<我が国の飲酒パターンとアルコール関連問題の推移>
近年の日本では、男性は高齢化もあり、習慣飲酒者数は減ってきました。一方女性は増えています。リスクのある飲酒者の増加、専門医療を受療する問題飲酒者の割合の少なさ、内科等に潜在する問題飲酒者等の問題があり、今後の課題となっています。(男女合わせた成人一人当たりのアルコール消費量でみると平成4年度の101.8ℓをピークに78.2ℓ(2019年度)まで減少)(男性では、平成元(1989)年の51.5%に比べ、令和元(2019)年では33.9%に大きく減少していますが、女性では同期間で6.3%から8.8%と逆に増加) 2013年の全国調査では、 生活習慣病のリスクのある飲酒者が約1000万人、アルコール依存症が疑われる者が112万人、国際的な診断基準(ICD-10)による厳密な診断基準でも現在有病者数が57万人 となっています。その一方で問題飲酒者として治療を受けている患者数は厚生労働省の患者調査によると、年間43,000~46,000人程度であり、 ほとんどの患者さんが専門的な治療を受けられていません 。それに伴う労働損失も発生しています。
<健康日本21(第二次)と飲酒>
飲酒は、生活習慣病をはじめとする様々な身体疾患やうつ病等の健康障害のリスク要因
となっており、2018年世界保健機関が発表した報告によると、2016年の試算で、年間 300万人がアルコールの有害な使用のために死亡し、全死亡に占める割合は 5.3%とされています。また、未成年者の飲酒や飲酒運転事故等の社会的な問題の要因となり得ます。そこで国は「健康日本21」という計画において、次のように飲酒の目標を定めました。
1:生活習慣病のリスクを高める量を飲酒している者の割合の減少
2:未成年者の飲酒をなくす
3:妊娠中の飲酒をなくす
がん・高血圧・脳出血・脂質異常症などの飲酒に関連する多くの健康問題の危険性は、1日平均飲酒量とともにほぼ直線的に上昇する
ことがわかっています。 生活習慣病を防ぐためには飲酒量は低ければ低いほどよい
のです。一方で全ての要因による死亡率、脳梗塞及び虚血性心疾患については、飲酒量との関係がほぼ直線的に上昇するとは言えません。しかし、多く摂取するとリスクは上昇します。
2022年4月より、「未成年者」を「20歳未満の者」と呼ぶことになりました。 20歳未満の者の飲酒は、体内に入ったアルコールが身体の発達に悪影響を及ぼし、健全な成長を妨げます。また、臓器の機能が未完成であるためにアルコールの分解能力が成人に比べて低くアルコールの影響を受けやすい
ことなどからも、好ましくありません。このような健康問題のみならず、20歳未満の者の飲酒は事件や事故に巻き込まれやすくなるなど、社会的な問題をも引き起こします。法的にも禁じられています。
妊娠中の飲酒は、 胎児性アルコール・スペクトラム障害や発育障害を引き起こす
ため、妊娠中あるいは妊娠しようとしている女性はアルコールを断つことが求められます。 授乳中も血中のアルコールが母乳にも移行するため飲酒を控えるべき
です。
飲酒は、飲酒者本人の健康問題だけでなく、 家庭内暴力等の家族への影響、飲酒運転等の社会的問題など、幅広い問題につながる可能性があり ます。このような様々な問題にも目を配りながら、国民健康づくり対策を引き続き推進していくことが私たちに求められています。
<アルコール関連問題の分類>
アルコールに関係した問題の全てはアルコール関連問題と呼ばれています。ここでは関連問題を飲酒量や依存のレベルを基準に分類しました。すなわち多量飲酒・有害な使用・プレアルコホリズム・アルコール乱用・アルコール依存症です。各レベルはおおよそ依存の重症度を表しており、問題に対する指導や治療目標もこの分類に従うことが多いものです。
飲酒行動に関しては、全く飲酒しない人からアルコール依存症のように大量に飲酒する人まで連続的に分布しています。通常は飲酒量が増えるに従って、問題の数と重症度は増えていきます。
1. アルコール関連問題
アルコールに関係した問題の全てをアルコール関連問題と呼んでいます。これには様々な健康問題や社会問題が含まれています。また問題は飲酒する当人に限らず、当人を取り巻く周囲の人々や親の飲酒の影響を受けた胎児や子どもなどにも広がっています。 2. 多量飲酒
「多量飲酒」とは「1日平均60g以上の飲酒」です。アルコール関連問題の多くはこの多量飲酒者が引き起こしていると考えられています。多量飲酒は飲酒量に関する定義ですから、後述する診断名とは別の概念です。おそらく後述(3~5)の診断をもらう人の多くは、多量飲酒しているものと思われます。
3. 有害な使用・アルコール乱用・プレアルコホリズム
アルコール依存症までには至らないが何らかのアルコール関連問題を有する場合を示します。精神疾患の診断には、ICD-10か、DSM-5が使われます。ICDでは「有害な使用(harmful use)」と呼ばれており、飲酒のために何らかの精神的または身体的障害が存在する場合にのみ診断されます。飲酒による社会的・家族的問題があっても、それだけでは診断の対象とはなりません。これに対してDSMでは伝統的に飲酒による社会的・家族的問題を重視しており、社会的または家族的問題があれば、当人の精神的・身体的問題の有無にかかわらず、アルコール乱用と診断されることになっていました。
一方で「プレアルコホリズム」という概念が提唱されており、臨床現場でよく使われています。プレアルコホリズムは、有害な使用および乱用に比べてより広い概念で、問題の内容を問いません。いずれの概念も依存症には至っていないことが条件で、プレアルコホリズムの場合には、この操作的な境界を「離脱症状と連続飲酒の経験がともにないこと」としています。
4. アルコール依存症
依存症の診断基準については、ほとんどの場合にICD-10が使われています。一方有害な使用・アルコール乱用を含め依存症の診断は、ICD-10およびDSM-4-TR 、DSM-5ともに全ての薬物に共通に使用されます。従ってたばこ依存症も覚せい剤依存症も同じ診断基準が使用されます。
(ICD依存症の診断基準)
過去1年間に以下の6項目の内、3項目以上を同時に1か月以上経験するか、繰り返し経験した。
1.激しい飲酒渇望
2.飲酒コントロールの喪失
3.離脱症状
4.耐性の証拠
5.飲酒中心の生活(飲酒行動に時間がかかる)
6.問題があるにもかかわらず飲酒
5. アルコール使用障害
アルコール使用障害はDSM-5の疾患概念で、依存症と乱用、さらにはICD-10の有害な使用の概念も含まれています。しかし、 統一されて疾患名が“使用障害”となった
ことに加え、DSM-Ⅳで一旦削除された重症度分類の考え方が再度導入されています。診断基準も11項目と多くなっており、該当する項目数によって軽度から重度まで3つに分けられます。このような疾患概念の変化は、依存や嗜癖の問題を幅広く捉え、より軽症のうちに介入することを可能にするだけでなく、治療目標の多様化といったメリットをもたらしています。
(アルコール使用障害の診断基準)
1年間の間に1~12のうち2項目以上を満たす
1.意図されたよりも大量または長期に使用
2.使用量を減らそうとする欲望または不成功な努力
3.物質の入手、使用、回復などに大量の時間を要す
4.社会的機能の破綻を起こすような反復使用
5.反復する社会問題または対人関係問題があるにもかかわらず継続使用
6.物質使用の為に重要な社会、職業活動などを放棄
7.身体的な危険を伴う状況での物質の反復使用
8.精神的・身体的問題が物質使用に起因していることを知りつつも継続
9.耐性
10.離脱症状
11.物質使用の渇望
<飲酒と事故>
飲酒・酩酊により「交通事故」「転倒・転落」「溺水」「凍死」「吐物吸引による窒息」などの様々な事故が引き起こされます
。飲酒に関連した事故を防止するためには、飲酒行動自体への取り組みが必要です。また飲酒事故の背景にアルコール乱用やアルコール依存症が存在する場合には、治療が必要となってきます。
飲酒・酩酊時には身体運動機能や認知機能が低下するうえ、理性の働きも抑えられてしまいます。そのため飲酒により「交通事故」「転倒・転落」をはじめとする様々な事故が引き起こされます。
老若男女を問わず一度でも飲酒・酩酊をすればこのような事故を起こす可能性があり、またその被害者となることもあるため、大変身近で重要な問題です。
1. 飲酒運転による交通事故
自動車と飲酒習慣の普及により、毎年、多くの飲酒運転による交通事故が発生しています。死亡事故率を飲酒有無別にみると、飲酒運転の死亡事故率は飲酒なしの9.1倍(2021年)と高く、飲酒運転による交通事故が死亡事故につながる危険性の高いことが明らかになっています。
そのため、悪質な危険運転を防止するための法的な対策として、危険運転致死傷罪制定などの法的対策が施行されてきました。これらの法的対策の効果もあって、原付以上運転者の飲酒運転による年間交通死亡事故件数は、2000年の1,276件から、2021年には152件と大幅に減少していました。
しかしこのような状況においても、事故や違反を繰り返す常習飲酒運転者が存在することも指摘されています。また飲酒運転検挙経験者の半数以上が多量飲酒者であり、アルコール依存症者の割合も一般人口に比べて非常に高い面があることがわかっています。
2. 酩酊による交通事故(歩行者)
歩行中の交通事故死者数(2021年)は941名で、全体(2,636人)の1/3以上と、状態別交通事故死者数では最も多くなっています。歩行者側の法令違反の内訳をみると、高齢者以外では酩酊等が23%と、横断違反(11%)の2倍となっています[2]。このことから酩酊歩行は死亡事故につながりやすく、大変危険であることがわかります。
3. 転倒・転落
酩酊により足元がふらつき、注意力が散漫になるほか、意識障害が出現することもあるため、転倒や転落が起こりやすくなります。また、転倒時には身体を防御するような反射的な運動が遅れ、頭部外傷などの重傷な外傷が起きやすくなります。さらに階段や電車のホームなどから転落し、死亡する事例も多くみられます。
4. 溺水
飲酒後に入浴し溺水する事例が多く、公衆浴場や川・海での溺水もみられます。飲酒が溺水の危険性を高めることが指摘されています。
5. 凍死
アルコールには末梢血管拡張作用があるため、飲酒をすると体表の血流が増加します。従って飲酒後に寒い所に長時間いると血液が冷やされて低体温になりやすく、屋外で眠り込んでしまい凍死する事例が多数みられます。
6. 吐物吸引による窒息
酩酊状態のため、嘔吐の際に吐物を吸引して窒息する事例も多く、酩酊者への適切なケアが必要とされます。
飲酒によって引き起こされる様々な事故を防止するためには、その原因となっている飲酒行動自体への取り組みが必要です。飲酒事故はアルコール関連問題のひとつであり、アルコール乱用やアルコール依存症が背景にある場合には、それらに対する 適切な治療が必要 です。
<アルコールの運転技能への影響>
アルコールは運転に必要な技術や行動に対して極めて低い血中濃度から影響を与え、血中濃度が高くなればその分影響も強くなることが知られています。
欧米の研究では、 アルコールの血中濃度が0.01%未満であっても、集中力の低下
が観られています。
安全運転に必要な様々な技能は、かなり低い血中アルコール濃度で影響を受け始めます。またかなり少ない飲酒量で、その血中濃度に到達する可能性があります。日本の道路交通法では血中濃度0.03%以上が「酒気帯び運転」で検挙されます。しかし研究からわかるとおり、実はこれより低い濃度からアルコールは運転技能を障害し始めます。そして日本人の約半数は、少量の飲酒で顔面紅潮・心悸亢進などのフラッシング反応を示します(≒お酒に弱い)。これらの人々は、表の数値より低い濃度から影響を受ける可能性があるかもしれません。
<引用先>
『健康日本21アクション支援システム ~健康づくりサポートネット~』
真栄里 仁 まえさと ひとし 独立行政法人 国立病院機構 琉球病院 副院長
松﨑 尊信 まつざき たかのぶ 独立行政法人 国立病院機構 久里浜医療センター 精神科診療部長
樋口 進 ひぐち すすむ 独立行政法人 国立病院機構 久里浜医療センター 名誉院長・顧問
(2025/4/27時点)
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