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3週連続して日曜日に神代植物園に来ている。夫婦揃って年間パスを持っているので、出来る限り日曜日には神代植物園まで歩く事にしている。お金は掛らないし、片道45分程度の手頃な散歩道である。2週前には、ほんの数株が地上に蕾を出していた福寿草も、2週間で多くの株が満開状況。漸く撮りたい被写体が目に付く季節に成って来た。白梅や蝋梅は既に花が咲いていたが、被写体としては興味が無かったので、カメラを持参しては居たが、写真は撮らず仕舞だった。
2010年01月31日
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オーガニックギルドのK社長が急逝され、告別式に参列して来た。余りに急な訃報で、ただただ驚きと悲しみの気持ちで出掛けたが、幼いお子さんの連れの御遺族の姿を見るに付け、本当に辛い告別式で有った。K社長とは1月5日に会い、夕食を共にしてオーガニックに付いて語り合ったばかりで、昨年「日本で最も美しい村」連合に加入したオーガニックアイランドの喜界町に、連合副会長のMさんを誘って、一緒に行こうと話し合って居た所で、果たせぬ夢に成ってしまった。今、Kさんから頂いたオーガニックのハーブティを飲みながら本ブログを書いている。ご冥福をお祈り申し上げます。
2010年01月30日
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ペン画アーティストのKさんと、彼の作品を展示中の麻布十番の沖縄料理のCafe&Resutaurant「ターチ」で会食した。Kさんとは不思議な縁で、昨年の9月にフランスでホームステーさせて頂いたお宅が、当時横浜市役所で非常勤勤務していたヤン君の実家。ヤン君が日本で懇意にしていたのがKさんで、ヤン君が仏へ帰国する直前に3人で会い、以降メールで交流していた。Kさんは、本業のペン画作家以外にも本のデザイナーや地域おこし等の幅広い分野で活動しており、興味深い話を聞かせて貰った。「日本で最も美しい村」連合の活動にも関心が高く、出版ノーハウや最近注目を集めている「プロボノ」に付いての情報収集もできた。「PROBONO」とは、ビジネスパーソンや専門家がスキルを生かして社会貢献する事で、語源はラテン語の「Pro Bono Publico]で公共善のための意。2010年は「プロボノ」元年と銘打ち、昨年12月にはプロボノフォーラムが開催されたとの事。ITやMarkething、人事等のスキルボランティアを登録して各種のNPOに紹介する組織が米国のサンフランシスコで生まれ、今やNPOに対してお金で支援する助成金(グラント)とは異なる、スキルボランティアとNPOとをマッチングさせるプロジェクト型助成の手法、サービスグラントが注目されて来た。沖縄料理の店名「ターチ」は第2の家庭料理の意味で、お洒落な店内にお洒落な料理と、麻布十番に相応しいナウイ若者たちで満員だった。場違いなオジサンはカール一人と言う状況。ウミブドウとスクドウフ(アイゴの幼魚を乗せた豆腐)、 ラフティー(豚の角煮)など、珍しい沖縄料理を楽しんだ。
2010年01月29日
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日仏合弁会社の経営幹部仲間で仏人のR閣下より退職の挨拶状が届いた。R閣下はカールが最も敬愛して居たフランス人で、グランゼコールのポリテクニックの数学科を出た頭脳明晰なエリートではあるが、その価値観や心優しい気さくな性格、ユーモアセンスなど彼の生き様には共感する所が多く、ビジネスを越えた数少ない友と呼べる人物だった。その彼も定年を迎え、長文の傑作退職挨拶状が送られて来た。PDFファイル30枚の大作で、全文ユーモアクラブメンバーに相応しい、写真や漫画をふんだんに使ったエスプリ溢れる内容だった。カールと一緒に仕事をした時の愉快な写真が何枚か交じっており、当時を懐かしく思いだした。日仏の文化やビジネススタイルの違いをデフォルメしてジョークを交わすのが常だったが、写真を撮られた記憶が無い、こんな写真も出て来た。 R閣下をリスペクトする土下座写真とタイトルされているが、展示会か何かの行事の時に、日本ではクレーム誤りや嫌な奴に無理なお願いをする時には土下座すると、実演した様に思う。何故、土下座時に横を向いたのかは思いだせないが、内心はアカンベーと遣ったのか・・・?ユーモアセンスで撮り貯めした写真や漫画のコマ、ポスターを縦横無人に使い、彼のビジネス半生の記録や退職後の生き方を紹介するスペクタクルに成っており、改めて彼のユーモアセンスに脱帽した。コールセンター?やポスターから自分の顔に似た人物を選んで物語を作っていた。 彼に負けないユーモアセンスで、との思いでメールの返信文書を考えて送ったが、とても太刀打ち出来なかった。
2010年01月28日
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昨年2月のANAの旅達・中国羅平への旅で知り合ったMさんよりの依頼で、ファッション、フーズ、小売、テナントリース、衣料、書籍等の広義の流通業に従事されているメンバーの勉強会(流通懇話会)に招かれて、「日本で最も美しい村」連合の活動の紹介をした。街づくりや食のやpromotionなどを担当業務にしているコンサルタントの方も居て、貴重な情報収集や活発な意見交換が出来た有意義な懇話会だった。連合の準会員に加盟すると言って下さった方が何人か居た。
2010年01月27日
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Eブランド研究会に出席。今回は2名の講師より、「エンジニアリングをいかにブランド化するか」と「顧客と供給者間の信頼構築こそ、Eブランド」と言う内容での報告があり、活発な質疑や意見交換が行われた。出席者は技術経営に関わる企業OBや現役、大学関係者など多彩なメンバーで、研究会終了後の懇親会での、異業種の皆様との情報交換や意見交換も楽しみにしている。
2010年01月26日
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スペインのゲルニカ在住で一時帰国中のNさんにお目に掛って話を聞かせて頂いた。きっかけはブログ仲間のひよこさん。フランスの青空に魅せられて、今や毎年フランスに通い続けて居るひよこさんを「虜にした」張本人がNさん。年齢不詳成るも、カールよりはかなりの先輩とお見受けしたが、その元気とバイタリティーには圧倒されっぱなしで、我が身の不甲斐なさを思い知らされたが、元気は貰えた。スペインのバスク文化に惹かれて、数年前に単身スペインに渡り、ゲルニカでカフェレストランを開き、今や1haの農地を取得して日本野菜の栽培まで手掛けられ、息子さんの力を借りて、更に事業拡大の計画を持たれている。意欲満々の第二の人生?には圧倒されっぱなしだった。長年教育分野で仕事をされて、飲食店の経営や農業は未体験ゾーンである筈なのに、地元のバスク人の信頼を得て、バスク文化の中で根を張って生活されている事が良く理解出来た。スペインのゲルニカはスペイン内戦時にドイツ軍の爆撃で破壊された町で、カタルニア出身のピカソが抗議を込めて描いた「ゲルニカ」で知られたバスクの中核都市。フランスに滞在中に国境を越えて、近くのサンセバスティアンやビルバオ迄は来ていたが、今日話をお伺いして、是非行って見たいとの思いが募った。フランスのパリ郊外で日本野菜を作り、パリの星付きレストランに納入して日仏のマスコミから脚光を浴びる様に成った我が友のYさんも、未経験の野菜作りをフランスで始めたが、お二人には共通点が有る様に思えた。自分の思いを大切に、傍から見るとよくまあこんな困難な壁を一人で乗り越えるなと思える内容では有っても、あくせくせずに、日々の暮らしを楽しみながら此処までやって来たと言う点である。
2010年01月25日
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内田樹さんの「日本辺境論」を漸く読み終えた。Mどんぐりさんのブログに紹介されていたので、興味を惹かれて図書館で探したが、見付からなかったので書店で買い求めた。新書版なので、直ぐに読み終えると思っていたが、流し読み出来ない性格なので、思いの外時間が掛った。内田先生の本は初めて読んだが、日本辺境論の論旨や基本的な価値観では共感する所が多々有った。一方、アカデミズムとエシックインテリと言う高みからの批評的色彩が強いので、社会の現実的問題への対応やホームグランドでの教育分野では、その割切りの良い文体から推測して批判を浴びる事も多いのではと思われた。
2010年01月24日
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期末試験明の2月中旬にイタリア旅行に出掛けるT女子大の2人のお嬢さんに海外旅行の楽しみ方や注意点などを伝えるために一緒に食事をした。三重勤務時代の山仲間のSさんから、お嬢さんがお友達とイタリア旅行に行くので、アドバイスをと頼まれていたのだ。試験途中のお疲れの所に出て来て貰ったので、心配していたが、2人とも元気そうで一安心。混雑した新宿駅の改札口で待ち合わせ、初対面では有ったが、お嬢さんはお父さん似で、直ぐに本人と確認できた。フランスやイタリアでの体験を元に話をしたが、若い時期から機会を見つけて、海外に出て異文化の一旦に触れるのは、将来に大きな財産に成る。ビジネスでも旅行でも、その国に出掛ける前に、相手国の文化や歴史を勉強しておけば、一層充実した旅に成ると言うのが持論であり、イタリアに出掛ける前に少しでも歴史の勉強をして行けば、ヴェネツィアやフィレンツェ等の観光が楽しく成るとアドバイスした。ブログ仲間のヴィーナさん(ママはベテラン添乗員)から、海外旅行の注意点のアドバイスを頂いていたので、事前に伝えて居た。若い女子大生と如何接して良いのか、皆目見当が付かなかったが、何とか喜んで貰えた様で、ほっと一安心したと言うのが正直な感想。
2010年01月22日
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昨年11月に都内の4ヶ所のレストランで開催した「日本で最も美しい村」レストランフェアで、その準備に奔走頂いたHAKKL社のH社長と会食。全国各地の「日本で最も美しい村」から届いた新鮮素材を使って、イタリアンやフレンチの限定メニューに仕上げた物で、都内のお客様の反響や評価を見ようと言うマーケティングの試み。特に料理を担当して貰ったシェフからのフィードバックやアドバイスが極めて重要であると判断しており、貴重な意見が聞けた。最も美しい村の付加価値を付ける売り出し方がポイントではあるが、その磨けば光る原石と磨く手法や売り出し方に付いて、シェフの皆様より示唆に富んだ指摘が有った。名実共に「最も美しい」に相応しい「我がまち」の閾値を越えるオンリーワンを見出して、育成する事が加盟町村のブランド強化に直結しており、料理もブランドの一翼を担うと判断している。
2010年01月21日
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年始に東京駅近くの丸の内トラストタワーに引っ越ししたカルビーの新オフィスに、「日本で最も美しい村」連合の副会長で同社のM相談役を訪ねた。現役を退いて以来、都心の近代的なオフィスビルを訪れる機会は殆ど無かったが、最新のイノベーションやインテリジェンスを喚起するオフィスレイアウトや設備に感心する事頻りで有った。
2010年01月20日
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昨夜、NHKのWxW(ワンダー・ワンダー)で美瑛の丘が取り上げられた。美瑛町は「日本で最も美しい村」の本部所在地でもある。13,14日の美瑛訪問時に、役場のメンバーから昨夜の放映予定を聞いていた。今回、改めて美瑛の丘の四季の景観を見て居て、「日本で最も美しい村」の原点を見つめ直す良い機会に成った。「フランスの最も美しい村」のルーツは中世の小領主の領土で、村の中心部の高台に城塞と教会があり、周囲を民家が取り巻く防御型の小世界で、見上げて美しい、空から見て美しい村の集合景観が特徴である。一方、「日本で最も美しい村」の特徴はその多様性にある。北海道の大陸的な畑作景観や合掌造りや舟屋、江戸時代の街道沿いの宿場町の集合景観、里山や里から望む名峰など癒される多様な景観が存在する。地理用語のLandscapeでは無く、舞台用語のSceneryに通じる心に響く原風景がその特徴であるが、今回の美瑛の映像を見て居て、改めて日本の美しい村とは「生活の営みが生み出した景観」だからこそ、心に響く美しさとの思いを強くした。今回の映像を見ても、春先に雪の下から顔を出す秋まき小麦の緑、春の種まきのためにトラックターが描き出す丘をうねる直線状の畝や、3000枚の畑の上に描かれるパッチワークは病害虫を避けるための輪作が生み出す一期一会の美しい色模様、丘を彩るヒマワリやキカラシは火砕流の石英質の土壌を改良するための緑肥に、丘の景観のアクセントと成る木立ちは農地の境界表示で有ったり防風林の役目を果たしたり、麦の茎を集めて丸められた麦かんロールは家畜の寝床に、秋の青いシートを被せられた「にお」は刈り取られた小豆を自然乾燥させるための方法で有ったり、全ての丘の美しい景観は「農家の生活の営み」から生まれた風物詩である。冬の一面の白い銀世界から、春や夏の農作物の緑と土の茶色のコントラスト、秋から冬の黄葉と新雪のコントラストや秋の朝霧、冬のダイアモンドダストなど、厳しい自然と生活の営みが織りなす景観の妙こそ、美しい日本の原風景である事を画面が見事に捉えて居た。手持ちの美瑛の四季の写真を集めて見た。春の秋まき小麦越しの大雪連邦にやジャガイモの若葉の畝。 夏の模範牧場と十勝連邦、ジャガイモの花やキカラシの畑 秋の馬鈴薯の収穫風景に小豆を乾燥させる畑の「にお」、晩秋の新雪の十勝連邦と黄葉 冬のマイルドセブンの丘
2010年01月17日
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12月にフランス在勤時にアシスタントを務めて貰ったAさんに第一子が誕生、名前はたまたま我が孫娘と同じ名前だった。一ヶ月が過ぎたので、そろそろお祝いの品物を送ろうと、WIFEと烏山の”木のおもちゃの店”、MUKUに出掛けた。店内には興味深い”木のおもちゃ”が並んでいた。ドイツ製のおもちゃが多い。ご主人に”木のおもちゃに”付いて、いろいろ教えて頂いた。ドイツやイギリスでも職人の高齢化や後継者不在により、家内工業での作り手が居なくなって、中国への技術移転で同じおもちゃを中国で作る事が多く成って来たそうだ。但し、日本の消費者は子供が口に入れる可能性のあるおもちゃに対しては安全が最優先で、原産地表示が必要な”木おもちゃ”にmade in Chinaのラベルがあると、なかなかドイツ製とは同じ様には売れない様だ。ついで買いで、孫娘と母にも”木のおもちゃ”を買った。
2010年01月16日
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1泊2日で美瑛町に出掛けた。厳冬期の美瑛訪問は初めての体験。今回は2日とも役場で打ち合わせのみのスケジュールで、観光処か冬の美瑛の写真を撮る暇も無かった。事前にネットで調べた美瑛の最高気温が―7度と出て居たので、身構えて出掛けたが、拍子抜けするほど寒さは感じなかった。湿度が低い事と風が無かったので、保温下着とシャツ、ジャケットにコートで十分で、持参したセーターやほっカイロの出番は無かった。北海道の人が東京の方が寒いと感じると聞いた事が有ったが、何となく感触は理解出来た。夕食は宿近くの居酒屋で。北海道ならではの、ラーメンサラダ、エゾシカのルイべ、北海道の魚介類などを味わった。旭川は内陸部ではあるが、釧路や小樽からも近く、市場には新鮮な魚介類が豊富に出回るそうだ。美瑛にも美味しい漬物を是非ラインアップして欲しいと言う思いで、お土産に持参して来た山形県産の温海蕪、藤沢蕪の漬け物を持ち込んで、役場の皆さんにも味わって貰った。期待通り、とても美味しいと喜んで貰えた。上川支庁はカレー王国をキャッチフレーズにした”まちおこし”に力を入れており、美瑛のカレーうどんもご当地メニューとして存在感を増してはいるが、アスパラやジャガイモなどの農作物に比較して、加工食品のインパクトはまだまだ十分とは言えない。温海蕪は山形県鶴岡市温海地域の山間地域の焼畑農法で江戸時代より栽培されている伝統野菜で、将軍へ漬物を献上した記録が残っている。この温海蕪の漬物は大好物で、銀座の山形県アンテナショップで纏め買いをしている。2日目の今日、目覚めると雪が降っており、道路には新たに雪が積もっていた。午後の帰路、旭川空港への道は除雪した道が凍結しており、本州からの観光客がレンタカーを使用するのは難儀すると思われた。道路の除雪状況が一律では無いと思ったら、国道、道道、町道での積雪量に応じた除雪基準が異なるそうだ。
2010年01月15日
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14日から北海道の美瑛に出掛けるので、寒さ対策のために好日山荘へ防寒下着を探しに出掛けた。明日の上川地方の気温予想は最高-2度、最低―12度と見ただけで身震いする寒さ。極寒体験は一昨年1月の中国大連への出張以来。循環器の持病が有るだけに、頭部を含め全身の寒さ対策に万全を期す積り。用件を終えた後は、冬の旭山動物園など観光は一切封印して、直ぐに帰京予定。
2010年01月12日
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1泊2日で湯河原の母を訪ねた。例年はお正月休みに出掛けていたが、今年は混雑を避けて時期を少しずらした。撮り貯めした曾孫の写真を届けるのが今回の主目的で、曾孫専用のアルバムに写真を追加して喜んで貰えた。昨日、9時前に自宅を出て最寄り駅に向かう途中で、コンビニ前に警察車両が止まり、警官が道路上で測定していた。異様な雰囲気に驚いて店の中を覗くと、大勢の警官が店内に居て現場検証をしていた。気に成って駅からWIFEにメールした。今朝、湯河原で朝刊を見たが何も出て居なかった。今日帰宅後に、朝刊を見ると「むさしの」版に小さく記事が出て居た。朝6時前に男がアルバイトの女性店員に刃物を突き付けて、レジ内の現金7万円を奪って逃げたと出て居た。時々利用する100円ショップで、家の近所で物騒な事件が起きるとは驚き。
2010年01月11日
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1月7日のブログネタの続き。中国人の女子学生をD大での面接場所に案内した後、急いで野菜食堂に駆け付け、WIFEと次男のお嫁さん、孫娘に合流して昼食を取った。食後に、近くの公園に寄り道して、孫娘を滑り台、ブランコに乗せて遊ばせた。明日から3学期が始まるのか、大勢の小学生が公園で遊んでいたが、中にトイプードルの子犬を連れた女の子のグループがいた。如何言う訳か、その子犬はカールが気に行った様で、盛んにジャレ付いて来た。その内に行動がエスカレート、何故かカールの太ももが気に行った様で、強く抱きついて離さず、腰を激しく振って来た。 オスの子犬が発情した様に、カールの太ももにしがみ付いて離さないとは、何とも奇妙な薄気味悪い体験だった。振り解いても、恋の一念は恐ろしや、追いかけられて閉口した。犬好きの孫娘は完全に固まってしまい、これで犬嫌いに成るのではと心配に成った程の珍事。気を取りなおして、次の目的地のドイツの旗が目印の小さなソーセージ屋さんのクライン・シンケンに向かう。この店の手づくりソーセージは、美味しくて常連さんが多い人気店ではあるが、その人気を支えているもう一つの魅力が、看板犬のミッキー。ゴールデンレトリーバの老犬で、躾が行き届いた品格あるワンコの代表格。 孫娘は、最初はミッキーに対して何時もの調子が出なかったが、その内元気が出て来て、ほっと一安心。坂東真理子さんの「女性の品格」、藤原正彦さんの「国家の品格」など品格にもいろいろあるが、ワンコの品格は氏より育ち、飼い主の責任が大である。
2010年01月11日
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江戸連の年始行事の七福神巡りに参加した。今年は隅田川七福神巡りで、東武伊勢崎線の鐘ヶ淵駅に集合、毘沙門天の多聞寺から梅若伝説で名高い木母寺(梅をばらしてもくぼ)、寿老神の白髭神社、福禄寿尊の向島百花園、弁財天の長命寺、布袋尊の弘福寺、恵比寿神の三囲神社を巡り、浅草まで約3.5Hの長丁場の散策。隅田川沿いの墨堤通りを、七福神を巡るスタンプハイクと成ったが、東京の下町、特に隅田川界隈は新婚時代に百花園に来て以来の30数年ぶりの訪問で、都営の白髭東アパート群の大きさにはびっくりした。七福神巡り以外でも老舗の店を覗いたり、長命寺桜もちの店で名物の桜もちを食べたり、すみだ郷土文化資料館に寄ってすみだの文化や歴史を興味深く学んだ。七福神巡りでは、如何しても「日本で最も美しい村」連合絡みの木造建築や食に関連した内容に関心を持った。多聞寺の山門は立派な茅葺屋根であり、白髭神社の境内には「寺島茄子」と言う江戸在来種の茄子の説明看板が有った。 江戸連のキーメンバーの皆様は、書物を出版されたり、各種の講演に呼ばれている江戸の歴史や風俗の博識者揃いで、毎回興味深い説明を聞かせて貰っている。南下途中の墨堤通りからは、押し上げに建設中の東京スカイツリーが望めた、ドバイの828Mのブルジュ・ハリファには及ばないが、電波塔の高さは日本一で634Mに成る。 浅草到着は5時近くに成り、恒例の懇親会。3H飲み放題で料理込3500円はお得料金、個性豊かな皆様との楽しい語らいの場に成った。
2010年01月09日
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還暦ホノルルマラソンを完走したNさんを囲む夕食会に参加。昨年のホノルルマラソンを完走、帰国後に「還暦ホノルルマラソン完走記」と言うBS11の番組に出演したと聞いていたので、一度食事でもしながら話を聞きたいと申し入れしていた。日頃の激務や体型からフルマラソンを走ったと言うイメージが湧かず、如何言う経過でトレーニングを積み、この快挙に至ったのか興味が有った。今日の参加者は現役時代の仕事仲間であるが、私以外は全てマラソンランナーで、ホノルル、東京マラソン完走で現在パリ在住のIさんは、今年のパリマラソンにもチャレンジ予定、東京10KM、青梅を走ったTさん。駅伝オタクの耳学問で知識だけは有ると思っていたが、最新のマラソンの情報技術には付いて行けなかった。Nさんは、サブファイブ(5H以内)を目指す初心者マラソンランナーではあるが、「還暦」「ホノルル完走」「大企業役員」と言う条件から番組出演と成ったそうだ。Nさんが正月休み中に完成させた記念の写真・データブックを見せて貰い、改めてマラソン競技のハイテク技術や早く走るための数々のノーハウが有る事を知った。腕時計タイプの通信機能を持った機器で、位置情報や心拍数や消費カロリーのリアルタイム情報を収集、走行中のグラフ化されたデータで余裕度や、事前運動の重要性が分かり、更にマラソン始めた2008年5月よりの練習記録データなど興味が尽きなかった。胸に付けるゼッケンの位置が心臓部の熱放散、風通しに影響する事や、ランニングシューズの設計ノーハウなど面白い話が聞けた。海外出張先でも寸暇を惜しんで走っていた様だ。心臓に持病のあるカールには眩しい話題では有ったが、楽しい語らいの場で有った。
2010年01月08日
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今日は近頃まれな忙しい一日で、日記ネタも3件。「中国人へのガイド」「犬の品格」「山形サンダンデロ」先ずは、中国人へのガイド。孫娘と昼食を一緒にするため、最寄駅に向かった。ホームで遠くから見知らぬ若い女性がじっとこちらを見て、その内に近くに遣って来て、たどたどしい日本語で声を掛けられた。アジア人で有ったので、英語で答える事にしたが、英語は分かりませんと言われたので、日本語で会話する事に。メモしてきた紙を見せられ、住所を示され此処に行きたいので如何行けば良いのかを聞かれた。如何やら道先案内人の白羽の矢が当たったようだ。住所だけでは難しいので、訪問場所を聞くとD大との返事。此処は技術経営実践スクールで講義をした場所でもあるので、待ち合わせ場所からは遠く成るが送り届ける事に。駅の改札でもトラブルがあり、駅員さんに事情を話して通して貰った。渋谷からJRの切符を買っていたので自動改札には掛らないが、何故此処まで来れたのか、如何して最寄り駅のホームに居たのかは謎。歩きながら事情を聞くと、中国の大連の大学を卒業後に、日本で情報システムを勉強したく、今日はD大の先生との面接に来たそうだ。研究室の建屋を見つけて、面接を頑張るように言ってから別れ、急いで待ち合わせの食堂に向かった。
2010年01月07日
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NHKのクローズアップ現代「逆転の発想が日本経済を救う」を見ていると、「美少女図鑑」が出て来た。地域発(想)のユニークな地域活性化の運動として、前々から関心を持っていたので、思わず画面に引き込まれた。地元の素人の美少女を発掘して、地元で綺麗に成って貰い、ファッションセンス溢れた写真をフリーペーパーに載せて、若者を地元に引き付ける手法に興味を持っていた。一筋縄では行かない地域経済の活性化の中で、地産・地消のコンセプトを農魚畜産物やそれらの加工品分野から、若者発想で地元の衣料品や美容院など商店街を形成するサービス分野にまで拡大したセンスに拍手を贈りたい。一筋縄では行かない地域経済の活性化であるだけに、多様な取り組みを試行錯誤でチャレンジする必要がある。
2010年01月06日
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NHKのプロフェッショナル「自然と生きる有機農家」を見た。埼玉県小川町で、40年に渡り有機農業に拘る金子美登さんの自然の力を引き出す有機農法を密着取材して伝えた内容。金子さんの生き方には前々から関心を持っていたので、如何しても番組が見たくて放映開始前のPM10時前に帰宅した。たまたま当日、有機素材の加工品を販売するオーガニック・ギルド社のK社長と会食して、有機栽培の困難さ、有機食品を流通経路に乗せる難しさや楽しさを聞かせて頂いて居た所だった。金子さんの自然の力を引き出す腐葉土を使った土づくりや害虫の寄りつかない野菜や雑草の力を借りて、過酷な気象条件の中で有機栽培に拘り続ける「困難を楽しむ」生き方を見ていて、2007年にプロフェッショナルにも取り上げられた「奇跡のリンゴ」や「リンゴが教えてくれたこと」の木村秋則さんの姿と重なって見えた。金子さんの「霜里農場」は島村菜津さんの「スローな未来へ」の「おいしいものこそは土地の最大の魅力」の第二章で、北海道の美瑛町、鶴岡市のアルケーチャーノと共に紹介されている。
2010年01月05日
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昨年12月にD大での技術経営実践スクールで実施した講義内容に対する、受講生よりのFeedbackが事務局より送付されて来た。予想以上の高評価で、苦労して準備した甲斐が有ったと安堵している、何よりのお年玉に成った。もともと教育には関心が高く、大学院時代には一念発奮して高校理科の教職課程を取り、教員免除も持っている。企業に就職する事に躊躇していたので、高校の先生に成ろうと当時は思い悩んでいた。教育実習では突っ張りにいちゃんと勝負した事もある。バイトで日暮里駅近くの寺子屋で教えて居た事もあり、文字通りの寺子屋で、教室内の座り机で一人一人違う内容を教えていた。社会人と学生が混在、国語、数学、英語と何でも教えた。企業に入ってからも、あらゆる年代で様々な講師を務めたが、今思うと教える事が好きで、自ら買って出た様だ。
2010年01月04日
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長男夫妻からランチの招待を受けた。昨年度のサポート(殆どWIFE)の感謝を込めてと言う嬉しいお誘いである。場所は渋谷区富ヶ谷のイタリアンレストランのREGALO。井の頭線の駒場東大前駅から東大構内を抜けてレストラン迄歩いた。駅伝オタクとしては、箱根駅伝の復路8区の途中でテレビ中継観戦を打ち切らざるを得なかったのは少々残念では有ったが、忙しい彼らのスケジュール優先でこの日に成った。家庭的な寛げるセンスの良い店で、料理は本格派のイタリアン、若手のシェフ夫妻が頑張っている姿は好感が持てた。
2010年01月03日
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次男家族が孫娘を連れて正午過ぎに到着。長男は例によって夜更かしをした様で、次男が到着後にTELを入れた時には未だ自宅に居た。先に始める事にしたが、孫娘の旺盛な食欲にはびっくり。御絵描きや、パソコン画面を見ての踊り?を見せて貰い、一緒に遊んで爺馬鹿を発揮する事に。家のテレビは古く、ビデオも壊れているので、お嫁さんが持参したDVDをパソコンで映す羽目に成ったが、画面が小さく勝手が違ってやりにくそうだった。長男は3時頃現れたが、お嫁さんは仕事疲れと明日からまた仕事で、残念ながら参加出来なかった。食後は、家族揃って正月恒例のトランプ大会。湯河原の母に新年のTELを入れて、替わり番こに挨拶を交わした。
2010年01月01日
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