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明日23日に一応のクリスマスを前倒しでやる予定。クリスチャンではないが、しあわせなお祭り騒ぎにはのったほうが楽しい。今年のサンタさんからの小僧へのプレゼントは小さい机。その上でミニカーなどで遊ぶようにと、トイザラスにて購入。しかし、先々週の土曜日13日に買いに行ったため、20日に届いてしまった。(一週間以内しか日付指定ができないといわれたため、まあいいかと思って。)届くまで忘れていたが、ある日帰宅すると玄関にダンボールが置いてある。なんで隠してないのかな?と聞いてみると、宅配の人が持ってきた時、トーマスのシールが貼ってあり、それを小僧も見ていて自分のだと思ったらしい。(よけいなシール貼りやがって、、、)妻は、「お父さんのお仕事のお荷物だからさわらないようにね。」と玄関に置きっぱなしで触らないように言ってごまかした。そんなわけで、ダンボールは疑いの視線をあびながら玄関に、ということらしい。小僧には、「お父さんのお仕事のお荷物ちょっと開けてみない?ちょっとでいいんだけどなー。」とか言われるし。^^;「サンタさんじゃなくお父さんが買ってくれたの。」とかいわれるのは避けたい。どうしようかなー。1.これはお父さんのプレゼントということで、別にサンタさんの分を買う。2.机をだした後もダンボールを置いておき、違うものだと思ってもらう。3.サンタに頼まれたということにする。4.お父さんもお仕事のものだと思っていたのに、開けてびっくりとか言う。5.知らんぷりして朝置いておく。「サンタさんが置いていった。」と丸めこむ。お仕事の荷物は持っていったと言う。、、、いかん、ろくな考えが浮かばん。シールさえなければ、疑惑もかからずにすんだろうに、、、。演技も説得もへたなので、困った困った。
2003.12.22
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今日も法事でした。その帰りみち、寄り道をしてデパートの地下のケーキ屋さんによりました。グラマシーニューヨークというお店でしたが、そのお店をとりまくようにお客さんが並んでいました。家族にお土産でもと入ったデパートでしたが、そんなに繁盛しているのなら美味しいだろうと買っていくことにしました。飾り付けがすばらしいきれいなケーキでした。もちろん美味しかったですが、小僧なんかは見た目にもノックアウトされていました。箱があいた瞬間、「うあぁー、、、(絶句&ニコニコ顔&食べられる期待で目が輝いている(*o*)。」んでもって口あけて「あ~ん。^◇^」とか言ってるし。(おまえは鳥のヒナか、、、^^;)個人的には、買った中で一番地味な、マンゴープリンがおいしかったです。ケーキにはなんか夢があると思います。すごく好きなわけではないのですが、よろこぶ顔がみたくてついお土産に買ってしまいます。そしてなぜか小僧もケーキの日は、普段逃げていく歯磨きも自分からやろうと言ってきます。そしてなんとなく家の中がやさしい感じになる気がします。
2003.12.20
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正月がまちどおしい。なぜなら、お餅が好きだから。とくに、お雑煮。正月は、おせちと雑煮のみでOK。だし、しょうゆ、をあたため、ささみと薄くきった大根をすこし入れ、火が通ったら餅をいれ、最後にかまぼことほうれん草を少々。たべる直前にかつお節をのせ、蒸気でおどらせます。すごーく好きだけど、めったに普段はやりません。正月の楽しみなんです。いつでも作ろうと思えばできますが、とても好きなので、、、なんというか、、、大事にしたいのです。その時期を。過去の思い出も含めて。一年ぶりに雑煮三昧、、、はやく正月にならんかなー。
2003.12.19
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今回のことで思ったのがタイトルの「基本が大事」です。感じていることを素直に伝える。話し合う。コミニケーションをとることは基本なのですが、なかなか忘れてしまいそうになっていたりします。たいてい問題のもとになりますが。コミニケーションをとるのは苦手なほうです、今年は自分とそして家族と来年はそこから少しずつ広げていきたいです。買い物で味をしめたのは、同じ目的をもっているとやっていることが理解し合える。スムーズにことが運ぶ。なによりストレスを感じない。ので楽しい。これは人生にも当然当てはまるので、なるべく家族内で目的をしっかり話し合い、今後の生活に役立てたいと思っています。わかっていることを、知っていることを、実際に行動におとしていく。これが来年の課題かな。まずは身近な自分と家族からやってみます。
2003.12.18
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うまくいきました。^^時間があまったので、リストのできなくてもいいかもの項目まで手を伸ばし、満足して帰ってきました。くわしくはまた明日。
2003.12.17
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明日ってもう今日ですが、仕事はお休みにしました。んで、家族で池袋でお買い物という予定。それで何が課題かというと、楽しいお買い物。だいたいお買い物に行くと、妻の洋服関係の時間に大半が費やされ、お父さんと小僧はデパート内難民に陥るケースが多い。小僧と遊んでいるのは苦にならないが、その時間の予定がたたないのが困る。(時間のあてがなく待つのはなんとなくつかれる。)楽しみにきてイラつくのはあんまり好きではないので、おとなしくしていたが、多少ストレスを感じてしまう時もある。家族で楽しむために遊びにきているので、みんなで楽しくすごすのがいいはず。んで、前回自分の気持ちをいって、改善策を二人で検討。(中野さんに教えてもらった、「私は~と感じていた」で正直に感じたことを話すやり方は、波風立たず効果てきめんでした。「あなたは~」で伝えると攻撃や批判になりがち。)結果、することを順番に書いていく、優先順位をつける、あれこれ脱線しない(多少はOK)、戻る時間を決める、お父さん時間も決めていく、など、あたりまえなことをしていくことに。だが、こういう話し合いをすることで、それだけでも効果ありのような気がする。夫婦なのであたりまえになりがちだったり、こんなもんだと思っていることでも、改善できることは気がついた時にしていくことは大切なんだと、改めて思いました。(「それであの時機嫌が悪かったんだー。」とか言うのが多かった。)明日が楽しみだ。結果はまた明日。
2003.12.16
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いや、時間に対してやることの制限をつくる、となるのかな?んーとややこしいが、やるべき時間になるまで、やらなくてもいいことをやらないようにする。なにかやろうとした時に、計画をたててやるのももちろんいいのですが、いつのまにか、なんか忙しいなあ、焦っているなあ、という時は、それぞれの優先度や期限を漠然と覚えているだけだったりします。なにか焦っていると感じた場合、気になっていることを全部書き出して、期限をつけていくと意外と今やらなくてもいいものがあったりします。なんでもかんでも同時進行させると大変なので、たまになんか忙しいとか感じるとやってみます。本当にすべてがぎりぎりの場合、それはそれで肝がすわって楽しめます。^^;状況がわからないととても不安になります、しかし、状況がしっかりわかれば、忙しさが同じでも気分がまったく違います。感情の面でもそうなのかもしれません。きちんと自分の感情と向き合うのはとても大切なのだと思います。
2003.12.15
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法事にいってきました。いつもながら、法事には過ぎてゆく時間の早さを再認識させられます。親戚の子供が大きくなっていて、びっくりしたり。そして自分のすごした時間に思いを寄せます。いろいろ忘れていたことがよみがえり、気分を新たに日常にもどれます。法事はちょっとした、タイムマシンのようです。
2003.12.14
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うまく表現できませんが、見えないところで、なにかが動いている感じがしています。マグマの動きのような、静かで大きな力がたまってきているような感じです。そんなに強く感じてはいませんが、なんとなくそう思います。なんの感じなのかは、あとでわかるのかなあ?この一年私にとっては人生の大きな節になりそうです。きっかけは去年の父の死でした。父には非常に感謝しています。そして、今年の残りの時間が、おそらくこの一年の結果を現すような2週間半になっているような予感がします。なんとなくなんですけどね、、、。
2003.12.12
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前回の日記を書いている時、なにか今までに出会ったことのない雰囲気を感じました。自分の内だったようでもあるし、自分の周りだった気もするし、両方だったかも。不思議と落ち着いた暖かな気分でした。その反対に、指はがんばっていました。長いし混乱している文ですが、自分にとってはとても大切な日でした。知識と体験の差というか、からだで納得する。そんな感じでした。よくある話だと次の日あたりから人生が劇的に変わっていくパターンが多いと思いますが、、、そんな感じでもなく、普通の一日でした。人間そうそう簡単には変われるものではないらしい、、、^^;(これも自分の思いこみかもしれませんが。)でも、ちょっとずつなら変わっている予感がします。そのほうが楽そうですし、自分にあっている気がします。世界が変わったわけでもなく、自分も変わったわけでなく、ただ自分がなにかを感じ、それまでの自分よりひとつ多く気づいただけで、とても楽ないい感じです。このようなことが、たくさん起きる人生がいいなあ。
2003.12.10
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(今日の日記は長くなってしまいました。途中からなぜか混乱しはじめて、そして、わかったことがあります。基本中の基本が、わかっていなかったこということが。でも記念に残しておこうと思います、そんでもって、その時は一気に書いてしまったので、後で見たときの感想も赤字で入れました。ので読みにくいかも、、、)本田さんのパーティーに行くときに電車で読んだ本に書いてあったことで、いやなことを味わいつくす、というようなことがありました。そしてその後パーティーのあとで友人と話しているうちに、自分の中の整理がついてきたので書いておこうと思います。過去の失敗から学ぼうとしたとき、私の場合たいてい1つの理由から失敗を引き起こしています。それは「恐怖心」です。このなかにはいろいろあります。 (このへんから混乱してきます。)自尊心、見栄、他人との比較、みんなと同じにする、いいかっこをしたい、特別に扱われたい、おいていかれるのは嫌だ、こんなはずではない、間違っていないはずだ、自分が正しい、いや、間違っている、何で自分だけ、他人より優位に立ちたい、自分にはそんな価値がない、なにをだいそれたことをかんがえる、なにさまだ、いや俺様だ、言う前にやれ、やっている、不十分だ、世間のほうがおかしいだろう、自分はだめなのでは、必要とされていないのでは、なにもかもなくすのでは、元の生活に戻る、だまされる、お金がない、仕事ができない、人から責められる、価値観を否定される、やらねばならない、やって当然etc...大体が自分の価値を疑うことからきているようだ、つまり「お前は必要ない」とか「劣っている」とか、を避けようとしている、そうならないように取り繕う、ごまかす、にげる、人のせいや外部要因のせいにする、真剣に反省しない、行動でしめさない、わすれるいや忘れたふりをする、、、、なぜ自分自身の価値をうたがうのか? (なぜかひっかかったこの質問。) 錯覚するのではないだろうか?今の状態を認めてしまうと、そのレッテルをはられてしまうと、ずっとそのままになってしまうと。そうではないと思いたいので自分すらごまかし始めるのだろう、しかし、心のそこにはのこっているので不安が付きまとうのではないだろうか?劣っているのは今であって、この先ずっとではない、もし劣っていることになるのなら、それは、あきらめたときであろう。いくら時間がかかろうとも、自分の価値に疑いがなく、自分を信頼できるのなら、今よりは確実に前に進んでいるはずだ。まず、現状を認める、受け入れることをしないと、堂々巡りではないのか。劣っているのは今であって、将来伸びる余地が残っている証拠のようなものだ、まだ道半ばにすぎず、中途半端なのは当然、意志が弱いのも、行動が伴わないのも当たり前、わたしは未熟なのである。そして、未熟なるが故に未完成なるが故に、この先いくらでも成長できる余地がある。楽しむ余地がたくさんあるのだ。一番長く親密に付き合っていくのは自分自身である。いやでも死ぬまでの付き合いは保証されている。そんな自分を今までどうして信頼できないと思ったのか?なぜ劣っていると決め付けたのか?そのようにみられていた自分は悲しかったろうと思う。一番身近な自分自身に信頼されていなかったなんて、痛すぎる、、、。 (やっとわかった。) 親に否定され続けている子供のようだ。信頼する仲間とか、暖かい家族とか、たくさんのお金とか、それも大切なのだが、肝心の、基本の自分をないがしろにしていた。というか、気づかなかった、いや、気づかないふりをしていたのかも知れない。気づきたくなかったのかもしれない、こんなにも自分を傷つけていることに、また、傷つけられていることに。今まで、というかこの文章を書き出したときにはこんなことには気づかなかった。意思の決定において恐怖にかられてやるとかならず結果が悪くなるとか書こうと思ったのに、、、さっきまで自分は、幸せだと思っていた、いや幸せなんだが、それは状況だった。幸せな状況。( なんだかよくわからないが箱をつくってなかみを入れてなかった感じ。) そこにいる自分は違ったのかも。頭では、知識ではわかっていた、できていると思っていた、自分はそんなところはもうとっくにクリアーしていると。しかし実際は、最も基礎ができていなかったのではないか?自分を信頼する。自分には価値があると認める。本でみたこと、他人から教えられたこと、なんどもあった。違ったんだ、いや、そうじゃない、それがもとになり、わかったんだ。知るとわかるの違い、やっとたどり着いた感じ、ずいぶん遠くをまわったもんだ。ここ一年の作業や本、セミナー、人との出会い、それらすべてが、ここへ来るためだとしたら、、、あまりにも効率が悪いかも。しかし、必要だったんだなあ。基本だろう基本。と、自分の内側がもう悲鳴をあげたのかもしれない。まってやれるのもここまでだ、と、そんな感じで唐突にきた。そうなんだ、比べるってことは、自分を信用していないんだ。だから無理になにかしようとしてしまう。証明する必要なんかない、他人にわかってもらう必要もない。完結しているはずなんだろう、本当は、自分自身の中で。その自分自身が納得していないので、まわりを納得させることにより自分を納得させようとしていたのか。我ながらなんというか、、、ずいぶんまわりくどいことをしたものだ。^^; (語っているし、、、) 自分に自信がない、当たり前。今、ここで必要なのは、自信ではなく、信頼。もっとも身近な自分との。優越感をもちたい、これも、コンプレックスの裏返し。自分がそうでないとわかっていればこそ。本当に信頼していれば、どうでもいいのだと思う。誰かから必要とされたい?それも、見落としていた、いや、わかんなかった、いやいや、気づかなかった。こんなにも必要としてくれた人があることに。こんなにも信頼を寄せ、我慢強く待っていてくれた自分に。思い出せば、そう、いつも声をあげていたのかも。聞いてはいても、意識がそこにいかなかったのだ。全身全霊で応援してくれ、伴に傷つき、悲しい思いも、ストレスも一緒に感じてくれていたのに、まるっきり無視され、それでもあきらめないでくれた自分自身にとても感謝している。なんてこった、、、こんな目の前にあったなんて、、、いや、目の前ではないなあ、目の裏か、、、自分自身だものな、そりゃあなかなか見つかんないや。^^覗き込めたのは、気づけたのは鏡のおかげ、鏡はたくさんの要素からできている。本やセミナーや親、今までの経験、これまでの自分にかかわったありとあらゆるもの、こと、人、師。しかし、今一番感謝したいのは、YAMAさんhttp://plaza.rakuten.co.jp/?user_id=3673925 、とヨフィさんhttp://plaza.rakuten.co.jp/?user_id=3647318&dummy=20031208002150 。ヨフィさんの日記で気づき、YAMAさんと話すことでまとまった。そして楽天日記に書けた。本当に感謝している。 (単なる勘違いか、なにかならあとでわかるから。とりあえずこれでいいかなっと。)
2003.12.08
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3日に本田健さんの講演にいってきました。講演会の前に立食パーティーがあり、その時に本田さんとすこしお話しすることができました。以前にセミナーで話す機会があったりしたときは、妙な緊張感があったのですが、今回は子供の話題ということもあり緊張しないでお話できました。本田さんはとてもフレンドリーな方ですが、私にとってはあこがれが強いのと、自分のセルフイメージが低いせいで妙に意識しすぎる存在でした。今回のことでまた子供に助けられた感じがします。子供に感謝です。それと、自分のセルフイメージも少しあがったかな。講演のほうですが、自分に響いたところだけ。本田さんが心がけていることで、「とりあえずやってみる。」「否定しないで、なんでも一度検討するようにしている。」好奇心旺盛にそしてとりあえず行動。うーん見習わねば。次のは自分で思ったことも入っていますが、「与えるという行為は、自分に必要以上な豊かさがきているのを体験として確認しているので、自分が豊かであるということが実感としてしみこんでくる。」うーんよくわかんない文に、、、なにが言いたいかというと、与えることによりどんどんセルフイメージが高まるのではないかなっと。それによってまたさらに豊かになっていくのでは?うまく表現できませんが、、、「与えられないのは、欠乏意識がつよいから、、、”世の中には十分な~~がない。なんとかして自分だけでもゲットして安心したい”、、、そう思っていれば与えることはむずかしくなる。」これらは自分の主観がだいぶ入っていますので、正確ではないと思います。ほかにもいろいろあったのですが、今の自分に大きく響いたものだけを書いてみました。いろいろなつかしい方にも会えて楽しい一日でした。やはりこういう時間を定期的にもって、自分のエネルギーを補充するのは必要だなあと思いました。
2003.12.04
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いろいろな人と久しぶりに会えて楽しかったです。また、本田さん本人と普通に話せて(以前は緊張していた)なんとなく1つハードルを越えた気がする。このことと、今日の講演内容については、ねむいのでまた明日。
2003.12.03
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