「依存症」についてもっと知ろう
依存症は回復できる病気です。健康や生活に問題が起きても、特定の物質、行動、行動の過程にのめり込み、 「やめたくてもやめられない」状態を「依存症」 といいます。依存する対象は様々ありますが、大きく 2 つにわかれます。
①物質への依存 例: アルコール
②行動・プロセスへの依存 例: ギャンブル
※:医学的定義では、物質の使用および行動・プロセスに関するコントロールの障害を総称して嗜癖とよびます。そして、ある特定の物質の使用に関してコントロールの効かなくなる病気を依存症、行動・ プロセスについては行動嗜癖とよびます。
依存する対象は 1 つとは限らず、複数の対象に同時に依存したり、対象が次々と変わる場合もあります。依存症により生じる日常生活の問題依存症になると、アルコール等の依存対象にかかわることを優先し、他のことに構わなくなっていきます。それにより、本人だけでなく周囲の人の生活にも影響を与えます。また、依存対象による直接の影響もあります。その結果、これまで築いてきた人間関係や社会生活が崩れてしまいます。
(影響の例)
・物質の影響や、睡眠・ 食事に構わなく なるため、健康を害する
・勉強や仕事に集中できず、成績低下・ 留年・ 退学、退職につながる
・隠れて借金をしたり、嘘をつく 、怒る、暴力を振るうなどする
・依存症を隠すために本人も家族も他者との交流が減り、周囲から孤立する
依存症は脳のコントロール障害
●脳内報酬系が刺激され、さらに依存対象が欲しくなる
人は不安や緊張をやわらげたり、嫌なことを忘れたりするために、ある特定の行為をすることがあります。特定の物質の摂取により脳内で快楽物質が分泌され、その感覚を脳が報酬として認識すると、ますます摂取を繰り返すようになります。繰り返していくうちに、特定の行動をコントロールする脳機能が弱くなり、自分の意思ではやめられない状態になってしまいます。誰でもなる可能性があり「根性がない」「意思が弱い」からではありません。
●次第に耐性ができて、量や回数が増えていく
物質の使用や行動・ プロセスによって脳内にドーパミンという快楽物質が脳内に放出されると、中枢神経が興奮して快感につながります。この感覚を脳が報酬と認識すると、その報酬を求める回路が脳内に出来上がります。それが習慣化すると、今度は次第に耐性ができて、快感物質が分泌されても報酬を感じにくくなります。その結果、同じくらいの快感を得るために物質の量や回数、行動・ プロセスの頻度などが増えていきます。アルコールの場合、やがてブラックアウト(前夜飲んでいた時のことを思い出せなくなる)が発生するように進行していきます。
●苦しさが和らいだという経験が、依存を強める
「お酒を飲んだらよく眠れた」「 ギャンブルをしたら嫌な気分を忘れられた」など苦しさが和らいだという経験が繰り返されると、同じような状況になった時に依存対象を強く欲するようになります。
●やめたり減らしたりすると、離脱症状が生じる
特定の物質がいつも体内にある状態が続くと、脳はそれが普通の状態だと認識し、体内から物質が減ると様々な不快な症状が出ます。これを離脱症状といいます。
(離脱症状の例)
*頭痛 *吐き気、嘔吐 *イライラ *不安 *意欲の低下 *不眠*発熱 *発汗 *寒気
*血圧・心拍数の上昇 *体の痛み *手または体のふるえ *けいれん *幻覚、幻聴など
なお、症状は、物質や人により異なります。またギャンブルやゲームなどへの依存症でも、イライラや落ち着きのなさなどの一部の離脱症状が起こると言われています。離脱症状を和らげるために物質を再度使用したり、行動・ プロセスを再開してしまうことが多く 、自分の力だけでやめることは難しいのです。
●否認の病気
「いつでもやめられえる」など、自分が依存症だとは認めません。コントロールできないことを他の原因に求めたりもします。心理的な防衛機制の一種と考えられ、依存症の人には多かれ少なかれ否認があります。否認を克服していくことが依存症の回復プロセス自体となります。
●周囲を巻き込む病気
人間関係よりも、依存物質や行為を優先する為に、関係が悪化し、家族や周囲の人を巻き込んでしまいます。
●孤独の病気
依存症は「孤独の病気」とも言われています。孤独感や不安や焦りから物質や行為などに頼るようになってしまい依存症がはじまる場合があります。やがて次第に周囲から孤立し、孤独感や疎外感がつのります。それがますます物質や行為へののめりこみをすすめます。
このように、「やめたくても、やめられない」という依存症は、意志の弱さや根性のなさ、性格の問題ではなく 、誰でもなりうる「 脳の病気」なのです。
なぜ依存症になるのか
自分の快楽のためだけではなく 、苦痛を和らげるために物質の使用や特定の行動を繰り返しているうちに、依存症になると考えられています。また依存症の方のかなりの割合に、何らかの生きづらさの問題があると言われています。辛い経験から他人を信じられなくなると、物事や人間関係がうまくいかないなどの困った時に、周囲に援助を求めることができず、一人で抱え込んでしまいます。一人では解決できず苦しみが続く中で、生きのびるために依存対象を使用せざるを得なかったと考えられています。そのため、依存症は「 孤独の病気」 とも言われています。
依存症からの回復
依存症は回復できる病気です。回復とは単に「 やめる/やめ続ける」 ことではなく、「 依存対象にとらわれずに、自分らしく生きていける」ことです。回復に必要なことは、医療機関での治療のほか、自助グループでの交流や困りごとの相談、回復施設におけるリハビリテーションの実施など、孤立せず正直に話し合える場をもち続けることです。そうすることで、万が一依存対象の物質を再使用したり行動を再開したとしても、また回復の道に戻ることができます。
家族や周囲の方へ
依存症の問題は、家族や周囲の方だけで解決することがとても難しく 、気がつかないうちに家族等の健康や生活にも影響を与え、社会から孤立しがちになります。困っている方や問題に気づいた方から支援者とつながることが、解決の第一歩となります。
相談機関では、まず相談者から困っていることを伺い、一緒に問題を整理していきます。家族等や本人の置かれている状況に応じて、他の専門機関への相談を提案することもあります。相談者が元気を取り戻し、依存症について学び、本人への対応の仕方を身につけることが、本人の回復へとつながります。
医療機関での対応について
かかりつけ医療機関や相談機関も活用し、依存症診療を行う精神科や心療内科を受診しましょう。東京都では依存対象ごとに「東京都依存症専門医療機関」を選定しています。医療機関では、必要に応じて身体も含めた検査や診察を行い、心身の状態を確認した上で治療が提案されます。治療は依存対象や使用期間等によっても異なります。
●身体症状への対応
物質の使用による身体症状(アルコールや市販薬による肝機能低下など)や離脱症状など、身体面の治療を行います。
●精神症状の治療
物質の使用による後遺症(幻覚や妄想など)や、元々あった精神疾患、併存した精神症状(うつや不安など) の治療を行います。
●心理療法
回復をめざして、依存症の背景にあるこころの問題に取り組むほか、渇望を招く引き金やその対処方法などをグループや個別面接で学びます。
●入院治療
通院での治療が難しい場合や生活環境を整える必要等がある場合、入院治療を勧められることがあります。
●その他
医療機関によっては、家族向けに講座や交流会を行っているところもあります。
自助グループ・ 家族会
依存症からの回復をめざす当事者や家族等が自主的に運営するグループです。多くの場合匿名で参加でき、いずれもプライバシーは守られます。グループメンバーと体験や想いをわかちあうことで、気づきや問題解決のヒントを得るとともに、同じ境遇の仲間を得ることで孤独・ 孤立を防ぎます。様々なグループがあり、依存対象別、女性メンバー限定、土日や夜間に開催しているグループもあります。また、当事者だけでなく家族対象のグループもあります。本人と同様に、家族等も孤立せず、正直に話し合える場をもつことは大切です。
公的な相談機関
本人だけでなく 、家族や周囲の方からの相談も可能です。まずは、問題だと感じている方が相談機関につながり、どのように対応するかご相談ください。相談は無料で、プライバシーは厳守します。早めの気づきと、専門機関への相談が大切です。
アルコール依存症の簡易チェックツール「 CAGE 」
1あなたは今までに、飲酒を減らさなければならないと思ったことがありますか?
2飲酒を批判されて、腹が立ったり、苛立ったことはありますか?
3飲酒に後ろめたい気持ちや罪悪感を持ったことがありますか?
4朝酒や迎え酒をのんだことがありますか?
※2項目以上該当する場合、アルコール依存症の可能性があります。
依存症を抱えている人に避けた方がよい行為
1治ったにちがいないと勝手に思い込み、再び依存症の対象になる行為に誘う。
2精神力が足りない等の問題が原因だと思い込み、人格を否定しながら批判する。
3依存を続ける環境と継続する手助けをしてしまい、目先の辛い状況の緩和・解消を支援する。
依存症に悩まされる家族に避けた方がよい行為
1家族を批判する。
2家族に原因があると断定して批判する。
※家族ができることは限られています。
依存症を抱えている家族に対して望ましい態度
●サポートする人の心のケア
依存症の治療には長い期間を要します。その間、サポートする家族も大変な苦しみを抱えることになるので、周囲の人との支え合いは不可欠です。同じ悩みを抱える仲間と積極的に交流するなど、自分自身のこころのケアを大切にしましょう。
次のような本人の言動が観られたら、すぐに相談を
・酔っているときの暴言・暴力
・飲酒運転を繰り返す
・仕事や学校を遅刻したり休んだりする
・体調が悪いときでも酒を飲む
・睡眠や食事がおろそかになる
・被害・嫉妬などの妄想がひどい
・飲んでいることを隠す・嘘をつく
・破損・借金などの後始末をさせられる
・本人はお酒の問題をみとめようとしない
・お酒でしんでもいい、などという
※このようなケースが周囲の関係者にいる場合、抱え込まずに相談することが大切です。また家族の方々自身の心身の健康も大切にしましょう。
依存症が引き起こす病気・アルコールの特徴
●うつ病と合併すると自殺の危険性が高まる
アルコール依存症の人は、うつ病を発症するケースが多く、併発すると自殺の危険性が高まるというデータがあります。アルコールは結果的に、自殺を誘発することにもつながります。うつ病患者の3割以上がアルコール依存症に罹患しているという調査もあり、両者には密接な関係があります。
●アルコールのメリット
適切な量のアルコールの摂取は、気持ちをリラックスさせたり、血液の流れをよくする効果があります。また発想の転換や、コミュニケーションを円滑にするなどの効能をもたらす場合もあります。しかし依存症になってしまえば、断酒しか方法はありません。
●お酒の入眠効果と睡眠障害
お酒には確かに入眠効果があります。しかし寝る前にアルコールを摂取する生活を続けると、本来の睡眠パターンが崩れて眠りが浅くなります。睡眠の質は低下し続け、やがてアルコール無しには眠れないという睡眠障害を引き起こします。
●多量のアルコール摂取が引き起こす心身への悪影響
①肝機能障害(肝硬変など) ②がん ③肥満・高血圧・糖尿病 ④認知機能障害 ⑤胃炎・すい炎 ⑥精神障害(うつ病、依存症など) なお、いわゆるお酒に強い人であっても、病気や依存症につながるリスクは、弱い人と全く同様です。
●女性や高齢者のアルコール依存症の人が増えています
家庭生活へのストレスや、定年などの大きな生活環境や役割の変化をきっかけに、女性や高齢者の間でアルコール依存症が増加しています。
●より詳しい自己診断テストが掲載されているサイト
熊本県精神保健センターの『お酒と上手に付き合う暮らしを』
https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/131318.pdf
には、「 AUDIT 」という世界保健機関が調査した内容を基に作成された自己診断テストが掲載されています。
第 1 章 アルコール依存症について知ろう
アルコール依存は病気です。にもかかわらず、世間やあなたは『風邪』は病気だと思うでしょうが、『アルコール依存症』を病気としてなかなか認められないでしょう。
では『依存』とは何でしょうか? 人問が体内に取り込む物質の中には、長期間にわたり使用すると、 自分でやめようと思っても、やめられないものがあります。なぜなら、その物質が無い状態を体が我慢できなくなるからです。これを依存といいます。中でもアルコール(お酒)は代表的です。
依存には①心の依存(精神依存)と②体の依存(身体依存)があります。①精神依存とは、その物質がないと不安になったり、イライラするなど、心がその物質に依存することです。②身体依存とは、その物質がないと汗をたくさんかいたり、眠れないなど、体がその物質に依存している状態を言います。
自分の生活や周囲の人との関係に問題が起こっているのに、その物質がない状態を我慢できなくなり、その物質に依存し続けるなら、『依存症』という病気になっていると言えるでしょう。
『アルコール依存症』とは、心も体もアルコールに依存してしまう病気です。
◆飲酒のコントロールを失う病気
◆進行性で死に至る病気
◆完治することのない慢性的な病気(従って一生酒を断つ(断酒)しかなくなる)
が特徴となります。
アルコール依存症は『完治』しませんが、『回復』します。回復するには断酒しか方法がありません。しかし、自力で酒をやめることは大変難しいことです。あなたが断酒する助けとして
◆最寄りの相談機関(保健所、福祉事務所など ) への相談
◆アルコール依存症の治療を受ける。
◆回復を目指す仲間とともに支え合う。
◆何よりも自分の酒の問題を認め、それがアルコール依存症という病気であると理解する。
以上の行動がとても重要になってきます。
第 2 章 実際の飲み方はどのように変化していくのか?
飲み方は①から順にエスカレートしていきます。
①機会飲酒:最初はコミュニケーションの場やイベントなどで、たまたま飲むことから始まる事でしょう。お酒を飲むことに慣れるにつれて、段々と酔わなくなります。アルコールに対する耐性ができるためです。一度耐性ができると、さらに強くなっていき、次第に自分は酒に強いというセルフイメージを持つようになります。
②習慣飲酒:お酒に強くなるにつれ、飲酒自体を楽しむようになり、飲酒が習慣になります。次第に嫌なことを忘れるため等のためにも飲酒するようになります。そして、何かある度にお酒を飲むようになっていきます。
③不健康な飲酒:飲酒が習慣になると「飲まなきゃとやってられん!」という気持ちが強くなり、次第に飲むために理由をつけるようになります。「天気がいいから」「テレビがおもしろくないから」などでさえ理由にして飲酒するというパターンが生まれます。このためアルコール類が近くにないと落ち着かなくなり、いつでも飲めるように用意しようとします。これがアルコールに対する心の依存、つまり『精神依存』です。
精神依存とは、心がアルコールのとりこになっている状態です。精神依存が生じると飲みたい気持ちが強迫的になります。飲酒が、食事より睡眠より何よりも大切で、飲酒しか頭の中にない生活になります。同時に飲酒を周りに注意されるのが非常に嫌でたまらなくなり、朝酒などの異常な行動にでます。
④朝酒:飲酒欲求を抑える力が無くなっているため、時間を問わず酒を飲みたくなり、次第に朝からの飲酒が習慣になります。酔うことで、嫌な気分、嫌な世の中のことを忘れていたいという気持ちや、アルコール依存症の離脱症状から来る不快さから逃れるため、朝酒をします。
⑤隠れ酒:朝酒や大量飲酒、それによる『ブラックアウト』(アルコールによって脳がマヒし、記憶の一部分が消えること)などをたびたび起こしたり、酔った上での失敗を繰り返すようになります。次第に周囲の人の目を気にするようになります。周囲の人から非難されるのも嫌で、隠れて飲酒するようになります。そのため、酒を飲んでいる姿だけでなく、酒そのものも車の中や本立ての裏、ゴミ箱の中にまで隠そうとします。
⑥がぶ飲み・一気飲み:周囲の人に見つからないうちに、また少しでも早く酔った状態になろうとして、がぶがぶと一気に酒を飲みます。
⑦連続飲酒(発作):目が覚めている限り飲み続け、休みの日などは一日中飲みます。そのため、休み明けには二日酔いで仕事を休み、また一日中飲んでしまいます。 飲酒欲求の完全なノーブレーキ状態です。この段階では、飲酒運転や仕事中の飲酒など、場面をわきまえない飲み方になります。この連続飲酒(発作)は、体力が低下して酒を受けつけられなくなるまで数週間にわたって続きます。
⑧山型飲酒サイクル:連続飲酒(発作)を続けて体が酒を一滴も受けつけなくなると、一時的にしらふの状態になります。このしらふの状態がしばらく続くと、次第に体力が回復するため、再び飲める体になります。こうなるとまた飲みだし、連続飲酒発作の状態になります。これを何回も繰り返し、連続飲酒 → しらふ → 連続飲酒のサイクル(まるで山になったり谷になったりというモデル)になります。
⑨身体依存:大量飲酒が続くと、今度は体がとりこになります。これを身体依存と言います。アルコール離脱症状(アルコールが体から抜けることによる、一種の脳の神経の過剰活動)が現れると、すでに身体依存に至っていると言えます。身体依存に至ると、次のような離脱症状を示します。
◆手指のふるえ ◆ 寝汗 • 脂汗 ◆ こむらがえり ◆ 吐き気 • 嘔吐 ◆ 幻聴 • 幻視 ◆ 離脱せん妄
これ以外にも、不安、 イライラ、不眠、無気力、抑うつ気分などといった『うつ状態』を示すことが多いです。『うつ病』なのか『アルコール 依存症』なのかを見極め、それに応じた治療や対応をすることが大切です。
これらの離脱症状は、人によって現れる種類や順番、またそれらの症状が継続する期間も異なります。一般的には、これらの症状は断酒後数時間から現れ、およそ 2 週間で落ち着きますが、中には不眠のように数年続くものもあります。
第3章 アルコール依存症者の心理
アルコール依存症は、アルコールを飲み過ぎることによって起こる体質(体)の病気であり、誰でもかかる可能性のある病気です。そして、体の病気であると同時に「心の病気」でもあります。別名『否認の病気』とも言われ、アルコール依存症者が嘘をついたり、人を裏切ったりするのも、病気の症状である『否認』が原因です。
しかし否認を病気の症状だと知っている人は少なく、アルコール依存症になるのは性格の問題や、だらしない人がなる病気だと思われがちです。 しかし、心の病気は回復するものです。回復のためには、 その病気を知り、原因を理解することが必要です。これは病気の再発予防にもつながります。また、周囲の人々も病気に巻き込まれたり、振り回されたりすることから解放される助けとなるでしょう。
否認とはなんでしょうか? アルコール問題を持つ人は、自分の飲酒に問題があることを薄々は気づいています。しかしそれを認めてしまうと、断酒して「しらふの状態」で現実に立ち向かうことになります。それがあまりにも怖いため、 酒の酔いが必要となり、今度は酒を飲み続けるために否認が必要となるのです。
否認という症状には、どんなものがあるのでしょうか?
◆[単純な否認]:飲酒したことが明らかであるのに、「飲んでいない」と言い張る。本当は 5 合以上飲んでいて、足もともフラフラしているのに、「ビー ル 1 本だけ」など、飲んだ量を減らして言う等。
◆[過小評価]:「これくらいの失敗なら酒飲みなら誰でもしている」「やめようと思えばいつでもやめられる」「たまに飲み過ぎることはあっても、アル中にまではなっていない」など、現実に起きている問題を実際よりもたいしたことのないように言ったり、振る舞ったりする等。
◆[合理化/理由付け]:「仕事の付き合いでしかたなく飲んでいるんだ」「あいつがうるさく小言を言ったりするから」「誰も相手にしてくれないから寂しくて」など、飲む理由を作り、周囲の人だけでなく自分自身にも言い聞かせる等。
◆[一般化]:「私がアル中なら、世間の酒飲みは皆アル中だ」「日本では酒くらい飲めないと仕事ができない」など、周りの人と比べて、自分の飲み方は普通であると主張する等。
◆[正当化: 酒で何か失敗しても、「あれは酒のせいではなく、あいつが悪いんだ」と言ったり、体を壊しても、「飲み過ぎよりも、働き過ぎが問題だ」と酒以外に原因があるかのように言い、酒を飲むことを正当化する等。
◆[攻撃]:「自分の稼いだ金で酒を飲んで何が悪い? ! 」と開き直ったり、「ごちゃごちゃ言うな ! 」と怒鳴たりする等。
◆[退行]:「誰も私のつらさをわかってくれない」「自分はどうせだめな人間なんだ」など、自分の中に閉じこもったり、嘆いたりする等。
◆[先回り/予防線]:「どうせみんな私をアル中だと思っているんだ」「自分でもどうにかしないといけないことはわかっているんです」など、人から言われる前に問題を認め、それ以上責められないように予防線を張るなど。
◆[不安の先取り]:「今、酒をやめたら仕事ができなくなる」「今の生活から酒を取ってしまったら、何の楽しみもなくなってしまう」など、試みる前からやめた後の心配をする等。
アルコール依存症者の本当の気持ちとはどのようなものでしょうか? 一言で否認と言ってもさまざまな種類があり、これらは全て心の病気の症状です。しかし、依存症者の心がすべて病んでしまっているわけではありません。依存症者は病んだ心と健康な心の間で揺れています。 では、アルコール依存症者の否認や言動には、実際にどのような気持ち(心理)が隠されているのでしょうか。
◆「やめる」と言っては飲む:アルコール依存症者は、酒をやめる気がないわけではありません。断酒したいと思っているのは本当です。しかし依存症という病気のために、体がアルコールを欲しがります。「飲みたい」という渇望(強い欲求)は、意志や努力ではどうにもなりません。「やめたい」「やめよう」という固い決心や強い意志だけでは、病気の症状に打ち勝つことはできないのです。依存症者本人も「やめたい」「やめなければならない」と思いながら、やめることができずに苦しんでいるのです。
◆嘘をつく:アルコール依存症者が、プンプン匂いがしているのに、「飲んでいない」「一杯だけ」と言ったり、飲むために「ちょっとたばこを買いに」と出て行くなど、明らかにばれてしまうような嘘をつくのは、自分でも「いけないことだ」と感じている表れです。自分で気づいていて、罪悪感もあるために、問いつめられるととっさに嘘をついてしまいます。
◆アルコール依存症であることを認めない:「自分はそこまでではない」「多少問題があっても、アルコール依存症まではいってない」という気持ちは、アルコール依存症という病気に対する誤解や偏見から生まれます。多くの人は、アルコール依存症を恥ずかしい病気であると思ったり、酒がやめられないのは意志が弱いせいだと思っているため、依存症の人を見下してしまいがちです。アルコール依存症者は内心、自分の飲酒問題に気づき、「酒もやめられない意志の弱い人間だ」と自分を責めているので、逆に『アルコール依存症』と認めることができないのです。
◆言い訳をする:飲むために、または飲んだことに対して言い訳をするのは、そのことを人から責められたくないからです。自分で悪いと思っていることを人から責められるのは、誰でもうれしくありません。また、言い訳をし、飲酒を正当化することで、酒をやめる必要はないと、周囲の人だけでなく、自分にも言い聞かせます。問題を認めたり、酒をやめるということが怖いため、言い訳せずにはいられないのです。
◆「誰もわかってくれない」などと閉じこもる:アルコール依存症者は、酒を飲み続ける中で、友人や親戚付き合いなどが減っていき、孤独感と孤独になることへの恐怖感を持っています。また、上手に酒を飲めない自分に対して、「なぜ自分は他の人のように飲めないのか?」「やめようと思ってもやめられない自分はだめなやつだ!」と強い劣等感を持っています。しかし自分がどれくらい孤独なのか、どれくらい人よりも劣っているのかという現実から逃げるため、「誰もわかってくれない」と 自分の殼に閉じこもってしまいます。
◆約束をしては、それを破る:飲んで酔っ払っているときにした約束が守れないだけではなく、しらふのときにしたはずの約束まで破ります。依存症者も、破りたくて約束を破るわけではありません。約束を守りたいと願っているのは、誰よりも本人なのです。しかし、守れない約束をしていることに気づきながら、「自分はまだ大丈夫」と言い聞かせるために、約束をしてしまいます。
◆攻撃的になる:アルコール依存症者は、「自分はだめな人間だ」と思っているため、周囲の人から言われたことをすべて文句や攻撃と感じます。周囲の人から貴められる前に、怒鳴り散らしたり、暴力を振るったりなどの攻撃をしてしまいます。また、酒が切れたイライラ感も周囲の人への攻撃につながります。
◆自暴自棄な態度をとる:「好きな酒を飲んで、死ぬなら本望だ」「もう放っておいてくれ」などと言って、周囲の人を戸惑わせます。やけくそな言動をする半面、「飲んで死ぬのは怖い」とも感じています。しかしアルコール依存症者にとっては、 飲んで死ぬことより、飲まずに生きることの方が怖いのです。これは、依存症者本人が回復することを信じられず、「どうしようもない」とあきらめているからです。
◆覚えていない:アルコール依存症者には、『ブラックアウト』と呼ばれる部分的な記憶の欠落が頻繁に起こります。また、都合のいいことだけ覚えているという選択的記憶もあります。ですから、依存症者が「覚えていない」と言うのはあながち嘘ではありません。しかし、周囲の人からは嘘をついていると思われることがよくあります。本人にとっても、覚えていないことは不安であるため、それを他人から指摘されると、ついカッとなってしまいます。
◆飲むことしか考えない:アルコール依存症には、体の病気の症状として、抑え切れない病的飲酒欲求があります。また長い間、当然のように酒を飲みながら生活してきたため、飲まずに生活することが想像できなくなっています。つまり、しらふでは何もできないと自分で決めつけてしまっているのです。そのため、少々約束や仕事に遅刻しても、とにかく酒を口にすることが重要なことだと感じたり、飲んではいけないとわかっていながら、一杯くらいならと酒を口にしてしまったりします。このように飲むことに心がとらわれた状態になり、 やがては飲むことしか考えられなくなってしまいます。
◆飲んで気が大きくなる:「しらふの時はおとなしくて、とてもいい人なのに … 」と言われるアルコール依存症者はよくいます。普段、アルコール依存症者は飲むために嘘をついたり、自分に劣等感を持っているため、酒が入るとその反動で気が大きくなって、「酒飲んで何が悪い」と開き直ってみたり、できない約束をしてしまいます。
◆ 節酒に挑戦する:人と一緒に飲まない、ひとりでは飲まない、ビールしか飲まない、薄めて飲む、昼間は飲まないなどは、アルコール問題を持つ人ならば、誰しもが一度は試す『節酒の試み』です。「今度こそ上手に飲んでやろう」「コントロールして飲めば問題はないんだ」と、自らの飲みかたを何とか管理しようとします。しかし、飲酒をコントロールする力を失うことがこの病気の症状なのです。周囲の人も本人もそれを知らないため、必死で節酒に挑戦します。 自分の行動をコントロールできないことを認められず、何度失敗しても、再び節酒に挑戦するのです。
アルコール依存症者は、いつも「やめたい」「やめなければいけない」という気持ちと、「やめたくない」「やめることなんてできない」という正反対の気持ちの間で揺れています。それは、しらふで生きていくことの自信のなさと酒をやめた後の生活をイメージできないからです。その結果、「やめられるわけがない」とあきらめたり、「やめる必要なんてない」と開き直ったり、「やめても意味がない」と決めつけたりしてしまいます。 アルコール中心の生活になり、信頼も失い、人間関係も壊れ、体も壊れていく中で、アルコール依存症者本人も「やめたい、でもどうにもならない」と苦しみ、もがいているのです
第4章 アルコール関連障害とは?
アルコール依存症は、体と心の病気ですが、人間としての生活をも壊していきます。身体的障害、精神的障害はもちろんのこと、人間関係や日常生活にもさまざまな障害をもたらします。 アルコール依存症者は、長年にわたって酒を飲み続けることにより、しらふで人と話をしたり、生活を送る上で起きてくる問題に対処する能力などが低下していきます。この『能力の低下』は、酒をやめた後も『障害』として残ります。また、飲んでいる間に身につけた物の考え方や言動も酒をやめたとたんに変化するわけではありません。酒を飲んでいなくても、飲んでいた頃と変わらない人のことを『ドライ・ドランク(しらふの酔っぱらい)』 と言います。 「酒をやめたのに、何もいいことがない」と嘆く人が、本人にも、家族に もよくいますが、これは依存症という病気のために生じた障害が原因しています。この障害によってもたらされるストレスが、再飲酒につながることも少なくありません。
アルコール依存症という病気自体は、断酒することにより回復しますが、障害は断酒したからと言って消えるものではありません。 アルコール依存症によって生じた障害は、しらふの生活を続ける中で少しずつ軽減されていくものです。そのため、依存症者やその周囲の人々は、障害を抱え、障害によるストレスとうまくつき合いながら、断酒生活を継続しなければなりません。これはとてもつらいことです。
障害とうまくつき合うには、自分の抱える障害がどんなもので、その障害が(しらふでの)日常生活にどのような影響があるのかをよく知っておく必要があります。
この『障害』に気づかないまま断酒生活を続けようとすると、必ず無理が出ます。無理が続けば、それは『スリップ(再飲酒)』につながります。アルコール依存症の結果として障害が生まれ、今度はその障害が原因で再発(再飲酒)する、つまりアルコール依存症が進行するという悪循環が起こります。これを、アルコール関連問題障害の『原因と結果の逆転』と言います。
第5章 アルコール依存症と死
アルコール依存症者の平均寿命は 51 歳といわれています。現在の日本 人の平均寿命と比べると、 30 年近く短いということになります。このあまりにも短い寿命は、どのようなことが原因となっているのでしょうか。
アルコール依存症者の三大死因としては、『肝硬変』『心不全』『不慮の事故』が挙げられます。次に『がん』『脳血管障害』『自殺』『原因不明の死』 が続きます。身体疾患以外の死因としては、次のような原因が挙げられます。
◆不慮の事故 ◆ 自殺(アルコール依存症者の死因に占める自殺の割合は、日本人全体の死因に占める自殺の割合の約 7 倍に達していると言われています。また全自殺 者の 6 人に 1 人は、アルコール依存症者であるとも言われています。) ◆ 原因不明の死
第6章 セルフヘルプグループ
『共通した悩みを持つ人が集まって、自分の体験を語り、ひとの体験を聴くことで、共感しあい仲間となって支えあう』 『セルフヘルプグループ』ではこのような活動が行われています。セルフヘルプグループにはさまざまなものがありますが、今回はアルコール依存症に関わるセルフヘルプグル一プについて説明します。
アルコール依存症のセルフヘルプグループでは、酒をやめたい人が集まり、お互いに酒にまつわる体験を語りあい、分かちあうことで、仲間になり支えあいが行われています。 セルフヘルプグループでは、定期的に『ミーティング』や『例会』と呼ばれる集まりを持ち、酒をやめたいと思っているアルコール依存症者なら誰でも参加できます。 ミーティングでは、アルコールにまつわる体験が語られます。そこでは、『言いっ放し、聞きっ放し』というルールがあり、自分が思ったこと感じたこと など、何でも話したいことを話せます。聴くときは、その場で話されたことに 対し、非難やアドバイスをしません。その場で話されたことは、外部にもらされることはありません。そこでの出来事は、その場限りで終わります。参加者に求められることは、自分と向き合い率直に自分の体験を語ることです。
アルコール依存症のセルフヘルプグループには、主なものとして AA と断酒会があります。
◆ AA アルコホーリクス アノニマス( Alcoholics Anonymous )
・メンバーは名前を名乗らず、ニックネームで呼び合います。
・ クローズドミーティング … アルコール依存症者のみが参加できます。
・ オープンミーティング … アルコール依存症者以外も参加できます。
・ 独自の回復のプログラムを活用して、それぞれが回復をめざしています。
◆断酒会
・会員は、名前を名乗ることを原則としています。
・例会には、本人だけでなく家族の参加が重視されています。
・例会…会員なら誰でも参加できます。
・その他の例会…単身者、女性、身体障害者などそれぞれの例会もあります。
本人のグループ以外にも、アラノン( Al-Anon )や断酒会の家族会など、 アルコール依存症者を家族や友人に持つ人のグループもあります。
それでは A さんのグループ体験の内容を確認してみましょう。自分がアルコール依存症であるとは認められず、自力で酒をやめようとしました。しかし、なかなかやめられず、そんな自分を情けなく思い、「もうどうにもならない」と絶望していました。 そんな時、 A さんはすがるような思いで、アルコール依存症のセルフへルプグループのミーティング(例会)に参加してみました。恐る恐る部屋に入ると、グループのメンバーに、「よく来てくれましたね」と温かく迎えられました。 A さんは、その時のメンバーの優しい言葉と真剣なまなざしを忘れることができません。 参加した当初は、「どうして自分がアルコール依存症と認められるのか」 「何故アルコール依存症だなんて人前で言えるのか」と驚きました。また、「皆は本当にアルコール依存症なのか」「本当に酒をやめているのか」などの疑問がありました。しかし毎回ミーティングに参加するにつれ、多くのメンバーが断酒できていることを実感することができました。 A さんは、メンバーの体験談を聴いているうちに、メンバーが『自分と同じ仲間である』こと、皆も同じような苦しみや『どん底の生活』を体験していることが分かってきました。 A さんは、「あそこにもここにも自分がいる」ように感じました。 そして、「自分にも酒がやめられるんだ」「しらふでも生きていけるんだ」 と希望をもつことができました。
A さんの体験をもとにセルフヘルプグループのもつ機能を整理してみましょう。
◆安心感が得られる:セルフヘルプグループの場では、批判や忠告がないだけでなく、話されたことが外部にもれることはありません。ありのままの自分が、まるごと受け入れられることで安心感を得られます。
◆仲間を通じて自分と出会える:自分の内に押し込めてきた体験や思いを、仲間に言葉にして出すことで、 「自分はこんなことを考えていたのか」と気づき、自分と出会います。また仲間の体験を聴き、自分の体験と重ね合わせることで、『気づかなかった自分の気持ち』に気づき、自分と出会います。
◆しらふの生活のためのアイデアやモデルが得られる:自分と同じように酒で苦しんでいた人が断酒している姿から、「私も断酒できるのだ」と実感することができます。『十分な休息をとる』『酒の席に出ても飲まない工夫』などアルコール依存症に対処するための知恵を得られます。 実際にしらふで生きている仲間の姿から、酒のない自分の生活を具体的にイメージできます。
◆自分の存在そのものが仲間を支える:あなたが話す体験は、仲間が昔の自分を振り返ったり、これからの自分を考えるために役立ちます。また、体験談を語る仲間にとって、あなたが黙って話に耳を傾ける姿は安心感と勇気を与えます。
◆飲まない時間を過ごせる:ミーティングに参加している間、飲まない時間を過ごせます。また、定期的に通うことで、 生活のリズムができ、断酒継続の助けになります。セルフへルプグループを知る一番の方法は、自分で足を運んで実際にミーティングに参加することです。まずは参加してみませんか?
第7章 酒なし生活術
アルコール依存症になると、もう一生酒を飲むことはできません。しかし「一生酒をやめ続けなければならない」と考えるととても気が重くなります。「一生飲まない」ではなく、「今日だけは飲まない」と考えましょう。 その 1 日を積み重ねていけばよいのです。
◆通院継続:アルコール依存症は病気ですから、専門治療が必要です。断酒後、少なくとも 1 年間は定期的に通院しましょう。その間は、不眠やイライラ、うつ状態に陥りやすく、飲酒欲求も生じやすい時期です。また、断酒できているという事実から、「もう通院しなくても自己管理できるはずだ」というような否認も現れます。病院に行けば、困ったときに適切なアドバイスしてもらえるだけでなく、飲めない環境に身を置くことで安心感を得たり、自分の断酒生活を再確認することもできます。
◆『抗酒剤』の利用:抗酒剤とは、これを服用した後 24 時間以内に酒を飲むと、血圧は下がり、頭はガンガンし、息苦しくなるなど、ひどい二日酔いの状態になる薬です。これは、体内でアルコールが分解されてできた悪酔いのもとを分解する酵素の働きが、抗酒剤により一時的にブロックされるからです。飲酒欲求は、いつ何時生じるかわかりません。酒をやめたい気持ちを守っていくために、抗酒剤を服用しましょう。
◆セルフヘルプグループへの参加:アルコール依存症の回復には、セルフヘルプグループへの継続的な参加が欠かせません。しばらく酒をやめていると「自分はアルコール依存症ではないのではないか」という錯覚に陥ります。しかし、アルコール依存症は回復しても完治することのない病気です。そこで、セルフヘルプグループに継続的に参加し、飲酒にまつわる体験を語ったり聴いたりし続けることが、 断酒していくためにはぜひとも必要なのです。つまり、定期的な自己メンテナンスが必要なのです。
◆断酒宣言をする:周囲の人に断酒を宣言することは、飲まない生活を続けるための大きな武器になります。現在の日本の社会生活では何かあるごとに飲酒が行われます。そこで、職場、親戚、友人などに 断酒を宣言しておけば、酒席に出ないことを理解してもらったり、酒席で酒をすすめられることを避けられます。また、外来通院やセルフヘルプグループ参加に理解を得るためにも、職場での断酒宣言は 有効です。さらに、酒を飲めない気持ちを自分自身で改めて確認することができます。
◆酒の誘惑のあるところに近づかない:断酒が安定するまで、少なくとも 1 年間は酒席に出ないのが賢明です。 冠婚葬祭や正月の集まりも、できれば欠席させてもらいましょう。しかし、酒席に出なければいけないときは、いずれやってくるでしょう。 そのような場合は、次のようなことに注意します。
①あらかじめ幹事に飲めないことを断っておく。
②抗酒剤を飲んでいく。
③酒をすすめられたら「結構です」ではなく、「私はオレンジジュースをいただきます」と具体的な対応をする。(ウーロン茶は水割りと間違えやすいので、特に席をはずした後は注意する)
④飲酒欲求が刺激されるので、空腹の状態で行かない。
⑤酒類は手にしない。(お酌もしない)
⑥飲めない人の横に座り、座が乱れ始めたら帰る。
⑦酒席を飲まずに乗り切って、ほっとした帰り道や帰宅後、つい酒を口にしてしまうことも多いので、断酒仲間や医療機関スタッフに、酒席の事 前事後に電話報告をする習慣をつける。
酒のない生活に慣れるにはどうすればいいのでしょうか?酒を飲み続けていたころは、酒を飲むことでストレスに対処してきました。 人はどんなときにストレスを感じるのでしょうか。
◆気持ちが落ち込むとき:仲間外れになっていると感じるとき、大切な人が自分のところから去って行ったとき、病気になったとき、パートナーとうまくいかないとき。
◆何もかも投げ出したくなるとき:疲れ切ったとき、自分の能力の限界を感じるとき、たてつづけに失敗が重なったとき、自分ではがんばっているつもりなのに周囲に認められないとき。
アルコール依存症から回復するには、何よりも『飲まないでいる』ことが第一条件です。そこでお酒を飲まずに、ストレスに対処する方法を生活に取り入れていく必要があります。また、アルコール依存症者の中には、長年の飲酒の影響により病気(合併症)を抱えている人が少なくありません。この合併症は断酒すればすぐに治るわけではなく、断酒後も長く悩まされる場合があります。(例:糖尿病や高血圧)ストレスに対処するのと同様に、合併症とうまくつき合う工夫を生活に取り入れていく必要があります。
◆体を大切にする
◇ 栄養:三食欠かさず食べる。それも主食(ごはんやパンなど)、主菜 (肉や魚、卵や豆腐などが中心の料理)、副菜(野菜や海草が中心の料理)など、バランスの良い食事を心がけましょう。
◇運動:急激な運動は避け、散歩や軽い体操から始めてみましょう。適度の運動は食事をおいしくし、不眠を解消するのに役立ちます。
◇休養 早寝早起きの習慣をつけ、十分に睡眠をとりましょう。疲れたら無理をせずにひと眠り。ゆっくりとお風呂につかったり、マッサージなどをするのもいいかもしれません。
◆心を大切にする
◇腹が立ったりイライラしたら、感情にまかせて行動する前に、深呼吸したり、音楽を聴くなどしてリラックスしましょう。
◇問題があるのなら、気持ちが落ち着いてから相手と話し合ったり、誰かに相談したりしてみましょう。 もうだめだと投げ出したり、自暴自棄になったり、自分を責めたりする前に、困っていることを断酒仲間や飲まないことを応援してくれる人に話してみましょう。話すことを通じて、「私がだめな人間だからつらいんじゃない」ということに気づき、問題が整理され、対処する方法が見えてくるかもしれません。 仮に自分が何もできていないように思ったとしても、断酒ができていれば自分にOKを出してあげましょう。
◆衝動への備え:いくら対処していても、いつの間にかストレスはたまってしまうものです。 ストレスが大きすぎると、受け止めきれず、衝動的な行動に結びつきやすいものです。衝動に従い行動すると、そのときは満たされた気分になりますが、後になって後悔することが多くあります
◇人からの働きかけに反射的に反応してしまう。
◇ある考えが頭に浮かんで行動しようとする前に、それを実行するとどうなるのかを具体的に想像せずに実行に移してしまう。
◇人から何かを頼まれたり誘われたりした場合、自分に問いかける時間を作らずに、即答してしまう。
周囲が見えなくなるほど、ある行為に夢中になることを『のめり込み』と言います。衝動的な行動をいくら続けていても、本当の満足感は得られません。そのため、ますます衝動性に駆り立てられ続け、のめり込みにつながっていきます。断酒後は、酒を飲む代わりに、ある行為にのめり込むことで、自分自身の劣等感や孤独感と向き合うことを避けてしまいがちです。
のめり込みを防ぐために、「人のために〜してあげよう」を「自分のために〜しよう」、「普通なら〜しなければならない」を「回復のために〜しよう」 という発想に切り替えましょう。回復のためには、何を一番にするべきかを考え、優先順位をつけて行動しましょう。
酒をやめて、あなたは、「あれもしたい」「これもしなければ」とあせりを感じているかもしれません。しかし、回復はゆっくりと進んでいくものです。 断酒しても、様々なことが一度にできるようになるわけではありません。 社会的に認められる行為で、あなたの時間のすべてを埋めなくてもいいのです。例えば、仕事になかなか復帰できなくても、花をきれいだと思う、お風呂に入り気持ちがいいと感じる、この歌が好きだと思うことなども生きている中の大切な部分です。ゆっくりと自分を見つめてみましょう。 自分自身を大切にし、回復を第一に考えれば、やるべきことの優先順位も自然に分かるようになるでしょう。
酒をやめ続けることは楽なことではありません。しらふで生きることを 支えてくれる場所へ進んで足を運びましょう。依存症者にとって、セルフへルプグループは一番のいやされる場と言えます。同じ病気からの回復を目指す人の体験談を聴くことで、やめ続ける勇気と生きるためのエネルギーがわきます。そして、自らも語ることで理解され、受けとめられ、いやされるでしょう。
しらふの状態で感じる自分のしんどさを認めましょう。 従来は飲酒で問題に対処してきたため、しらふで問題に直面するのは非常に困難です。しかし、しらふで生きることのしんどさは、あなたが幼いころからずっと抱えてきたしんどさ、生きづらさなのかもしれません。例えば、人間関係がうまくいかない、自分が生きていることの意味が見いだせない、自分にはいつも何かが足りないと感じていませんか? しんどいと感じることを自分が弱い人間だから、ダメな人間だからと決めつける必要はありません。自分にとって、「しらふで生きるのはしんどいのだ」ということを受け入れてあげましょう。
人間関係の立て直し(埋め合わせ)を図ろう。 自分のしんどさを認められ、自分に優しくなれると、周囲に目を向け始め、今まで壊してきた人間関係を修復しなければと感じるでしょう。しかし、あなたが埋め合わせや立て直しに取り組む前に、まず自分の人間関係にどのような問題があるのかを考えてみましょう。あなたは、次のようなことが思い当たりませんか。
◆しらふの状態では、自分の気持ちを口に出すことができず、酒を飲むと言いたいことが言える。
◆つらいことや困っていることを人に相談できない。
◆いつも相手を気遣って気が休まらず、一緒にいるとストレスがたまる。
◆他人を信じすぎる、または疑いすぎる。
あなたは、人間関係の立て直しをするため、まず、今までの人とのつき合い方を変えようとするでしょう。あなたがつき合い方を変えようとしても、相手がこれまでと同じように関わってくれば、元の関係に引き戻されてしまうかも知れません。しかし、そうなったとしても、相手や自分を責めたり、「人間関係の立て直しは無理だ」などと思う必要はありません。引き戻されたことに気づいたのは、あなたが変わってきたからです。たとえ相手が変わらなかったとしても、あなたが変わればいいのです。相手を変えようと思う必要はありません。まず、自分のために人間関係の立て直しや埋め合わせに取り組みましょう。
余暇を楽しみましょう。ゆっくりと時間を過ごすことに罪悪感を感じたり、なくしたものを取り戻そうとあせったりしなくなってこそ、心から自分の時間を楽しめます。しかし今までのあなたは、生産的なこと、成果をあげること、有意義なことにだけ興味があったのではありませんか? 前から実行したかったことや、中断していた趣味に挑戦してみてはいかがですか? 自分のしたいことで過ごす時間を心から楽しみましょう。
体の健康を気遣いましょう。人は、痛みや疲れを感じることができてはじめて、体をいたわることが できます。飲んでいたときは、体の健康にあまり注意していなかったのではないでしょうか。あるいは飲むことが一番大切で、健康への適切な配慮ができなかったかも知れません。例えば、飲みすぎるからといって、ウイスキーをいつもより薄めて飲んでも健康を気遣っているとは言えません。 断酒をして新しい生き方を続けていくには、やはり体が資本です。まず何よりも、体の声に耳を傾けるよう心がけましょう。
自己評価を高めましょう。楽に生きていくためには、「あるがままの自分でいいのだ」という感覚を持てるようになることが大切です。酒を飲んでいた頃のあなたは、「酒を飲まなければ何もできない」「私は嘘つきで、意志の弱い人間だ」など、自分に対する否定的な気持ちを持っていませんでしたか? しかし、あなたは今、断酒できています。それだけでも素晴らしいとは思えませんか。もっと自信を持ち、自分を評価してあげましょう。
再飲酒危機のサインとしての否認とその対処を学びましょう。再飲酒する前には、そのサインとして、まるで飲んでいたときと同じような否認や言動が見られます。
◇一人で酒はやめられる。
◇自分はアルコール依存症ではないのではないか。
◇自分は節酒できるかもしれない。
◇酒は自分の意志でやめられる。
◇酒をやめてもいいことがない。
◇酒をやめてやっている。
◇酒をやめたのだから、問題はすべて片付いた。
では、再飲酒を防ぐため、具体的にどのような対処ができるでしょうか。
◇セルフヘルプグループや医療機関とのつながりを大切にする。
◇酒をやめている仲間との関係を育てる。
◇疲労をためない、休息をとる。
◇帰宅した時、すぐに食べられるものを常備しておく。
◇飲みたくなったら、最後に酔っ払った時のことを思い出す。
◇感情への対処方法(コーピング)を身につける。例)好きな音楽を聴く。
◇今日一日だけやめる。その一日を積み重ねる。
回復過程としての再飲酒について。再飲酒は、決して取り返しのつかない失敗ではなく、回復を目指す多くの人が経験してきたことです。問題なのは、飲酒したことではなく、むしろ失敗したと感じて、否認や自分を責める気持ちを強めることです。しかし再飲酒した体験を通じて、自分がアルコール依存症であり節酒ができないことを自覚できれば、回復に生かすことができます。そのためには
◇セルフヘルプグループに参加し、仲間の話を聴き、再飲酒の体験を語りましょう。
◇通院している(いた)専門医療機関に行きましょう。
以前よりも敷居が高く感じられるかも知れませんが、勇気をもって出かけましょう。再飲酒の体験を生かし、そこからまた回復の歩みを続けていけばいいのです
第8章 家族が回復のためにできること
アルコール依存症という病気は、病気になった本人だけでなく、一緒に生活している家族や周囲の人々までも、『病んだ状態』にしてしまうという特徴があります。 家族はこれまで、アルコール依存症者が酒を控えるように、または酒をやめるように、必死で努力してきました。しかし、酒をやめさせることも、 飲む量を少なくさせることもできませんでした。
家族はそれに腹を立て、感情的になったり、落ち込んだりします。これが長年くり返されると、身も心もク夕ク夕になってしまいます。そして、依存症者が飲むことで頭がいっぱいなのと同じように、家族は依存症者のことで頭がいっぱいになってしまいます。依存症者のことに心がとらわれ、距離がとれない状態になってしまいます。これが『巻き込まれている状態』なのです。 あなたは、依存症という病気に巻き込まれていませんか。いろいろなことに目が向かなくなっていませんか。 次のようなことがないか振り返ってみてください。
◆あなた自身が疲れきってはいませんか? 依存症者のことに気持ちがとらわれすぎて、自分の体の疲れにも気づかないことがありませんか。
◆ぐっすり眠れますか? 「今晩も酔って帰ってくるのではないか」「飲み屋から電話がかかるのではないか」など、毎晩心配で夜も眠れない思いをしていませんか?
◆自分の感情がなくなっていませんか? 自分が何を感じているかよりも、人からどう思われるかを気にしすぎて、 自分が何を感じ、何をしたいと思っているのか、わからなくなってはいないでしょうか?
◆ 自分のおしゃれなどを気にかけていますか? 最近自分のために洋服を買ったり、ゆっくり鏡に向かったりする時間を持っていますか。自分を大切にすることを忘れてはいませんか。
イネイブリングとはなんでしょうか? 巻き込まれた状態の中で、家族が良かれと思ってやったことが、結果として依存症者に酒を飲ませることになってしまうような行為を『イネイブリング』と言います。それをする人のことをイネイブラーと言います。イネイブリングとは具体的にどのような行為を指すのでしょう。そして、その行為がなぜ依存症者の飲酒の手助けになるのでしょうか?
◆酒を捨てる、隠す、こっそり飲んだ量を確かめる:家族のこのような行為に対し、飲酒欲求の抑えられない依存症者は、 「もっと上手に飲もう」「もっと上手に酒を手に入れよう」と必死になります。
◆酔っている人に説教する、非難する:「お前がごちゃごちゃ言うから飲むんだ」という口実を与えてしまったり、 相手の暴力を引き出してしまう場合もあります。
◆ 飲酒の言い訳に耳を貸す、 信用する:依存症者は、飲むための言い訳を必死で探しています。 家族が、その言い訳を信じている間は、飲み続けます。
◆いやな思いをしても言わずに我慢する:依存症者は、飲み続けるために、自分に都合の悪いことは、必死で無視しようとします。家族のいやな思いをたとえ感じたとしても、無視して飲み続けます。
◆飲酒による借金を肩代わりする:借金をした本人は、請求書を見ることもなく、借金に追われて困ることもなく飲み続けます。
◆会社や親戚などに、本人に代わり言い訳をする:本人は、直接誰かに非難されたり、恥ずかしい思いをしなくてすみます。 飲酒で起こった問題に直面せず、飲み続けます。
◆本人が酔って吐いたものや、暴れて壊したものなどを、本人に代わり後始末する:本人は、自分のやった不始末を見ずにすみます。また家族が後でそれを責めると、 責めたことが飲む口実になります。
◆ 家庭内の役割を肩代わりする:家庭内の役割(働いてお金を稼いだり、食事の用意、買い物など)をのがれた本人は、飲むことを家族から許されたかのように思ってしまいます。
◆暴力や暴言などを避けるために、酒を買う:暴力や暴言を防げるどころか、酒を手に入れるために、暴力や暴言はどんどん激しくなる可能性があります。
◆「今度飲んだら、離婚する」など、できない脅しを繰り返す:単なる脅しとわかると、依存症者は、家族の言葉を聞き流して無視して飲み続けます。またこのような言葉は、依存症者の孤独感を深め、飲酒 欲求を高めることにもなります。
家族の心理について。アルコール依存症が進行していくにつれ、家族の巻き込まれやイネイブリングも進行します。では家族が巻き込まれたり、イネイブリングをする背景にはどのような心理(気持ち)があるのでしょうか。
◆「家族の責任だから、家族で何とかしなければいけない」:家族の中に混乱が起こるのは、アルコール依存症が家族を巻き込む病気だからです。決して家族が原因ではありません。家族だけで何とかしよう と考える必要はありません。家族の力だけで治すことはできないのです。
◆「誰も分かってくれない、誰も助けてくれるはずがない」:アルコール依存症に対する偏見や誤解が強いため、周囲の理解が得られません。それどころか、依存症になったことを家族のせいにする人もいます。 そのため、「誰も分かってくれない」と思い込み、必死で耐えてきたことでしょう。しかし、家族のアルコール問題に苦しんでいるのは、あなただけではありません。
◆「アルコール依存症なんて恥ずかしい、隠していたい」:アルコール依存症が、誰でもなり得る病気であること、回復する病気であることを理解していないため、世間体を気にして隠してしまいます。こういう気持ちを持っていると、家族自身のストレスがたまるだけでなく、依存症者本人にも伝わってしまいます。
◆「酒をやめることなんてできるはずがない」 断酒を試みながらも、失敗を繰り返す姿を見るなどして、家族も「断酒できない」と思い込んでしまいます。治療を受けていなければ、断酒できないのは仕方がありません。酒をやめていくには、専門治療とセルフへルプグループが必要なのです。
◆「こんなに家族が困っているのに、飲み続けるなんて意志が弱いんだ」:もう飲まないと宣言しながらも飲んで、家族を困らせるなどするため、 家族は「やはり意志が弱いんだ」と思い込んでしまいます。依存症者は、飲みたいという気持ち(飲酒欲求)をコントロールすることができません。 どんなに強い意志を持っていても、病気の症状に打ち勝つことはできないのです。
◆ 「家族は依存症者の被害者だ」:飲んで起こす問題に振り回され続け、家族は被害者意識を持ちます。家族を苦しめているのは、本人自身ではなく、依存症という病気自体です。本人も家族もこの病気の被害者なのです。
◆「こんなに家族に迷惑をかけて、なぜ平気でいられるのだろうか」 どんなに家族に飲んで迷惑をかけても、反省しているようには見えないため、家族は本人の気持ちが分からなくなります。本人は、ほとんどいつも酔っ払っている状態なので、自分が家族にどんな迷惑をかけているのか、分かっていないかもしれません。家族が後始末をしてくれるので、現実が見えていないのです
アルコール依存症に巻き込まれ、傷つき、悩んできた家族の方は、何もする気力が起きないほど疲れ切っているかもしれません。長い間、背負い込んできた大きな荷物を下ろすことは、最初のうちは抵抗や不安を感じるかもしれませんし、依存症者から攻撃を受けるかもしれません。しかし、あなた自身がアルコール依存症の巻き込まれから抜け出すために、ひいてはアルコール依存症に対処するために、次のことをしてください。あなたが楽になるだけでなく、本人にも変化が起きてきます。
◆アルコール問題専門の相談機関などに相談しましょう まずは専門家に助けを求めましょう。初めは、少し勇気がいるかもしれませんが、アルコール問題をよく理解している人に、あなたが今まで抱えてきたつらい思いを話してみてください。きっとあなたを励まし、力になってくれるでしょう。
◆家族やセルフヘルプグループに参加しましょう 依存症者のためではなく、あなた自身のために参加しましょう。あなたと同じように、家族のアルコール問題に傷つき、悩んでいる人に出会い、体験を 分かち合うことで、あなたは勇気づけられ、自信を取り戻すことができます。
◆あなたの味方を作りましょう 依存症者から少し離れるために、家族以外に友人や相談相手を見つけるように心がけてください。あなたの以前からの友人や家族教室・セルフヘル プグルーブで、悩みを気軽に話せ、いざというときにあなたの味方になってくれる人を探しましょう。
◆困ったことがあれば、何でも相談しましょう ひとりで悩んだり、耐えたりするのをやめて、小さなことでも誰かに相談するようにしましょう。専門家やセルフヘルプグループの仲間など、アルコール問題に理解のある人に相談することで、落ち着いて問題に向き合うことができるようになります。
◆本人が酒を飲むか飲まないかは、気にしないようにしましょう 家族は酒を飲み続ける本人を見てイライラしたり、不安になったりするかもしれません。本人の飲酒に振り回されないようにしていくことで、本人が自分の飲酒問題に気づくことにつながります。
◆酒が原因で起こった問題は、本人の責任に任せましょう。酔って迷惑をかけた相手に謝ったり、二日酔いで休む時に職場に電話するなど、家族が本人の肩代わりをしないようにしましょう。自分の問題は、自分で解決しなければいけません。 家族が肩代わりをやめれば、本人は困り、自分の飲酒問題に気づくことができます。
◆したくないことはしないようにしましょう。依存症者の機嫌をとるために、酒を買うことなどはやめて、自分のしたくないことや、これからしないと決めたことは、本人にはっきり伝えましょう。暴力や暴言を受けそうになったら、その場を立ち去るようにしましょう。
◆「わたし」を主語にして、話をするように心がけましょう。例えば、「わたしは、あなたが酒をやめられないことが悲しい」とか、「わたしは、あなたのそういう考えを聞いてとても傷いた」などと話すように心がけましょう。相手を責める口調になることを防ぎ、あなたの気持ちが伝わりやすくなります。
◆自分のことに関心を向けましょう。あなたは、今までゆっくり鏡を見る時間も持てなかったのではないですか。少しの間、酒や依存症者のことを忘れ、自分自身に目を向けて、音楽や映画を楽しんだりして、のんびりと自分のためだけの時間を持ちましょう。これらのことを一度にしようとする必要はありません。アルコール依存症の回復がゆっくりと進んでいくように、家族も焦らず、少しずつ取り組んでいけばいいのです。家族が変わることで、本人は自分の飲酒問題に気づき、困り始め、飲み続けることが難しくなります。自分も変わらなければ、どうしようもなくなっていきます。まずは、勇気をもって、家族教室やセルフヘルプグループに一歩踏み出してください。そしてその体験を通して、自分自身の人生を見つめ直し、「自分のために生きよう」と思い始めることが大切なのです
第9章 親がこどもにできること
世代を超えて伝わるものについて。アルコール依存症者とその配偶者のそれぞれ 4 分の 1 は、自分の親もアルコール問題を持っていると言われています。アルコール問題を抱えた家庭で育った子どもは、毎日のように、親の酔って暴力を振るう姿やだらしない生活を見せつけられます。そのため、「自分は親になっても、絶対にお酒は飲まない」「お酒なんてこの世から消えてしまえばいいのに」と、酒を飲む親はもちろん、酒そのものに対しても、とてもいやな気持ちを抱いています。また、アルコール問題を持つ親の飲酒行動に振り回されているもう一方のしらふの親に対しては、「かわいそうだ」と思いながらも、その生き方を「何かおかしい」と感じています。
「自分は 親のようにはなるまい」と、両親を尊敬できずに育ちます。にもかかわらず、いつの間にか自分自身がアルコール問題を抱えていたり、またはその配偶者になっていたりします。まるで見えない鎖に縛られているかのようなこの現象を、『世代間伝播』または『世代間連鎖』と言います。
アルコール問題を持つ家庭で育った子どもたちについて。アルコール問題を持つ家庭で育った人は『アダルトチルドレン』 になりやすくなります。子どもはたとえそれがどんな親であっても、「親から愛されたい」「親 に自分の存在を認めてほしい」という思いを強く持っているものです。しかし、アルコール問題を持つ親は大抵アルコールのことばかり考え、一方、しらふの親は配偶者の飲酒問題ばかりに目が向いてしまいがちです。このようにアルコールのことで頭がいっぱいな親たちは、子どもがその日学校で 体験した出来事を興奮して話していても、飲みに出かけるチャンスをうかがってキョロキョロしたり、聞き終ったとたんに配偶者の悪口を言い出すなど、子どもの感情にゆっくりと付き合えないことがあります。
子どもたちは、親に振り向いてもらいたいのに、振り向いてもらえないので、傷つき悲しんでいます。そして親の愛情を求める裏返しとして、親を恨むようになります。このような感情を持ちながら、親が関心のあることや親の要求にあったこと、またそれとはまったく逆の言動をとるようになります。しかし、親の関心がないということを子どもたちは敏感に感じ取り、求めても満たされない飢餓状態を埋めるかのように、アルコールや薬物を求めてしまいます。あるいは、人に必要とされることでしか自分の存在が認められないようになります。このように行動するパターンを『共依存』と言います。この共依存が、世代間伝播(世代間連鎖)を生み出す、見えない鎖の正体なのです。
世代間伝播をくい止めましょう。アルコール問題のある家庭で育った子どもは、どんなに健康そうに見えても、傷つき何らかの影響を受けています。これらの影響から子どもを守ったり、子どもの回復を手助けするために、親ができることはたくさん あります。 まずアルコール問題を持つ親は自分自身の病気からの回復に、しらふの親は配偶者のアルコール問題に巻き込まれた状態からの回復に、全力で取り組みます。たとえアルコール問題を持つ親が飲酒している真っ最中であったとしても、しらふの親は率先して自らの回復を目指し、それと同時に、子どもたちをアルコール問題から守るためにできることをしましょう。
◆アルコール依存症が病気であることを伝える:アルコール依存症者が酒を飲むのは、本人がだらしないからでも、子どもや家族のことが嫌いだからでもなく、アルコール依存症という『病気』の ためであることを、子どもたちに伝えましょう。アルコール問題を持つ親が、もし「お前たちのせいで酒を飲むんだ」と子どもたちに言ったとしても、それも病気の心が言わせていることを説明します。また、しらふの親自身も病気に巻き込まれているため、親らしい振る舞いができていなかったことを説明しましょう。そして、治療すれば回復が可能であること、また、しらふの親自身がその回復を望み、信じていることも忘れずに伝えましょう。これは、既にアルコール問題を持つ親が治療を受け、断酒し始めている場合でも同じです。『態度で表す』だけでなく、『口に出して伝える』ことが必要なのです。
◆子どもには責任はないことを伝える。子どもたちは、「自分が怒らせるから、親がお酒を飲むんだ」と自分の言動を責めます。その上しらふの親から「あなたさえいなければ、今すぐ離婚できるのに」「あなたのことを思うと離婚できない」などと言われると、 自分の存在そのものまで責めてしまいます。親が酒を飲むのは病気のせい、 親同士が離婚しないのは親自身の問題です。子どもたちの言動によって家庭が明るくなったり暗くなったりするわけでもなく、誰かが殴られるわけでもないことを、具体的に説明しましょう。たとえ親の回復が始まり、アル コール問題が既に過去のことになっていたとしても、それらのすべての問題は子どもたちの責任ではなかったことを、はっきりと伝えましょう。
◆親自身の問題に子どもを巻き込まない。夫婦ゲンカをした後に、子どもに相手の様子を見に行かせたり、何かを伝える役や悪口の聞き役をさせたり、「お母さんとお父さんのどちらの味方か」と選択を迫ったりしないようにしましょう。特に子どもが見ている前で、暴力を振るったり、ののしり合ったりするようなことは避けましょう。自分や子どもが暴力を受けそうになったときには、子どもと共にどこかに避難するか、人に助けを求めるなどの具体的な行動によって、自分自身も子どもも守ります。そうすることで、不当な暴力に耐える必要はないことを子どもに示しましょう。
◆嘘をついたり、事実をごまかしたりしない。アルコール問題を持つ家庭では、それを隠すための嘘やごまかしがたくさんあります。例えば、親が酔っ払って大暴れをし、子どもたちも恐ろしくて眠れない夜を過ごしたのに、翌日には、両親はまるで何事もなかったかのように振る舞っているとします。このようなことを、何度も繰り返し経験しているうちに、子どもたちは、アルコール問題に関する出来事がなかったかのように振る舞うというルールを身につけます。そして、その時の感情についてまでも、感じていないかのように振る舞うようになります。
また、親は酔って気が大きくなっている時に、「今度の日曜にはみんなで遊園地に行こう」などと、子どもを喜ばすような約束をします。しかし酔っているため、そんな約束をしたことすら忘れてしまっています。それをしらふの親に訴えたとしても、まともにとり合ってもらえません。このようなことが繰り返されているうちに、言葉が真実味を失い、子どもたちは信じてはいけないというルールを身につけるのです。これらのことを防ぐために、家庭内に起こった出来事について話しても、 否定されたり非難されたりしない安全な場を作り、その時の感情を口に出してもいいのだということを伝えましょう。また、しらふの親だけでも、実行できる約束を子どもたちと交わすようにし、もし約束を守れなかった場合には事情を説明し、素直に子どもに対して謝りましょう。「いろいろ、大変なのよ」「また後で説明するから」などの、その場しのぎのごまかしはやめましょう。
◆不適切な大人扱いはしない。「どうしたら夫婦関係が良くなるだろうか」など、夫婦間の相談を子どもに持ちかけたり、判断や助言を求めるのは避けましょう。また、「あなただけが頼りだ」「あなたしか私のことをわかってくれる人はいない」などと言って、子どもを親の情緒的な支えにしないようにしましょう。こういうことが連続すると、子どもは「〜を買って」や「〜に連れて行って」などの、子どもなら当然持っている欲求を我慢するようになります。 手のかからない良い子も、単に自分の欲求を我慢しているだけかもしれません。どんなにしっかりしているように見えても、子どもは子ども(自我等が十分に育っていない)ということを忘れないでください。
◆子どもの SOS を受け止めましょう。 子どもたちは、突然成績が下がったり、食事ができなくなったり、万引きを繰り返すなどの SOS を発することがあります。わかりにくい SOS もあるので、見落とさないように注意しましょう。 このような SOS に見て見ぬ振りをしたり、頭ごなしに怒ったり、「あなただけはそんな子じゃないと思っていたのに」などと言ったりするのは避けましょう。そうでなくても子どもは、「自分が親を苦しめているのではないか」と大きな罪悪感を感じ、自分で自分を「だめな子だ」と思っています。 子どもと真剣に向き合って、子どもの立場に立って話を聞くように心がけましょう。
子どもの SOS をきっかけに、親は世間体を気にして家庭内だけの問題として片付けようとせずに、アルコール問題を扱う専門機関に積極的に相談しましょう。また、子ども自身がセルフヘルプグループに参加したり、相談 援助を受けることができるように励ましてあげましょう。
◆子どもの価値観を認める 子どもが自分と違う価値観を持ち始めると、親は自分が否定されたよう に感じて不安になり、「それは間違っている」と子どもの考えを受け入れようとしないことがあります。しかし、子どもは親の価値観を否定することで、親をのり越え、自分の価値観を獲得していくのです。否定し合うよりも、その違いについて認め合う方がお互いを理解できます。子どもが何か失敗しても、「だから〜した方がいいと言ったのに」などと責めたりせずに、「またやり直せばいいよ」と慰めてあげましょう。
◆子どもを生きがいにしない。 本来、配偶者に向けられるはずの期待や、自分が果たせなかった夢や考えを、子どもに押しつけるのはやめましょう。親から「あなただけが生きがい」と言われると、子どもは、親のために生きることや親を喜ばせることだけが、自分の存在価値であるかのように感じてしまいます。親が望むようにできなければ、自分が不必要な存在になってしまうかのような不安を抱きます。子どもをそのような束縛から解放してあげましょう。今まで世代間伝播をくい止めるために、親ができることを挙げてきましたが、何よりも親自身が回復を目指すことが大切です。そして、親が回復していく姿を実際に見せることが、子どもにとっては何よりの励ましとなるでしょう。
自分自身の人生を生きましょう。家族の中で、一人一人が『ありのままの自分がOKとされていること』、 これが健康な家族関係の基本です。家族員のそれぞれが自分の人生を生き楽しんでいること、誰かのために家族が犠牲になったり、家族員の誰かが他の誰かのことを支配したりコントロールしないことが大切です。人は、自分の人生を本当に楽しんでいたら、人から否定されることを恐れません。また、人を否定して、自分を正当化する必要性も感じません。 それは自分の子どもに対しても同様で、たとえ子どもが親を恨んでいたり、 親を軽蔑しているように感じても、多少のショックはあるでしょうが、自分の親としての存在をすべて否定されたようには感じないでしょう。子どもが親を責めたとしても、自分で「自分は親として失格だ」などと自分を責める必要はありません。自分の人生を楽しむ方法を探し、子どもも自分の人生が楽しめるように励ましましょう。 『人生を楽しむ』という意味は人それぞれですが、依存や巻き込まれた状 態からの回復が第一条件であることは、誰しもに当てはまります。回復のためには、自分の目的に合ったセルフヘルプグループに積極的に参加することが有効でしょう。ゆっくりと焦らずに回復を目指しながら、あなた自身の人生の楽しみや生きがいを見つけていきましょう
【注意】
アルコール依存症による疾病については、当ブログの【アルコールによる健康障害】シリーズで解説しています。
【引用・参照】
兵庫県精神保健福祉センターパンフレット 『 Repeat ~りぴぃーと~』
東京都立多摩総合精神保健福祉センターパンフレット 『依存症についてもっと知ろう』『アルコール依存症』
岐阜県精神保健福祉センター 『依存症リーフレット(令和6年度)』
熊本県精神保健福祉センター 『知っていますか?依存症という病気のこと』
大阪府こころの健康総合センター 『アルコールの問題で困っている人のために』
厚生労働省 『依存症パンフレット』
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