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バタバタのボストン滞在を終えまだ日も昇らぬ暗い時間に義父がローガン空港まで送ってくれました。夫は日本へ帰国し私と息子達はカナダのトロントに住む義弟(ハリスの弟)の家に・・・。つまり、ボストン空港で夫と暫くのお別れです。我が家には珍しくない現地集合、現地解散!の旅でございます。そういえば、新婚旅行先を決めるときイタリアに行きたい!!と言っていたハリス。新婚旅行の為に、いままでずっと旅せずに取っておいたんだ!心の中で、そんなの知るかっ!と思いつつメーキシコッ!メーキシコ!!メキシコに行きたい!カンクンに行きたい!ロスかボスに行きたい!!と反旗を翻していた私。そんなに行きたい所が正反対なら成田空港まで一緒に行ってあなたはイタリアへ・・・私はメキシコへ・・・そして、帰りの日を一緒にして成田空港で落ち合って一緒にお家に帰りましょう・・・と半分本気で、半分冗談で言ってみたら、勿論、そんな意見、通る訳なく(爆)何のための新婚旅行だ・・・。よくよく聞けば、母親のルーツがイタリアで自分のライフイベント(結婚とか?)である意味、人生の節目として訪れたかったというではないですか。それを聞いた私は、素直にイタリア行きを賛成したんですけどね。--------朝6時発のワシントン行き。ホントはお昼の便でトロントに行きたかったけどベッドの中から、じゃ~ね!なんて言うのは申し訳ないと思い私も6時過ぎのトロント行きに乗る事にしました。搭乗手続きをしているとどこかで見た事ある顔が・・・何と、義妹一家も違う航空会社の6時発の便でフロリダに行く事になってて偶然にも再会したのです。息子達といとこ達は飛び上がって喜んでいます。皆でお別れをし、夫は違うターミナルからの出発だったのでそこで皆バラバラに。2時間後には私達母子はカナダへ・・・2時間後には夫はワシントンへ・・・10数時間後には夫は私の実家に泊って、お友達と大盛り上がり。私達親子は、義弟の家で大盛り上がりしていることでしょう。何だかとっても不思議な気持ち・・・。 トロント行きのエアカナダの窓から見える日の出の風景を5歳の長男が撮ってくれました。(デジカメって凄いです)
2007.11.30

今回のボストン滞在はお葬式と言う悲しいものではあったものの、親戚一同が集まれた事はとっても意味があるものでした。94歳での天寿と言う事なのかそれとも、悲しみは心の内にしまって見せないだけなのかそれぞれが毎日が比較的和やかに過ごしました。 義妹の新築の家に私達は勿論、カナダからの義弟一家、ニューハンプシャー州に住む従弟妹一家一同などが皆で連日集まり、子供達もすっかり打ち溶けてとっても楽しそう。 7年前に会った時は、まだまだ赤ちゃんのようだった小学生組みが今じゃ180センチ近い中学生や高校生。日本の同年代よりもどう見たって背も高いし、色っぽい お葬式にはニューハンプシャーからの子供達と、我が家の子供達だけが参列。義妹、義弟の子供達は留守番でした。我が家の息子達も正装して教会へ・・・ ミサが終わり、墓地に行くと無数のアメリカ国旗。コレは全て、お国のために命を落とした兵士のお墓・・・。 全てが終わった後はレストランで全員で食事したのですかここでもとっても和やかな雰囲気でお祖母様の生前の写真を沢山飾り皆で思い出話をしています。笑いあり、涙あり、色んな沢山の話を聞く事ができました。私はどちらかと言うとパパっ子で反抗期も勿論あったものの何かを相談する時に一番に話すのは父親でした。就職や転職の相談も、夫に結婚を申し込まれた時も、父に一番に報告していました。沢山の楽しい思い出が沢山あります。だから、その父が婚約数週間後にあっけなく他界してしまったときは悲しみのどん底でした。結婚して約10年。やっと父の事を笑って話せる日がやってきたのですが、こうやって生前の楽しかった思い出を皆で分かち合うのもいいもんだな・・・と何だか心が温まる帰り道でした。明日からはトロント旅行記に移ります。
2007.11.29
お葬式の日はとても寒い日で日本から持っていったロングコートを着てもガタガタ、ガタガタ・・・寒いなんてモンじゃありません。私たちが到着した日から突然、寒くなったとの事。教会の中は暖房が効いていても天井の高いところなのでなかなか温まりません。でも、皆コートを脱いでお祖母の天寿を祈りました。ミサが終わり、お墓まで行くのですが1台目はいわゆる霊柩車。叔母、義母、義弟、そして私たち家族は2台目のリムジンに乗りました。それから後ろに約8~9台の車が続きます。それぞれがハザードランプをつけフロントガラスには「funeral」(お葬式)と言う黄色い札を掲げてお墓に着くまで、他の車が列に割り込まないよう表示して運転します。殆どの車が止まってくれました。こういう時のアメリカ人の礼儀正しさが好きです。お墓に着くと、何百、何千と言うアメリカの国旗がはためいていました。あとで車を降りてからよくよく見てみると戦争中になくなった兵士達でした。第1次、2次世界対戦、ベトナム戦争、イラク戦争などなど戦争は様々ですがお国のために命を落とした人がこんなに沢山要るのかと驚きました。夫の先祖のお墓に到着すると既に棺おけを入れるための穴が開いていました。コンクリートで固められていていったいいつ掘ったのだろう?コンクリートは乾いているの?と不思議に思っているのを義母が察したのか、お祖父が他界した時に4人分の穴を既に掘ってある・・・との事でした。とにかく寒い・・・。体が心底から冷えて震えが止まりません。神父様の言葉も上の空にただただ寒さと戦います。そして、最後のお別れをしてお祖母はコンクリートの冷たい穴の中に沈められました。あんな寒くて、暗いところにこれからお祖母さまはずっといるの???とても切なく、悲しくなりました。多くの国で火葬がされるなかお祖母は棺おけのまま地下に埋められました。アメリカでも火葬するところもあるそうですが、お祖母さまはそのままって事になったらしいです。大事な人とお別れすることは何歳になっても慣れることができません・・・。義父が言っていました。親の最期を看取ることは子供である自分達の仕事。孫のあなた達は、Nana(おばあちゃん)と一緒にすごし楽しい時間を沢山思い出して欲しい。おばあちゃんもきっとその方が嬉しいと思う・・・。そして、こうやって親戚一同が集まったのが、こういう悲しい機会だったのは本当に、本当に残念だけれど、自分達、家族がお互いを思いやってると再確認できたいい機会だった・・・。そして、子供達、孫達と新しい世代がどんどん生まれ、大事な家族として時を共有してると知る事ができて本当に嬉しい・・・。それぞれがアメリカやカナダ、そして日本など遠く離れて住んでいるけれど私たちはいつだって家族なんだ・・・って言っていた言葉が印象的でした。私が父を亡くしたときはただただショックで、悲しくてこんな冷静に周りを見つめながら話すことなんて無理だった・・・。おばあちゃんは94歳、義父は61歳と人生経験も全然違うけれど私は悲しみから脱するのに10年近く掛かったもの。義父は前向きだなって思った・・・。
2007.11.27
お葬式当日・・・西洋のお葬式は初めての体験なのでとにかく失礼にならないように・・・ってそれで頭がいっぱいでした。まずはFuneral Homeにてお祖母様と対面。何が驚いたって、棺の上半分が全開なんです。つまり、亡くなったお祖母ちゃんの姿を公開。父が他界した時のことがよぎって暫くは近くに寄れなかったのですが30分位して、棺の前にひざをつきお祖母様と対面・・・。まるで眠っているように、顔にうっすらと微笑を浮かべ今にでも起き上がりそうでした。でも、きっとお祖母様に触れたら氷のように冷たいんだろうな。お祖母ちゃんの周りには綺麗なお花や、整然の写真が沢山飾られています。その後、お祖母ちゃんを教会に連れて行き、ミサが始まりました。このミサが良く分かりません。牧師の言っている事は分かるのですがその言葉に対しての対応が分かりません。起立ですか?え、今度は座るの?何で、膝をついて座ってる人普通に座ってる人と色々なの?私はどうするの?何で、この人たちは突然に前に出て、何か食べてるの?この神父・・・ワインを飲み干してるよ・・・頭の中は???だらけ。アフリカ人のオスマン・サンコン氏が日本のお葬式のお焼香を見て「何で食べてるの?」って思ったのと同じようなレベルです(苦笑)大切な人にお別れを言う事は何歳になっても慣れることはできません。でも、今までにない貴重な経験でした。いつも元気で、口が悪くて救急室に入ってもかならず元気になって退院していたお祖母ちゃんがなくなったなんていまだに信じられません。特に夫と祖母は仲良しだったので夫からしたら受け入れ難い真実。夫は、これからいつかやってくる自分の両親とのお別れも日本にいるが為に、きちんとお別れが言えないかもしれません・・・。今から悩んでも仕方がないことだけど何だか夫の事を思うと心が悲しくなります。
2007.11.27
義祖母の危篤の知らせを受け取って慌てて荷物をスーツケースに詰め込んで気がついたらアメリカ行きの飛行機に乗っていました最近は息子達と3人で飛行機に乗るっていう機会が多かったのですが夫がいる、大人がもう一人いるっていうだけで、心身ともに楽に感じます。(結局、子ども達は私の隣に座ったのでいつもと全く変わりませんでしたが・・・)途中で米国内線に乗り継ぎ10何時間もかけてボストンに到着しました。さ、さ、さ、寒いっ!!!吐息が真っ白です。高速を走る車の窓からBOSTON RED SOXのホームベースFenway Parkを眺めたり夫の出身校であるボストン大学の校舎を眺めたり、チャールズ川のゆったりした流れや、綺麗な紅葉をみているうちにホテルに到着しました。今回は親戚一同が集まるので義妹宅には泊まれず、義両親が泊まるスイートルームにゲスト用のベッドルームがあったので私たちも潜り込んだ次第です。大阪の自宅を出発した時間からさかのぼる、ざっと24時間経っています。とにかく疲れた・・・眠りたい・・・気がついたら息子達と夢の中でした。暫くすると、義両親が到着し子供達を起こして、義妹の家に食事に行く事になりました。心の中では「このまま眠らせてくれ~」って懇願していたのですが、7年ぶりに会う義妹家族。ずっと待っててくれてるというので断るわけにはいきません。ボストン郊外にある。自然に囲まれた義妹一家の新築一戸建てはとても素敵でした。と言うより、同じ年齢なのに片方は日本で社宅に・・・片方はこんな豪邸を建てて・・・とちょっと微妙な気持ちに(苦笑)2年前に従兄同士で会った時はお互いに2歳だった事や体調も悪かった事で全く折が合わなかった我が家の長男と義妹の長男。そんなんだったので非情に心配しましたが、我が家の長男の「ずっと会いたかったよ!」の一言を発端に、二人とも一気に意気投合して、遊ぶ、遊ぶ、遊ぶ。ちょっと相手の姿が見えなくなればどこに行った=!N(長男)はどこだ~T(いとこ)はどこだ~と生き別れの兄弟のように真剣に探し回ります。真剣に探さないと見つからないほど、大きな家です。ただし、5歳の男の子2人に3歳の我が家の次男・・・3人兄弟と言うものはこんなに騒々しいのか・・・と大人たちは頭を抱えてしまいそうでした。仲良く遊んでも、そこは子供。たまに喧々轟々となる時もあるのですが、3人で解決し事ある毎にHUGしあっているので3人とも成長したなぁ・・・と驚くやら、感激するやら。お葬式の前のつかの間の家族団らん。悲しい機会で集まらないといけないけれど、子供達が無邪気に遊びまわって要る姿を見て、癒された大人達です。
2007.11.25
ご無沙汰しています・・・。実は、アメリカのボストンに行っていました。夫・ハリスの祖母のお葬式という悲しい旅でしたが・・・。西洋のお葬式に参列するのは初めてでとにかく、失礼にならない様に・・・と肝に銘じての参加でした。悲しい気持ちは世界共通。でも、日本のものに比べてもっと「愛」とか「家族」とか暖かいものに包まれてる様な感覚を覚えたのですが・・・。日本への帰国便は整備と大雪に伴う4時間の遅延・・・先ほど実家にたどり着きました。また追々、ゆっくり日記をアップします。
2007.11.25

皆さんは何時に寝てます?まぁ、私は大人なのでこんな夜中にもブログしてますが・・・うちの息子達、5歳と3歳なんですが私の中では彼らの就寝時間、少なくとも、ベッドに入れる目標は19:30なんです。それ言ったら、友達に早すぎる~~~っ!って爆笑されたんですがね。今までは20時とか、下手したら21時なんて感じだったんだけど、ある日、NHKで「日本の子供、特に未就学児童や小学生の寝る時間が遅すぎる。夜中まで起きている子がいる!将来に●●~とか△△なんて影響が出ます・・・」みたいな事を言っててね。そして「ちなみに、オーストラリアの同じ平均年齢の子供の就寝時間は19時半です」と締めくくっていました。私も19時半?!なんて笑っていたのですが、パースに住んでるオージーの友達に「ねぇ、Sebatianとか二人の妹は何時に寝てるの?」って聞いてみたんです。そしたら、普通~に「ガールズ(妹達)は大体19時半くらいかな~。でも、セバスチャンはもう6年生だからもっと遅いんだけどね。」「え、え、遅いって何時??」「う~~~ん、そうだな、大体・・・20時くらい」うぉぉぉぉ~~心の中で、NHK見たんでしょ!NHK見たんでしょ!なんて思いつつ、単純な私は早起きする分には問題ない!よっしゃ!うちも19時半や~~~っ!って事になったのです。おかしい事に、18時半に寝ても、19時に寝ても、息子達の起床時間は全く変化なし。強いて言えば、次男が30分位早く起きるかな。だから背がどんどん伸びてるんやろか?しかし、19時半に寝かしつけるもなかなか大変です。15時に幼稚園から帰ってきて正味4時間半の間に夕食、お風呂、本読み、自分達のやりたい事を全て終わらせるわけです。かなりバタバタです。最近の我が家の夕食18時です。冬になったら外遊びも少なくなるから17時半位になりそうです。最近、19時に寝かせないとと思うあまり19時になるとピリピリします(苦笑)息子達自身は目が堅くてほっといたら夜中まで起きてるタイプですから。まぁ、何だかんだ言っても5歳と3歳ですからね。夜更かしして良い事なんてあるわけない~。結構健康的やん~♪なんて最近、自負してます。ちなみに、ボストンの義妹は「うちは18時半に寝るわ」って言っている頃がありました。あなた、フルタイムで働いてるでしょ。お風呂に入れてるの??子供達、何時にご飯食べるの?といささか心配に・・・。よそ様の家庭なので、へぇ~って言って終わりだったけど、流石にそれは早すぎると思います・・・。って言うか、私はトロ子だからそんな早業できないわ~。よそはよそ。ウチはウチ。ハヨ、寝~~!!(関ジャニ8のOSAKA Obachan Rockより)
2007.11.01
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