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普段、摂氏を使っている日本。華氏を使っているアメリカの義母に「今日は109Fだったのよ~」って言われてもぴんと来ない。でも、これが「今日、42℃だったのよ~」って言われるとヒョェ==となる訳です。距離なんかも「サンフランシスコまで500マイル」って言われるよりは「800キロくらい」って方が慣れるからピンと来るしウチの土地は1エーカーよりもウチの土地は約400平方km、更には何坪って言ってくれた方が私にとっては分りやすい。同じく、重さに関しても「うちの子、7ポンド11オンスで生まれたの」って言われても、7と言う数字が強烈過ぎて、7キロと勘違いしそう。よくよく計算してみれば、3.5キロ位?普通だったのね。良かった。重さに関しては、カンガルーの国ではイギリスの影響のせいか私の体重は8ストーン位かなぁ・・・って友達が言っててストーンってなんやねんっ!と思った記憶アリ。1ストーンってどれ位の重さだったけなぁ。6キロ前後だった気がするんだけど。誰か知ってたら教えて。ポンドにしても未だにいまいち分らずなので「その海老・・・20匹でどれ位の重さ?え?ハーフパウンド?(1/2ポンド)よっしゃ、じゃ、それでいこうっ!」なんて頼み方をする私。アメリカでは、ガソリンスタンドでも1ガロン、○ドルなんて表示。1ガロンって4リットル弱?でも、イギリスのガロンはもうチョット多いんだよね。最近、単位に興味ある息子達。でも、その単位も強烈に自己流でございます。コップの大きさを測ろうとした息子達の会話ったら長男:「このコップは大体・・・3mくらいあるね♪」次男:「違うよ、このコップの大きさは1000ml!!!」長男:「1000mlの訳ないやろ~。それじゃ、牛乳と一緒やし。だから、このコップは3mで、この水筒は・・・5kmくらいだって」・・・そのコップ、高さはせいぜい10センチ。100ml入れば良い方です。水筒も800ml入りです。観点は良いんだけどねぇ。カナリの誤差が生じています。世界にはもっと色んな数え方があるんでしょうね。
2007.08.31

親友の「ごーじゃす」ちゃんが面白いサイトを送ってくれました。その名もIWANEX写真館。欧米では撮った写真をより美しく修正するのは良くあること。しみやほくろを消したり、加えたりしわを目立たなくしたり・・・。日本でもスッチーになりたい子が似た様な所で全身写真とかを撮っていたりするわね。ここのIWANEX写真館で撮るとそれなりの人も美しく、美しい人は、より美しく。現代の写真技術に感動すらしてしまいます。でも、このサイト中には顔の大きさを小さくしたり胸やお尻の大きさが実物とは異なる人も・・・。ある意味、変身写真?それとも、詐欺?ほら、ペネロペ・クルスもっ!ハル・ベリーも・・・っ!ジャスティン・ティンバーレイクもキャメロン・ディアスだってっ!アメリカの芸能人もやっぱり人間だったとは親友・ごーじゃすのコメント。と言うか、私も若き日の思い出にここで写真を撮ってみたいっ!ビフォー・アフターの写真の比べ方1.ページの一番上の真ん中辺りにあるPORTFOLIOをクリック。2.見たいスターを選んで左クリック。3.カルーソルを写真の上に乗せると ビフォーの写真。 カルーソルを写真から外すと 修整後の写真。写真館のホームページはここからどうぞ。それよりも、ビフォー・アフターを載せるスターも太っ腹だな。い、幾らするんだろ…?!
2007.08.30

色々とご心配をお掛けしましたが夫・ハリス(仮名)は昨日から歩き始めました。と言うより、動く事が腸閉塞等の合併症予防になるそうで強制的に歩かされてました。笑えない、咳できない、立ち上がれない。そういう意味では、まだまだ辛そうです、病院の面会時間は14時からです。昨日は術後だったと言う事もあり早くに病院に向かいました。でも、病院で憔悴しきって心細い夫は私の顔を見るなり「おそ~~~~~~~~いっ!」どっかで聞いた事ある言葉・・・あ、これは私が帝王切開した翌日の言葉と同じですね(笑)今日は術後2日目と言う事で面会時間を守って病院に向かいました。でも、愛する妻のお見舞いを待ち焦がれている夫は私の顔を見るなり「おそ~~~~~~~~いっ!他の家族は10時には来てるのにっ!」そして、その後、喋る、喋る。今日の昼から5分粥が始まった夫。スプーンが無いから茶碗蒸しを箸で食べようと苦労したこと、すりつぶされて、綺麗な器に入ったサツマイモの金時煮を見たとき「アイスクリームだ!」と思ったけれど、食べたら全然違った事(術後2日目にアイスなんか出るか!病院食にアイスクリームなんか出るかっ!)無性にヨーグルトが食べたかったらデザートに出てきて嬉かった事小さ~~いボリュームでテレビをつけていたら、全然知らない看護婦に(イヤホンを使えと)怒られたこと・・・。でも、同室の患者はテレビはうるさいは、携帯で大声で話しまくるわなのに全然、注意もされず不公平だと言うこと堰を切ったように話し始めた夫。そして、罰当たりな事に「退屈だ~~~。入院生活は退屈だ~」と言っているではないですか。つい数日前まで真っ青い顔して手術を怖がっていたのにハリス節が戻ってきました。しまいには、おやつが食べたいとかまで言い始めまして・・・。結局、ヨーグルトを1日1個って事で看護婦に許してもらい・・・そして、何よりも、「モスチーズが食べたい」とのたまう夫。確かに、彼の病室の窓からはモスバーガーが見えるんです。だから、酷と言えば酷だけど?!看護婦には、退院後の指導として1.生物は食べない2.刺激物も食べない3.油物も食べない4.お酒も飲まない5.極力禁煙と言い渡されています。私としては、極力禁煙なんて甘いものではなく「タバコやめないと、盲腸再発するよ」位言って脅して(?)欲しかったです。まぁ、切ってしまったので再発はしませんけどね(苦笑)入院生活をアメリカの義母にメールすると、こんな返事が・・・So Glad that everything went well.BUTDon't let him go home too early---if he's anything like his father he won't be a good patient at home!!!!全てが無事に済んで良かったわ。でも彼を早くに自宅に帰しちゃ駄目よ。もし、ハリスが父親似だったら自宅では、きっと我がまま病人で大変よ!!!そ、そうなんだっ!?ハリスは入院する時点で既に大変だったんだけど?!まぁ、これもハリスの手術が上手く行って順調に回復してるからこそ言えるジョーク(?)なんでしょうね。明日はもっと早く来てね!と頼まれています。夫ったら、自宅どころか病院にいても既に我がままなんですけど(笑妻に会うのが楽しみ♪
2007.08.29

腹腔鏡手術とはお腹に1~2センチの穴を3つ位空けて、両手で使うメスとか鉗子とかカメラを挿入して、テレビの画面を見ながらの手術。(病院も科も違いますが腹腔鏡手術の詳細はここをクリックして下さい)元々、医療先進国のアメリカから輸入された技術らしく医師の熟練した技術と経験が不可欠となります。まだ日本では症例が少ないけれど着実に浸透しつつある手術方法。幸いな事に、夫の担当医は虫垂炎での腹腔鏡手術の回数は少ないものの大腸や胃の切除などで腹腔鏡手術の経験は何度もあるとの事・・・。そして、その医師は技術には自信があるとの事。術後に発生した問題に伴って実は、医師の経験が少なかったとか補助で入っただけの経験だったなんてニュースが色々と耳に入る昨今だから故半信半疑な部分は残りますがあくまでも本人がそう言っているのでそれを信じるしかありません。会って早々の人を信じる、まして命を預けるとなれば簡単に信じることが出来ないって言うのが本音です。ただ、この担当医師には説得力と熱意、そして安全第一と言う理念が感じられました。夫は手術の細かい質問は勿論、担当医師に対して「あなたは医者になって何年目?」「手術は全て成功してるの?」(虫垂炎は外科医が最初に執刀する病気と聞いて)「虫垂炎は切開が多いわけでしょ? って事は、僕のパターンは 隣に座っているインターンの 先生にとって 凄く良い練習材料に なると思うんだけど・・・ (インターンの方を向いて) ごめんね、あなたの将来を考えると ホントはこんなことを 言いたくないんだけど ・・・出来れば・・・その・・・ 執刀は100%○○先生(主治医)に やってほしい・・・ ちょっと、このメスを握って 感覚を覚えろとか、そう言うのも嫌・・・ なんだよね・・・」「先生は自分のことを僕の主治医って 言っているのに、どうしてこの書類には △△先生(インターン)の名前に なっているの????」彼の質問は留まる事はありません。朝の血液検査の結果をみると素人の私でも、数字の値が昨晩よりも確実に悪くなっているのが明白に分ります。医者達は当然の事ながら手術を前提にその日の準備をしている訳ですが、「手術するかしないかは朝の血液検査等によってお話します」といわれていた夫は「説明もないのに、何で、看護婦は当たり前に今日は手術ですよね・・・なんて言うんだよ・・・」と最後の最後に至っても悪あがきをしています。午後になり、麻酔科医からの詳しい説明を受けました。本日、外来担当である担当の外科医からの説明はまだありませんが午前中にインターンが血液検査の結果と手術の流れを説明する為に夫の部屋に来たそうで「何で若いのが来るんだよ・・・○○先生(担当医)はどうして来ないんだよ・・・。俺、まだ手術します!って事も詳しい説明も受けてないっ!」と少々パニック。・・・だから、昨日の段階で担当医は外来があって、夕方まで来れません。手術の流れはインターン、それで、外来が終わったら詳しい説明しに○○先生が来るって言っていたでしょ????と諭すように話すと、あ、あぁ、そうだっけ・・・もう、彼の心の中は大混乱しているようです。少し歩けるのなら・・・と病室近くの会話室に夫を連れて行きました。こちらの方が明るいし広々しているから彼の気持ちも少しは紛れるかもしれません。息子達が目の前にいる手前表立っては見せませんでしたが夫の動揺は相当なものでした。時間になり、車椅子で手術室に運ばれた夫。予定では1時間程でしたがなかなか出てきません。その時、私のかばんの取っ手がいきなりブチッと切れてカバンが床に落ちました。なんて縁起悪い!そのうち、除細動器が物凄い勢いで手術室に運び込まれました。縁起が悪い・・・。結局、予定時間から大幅に遅れ、2時間程してから麻酔からまだ完全に醒めない朦朧とした状態で手術室からベッドで直接運び出された夫。担当医師曰く、虫垂が破裂寸前で状態が悪かったので小腸と大腸がつながっている盲腸の部分も一部分切除したとの事。※盲腸炎は属名で正式名は虫垂炎。盲腸と言う場所からブラ~ンとつながり出ている虫垂という場所でで起こる炎症を俗に盲腸炎と言うそうです。昔は切開した時点で虫垂が盲腸にべったりとくっついていた事から盲腸炎と言われたそうです。切除した実物を見せて頂きましたがかなりグロテスクでした・・・。夫が見たらそれだけで失神すると思います。通常、2~3日で退院できると言われる虫垂炎ですが、夫の状態は重症扱いとの事で退院も1週間~10日、長ければ2週間となりました。術後も3~4日で退院できると思っていた夫に伝えるとに、に、ニ週間?!と驚いていましたが最初の段階でさっさと手術に応じていればこんな事にはならなかったでしょう。まぁ、無事に手術は終わりました。個人的にメールやお電話を下さった皆々様、本当に有難うございました。後は合併症などに注意しつつ本人の回復力次第だと思います。このまま無事に退院して合併症が起きないよう祈ってください・・・。そして、万が一、これを読んでくださる方が盲腸・・・と診断されたら悪あがきはせず(?)素直に手術に応じてください。長い、長い2日間でした。夫のことも心配ですが悪戯盛りの息子2人を連れて何時間も病院に留まるのがいかに大変か・・・どちらかと言うと、こっちの方で疲れた・・・って感じです。明日からは延長保育に預け退園後にちょっと子供達もお見舞い・・・って言う夫の看病に専念できる環境を作るつもりですが、今から週末が恐ろしい~!どちらにしても、これから長い1週間になりそうです・・・。第一段階クリア・・・?!
2007.08.27

朝6時前に電話が鳴り起こされました。出れば今にも倒れそうな夫の声。早番で朝5時半に出社したもののとても仕事になる状況ではなく早退することにしたとの事。普段、公共交通機関で通勤の夫、早番の出社時や遅番の退社時は会社の用意するハイヤーで通勤しています。つまり、6時では自宅に戻る手段がないのです。だから迎えに来て欲しいとの事。救急に付き合わされて朝3時に布団に入った子供達も何かを感じたのか、泣かずに起きてとても協力的です。そのまま再度、救急に直行すると再度、手術を念頭に入れた入院を勧められたのですが何故か断る夫。でも、あなた肩で息してますよ・・・何故に頑なに入院を嫌がるのでしょうか。幸せなことに、夫は大きな怪我は勿論、病気で入院もした事がありません。だから、異常なくらい手術に対して抵抗を感じるみたいなのです。また麻酔に対しても恐怖感がある様で「二度と目が覚めなかったらどうしよう・・・だからって、局所麻酔(下半身だけの麻酔)じゃ手術してる様子が感じられるだろ。俺、パニックになると思う。大体、俺、手術なんてした事ないしさ。そういう意味では傷も一つもない、バージンボディーなんだよ」とブツブツ、ブツブツ・・・自分の愛犬の出産を見て倒れてしまった彼の事ですから分らない事もないんですが・・・ブツブツ言いながらも、チョットでも動くと激痛が走るせいか、私のことをこぶしでドン、ドン・・・と叩きます。「あのね~~っ!出産してるわけじゃないんだから叩かないでくれる?!」と半分冗談でいうと「・・・俺は、出産してる気分だ・・・」男の人にとっては、それ位の痛みでしょうね。再度、点滴が始まり、かなり強い痛み止めを筋肉注射して、ぎりぎりまで薬で散らす方法を取る事になりました。その方法に夫は掛けているようです。ただし、この方法は今治っても、今後再発する可能性があります。私だったら、さっさと入院してこの痛みから解放されて二度とこの病気にならないようにするけどなあ。夫の中では色んな葛藤がある様で・・・「お腹切って、内蔵出すんだろ・・・考えただけで気持ち悪い。メマイするよ。イテテテテ・・・・傷も残るしさ・・・」とか駄々っ子みたいなことを言うので「破裂して腹膜炎になるほうがよっぽど大変なことでしょうっ!それに傷なんて直ぐ治るから大丈夫!内蔵出すとか言ってるけどね私はお腹切って、子供二人も出して胎盤だって出してんだからねっつ!それでも3日後には歩いてるんだから盲腸の傷なんて、なんて事無いっ!」と怒ってしまいました。言ってから、私の例を挙げてまで怒る事なかったなと反省したものの、心配だからこそ出てしまった言葉。普段、強気の夫がかなり弱気です。虫垂炎(盲腸炎)には間違いないので先生は手術を勧めますが、どうしても首を立てに振れない夫。現在、朝8時。夜の7時にもう一度、救急で点滴等をして、その段階で回復が見られない場合は即・手術を念頭に入れた入院ってことになりました。帰宅後、暫くしてから寝室に行くと夫の様子が変なので熱を測ると38.8度。ますますやばい。夫も観念した様子で入院道具を持っての外来となりました。まだ心の迷いのある夫を横目に私はさっさと入院手続き。と言うより、彼の場合頭では分っているけれど気持ちがついてこないって感じです。手術する、しないに関わらず自宅でどんどん悪くなるのをみているよりも、少なくとも病院の管理下で適切な処置をして貰う方が良いと思ったのです。今晩の点滴、翌日の血液検査そして心電図の検査、他にも色々を検査して改善が認められれば手術はしなくても良いかもしれないし、逆に、症状によっては午後に予定している手術が緊急に午前中に・・・ってなる可能性もあるとの事。腹を据えた(?)夫と担当の外科医との話し合いが始まりました。手術に対しえは緊張を隠せないものの普段のハリス節が戻ってきました。さすがアメリカ人というかさすがハリスというか私だったら聞くのを躊躇するかもな・・・・と思う質問も気持ち良いくらい単刀直入に聞いています。しかし、どうしても平行線続きな問題がありました・・・。医者は開腹手術を夫は腹腔鏡手術を望んでいるのです・・・。つづきはよ、入院せいっ!
2007.08.27

帰宅後の夫の様子がオカシイ。聞いてみれば、昼食後から胃~お腹の調子悪いとの事。「胃薬飲んだらガスばっかりでてさ・・・でも、今は胃って言うよりお腹が痛いよ・・・。」すると、何かに気がついたように私のことをじっと見つめる夫。「この間、救急車で運ばれただろ。あの時と食べたもん一緒だ!!!」何を食べたか質問すると「○○レストランでクリーム系のパスタ・・・俺にはクリームを消化するための何かが足りないのかもしれない・・・イタタタタ・・・・」アルコールを分解する何チャラ酵素じゃあるまいし、そんな訳ないじゃない・・・それだったら、アイスクリームも生クリームがたっぷりの添えられたチョコレートブラウニーも何もかも駄目なはずじゃないですか。そんな事を言っているうちに夫の様子がどんどんオカシクなり救急に駆け込むことになりました。前回は私がインフルエンザで車の運転は出来なかったので救急車を呼んだけれど今回は、事前に消防署に電話してそのまま救急病院へ直行。車の振動でも激痛に悶える夫。尋常ではない様子・・・。病院で車椅子を借りると物珍しさから子供達が車椅子を押したいと兄弟喧嘩。そんな事してる場合じゃなぁ~~いっ!と鬼母から一喝されたションボリ兄弟・・・。運良く、消化器内科の先生がいらして血液検査から、CTスキャンから何から何まで色んな検査をしました。他の事は何てことないけれど(?)白血球の値が異常に高いらしく気がついたら外科の先生まで来て何やら話し合っているではないですか。普通じゃない。この前と全然違う・・・。胃が痛い・・・気持ち悪い・・・お腹痛い・・・物凄く痛い・・・響く痛み・・・素人の私は、一つの病名しか思い浮かびませんでした。それは結果的に医者の診断と同じものになったんだけど鎮痛剤入りの点滴をしてもまだ痛みに悶える夫。あまりに痛くて絶叫の夫。座薬を使ってもまだ激痛に耐え苦しむ夫。吐き気にも襲われてる夫。この時点で朝の2時。もう既に5時間。息子達は疲れすぎて待合の椅子で爆睡。私もウトウト・・・となっても心配な気持ちに襲われてガバッと起きるって感じ。CTスキャンでの診断は放射線技師と2人一組じゃないと正式な診断と言えないそうで断定は出来ないけれど・・・と言う前置きの後消化器内科と外科の先生の見解によると、夫の病名は・・・虫垂炎つまり盲腸炎ですワ。そして、医者から1.薬で散らして自宅療養2.(薬で散らすのも含め)入院する3.手術と言う3つの選択肢を与えられました。選択できるって事は、現段階では、特に緊急を要する訳ではない・・・って意味かもしれません。とりあえず、痛み止めと抗生物質等を貰い朝2時半頃に帰路につきました。夫は5時半からの早番です。私は休むべきだと言ったのですが今日に限って、どうしても休めないとの事。無理をおして出勤しました。すると・・・あらららら・・・盲腸の経験…ありません。
2007.08.26
うちの息子達、5歳と3歳なんですが一丁前にガールフレンドがいます。勿論、ガールフレンドといっても大人みたいな付き合いじゃなく幼稚園児としてのガールフレンド。あ、そんなこと分ってるか・・・。特に、長男に関してはもう・・・3人目?バレンタインデーも大盛況でした。最初は一つ年上の女の子。ファーストキスは長男が2ヶ月の時彼女に「無理やり」(笑)奪われました彼女とはつい最近までいっ~~~~つも一緒で、将来は結婚して、さくらちゃんって言う娘と共に幸せに暮らす。出産の時は、Mちゃんのママの家に滞在しその後、さくらちゃんに会わせるために、夏休みと春休みはお互いのママたちの家に行く。ママたちは仲良しだから、いつも旅行に出かけ年取ったら、長男とMちゃんが私達年寄り夫婦2組の面倒を見る・・・って言う物凄い現実的なシナリオが出来上がっていたんですが、彼女が小学校に上がってから社会人の彼女と大学生の彼みたいな関係になってしまい最近に至っては「Mちゃんとは男友達やんなぁ」なんて同志になってしまった様子。幼稚園の年長になってからは同じクラスの女の子と仲良くなって、七夕の短冊には「M子ちゃんとけっこんしたい」って大きな字で書いてありました。その数日後(数日かいっ!)、彼は同じ年のNちゃんと衝撃的な出会いを果たし親同士も10年来のお友達って事もあり特に、ウチの夫がNちゃんが大好き(↑変態的な意味は特にありません)って事もあり、後押ししまくり。1学期も終わりという頃に2番目の彼女のM子ちゃんのママから「ちょっと~、N君(長男)とM子、破局したらしいやんなぁ。N君がな、僕は他の子と結婚するからM子ちゃんとは結婚できないって言ってきたんやて~。笑えるやろ。」と笑顔ながらも目が真剣に話しかけてきました。す、すみません。うちの愚息が、そんな事を・・・。今のガールフレンドのNちゃんとは大阪と千葉と言う遠距離。Nちゃんも素直で明るく、とても良い子なので王子様が沢山いるとの事。中でも、Nちゃんが22歳のお兄さんに目がハートになっている姿を見てへそを曲げてしまった長男。あぁぁ、こんなチビでもこの子も男ね・・・と思った私・・・(笑)そんなNちゃんのお家に今月末、泊まりに行く事になりました。未成年なので(?)保護者も弟も同伴です。それは、それは楽しみにしている長男。そんな中、同じ幼稚園のRちゃんから「来週、うちにお泊りに来て」ってお誘いがありました。Rちゃんは年中さんのときに一人で我が家にお泊りに来たことがあるんですが、長男はまだ遊びには行っても、泊まったことがありません。でも、現在Nちゃん一筋の彼「・・・マミー・・・あんな・・・僕、Nちゃんちに泊まりに行くやんか。だから、同じ週に二人の女の子のおうちに泊まるって駄目だと思うんねん。って言うか、僕、疲れちゃうし・・・」将来、この子はどんな大人になるでしょう。ちょっと心配になった一瞬でした・・・。これは、自称・性教育担当の親友に相談しなければ・・・ちなみに、3歳の次男はB型で次女という次男と全く同じ境遇の、一つ年上の女の子とずっと一緒です。長男の最初のGF、Mちゃんの妹。お互いに(他の人と結婚したいから)結婚はしないと言っていますこの人たちも大丈夫なんでしょうか・・・笑子供達には子供達の世界観があって見てると楽しいです。私も本気に取っていないので、彼らが大人になったときに話す「ネタ」がごろごろ。子育てって面白いわぁ。な~んてね。
2007.08.25

アメリカのスーパーが好き。大したもの買わないんだけど日本にないものが沢山あるから1時間でも、2時間でもフラフラ、フラフラできます。私が大好きな(笑)近所のSafeWayでも義両親宅近くにある、日本で言うところの「紀伊国屋」(きのくにや)みたいな高級系スーパーもお気に入りです。このお野菜の並べ方が斬新と言うか、大雑把と言うか綺麗と言うか・・・。どうしても真ん中の一つが欲しかったらどうするんでしょう?!と思いながら、小心者のアタシ一番上のを手に取りましたどのスーパーでも、比較的日本食やアジアの食材が手に入りますが日本人はじめ、アジア人に会った事がありません。唯一のアジア人が、スシレーディーと呼ばれる寿司コーナーの『韓国人』韓国人かいっ!と突っ込みそうでした。しかも、英語通じない~。勿論、日本語通じない~。でも、ニコニコ良い人そう♪彼女が笑顔で「ネギトォロォ」と指差したものをホントにネギトロ?!と半信半疑で口にしてみると・・・#&%$!*+!!!!キムチの元巻きって言うかつまり、唐辛子巻きだった!辛い、辛い、辛いっ!許せん~~~っ!辛いもの好きな私でも唐辛子の細巻きはチョット・・・。ネギトォロォ・・・はもしかしたら韓国語でなんか他の意味あるとか?!それともただ、アタシをからかっただけ???暫く店内をうろついた後息子がみつけたポッキー。日本だったらせいぜ150円前後なのに2ドル89セント。って事は350円くらい?びっくりっ!まぁ、日本で売ってるアメリカ物も信じられない位高いですからね。SONY PLAZ○で800円前後で売っていた、動物の顔の紙皿。こっちでは250円位ですから。って事で、この紙皿も漏れなくショッピングカーとへ・・・。暫く歩くと、アジアフードコーナーと書かれた場所にたどり着きました。インド、韓国、インドネシア、中国とアジア各国のレトルトや乾物がならんでいます。その中にも日本のものもありました。おぉぉぉ、お味噌汁ちゃん。3パック入りの生味噌タイプ。でも・・・この値段は・・・却下。おぉぉぉ、八丁味噌ちゃん。甘くて美味しい、八丁ちゃん。でも、あなた高すぎるわ。そして、海苔発見。以前、置いてあったのとは種類が変わってて、値段も若干安くなっているもののあ~~~、日本から持ってきて良かった♪最後にまたまた長男がみつけたこんな品物・・・亀印の中国麺???なんで亀?なんでKAME?見づらいけれど、KAMEと書いてある言葉のしたには、ホントに亀の絵が描いてあるんです!!!息子大うけ。余談だけど、ある日本びいきのアジアの国でアダルトショップ「飯島愛」って言うのがあってね。それとか、新築マンションの名前が「村上春樹」とか・・・。日本でもオカシナ英語やフランス語の名前がマンション名になってるのと同じか・・・。海外に行くと、特にアジア製品はオカシナ名前になるのは何故でしょう?海外進出の7不思議の一つ・・・。スーパー大好き♪
2007.08.24

アメリカに行くと感じること。それは・・・空が広い日本だとビルや山や何やらで視界を遮られる事が多い中特に義両親が住む界隈は空が360度見渡せます。山も昔、氷山が地面を押し上げて作ったとの事で、岩がごろごろ、人間の下では決してできない芸術的な並び方をしています。サンフランシスコからはの航空会社を利用しました。ちなみに、5歳の長男が撮りました。初めての利用でしたが普段使う某米系エアラインよりもスタッフの対応が丁寧だけど笑顔やジョークも沢山あってとっても楽しい待ち時間でした。・・・空席待ちで8時間待ったけど・・・。でも、苦じゃなかったな。そして、同じく長男が撮った窓からの写真。ボストンで生まれ育った義両親は温暖な場所で老後を過ごしたいと早期退職して、砂漠地帯に越してきました。砂漠だけあって、冬は過ごしやすいんですが夏は暑い!暑いって言うよりも「熱い」風が吹いても、ドライヤーを頭の上からあてられている感じって言う表現が正しいかも。でも、今まで見た事のないアメリカの風景にすっかり虜の私。夏になると、各地でこんなものが出現します。怪しい物ではありません(笑)こうやって水蒸気を出すことによって少しでも涼を得ると言う作戦ですがこの近くを通るとホントに涼しい~。これを日本の夏で実行するともっと蒸し暑くなるんだろうけれど湿度の低いこの地方では重宝します。ちなみに、義母の情報によると昨日は摂氏43度、湿度5%前後だったそうです。夏になると雨があまり降らないため山火事も多くなります。乾燥しているので一旦火事が起こると消火活動が困難で、あっという間に民家の近くまで燃え広がります。ただ、今年は雨が多かったのか面白い雲の写真が撮れました。義母との買い物の帰り道とてつもなく大きな積乱雲を発見しました。まるで火山爆発状態。右下のトラックと比べるといかに大きな雲だかが分ると思います。暫くすると、山の反対側にたどり着き雨が降り始めたのを確認しました。分ります?バケツをひっくり返した様な雨と言うよりも、ここまで来ると雨のカーテンですワ。ちなみに、この後、激しすぎる雷雨が始まり、停電になってしまいました。夕方6時から夜中の2時まで。真夏の停電は非常に困ります。真っ平らな地方なのに、道路はわざわざ山あり、谷あり状態に作られます。それによって、大雨が降った時、低い場所に水が集まりそのまま道路わきの地面に吸収されると言う仕組みらしいのですが、あまりにも酷い雨だと、道路わきの土砂や水が道路に蓄積されて通行不可能になります。そんな中をオフロードの車なんかで強引に通り過ぎようとする人もいるらしいのですが、これは州の法律で禁止されています。水の力って凄いからね。そんな事をして事故に巻き込まれたり立ち往生してレスキュー(有料)を頼むことになるなんてバカらしいし。暑い、暑い、「熱い」夏だったけれど子供達は毎日プールに入って楽しそうでした。お陰で私も真っ黒です。あ~あ、年取るとなかなか元の肌に戻らないのよねぇ。暑い…熱い…
2007.08.23

旅立つ妻子を見送りながら蒸し暑い日本でお留守番の夫がポツリと一言。「お願いだから・・・メキシコ料理とステーキは食べないで・・・・」本気で言ったのかどうかは定かではありませんが、ホントにホントに一緒にアメリカに行きたかった夫の最後の心の叫びかも。分かった!ハリスも食べたいもんね。と言葉で答えつつ心の中では「お約束できません・・・」と言ってしまった私-------------------------やっとの思いで搭乗しまず頼んだものが私のアルコール漬け夏休みの始まり、始まり・・・アメリカ滞在二日後の夕食はス、ス、ステーキですね♪勿論、ワインも頂きます遠くで夫の言葉が響きつつここで断ったら義両親に失礼だわとばかりに、堪能しました。脂肪分が少なくて、でもジューシーで柔らかくて美味しかった~。お肉が美味しいから、塩コショウで充分です翌日、私の好きなCrate&Barrelという日本で言うFranc Francの高級版・・・みたいな店へ買い物にでかけその帰り道に Cheesecake Factoryへ・・・。日本にもあるけれど、ホントに同じ店なのかなあ???アメリカのは、ケーキの大きさも種類も半端じゃありません。ここは料理も美味しいんですが、やっぱりメインはチーズケーキ。ドアをくぐるだけで3キロは太るんじゃないか・・・ってくらいショーケースには、それは、それは美味しそうなケーキがズラリちなみに、↑のケーキ半分食べ終わったところです。その夜は、そのまま外食。こんなもんが出てくるレストランです。ちなみに、トルティヤチップスは食べ放題でございます。あ~あ、また夫の言葉が頭に響き渡るわ・・・。調子に乗った義両親と私は写真を撮りまくり、ご丁寧に夫に送りました。可哀想に・・・?!私は大好きなトルティヤスープ。チキンやお野菜、トルティヤやアボカドなんかが入ったスープ。倒れそうな位、お腹一杯になりました。義父はファヒータス。鉄板で焼かれたお肉や野菜をワカモレ(あぼかど)ディップやサワークリムなどと一緒に柔らかいトルティヤの皮で包んで食べます。アメリカ人が好きなメキシコ料理の上位に位置する王道の食べ物?!夫も好きなので、我が家ではタコスよりも頻繁に食卓に上がります。義母は、名前忘れちゃったけれどジャンボピーマンをお肉で巻いたもの。彼女は必ずこれ。私はお腹が一杯で、ここにお布団あったらこのまま寝たい!!って気分だったのですが(マルガリータのせい?!)義母はしっかりデザートを頼んでおりました・・・熱々のブラウニーの上にブランデー(ラムだったかも)のソースを掛けて、フランペします。アイスクリームも程よく溶けて美味しそうだったけれど私は見るだけ・・・翌日は、渡米前から長男とお爺ちゃんが約束していた料理の日。私と義母の独断と偏見で「海老とペストのリゾット」に決定いたしました~~!ちなみに、レシピはWilliams-Sonomaのリゾットの本から。ペストも松の実やにんにく、バジル等を使って二人で最初から作った様子。次男も料理に加わることになったので女性陣の私と義母はアウトレットへお買い物(笑)帰宅したら、こんなものが出来上がっていました~~~。今日はオーストラリアワイン。パンもモチモチでグ~日本で言う、紀伊国屋みたいなちょっと高級系スーパーで息子の顔よりも大きいトロサーモンの塊をかってグリルで焼いた日もありました。簡単にピザ・・・なんて日もありました。息子達が大好きなRED ROBINと言うファミレスに行った日もありました。ちなみに、私はフィッシュ&チップスの気分でございました。(↑食べかけだけど・・・)子供達は風船を貰い、イギリス系のフライドポテト(アメリカより太い)が食べ放題。誕生日にはフリーミールとお歌のプレゼントがあります。早起きした長男とおじいちゃんは朝からミッキーマウスの形のパンケーキを食べに行ったり次男はドーナツを買いに行ったり・・・なんて朝もありました。(*アメリカでは、ドーナツ=朝食です)あっという間に2週間弱と言う時間が過ぎまもなく帰国の日がやってきました。最後の夜は、日本食を作るって事で例の紀伊国屋っぽいスーパーでお刺身を買いに行きました。いや~ん、高くてビックリ!魚自体は供給があるものの寿司級の新鮮なネタとなると普通の魚よりも需要が少ないせいかとっても高価な寿司でした。でも、義両親にも喜んでもらえ久しぶりの日本の味に息子達も食欲増!!!まずはグリーンサラダから始めたんだけど、あちらの人ってブロッコリーも生で食べるのね。私は軽く湯がいた方が好きだけど郷に入れば、郷に従え。サラダにすると意外と美味しい(笑)ドレッシングは近所のレストランCompostelaのりんごドレッシング。(お店に行けば、一本から購入可)リンゴと言っても甘い訳ではなく醤油と玉ねぎがベース。義母は、これも日本から持ってきた日清だかハウスだかから出てるゴマのドレッシングが気に入った様です。そしてメインのお寿司。マヨネーズもお米も日本から持ってきました。既に、料理しながらトロピカル系のミックスドリンクをグイグイ飲んでいた私、かなり上機嫌(笑)食事中は日本酒を飲まない代わりに(?)義母と梅酒を頂きました。皆、美味しい、美味しいと箸が進み、こんなに喜んでもらえてアメリカの税関でドキドキした価値がありました(笑)・・・食べてばっかりじゃん・・・って声も聞こえそうですが(笑)あっという間の滞在でした。この次の訪米では、義父のリクエストで海老チリを作る事になってます。楽しみ♪お腹が空いた…
2007.08.22

昨日、帰阪しました。思ったよりも涼しくて驚いたけれど・・・やっぱり暑いっ!!!久しぶりに大阪へ帰ってきて、心なしかホッとしている様なでも、心の中は寂しい気持ちでいっぱいです・・・何だか初めて大阪に越してきたあの時の感覚に似てる・・・。そう、ホームシック。実家の皆は勿論、今回はいつもに増して地元の友達や普段会えない人達との交流が蜜だったし、息子達とも色んなところに出かけたから尚更・・・なのかな。良妻賢母に戻る前にまずは、このホームシックを克服せねばなりません。でも・・・バスを待っている間・・・エレベーターを待っている間・・・大阪に到着した途端、色んな知らないオッちゃんやオバちゃんに話しかけられると言う洗礼を受けました。息子達に対して、「どこ行ってきたん?」「○○??ええなぁ~~~!」「オバちゃんも行きたいワァ」「(荷物持って)お手伝いして偉いなぁ」などなど・・・。関東ではありえなかった知らない人たちとのこのちょっとした会話の交流。これこれ♪大阪に帰ってきたな・・・って心がほぐれた瞬間でした。ただいまっ!
2007.08.21

気がつけば、母子3人で大阪を発ってから既に約1ヶ月の時が流れております・・・。放浪母子に痺れを切らした夫が遂に大阪から迎えに来ました。って事は私の・・・私の・・・私の短い夏が終わりを告げようとしている~~~OH NO~~~~~!!!!!・・・と言うよりも、焼けてもすぐ赤くなる夫がビーチ通いの結果、セクシーに(?)日焼けしていてとっても驚きました。ラブラブ ベタベタも決して嫌いじゃないけれど(笑)でも、これ位サッパリした時間も時には必要な私。あくまでもは私の個人的な意見ですけれどね・・・。喧嘩も多いけれど、久しぶりに会ってお互い嬉しかったのは間違いありません「そんなに旦那さんと離れてて大丈夫なの?!?!」と心配されたり「ホントはなんか悪い事してんじゃ・・・」と妙な疑いを掛けられたり「家族バラバラなんて信じられない!」と怒られたり・・・「たまにはそういうのも良いんじゃない」と応援(?)して貰ったり周りの皆さんの反応はそれぞれでした。この4週間を振り返ってみるとアメリカ行きの飛行機に乗った時点から、本日に至るまでアルコール漬けだった様な・・・昨日も夫とサルサナイトに出かけ本日はお別れ会と称して地元の友達が上記のいつもの飲み屋やこっちの飲み屋でパーティーを開いてくれるらしく・・・。普段、大阪にいる間は夜遊びはおろか、子供抜きで出かけるって事自体、非情に難しいというか自分もそういう気持ちになりませんし長男(5歳)が、飲酒する大人の姿を見るのが嫌いという事もあり、普段は子供達の前では1滴も飲みません。でも、いくら愛する子供でも24時間べったりだといつの間にかストレスも溜まったりするようで・・・(アルコールが不足するって意味じゃないよっ!)この1ヶ月で、地元の友達にこれでもかっ!ってくらい会い、1年分のアルコールを摂取し1年分の夜遊び(朝帰り)を堪能した気がします。皆に「成田に戻ってきなよ~」とか「成田に家を建てなよぉ~」って本気で言われるたびに本気で心揺れます。夫や実家の母の大協力のもと久しぶりに妻でもマミーでもないKONNIEに戻る事が出来ました。皆の優しさのお陰でまた明日大阪に帰ってからも良妻賢母に戻りすっきりした気分でいられそう・・・そう言いながら、来月も帰省予定ですが・・・。あちゃちゃちゃ・・・さようなら・・・夏。
2007.08.19

ちまたでは「おしりかじり虫」が宇多田ひかるを抜く勢いらしいですが我が家ではいまだに、ルー大柴が歌うMOTTAINAI~もったいないが大人気です。歌詞も無駄遣いを指摘する正しい内容なのでカナリの頻度で掛かってる学習機能付き(?)のキャッチーな音楽。お尻かじり虫の良さは私には分からないんだけど5歳と3歳の息子達は大うけしてます・・・。子供って、お尻とかそういう言葉大好きだもんネ・・・最近、また始めてみました。クリックお願いします♪
2007.08.17

Click here for Englishオーストラリア人の知り合いの息子くんSEBASTIAN SIMICH君(↑クリックすると音楽が聴けます)まだ11歳の小学生なんですが立派なロッカーです。6年生でこれだけパフォーマンスできるなんて、個人的には凄いな~と思っています彼のパパも音楽好きとあってか音楽で親子の絆を深めているようです。私はAnyone, Anywhereの方が好きだけど5歳の息子はDobby(ページを開くと掛かっている曲)が好きだって。皆さんはどうでしょう?歌とは音楽を奏でる物語。セバスチャンのパパが言っていた言葉が印象的です。セバスチャンもこのブログも応援宜しく♪ クリック!!
2007.08.15
友達が6本も韓国映画のDVDを貸してくれたので連日、韓流にどっぷり。韓流の波がだんだんと遠のき始めているだけど私の中では、いまだに中華レストラン厨房の如く強火!強火!状態です。ドラマだけ見てまだまだ少しだけど単語やセンテンスが拾えるようになった私、結構、やるじゃ~ん語学をマスターするにはその国の彼氏(彼女)を作るのが一番早い方法!と言われてますが私の場合、そう言う訳にも行きませんので、もっともっとどっかの国のアニメオタクの様に韓国ドラマ・映画で韓国語をマスターするぞ(笑)貸してくれたMAMIちゃん、ありがと~。ちなみに、日本でも大ブレークしたバリでの出来事に出ているチョ・インソンそして、狼の誘惑や4月のキス、最近で言えば、チェジウと共演した道理の枝に出ていたチョ・ハンソンが大好きです。あ、そんな事聞いてない?それでもって、サンフランシスコ空港で見たイケメン韓国人お役人さんはコ・ス似でした。ウフフ♪あぁ、私、おばちゃん路線まっしぐらだわ・・・。
2007.08.13
昨日、息子達と友達の母子と一緒に近くの大型ショッピングモールにマジックショーを見に行きました。珍しく、女性のマジシャンで、どうやら、○リンセス・てんこ○を敵視しているか、ライバルだと思い込んでいる様子。また、彼女の衣装の趣味が理解できませんでした。マジシャンってどうしてフリルがすきなんだろう???自分のことを「お姉さん」と紹介していましたが、お姉さんと呼ぶにはかなり厳しい感じです。しかも、年に似合わず(?)声がブリブリのブリ子ちゃん。「みなさ~ん、こ~んにちわ~♪私は、○○ヒナと申します。ヒナなのに、ヒナじゃないでしょ!って思われる方も・・・云々・・・」すると絶妙なタイミングで3歳の次男が一言。「あのおばちゃんぜ~んぜん、可愛くない。ぜ~んぜん、綺麗いくない。ぜ~んぜん、お姉さんじゃない!」&%$#*+!!!!!し~~~~~~っ!慌てて次男の口を押さえる私と友達の手。あなたがそんな事を言うからお姉さんが舞台に上がる子供を捜しているとき、あなたのお兄ちゃんが一番に目に入ったのに、素通りされちゃったのよぉ、きっと。子供の言葉って素直でその通りな分とっても残酷です。
2007.08.13
無事に入国しましたがここからが本当の戦い。日本を出国前からアメリカの国内線が激混みだったのを承知で出発したのです。息子達を再度、叱咤激励しある米系のA社カウンターに向かいます。この道のりの長い事、長い事。やっとの事で辿り着いて私たちが目にしたものは長蛇の列・・・これを大人しく、順番が来るまでずっと待っていたら・・・便に乗り遅れる事間違いなし。そこで、大きなアメリカ人に埋もれながら、小さな日本人手を振って騒ぐ、騒ぐ。すると、ロビーサービスが(旅客に対するサービス係員)気がついてくれて、事情を説明したKonnie。そのおっちゃん、優しい笑顔で申し訳なさそうに肩をすくめながら「この便、満席なんだよ・・・既に(航空券を購入して)空席待ちをしている旅客もいるから可能性は低いと思うよ。ごめんね。次の便をスタンバイして」やっぱり駄目か・・・。もと来た道を延々と戻り、もう一つ違う米系航空会社、B社のカウンターに行きました。3席空いているとの事。でも、ここでぬか喜びは禁物です。アメリカの国内線って日本の大阪⇔東京みたいに飛び乗り旅客が多いのです。しかも、夏休みは私みたいな社員優待券を持っている人も多く他社の社員である私たち母子の優先順位は更に下がる可能性があります。とりあえず、手続きを済ませ荷物もスタンバイとして預けカウンターで祈るのみ。待てど暮らせど、私たちの名前が呼ばれません・・・・。そして、やっと私たちが呼び出されたとき、無情にも搭乗口は締められ「ごめんね、Konnie達は一番最初にリスティングされたんだけどウチの社員がスタンバイが来てね。優先順位が下がっちゃったんだ・・・」やっぱり・・・。「もし良かったら、次の便に名前をリスティングするよ」サンフランシスコに着いたのは朝の10時半。お昼の便に乗れず、この13時半の便も乗れなかった。まぁ分かっていた事だけど段々と疲れてきた私達母子。ここの航空会社の次の便って夕方の18時半。それだったら、またA社に戻って14時45分と、15時半の便をスタンバイしよう。そこで、その係員に「A社でスタンバイするからさっき預けた荷物を引き取らせてほしい」すると、その係員がとっても慌てた様子で「え、あ・・・そうだね・・・えっと・・・でも、それはとっても難しい。もう、スタンバイエリアに行っちゃったからね。そこから持って来ないといけないから、時間が掛かるし」でも、私はA社でスタンバイしたいから荷物が行方不明になったら困る!私は仕事中、預けられたスーツケースが迷子になって、世界をさまよっているのを嫌と言うほど見ています。まして、ただ乗り旅客の荷物が紛失したところで、航空会社は何も責任を取ってくれないでしょう。しかも、今から他の航空会社のスタンバイに向かうのですからこの目で絶対に荷物を確認しないといけません。「じゃぁ、こうしよう。A社の搭乗が決まったらそっちにトランスファー(移送)するから、それで良い?」日本ならそれもあり得る話カモしれまえんが、サンフランシスコの内情や事情は分かりません。時間が掛かってもいいから引き取りたい。と食って下がると、係員が一言。「・・・えっと・・・その・・・ホントは・・・荷物は・・・・・・・今の飛行機の乗って行っちゃったんだ」えぇぇぇぇ????元々そうですが、9.11以来持ち主が分からない荷物を搭載する事は厳しく、厳しくチェックされているはずです。私はここにいるのに、荷物は行った?それってセキュリティー上とっても問題があるでしょう?それなのに送っちゃったの?もし、私がもう、ずっとサンフランシスコにいるって決めたらどうするの?それでも、全部責任とってくれるの?って言うか、最初から本当のことを話してくれれば良いのに!と言っても仕方が無いけれど一言言わせて貰ったら「ルール上はそうなんだけどね・・・でも、もしA社で到着しても荷物は確実にウチ(B社)に届いてるから。ホント、ごめんね。」なんていい加減なんでしょう。しかも、目的地のA社とB社のターミナルは全然違うところ。私がわざわざ荷物を引き取りにターミナルを移動しないといけないの?疲れてんのにいーかげんにしろよ~。とぼとぼと、さっき歩いたA社への道のりを永遠と歩き・・・。子供達はもう限界の様子。15時半に乗れなかったら今日はサンフランシスコで一泊する事にしようと子供達と話して決めました。でも、荷物が行ってしまった今、泊まるにも着替えとか何にもない~。大阪の自宅を出てからかなりの時間が過ぎています。もう、思考能力も低下気味。とりあえず、B社で手続きし14時45分・・・乗れず。15時半・・・乗れず。あきらめかけた時、長男が一言。「僕、やっぱり、どうしてもNana(おばあちゃん)とGrampy(おじいちゃん)に会いたいから・・・マミー、次の便も待っても良い???」この一言で、18時半の便を待つことにしました。奇しくも、スーツケースを先送してしまったB社と同じ出発時間。だからってまたB社までの長い道のりを歩くのは・・・って事で、A社のゲート周辺で待つことにしました。サンフランシスコに到着してから既に8時間が過ぎました。日本に帰れる位、長い時間を待ちました。東京⇔大阪だったら4往復位出来る時間。その間、色んな人に会いました。同じように、社員優待券で2人の男の子と旅行しているアメリカ人母子。乗ろうとした便がキャンセルになって私よりも長い時間待っている白人のおばあさん。ラスベガスに行く途中の日本人団体。出張から帰る韓国人男性。(この人とは、韓国ドラマの話で非常に盛り上がりました・・・笑)プレリトリコから移住した男性。この人とは、子供をバイリンガルに育てるには・・・で盛り上がりました。もう2度と会う事はないでしょう。でも、色んな話をしているうちにそれぞれの人々にそれぞれの人生がありそれぞれの人がほんの一瞬ではあるけれど、お互いの人生に関わりあえてこれも運命。良かったね。これからもお互い、素敵な人生を歩もうね!と笑顔でそれぞれと別れました。長い旅路だったけれど後2時間弱で義両親に会う事が出来ます。シートベルトを締めてそう思った瞬間私達母子は深い眠りにつきました・・・。<追記>荷物は、人がいないガラ~ンとしたB社ターミナルの荷物引き取り場にポツンと置いてありました。置きっぱかよ~~~っ!!!その後のアメリカ旅行記は大阪に帰ってから、写真つきでアップしますのでお楽しみに。
2007.08.13
2歳離れの妹。幼稚園の先生をしていているせいかいつも子供に大人気。もっと違う年齢層に人気が出てほしい・・・と思うのだけど、ウチの息子達も私の妹が大好き。そんな妹、今日、大阪に遊びに行きました。あのぉ~~~、大阪から姉母子が帰省中ですけどぉぉ。私達が日本に帰国した時も母と旅行で留守だったしさ。この夏はすれ違いばかりだわ。あなたの甥っ子君たち、一緒に出かける予定を沢山立てているので(別な言い方をすれば親が入れ知恵している)早く帰ってきてよぉぉ。
2007.08.11
長旅の末、やっと、やっとサンフランシスコ空港に降り立ちました。振り返れば、長かったようなあっという間のような・・・。まずはアメリカ入国。何にも悪い事をしていないのに何故かいつも緊張します。しか~し!今回はいつもに増して緊張です。夫がいないから?いえ、いえ、そんな事ではなく昨年末、アメリカ出国の際に回収されているべき、アメリカの出国カードがまだ私のパスポートにしっかりと添付されているではないですか~~~!去年の12月に入国して~滞在許可は90日。単純に計算しても5ヶ月前後はアメリカに不法滞在している事になっている?!その前の年、つまり2005年のクリスマス帰省の際に押された私の入国印は・・・何故か・・2001年の6月19日なんて事もありました。お~~~~~い!審査官、しっかりしろよ~~~!危うく3年も、4年も不法滞在者リストに名が連なるトコでした。そんな事もあり今度はこれかいっ!と内心ドキドキ。日本での怪しい人物の特別審査の状況を知っているだけになお更ドキドキ。アメリカの特別審査は手錠も当たり前・・・って言うからね。私は善良市民だぞ~~。ジジババに孫を会わせる為に一人で頑張って、この小怪獣達をつれてきたんだぞ~~~~~。アタシの事を疑ったら怒り狂うぞ~~~~。なんて小心者の私は心の中で意気込んでたのです。で、私のパスポートを見るや鼻の下のほうに下がった老眼鏡とも思われるメガネの上からギョロっと私をまっすぐ見据える審査官。あたしは悪い人じゃない~~!見るな~~~~!見るな~~~!!!見るな~~~~!!!私を見るな~~~!そこで、平然を装い「それ、年末の帰国の時からつきっぱなしなんですけど、自分でとって問題になるといけないと思って、そのままつ、つけっぱなしにしておいたんですが・・・」と言ってみました。すると、そのおっちゃん、あ~あ、これね・・・って感じで、丁寧にホチキスを外しカードを回収したのです。な、何の為に私を凝視したんですか?!き、緊張したじゃないですか~!そのホチキスがなかなか外れず隣に立ってた(多分、交代の)若い審査官がビリって破って取っちいなよ~って助言してるのを聞いてアタシのパスポートだぞ~~~!と思った私は笑顔で「どうぞ、ゆっくりやって下さい。私はぜ~んぜん、急いでいませんから」(↑ホントは乗り継ぎの為に大急ぎ)と若い方に向かって言うと鼻でフンッとされました。カチーン。でも、無視。「入国の目的は?」のいつもの質問が始まり次に右手の人差し指の指紋の写真を撮ります。これがね、小さなアクリル板の上に指をぎゅっと押し付けるんだけど世界各国、津々浦々の人々の指紋の脂がギト~~って着いていて、気持ち悪いの限度を通り越しています。ここに指を置け!これを触れ!って言うのは拷問に等しいっ!!毎回、ちょっと、おっちゃん!!これ汚いから拭いて!!って言いたいのですが何せ、小心者なので気がついたらそのアクリル板に指を乗せています。あぁぁぁぁ、気持ち悪くて倒れそう・・・・・私、潔癖症でも、神経質でもなんでもないけど、流石にこれは気持ち悪い~~~~~~~~。そんな顔をしている時に今度は顔写真の撮影。恐らく私は、毎回、毎回、極悪人顔。アメリカ国籍所持の息子達はそれぞれ、20秒ほどで審査が終わってしまいました。入国審査が終わり、荷物を引き取って税関検査。ここもね、不法なものを持っているわけじゃないけれど緊張するんですね。まして、麻薬犬とかがさウロウロしてるとつい犬を避けようとしてしまいます。何にも持ってないっつーの!最後の難関(?)「食べ物は持っていますか?」の質問。食べ物とは肉とか野菜とか農産物とかそういうものの事よね?以前は、日本のカレーのルーも卵製品(クッキーとか?)も持ち込み禁止って言ってたっけ・・・今回、日本食が食べたい~って言っていた義両親のためにスーツケースの半分はやれ、海苔だの、日本のマヨネーズだの義母が好きな日本のクッキーだの、その他、食べ物(加工品)だらけ。生のお米も入ってました。言えば、お米は確実に没収になると思い平常心・・・平常心・・・と心の中で唱えつつ「あ、ありません...」でも、あちらはプロですからね。経験上、こう言った旅客の心情は簡単に見抜くんです。「本当に何もない???お土産とかは?日本の食べ物とか持っていませんか???」なんで?何で2回も聞くの?日本の食べ物???「食べ物、飲み物はも、持っていません・・・し、し、強いて言うなら私は子連れですからね。子供のお菓子とか沢山持っていますけど・・・あと、機内で貰ったポテトチップスとか・・・な、何なら見ますか?」とシドロモドロになっていると「ポテトチップスやお菓子はアメリカ合衆国に持ち込んで頂いても結構です。乗継ですか?」との質問。ここまで来れば大丈夫。「ハイ」と答えると「出口はあちらです。Have a nice trip. Ma'am(良いご旅行を)」めちゃめちゃ親切なんです。言葉遣いもめちゃめちゃ丁寧なんです。本当に役人なの?!ともう一度顔を見てしまいました。最初は気がつかなかったのですが2回目にもう一度見ると・・・韓国系のかなりのイケメンでした・・・何で私は今回、こんなにドキドキしてるわけ?嘘ついちゃったから?それともイケメンに会ったから(笑)あ~~、汗かいた。続く
2007.08.09
バラバラの席・・・5歳の長男に至っては待ってました!とばかりに、僕は一番後ろの列だから、じゃねっ!とスタスタと一人で席に向かっていきます。慌てたのは私です。ちょ、ちょっと、後でそっちに行くからね!ちょっと!聞いてるの?!ちょっと~~~!すると長男、私に一言。マミー、僕もう5歳だから。一人でも全然、大丈夫だから。なんて言うからびっくりです。昨日の夜、マミ~と一緒に寝たいぃぃぃぃ~~~ってさんざん愚図ったのはどこの誰?その横でびどりは、いやどぅわ~~(一人は嫌だ)と言葉にもならない程絶叫している3歳の次男。マミーと座るぅぅぅ~~一人は嫌~~おうち帰りたい~~~とりあえず絶叫してるのが一人だったのは不幸中の幸い。普通ならば、周りの人と座席交換の交渉したり、スッチーのお姉さんがどうにか一緒に座れるよう考慮してくれる事が多いんですが何ぶん、ド満席な上、飛行機乗った途端ドアは閉まるわ、周りの人の視線は冷たいわでそれどころじゃありません。そのうち、シートベルトのサインも出てしまい、こうやって次男を言いくるめても埒が明かないと悟った私は、周りの皆さんに暫くご迷惑をかける旨ご挨拶と謝罪をして強制的に次男のベルトを締めてさっさと自分の広い席につきました。でも心配なので、後ろを振り向き次男と目が合ったときに投げキッスをしてみたら「いやっ!」と捨て台詞を吐かれプイッと横を向いてしまいました。まぁ、どうする事も出来ないので何度か後ろを振り返るとまぁ、まぁ、隣の白人のお兄さんが次男のベルトを調節したり次男が握り締めていたトーマスのラムネで遊んでくれたり、一生懸命次男をあやしてくれているじゃないですか・・・。すみません、ホントすみません。お隣のお兄さんはお金を払って航空券を買った上にただ乗り息子の世話までさせられているんですから・・・。そのうち、あれだけ騒いだ次男、離陸から5分もしないうちにねてしまい、隣のお兄さん次男の顔の下に枕まで置いてくれています。なんて出来た人なんでしょう・・・。シートベルトサインが消えお兄さんにお礼を言いに行きました。その後、一番後ろの長男を見に行くともうしっかり映画を見ていました。大丈夫?と聞くと、ぜ~んぜ~ん、へ~~き~~~。ちょっとビックリ。かなりびっくり。その時・・・次男は寝てしまった・・・長男は一人で大丈夫らしい・・・と言う状況が一気にクリアになった私。早足で座席に戻りシャンパンボトルを貰いついでにワインも飲んで映画を見て、ゆっくり食事をしてええ、えぇ、楽しみましたとも。何年ぶりかの1人だけの飛行機の中の世界を・・・。当初、次男の隣に座る白人のお兄さんと私の席を交換して欲しいとお願いしていましたが、私の席はもう一つ上の席だったのでエコノミークラスの旅客を座らせられない・・・との事でした。そのうち、次男が起きたらしくスッチーのお姉さんが食べさせてくれていましたがすっかり意気消沈している次男は食欲ゼロ。お水も飲みません。ジュースすら首を横に振っています。見るに見かねて(?)私が次男の横に行くと食べる、食べる、食べる。もう一度、スッチーのお姉さんに席の交換をお願いしました。私が隣に座った途端、喜んだ次男は・・・私のズボンにお水を思い切りこぼし・・・これは、あなたを一人にした罰ですか?まぁ、とりあえず、あのお兄さんにかけた訳じゃないから良いか・・・息子と話していると、そのまた隣に座っていた白人のお兄さんが話しかけてきました。年からすると、22~3歳でしょうか。色んな世間話をしているうちに実は、もう一人一番後ろに長男が座っているって話になりました。すると、びっくりしたお兄さんは席の交換を申し出てくれました。(↑って言うか、代わりたかったとか?!)その話を長男にしにいくと「僕はここの席が楽しいからここで一人で大丈夫。前の席には行かない」同じ機内といえども一人だけで座ってアメリカまで行くと言うのが彼にとっては物凄い冒険らしく(そりゃ、そうだ。)それを順調にこなしている彼を認めるべきなのかもしれません。でも、一つ釘をさしておかなければいけないことがあります。「で・・・N君(長男)・・・飛行機の中では何を飲んでるの?????」非常にびっくりした顔の長男。ちょっとうろたえている様な・・・ 「まだ、ここのお空の上は日本ですからねっ!!!」 我が家では、コーラはアメリカでしか飲んではいけない事になっています。本音はアメリカでも飲んで欲しくありません。でも、ジジババが甘やかすんですね。正確に言えば、ジジですね。コーラ、アイスクリーム、クッキーにチョコレートの事で何度バトルになったか・・・(勿論、ホントのバトルじゃないけど)でも、長男は、一人が良い事を幸いにコーラ頼み放題だったらしいのです。心配したスッチーのお姉さんがあんなに与えていいのでしょうか?って相談に来たほどで・・・ズボンが次男にこぼされた水でビチョビチョの私にコーラは駄目よっ!って言われても迫力なかったかもしれません。サンフランシスコまで、あと7時間・・・まだまだ先だなあ・・・長いなぁ・・・続く
2007.08.09
社員優待航空券の旅。空席があったら乗せて頂くと言う立場のため、あくまでも謙虚に。どんな理不尽さにもあわてず、怒らず落ち着いて・・・落ち着いて・・・お・ち・つ・い・て・・・夏休みって事で、エコノミークラスは満席だけど業界の裏事情を考えればまぁ、多分乗れるでしょう・・・とたかをくくっていた私。途中、息子達とアイスクリームを食べに行ってみたり元同僚や知り合いの他の航空会社の人と会って立ち話したり・・・なんて事をしているうちにどんどん時間が過ぎました。そろそろ、(空席待ちしている人の)名前を呼ばれるかしら・・・と思って、出発30分前にカウンターに戻ると物凄く皆忙しそう。さらに5分過ぎ・・・また5分経過し・・・もしかしたら私達母子の存在を忘れてしまった?と心配になった私は意味もなくカウンターの前をウロウロ、ウロウロ。私はここにいますよ~~~!乗る気マンマンですよ~~~!子供と待ってますよ~~とアピール開始。うざい客です。全く・・・。あくまでも、乗せて頂く私達。決して声は出しません。まだですか?!いつまで掛かるの?!ねーちゃん、いい加減にせーや!なんて口が裂けても聞いちゃいけません。とりあえず、存在だけをサラッとアピール。そして更に5分・・・裏事情を考慮したら絶対に乗れるはず!と信じて疑わない私でもちょっと焦って来ました。そしてやっと呼ばれた私達の名前。大急ぎで手続きを済ませるとゲートまで猛ダッシュして欲しいとカウンターのお姉さんが優しい笑顔でサラッと言うではないですか・・・。も、猛ダッシュって・・・5歳の男児と3歳の男児と手荷物抱えて走れとは・・優しい笑顔がかえって非情に見えます・・・でも、時計を見れば出発の8分前。これは路線バスか~~~~っ!と叫びたいのを抑えながらこんなギリギリまで席を調整してくれたカウンターのお姉さん達に感謝しつつ走りました。Konnie、走る!走る!走る!2人の息子を叱咤激励して走る!走る!走る!か、カウンターのお姉さん、ゲートはすぐ近くですよって言ってたじゃない・・・どこまで走ったらゲートですか・・・地図上では、ゲートの並び順では決して遠くないのですが、空港ってところは大体出国検査が終わると免税店が並んでるんです。だから、子連れで走る私にとってはアメリカに行くくらい遠かったゲートまでの道のり・・・。それよりも、買いたい物があった私。運良く、出国検査がガラガラで時間を要さなかったので免税店に駆け込もうかと一瞬本気で思いました。2分あれば買い物できる!でも、流石に時間が時間。しかも、ただ乗り旅客。他の旅客に迷惑をかける事は決して許されません。段々遠ざかっていく免税店が引き裂かれる最愛の人のように思えました・・・の訳ない(笑)座席の調整中とのことで、搭乗券はゲートで受け取る事になっていた私達。物凄い血相で爆走してくる親子を見つけた係員が笑顔で搭乗券を渡してくれました。見れば・・・私 18A3歳次男 22E5歳長男 39Kお、お、お互いの顔も見れない位バラバラの席じゃないですか~~~!続く
2007.08.08
無事に日本に帰国しました。と言っても、あくまでも日本に帰ってきただけであって現在、実家に居候中。・・・って言うか、母と妹も旅行に出てしまい明日まで、実家には私達母子のみ。誰の家だか分かりません(笑)例年のことを思い出すと、恐らく、今月末あたりに痺れを切らした夫が強制送還の如く、放浪母子を迎えにくると思うんですが(↑それまで帰阪するつもりもない・・・)それまで楽しむぞ~~~♪あ~ぁ、楽しい時間ってどうしてこんなにあっ!!と言う間に過ぎちゃうんでしょうか。また写真つきで、のんびり旅行記をアップしていきます
2007.08.07
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