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数十年前にコンクリートで舗装された路地に毎年咲いてくれるど根性ほおずき君です。
2006.07.29
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お陰様でマグマグで週間トップをいただきました(笑)chieちゃん♪清き1票ありがとう。─────────────────────────────◆◆ まぐVOW 先週の第1位!◆◆ (2006/07/21)○昔から洋画ファンだった友人が、BBといえばブリジッド・バルドー、CCがクラウディア・カルデナーレ、DDがドリス・デイ、MMがマリリン・モンローだと得意げに昔の名女優の知識を披露してくれたが、君の奥さんはLLだとは言えなかった。 (海坊主)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
2006.07.28
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ついこの間は熊ぇりの放火だったのに、今度は永ちゃんのソックリさんが暴行だそうだ。少なくともこの数日間は本人より出演頻度が多い。ご本人はいい迷惑でいい宣伝?捕まった方は有名になって本望?それにしても二人共よく似ているし、よく似たことが続いたものだ。シンクロだぁ!(被害者の方、調子に乗ってごめんなさい)「似ているか、似ていないか」というのは見る側がまず本家本元を知らないと意味がない。タレントが物真似番組で知らない人の真似をされても、元が分からないと?だけだ。既に知っている人や物を真似されてこそ、その「似て異なる物」とのギャップが楽しめるというわけだ。タモリのデタラメ外国語は発音と調子だけが本物に近いだけの全くのデタラメであるのが素人にもはっきりと分かるからこそ、その「違い」が面白いのだ。話は変わるが、新入社員に実際の仕事を教えるときは、全体の説明はひとまず置いといて、たったひとつの品物について教え、次にその製品の流れから結末を教えるものだ。一度にあの品この品という訳にはいかない。ひとつのものを一通り理解したら、後の物はそれとの「違い」を教えるのだ。インスタントコーヒーの説明からゴールドブレンドに繋げていくように。その「違い」を埋めて繋いだものを知識の巾というのだ。その知識が縦横無尽に繋がってその道のプロといえるのだよ。外国人には毎回似たような結末の水戸黄門がなぜ続くのか、全国民が結末を知っている忠臣蔵を毎年12月になると放送局と配役が変わっただけで、何故当然のように放送することができるのか理解できないそうだ。この場合、作る側も見る側も違いの分かるプロなんだよね。日本人は基本的に気分は「違いのわかる男のゴールドブレンド」なのだよ。見ている個人にそれぞれの雛形があって、それとの「違い」を楽しんでいるのだなあ。素人は水戸黄門を見なさいとは言わないが、真似をしても変な自己主張はしないほうが良かったのになあ。自己主張できるのは実力を備えた何の真似でもできるエンターティナーだけなのだよと言いたいのです。それにしても故人の真似しかできなくて長州小力ほどの芸の巾も無いゆうたろうがこの先心配だ。
2006.07.27
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カレン・キングストン著「ガラクタ捨てれば自分が見える」を読んでる途中から様々なものを捨てた。この本はそうさせてくれる、私のお勧め本です。最近まで集めていた天然石の勾玉を処分するまで、思い返してみると子供のころから色々な物を集めた。小学生のころ、男の子は切手収集と決まって(?)いた。これがたぶん始まりだと思う。そういえば、そのコレクションの中に友達と物々交換で手に入れた孫文の絵柄の額面「弐百万円」と書かれたものもあった。台湾か旧中国のインフレ切手であることは知っているが本当の価値は知らない。さらに別の友人宅に行った時、叔母さんが北朝鮮に嫁ぎ、彼の地から送られてくる手紙が状差しにいっぱいさしてあり、その切手が是非とも欲しいと思い、友人との会話の中で何度かそのことを話題にしようとしたのだが、そのたびに触れられたくない素振で、それ以上聞けなかったことも思い出す。今思えばきっと送金依頼だったのではないかなどとと思うのだが・・。特に記念切手は近代史を知る上でも子供の趣味としては高尚なものだったと思うのだが、最近は記念切手が郵便局に売れ残っているのを見ると昔は発売日に親に並んでもらって買ったものだったがと一抹の寂しさを感じる。その後切手のコレクションはわが子に引き継いだのだがその後彼がどうしたかは知らないし、聞きもしない。自称航空ファンだった中学生のころは飛行機に関する新聞記事の切り抜き。これはある意味とてもいい経験だった。国産機の開発や売り込みに関する経済的な話題、民間機や自衛隊機の墜落事故から、外国との空港乗り入れ交渉、米軍基地問題、自衛隊機購入予算までの政治的な話題と裾野は際限なく広がって、社会を知るいいきっかけになった。なによりも毎日飛行機や航空機という言葉を捜すだけで新聞をみる習慣づけとなったので、中学生のわりには世間の出来事に詳しくなった。高校になっていろいろと忙しくなってやめたのだが、私の飛行機好きを知った当時の彼女がノンフィクションの戦記物で空中戦のことが書かれた本をプレゼントしてくれて、ちょっと意味合いが違うんだけどなぁと思いながらも、でもせっかくだからと読んだ。そして「読書で手に汗握る興奮を覚える」という感覚はこのとき初めて知った。お金さえ払えば専門誌もあり、しかもその情報量の多さと濃さは私の切り抜きファイルの比ではなく、量だけがかさばる自分のファイルが惨めに思えて結局捨てた。成人してからは主に喫煙具、ライターからキセルやパイプまで。宇宙の宙だけで「おおぞら」と読ませた専売公社のタバコは封もきらずに大事にしまっておいたものだった。それから人魚をモチーフにしたグッズもあった。どうして人魚なの?と聞かれて「下半身が人間的でないから」と答えた自分がなかなかいいセンスだと思った。これもかわいらしい物だけを選んで友人の小学生のお子さんに引き取っていただいた。ところがまだ残っているものにちょっとエッチなコレクションがある。これはそもそもはライターから始まった。水着の女性の向きを変えると水着が消えるライターを手始めに、○ん○んに直接足があってゼンマイ仕掛けでピコピコ歩くおもちゃ。これのバージョン違いでコンドームを帽子のようにかぶって顔が書いてあるものも。栓を抜いたコーラの缶の上にかぶせて飲む○ん○ん型のアタッチメント?。全体がおっぱい型で取っ手部分が女性の裸体の形をしているピンクのマグカップ。○ん○ん型のキーホルダーなどなど。ちょっと笑えるしょうもないものが、まだ捨てられずに残ってます。温泉地のみやげ物店に行くと甥っ子が「おじちゃんの好きそうなものがあったよ」とそっと教えてくれるのですが、そんなどこにでもあるようなものは既にもう持っているのです。それと間違えてはいけないのが「大人のおもちゃ」のコレクションではないのです。あくまでもジョークでなければならないのです。わが息子がどこかから、広げると四十八手の体位図が描いてある扇子を買ってきてくれたのですが、これもちと私のポリシーからは外れるのです。でもそういうものを恥ずかしいのを我慢して買えるようになっただけでも大人になったと喜んでおりますが、もう少し父親に対する理解を深めてほしいと思う今日このごろです。(笑)
2006.07.26
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