山行・水行・書筺 (小野寺秀也)

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2016.01.29
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テーマ: 街歩き(651)
カテゴリ: 街歩き

 東急大井町線自由が丘駅で降りたのは、世田谷美術館分館の宮本三郎記念美術館で開かれている『画家と写真家が見た戦争』展を見に行くためなのだが、自由が丘駅から美術館経由で田園調布のあたりを歩こうという計画の一部でもある。
 天気予報では一日中小雨が降るということだったが、駅を出ると大勢が傘をさして歩いているもののまだ傘を出すほどの降りとは思えず、そのまま歩き出すことにした。

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Photo A1 (左) 自由が丘駅東の大井町線踏切。(2016/1/29 10:55)
Photo A2 (右) 道の向こうは東急東横線。(2016/1/29 10:59)

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Photo B  東急東横線沿いの道。(2016/1/29 11:03)

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Photo C  宮本三郎記念美術館。(2016/1/29 11:33)

 大井町から乗った東急線を自由が丘駅で降り、駅の北側の道に出た。線路に平行な道を東に少し戻ると大井町線の踏切(Photo A1 )に出る。ほとんどの人が傘を差し始めているが、もう少し我慢することにして踏切を渡り、右折して大井町線と平行する商店街に入った。
 駅前商店街なのか駅裏商店街なのかよくわからないが、道は東急東横線の高架下を通っている。高架といっても道の上はホームになっていて自由が丘駅の一部のようだ。
 東横線の高架をくぐって左折すると、道の向こうは上り坂になっていて坂の上に東横線が見えている(Photo A2 )。その上り坂の途中で、傘を差した若い女性二人が互いの写真を撮り合っている。背景は1mほどの東横線の擁壁とその上の線路で、そんなロケーションでいいのかなと少し不思議に思いながら脇をすり抜けた。
 線路沿いの道を歩きながら、地図に見える寺院を探したが見つけられない。その先の道から右折して宮本三郎記念美術館に行くことにしていたのだが、寺を探すのに気を取られて距離感を失い、曲がるべき道がわからなくなった。次の角を曲がると道は緩やかに下っていて、下りきったところに信号が見える。その信号の手前に美術館はあって、迷子にならずに済んだのだった。

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Photo D  八幡小学校の西北角。(2016/1/29 11:39)

 美術館の入場者は私一人で、師岡宏次の写真と宮本三郎、向井潤吉、久永強の絵をゆっくりと眺めて、美術館を出た。細かい雨がすこし強くなっていて、ここから傘をさすことにしたのだが、雨が細か過ぎて傘の下まで入り込んでくる。カメラにもかかるので、ジャケットで覆うようにして歩いた。
 美術館の前の道を西に出て信号のある交差点を左折する。上下1車線ずつの車道と両脇に1.5mほどの歩道があって、環八通りを越えて田園調布の中心に向かうまっすぐな道だ。その直線に飽きて、適当なところで左の横道に入って住宅地の坂を上ると、八幡小学校の西北の角に出た。八幡小の西の道を南に歩いて環八通りに向かう。

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Photo E1 (左) 田園調布の放射状の道。(2016/1/29 11:49)
Photo E2 (右) 放射状の道に直行する半円の道。(2016/1/29 11:50)

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Photo F  田園調布の駅舎。(2016/1/29 11:57)

 環八通りを1ブロックだけ西に歩き、「玉川田園調布」交差点を左折する。この先の田園調布一丁目は、東急東横線田園調布駅を中心とする半円状の道と放射状の道が交差する見事な構図で地図に載っている。
 「玉川田園調布一丁目」交差点から駅へ45度の角度で向かう放射状の道の一つ(Photo E1 )に入る。葉を落とした銀杏並木の道は、駅に向かって下っていく。途中で半円状の道の一つ(Photo E2 )に入り、また放射状の道、半円状の道と繰り返して、駅に直角に向かう道から駅に出た。
 道沿いの家々は、邸宅と呼んだ方がいいような立派な屋敷が続き、門札に外国名も目立つ。「外〇〇〇〇」というナンバーの車が車庫に入っている家もあった。放射状の道が駅前のロータリーに出る角には二つの大手銀行が小さいながら支店を構えている。駅舎はちょっと洒落てはいるが、想像以上に小さく可愛いものだった。

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Photo G  宝来公園。(2016/1/29 12:02)

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Photo H1 (左) 田園調布4丁目の急坂を上り。(2016/1/29 12:07)
Photo H2 (右) 急坂を下り多摩川へ。(2016/1/29 12:09)

 田園調布駅から南西に向かう放射状の道を上った。駅まで貫く3本の放射状の道はどれも銀杏並木の坂道で、駅に向かって下っている。
 3ブロックほど坂を上がると道はほぼ平坦になる。向こうから急ぎ足で歩いてきたご婦人が私とすれ違ってすぐに引き返し、私を追い越して戻っていった。道の先の宝来公園の角を曲がって行ったが、すぐに見えなくなった。何か忘れ物でもしたのだろうか、雨の中で疾風のように消えてしまった。

 宝来公園は、大正年間の田園調布の宅地開発に際し、武蔵野の景観を残すために公園としたと看板にあった。その公園横の道は急坂の下り坂で、吸い寄せられるように行きかけたが、看板に敬意を表して公園を通っていくことにした。とはいえ、冬の雨の日の暗い公園には当然のように誰もいなくて、いくぶん気持ちが沈むのだった。それでも園内には、小さな雨粒を浴びながら白梅と紅梅が咲いていた。
 斜面に造られた公園を下って道に出ると十字路で、公園横を下ってきた道はそこから急に上り返している。少しばかり息を切らして登り切ると、その先は滑り止めが施されるほどの急坂が下っていて、ずっと向こうに多摩川が霞んでいる。

 田園調布は大正年間の宅地開発で、自然の起伏をそのまま残している。仙台でも古い開発団地は自然地形を利用しているが、戦後の経済成長期以降の郊外団地は山を削り、谷を埋めて造られている。
 私は地盤の固い旧市街地に住んでいるが、新出来の団地に住む友人の道向かいの住宅は宮城県沖地震で住めなくなり、耐え替えた家も東日本大震災で住めなくなったという。道のこっちは山を削った土地で、道向かいは谷を埋めた土地だったと友人が語っていた。工学的に片を付けることが必ずしも賢いわけではないのだ。

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Photo I  多摩川通り。(2016/1/29 12:14)

 坂を下りきって丸子川という小さな川(堀?)を渡り、住宅地を抜けて多摩川に出る。堤防の多摩川通りを歩いてみたが、だだっ広い景色は雨に煙って遠目が効かず、直線道路を行く車のスピードとまき散らされる飛沫が嫌になって、すぐに住宅地に降りた。

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Photo J1 (左) 丸子川沿いの道(1)。(2016/1/29 12:19)
Photo J2 (右) 丸子川沿いの道(2)。(2016/1/29 12:25)

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Photo J3  照善寺山門。(2016/1/29 12:24)

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Photo K1 (左) 八幡神社の鳥居。(2016/1/29 12:26)
Photo K2 (右) 八幡神社。(2016/1/29 12:28)

 丸子川に出て川に沿う道を歩くことにした。川を挟んで両側に道があったり、岸沿いに桜が植えてあったりして、天気が良ければいい散歩道だ。
 少し行くと、丸子川の対岸(山側)に照善寺の山門が現れる。山門からちょっと覗いただけで、ふたたび川沿いの道だ。次は「八幡神社」の額が掛かる鳥居が現れた。神社を抜けて山手の道に出られそうなので、鳥居をくぐり境内に入った。由緒書きに、鎌倉時代には源氏の氏神である八幡神社が多く建立され、この神社もそのころの創建だとあった。

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Photo L1 (左) ここから尾山台。(2016/1/29 12:34)
Photo L2 (右) 宇佐神社の鳥居。(2016/1/29 12:42)

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Photo L3  宇佐神社から見る傳乗寺。(2016/1/29 12:43)

 八幡神社の裏の道に出て、丸子川に平行する道を西へ向かう。いわば丘陵の斜面をトラバースするような道だが、けっこうアップダウンがある。尾山台に入ってすぐに右折して田園調布雙葉中学校、高校の前の坂を上ってから、一段上の道をふたたび西に歩く。
 変則的な十字路をクランク上に曲がってまた西に向かう道に入ると右手に鳥居と石段が見える。鳥居の横に「宇佐神社」の石柱が建っている。階段を上がると、木々を背後にさほど大きくない本殿があった。境内から道向かいの傳乗寺の本堂の大屋根や大銀杏の木が見える。

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Photo M1 (左) 尾山台2丁目から等々力1丁目の急坂。(2016/1/29 12:53)
Photo M2 (右) 下りきって階段道を上がる。(2016/1/29 12:55)

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Photo N  階段道を降りて目黒通りへ。(2016/1/29 13:00)

 宇佐神社の本殿脇の階段を下りて元の道に戻り、再び西に向かう。目の前の十字路を大勢の若い人たちが横切って右手の坂を上っていく。地図を見ると、坂の下、丸子川の向こうに東京都市大学のキャンパスがあって、大学から東急大井町線尾山台駅へ向かう学生さんたちのようだ。
 東京都市大学という名前は初めて聞いたが、かつての電気通信大学だという。電通大には同じ分野の先生が二人いて、研究会や国際会議で何度もご一緒したが、もう退職される時分だ。
 十字路を右折して、少しの間、学生さんたちの後ろを歩いてからまた西に向かった。道は急激に下り(Photo M1 )、南北に走る道と交差した先は階段道(Photo M2 )になっている。
 高い階段の上には神社や寺と相場が決まっていると思いながら上がってみると、普通の住宅地であった。そこを抜ければ、今度は下りの階段道で、そこを下れば目黒通りの広い道である。

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Photo O1 (上) 等々力不動尊山門。(2016/1/29 13:03)
Photo O2 (下) 本堂。(2016/1/29 13:03)

 目黒通りを等々力駅の方向に坂を上がって行くと、右手に小高い林があって「御岳山古墳」の石柱があった。世田谷区野毛から田園調布にかけて多摩川の左岸丘陵の山麓に50数基の古墳があって、その一つの帆立貝型の古墳で副葬品には内光花文鏡が含まれていたと説明されていた。
 御岳山古墳を過ぎた坂上の信号を渡り、道向かいの等々力不動に入ってみた。「致航山満願寺」であるが、山門には「瀧轟山」の山号扁額が掛けられていた。雨の寺院に人影は見えず、山門脇の新しい白木の「節分追儺幸男幸女芳名」に掛けられた大勢の人の名前が雨に濡れていた。

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Photo M1 (左) 等々力渓谷。(2016/1/29 13:15)
Photo M2 (右) ゴルフ橋。(2016/1/29 13:17)

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Photo Q  東急大井町線等々力駅。(2016/1/29 13:24)

 等々力不動から駅の方に少し歩くと「等々力渓谷」の案内看板があった。雨の渓谷歩きにはさすがに逡巡したが、地図では渓谷路から等々力駅に出ることができそうなので、渓谷に降りることにして、住宅地を通り抜けた。
 渓谷を流れる川は「谷沢川」という。「谷」で「沢」で「川」という三段重ねの念の入った名前で感心してしまった。
 両岸は樹木の繁る斜面で渓谷らしい雰囲気だが、川そのものは三面張りの水路になっている。しかし、環八通りの下を過ぎたあたりから白波を立てて流れ落ちる箇所も現れてきた。
 赤いゴルフ橋の脇の左岸の道を上れば、等々力不動からの道に戻る。そこから等々力駅は目と鼻の先で、駅近くの蕎麦屋さんで昼食をとって街歩きは終了である。

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街歩きMap。 A Q は写真撮影ポイント。
地図のベースは、「ゼンリン いつもNAVI(PC)」。


読書や絵画鑑賞のブログ かわたれどきの頁繰り(小野寺秀也)






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Last updated  2016.02.17 21:10:00
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