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中国人のお客様2名をEURE川沿いのChambrayと言う村のレストランに連れて行った。早めに切り上げたかったが、やはり3H近く時間が掛かり、帰宅は0時少し前。これから、明日の日本への帰国準備をしなければ成らない。
2005年01月31日
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溜まった家事を片付け、昼寝をした後で、日本への出張土産のメゾンドショコラを買いにシャンゼリゼ迄車で来たが、日曜で店は閉まっていた。週末に買いに来た記憶が有ったが、前回は土曜日だった様だ。地下の駐車場に車を止めたので、パリ一区の日本食良品店への買い物は車を駐車場に置いたままで、メトロで行く事にした。雨のシャンゼリゼを暫く歩いたが、傘をさして居る人は10-20%程度。コートのフードを頭に掛けたり、帽子を被っているパリジャン(ヌ)が多い。彼らは本当に傘嫌いだ。カールも雨の日には帽子を被る事が多く、今日の様な寒くない日はツバ有りの布製、寒い日には毛糸の帽子を被り傘は差さない。お洒落なパリの子供達は、冬場には色鮮やかな毛糸の帽子を親が被せているが、雨の日には、この上にコートのフードを頭に被せている。
2005年01月30日
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昨夜はたっぷり寝たので、少し気分が好く成った。アパートで休んで居ても、風邪は直ぐ回復する訳でも無し。気分転換に、近場の村巡りに出掛ける事にした。ターゲットは既に決めてある。カールが選ぶフランスの美しい村30選のデータ収集の旅だ。体力的に無理出来ないので、200KM圏内の場所を探した。地図と天気予報を見て、ブルゴーニュ地方のヨンヌ川沿いの村をターゲットに選定。出発は9時30分、途中のA6上では雪が降っており、予想が外れたかと悔やんだ。先ず外れる事の無いメテオフランセだけあり、目的地に近づくと晴れて来た。高速から外れ、N151、D950と奥地に入るに連れて、道路上に雪が残っている。最初に訪れた村は、蛇行したヨンヌ川が美しいMailly-Le-Chateau。残念ながらS字形のヨンヌ川と村の写真は逆光で上手く撮れず、写真は村の展望台より下流方向を撮ったもので、白い所はゴルフ場のバンカーでは無く雪。 高台よりヨンヌ川の川原まで下ったが、全く村人には出会わなかった。 次に向ったのは比較的大きな村のClamecy。ここでも先ずは撮影場所を求めて、ヨンヌ川の対岸の高台への道を探した。3箇所トライしたが、何れも私道と思われる狭い急な道路。此処で肝を冷やす事態が発生した。展望が利きそうな場所を見つけたが、狭い急な雪道でUターン出来ないと想定してバックで進んだ。途中から徒歩に切り替えて牧場に入り、写真を撮りはしたが、いざ車で脱出しようとするとスリップして前に進めず。雪を掻き出したり、車の下に枯れ木を敷いたり、角度を変えて何度かトライして、漸く窮地を脱した。ヨンヌ川を渡って村に入ったが、大きすぎて魅力が無く対象から外した。今日の最後の村は、Canal上にミニ開閉橋が有るPousseauxと言う小さな村。Canalは水の流れが弱いのか全て結氷していた。 この村は30選の候補地に成りそう。帰路の、N151沿いの雪原に大きな風車を見つけた。 今回の全工程は450KM、10H、喉の痛みは変化が無いが、好きこそ良薬で元気は回復した。
2005年01月29日
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久々の仏語レッスン。先生の第一声は、前回お嬢さんのために、持ち帰って貰ったワイングラスのお礼。お嬢さんは、とても喜んで居たそうだ。先生のお嬢さんからは、お礼の仏語メールを貰っていたが、此れは暫く伏せて、最近若い仏人女性からメールを貰い、直ぐに仏語で返事を出した、カールにも春が来たと得意げに話した。先生も喜んでくれ、どんな人か聞いて来たので、マリーちゃんとだけ答えた。怪訝な顔をしたので、マリーBと説明すると漸く真相を理解してくれた。このワイングラスは、ルーアンで一人暮らしをしているお嬢さんの所へ、ご主人が喜び勇んで届けたそうだ。昨夜のレストランでの2組のカップルの場合の座り方を説明して、先生夫婦のケースを尋ねて見た。予想もしない答えが返ってきた。夫婦は斜め正面に座り、最も遠い関係に成ったそうだ。親しいご婦人同士が向き合って話をし、たまに相手のご主人が話しに加わるパターンで、先生の旦那は蚊帳の外。難しきもの、それは夫婦とフランス語が今日の結論。
2005年01月28日
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今日は米国のお客様との定例のExective会議。米国市場でのシェア拡大や新商品の投入に向けての案件を議論した。夕食は、凱旋門近くのフレンチ、”La Maree"ここは、魚料理とワインカレンダーで有名な高級店で、毎回Simple&bonな料理に満足している。米国人の味覚も魅了したようだ。ビジネス客以外にもカップルで食事に来た人で満席状況だったが、カップルの座席の位置が興味深かったので、話題にした。Coupleの座り方が隣合わせか対面かと言う内容。店内では、中年以降で横座りが多かったが、店のテーブル配置、通路側には座席を置かない方針にも依存しているようだ。必ずしもラブラブ度の尺度には成らない様だが、帰り際に店内を観察すると、圧倒的に席を近づけて食事をしているカップルが多い。仏、米共、Official dinnerでは必ず隣同士の座席、2組でのカップルでは同姓同士が隣り合わせに成るようだ。これは、親しいご婦人同士が顔を近づけて話をし易いように配慮するためとの説明。
2005年01月27日
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今日は日中でも零下の寒さ。急いで昼食を済ませ、12時30分にPacyを出て、会議場所のRueilに向った。会社の近くでガソリンを給油したが、震えるほど寒かった、気温は-2度。夕食は米国からのお客様をパリのホテルに迎えに行き、凱旋門近くの和食レストランへ。米国、日本、台湾を経由して、今日パリに到着したNさんは、約束の時間に成ってもホテルのロビーに現れず。疲れが出たのか、眠り込んでしまったそうだ。
2005年01月26日
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週末,2日間ともアパートで静養に努めたが、 風邪の症状は変わらない。 会社の診療所に行って、耳と喉を見て貰らったが、顎の打撲と風邪の因果関係は無いとの見たて。風邪薬を貰った。 今週は寒波の到来で、1週間雪模様との予測。 今朝もパリを離れると、雪が降っておりA13の追い越し車線は雪が積もっていた。速度を落として、会社まで慎重に運転。午後からは雪も止んだが、今週は寒い日が続く。
2005年01月24日
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今週末は体調不良で、2日間全くアパートに籠もりっきりの生活を送った。たっぷりと睡眠は取ったが、喉の痛みは引かず。家事も手抜きで、必要最小限の物だけ。食事はご飯だけ炊いて、後は電子レンジか熱湯で暖めるだけ。美しい村巡りのデータを、エクセルシートに整理し始めた。訪問済の143村を地域別に分類して、訪問日時、写真データとのリンク、A、B+、B、Cの評価等、過去の写真や日記を振り返りながら作業をしたが、此れがなかなか骨が折れる。体力不足の今、根を詰めると疲れるだけなので途中で切り上げた。
2005年01月23日
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2週間の睡眠不足と疲れが出たのか、風邪を引いて喉が痛くなり、 一日中アパートで寝ていた。 土曜日に出掛ける気力が無いのは、珍しい現象。 ベッドの中で村の本や写真を眺めていて、カールお気に入りの美しい村30選とカールが選ぶ美しい村番外編30選を探して見ようと思い立った。フランス人に村巡りの話をすると、必ず聞かれるのは、何処が一番好きかと言う質問。此れは極めて難しい質問で、とても1,2に絞り切れない。自然、景観、街並み、歴史、風物等様々な要素が有り、観光地化した全国ブランドの有名スポットも有れば、レストランやホテルが一軒も無い、春の花に溢れた桃源郷も印象に残っている。訪れるシーズンに因っても、村の価値や印象が極端に違うようにも思われる。次の目標として、訪問済の143村を様々な観点で自分なりに再評価して、お気に入りの30村を選んで見ようと思う。併せて、仏の美しい村に選定されていない番外編のカールが選ぶ30村を探す事をこれからの目標にしてみよう。深田久弥氏の日本百名山も、中高年向けの登り易さを考慮して、無名山塾の岩崎元郎氏が新たに選びなおしているが、此れに習って自然派、日本人の視点で番外編を探すのも一興であろう。
2005年01月22日
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1ヶ月ぶりの仏語レッスン。先ずは、成田空港で仕入れたお土産を先生にプレゼント。レッスンが始まる直前に、先生の視線が部屋の一点に注がれているのに気が付いた。包装したままのクリスマスプレゼントが三個放置されているのだ。先生が不思議な顔をして、何故包装を開けないのか聞いて来た。どうせワインかワイングラスであり、興味が無いので、昨年の分もそのままにして有ると答えると、大声で ”Very Strange person"と真顔で言われてしまった。仏では男女を問わず、プレゼントを貰うと即座に開いて中身を確かめるのに、何故貴方は見ないのかと詰問された。何時までもそのままにして置く訳にもいかず、丁度良い機会なので、2人で梱包を解いた。中身は予想通り、ワインと2種類の高級ワイングラス、ブランド品らしい。部屋が狭く、シンプルライフを旨とするカール家では余分な高級品には一切興味が無く、良かったら持って帰ればと、水を向けた所、俄然先生の瞳が輝いた。結局、先生は二種類のワイングラスとアルサスワイン1本を持ち帰る事に成った。お礼と本当に貴方は不思議な人を何回も繰り返し聞く羽目に。
2005年01月21日
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今日は、米国HOUSTONから新商品の研修に来たお客様を、パリの中華レストランに招待した。仕事以外の話題で盛り上がったのは、子供の親離れの各国事情。中々結婚せずに何時までも、自宅で母親に面倒を見てもらう国の筆頭格はイタリア人。若い内から親元を離れて、一人住まいする代表格の仏人も、最近は親元で何時までも同居する若者が増えている。米国人の結婚平均年齢は変化が無いそうだが、確実に出生率は減っていて、子沢山のイメージが強い米国人でも、最近は2を切っていると聞かされた。共に食事をした米国人3名、仏人1名、日本人1名の親元を離れた年齢を紹介し合ったが、18,19歳が4名、一番若い30歳の米国人は26歳まで親元に居たそうだ。20代後半の我が息子2名は、未だ母親と同居しているが。
2005年01月20日
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実に12日ぶりのPacyへの通勤ドライブ。不在中の書類や新聞、雑誌が机の上に山積み状態でうんざり。その中に、日本からの出張者よりのお土産である真空パックのうなぎの蒲焼を見つけた。これは有り難いお土産、早速今晩のおかずにして食べよう。アパートに戻ると、エレベータの前にお向かいの部屋の大家さんの息子さんが居た。大家さん夫婦は、オーストラリアで長期滞在中であるが、息子さんはパリに残った様だ。エレベータの中に食料品を積み込んでいた。カールに気づくと、一緒にエレベータに乗る様に声を掛けてくれた。彼は背が高く、甘いマスクの如何にも女性にもてそうな好青年ではあるが、荷物に場所を占領された狭いエレベータの中で、体を触れ合うように話をするのには閉口した。此れが娘さんなら、何の不満も無いのだが。
2005年01月19日
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今日も、Rueil malmaisonで会議。アパートから近場での会議で、朝は少しゆっくり出来た。夕食は、日本人3名で久々の和食を食べにパリに出た。なじみのMに電話して、開店前の6時30分のスタートをお願いした。買出し中のおじさんの所にTELを入れて、早く帰って来てもらったそうだ。無理を言って、申し訳ない思い。おまけに予約が必要な牡蠣鍋を食べる事が出来た。本当にMさんに感謝。
2005年01月18日
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今日はRueil MalmaisonでManagement会議。PacyのOfficeには1週間以上行っていない事に成る。パリでのBusiness dinnerでは、好みは封印して、只管何が柔らかいかを確認してオーダーした。本当は、自宅で日本から持参して未だに使っていない大根を軟らかく煮たおでんが食べたいのだが。
2005年01月17日
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1週間分の洗濯、アイロン掛けや買出し、来週の仕事の準備に追われた日曜日。冷蔵庫に食料品が無いので、ヌイイの朝市が空いている9時前に野菜、乳製品、肉類を仕入れに出掛けた。ここの朝市では、同じ様な複数の店が軒を連ねて、品質を競い、個性を発揮しようと勤めている。肉屋さんの中には、解体前の食材を軒先に吊るして居る店も有る。 依然として、硬い物を噛む事が出来ないので、味噌汁他の流動食を作って昼食を食べた。ヌイイのホテルに来週前半まで滞在しているIさんと、駅前のインド料理店に出掛けて夕食を共にした。彼もホテルで、来週の仕事の資料を作って過ごしたそうだ。
2005年01月16日
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今朝の朝食も、噛むと耳に響くので、ヨーグルト他の流動食。仏勤務のカールとEさんは何度もこの地方には来ているので、日本から出張してきたIさんの意向を聞いて、ポンデュガール、ボードプロヴァンス、アビニオンを廻る事に。この季節のプロヴァンスの観光地は、夏場には想像できない程、観光客が少ない。ホンデュガールでは、橋の上一人状態で写真を撮る事が出来た。ボードプロヴァンスでは、一軒だけ開いていたレストランで昼食を食べたが、注文の時にはすっかりと噛めないと言う事を忘れていた。2人には悪かったが、細かく切って前歯で噛んで一人だけ時間をたっぷり掛けて何とか8割程度は食べられた。ボードプロヴァンスの高台に有る広大なChateauの中には、ギロチン台を模擬した簡単な模型があり、E,Iさんに首と手を穴に突っ込んで貰い、首を跳ねられる様子を写真に撮った。月曜日からのManagement会議で、答えに窮した時に、この写真を見せて、煙に巻こうとの魂胆。この村は、美しい村の一つで、前回は夕方遅く着いたので、じっくり見る事が出来なかったが今回はのんびり出来た。Chateau de Baux内には、当時の大規模な武器や防具(傾斜の有る屋根つきの移動式集団防具で、場内からの石落し攻撃に備える)が配置されていた。写真は木の撓りを利用した、250Mの石投擲機。 AVIGNONは、3年前に家族と来ているが、AVIGNON橋から法王庁宮殿へと続くルート等が整備されていた。法王庁宮殿の最上部のテラスに続く屋外回廊の柱頭オブジェにユーモラスな物を幾つか見つけた。写真は壁にしがみつくスカートの中からお尻を出した女性に見える。 一日遅れの午後6時発ののTGVで、パリに戻った、AVIGNONからノンストップで2H40分の旅で、東京ー大阪間と同じ所要時間。
2005年01月15日
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そろそろ体力の限界か、睡眠不足に依る眠気と疲れで頭が廻らず。グループ討議で各テーマに対しての提言を纏める。今回のForumは、英語圏の出席者が60%と仏語が飛び交わないのが有り難い。3日間のForum終了後、即日パリに戻るグループ、グルノーブルに戻る組、週末に個人行動をするメンバーに分かれた。日本人3名は、AVIGNONで更に一泊して、一日遅れでパリに戻る計画を組んだ。AVIGNONのTGVの駅でレンタカーを借りて、市内のホテルに向ったが、此処で事件が起った。漸く見つけたHOTELのGateが閉まって居たので、HOTELに確認に行った。このオフシーズンはHOTELが閉まっている事が有り、予約が有っても油断出来ないのだ、この地方で過去に苦い経験をしている。暗い中、車道から歩道への段差が有り、躓いてしまった。体制を立て直そうと2,3歩踏ん張ったが、年のせいか踏ん張り切れずに、顎からコンクリーの上に落ちてしまい、かなり出血してしまった、耳にも衝撃が伝わり痛い。同行の2人に助けてもらい、ホテルの部屋で止血、消毒をした。切り傷は深くなく、大したことは無かったが、耳に響くので噛む事が出来ず、食事は出来なかった。山登りで、下りのバランスには絶対の自信を持っていたが、本件は老いを自覚させられるショッキングな出来事であった。
2005年01月14日
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日本人の存在価値も示さねばと、得意分野で積極的に発言した。参加者から発言に対して、大きな拍手が起ると悪い気はしない。今日のDinnerはホテルより外出して、バスでカマルグへ。このアルルと地中海に挟まれた一体は広大なカマルグ湿地帯として有名な観光スポット。カールも、野生のフラミンゴや野生馬(カマルグ白馬)を見に2002年の夏に来ている。今晩の最初のプログラムは、寒風吹きすさぶ闘牛場でのショウ見学であった。厚着してきたが寒すぎる。最初が選抜5名の女性陣がグランドに降りて、カマルグ馬に乗ったカーボーイに花束を捧げキスをして、剛の者は白馬の後ろに乗ると言う趣向。その後が、此れもこの地方で有名なカマルグ黒牛を使った擬似闘牛、軽やかな身なりの若者が牛の前を走り抜けて場外にジャンプして牛の突進から逃げると言うお遊び。Dinnerは、牛舎を改築したような広い高天井の建物内で。スパニッシュスタイルのバンドの演奏で出迎えられる。曲目とスタイルが昨年9月のトゥルーズでの新商品発表セミナー時と同じで有ったので、事務局に確認すると、前回と同じバンドで有った。予想通り、Dinnerはダンスと歌で盛り上がり、メキシコからのメンバーが、プロ急のギターの腕前を披露して、一躍スターの座に。Dinner終了が12時30分、ホテル着が1時30分と毎晩4-5Hの睡眠が続く。
2005年01月13日
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午前中に全社のleader ship forumのwrap-upを終えて、午後からはTGVでアルルに移動した。我が社が所属する事業domainの親組織全体のManagement Forumが2泊3日で実施される。この会議への参加者は150名。今後4年間の全社プログラム、NEW2-from Goodto Greatを全社員に徹底させる為のTOPの強い意志を感じる。事業の成否は、実行力が全てで、少し上手く行かないと直ぐに議論に走る日本流のやり方を批判されている様で、耳が痛い。計画をやり切る為には、Leaderの完全理解とPassionで有るとの明確なMessage。ホテル到着1H後のPM6時から、活発な議論が始まった。ホテル内でのDinner開始がPM9時30分とGlobal business manは本当に体力勝負。
2005年01月12日
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今夜も帰宅が、午前1時。ブローニュの森の外れに有るレストランでのDinner終了が12時20分。今夜は、Gala dinnerでマジック他いろいろ趣向を凝らしたプログラムのため時間が掛かった。アパートまでは歩いて20分足らずの距離に有るので、マイヨールのホテルまでの送迎バスには乗らず、アパートまで歩く事にした。リスクは森から出るまでの300Mで有ったが、割合と明るい道で有ったので、急ぎ足で移動した。後ろから車が来て、道端に停車し、中からレザーコートの女性が降りてきた。予想通り、一仕事終えて職場に戻って来たか、流しで客を探していた夜の蝶で有った。コートの前を肌蹴て裸を見せ、客引きされた。男が降りて来るのでは無いかと、ドキドキしながら急ぎ足で森の外の道へと必死で逃げた。深夜の森は、当に魔界である。
2005年01月11日
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Leader ship forumのDinnerが終わったのが12時過ぎで、アパートに戻ったのが1時前。こんなに遅く成るなら他の人と同様にHOTELに宿泊すべきであったと後悔しきり。世界中から600人のLeaderを集めてForumを開くと言う事は、画期的な大Eventと思われる。更に、今日は疲れが倍増する事態も発生した。仏の内務省からのLetterで、11月20日の速度違反関連の書類と思われる。じっくりと読む気力は残っていないが、どうやら免許証の点数から2点減点すると言う通知の様だ。
2005年01月10日
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午前中に家事を済ませて、午後から2H昼寝をした。目覚めた後で熱いシャワーを浴びると、気分が爽快に成った。親会社のGlobal leadership forumと週後半のアルルでの会議に出席する為に日本から出張してきたIさんから、Port Maillotのホテルに到着したと6時過ぎにTELが入った。夕食をパリ一区のラーメン店で一緒に食べるためにホテル迄迎えに行った。アパートからヌイイ駅まで歩いたが、大きなゴミ袋に入ったモミの木を、至る所の住居前の歩道上で見掛けた。新年の1週明けの週末に、クリスマスツリーを片付けるのが仏の習慣であろうか。明日から週の前半は、Porte maillotのPalaisdes Congresでのforum、後半はArlesに場所を移しての会議が待っている。
2005年01月09日
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朝3時に目覚めたので、迷わずに遠出の準備。1000KM超の日帰りドライブは、11月中旬の聖マルタンの祝日以来実に2ヶ月ぶり。目的地は、12月14日に開通した世界一高いミヨーの大架橋(Viadac de Millau)とこの近くの景勝地、Aubrac山系。Aubracは職場の仲間が教えてくれた自然派観光スポットで、年末に仕入れたGuides mervelles naturellesにも詳しく解説してあった。出発は4時30分、観光シーズンの端境期で、高速道路やサービスエリアもガラガラの状態。途中A75上に、Mappyに表示が出ていなかったAuto radorが設置されており、慌ててブレーキを踏んだが間に合わなかった可能性有り。Millauの大架橋を10時に通過できたが、橋の周辺は全て駐停車禁止で見学用の駐車場所も無かった。撮影場所を求めて有料の橋を2往復したが、車を停める場所は結局見付からず。諦めてMillauの街に下った。Millauの大高架は予想していた以上に街から外れており、周囲の高台で道路が通じている撮影スポットを街中より見渡した。村巡りの体験で、こう言う場所を探す能力は身に着けている。急勾配の細い道を登って、見晴台に到着、此処には説明看板も設置されていた。 説明看板に拠ると、P1-P7の架橋で、橋柱245M、アーチ87Mの高さ、遠くから眺めると世界一でエッフェル等よりも高いと言う高度は実感できない。次に向ったのは、Aubrac山地。雪を心配したが、目的地に近づくと快晴の天気に成り、除雪もされており快適なドライブ。この一体は、1200-1400M急の広大な高原台地で、小さな湖や小川、滝が随所に見られた。季節はずれで、見掛けたハイカーは3組のみ。湖は氷結しており、凍った湖の青と雪の白のコントラストが美しいSaint-Andeol湖では湖畔に降りて見た。 風も無く、暖かい。凍った湖の上で寝ていた仏人がむっくと起き上がったのには、驚ろいた。 雪道を歩いて、Deroc滝を見に行ったが、仏には山靴を持って来ていないので、無理は出来ず。1439MのLes Trues d'Aubracに登って見ようと近く迄行ったが、此処も山支度無しでは難しく、Give-up。 今回の全行程は、1400KM、17H。
2005年01月08日
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2週間ぶりの通勤ドライブ。時差で朝4時に目が覚めたので、溜まった書類整理の為に、何時もより1H早く出勤した。メールの時代とは言え、年始明けには、書類、Greeting card、新聞、雑誌、クリスマスプレゼントで机の上は大混雑と成る。週始めの3日から平常勤務に付いている職場のメンバーとBonne anneeの挨拶。英仏の新聞、雑誌ではTSUNAMIの見出しで、日本では見れない、生々しい写真が随所に出ていた。海外のメディアでは、死者の写真を無修正で掲載しているケースが有るが、日本の報道では今回のスマトラ沖大地震の津波災害の甚大さは中々伝わってこないのも事実。緊急援助が必要な事とTSUNAMIの心構えを語り継ぐ為にも、有りの侭の写真を掲載する必要性が有る様に思えた。
2005年01月07日
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2週間ぶりにパリに戻った。フランスは予想以上に暖かく、今もTシャツ一枚で日記を書いている。5時過ぎにアパートに到着したが、内部が綺麗に掃除されており、一部模様替えもされていた。カーテン、椅子、アイロン台等が新しく成っていた。室内に大家さんからのメッセージが残されており、ご夫婦で2月末迄ニュージランド、オーストラリアに旅行に出るとの連絡。明日から仕事なので、今日はメールをチェックした後、直ぐにベッドへ直行する積り。
2005年01月06日
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湯河原の母の所から、カールが仏に持ち帰る食料品やWifeへのお土産を沢山貰って帰宅した。今回は、仏で会社からクリスマスプレゼントに貰ったバックパック(ワインや食料品、食器セット付き)を担いで行った。このバックパックは、収納し易く、背負い易いための工夫が随所に見られる優れもの。デザイン、配色も洒落ており、さすがフランス製と思わせる品物で、母も感心していた。出発前に、ゆうゆうの里の露天風呂に浸かったが、昨夜の強風の影響なのか、温泉の中は落ち葉だらけ。
2005年01月04日
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夫婦揃って、湯河原の母を訪ねる予定が一人に変更に成った。Wifeが風邪を引いてしまったから。息子一人の方が、気楽に話が出来るのか、日頃の会話欠乏症の反動で、いろいろと聞かれる。最近の母の最大の関心事は、孫の彼女達の事。今の若者の恋愛観や行動パターンに戸惑いが有る様で、こちらから彼らを擁護、母を諌めるハメに。
2005年01月03日
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今日は息子2人がフリーで自宅に家族が揃った。しつこく、トランプをしようと息子達に誘われたので、久々に勝負をする羽目に。ビリがトップにグリグリ(背中マッサージ)をするのが20年来のカール家のルールで、毎度の事で親子揃って熱く成った。
2005年01月02日
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今日から、正月恒例の駅伝観戦三昧。息子達に何故自分は走らないのに、駅伝オタクに成るのか不思議だと言われる。駅伝終了後に長男と深大寺に初詣に出掛けた。適度な運動と食事に配慮して減量に努め、健康に留意する事を誓った。自宅から、残雪が残り滑りやすい道を、深大寺まで散歩がてらに往復2H歩いた。
2005年01月01日
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