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今日は、キッズプラザでの活動日であった。一緒に仕事をしたのは、Y氏とKさんそして指導員のYさん。午前中は800人ほどの団体があって賑わったが、午後、団体が帰ってからはぐっと少なくなった。今日の工房は、まだアニメ作りをやっていて、面白さにも飽きてきた。反対に広場では、去年まで工房でやっていた花火作りができるようになり、変化が出てきた。子供たちに少し説明する必要があるが、割り物花火、型物花火、仕掛け花火などを自分で作り、打ち上げることができる。4歳くらいの子でも、すぐ覚え、自分が作った花火が打ち上がると「きれい!」と叫んでいた。写真は、花火の構造の説明、パソコン画面、花火を作る「花火職人」の初期画面、割り物花火を作ったところと打ち上げたところ、型物花火で「キッズ」の文字を作り打ち上げたところ、型物花火で「PIP CLUB]の文字を作ったところと打ち上げたところ、連続で花火を打ち上げているところ。上がるたび 花火が照らす 子の笑顔お客さんの少ない日は、子供たちとゆっくり遊ぶことができるし、仲間のインプリや指導員といろいろな話ができるので、我々にとってはありがたい。
2006.05.31
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今日は、年一度の会社のOB会の日、会場の国際会議場5階会議場に全会員5200人の40%に当る2200名が集まった。初めに総会がありそのあと懇親会が行われた。総会は、故人に対する黙祷、OB会会長挨拶、来賓挨拶、会務・会計報告、慶祝などが行われた。会長の挨拶では、OB会員が各方面で活発な活動をしていることが報告され、来賓挨拶では、社長から会社の現況と中期計画などが話があった。最後に、白寿2名、米寿35名、喜寿181名、古希243名が慶祝を受けた。懇親会は、3階に広間に場所を移し、会社会長の乾杯音頭のあと、参加者同士の歓談に移った。一年ぶり、2年ぶり、○年ぶりの顔に出会い、現況や古い思い出話に花を咲かせた。多くの旧友に会ったが、大勢過ぎて見つけられなかった友も多かったことだろう。2時間の時間はあっと言う間に過ぎ、副会長の万歳三唱でお開きとなり、各自家路に着いた。写真は、上:総会風景、下:懇親会風景同窓会 積もる話や 五月尽帰宅途中で、肥後橋の朝日新聞社1階のアサヒコムホールに寄ってみた。今日は、紫舟さんの「いい名」展をやっていた。私は朝日新聞を取っていないので知らなかったが、紫舟さんの「いい名」というコラムが、木曜日の夕刊(関西版)にあり、2004年11月から1年半続いているそうである。読者が書いた自分の名前に関するエピソードに、がその名前を、書家・紫舟さん(神戸生まれの新進女流書家)が独特の(絵のような)書にして添えたもので、そのコラムのコピーと書の原画70点がセットにして展示されていた。どの書体もみんな同じ書体ではなく、一つひとつの名前に一番合う書体を考えて書いているようである。独特の味わいは、榊莫山や相田みつおなどの書に勝るとも劣らないと思う。会期は6月2日までだからあと3日しかないが、肥後橋方面に来られたら寄ってみるといいだろう。大阪駅からでも徒歩10分ほどで行ける。写真は、紫舟の書の例。味はひの 深き書体や 鉄線花
2006.05.30
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今日は、午前中は昨日留守で撮り溜めたビデオを見たり、メールを書いたり、スパムメールの受信拒否設定をしたりしながら過ごし、午後は、パズルの原稿を書き、編集者に送付した。その後、先日買った水ごけで胡蝶蘭の植え替えを行った。今日の写真は、昨日行った下鴨神社。これまであまりじっくり見たことはなかったが、糺の杜や御手洗の池などを実際に見たいと思っていたので、美術展を見たあと行ってみたのである。行きは地下鉄の鞍馬口で降りるところ間違って北山通まで行ったため余計に歩くことになった。20分ほど歩いてやっと着いた。ちょうど、大炊殿の公開をしていたのでそれを先に見てから糺の杜に行くことにした。大炊殿(おおいどの)は、大炊所とも言われ、神餞を調理する社殿である。建物が江戸初期の造営で重要文化財に指定されている。写真はおくどさん、神餞の例(部分)、流し雛、みたらし団子と作り具。周囲には御井という井戸や御薬酒用の薬草園などもある。大炊殿を出て、楼門をくぐり、糺の杜へ行ったが、思っていたほど深い森ではなく、せせらぎも幾すじかあったがそんなにすがすがしい感じではなかった。小川には、場所によって御手洗川、奈良の小川、泉川、瀬見の小川などの名前がつけられていた。ただ木は古木が多く高さも20メートルくらいの木が多かった。木の上ではシジュウカラらしい鳥の声がしていた。森を出たところに、さざれ石があり、しばらく行くと河合神社があった。方丈紀で有名な鴨長明は下鴨神社の摂社・河合神社の神官の家に生まれたが事情により神官を継ぐことができず、強い厭世観を抱き方丈に篭り「方丈記」を書いた。その方丈が復元され河合神社の境内に展示されていた。写真は、楼門、さざれ石、泉川、方丈(右下は模型)せせらぎや 糺の森の 夏木立
2006.05.29
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今日は、午前中は淀川探鳥会の参加し、午後は京都へ行き、「パリを愛した画家たち」展を見た後、下鴨神社へ行った。探鳥会は好天に恵まれ20人が参加。水鳥は少なくなったが、夏鳥などいろいろな鳥を見、あるいは鳴声を聞くことができた。今日、見た主な鳥は下記の通り、 ヒバリ、セッカ、ツバメ、オオヨシキリ、コアジサシ、カワウ、カンムリカイツブリ、ダイサギ、オオタカ、ムクドリ、ヒヨドリ・・・鳴声は、ヒバリが草むらでひっきりなしに聞こえ、セッカは上空を飛びながら、オオヨシキリはヨシに止まって赤い口を空けながら鳴いていた。写真は、オオヨシキリ、カンムリカイツブリ、探鳥する会員たち、淀川河川敷十三大橋付近に植えられているポピーなど。淀川原 風にポピーの 波打てリ「パリを愛した画家たち」展は京都大丸で6月5日まで開催中。20世紀初頭のパリに集まった東西の巨匠54人の作品65点が展示されていた。これだけの多くの画家を網羅した展覧会も珍しい。作品は、大分県の健康保険南海病院の所蔵品だそうだ。展示は次の3つに分類されていた。 1.ナビ派-フォービズムの画家たち 2.エコール・ド・パリ 3.第2次世界大戦以後のフランス画家 4.パリに学んだ日本の画家たちシャガール・ルオー・ユトリロ、デュフィー、ローランサン、ピカソ、キスリング、ボナール、ブラマンクなど有名画家も多かったが、特に大戦以後の画家は名前を知らない画家も作品もたくさんあった。日本の画家の作品も30人くらい展示されていて、梅原隆三郎、林武、荻須高徳、中川一政、藤田嗣治、東郷青児、三岸節子、朝井閑右衛門、児島善三郎、野口弥太郎、里見勝蔵、伊藤清永など。清永の「紅永」と題された裸婦はルノアールそっくりの画法だった。写真はパンフレットと絵葉書から作成。シャガールの「母と子」、キスリングの「ミモザ」、ローランサンの「楽器を奏でる従者と女性」下鴨神社のことについては、明日書くことにする。
2006.05.28
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今日は、午前中は、NHK俳句、ウェークアップ、俳句王国などのテレビを見ながら過ごし、午後は、大阪歴史博物館で開催されている「水都遊覧」展に行った。同時開催されていた「甲冑・馬具・刀装」展も見てきた。水都遊覧は、歴博が所有する水の都としても大阪の資料を展示したもので、古地図、浪速百景などの浮世絵、古文書などを中心に100点余を見ることができた。展示は次のように分類されていた。 序章 水都全望 1章 なにわ港づくし(難波津、澪つくし風景、天保山ものがたり、港の賑わい) 2章 水の歳時記 (くらしとなりわい、水の脅威、あそび、まつり・いのり) 3章 川辺の風景 (蔵屋敷、八百八橋、道頓堀、淀川)写真は、パンフレットなどより。澪つくし、高灯篭、天保山、川口風景浮世絵で 水都遊覧 夏の風この展覧会は、6月12日まで。
2006.05.27
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今日は、午前中は久しぶりにゴルフの打ちっ放しに行った。久しぶりにしてはいい当たりもあったが、時折思わぬ方向へ飛んだりダフったりで安定はしない。6月1日のコンペまでにもう一度行っておきたい。午後は、東大阪市民美術センターで開催されている「中右コレクション 四大浮世絵師展」を見に行った。四大浮世絵師とは、写楽、歌麿、北斎、広重の4人で、写楽の役者絵20点、歌麿の美人画22点、北斎62点、広重48点、計172点が展示されていた。これだけたくさんの名品を一度の見るのは初めてで、印刷物ではわからない絵の微妙な濃淡や筆の細かさなど、本物の版画ならではのよさを味わうことができた。作品の保護のためと照明が暗く見にくいのが難点であったが、今日は平日でしかも雨模様とあって会場はガラガラでゆっくりと見ることができた。特に感銘を受けたのは、北斎の富岳36景(うち展示は18点)、北斎漫画、広重の東海道53次(うち展示は11点)、江戸百景、月と雁、写楽の役者絵石部金吉、相撲絵大童山、歌麿の美人画、幽霊画などであった。説明文を読みながら見るとよく絵が理解できた。一通り見終わると、出口にビデオを見せる部屋がありここでも18分間の解説を聞いた。今回の展示は、神戸在住の洋画家・中右瑛氏のコレクションが大部分を占めるそうだが、これだけの名品を個人で収集・所有していることは凄いと思う。会場は、近鉄奈良線の東花園で下車(鶴橋から準急で15分普通で20分ほど)し、北へまっすぐ徒歩10分で行ける。花園ラグビー場の南側にある。カタログは、展示作品のすべてを網羅していて、解説も詳しく資料もついていて2000円。絵葉書数枚とともに購入した。写真は、パンフレットと絵葉書から編集したもの。歌麿の松葉楼装ひ、写楽の石部金吉、北斎の浪裏、赤富士。広重の日本橋、蒲原、庄野、京師浮世絵の 夕立見し帰路 さみだるるこの展覧会は6月11日まで。詳しくは、東大阪美術センターのサイトを参照されたし。
2006.05.26
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今日は、午前中はビデオ映画「パリの朝雨に死す」をもう一度見たあと他のビデオや本とともに図書館に返却に行き、また新たにビデオと本を借りて来た。午後は、三ノ宮の丸善へ行き眼鏡を作り替えたあと他の所用を済ませた。今日の写真は、国道1号線に架かる新桜の宮橋(通称銀橋)の建設状況。橋本体の建設は昨年末に終わり、その後路面の建設工事が進んでいる。橋の上面を鉄板で覆いその上に土を置きその上を舗装するというやり方だ。下の写真は今日の様子。道路の両側部分はほぼ出来上がっていて、真中は土を入れ終わったところと、まだ土が入っていないところもある。写真は、左から順に右へ視点を移しながら撮ったもの。銀橋の 工事順調 五月晴
2006.05.25
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今日は、大阪城早朝探鳥会の日、6時半に家を出て大阪城噴水前に行った。10人ほど集まったが世話役のYさんが来ない。30分ほど待って電話したら寝過ごして来れないとのこと、仕方なく世話役なしで開始。今日の収穫はキビタキのきれいな鳴声を聞けたこと。高い木の上を素早く移動するので姿を見ることは出来なかったが、鳴声は堪能するほど聞くことができた。ほかにメボソムシクイと遠くながらホトトギスの声も聞けた。姿を見たのはジュウシマツ、メジロなど。もちろん、ヒヨドリ、ムクドリ、キジバトはたくさん見かけた。一番よく鳴いているのはヒヨドリだがそれに交じっていろいろな鳴声が聞こえるが、鳥の名前は分からない。写真は、キビタキの声に聞き入っている会員たち。黄鶲(きびたき)の 澄みし声聞く 大阪城探鳥を終え、大阪城を見ながら帰路に着いた。大阪城は「花・彩・祭」のイベント中(28日まで)なので、城の前にたくさんの花が置かれていた。写真は順に、極楽橋から、南側正面から、更に前から、天主のクローズアップ。そろそろ胡蝶蘭を植え替えないといけないので、帰宅後、水苔を買いに行った。午後は、キッズプラザへクラブ活動の申請書の再提出をしに行った。今年度から様式が変わったためだが、これまで何の説明もなく提出後に指摘するのは、いかにもお役所的なやり方だ。帰宅後、ビデオで「思い出のハートブレイクホテル」という映画を見た。原題は「Heart of Dixie」で、このままでよいのに、和題は、何のことか分からない。黒人への人種差別問題を巡って恋が破れるというストーリだ。
2006.05.24
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今日は、午前中は昨日の句会のまとめをした。午後は一昨日の三船祭の写真の整理をしながら日記の追加をした。途中、キッズプラザから電話があり、クラブ活動の申請書類の再作成を行った。今日の写真はなにもないので、マンションから撮ったOBPと大阪城の夜景を載せる。夏の宵 ライトアップの 城浮かぶ
2006.05.23
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今日は句会の日なので、午前中は投句する句の選定を行った。能登旅行や昨日の三船祭見物などで、たくさん句はできたのだが、どれを出そうかと迷ってしまう。また、選ぶ間に推敲が入り俳句がいろいろ変わって来る。同じ句でも、どの言葉がいいかどの語順がいいかでまた迷う。結局、能登旅行から2句、三船祭から3句を選んで投句した。今回はどの句にも自信はあったのdが、結果はたいしたことはなくいつも通りだった。5句のうち先生から選ばれたのが、2句、仲間から選ばれたのが2句で、1句は誰から選ばれなかった。先生から選ばれたのは、次の2句。 身の竦む 能登の断崖 五月晴 風情増す 兼六園の 若葉雨仲間から選ばれたのは、次の2句。 由緒ある 能登の祖院の 若葉風 扇流し 川面にそっと 置いてゆく誰からも選ばれなかったのは、次の句。 四色の 扇を流す 美女四人自信はあったのに、考えすぎだろうか。今日もまた、三船祭の写真。俳句は、昨日の句会仲間のもの。 三船祭 船犇めいて 川せばむ 先生 御座船の 川面彩る 三船祭 千為子
2006.05.22
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今日は、大変いい天気だったので、かねてから一度行ってみたいと思っていた三船祭を見に行った。三船祭は、京都嵐山の車折(くるまざき)神社の祭礼で、大堰川を舞台に繰り広げられる平安絵巻。10時半梅田発の阪急特急で桂まで行き嵐山線に乗換え11時半に阪急嵐山に着いた。中の島の河原で弁当を食べ、先ずは、祭礼の行われている車折(くるまざき)神社へ向かう。観月橋を北へ渡り東へ川沿いに進んだあと、川を離れ三条通りに入りしばらく行くと車折神社に着いた。時計を見ると12時15分。神社には多くの人が来ていて神事(神幸式=おでまし式)はすでに始まっていた。社務所で説明書をもらい、神事を覗く。人が多くなかなかいい写真が撮れなかったが、少しずつ前に出てなんとか写すことが出来た。写真は、お払いを受ける供奉者、雅楽の演奏、神事を待つ稚児、神事が終わり神儀(御神霊)を神輿に移す。神儀を隠しながら神輿に移す、神輿は牛車、牛は作りもの、牛車の前でポーズを取る稚児午後1時、神幸行列は神社を出発。今度は三条通を西に引き返す。列に従う供奉者は数百人というが曳き物はそんなに多くはない。牛車のほかには太鼓、花車、茶壷などだ。稚児行列が可愛い。迦陵頻胡蝶の衣を着た人たち、神牛など三条通りを行く行列。親に手を引かれる稚児もいる。渡月橋前を過ぎてさらに西へ進み、1時40分やっと船着場に到着。神儀を御座船に乗せ、御座船は岸を離れる。岸には、神に芸を奉納するための奉納船が20隻ほど並んでいる。お神酒、扇流し、詩歌、俳諧、書画、献花、稚児、今様、糸竹、謡曲、小唄、長唄、常盤津、祇園連などである。中でひと際目を惹くのが扇流しの船2隻。十二単の姫君に扮した美女や一重の着物の美女が乗っている。舟遊びの間中、扇子や団扇を川に流すのだ。扇流しの船も岸を離れる。御座船は川の定位置に止まったまま、順次奉納船から芸の奉納を受ける。その回りを龍頭船(管弦船)と舞鷁首船(献茶船)が遊覧する。今様の次が俳諧の奉納。芸の奉納が続く中、扇流し船からは色とりどりの扇子や団扇が川に流される。それを拾った人は芸が上達するという言伝えがあり、奉納を終った船の人が拾うのが本来の姿だが、岸にいる観光客へ投げてくれることもある。水に浮かんだ扇は実にきれいだ。四色の 扇を流す 美女四人扇流し 川面にそっと 置いてゆく 扇流し 手を伸ばせるも 届かざる芸の奉納は延々と続くが次第に飽きてくる。平安の世の時間感覚についていけない。3時過ぎ、11番目の芸・謡曲が奉納されている途中で帰途に着いた。奉納は4時まで続き、そのあと神儀は観月橋近くの車折神社頓宮に還幸するそうだ。阪急嵐山を3時30分に発ち、梅田には4時半ごろ帰着した。初めて現地で見た三船祭だったが、マクロには新緑に鮮やかに映える赤い船の色、ミクロには川面を流れる扇子や団扇の色が目を楽しませてくれた。ただ、音曲などの芸は、岸からは見えずスピーカーの音質も悪く、あまりよい感じではなかった。ともあれ好天に恵まれしばしのタイムスリップを味わうことのできた有意義な一日であった。
2006.05.21
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今日は午前中は、テレビでNHK俳句、ウェークアップ、俳句王国などを見て過ごし、午後は、キッズプラザへ今年度クラブ活動の申請書を提出したあと、郵趣の会議に出席した。郵趣会では、未入手だった日本切手や年賀はがき、大阪の橋めぐりのスタンプ帳、芭蕉の絵葉書などを購入した。写真は会の模様購入したふみの日のスタンプ集。大阪の橋の小型印が押されている。大江橋、戎橋、十三大橋、淀川大橋、伝法大橋、此花大橋、夢舞大橋、なみはや大橋、港大橋、新木津川大橋、かもめ大橋、大波橋夕方現在、蕁麻疹の発疹はまだ残っているが、痒みは薬が利いているのでたいしたことはない。いつ、発疹が引くのだろうか。
2006.05.20
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昨夜は、疲れていたせいかよく眠れた。今日は朝から蕁麻疹を見てもらいに医者に行った。血液検査をされ、飲み薬、塗り薬などを貰った。今のところ薬で、かゆみは抑えられているようだが、発疹そのものは出ている。朝から、この旅行で撮った550枚の写真の整理を行った。金沢城だけで140枚、兼六園だけで60枚ある。また、貰ってきたパンフレット類に目を通し整理した。旅行に行くたびに写真やパンフレットが沢山たまり、整理しておかないと収拾がつかなくなる。今日は、兼六園の写真をお目に掛ける。今は新緑が大変きれいな季節である。琴柱灯篭、唐崎の松、雁行橋、七福神山風情増す 兼六園の 若葉雨曲水、曲水ー右は花見橋、さざえ山から霞ヶ池を見下ろす、翠滝と海石塔のある瓢池兼六園 水面を乱す 若葉雨
2006.05.19
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昨日から今日にかけて、大学の同窓会の催しで、金沢・能登方面に旅行した。旅行中は、ヒスタミン剤を持ち歩いたので、蕁麻疹に悩まされることはなかった。しかし発疹はまだ続いている。17日は、大阪駅を8時40分発のサンダーバードに乗り、金沢には11時10分に着いた。駅前は3年前の「まつブーム」の観光客を迎えるためきれいに改装されていた。駅を降りるとすぐに、鼓門というモニュメントが目についた。ふらっとバスで近江町市場に行き、井の弥で海鮮丼を注文。盛り沢山の魚介類に圧倒。味もボリュームも満点。12時そ20分食事を終え、金沢城公園を散策。黒門、三十間長屋などを見たあと、2年前に復元された五十間長屋とそれに連結する菱櫓、橋爪門続櫓などをゆっくりと見学。14時石川門を出て隣の兼六園に入った。兼六園では、先ずは有名な琴柱灯篭、蓬莱島を見て、月見橋、唐崎松、姫小松、雁行橋、七福神山、明治紀念の標を見て、サツキや菖蒲がきれいな曲水(辰巳用水)に架かる花見橋を渡り、菊桜、根上り松を見ながら、さざえ山に登り園内の眺望を楽しんだあと、夕顔亭の前の瓢池や池に落ちる翠滝を見て、時雨亭を通り真弓坂に出たのが14時30分。兼六園を出たあと、金沢城公園外周を通り、14時30分、前田利家の像やまつの坐像がある尾山神社に到着。ここの門が形が変っていた。尾上神社を後にし、近江町市場、東別院などのそばを通り、金沢駅に着いたのは15時10分。駅の百番街で土産品の物色をしながら、敷浪行の電車を待つ。写真は、金沢駅前の鼓門、近江町市場の井の弥、金沢城の五十間長屋、兼六園の琴柱灯篭風情増す 兼六園の 若葉雨宿舎がある敷浪までは金沢から電車で50分、電車は通学帰りの学生で満員のため、歩きつかれた足を休めることも出来ない。最近の若者は年寄りに座席を譲るということは全く頭にないらしい。敷浪には、16時25分に着き送迎バスで「のと」に到着。温泉につかって疲れを癒し、6時半から宴会が始まる。今回の参加者は34名。クラス50人のうち2名物故、3名が住所不明で連絡のつく43名のうちの8割近い参加率は立派なものだ。幹事は講座順の持ち回りという決まりも定着し、一年一度の旅行も年々充実したものになっている。1次会は各自の近況報告で2時間半があっという間に過ぎた。1人3分の持ち時間を10分使う者もいた。場所を変えて2次会では、特定の友とじっくり談笑を続けていたが、11時、幹事から就寝を強制される。翌日は6時起床、入浴後、7時から朝食。7時40分、チャーターバスで能登観光に向かう。千里浜のなぎさドライブウエイを走り、最古の灯台福浦灯台を見ながら、8時30分自然が作った岩の門、巌門に到着。ここにゼロの焦点、松本清張の歌碑があった。再びバスに乗り、機貝岩の奇岩見ながら世界一長いベンチあるところを通り、9時20分ヤセの断崖に着いた。見下ろすと身のすくむような断崖。多くの人が自殺地に選んだそうだ。写真は、尾上神社の門、宴会風景、巌門、ゼロの焦点の歌碑再びバスに乗り、9時50分曹洞宗大本山総持寺に着いた。入ってみると広大なお寺だ。経蔵、山門、仏殿、法堂、僧堂など立派な建物が沢山ある。緑や花に映えてきれいだ。永平寺との関係、横浜鶴見の総持寺との関係は一言では説明できないが、能登の方が祖院なのだそうだ。ここを拝観したあと、いよいよ輪島の朝市に向かう。1200年以上の歴史があり、360メートルの本町通りの両側にずらりと数百の出店が並んでいる。売られているものは、野菜、果物、鮮魚、干物、瓶詰、海草、民芸品など雑多。8時から出ているそうだが、我々が行ったのは10時を過ぎていたため、鮮魚は殆ど売切れ、干物しか残っていなかった。安いのでつい手が出る。朝市を見終わり、11時30分最後の観光コースの輪島漆芸美術館に入る。ここでは、常設展示の輪島漆芸の歩み、アジアの漆芸のほか、特別展示「春・夏ー季節を愛でる」と題して春・夏の風物を描いた漆芸作品が50点が展示されていた。沈金や蒔絵の豪華な作品の数々に息を呑むほどであった。常設展示では、アジアの各地でも特に生活用具の塗装に漆がよく利用されていることを知った。写真は、ヤセの断崖、総持寺、能登の朝市、輪島漆芸美術館身の竦む 能登の断崖 五月晴由緒ある 能登の祖院の 若葉風美術館を堪能したあと、再び朝市の町に戻り、各自これはという店を選んで昼食を摂った。我々8人のグループは、のと吉という店に入って、おまかせ膳を注文した。値段の割にまずまずというところであったが、昨日の井の弥の海鮮丼を比べると分が悪い。食事後、13時半に輪島を発ち、羽咋駅に15時に到着。15時25分の特急サンダーバードに乗り、途中、敦賀の原発科学館「あっとほうむ」の外観を見たり、琵琶湖西岸の景色を見たりしながら、同乗の仲間と話をするうち、18時35分無事大阪に帰着した。楽しい2日間であった。大阪、東京などでは雨模様のお天気だったそうだが、能登では五月晴れのいいお天気であった。
2006.05.18
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昨夕までひどかった蕁麻疹は、医者に行ってヒスタミンを飲んだところ、今朝起きてみるとピタリと治っていた。しかし、薬で抑えているだけなので、また、出てくるかが心配だ。今日は、大学の同窓会があり、金沢、能登方面への一泊旅行に今から出かけるため、今日の日記は今夜は書けないし、明日の日記も明後日に書くことになるかも知れない。そこで今日の分は今書いておく。蕁麻疹がひどかったら旅行は中止する積もりだったが、どうやら行けそうだ。今日は、今まだ咲いている胡蝶蘭の写真。この胡蝶蘭は、3月3日に最初の花を開いて以来、一輪ずつ数を増して行き、3株12輪計36輪目が咲き揃ったのが4月27日だった。もう満開になってから3週間、同じ姿を見せ続けている。一つでもしおれたら株を切り取って植え替える積りだがそれは多分今月末くらいになりそう。胡蝶蘭 長き寿命に 驚嘆す
2006.05.17
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昨夜は何が原因だったのか、就寝後、身体中に蕁麻疹が出て痒くて夜一睡もできなかった。夜中から起きだして、先月来懸案になっていたパズル(方陣)の問題を考え始め、一日掛かってとうとう完成した。この方陣は、最初に32個の碁石を置くのが一つの問題。2×2のマスの中に、碁石を0個、1個、2個、3個、4個置いたもの16種類を、8×8のマスの中に一種ずつ入れて、碁石の数が縦8方向、横8方向、斜め16方向とも同じになるようにし、かつ、8×8を4×4に区切った4方陣も、縦4方向、横4方向、斜め8方向の和が等しくなるように並べるのである。次に、その32個の碁石に、1から32の数字を入れ、その数字の和が、縦8方向、横8方向、斜め2方向とも同じになるようした8方陣を作り、かつ、8方陣を4×4に区切った4方陣も、縦4方向、横4方向、斜め8方向の和が等しくなる、いわゆる完全方陣になるようにしたのである。詳しい講釈は止めてその方陣を下にお目に掛ける。出来立てのほやほやだ。自分ながら素晴らしい方陣だと思う。会心の 方陣の出来 心太 方陣は完成したが、蕁麻疹はまだ治らない。今夜は眠れるだろうか?
2006.05.16
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本日は午前中、キッズのインタープリター会議があり、久しぶりに多くのパソコンインプリメンバーに会った。午後は、インプリ有志が残り、今年度クラブ活動の相談をした。インプリ会議の内容は、窪田容子講師から、人との対応にコツのような話を聞いたこと。接する態度として気をつけるポイントは、1.位置、2.空間、3.視線、4.姿勢、5.声の調子、6.ボディランゲージ、応答として気をつけるポイントは1.相槌、2.共感、3.繰返し、さらに、相手が何を求めているかを汲取ること、リフレーミングで見方を変えて欠点だと思っていることを褒めるテクニックなどを習った。午後の、本年度のPIPクラブの活動について相談の結果、本年度もクラブ活動を続けていくことが決まり、さっそく今年度の活動内容などを打合せた。その結果下記のことが大筋で決まった。 1.パソコン研修会を毎月1回、原則として第3月曜の午後に行う。 2.イベントは1回で、ネームシール作りを、1月に行う。 3.適宜、ハイキング、日帰りバス旅行などを行う。 4.アルバム作りは、12月頃から、時間を見て取り掛かる。 5.その他、納涼会、忘年会、見学会などを行う。とりあえず、第1回は、6月19日(月)午後2時から、場所はリソースルーム。内容は、ラベル・プロデューサーというソフトの研修で、名刺、ネームシール、プリクラ作りなどを、新人を対象に行う。今年度は、7人の新人が入会し、会員は20名となった。写真は、午後の打合せの模様。下の写真は、上の写真に一人を画像合成で追加したもの。含羞草(おじぎそう) 接客のコツ 教へられ
2006.05.15
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今日は、午前中はテレビの報道2001、日曜美術館などを見、午後は、関西ぱずる会の例会に出席した。今日の参加者は12名。急用の2人が欠席だがほぼ常連の顔だ。順次自分の発表をする。いろいろな新しいパズルが考案されていて、多くの回覧物が回覧される。本もあり、今日紹介されたのは「パズルで巡る奇妙な数学ワールド」。面白かったのは数当てカード。原理はまだわからない。私は、方陣内方陣、新三角陣などを発表し、からくり人形師玉屋庄兵衛展、ジグマ・ポルケ展などを紹介した。写真は、例会風景、回覧されたパズルの例。汗臭き 天才秀才 集まりぬ
2006.05.14
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今日は、午前中は、NHK俳句、ウェークアップ、俳句王国などを見て過ごし、午後は、ビデオで映画「雨の朝パリに死す」を見たり、明日のパズル会で発表する方陣内方陣の配布資料の準備をしたりした。映画の原題は、The Last Time I Saw Paris。エリザベス・テーラー主演のこの映画も見たことはあると思うが、ストーリは殆ど覚えていなかった。冗談のような夫婦双方の浮気で悲しい結末に。しかし、最後は心温まる結末になり救われた。今日の画像は昨日撮った鶴見緑地のバラの写真。昨日の青いバラの色の近いバラがいくつかあった。鶴見緑地バラ園、シャルル・ド・ゴール、たそがれ、ブルー・ムーン満開の 薔薇に日差しの 眩し過ぎパパ・メイアン、ゴールド・バニー、マーガレット・メリル、鶴見’90百万の 薔薇を愛でゐる 一日かな
2006.05.13
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今日は、いい天気だったので、鶴見緑地で今日から開催された「ばらフェスタ大阪」を見に行った。フェスタを見たあと、バラ園を見たりして緑地内で過ごした。地下鉄は京橋ですでにぎっしりの満員だった。皆バラを見に行く人ばかりだ。会場は鶴見緑地公園を入ってすぐの「水の館ホール」。入場するのに長い行列ができている。広い会場だが、身動きも難しいほどの満員。会期は3日間だが土・日は込むだろうと思って今日来たが、これでは明日、明後日はどうなるのだろう。とに角、物凄い量のバラが集められ活けられている。さまざまな種類のバラがいろいろな形態で展示されている。一つひとつ見て行こうと思っても、なかなか動けず、すべての作品を見るのは不可能であろう。バラのコンテスト、ローズ・ガーデン、和風庭園、バラの品種展などに分けられていた。バラのコンテストは、36の種目について、1等、2等、3等作品が選定されていた。種目というのは、例えば、大輪1本、大輪2本組、大輪3本組、大輪5輪組、3種組花、3分咲き・見頃、満開セット、大輪盛花、房咲き1本、ばらアレンジ、ばらと草花、ボタンホール、バラの鉢植、ミニ鉢植、など。ローズガーデンはヨーロッパ風デザインの庭が再現されていた。和風庭園では、バラ盆栽、バラの懸崖とともに菊人形ならぬバラ人形が目を引いた。このフェスタの呼び物は、サントリーが2004年に開発に成功した遺伝子組み換えの「青いバラ」であるが、これは「バラの生花展」とともに別の会場となっていた。生花展は、日本の生花に西洋の花バラを使ったもの。72作品あったがどれも見事であった。「青いバラ」は、期待に反してそんなに青くなく、実際の色は薄い紫色といったところ。直径5センチくらいの花が12輪ほど付いていた。このバラだけは撮影禁止だった。下記は、テレビ画面からのキャプチャー。鶴見来て 神秘の青き 薔薇を観るばらフェスタの写真は、200枚近く撮ったが、下記は、入口風景、3種組花、シンボルオブジェの一部、バラ人形。鶴見園 薔薇三昧の 一日かなバラ園のバラは今まさに見頃であった。しおれたバラはまだ殆どなく、蕾だけのバラも殆どなかった。バラ園には100種以上のバラが集められているそうだ。緑地内では、他の場所にもあちこちにバラが植えられていてみんな見頃。今日は、バラ一色に包まれてバラ三昧の至福の一時を過ごすことができた。なお、大阪市内には、このほか、中之島バラ園、靱公園バラ園、長居公園バラ園、天王寺公園バラ園などがある。
2006.05.12
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今日は、東近江市(旧八日市市)で行われた叔父の葬儀に参列した。死亡が9日、連絡を受けたのが昨10日、そして今日が葬儀であった。朝10時大阪発の新快速で近江八幡まで行き、帰宅したのは夜8時となった。叔父は89歳、昨年米寿を迎えたときの記念写真が遺影となっていた。3月の彼岸に会ったときは元気だったのに、急なことで信じられない気持ちだ。9日の朝も元気だったのに急に倒れたとのこと。死因は動脈瘤破裂で血が脳に回ったためだそうだが、死の直前まで話もでき、まったく苦しむことなく亡くなったそうである。長年小学校の教師を務め、最後は校長だったため、多くの先生や教え子達が式に参列され、盛大な葬式であった。日頃会えない従兄弟、はとこを始め親戚の人達に会うことができ、その点では、葬儀はいい風習だと思った。ご冥福を祷り合掌。写真は、新聞に載った訃報、葬儀会場の玄関、祭壇、親戚の人達。麦の波 静かに打って 叔父逝けり
2006.05.11
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今日は、キッズプラザでの活動日であった。一緒に仕事をしたのは、Nさんと新人のSさん。午前中は大体で多くの子供たちで溢れたが、午後2時を過ぎるとぐっと少なくなった。3月から始まっているパソコンでのアニメの作成は、相変わらず人気がある。登場人物の位置を少しずつ変えながらコマ撮りし、後で再生すると動いて見える。パラパラ漫画の原理である。子供たちは準備したいろいろな部品箱の中からキャラクタ数点、背景のセット、大道具、小道具どを選び、独創的なストーリーを作っていた。写真は、始めに説明を聞く子供たち、パソコンに向う子供たち、セットとパソコン画面など子供らの 頭柔らか 風薫る
2006.05.10
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今日は、午前中は昨日の句会のまとめを行った。午後は、昨日中之島バラ園で撮ったバラの写真を整理編集し、昨日と今日の日記に掲載する作業をした。以下、昨日の続きの画像。チャールス・レニー・マッキントッシュ、チャールストン、チンチン、パパ・メイスンちんちんと 名の付く薔薇は 真赤なり(隆司)チャールストン 踊り出しそな 薔薇の名よ(茲子)パラダイス、ピンク・シフォン、ファースト・プライズ、ブライダル・ピンク薔薇園の ピカソ未だに 色なさず(安満)ブライダル・ピンク2、フリージア、プリンセス・チチブ、ふれ太鼓 ホワイト・クリスマス、レッド・プラネット、ロザンナ、荒城の月 高雄、千代、平安、天津乙女 顔寄せて 薔薇の香りに 浸りをり
2006.05.09
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今日は、吟行句会。朝10時に中央公会堂前に集まり、バラ園を中心に1時間半ほど見て回り俳句を作った。中之島バラ園のバラは、まだ三分咲きくらいであろう。それでも、1週間前と比べると想像できないほどの咲き方で、今日の吟行の可否を心配していた幹事としてはなんとか安堵の胸をなでおろした。130種あるといわれる品種のうち、40種くらいが開花していた。見ごろはあと2週間ほどあとだということで、例年より2週間くらい遅れている。中央公会堂地下の中之島食堂で「大正ロマンランチ」を注文。¥850にしてはまずまずの料理であった。食後のコーヒーは別注文だがこれもおいしかった。食事が終ると俳句を考える。バラを見ながら作っておいた句を手直ししたり、情景を思い出しながら作ったりし、あっという間に時間が過ぎる。会場まで歩いて行く。1時半句会開始。今日の投句数は7句。バラの句ばかりでもよいが、他の句でも構わないという決まり。私は、バラ4句、一般3句を投句した。しかし結果は惨憺たるもの。7句のうち、先生に選ばれたのは1句のみ、仲間から選ばれたのも1句のみだった。まあ、自分ではいいと思っても、なかなかわかってもらえないものだ。まあ、こんな日もあるさ。先生に選ばれたのは、次の句。 鯉幟 人生行路 風まかせ仲間に選ばれたのは、次の句。 薔薇の銘 気を惹かれしが まだ蕾誰からも選ばれなかったのは、次の5句。 薔薇園を 尋ぬる人の まだまばら 命名の 由来想ひて 薔薇を観る 顔寄せて 薔薇の香りに 浸りけり 身を揺すり 野外ジャズ聴く 薄暑かな 囀(さえずり)に 包まれ詣づ 上醍醐今日の画像は、中之島バラ園のバラ。アイスバーグ、アパッチ・ティアーズ、ウルメール・ミンスター、オレンジ・シルク ゲイシャ、コーラス、ゴールド・バニー、コンフィデンスゲイシャてふ 薔薇まだ蕾 いかに咲く(洋子)サンフレアー、ジーン・ブーナ、ジャニーナ、ジャンボ・スタリナ ショッキング・ブルー、シンパシー、スパニッシュ・ビューティ、タソガレ命名の 由来想ひて 薔薇を観る残りは、明日の日記に掲載。
2006.05.08
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今日は、天気が悪いので外出はあきらめ、在宅でできることをいろいろした。午前中は、報道2001、日曜美術館、サンデープロジェクトなどを見ながら、パソコンのファイル整理を行い、午後は、久しぶりに、グーグルマップを開いて見た。すると、ヨーロッパ地図が完成されていたので、嬉しくなり、地図と衛星写真を見比べながら時間をつぶした。グーグルマップは、この日記で、昨年10月27日に紹介したが、従来の地図の概念を根本的に変え、利用しやすい形にしたもので、いわば、地球全体が一枚の地図になっている。縮尺は、一番詳しいのは、1/5000の地図で、縮尺の変更は「-」「+」キーを押すことによって自由に変えられる。「-」を押すと小さくなり「+」を押すと逆に大きくなる。矢印キー(←↓→↑)またはドラッグで地図は上下左右に自由に移動できる。これを使えば、他のサイトの地図はもう不要だと思う。面白いのは、人工衛星から見た写真と地図とが即座に比べられること。地図の右上にある「サテライト」をクリックすればよい。逆にサテライトを見ていて、地図を見たいなら「マップ」をクリックすればよい。もともとこの「サテライト」の方が先に完成していて、これと地図とを合致させる作業を米google社が行っているもので、昨年4月ごろアメリカ編が完成し、その後、昨年8月ごろ英国編、日本編が完成し、今年4月末にヨーロッパ編が完成されたばかりだ。現在は地図との対応は、これ以外の国、地域については、地図は完成していない。ヨーロッパの地図が出来たので、いくつかの都市の上空の様子を見て見た。その例を下に示す。パリのエッフェル塔、ドイツのブランデンブルグ門、バチカン広場、ローマのコロセアムエッフェル塔 空から探す 薄暑かな実際の画像は、この3~4倍くらいの大きさまでくっきりと見える。今日のパソコン作業で、昨年12月以来使いにくくなっていたノートパソコン半年振りに使えるようになった。6年前に購入したWindows98マシンだが、なかなか捨てられない。
2006.05.07
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今日は、午前中はテレビでNHK俳句、ウェークアップ、俳句王国などを見、午後は、東神戸にあるサンシャイン・ワーフというところへ行ってみた。梅田から阪神電車特急に乗り西宮で普通に乗換え約25分で青木(おおぎ)駅に着いた。南の方へ43号線を越え、阪神高速湾岸線の斜張橋を目標に進むと、大きなモータープールのあるところに出た。入口に Sunshine Wharf Kobe と書かれてある。ここは、スーパーオートバックスを主体とする複合施設で、レストラン・電化製品など26店舗が集まっているショッピングエリア。約1500坪の大型公園と、2階にある約200mのウッドデッキが特徴だそうだ。連休中とあってジャグリングやいろいろなイベントが行われていた。同じような施設が神戸ハーバーランドであるが、敷地面積はその約3分の1である。私は最近まで名前すら知らなかったくらいで、規模や知名度や周囲の施設との関連性はハーバーランドには遠く及ばない。それでも、ヤマダ電機、ダイソーなど大型店舗があり、レストランもハンバーグのびっくりドンキー、イタリア料理のカプシーノ、お好み焼きの十万、回転寿司の万太郎、マグドナルドなどいろいろあり、広々としていてでゆったりと海を眺めながら過ごすのにはいいかもしれない。今日は、土曜日でお天気もよいので、沢山の人が来ていたが、それほど混雑しているという感じではなかった。ある店に入り食事をし、二三の店を見て回ったりして約2時間を過ごした。眺めよき 東神戸の 波止場街
2006.05.06
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今日もお天気がよかったので、大阪南港の海の時空館で開催されている写真展「懐かしい大正区の風景」となんば高島屋で開催されている展覧会「マリリン・モンロー綺麗の秘密」を見に行った。帰宅後、マンション近くで開催されている「ビッグリバージャズ2006」を聴きに行った。地下鉄でコスモスクェア駅に着いたのは10時40分。10分ほど海岸沿いに歩くと「なにわの海の時空館」に到着。鯉のぼりがはためいている。入館して先ず目に着いたのは、「帆船模型展」。咸臨丸など数十点の模型が展示されていた。4階から順に見るのだが、ここへは過去3度来ているので、今日の目的、写真展「懐かしい大正区の風景」のある3階に降りる。明治から昭和にかけての大正区の様子が写真パネルで紹介されていた。パネルの表題は下記のとおり。 大正区の原風景、ドイツ捕虜収容所、船囲場、大阪紡績、岡本造船所、団平船、大正区の工業、中山製鋼所、大阪飛行場、市電のある風景、大正区の橋、大正橋、大正運河、貯木場、室戸台風、ジェーン台風、暮らしの情景、盛土と高潮対策、大正内港の修築、渡船。 大正3年から6年までドイツ捕虜収容所や、東洋紡の前身の紡績会社、飛行場などがあったことを知り驚いた。写真パネル200点の説明を読み、大正区の歴史が大阪の発展に大きく寄与して来たことを改めて知ることが出来た。 この館の展示は本当に豊富で、初めての人なら、一日を館内で過ごしても退屈することはないだろうと思う。私は、他の展示は以前も見ていたが、大阪名所図絵の浮世絵の展示をもう一度見た。これだけでも見応えがある。 帰りに1階の映像館で、ベニスの運河の映像を見た。実際には行ったことはないが、ゴンドラに乗ったような気分が味わえ、10分の短時間ながらベニスの町の見物とゴンドラ体験をした。よくこんな狭い路地のような運河をゴンドラがぶつからないとすれ違うものだと思った。パンフレット、大正橋、尻無川を行く帆船懐かしや 旧き大正区の写真館を出ると時刻は13時になっていた。トレードセンターまで歩き昼食をと思ったが、物凄い人でどこのレストランも1時間待ちとのこと、ここで食べることを諦め、なんばへ移動した。難波で食事をし、高島屋7階で開催されている展覧会「マリリン・モンロー綺麗の秘密」を見に行った。今年生誕80年になるそうだ。展示されていたものは、デジタルフォトアート作品集「Marilyn by Moonlight」(ジャック・アレン作)に掲載された写真を大きく引き伸ばしたパネルが主体(20数点)で、これに、モンローが身につけていたアクセサリー10数点、日用品数10点、衣裳9点、衣裳デザイン画10数点、雑誌の表紙数10点、台本、さらにフランクリンミント社製作のマリリン人形7点、などであった。 アクセサリーでは24.4カラットのダイヤモンドネックレス「バローダの月」が見事だった。例のスカートがめくれ上がる有名なシーンは、「7年目の浮気」の中で地下鉄の排気口の上に立っていて、地下鉄が通る度にめくれ上がるものだと知った。 「七年目の浮気」、「紳士は金髪がお好き」、「お熱いのがお好き」よりビッグリバージャズは、毎年5月の連休にOAP主催で行われているが、朝11時から夕5時まで、プロ・アマ10数組のジャズグループの演奏を聴くことができる。私が聴いた中で珍しかったのは、女性アカペラグループ「Happy Go-Lucky」の歌声だった。特にベースとリズム楽器の音を人の声で出すのが見事であった。
2006.05.05
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今日は、午前中国立国際美術館で開催されているジグマー・ポルケ展を見に行った。帰りは中之島を通り、中之島祭りとバラ園を見ながら帰った。ジグマー・ポルケは、作家の名前は聞いたことがなく絵を見るのも初めてだったが、副題に「不思議の国のアリス」とあったことと、パンフレットの絵に興味を持ったので見に行くことにしたのだが、全く期待はずれであった。ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」はいろいろな本や映画でも見て、姉妹編「鏡の国のアリス」も読んで、興味を持っていたので、それに関係する絵だと思っていた。しかし、不思議の国のアリスの絵は一枚だけで後はアリスとは全く関係のない絵であった。アリスの絵も、アリスと芋虫と茸が線で画かれているだけである。絵そのものは、プリント柄の布地に画かれたものできれいではある。全部で30点の展示であったがその中でももっともいい作品だと思った。ポルケはドイツの画家で今回の展覧会が日本で初めての個展だそうだ。他の作品は、あまり心を奪われるような作品はなかったが、魔方陣を数字の順に線で結んだものが目を引いた。こんなものが作品になるなんて! 日本では、30年ほど前に、「方陣を描く」という作品を発表したパズル家がいる。写真は、「不思議の国のアリス」の入ったパンフレット、「メネラオスの夢=カメラマンと裸婦」、「魔方陣I(土星)」下記の図は、ポルケの魔方陣と同じものを、私が線で結んで作ったもの。魔方陣2(木星)、魔方陣3(火星)、魔方陣4(太陽)、魔方陣5(金星)、魔方陣6(水星)、魔方陣7(月)常設展では、今までに見た作品が多かったが、新しいものの中で、森村泰昌の動く絵画「フェルメールの研究」というのが面白かった。氏の絵が他に数点展示されていた。帰りのバラ園では、4日前に、2種だけしか開花していなかったのが、今日は8種くらい開花していた。その写真を示す。薔薇園に 咲きたる薔薇を 探しをり
2006.05.04
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今日は、午前中は自分のアルバムホームページの更新、メール返信、読書ほか雑事でつぶれ、午後は所用で神戸へ行った。今日の写真は、最近マンション周辺でよく見かけるキジバト。ドバトも沢山いるがキジバトは少ない。大きさ・形はドバトと同じくらいであるが、茶色の模様が特徴である。普通は高い木に止まっていることが多いが、最近は地上に降りることも多い。草の芽か虫をつついているのであろう。キジバトの カメラを向けて 逃げらるる
2006.05.03
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今日は、午前中は散髪のあと図書館へ行き、午後は回生病院へ胃の診察に行った。昨日の山登りの疲れはないようだ。医師から胃潰瘍が治るまで酒はダメだと念を押される。胃潰瘍というのは出来るときは数日で出来るが薬で治すのは時間がかかるそうだ。次は6月13日にまた胃カメラを飲む。今日の写真は、今あちこちで紅や白のきれいな花を咲かせている花水木。96年前アメリカ・ワシントンに東京の桜を贈ったお返しに贈られたのが最初だそうだ。花びらが4枚というのも面白い。アメリカではdogwoodという。花水木 優等生の 外来種
2006.05.02
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醍醐山は山科にある醍醐寺開創の地であり、西国33番札所の11番目の霊場上醍醐寺のある山である。私は、朱印をもらうのが目的ではないが前々から一度登ってみたかったので、誰も連れはいないが好天に誘われ登ることを決心した。朝10時JR大阪駅発の新快速に乗り山科に着いたのは10時35分。駅の売店で弁当を買い10時43分の地下鉄に乗り醍醐に着いたのは10時51分。醍醐寺までは徒歩10分とのことだ。地下鉄から地上に出、さらに階段で歩道橋に上がる。駅の上はショッピングセンターになっている。歩道橋をわたり新しく作られた住宅地を通り抜けて道なりに行くと11時ちょうど醍醐寺の門が見えて来た。3分ほど進むとやがて山門(仁王門)が見える。入場料は600円。しかし、今日は醍醐寺に入るのではなく上醍醐に登るので境内の周りを回って登山口に向う。山門のところを右に折れ、少し行ったところに上醍醐寺への標識があった。途中五重塔を外側から見ながら進むと11時10分上醍醐参道の大きな標識が見えた。ここに女人堂がある。昔は女の人はここまでしか来られなかったのだ。いよいよここから登り坂が始まる。道幅も広く勾配も緩やかで、いい山歩きだと思った。10分ほど行くと昔秀吉が花見の宴を催したという場所(槍山)に着いた。現在は下の醍醐寺で太閤花見行列が再現されているが、当時はこんな高いところまで来たのだろうか。周りには桜の木らしき木はなさそうだが・・・写真は、醍醐駅上の歩道橋、醍醐寺入口、仁王門、上醍醐寺参道参道には約100メートルごとに丁標が建てられている。9丁までは17分で来た。10丁のところに不動の滝というのがありここに着いたのは11時28分だった。丁標は20丁まであるそうなのでここが頂上までのちょうど真中になる。しかしここからは距離は同じでも坂が急になるそうだ。ここで水分補給を兼ねて5分ほど休憩した。写真は、女人堂、なだらかな参道、不動の滝、不動の滝標識石段を登ってしばらく行くと「霊樹 相生の杉」という幹が途中から二本に分かれた大杉が目に止まった。12、13、14丁と丁標を見ながらきつい石段を登る。1丁に3分くらいかかっている。16丁に着いたのが11時52分地下鉄を降りてちょうど1時間、参道を登り始めてからは42分である。道はここから一旦下りになる。17丁、18丁と過ぎ、上醍醐寺務所というところを通る。立派な大屋根の建物が見える。11時58分、19丁まで来た。ここから少し石段を登ったところに国宝「清竜宮拝殿」があり、さらに登ったところに西国11番札所「上醍醐寺=准胝堂」がある。札所めぐりの人はここで朱印を受けるのだ。12時2分に着き、准胝観世音菩薩にしばし手を合わす。写真は、石段、相生の杉、清竜宮拝殿、准胝堂囀りに 包まれ登る 上醍醐さらに山の上には、薬師堂、五大堂、如意輪堂、開山堂などがあるという。薬師堂には12時11分に着いた。建物は平安後期のもので国宝だそうだ。また、本尊の薬師如来、脇侍の日光、月光菩薩も国宝だそうだが、小さい窓からしかないのでよくは拝めない。さらに石段を登るとやがて(12時17分)釣鐘が見えて来て、ここから左へ行けば五大堂、右へ行けば如意輪堂、開山堂とある。まず五大堂へ行ってみた。五大というのは五大明王という意味で、不動明王はじめ5つの明王を祀っている。拝殿からその姿を拝することができた。写真は、准胝堂にて、薬師堂、五大堂、ヤマツツジ再び釣鐘のところに引き返し(12時17分)こんどは右の道を登る。山躑躅がきれいに咲いているところを登ると一気に視界が開け、宇治から伏見方面の町が眺められる。宇治川も見える。右に目を転ずれば、重文・如意輪堂さらに重文・開山堂が堂々たる姿を見せていた。ここが醍醐山の山頂で標高450Mの標識がある。一帯は広場となっていて遠足の中学生らしい団体が100名ばかり来て弁当を広げていた。私も適当な場所を探し弁当を広げることにした。時刻は12時33分。写真は、宇治・伏見の絶景、如意輪堂、開山堂、山頂にて食事を終え、しばらく建物の外観や下界の景観を楽しんだ。13時ちょうどに下山開始。16丁のところへは12分で着いた。ここからは下りのみ。不動の滝(中間点)へは13時25分に着き、女人堂には13時42分に帰り着いた。さらに醍醐寺の周りを回って仁王門に戻ったのは、13時56分。行くときには写真もろくろく撮らずに通り過ぎたので、少し醍醐寺の写真も撮ることにした。仁王門、重文の金剛力士像、国宝の唐門、三宝院入口、霊宝館入口などである。朝来た道を引返し地下鉄醍醐駅に着いたのは14時18分、山科に着いたのは14時30分であった。普通ならまだ時間も早いので京都で途中下車してどこかのお寺か美術館にでも立ち寄るのであるが、今日は歩き疲れていたのでその元気はなく、14時34分の快速に乗ったまま大阪には15時20分に着いた。遠くに行った割には意外に早く帰ることができた。明日、足が痛むことであろう。写真は、金剛力士像、唐門、霊宝館入口、三宝院入口この日は、140枚ほどのデジカメ写真を撮ったが、そのうち66枚をまとめたアルバムを別途作成し、「大阪デジタル散歩」の中に入れましたので興味のある方はご覧下さい。
2006.05.01
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