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にほんブログ村 高見観音、新発見の速報です。発見者は「南国屋さん」。「FDG公式さん」を通じて連絡がありました。「FDG公式さん」は高見観音の現地確認もしてくださっています。【南国屋さん】 「南国屋さんのブログ」【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」発見場所は、愛知県豊田市住吉町にある紫雲院。(画像出典: 南国屋さんのブログ)一見して高見観音とわかります。FDG公式さんが撮影した側面の写真では、特徴的な前後の接合面が見えます。(撮影: FDG公式さん)紫雲院は駅から近く、私も現地確認を予定しますが、まずは高見彰七作品リストに登録です。【 リンク集2 (No.40) 紫雲院の観音像 】 ・所在地: 愛知県豊田市住吉町 紫雲院 ・作家銘: なし ・発見者: 「南国屋さん」 / 「FDG公式さん」今回、新たに高見観音の発見者となった南国屋さんは、「FDG(フィールド・ディスカバリー・ゲーム)」活動者の一人です。 新たな発見者の広がりを大変嬉しく思います。今回も高見彰七作品の探索に、FDGの力が存分に活かされています。さらにFDGのメンバーの皆さんにも高見彰七作品探索の輪が広がり、新発見が続くことを期待しています。【 アイス 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.24
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にほんブログ村 街中で見かける地蔵堂、通常は木造です。ただ時には、それ以外の地蔵堂もあります。例えば、刈谷市の例。ご覧のように煉瓦で作られています。丈夫そうですね。こちらも刈谷市、小さいながらも煉瓦造り。綺麗な作りです。煉瓦の方が丈夫で、お地蔵様も安心かもしれません。特に地震が頻発する中では。煉瓦造りの地蔵堂を見ていると、三匹の子豚のお話を思い出しました。災害の対策には、日ごろの備えが必要ということですね。【 地震対策 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.22
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にほんブログ村 以前、本降りの雨の中で現地現地確認した、矢作橋の高見観音。天気の良い時にもう一度と思い、会いに行きました。近づくと、以前とは道が変わっていました。右の草が生えた道をまっすぐ行くと、高見観音があるはずです。左の坂道は、以前はなかったように思います。嫌な予感がします。右の道を行くと、嫌な予感が的中しました。高見観音がなくなっています。理由はわかりませんが、撤去されてしまったようです。高見彰七の活動期は「交通戦争」と呼ばれた交通事故が多かった時代。そのためか、交通安全祈願の高見観音が多くあります。 結果として、高見観音は道路沿いに置かれることが多く、撤去されることもしばしばです。矢作橋の高見観音も交通安全祈願の観音像でした。付近の寺院を3箇所ほど探しましたが、矢作橋の高見観音は見つかりませんでした。完全に破棄されたのでしょうか。交通安全祈願は、高見彰七に観音像製作の意欲を与えました。しかし一方で、観音像撤去の原因ともなっています。交通安全を願って、観音像を作り続けた高見彰七。交通安全、彰七のその願いは、今もまだかなっていません。【 開運水琴鈴 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.19
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にほんブログ村 愛知県刈谷市半城土にある斎宮。小さな祠ですが、丁寧な説明板があります。それによると、ここにはオシャクジサマが祀られているとあります。そしてオシャクジサマは、良縁,安産,子育ての神とされています。オシャクジサマの御神体は石です。オシャクジサマ信仰は古くからの信仰ですが、この斎宮の様に、説明板に明示されるのは珍しいと思います。オシャクジサマ(ミシャグジ様)については、「ひでぽんさん」が動画にまとめてくださっています。コンパクトですわかりやすい動画ですので、ぜひご覧ください。オシャクジサマ、謎多き神様です。【 パワーストーン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.17
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にほんブログ村 私は競馬場に行ったことがありませんが、今回近くをあるきました。会いたい方がいたからです。競馬場入り口付近には、たくさんの警備員がおられます。その警備員に加わるようにして、私は会いたい案内人がおられます。案内人は2人。一人目はすぐにみつかりました。赤い上着が目立ちます。もう一人、案内人がいるはずですが、いるべき場所におられません。GPSで位置を確認しているのですが。そこで、警備の方に尋ねました。「1.5ハロンなら、ずっとむこうだよ」そのように警備の方に教えられ、西入場門の方向に向かいました。しばらく歩いて、西入場門付近に着いて、キョロキョロ。やはりみつかりません。ふたたび、別の警備員に尋ねます。「ここから1.5ハロン、まだむこうだよ」1.5ハロン、つまり300m歩くと、青い服のの案内人に出会えました。初めから、案内人は西入場門から1.5ハロンと教えてくれていました。GPSの位置登録がずれていたのです。とりあえず、青い服の案内人にも出会えて満足した私。その後、お世話になった警備の方にお礼を告げて、今回も競馬場には入ることなく帰ったのは言うまでもありません。【 馬九行くグラス (うまくいくグラス) 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.15
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にほんブログ村 高見彰七作品 リンク集2 No.37、愛知県刈谷市 長善寺の高見観音。皆さんは覚えておられるでしょうか。今回、ご住職にお会いして、この高見観音の由来を伺いました。とても丁寧に対応してくださり、その詳細がわかりました。要約すると下記の通りです。◆観音像は隣の乃木将軍の石像とは、別の経緯で引き取った。◆観音像はもともと刈谷市花池にあった。◆観音像は道路に面した農協の敷地にあったが、 農協に移転に伴い撤去されることとなった。 ◆観音像を保護する意味で、先代の住職がそれを引き取った。◆約30年前のことだと思う。さらに、私も疑問点を調べました。●刈谷市花池とはどこか? 現在の名鉄富士松駅前から東側のエリア。 国道1号線が通っています。●移転された正確な年代はいつか? まさに30年前の1996年(平成8年)、 刈谷を含む4つの農協が合併し、あいち中央農協が誕生しています。●花池付近には寺院も多いが、なぜ少し離れた長善寺が引き取ったのか? 長善寺には先代のご住職が残された木彫の観音像がいくつもあり、 一目で先代が観音好きであったことが分かります。 高見観音を引き取ったのは、先代の想いからでしょう。つまり、下記の縁で、高見観音像は今、ここ長善寺にあります。・農業を主業としていた高見彰七は、農協に人脈があった。・高見観音像はいつも通り、交通安全祈願で道路沿いに置かれた。 (おそらく国道1号線沿い)・1996年、農協が移転。観音像に愛着を持つ先代に救われた。意外な場所にあることが多い高見観音像。その由来を探れば、思わぬ人のつながりが見えてきます。今に残る高見観音像は、それぞれ違う旅をしてきました。そしてその旅は、今後も続くのかもしれません。すべての旅をつなぐのは、これからも多様な人と人の縁なのでしょう。私がこうして書くことも、その縁のひとつになれればと思います。【 こいのぼり チョコレートボール 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.12
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にほんブログ村 名古屋市の公園を特徴づける富士山すべり台。子供たちにも人気のある遊具です。その中には、特に変わった富士山すべり台もあります。熱田区にある富士山すべり台をご紹介しましょう。まず、名古屋市内の公園で見かける通常の富士山すべり台。すべって遊ぶには良い形です。次に熱田区で見かけた富士山すべり台。向きを変えて見るとよくわかります。ふたつの山が連なっています。面白い形ですが、どうやって遊ぶのが良いでしょう。子供たちの創造力を高める遊具かもしれません。独立峰の富士山が、ふたつあるのも妙ですね。私は奈良の二上山を懐かしく思い出しました。(座像出典: Wikipedia)【 うさもっち 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.10
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にほんブログ村 街中のポストの上などで、かわいいキャラに出会うことがあります。こちらは愛知県知立市。ポットの上に乗っています。かわいいキャラクター。「ちりゅっぴ」という名前らしい。こちらは愛知県西尾市の駅前で。お茶をイメージしたご当地キャラのなのでしょう。皆さんの身近にもきっと、可愛いキャラクターおられますよね。【 春限定 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.07
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にほんブログ村 桃太郎神社の作家不明の彫像、考察も最終回です。作家不明の作品も残り1体。写真の旗を持った猿です。ただし、この作品はある程度由来が分っています。斉藤のぶという方が、昭和31年(1956年)に寄進した像とのこと。旗を持つ姿からも、この像が桃太郎神社に置くことを前提にして作られた特注品であることがわかります。しかし残念ながら、この像は石像です。高見彰七作品ではありません。結局、当初の5体以外で高見彰七作品である可能性がある彫像は、「軍用犬スター号」ぐらいとなります。しかしスター号も、その可能性は薄いでしょう。高見彰七作品は、もっと身近なところにありそうです。作品が破棄されたり、破損したりする前に見つけ出したいと思います。【 春限定 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.05
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にほんブログ村 桃太郎神社の作家不明のコンクリート像、考察の続きです。こちらをご覧ください。浅野祥雲作の鬼退治のシーンです。退治され、倒れ込む鬼。桃太郎の横には、未塗装の犬がいます。この犬が作者不明です。この犬は浅野祥雲作でないとすると、作家は誰でしょうか。高見彰七作品の可能性を検討してみましょう。犬の製作年は不明ですので、製作年からの検討はできません。隣の桃太郎の製作年(昭和36年,1961年)以降とは思われます。まず造形ですが、非常に綺麗な容姿の犬です。高見彰七の神馬などにある、愛らしい容姿ではありません。犬の視線は倒れこむ鬼に向けられています。初めからこの場所に設置することを考えて作られたと考えられます。特にこの神社の高見彰七作品は単体として作られていますので、レイアウトまで考慮はされていないと考えられます。設置する場所を考慮した犬は高見彰七作品の可能性は薄いと思います。そもそもコンクリート像か石像かの識別もできていませんが、浅野祥雲作でないとすれば、高見彰七作品でもない第3者の作品と考えられます。今のところ、高見彰七作品らしきコンクリート像はありません。作家不明の作品は残り一体。次回、これらについて考察します。【 桃花亭 バウムクーヘン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.03
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にほんブログ村 愛知県犬山市の桃太郎神社のコンクリート像。作家不明の彫像は6体です。そのうち、次の昨年代が昭和7年頃と判明しています。それは桃の形の鳥居の前の犬、猿、雉。この3体は古く、しかも石像でした。 したがって、浅野祥雲作品でも高見彰七作品でもありません。鳥居は浅野祥雲の作品です。また、次の鬼の像も製作年が昭和15年と判明しています。この像も作家は不明です。しかし造形的にも、浅野祥雲作品ではないでしょう。また、高見彰七作品の活動時期以前の作品で、高見彰七作品とはみなせません。消去法で、作者不明の彫像は2体に絞られました。次回、これらについて考察します。【 犬 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.04.01
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にほんブログ村 愛知は花見日和。心地よく歩けば、春らしい景色に出会えます。皆さんの地域はいかがでしょうか。この春の気候が長く続けばと願います。【 春らしく 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.29
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にほんブログ村 愛知県犬山市の桃太郎神社のコンクリート像。桃太郎神社には、11体の作家不明のコンクリート像がありました。今回、メモ書きの情報から、このうち5体が高見彰七作とわかりました。では残り6体について、少し考察してみましょう。まずは、こちらの犬の像から。大竹敏之氏の調査では、この像は「軍用犬スター号」とされています。しかしネット検索では、「軍用犬スター号」はみつかりません。代わりに「警察犬スター号」がありました。◆警察犬スター号 ブラッドハウンドとグレートデンの雑種のオス。 体長約180センチの大型犬。 上野署の犬舎を拠点に1914~21年、警察犬として活躍。 東京都千代田区 警視庁別庁舎の「スター号」の銅像の台座には、 「人の言葉200語ほどを解するほど優秀な犬だった」 と記されている。 このスター号の銅像には、 「不用意に触ったら大事件が起きる」との言い伝えがあった。 (画像出典: JEMTC 2023年12月9日ニュース)警察犬スター号、なかなか興味深い銅像です。なぜスター号の像が、桃太郎神社にあるのかは分かりません。しかも桃太郎神社の像は、本家と犬種も違って見えます。警察犬のイメージで、シェパードとして作ったのでしょうか。さて、桃太郎神社のスター号の作家ですが、浅野祥雲ではないそうです。高見彰七とも思えません。結局、なぜここにあるのかも含めて、「スター号」については、謎が深まっただけでした。【 事件になりそう 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.27
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にほんブログ村 コンクリート像は劣化しやすく、風雨で朽ちてゆきます。特に塗装していないコンクリート像では、雨が浸み込み、冬場は像の内部で水が凍結します。水凍結すると膨張しますので、その圧力で像が割れてしまいます。「ひでぽんさん」から、悲しい知らせがありました。岩崎御嶽社には、浅野祥雲のコンクリート像が多くあります。次の写真は2020年11月に、私が撮影したものです。大きなコンクリート像で、確証はありませんが浅野祥雲作品の可能性があるとされています。次のひでぽんさんのショート動画をご覧ください。2025年撮影の動画です。残念ですが、修復不可能なぐらいに破損しています。こうして、多くの作品が失われていくのでしょう。私達にできるせめてものこととして、失われる前に、作品の写真を残しておきたいと思います。【 ドラゴンボール 九谷焼 亀仙人修行の図 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.25
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にほんブログ村 まずは、高見彰七のコンクリート像 リンク集2「観世音菩薩像」更新しました。高見観音の登録件数は、現在No.39です。 新情報のご提供、ありがとうございました。引き続き、リンク集3,年表なども更新予定です。●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 ★ 更新 ★ 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【妙楽寺の仏像群】 「妙楽寺」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」【 水晶さざれ石付き 御守り 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.23
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にほんブログ村 通りかかったお寺には、たくさんの石仏を集められていました。しかも丁寧に、それぞれの石仏のご利益が書かれています。数が多いので、二ヶ所に並べられています。さて、馬頭観音の御利益は何でしょうか。馬頭観音らしき石仏には 、「交通安全」とあります。なるほどという感じです。そういえば、高見観音にも交通安全を祈願したものが散見されます。しかし、高見彰七作の馬頭観音は未発見です。いつか、高見彰七作の馬頭観音が見つからないかと思っています。【 埴輪 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.21
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にほんブログ村 名古屋にもソメイヨシノの開花宣言が出ました。週末は公園などが花見客で賑わうかもしれません。高見彰七作品の新発見が続き、犬山桃太郎神社の作品5体も高見彰七作品とわかりました。そろそろ作品のリンク集を整備したいと思います。件数は全部で128体になるでしょうか。叶わぬことではありますが、もし集めるとこんな感じでしょうか。そんなことを思いながら、リング集の整備を進めたいと思います。【 こけし 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.18
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にほんブログ村 「FDG公式さん」からご報告を頂いていた力石町の観音像。悩みましたが、高見彰七リスト登録です。「与次」作品と同様に、真贋確率は50%というところです。画像はFDG公式さんからお借りしています。【 リンク集2 (No.39) 力石町立児童公園前の観音像 】 ・所在地: 愛知県豊田市 力石町立児童公園前 ・製作年月: 昭和51年11月 ・作家銘: なし ・その他: 高見正美作品? 与次作品? ・発見者: 「FDG公式さん」◆高見観音とみなせる点 ・観音像の前後に接合面がある ・観音像の全体のフォルムが高見観音風 ・「交通安全」祈願で建立 ・製作年から高見正美作品と推定◆高見観音とみなせない点 ・細部の造形が異なる ・昭和51年は高見彰七他界後 (高見正美の活動時期ではある) ・蓮台に乗り、衣装が「与次」風私はこの観音像には注目しています。この観音像は「高見正美」=「世継ぎ」=「与次」を示しているかもしれません。高見観音と与次をつなぐ”ミッシングリンク”。その可能性を私はこの観音像に期待しています。FDG公式さん、ご報告ありがとうございました。登録が遅れましてすみませんでした。【 千と千尋の神隠し 油屋 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.15
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にほんブログ村 愛知県西尾市の商店街。ここにもユニークな人物像があります。その一部を紹介しましょう。まずは、高砂町商店街を勧めるおじいさん。二頭身ですね。こちらは髭のおやじさん。こちらは大町商店街を勧めています。目が輝いたおにいさん。商店街のお店の店主さんでしょうか。眼鏡をかけてのお出迎え。こちらは獅子舞ですね。吾妻町商店街のおかたです。商店街振興のためなのでしょう。でも、ちょっと教えてもらえませんか。「君たちの作者はどなたでしょうか?」【 西尾抹茶ういろう 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.13
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にほんブログ村 愛知県岡崎市の消防署を通りかかった時、幾人もの通行人が、足を止めて撮影している車両がありました。つられて私も撮影したのが、この写真。傍では女性が子供に教えながら撮影していましたが、「レッド・サラマンダー」という車両だと話していました。私は知りませんでしたが、地元では主婦も知っている有名な車両らしい。 (株)モリタのH.P.には、次の動画が掲載されていました。(注意: 動画は音楽が流れます)さすが災害救助車両らしく、車体が半分水没しても走行できています。過去の東海豪雨の災害の経験から配備されているのかと思います。後部に連結されたユニットには、物資や重機を積載できるそうです。とにかく人気の車両でした。【 レッド・サラマンダー合体 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.11
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にほんブログ村 最近、このような姿の徳川家康像を紹介する記事が続きました。 いくつか質問もいただきましたので補足します。 この像は徳川美術館所蔵の、次の肖像画が元になっています。 この肖像画は、1572年の三方ヶ原の戦いで、武田信玄に大敗した直後の徳川家康を描いたものです。この戦いで家康は多くの武将を失い、命からがら浜松城に逃げ帰りました。 この肖像画は 「しかみ像」 とも呼ばれ、家康が自らの失敗を忘れないために描かせたと伝わります。戦国武将好きには有名な絵ですが、 武将が自らの情けない姿を描かせた珍しい絵でもあります。 以上、徳川家康像の補足でした。 【 三方ヶ原合戦録 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.09
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にほんブログ村 先日の相撲取りのコンクリート像の記事、「トンカツ1188さん」から、円頓寺(えんどうじ)の謎の三英傑像のコメントをいただきました。ご安心ください。私もしっかり写真を撮っています。名古屋市西区那古野(なごの)の円頓寺には、商店街があります。私がこの商店街で印象に残っているのは、大きなシャチホコです。 三英傑の像は、商店街途中の交差点の四つ角に建っています。まずは、織田信長。平成25年に寄贈されたとあります。次に豊臣秀吉。像は樹脂製ではないかと思います。こちらは徳川家康。そして最後は、謎の水戸黄門。寄贈者のご趣味だということですが。愛知県には、さまざまなオブジェがあります。皆様も近くに変わったオブジェがあればご紹介ください 。【 ブレスレット 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.07
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にほんブログ村 高見彰七の考察が続きましたので、気分を変えて一息入れましょう。愛知県安城市の桜井・姫小川古墳群。ここには小さな古墳がいくつかあります。その古墳に囲まれた小さな公園、東町浅間神社遊園。この小さな公園には、謎のコンクリート像がありました。なぜ相撲取りの人形があるのかわかりません。説明のありません。遊具かもしれませんが、子供が遊ぶ方法も不明です。公園の隅に置かれています。この様な謎のコンクリート像が、将来、また人を悩ませるのかもしれません。説明がないオブジェは悩ましいものですが、それが人を惹きつけることになるのかもしれません。この像の謎解きは、他の誰かにお任せしたいと思います。【 相撲 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.05
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にほんブログ村 豊田市力石町の観音像の考察を続けます。1)高見彰七作品か全体的な雰囲気は、高見作品の特徴を持っています。観音像前後に接合面があるのは、まさにその特徴です。傍の柱に「交通安全」とあるのも、高見彰七作品らしいと言えます。しかし、昭和51年11月は既に高見彰七が他界された後の年号です。奉納者の名前もありますが、奉納とすればなぜ公園なのでしょうか。寺院からの移設かもしれませんが、奉納者の氏名は製作年に合わせて記されると思われます。疑問はありますが、製作年は昭和51年だと考えるのがよいでしょう。2)高見正美作品か?観音像自体は高見観音である可能性が高いでしょう。しかし、活動時期が合いません。高見彰七ではなく、この時期に高見観音を作っていた人物。それは彰七の子、高見正美です。「高見観音リスト集2 No.29 高見正美作品」力石町の観音像は、顔の輪郭は似ています。しかし、細部は違います。高見正美の技術が、まだ発展途上だったからでしょうか。3)もう一つの可能性 蓮台に乗った観音像。頭巾や左右に裾が開いた衣装。お顔の朧げな雰囲気。この特徴を持つ観音像があります。「与次」型の観音像です。「高見観音リスト集2 No.23 見徳院 与次」もし力石町の観音像が「与次」であれば、非常に大きな発見です。 高見正美の技術の変遷の中で「与次」観音を作っていたなら、与次 = 世継ぎ = 高見正美となるでしょう。上記も踏まえて、次回までに如何に登録するかを考えます。みなさんからもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございました。今回の考察でも参考にさせていただきました。皆さんの高見観音に対する素晴らしい洞察力、驚くとともに、とても嬉しく思っています。【 パズル 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.02
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にほんブログ村 桃太郎神社の考察が途中ですが、高見観音の新発見の速報です。今回も発見者は「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.]まずは写真をご紹介しますのでご覧ください。画像はFDG公式さんからお借りしています。場所は、愛知県豊田市力石町立児童公園前。高見観音らしいフォルム。しかし、微妙に細部の装飾が違います。前後の接続面らしき跡もあります。このお顔は?柱には昭和51年11月とあります。この観音像は高見観音の謎解きのヒントになるかもしれません。皆さんもご一緒にお考えください。この観音像は高見彰七作品でしょうか?何のヒントになるというのでしょうか?【 干支人形 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.28
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にほんブログ村 桃太郎神社にある高見彰七作品の考察、続きです。違和感から来る高見彰七作品の謎。複数の方が私と同じ意見をお持ちでした。 それは高見彰七作品が神社からの発注ではなく、「高見彰七の持ち込みによる奉納品」だろうということです。桃太郎神社に作品が現れた昭和37年。その翌年の昭和38年には、吉浜人形前の観音像が開眼されました。この吉浜人形前の観音像の説明板には、観音像は設置場所に困っての持ち込みであると書かれています。 つまり既に250を超える作品群を抱えた高見彰七は、この時期、作品の設置場所に苦慮していました。作品の中には、浅野祥雲の作品を真似た作品もあったのでしょう。それらから桃太郎神社に関連がある作品を奉納したのだと思います。 そう考えると、設置場所の違和感なども納得できます。神社に公式記録がないのも突然の奉納だったためでしょう。今まで私は桃太郎神社で、浅野祥雲と高見彰七に交流があったかもと考えていました。しかし高見彰七作品が奉納品であるとすると、その可能性はむしろ薄まります。 浅野祥雲からすると、これらの奉納品は神社の作品群の一貫性を壊す 煩わしい作品だったかもしれません。この視点で見ると、さらに仮説が生まれます。その話は次回に。【 天然石 干支 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.26
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にほんブログ村 桃太郎神社にある高見彰七作品。今回はその違和感についてお話します。話題の中心は、高見彰七作品としての確度が高いこの作品。「違和感」1)作品の重複 桃太郎神社には、次の浅野祥雲の作品があります。 浅野祥雲作品に御詳しい大竹敏之氏によると、 上記の浅野祥雲作の桃太郎は昭和33年の作品。 一方、高見彰七の桃太郎は 昭和 37年の作品です。 なぜ同じような作品を作る必要があったのでしょうか。2)複数の作家の作品が混在 浅野祥雲の桃太郎神社の作品は、昭和26~48年と長期間。 高見彰七の桃太郎神社の作品は、昭和37年と昭和45年の2期。 浅野祥雲の作品は、初代宮司からの依頼で作られたそうです。 高見彰七も雑誌でも取り上げられ知名度はありましたが、 浅野祥雲はプロの作家です。 なぜ、浅野祥雲の製作依頼中に、 他の作家に依頼する必要があったのでしょうか。3)作品の公式記録がない 高見彰七作品5体には、神社に公式記録がありません。 宮司のご家族のメモ書きがあるのみです。4)作品の設置状況が良くない 高見彰七の桃太郎は、神社拝殿の裏の最も奥まった隅にあります。 人が行かない場所にあり、気付かない人も多いと思います。 まるで起き場所に困って置いたかのようです。5)高見彰七にとっての昭和37年のもつ意味 桃太郎神社の高見彰七作品の設置年は昭和37年。 その前年の昭和36年の雑誌には、高見彰七作品数250体とあります。 また翌38年には、吉浜人形前の観音像が開眼されました。これらから、高見彰七作品が桃太郎神社にある理由に一つの仮説が生まれます。皆さんの中にも、もしやと思われた方がおられるのではないでしょうか。私からは、次回にその仮説をご紹介します。 【 天然石 干支 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.23
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にほんブログ村 桃太郎神社に高見彰七作品がある。この衝撃的な発見に違和感を覚えています。その違和感は、年表に桃太郎神社の作品を加えることで更に強くなりました。これから数回のブログで、その違和感の原因を謎解きしたいと思います。その違和感の原因でもあり、謎を解く鍵でもあるのはこの作品。観音院の座像によく似て、高見彰七作品として確からしい桃太郎誕生。これになぜ違和感があり、なぜ謎解きの鍵となるのか。次回、その考察を掲載します。【 犬山焼 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.21
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にほんブログ村 名古屋市の豊国神社(とよくにじんじゃ)は大河ドラマの影響もあり、大変賑わっていました。豊臣ミュージアム「大河ドラマ館」までできていました。ただし、今回は時間の関係で私は入館していません。隣接する中村公園も人が多く、よく清掃されていました。地元の方も、いつもより綺麗だと話していました。カラーマンホールもありました。おそらく新たに設置されたものです。豊臣秀吉この場所は秀吉の生誕地とされています。加藤清正清正の生誕地も隣接する妙行寺にあります。 ついでに、名古屋のシャチホコ 比較的暖かで、散策日和の一日でした。【 旅するマメしば 戦国武将 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.18
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にほんブログ村 以前に高見彰七作品らしきものを見つけたと御報告しました。結論から申しますと、それは高見彰七作品ではありませんでした。現地確認したのは次の像です。初期の高見彰七作品ではないかと思いましたが、現地確認すると石像でした。しかもこの場所には、他の石像も置かれていました。この場所は石像の工房だったようです。残された門柱らしきものにも、サンショウウオの様な彫刻が見られます。彫刻があるのは、門柱左の影の部分です。工房は閉鎖されているようですが、石像のある街も私有地でしょう。そのため場所の詳細は伏せます。今回の石像のある場所は、最寄りの駅からかなり歩きました。結果、高見彰七とは無関係で残念でした。ただこの作家も少し気になった今回の石像調査でした。【 天使 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.15
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にほんブログ村 寸法が未計測だった高見観音2体を計測しました。【 リンク集2 (No.11) 野田八幡宮近傍 観音菩薩像 】 ・高さ 95cm, 胸部幅 25cm, 胸部厚 15cm【 リンク集2 (No.2) 寿永山 昌福寺 交通守護聖観せ音菩薩像 】こちらの高見観音は大型でメジャーが届かないため、計測可能な高さで測定し、画像から比例倍して高さを概算しています。 ・高さ 約310cm, 胸部幅 60cm, 胸部厚 67cm寸法はリンク集にも追記の予定です。【 ウェッジウッド ペアマグ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.12
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にほんブログ村 愛知県知立市の弘法山遍照院。以前、遍照院にあるたくさんの弘法大師像を紹介しました。 以前の訪問では、こちらにある鯖弘法像を見逃していました。 こちらがその鯖弘法(鯖太師)です。 比較的小さな石仏。たくさんの石仏があるお寺ですから、見逃したのも納得です。 しかし、その手にはしっかりとを魚持っています。タイの様な形の魚を、弘法様は珍しく左手で持っています。こちらは個人の奉納仏らしく。 なぜ鯖弘法を選んだのかはわかりません。 遍照院には新しい仲間も加わっていました。 「ゴリ弘」という名の高さ4mの巨大なゴリラ像です。元は市内近くの家電量販店「チコム」にあったものという。40年近く地元で愛されてきた像を、家電店の移転による廃棄から守るために遍照院が引き取りました。多少違和感はありますが、遍照院と像が長く 地元から愛され続けていくことを願います。【 ゴリラのひとつかみ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.10
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にほんブログ村 いつもの文化財の散策中、こんな掲示板をみかけました。これから日本は変わると言うけれど、もうすでに変わってしまっているのかもしれない。【 流れる砂時計 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.07
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にほんブログ村 用事があり、名古屋市金山町に行きました。金山駅前のANAクラウンプラザホテルグランコート名古屋。そこには、豊臣秀吉の「一の谷馬藺後立て付き兜」が展示されています。甲冑はステンドグラス製。ステンドグラス作家、ヨージウチヤマ氏の作品です。33色,20,000ピースのガラス片を組み合わせ、高さ213cm、重量約80kgの甲冑として仕上げられています。「ステンドグラスで作られた最も大きい甲冑」としてギネス世界記録にも認定されています。この甲冑は、「とんかつ1188さん」 も以前に紹介されていました。今後この甲冑は、下記のスケジュールでグループホテル内を循環展示されるそうです。<巡回スケジュール>2.1(日)~28(土): ANAクラウンプラザホテルグランコート名古屋3.1(日)~28(土): 名鉄小牧ホテル3.29(日)~4.25(土): ホテルインディゴ犬山有楽苑4.26(日)~5.30(土): 岐阜グランドホテル5.31(日)~6.27(土): 名鉄トヨタホテル6.28(日)~7.25(土): ホテルミュースタイル犬山エクスペリエンス7.26(日)~8.29(土): 中部国際空港セントレアホテル皆さんも機会があれば、ご覧になってはいかがでしょうか。【 ステンドグラス 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.05
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にほんブログ村 今日も晴天に誘われて、長距離を歩きました。気がつくと、目の前をハクセキレイが走っています。今日一日でも、何度もハクセキレイに出会いました。本当に、ハクセキレイは身近な鳥になりました。しかし、皆さん、子供の頃、これほど頻繁にハクセキレイに出会いましたか?少なくとも私には、ハクセキレイと走り回った覚えはありません。もともとハクセキレイは、冬に飛来する「渡り鳥」でした。日本での繁殖地は、北海道や東北地方に限られていました。しかし、今ではハクセキレイは日本の多くの地域で定住しています。渡らない鳥、「留鳥」になったのです。ハクセキレイが留鳥になったのは、 20世紀後半とのことです。子供の頃に見覚えがなかったのも納得です。しかし、寒い地域を好むハクセキレイが、日本の南の方まで定住するようになったのはなぜでしょう。温暖化とは逆の動きです。温暖化なのに、南に定住。飛ぶのが得意な渡り鳥なのに、いつも走り回っている。ハクセキレイ、きみは本当に、ひねくれもの。【 セキレイ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.02.01
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にほんブログ村 岡崎城前にある福山城のマンホール、幾人かの方から、その理由についてのコメントをいただきました。皆さん、岡崎市と福山市が姉妹都市とコメントされていました。コメント、ありがとうございました。文化財散策時、私はFDGのアプリを起動させていました。FDGでは特定のポイントに到達すると登録され、その場所の説明が表示されます。【FDG】 「FDG H.P.」散策時は説明を見ていませんでしたが、この福山城のマンホールも登録されていました。(近視用のメガネをかけていると、近くの文字を読みにくくて・・・・・・。)改めてFDGの説明を読むと、次のように書かれていました。「令和5年に岡崎市下水道事業百周年記念で岡崎市の親善都市とゆかりの街のデザインマンホールの交換を行った」なるほど、皆さんのご指摘どおりでした。謎は無事に解けました。そして皆様のコメントに感謝しつつ、FDGの便利さを改めて感じました。【 ティラミス大福 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.29
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にほんブログ村 週末は寒波の影響も小さく、穏やかな暖かい日となりました。そこで久しぶりに、岡崎城のある岡崎公園を散策しました。岡崎城は徳川家康が生まれた場所。家康の産湯井やえな塚などもあります。改めて見ると石垣も立派です。残念な家康公も、この日はのんびりとひなたぼっこをしていました。本当に良い天気です。まだ正月の気配が、幾分か残っていました。ただ、不思議な点もありました。岡崎公園周辺には、カラー・マンホールもあります。この様な、ご当地のマンホールはわかります。ただ、このマンホールは、なぜ福山城なのでしょうか?野球チームも中日ではなく、広島になっています。岡崎城と福山城の関係は?謎が残る、久しぶりの岡崎公園散策でした。【 岡崎 八丁味噌 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.26
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にほんブログ村 岡山城のお話をもう少し 。岡山城は戦争の空襲で焼け落ちましたが、残った建屋もあります。それが月見櫓(つきみやぐら)です 。月見櫓は1620年代に池田忠雄によって築かれました。月見櫓のそばには銃眼石があります。銃眼石は、内側から鉄砲で狙い撃ちするための穴です。城内の展示では、池田家の揚羽蝶の家紋の品々が印象的でした。岡山城は通路や天守内も移動しやすく、安心して見学できました。多くの人が安心して見学できる城。木造化ばかりが良いことではないと感じました。【 岡山県産 清水白桃ゼリー 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.24
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にほんブログ村 新年から高見彰七の話題が続きましたので、一息ついて話題を変えましょう。大改修を終えた岡山城です。真新しい黒と金の配色が印象的な城です。岡山城は別名「烏城」と呼ばれます。岡山城は、地形に合わせて築城されているため、上空から見ると五角形の城となっています。先ほどの視点では平面的な構造でしたが、別の角度から見ると角ばっています。金箔が使われた屋根瓦のみでなく、シャチホコも金色に輝いています。 石垣も詳しい人が見れば、興味深いものでしょう。画像は大きな鏡石です。城の内部は資料館になっていました。岡山城は木造ではありません。しかしそのおかげで、エレベーターなどがあります。病気で障害がある私には優しいお城でした。【 備前焼 小西陶古 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.22
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にほんブログ村 昨年末、高見彰七作品の新発見のご報告を頂いていました。今回も発見者は「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.]今回の観音像の立地は岩足場が悪く、私では現地確認が困難です。 いくつもの新発見をされているFDG公式さんからのご報告ですから高見観音とみなして良いでしょう。画像もFDG公式さんからお借りしています。【 リンク集2 (No.38) 魚籃観音像 】 ・所在地: 愛知県豊田市 王滝渓谷 古美山園地 ・製作年月: 不明 ・作家銘: なし ・その他: 魚籃観音 ・発見者: FDG公式さん今回の高見観音は、初めての魚籃観音となります、「魚籃観音(ぎょらんかんのん)」 観音菩薩が魚を入れた籠(魚籃)を持つ女性の姿で 現れたとされる三十三観音の一尊。 中国で生まれ、日本でも中世以降に広く信仰された。 この観音像については、もう少し考察してみたいと思います。FDG公式さん、いつもご報告を頂き、ありがとうございました。また記事の掲載が遅れましてすみません。今後もよろしくお願い致します。【 ロイヤルコペンハーゲン フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.19
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、第5件目。桃太郎神社で最後の作品紹介です。【 リンク集3 (No.14) 赤鬼 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1970年(昭和45年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会先日の青鬼と対になる作品です。塗装された作品です。頭上に持つのは、鬼達の宝物です。桃太郎神社にも高見彰七作品があったという今回の発見は、高見彰七の認識を大きく変えるきっかけになるかもしれません。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像【 ノリタケ フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.17
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、4件目です。今回と次回は、桃太郎神社での設置年は、先の3作品の8年後になります。【 リンク集3 (No.13) 青鬼 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1970年(昭和45年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会塗装の影響か、実におどけた表情の作品です。私も好きな作品の一つです。記録では、桃太郎神社でのコンクリート像の設置年は、浅野祥雲は1951年頃から1973年、高見彰七は1962年と1970年です。この重複期には、両氏に交流があったはずです。今後は両氏の交流についても、深く考察する必要がありそうです。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像」【 インペリアル フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.15
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、第3件目です。本神社からの高見彰七作品の登録は、本神社神主ご子息の当時のメモ書きの情報に基づいています。今回は桃太郎神社の高見彰七作品で、最も見落としやすい作品です。【 リンク集3 (No.12) 桃太郎誕生 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1962年(昭和37年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会この作品は、拝殿の向かって左奥にあります。拝殿より奥に進まないと見ることができません。しかも未塗装で小さな作品です。この作品は豊田市 観音院の座像と表情がよく似ています。「観音院の座像」観音院の座像が高見彰七作品であるという裏付けにもなるでしょう。高見彰七作品らしい素朴な座像です。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像【 ヘレンド フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.13
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にほんブログ村 桃太郎神社の高見彰七作品、第2件目です。この神社の高見彰七作品で、最も製作の難易度が高かったであろう作品。それがこちらです。【 リンク集3 (No.11) 餅つき 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1962年(昭和37年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会神社内の有料ゾーン入り口にある餅つきの像は、参拝者は誰もが目にすることでしょう。どちらかと言えば破損を恐れて保守的な造形が多い高見彰七作品。その点、この餅つきはかなり意欲的な作品です。前かがみの姿勢も造形が難しく思えます。杵が頭に付いているのは補強の意味もあるでしょう。塗装されいることもあり、高見彰七作品の特徴が把握できません。根拠となる記録がなければ、作家の特定は難しかったことでしょう。塗装がコンクリート像の印象を変えることを、あらためてこの作品で実感しました。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像」【 ヘレンド フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.11
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にほんブログ村 愛知県犬山市の桃太郎神社に高見彰七作品がある。この情報を見つけた時、私は本当に驚きました。桃太郎神社には、浅野祥雲作以外のコンクリート像もある。この件は、私も以前にブログでご紹介しました。【以前の記事】 「桃太郎神社の浅野祥雲以外の作品] しかし、まさかこの内の5件が製作年も裏付けのある高見彰七作品とは予想もしていませんでした。情報については、犬山日本一桃太郎会の方に確認して、神社関係者のメモ書きながら、記録があることを確認しています。今回、高見彰七作品と確認できた作品。まずは次の作品があります。【 リンク集3 (No.10) 悪運はサル 】 ・所在地: 愛知県犬山市 桃太郎神社 ・設置年: 1962年(昭和37年) ・作家銘: なし(メモ書きで裏付け) ・情報元: 犬山日本一桃太郎会桃太郎神社でも、特に印象的な「悪運はサル」。あまりにダイナミックな作風は、これが高見彰七作品かの判定さえも困難とさせます。桃太郎神社に浅野祥雲と高見彰七両氏の作品があることは重要な意味を持つと思います。少なくとも、両氏がともに桃太郎神社に作品を設置していた1962~1970年には、両氏に交流があったことは間違いありません。以前から、浅野祥雲,高見彰七の両氏の交流を推定させる事例はいくつかありました。今回の桃太郎神社での発見は、両氏の交流を裏付ける点で私にとってはとても大きな発見となりました。【犬山日本一桃太郎会のNote】 「桃太郎神社のコンクリート像」【 ARABIA フィギュリン 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.09
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にほんブログ村 まずは、高見彰七作品、新発見のご報告から。発見者は「FDG公式さん」です。【FDG公式さん】 「FDG公式さんのH.P.」こちらの観音像、一目で高見観音とわかります。【 リンク集2 (No.37) 観音菩薩像 】 ・所在地: 愛知県刈谷市井ヶ谷町 長善寺 ・製作年月: 不明 ・作家銘: なし ・その他: 顔にひび割れあり ・発見者: FDG公式さん実は長善寺には、以前に2回ご訪問しています。特に2回目は、この観音像も5枚撮影しています。今回の記事では、その時の写真を利用しています。それでもこの観音像は私の記憶から消えていました。その理由は、おそらく隣の乃木希典の石像にあります。当時、私は由来の明確な文化財に関心を持っていました。一方で無銘の仏像の作家を推定する力がありませんでした。乃木希典の石像には、民家からの移設などの情報が記されています。その結果、乃木希典の石像には強い関心を持ち、観音像の数倍の16枚もの写真を撮影しています。見ていても、よく理解しなければ忘れてしまう。長善寺の観音像の発見は、良い教訓になる事例でした。長善寺には木彫りの観音像が多くありますが、これらは当時のご住職が作成されたという情報もあります。高見観音は観音像好きのご住職のコレクションだったのかもしれません。FDG公式さん、いつもご報告を頂き、ありがとうございました。また記事の掲載が遅れましてすみません。今後もよろしくお願い致します。【 干支だるま 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.06
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にほんブログ村 旧年中はお世話になりました。2026年もよろしくお願いします。年末年始の時間を利用して、ブログ記事やリンクの整備も進みました。今年は多忙な年になりますが、体調に配慮しつつ、ブログなども進めたいと思いますので、よろしくお願いします。【 相馬焼 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.01.01
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にほんブログ村 しばらくブログの更新が止まっていてすみません。年末の多忙さに加えて、複数の高見彰七に関する新情報があり情報を整理中です。公開は来年になると思いますが、概要は下記のとおりです。(1)知名度のあるコンクリート像が高見彰七作品でした 情報収集で気づきました。 情報源にも事前確認できました。(2)高見彰七作品、新発見の情報がありました。 確度の高い新発見情報が2件ありました。 ただこのうちの1件については、私のミスもありました。(3)私も高見彰七作品の候補、1件を見つけています 類例がない作品のため、現在検証中です。(4)高見彰七作品集も整理が追いついていません リンク集は連休中に整理しようと思っていたのですが。 次々と入る新情報で、嬉しい悲鳴をあげています。整理が終わるまで、しばらくお待ちください。(記事: 音声入力 )【 ノリタケ 2026年福袋 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.12.28
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にほんブログ村 21日の朝から 雨でしたが 電車で移動し 文化財の探索をしていました。 数時間歩きづめで疲れ、昼過ぎに遅めの昼食を採りました。その後 食事をした場所から近くのお店で少し買い物をしていると 消防車はたくさん集まって来ました。 店内も騒然とし、見ると店の前の集合住宅が から 煙が出ていました。 初めは白い煙が出ていましたが 、途中から黒い真っ黒な煙になりました。 熱で窓ガラスも割れて落ちてきます 。消火活動の邪魔にならないように遠くから見ていましたが 消防車は11台も来ていたので、消火するだろうと安心していました。 しかし 消防団員がドアを開けるのに苦戦しているようです。 ドアに鍵がかかっていたのでしょう 。そしてなんとか扉を開けた瞬間、扉から炎が吹き出すのが見えました。 次の瞬間、今度は大きな炎が窓から吹き上がりました。 この炎を見て、消火のための放水が始まりました。 しかし瞬く間に、火元の4階から炎は5階に燃え移りました。5階の3人は逃げており無事でしたが、煙を吸ったとのことです。 3人は公園のベンチに避難してきていました。消防団員が 人の名を呼んで叫んでました。火元の人の安否確認が取れないようでした。 後のニュースで この方が亡くなったとわかりました。 黒い煙の量、延焼の速さ、火事は本当に怖いと思いました。人の不幸を撮影するものではない。そう思い、初めは写真を控えていましたが、火事の怖さを伝えようと思い、撮影しました。 冬場は火の使用が増え、また電気器具からの発火も火事の原因となります。 くれぐれもご注意ください。 最後に、亡くなられた方のご冥福をお祈りします。(記事: 音声入力 )【 防火防水ケース 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.12.21
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にほんブログ村 松江城の天守の内部をご紹介します。 松江城の天守の内部には珍しいものがあります。 それは井戸です。城での守りでは、水の確保が重要だったということでしょう。天守は内部5層、地下1階あります。 大きな木材を確保できなかったため、柱は複数の木材を組み合わせて作っています。 石落としの数も、他の城より多くあるように思います。現存天守らしく、松江城は戦いのための城という感じがしました。(記事: 音声入力 )【 2026年 ヘレンド イヤープレート 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.12.19
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