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山形城は、最上氏の祖 斯波兼頼が1357年に築城、その後に最上氏となり、11代当主義光が57万石の大々名となり繁栄した。
1871年の廃藩置県で廃城となり、今は二ノ丸塁濠が残るぐらい。昭和24年に、霞城公園となり、山形県立博物館、山形市郷土館(旧済生館病院本館)、体育館、野球場などの文化・スポーツ施設ができた。別名の霞城とは、直江兼続が山形に侵攻した際、霞みがかかって見えなかったことによる。
本丸、二の丸(霞城公園)、三の丸と同心円状に配置された輪郭式平城で、235万m 2
と日本で5番目に広い。霞城公園だけでも一辺500mほどと広い。
霞城公園の入り口は、東大手門、南追手門、北門、西門とあるが、車で入れるのは北と南。
今回は北門から。2009年の紅葉の時期だった。
桜の名所でもあるので、紅葉のスポットにもなる。

公園内には何カ所か無料駐車場があり、各施設を利用できる。
まずは東大手門の方へ。
近くの中程の方に、最上義光の銅像、さらに公園や砂利が整備され、遠くには野球場もみえる。

東大手門は、市制100周年記念事業の一つとして、平成3年に復元された。
桜の時期などに無料公開される。
紅葉の時期だからか、天地人のおかげか公開されていた。

中は、木造で細長くそこそこの広さ。
工事風景の写真、発掘された瓦や石垣など展示されていた。
山形城の模型。
外周の堀の中が二の丸(霞城公園)で、その中に内側の堀と本丸がある平城。
外に出て、本丸の方へ。
すぐに、最上義光騎馬像がある。
直江兼続が攻めてきた時に、義光自ら先陣を切って向かった勇ましい姿。
ちなみに、天地人のおかげで直江兼続は人気だが、攻めてきたのは直江で、少数精鋭で打ち負かしたのは義光の方だ。
さらに中央の方に行くと、少しだけ復元された石垣があって、そこが本丸。
少し南には山形県立博物館、正面奥には山形市郷土館(旧済生館病院本館)。その遠く上までうっすら伸びるのは駅裏の霞城セントラル。
右の方の道を進むと武道館と県体育館。

東大手門に戻る。
くぐって外へ向かう。

外堀に木の橋がかかって、ぐるりと桜並木になっている。
すぐ脇を奥羽本線が走る。

さらに外に出ると、東大手門だけみるとお城のように見える。
近くには緑に囲まれた山形美術館、最上義光歴史館もある。
別の日に行った時の南追手門。
いつの間にこんな広場ができて、門の石垣までできたのだろう。
あとは、約1500本のソメイヨシノやエドヒガンザクラが咲き誇る桜の名所でもある。
ライトアップされ、夜桜鑑賞もできる。(湿気が多かったのかフラッシュでタマタマが写った。)
霞城公園案内図。
少しずつ、施設は減らし、復元に向かっているようだ。
霞城公園。山形城跡として山形市民のシンボルでもあり、桜や紅葉の名所でもあり、いろいろな文化体育施設もある。最近の歴史ブームで訪ねてみるのも面白い。
http://www.kankou.yamagata.yamagata.jp/map/sigaichi/map_sigai_kajou.html
霞城公園
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