では周囲の人が快く教えてくれるような自分自身になるには、どういう心がけが大切になってくるのでしょう。その秘訣のひとつは日頃から、なんでも教えてくださいという姿勢を、言葉で表すようにすることです。たとえば、「今の対応はきちんとできたでしょうか?」「おじぎは綺麗にできていましたか?」などというように、普段から周囲に素直に尋ねる姿勢を持つことが大切です。自分が素直になったぶんだけ、周囲も快く応援してくれることでしょう。・・・仕事をする際には、間違えずに、疑われることがないように、きちんとこなすことが大切であります。しかし、時には、自分は何もしていないのに疑われてしまうことはよくあります。その際には、きちんと「自分はやってはいない」という旨を主張しなければならないのですが、それがたまにマイナスに受け止められてしまうことがあったりします。本当に自分はやっていないのであれば、それでいいのですが、時には、遠からず少なからず自分のほうに要因がある可能性があったりします。そのような時には、素直に認めて行動を改めるようにしたほうがいいようです。自分が悪かったら、即座に行動を改めるようにしていきたいものです。私は、主張するべきときには主張をし、悪いところがあったら直していくようにしたいと思いました。以上です。(2001年11月21日)
2025.11.20
コメント(0)
以上、まくらをふたつ披露したところで、本題に移ることにしましょう。なぁ〜に、この本に書かれていたことのなかから、私の身に覚えがあるものを話していこう・・・というものです。まずは、エコバッグの話から。買い物に行った時に、買ったものを白いビニール袋に入れる・・・というのがあるのですが、ここ最近では、その白いビニール袋をお金を出して買うようなかたちになっております。そんなわけで、そのビニール袋のかわりに、エコバッグなるものを持ってくることになるわけですけれども、私の場合、当初はそのエコバッグというものを持ってはいませんでした。これではまずい!と思いまして、エコバッグをいくつか持つようになりました。そのエコバッグですが、私が運転している車の中にふたつ入れてます。これで自分が買い物をしたときに、これを持って行って買い物するようにしております。そのほかには、いつも持ち歩いているバッグの中にも入れております。これに関しては、本を買ったときに、バッグからエコバッグを取り出して入れるようにしております。その4に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.20
コメント(0)
さて、今回の本ですが・・・タイトルは、ドグラ・まくらです。これを見た人だったら、すぐに元ネタはわかってしまいます。夢野久作のドグラ・マグラですね。まさに、読むと精神に異常をきたすという触れ込みなのですが・・・、私も実際に読みはしましたが、精神に異常をきたすことはありませんでした。むしろ、外見だけでなく性格も遺伝するものということを、この物語から得ました。ということは・・・落語の世界というものは、師匠と弟子という存在があります。要するに、弟子は師匠に似てくる・・・そんなところが、ドグラ・マグラと通じるものがあるのでは・・・なんて思ってしまうのです。その3に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.19
コメント(0)
2001年9月1日、日本マクドナルドが、全国約3700店全店で手話による接客を可能としました。これは同社の同年7月の株式上場にともない、「店舗をとおしてのパブリックカンパニーとして社会に貢献できることはないか」と始めたものです。各店舗のマネージャー全員とアルバイトの一部が、2ヵ月かけて手話を取得。各店に手話で対応できる店員が、常時一人から3人勤務する体制をとりました。「ありがとうございます」「ご注文は何になさいますか」「ごいっしょにポテトはいかがですか」などの基本的な手話での接客対応のほかに、「お水をもらえますか」といったお客様の手話も理解できるよう、トレーニングを重ねたそうです。価格競争が激化するなか、ともすると疎かになりがちなサービスをより充実させ、社会に貢献しようという同社の姿勢は、新たなマクドナルドファンの獲得にもつながることでしょう。私たちも、お客様のニーズに応えるきめ細やかな仕事を心がけたいものです。・・・私のような人間は、このようなことをするといいようには見てくれることはないようです。しかし、そんななかにあっても、自分ができること、というのはあるかもしれません。そうしたものを模索していって、見つけたならば実践するようにするほかありません。そのためにも、今の仕事を一生懸命やりつつ、陰で泥臭く努力するようにしていくのです。こういうことをしていって、いずれはやるであろうことをやっていきたいものです。私は、今の仕事を一生懸命に取り組んでいきたいと思いました。以上です。(2001年11月20日)
2025.11.19
コメント(0)
今回の本は、週刊朝日での連載をまとめたものです。とはいえ、御存知のように、週刊朝日は2023年6月に休刊してしまいました。その一報を聞いて、「それじゃあ、今後は著者のエッセー本が出版しなくなっちゃうのか?」なんて思ってしまったのですが、幸いにもこうして本という形で出ることができました。ということは、著者の連載は、週刊朝日が休刊したあとでも、引き続き継続することになったのです。その連載先というのが、AREA dot.とよばれる朝日新聞のニュースサイトです。これで、引き続き著者のエッセーが読めるだけでなく、まとまったときに本という形で出してくれるので、ひとまず安心です。と、こういうかたちで著者は連載を抱えているのですが、著者は、この場を稽古の場としているそうです。河北新報の読書欄にも、著者の本が紹介されているのですが、そこでは、その記事を書くときの姿勢が書かれております。それは、絞め切り間際に「宿題をやっつける感じ」で一気に書き上げるというもの。つまり、ライブ感を大切にということだそうです。私も、こうして本を読んだあとにレビューを書いておりますけれども、勢いを大切にして書いていたりします。そうすることで、自分が抱いている想いというものを書き表すことができているのでは、なんて思っております。その2に続きます。春風亭一之輔著「ドグラ・まくら」朝日新聞出版刊 2025年
2025.11.19
コメント(0)
著者は、美味くないウニ丼を食べたことがあります。どこがいけないのか・・・といいますと、肝心の海胆が冷凍のままご飯に載っていたのです。氷がジャリジャリとしていて、それがご飯の上に乗っかっている・・・という、非常に美味しくなさそうなものであったようです。かくいう私も、同様のことがありました。それは、某回転寿司屋でのこと。朝の時間帯に開店したてで店に入っていって食べたのですが、いの一番で出されたマグロの寿司・・・そのネタであるマグロがシャーベット状態になっていたのです。まさに、アイスの寿司を食べているような状態です。まあ、開店したてである、ということで、いったん凍らせていたものを、寿司として食べることができるほどに充分に解凍しきれていなかった、というのがあったのかもしれません。私はマグロの寿司は大好きなのですが、さすがにシャーベット状の寿司は勘弁願いたいものだな、なんて、思ってしまうのです。柳家小三治著「バ・イ・ク」講談社刊 2005年
2025.11.18
コメント(0)
テレビやDVD、インターネット等、現代では様々なビジュアル機器が発達・普及し、誰もがそれらを手軽に楽しめるようになりました。しかし、それと同時に、最近では「現代人の読書離れ」も進んでいるようです。全国学校図書館協会が発表した平成12年「読書調査」によれば、中学生では約3千9百人のうち43.0%が、高校生では4千3百人中の58.0%が「1ヵ月に1冊も本を読まなかった」と回答しています。読書は私たちの心を育てるうえで、大切な役割を担っています。幼い頃に童話を読みながら、ワクワク・ドキドキした経験のある人も多いことでしょう。そした感動を繰り返すことによって、感性や想像力が自然に磨かれていくのです。「読書は心の栄養」とも言われます。一日のなかに必ず食事の時間があるように、「読書の時間」も設けてはいかがでしょうか。通勤電車の中や休み時間など、ちょっとした合間のなかに手頃な時間が見つかるものです。本と出会う機会を作り、人生をより豊かなものに高めていきましょう。・・・正直なことを言いますと、私はあまり本を読む時間を作り出すことができておりません。仕事が忙しい、というのもあるのですが、体調がよくないときがあったりします。今日の更新が遅くなってしまったのは、あまりにも疲れすぎて熟睡してしまい、本来起きる時間に起きることができなかったからです。こうなってくると、無理をおしてまで読書をすると、自分の身体に悪い影響を与えてしまいますので、無理のないように、手頃な時間というものがあったときに、ちょっとでもいいので読む機会を設けるようにしていければいいな、と思っております。ちょっとずつでも読み進めていって、自分の感性や想像力を磨いていきたいものです。私は、無理をしないで読書をしていきたいと思いました。以上です。(2001年11月19日)
2025.11.18
コメント(0)
著者は、バイクをバリバリと運転しているのですが、独自に自動二輪の免許を取った、ということはしていなかったそうです。実をいいますと、著者は、昭和30年代に普通免許を取っているのですが、そのあとに道路交通法が改正されたようで、昭和30年代までに普通免許を取った人は、自動二輪の免許が突然つくことになった、とのことです。そうなってしまった免許のことを、ポツダム免許といっているようで、その由来となったのが、かのポツダム宣言です。そのあとに、軍の位がひとつずつ上がっていった、というのがそうだったりします。かくいう私も、同様のことがあります。私は、1994年に自動車の普通免許を取得したのですが、現在では、普通免許ではなく、中型免許というものになっております。しかも、「免許の条件等」の記載欄には、中型車は中型車(8t)に限ると書かれております。たしかに、教習を受けていたときには、大人9人までが乗れる車を運転することができる、というのを教わった覚えがあります。現在の普通免許では、この大人9人までが乗れる車というものは運転できないようになっているようで、その車を運転するためには、改めて中型免許を取らなければならないようです。とはいえ、私は、そんな大きい車を運転できるか不安です。今は、小回りが利く軽自動車にしか乗らなくなってしまいましたので、壁や電柱にぶつけずに運転できるか・・・未知数なところがあったりします。その6に続きます。柳家小三治著「バ・イ・ク」講談社刊 2005年
2025.11.18
コメント(0)
岩見沢では、挽曳競馬というものがあります。「挽曳」と書いて「ばんえい」とよみます。この競馬ですが、一般的な競馬のように、鼻先がゴールラインに接したときに着順が決定する、というものではなく、荷台の後ろの部分がゴールラインに接したときに、着順が決定するようになっております。そのためか、1着の馬の鼻先がゴールラインに達したからといって安心してはいけないそうです。鼻先がゴールラインに達していても、そこで止まってしまったら、まだ決着してない、と見なされております。その間にも、他の馬が坂道を登り切れなかったり、止まっていたりしていたりするのですが、そんなかでも別の馬が走ってきて、鼻先どころか荷台の最後をゴールラインに接して先に決着がつく、なんていうことがあったりします。これに関したものとしては、ミヤギテレビの「OH!バンデス」で放送されている、赤ちゃんのレースというものがあったりします。1歳くらいの、ハイハイができる子供を、母親が待っているゴールまで到達させる、というものです。これなんですけれども、まだ1歳の子供です。まだ自分の意志というか物心というものがないような状態で、オモチャに興味を持ってしまったり、ほかのものに気を取られたり、さらには、動こうとしなかったり、なんていうのがあったりします。そのためか、レースではあるのですが、ドラマチックな展開を見せることがあったりします。こういう光景を見ると、微笑ましいものがあるな、なんて、私は思ってしまいます。その5に続きます。柳家小三治著「バ・イ・ク」講談社刊 2005年
2025.11.17
コメント(0)
著者が北海道の伊達市を訪れたときのこと。伊達市とは、苫小牧から海沿いに北西へと進んだところにあるところです。伊達市の人が、著者がどこの出身かを尋ねてきます。著者は、生まれは東京なのですが、両親が宮城の人であったそうです。で、父親が岩沼で、母親が亘理だ、とのこと。すると、伊達市の人は、ここの人たちはもともとは亘理の出身で、蝦夷地開拓のときに移住してきた、とのことです。まさかの伊達市と著者には縁があった、ということです。その4に続きます。柳家小三治著「バ・イ・ク」講談社刊 2005年
2025.11.17
コメント(0)
出張で特急列車を利用したKさんの体験です。発車間際に乗り、自分の指定席に行くと、そこにはすでに4人の婦人が座っていました。グループで旅行に出かけるのでしょう。にぎやかに話が弾んでいたようですが、Kさんに気がついた一人の婦人が「すみません、すぐに替わりますから」と言って、立ち上がりかけました。「せっかくの旅行なのだから、4人一緒のほうが楽しいだろう」と思ったKさんは、自分から申し出て、その婦人と席を交換しました。切符を交換して席を移ろうとする彼の後ろから、「いい人と巡りあってよかったね」という声が聞こえました。どんなに小さな行為でも他人を喜ばせるのは、気持ちが良いものです。今年還暦を迎えたKさんですが、普段でも電車を利用するときには、よほどのことがない限り優先席には座りませんし、小さな子どもを連れたお母さんや高齢の人には率先して席を譲るようにしているそうです。ご婦人の喜びの声を背に、和やかな一日を過ごしたKさんでした。・・・本文のような場合ですと、譲ってくれた人はいい思いをするのですが、これが逆なことになると、よくは思わなくなってしまいます。こうなってくると、自分にとってもいい感じはしなくなってしまいがちです。できることなら、自分もいい思いをしたいですから、できる限り相手の依頼に応じていったほうがいいのかもしれません。自他共にいい思いをしていくようにしていきたいものです。私は、相手のために行動ができるようになりたいと思いました。以上です。(2001年11月18日)
2025.11.17
コメント(0)
著者は、温泉に入っている時に、その温泉に硫黄が入っている、ということで口の中に含んでみたら、なんと歯がキレイになった、といいます。私が認識していますのは、重曹というものが歯にいい、ということです。この重曹というものは、ここ最近になって、歯磨き粉に含まれるようになっており、これで歯を磨くと歯をキレイにすることができる、というものです。温泉のなかには、この重曹というものが含まれるものがありますので、著者がその時に入っていた十勝岳温泉に、重曹が含まれているのかな・・・なんて思って調べてみたのですが、どうやらないようなのです。ということは、硫黄という物質が、歯をキレイにすることができるようなのですが・・・さすがに、薬局というかドラッグストアに行っても、硫黄入りの歯磨きは・・・ないですよね、多分・・・その3に続きます。柳家小三治著「バ・イ・ク」講談社刊 2005年
2025.11.16
コメント(0)
モール泉というのがあります。これは温泉の一種で、植物性のものとなっております。そのせいか、お湯のなかに植物の腐ったものがありますけれども、だからといって汚い!なんて思わないでください。ヌルッとしていて、なおかつツルッとした感触となっており、なんといってもお肌に優しいものとされております。私も、実際にこのタイプの温泉に入ったことがあるのですが、肌がいい感じになっているだけでなく、体がいいニオイにおおわれましたので、美肌になりたい人や、肌にトラブルがある人にはうってつけの温泉である、といえます。その2に続きます。柳家小三治著「バ・イ・ク」講談社刊 2005年
2025.11.16
コメント(0)
で、そのデジカメに使われるメモリなのですが・・・その容量は、8メガです。今では、ギガが当り前になり、多いものになるとテラが当り前になってきております。メガというものは、10を6乗したものです。キロというのは、1kgが1000gである、ということで、10を3乗したものと考えてください。で、ギガというのは、10を9乗したもので、テラというのは、10を12乗したものです。それと、2000年当時としては、値段もエラく高かったようで、128メガで6万5千円したそうです。今では、ギガの単位のものであっても、1万円をきってしまうどころか、ヘタをしたら千円をきってしまいます。技術の進歩というものは、凄まじいものがあります。柳家小三治著「もひとつ ま・く・ら」講談社刊 2001年
2025.11.16
コメント(0)
著者は、デジカメを入手するのですが、そこで四苦八苦をしてしまいます。これは、2000年のお話ではありますが、2025年ともなると、デジカメではなく、スマホで写真を撮る、というのが当り前になってしまいました。スマホで写真を撮ると、撮ったものはiCloudといって、インターネットで管理されているところに保管するようになっております。で、そこに保管された写真は、パソコンやらタブレット端末などで見たりすることができるようになっているのです。こうした便利な世の中になってはいるのですが、それでもデジカメのみならず、フィルムを使った従来のカメラも、未だに健在であったりするようです。その13に続きます。柳家小三治著「もひとつ ま・く・ら」講談社刊 2001年
2025.11.16
コメント(0)
スピードと変化が要求される現代にあって、何を基準に生きればよいのか、心の拠り所を失っている人も多いことでしょう。そこで今日は誰でも持っている三つの鏡について、考えてみましょう。一つ目の鏡は、望遠鏡の役割を果たす鏡です。この先十年にわたる自分の人生をどう生きるか、数十年後の自分の姿をきちんと映す鏡です。二つ目は双眼鏡の役割を果たす鏡です。1年後2年後という近未来の自分を映し、そのために今の自分に何が必要なのかを見据えることです。三つ目は顕微鏡の役割を果たす鏡です。現在の足元をしっかりと見据え、自分が何をしたらいいのかをしっかりと認識することです。鏡の大きさには個人差があるかもしれません。しかし誰しも持っているこれらの鏡を曇らせないよう、常にしっかりと磨き上げていれば、心の拠り所を失うことはないのです。不動の信念を持って日々を懸命に、喜んで生き抜きたいものです。・・・三つの鏡は、いわば将来にわたっての目標の指針のようなものです。こうしたものは、常日頃からしっかりと磨き上げるように努力しなければならないものです。私は、こうして毎日欠かさず努力し続けているのですが、このような側面が内包されているのかもしれません。自分が持っている三つの鏡が汚れるようなことがないよう、日々努力し続けていきたいものです。私は、常日頃から努力をし続けていきたいと思いました。以上です。(2001年11月17日)
2025.11.16
コメント(0)
最近のコンビニは、物を売るだけでなく銀行の出先のような機能や、インターネットなどで注文した品物の受け取り拠点としても利用されています。品物の受け取り方法は、宅配便などで「時間指定」をすれば自宅に配達してくれるのでより便利なはずですが、わざわざコンビニに出かける人の心理は、別のところにあるようです。コンビニの荷物受け取りサービスを利用しているUさんは、「時間指定でも、時間ぴったりに届くわけではないので、来るまで待っていなければならない。それよりは、自分の都合のいい時にコンビニで受け取るほうが便利です。それに私は一人暮らしなので、家のドアを無防備に開けたくないんです」と言います。物に不自由しない今日、物に恵まれる豊かさよりも、自分の要求をどれだけ満足させてくれるかという観点で、人は店や会社を選ぶようになっています。今後ますます個別化し、高度化していくであろうお客様の「心の満足度」に対応できるかどうかが、企業繁栄の鍵となるでしょう。・・・宅配便の配達手段として、時間指定のほかに、コンビニでの受け取りができるようになっております。時間指定ではなく、コンビニでの受け取りがいいというのは、本文では、時間ピッタリに届くわけではない、というのがあるわけなのですが、私の場合は、ちょっと事情が違ってきます。お目当てのゲームを某インターネット書店で予約した際に、発売日になったときに某宅急便で届けてくれることになっているのですが、その発売日の日中に届くことは、まずありません。早くても夜中、遅くなると次の日に届けられることが非常に多いです。いつかは、その某宅急便にクレームの電話をしてやろうか・・・なんて思ってしまうのですが、そんなモヤモヤした気持ちを抱くくらいであれば、本文にあるようなコンビニでの受け取りサービスを選んだほうがいいのかもしれません。自分が満足できるようなサービスを選んで、モヤモヤした気持ちを払拭していきたいところです。私は、納得できるサービスを選ぶようにしたいと思いました。以上です。(2001年11月16日)
2025.11.15
コメント(0)
結婚の縁といいますか、男女の縁といいますか、そうしたものって、運命的なものがある、というのがあるのかもしれません。私が車の点検のためにディーラーに向かうときに聴いていたラジオ番組でのことです。そのゲストは、結婚して子供を何人かこさえているのですが、その時の出会いというか馴れ初めは、その人が女性をひと目見て、「これは将来結婚することになるのでは」なんて、運命的なものを感じ取っていった、というものです。かくいう私なのですが・・・そうしたものを感じることは一切ありませんでした。ましてや、女性のほうから寄ってきた・・・なんていうものは皆無でした。そんなわけで、今でも私は独身のままとなってしまっております。その12に続きます。柳家小三治著「もひとつ ま・く・ら」講談社刊 2001年
2025.11.15
コメント(0)
「大変ぶしつけなご相談、お願いごとかと存じますが・・・放射線、化学療法についてもっと知りたいので、他の病院も受診したい」食道癌で入院して4日目のOさん(52歳)が、前夜何度も書き直したメモを手に切り出すと、手術を強く勧めていた担当医師の顔色がさっと変わりました。「それなら、すべて別の病院で治療してください」。その医師の突き放したような口調にOさんは大変にショックを受けました。結局Oさんは、医師がインターネットなどで癌相談を受け付ける「キャンサー・ネット・ジャパン」から紹介された病院で、放射線、化学療法を受け職場復帰をはたしました。「たくさん情報を集め、納得して治療を受けたかっただけなのに、担当医には思いが通じなかったようだ」と、彼は当時を振り返ります。「自分が入院して、初めて患者の気持ちがわかった」と語る医師の言葉を耳にしますが、人の気持ちは、自分がその立場にならないとわからないものです。優しさと想像力を働かせて、相手の心を汲める人間になりましょう。・・・私の職場でも、このような事例はけっこうあります。こちらからお願いをしているのに、まともな対応をしてくれない、というものです。私は、相手からそうされるたびに、「もし、自分が頼まれる側になったら、そんな理不尽なことは絶対にしない」と思っております。このときに、相手に憤慨して怒ったりすることは、絶対にやらないほうがいいです。あとになって禍根となって残ることになります。そうなってくると、これからの仕事がやりづらくなってしまいます。自分が理不尽なことをされたときには、あとで職場に禍根を残さないように気をつけるようにしていきたいものです。私は、相手に対して理不尽な対応をしないようにしたいと思いました。以上です。(2001年11月15日)
2025.11.14
コメント(0)
笑わせるというのは、一見すると誰もができそうな感じがするのですが、これが実に難しいものです。逆に、泣かせたり、怒らせたりすることは、非常に簡単にできてしまいます。しかし、笑わせるとなると・・・かえって泣かせることになったり、怒らせることになることがあります。そうでない場合であっても、時間が止まってしまったり、その場の温度を絶対零度に近いかたちで急速冷凍させてしまう、などの事態を招くことがあったりしますので、たしかに、人を笑わせるのは非常に難しいものであったりします。その11に続きます。柳家小三治著「もひとつ ま・く・ら」講談社刊 2001年
2025.11.14
コメント(0)
人の噂は思わぬところから立つものです。誰もが過去に一度や二度は、噂話に悩まされた経験があるのではないでしょうか。「知らぬは亭主ばかりなり」とは、ご当人が知らぬ間に醜聞が世間に広まっているという意味ですが、「人の口には戸が立てられぬ」と言うように、人の評判や世間の噂は防ぎようがありません。ただ「人の噂も75日」とも言われるように、良い評判も悪い評判も75日たつころには忘れ去られてしまうほど、人の噂とは頼りないもの。ですから、悪い噂でも気にせず時を待ち、良い噂もあまり期待せずに過ごすのがいいでしょう。とはいえ、ひとたび悪い噂が広まると心を痛めるのも事実ですので、人の噂話をしないことはもちろん、信念を持った生き方を確立し、貫き通せるよう心がけることが大切です。噂に振り回されず、泰然と日々を過ごしていきましょう。・・・噂というものは、いいときはいいのですが、悪いときはイヤな思いをするものです。特に、根も葉もない事実無根なものともなると、さらにイヤな思いをします。こういうときは弁明したくはあるのですが、出てしまって評判を落としてしまってどうにもならなくなるときがあったりします。そのような時は、本文のように、噂が消え去るのを待つほかないようです。そして、悪い評判がなくなっていつものような状況になるまでしばらく待つようにして、評判を挽回するようにしていくように努めていきたいものです。私は、悪い噂が流れても自分に正しくあるようにしていきたいと思いました。以上です。(2001年11月14日)
2025.11.13
コメント(0)
全11170件 (11170件中 1-50件目)