全13件 (13件中 1-13件目)
1
昨日、学校におけるいじめについて考えるところを書いたけれど、今、あるいはいつのころからか、教育とは学業のみの進捗を重要視するばかりで、いわゆる「情操教育」というものをないがしろにしてきたしまったのではないだろうか もっと言いかえれば、進学のための教育だけがすべてになってしまったのではないか、つまりは、まさに大人の理論で教育がしくみ造られていて、その進学のための学業が出来ることばかりを競い合っていて、それ以外の教育については目をつぶってしまう、というような、ある意味、偏った教育がおこなわれているということではないか、そうすると、これは教育界の問題、と言うよりも、日本の社会構造そのものの問題だ、という思いに行きあたる、なにがなんでも「官僚にならないと」そのためには「東大に入らないと」で、そのための競争の原理が、もろに学校生活の中に持ち込まれていく、わたしの能力不足で、話の組み立てがちょいと乱暴だけれど、いじめの根底には、少なからずこのような状況に対する子どもたちのストレスや、それらの競争から疎外されてしまった子どもたちのストレスなりが、影響を与えているのではないだろうか、であるとすれば、まさに教育の場には、学業だけではなく、さまざまな教育の選択肢を作ることが必要になってくるような気がするのだけれど、
2012年07月23日
コメント(0)
初夏の京都旅に出掛ける前から、滋賀県大津市での「いじめによる自殺」 が大々的に報道されていたのだけれど、失礼ながら旅の御報告にまぎれて、ブログには書けなくて失礼していました 旅の御報告も一段落なので、このことについて考えるところを書いてみたいなぁ~、と 報道があった最初のころ、学校や滋賀県教育委員会は、なぜ被害者を守らないのだろうかということが、わたしの一番の疑問であり、自殺があって、全校生徒に「アンケート」までしておきながら、しかも、いじめを疑われる、あるいはいじめそのものを記載した生徒もいたというのに、「伝聞での事柄しか出ていなかった」「いじめと認識できなかった」なんて、まったく緊張感に欠ける言い逃れでしかなく、教育者としての、というより「人間としてあるまじき思考回路」としか思えないことを、しらっと言葉に出している。こういう、人間として最低な思考回路しか持たない人間が、まさに教育現場の管理者として存在していることが、大きな問題であり、根本的な問題解決の起点なのだ、というのがわたしの最初の感覚だったわけで、ではなぜ、このような「どうしようもない教育管理者」が出てくるのか、あるいはなぜ、こんな風に知らんぷりして過ごせるのか つまりは、知らんぷりしていた方が良い、という教えがどこかにあるわけで、そして、そういう教育者が昇格していくから必然的に「どうしようもない教育管理者」が出てくるわけで、教育界が育成している「教育管理者」と、子どもたちが必要としている「教育管理者」とが、確実に違う、ということでしかない もともと自由主義社会の中では「競争の原理」が働くことが当然で、だから、教育界においてもそのような競争が起きて当然ともいえる、しかし、考えなければいけないのは、国家として行う「義務教育」の段階で、その競争原理を当然とする風潮は、断ち切らなければならない、ということではないのか、世の中は、今、と限ったことでもないかもしれないけれど、幼稚園のころから「英才教育」みたいなものがあるようで、それは教育のひとつのパターンとして認めるのは当然としても、すべてに競争原理を優先する、という教育は間違いである、という視点に立って、きちんとした義務教育を実施しなければならないのだと思うし、それにはまず、教育の現場から競争の原理を排除していくこと、それは教師の評価制度をきちんと見直していくことも含めて、子どもたちの心の中にも、何らかの力関係が蔓延していて、それらによって、いじめる側といじめられる側がはっきりとしていくような、世の中の構造があるとするならばそれが果たして何なのか、この点を掘り下げて社会構造や教育現場の改善に取り組んで行かないと、いじめ問題は何の解決ももたらさない、と断言できる 今、表面的に問題となっている事件は、残念ながら警察権力により何とかなっているようではあるけれど、警察権力にゆだねる前に、教育現場が主体的に関わって、確実に問題解決できる体制を作り上げなければならないし、そしてそれをわたしたち一人ひとりが、粘り強く監視していかなければならないのだと思う
2012年07月22日
コメント(0)

声明の里の歴史ある「来迎院」や「勝林院」は意外と観光客が少なく、子院である「宝泉院」はなぜか団体さんがぞろぞろ入っている まあ、わたしたちみたいに何のしがらみもなく勝手気ままに歩いていると、多くの人が時間との闘いの中で、歴史的に重要なものより、うけのいいものがある方へと誘導されているような感じがする もっとも団体さんは観光というより、夜の宴会がメインかも知れないし、別に「勝林院」の方が歴史も古く格式も高いと言われても、ああそう、で良いのだろうし、 でも、せっかく隣まで来ているのだから、寄って行けばいいのに~、いやいや、余計なことは言わないようにしよう、「あんたらみたいに暇じゃあないんだょ」なんて言われても困るから、さてさて、そんな思いを抱きつつ、大原のパスロータリーに着いて、今度は道の反対方向に歩いて行くのだけれど、「ちょいと~水分補給しょっ」待合室の脇にある自販機で飲み物選んで、みんなでしばし休憩「寂光院の方に行く人、意外と少ないんだね~」「今日月曜日だからじゃな~い」「ここバス停だよ~、バスが来てないからだよ~、あはは 」と言いながら見ていると三千院の方から下りてきて、明らかに寂光院の方に向かう人たちは、ホントに2人か3人連れの、数組だ往復に時間もかかるし団体さん向けではないのかもしれない さてさて、出掛けるよ、とハイキング気分で歩きだしました 途中はマジいなかの田園風景というか、「大原女の里」という感じ、「ねえねえ、こういうところの生活って憬れちゃうよね~」「平安の世だったら良いかもしれないけど~」「そんな時代って、わたしたち生きていけないかも~」「だいたいさぁ、どんな身分なのかが問題だょ~ 」「わたしはどこかの高貴なお姫様かなぁ~」「真理姫様~おともいたします~ 」 などなど、妄想話をしながら歩いていたら、突然右手に表れた「寂光院」の門階段を上っていくと、山門そして、本堂本堂には、先客がひと組(女性2人連れ)、座っており、わたしたちが本堂に入ろうとすると、案内の女性が「これからご説明いたしますのでどうぞお座りください」と声をかけてくれました 「本日は、ようこそお参りくださいました。当院は天台宗の尼寺として、推古2年に聖徳太子が御父用明天皇の菩提を弔うために建立されたものであります。初代が玉照姫さま、第2代が阿波内侍さま、第3代が平清盛の息女、建礼門院徳子さまで、壇ノ浦で滅亡した平家一門と我が子安徳天皇の菩提を弔い終生をこの地で過ごされました。御本尊は聖徳太子作の六万体地蔵尊でしたが、平成12年5月に火災に遭い損傷したため、現在は、忠実に復元された御本尊が安置されております。」お話はこんな風にどんどんと続いていったわけですが、こういう親身な案内があると、寂光院、あなどれない、って、まじイメージアップしちゃいますよね さすが聖徳太子創建、建礼門院徳子さまの閑居した由緒ある尼寺です 本堂横の四方正面の池山門下の茶室帰りの道は来た道を帰るだけ、結局大型バスが通れるような道には行きあたらず、「道が狭いから観光バスのお客さんは来れないのかな~」 (これはわたしの見た限りのことでバス道がほかにあるのかも知れませんが)「良いことじゃないの~、建礼門院徳子さまは静寂に包まれてお眠りになっているのよ~」大原バスロータリーまで戻り、地下鉄国際会館駅まで行くバスの時刻を調べたら、出発まで30分もあるので待合の隣にある食堂に入り「大原のざるそば」を、美味しくいただいて、帰途についたのでありました
2012年07月18日
コメント(0)

大原の里は「声明の修練場として開山された」とのことで、三千院が主役だと思っていたわたしにとっては、マジで「目から鱗」 三千院から山道を5・6分登ったところにある「来迎院」や、三千院の奥にある「勝林院」は「大原魚山流声明」の根本道場として建立されて、歴史と共に、来迎院を上院、勝林院を下院と称するようになったのだそうです で、他の院は「勝林院」の子院として出たとのことです 大原の魚山大原寺下院本堂「勝林院」本堂欄間の彫刻宝泉院迎門宝泉院の額縁庭園実光院庭園(旧普賢院・契心園)
2012年07月17日
コメント(0)

前日の夕食はホテルのレストランで済ませたので、ホテルのレストランと言っても京都では定番のそれなりの「鱧料理」 で、京料理はもういいよね~、と街に出て夕食を、ということで落ち着いたところが、木屋町三条のイタリアンレストラン 落ち着いた雰囲気の中で、ワインを美味しくいただきました、って、ワインかいっいえいえ、このお店料理も最高に良かったですょ おかげで時間も忘れて飲みすぎるところでしたが 「けいちゃん、明日は大原だよ~」という声に、かろうじて踏ん張りました (4月の割烹料理店も今度のイタリアンレストランも外せないお店になりましたね)で、翌日は順調に大原巡りをいたしました 三千院御殿門三千院聚碧園三千院往生極楽院わらべ地蔵京都大原の地は魚山と呼ばれて仏教音楽(声明)の発祥の地なのだそうです。三千院は天台宗五箇室門跡のひとつとして有名ですが、周囲にある「来迎院」「勝林院」「宝泉院」「実光院」などは、三千院門跡とは別に、まさに「声明道場」としての歴史をつないで来たようです 実際に来迎院へは、三千院から坂道をさらに五分ほど登らなければならず、でも門の前に着いた時には、パワースポットの独特な清涼感に包まれていました 大原・来迎院山門さらに本堂は静寂の中にも厳かなたたずまいを見せており、歴史の風格が感じられました 来迎院・本堂
2012年07月16日
コメント(0)

今回の京都旅は、真理子の提案で由美ちゃんも休暇を取り、月曜日までの二泊三日の行程になって、大原巡りをすることになったので、いつもなら「京都観光二日乗車券」という、バス・地下鉄乗り放題のすぐれもの切符で済むのだけれど、初日は、市内中心部なので「市バス専用一日乗車券」を活用し、2日目を「嵐電一日フリー切符」と「二日乗車券」を併用して利用することにしていた これを使うと、翌日の大原まで使えるのでだんぜんお得だという判断 ちなみに大原へのバス往復で千二百円くらいかかってしまうわけだから、二日間バスも地下鉄も自由に使えて二千円ということは、一日目に地下鉄かバスで四回利用すれば良いというわけで、数えてみると、ホテルから嵯峨野天龍寺までが一回、仁和寺から龍安寺まで二回、龍安寺から金閣寺まで三回、予定では金閣寺から仁和寺まで戻るつもりだったけれど、バスの待ち時間があまりにもあるので、金閣寺道まで出て、嵐電の北野白梅町までで四回、妙心寺からホテルへの帰りで五回と、実際には、夜ホテルから街に出た時も地下鉄など使っているので、まさに「すぐれもの乗車券」なのです というわけで、何年ぶりかの妙心寺へ出掛けてきました。金閣寺総門脇の「世界遺産碑」妙心寺大方丈から唐門・法堂を見る妙心寺仏殿妙心寺境内妙心寺南総門
2012年07月15日
コメント(0)

嵐電沿いのお寺では、広隆寺が太秦広隆寺駅の目の前だけれど、嵐山から電車に乗ると、仁和寺、龍安寺、金閣寺方面へ行くには、帷子ノ辻(かたびらのつじ)で乗り換えになってしまうので、そちらをめざすときは、どうしても広隆寺をあきらめることになってしまう 仁和寺も御室仁和寺駅から見えるところにあるので、こちらも行きやすい 仁和寺・二王門仁和寺の境内は広い 二王門をくぐると左手にあるのが、仁和寺本坊表門この門から御殿に入ると白書院と南庭を通り、宸殿と北庭へとつづいている 仁和寺宸殿から北庭、五重塔を望む御殿から出て中門を上がると右手に五重塔正面に金堂、その並びには左手に、鐘楼、観音堂、御影堂、右手に経蔵、九所明神などがある 広い割に、というか広いからか、人はあまり目立たない 観光地と言うより、日常の生活の中に溶け込んでいるという感覚すら抱いてしまうで、しばしの休憩ののちに向かったところは、龍安寺 龍安寺庫裡おなじみの石庭
2012年07月14日
コメント(0)

日曜日は嵯峨野・天龍寺から始まりました 寺内池に綺麗に咲いた蓮の花相変わらずの庭園風景
2012年07月13日
コメント(0)

清水寺はいつも人の多い場所で、特に五条坂から茶わん坂はすごい、で、困ったことには仁王門やら本堂やらは見慣れているので、どちらかと言うと道すがらのお店やら、通りの雑踏の方が気になってたりするだから本堂の方に行かず、三年坂の方に行ってしまい、いいやいいや、で八坂の塔から高台寺あたりに行ってしまったりする 今回は特に「おなか空いたよね~」が頭から離れずに、二年坂にある甘味処まで誰も何にも云わないままたどり着いておなかを満たし そしてあろうことか、高台寺にも寄らずに、なぜか石畳の綺麗な、祇園南町に出ていました 春先に車暴走したところってこの先だったよね
2012年07月12日
コメント(0)

東山七条から五条坂までバスに乗り、久しぶりの「河井寛治郎記念館」記念館の中には先生一人と学生十人ほどの団体さん 高校生にしてはちょいと落ち着いてる感じなので、たぶん大学の課外ゼミみたいなんだろうと思うけれど、先生は熱いトークなのに学生しらけてる、みたいな、変な空気 「由美ちゃん、おなか空いてこない~」団体さんとの見学時間調整のつもりで休憩用の椅子に座ってた真理子が 突然みんなの煩悩を呼び起こす 「そだね~ もう三時じゃん」「清水に行ったあたりで探そうか~」「そうそう、おばんざいの店、あったよね~」「それにしても団体さんが入ってると、この中狭いね 」「椅子に座ってると寝ちゃいそ~だょ~」「寝たら真理子そのままにしといてあげるよ~」「やだょ~ 置いてかないでょ~」などなどお喋りしつつも、団体さんたちが別の見学場所に移動して行くのを見計らって、こちらも見学を始めました
2012年07月11日
コメント(0)

三十三間堂と京都博物館は七条通りを隔てて隣だけれど、博物館は工事中でどうやら閉館中のようで、三十三間堂そして東山七条の妙法院門跡続いては智積院金堂明王殿
2012年07月10日
コメント(0)

荒れ模様の金曜日の天気で心配していたけれど、そこはそれお江戸の巫女けいちゃんのご祈祷により、京都駅についてみれば、曇り空からそこそこの明るさも見えてきました 京都市バスの専用一日乗車券500円購入なんたって探し上手のわたしたち、市内の近場の移動にはこれしかない、というわけでさっそく西本願寺までバスに乗りました 西本願寺・御影堂西本願寺・太鼓楼 新撰組の屯所にもなっていたとかそれから歩いて東本願寺へ東本願寺・唐門東本願寺・御影堂 修復中でしたが西本願寺より少しきらきらした感じですね
2012年07月10日
コメント(0)
昨日は地震でドキッとさせられたので、久しぶりにみんなと待ち合わせして、東京駅から新丸ノ内ビルの中にある焼き鳥専門店に行って、焼き鳥おまかせ串焼きで、一杯(いっぱい)飲んで来ちゃいました 場所は東京駅から地下街を進んで新丸ノ内ビルに入ったところなんだけど、最近では東京駅の改修も終わりに近くなってきていて、中央郵便局の下まで地下道が伸びていて、そこは「非常時待機場所になっていたり、備蓄倉庫も備えていたりで、あの東北大震災の帰宅困難者対策を講じたのだとか、それにしても、東京は人も多いけれど、やることも早いね~で、その焼き鳥専門店は、フレンチ風な焼き鳥がお得意なのだとか、でも、わたしたちは日本風がお得意なので、「おまかせ焼き鳥」をたのみまして、焼酎のロックでぐびぐびと、2時間ばかりを楽しく過ごしてしまいました そうそう、水ナスや炙りキュウリなんて珍しいものも食しまして、やはり気の合う仲間は、考え方がどうのこうのなんてこともなくて、ただただ安心して、一緒に楽しい時間を過ごせる、いい仲間でした
2012年07月04日
コメント(0)
全13件 (13件中 1-13件目)
1

