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友達に助けてもらってブロッグを始めたのが、ちょうど2年前。ちょっと考える事があって、しばらくブロッグを休む事にしました。ブロッグを通じてお友達になった方々から色々なことを学び、楽しいひとときを過ごしたことにとても感謝しています。みなさんのところへは引き続き訪問させていただくつもりです。
2012.12.14
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きょう友達から送られてきたメールで知ったのですが、こんな珍しいランの花があるのですね。 その名も 「モンキー・オーキッド」 ほんとうに花が猿の顔そっくり。エクアドルとペルーの標高1,000メートルから2,000メートルの森に季節に関係なく咲くとのこと。花の香りはオレンジの匂いだそうです。
2012.10.26
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コンピューターのウオールペーパーを風景からかわいいビーグルに変えました。あどけない眼差しがとてもかわいい。でも、かわいいからと見つめてばかりいたのでは、やることが先に進みません。
2012.10.21
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ハロウィーンも近づき、お店にパンプキンが飾られる季節になりました。今日は友達をランチに招いて、パンプキンのクリーム・スープクランベリー・マッフィンそしてデザートには、パンプキン・チーズ・ケーキ。私の担当はスープ作り、ベイキングはワイフがやりました。クリームをたっぷり使って作るスープはとてもリッチ。その上、マッフィンにクリーム・チーズをつけて食べたり、デザートも高カロリーなので、一日の制限カロリーをはるかにオーバーするランチでした。
2012.10.13
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いつもの散歩道にこのようなカクタスとザクロがなっています。このカクタスの名前はNopal cactusと呼ばれ、メキシコ、中米での人気ある食べ物だそうです。皮をむいて刻んでサラダやスープに入れて食べます。カクタスの実はこれから赤くなり、実はフルーツのまま食べたり、ジュースにして飲みます。糖尿病などに良いそうで、最近ではビン詰めで市販もされています。ザクロ、ちょっと食べにくいフルーツですね。 これも体に良いとのことで、ジュースにして売られています。一度たくさんもらったので、ジャムを作ったら、とてもおいしいのができました。ただ、種から実とジュースを絞るのが、とても面倒な上、しみが付くと取れません。ワイフはもう二度と作りたくないとこぼしていました。
2012.09.30
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マウント・シャスタ近辺には大小たくさんの湖があります。そのうちの一つレイク・シスキュー。今は夏場で水位が下がっていますが、ここではマス釣りができます。キャッスル・レイクは冬場は完全に凍って、氷に穴をあけて魚釣りするそうです。山道をハイキングして滝も見に行きました。夕方近く、ふと空を見上げると雲にとても不思議な色が反映して、きれいなブルーの輪が見えます。夕日の色も素晴らしい。空気がきれいで、水もおいしく、ここではボトル・ウオーターを買う必要がありません。熱を持たしたシャスタ・ロックを使っての全身マッサージも試みました。何よりも楽しかったのは、いろいろな人との出会い。B & B に泊まっている人はもちろん、街で会った人とのちょっとした会話。中でも、昔のヒッピィー(?)と大笑いしながらいろんな話をしました。日本の原子力発電問題とか世界平和など。彼等はなかなか物知りです。分かれる時に、一人が「ナンミョウホウレンゲッキョウ」 もう一人が 「ナムアミダブツ」と言ってこれにも大笑い。 ところで、マウント・シャスタは本当にパワースポットなのでしょうか。セドナでは時々弱い電気のようなものを何度も感じました。そのような話をしている時、一人の女性が手のひらを合わせてきて、確かに軽い振動間が伝わってきました。たくさんのヒーラーがやってくる地、やはり特別なエネルギーが存在するのでしょうね。
2012.09.25
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カリフォルニア州の北端、オレゴン州との州境に近いところに、高いパワースポットで知られるマウント・シャスタがあります。前々から行きたいと思っていたのですが、交通の便があまり良くないため、行きそびれていました。夏場は山の雪が完全に溶けて、氷河だけが見えますが、12月から6月までは雪に覆われた美しい山の景色が見られるそうです。今回はホテルではなく、B and B (bed and breakfast)を選びました。各部屋の窓からはマウント・シャスタが見えます。オーナーのディビッドが毎朝おいしい朝食を作ってくれて、他の宿泊客と会話を楽しみながら食べます。夜はジャクージーに浸かり、きれいな星空を眺めて過ごしました。
2012.09.22
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プラハの公共交通機関はたいへん安くて便利です。6日間のプラハ滞在中地下鉄をなんども利用しました。ホテルの近くの地下鉄の駅へのエスカレーターは、長くて、急でその上スピードが驚くほど速い。旅行仲間の何人かはこんな恐ろしいエスカレーターは嫌だと代わりにストリートカーに乗っていました。 有名なカレル橋(英語名Charles Bridge).想像以上に大きくて長く、いつも観光客で大賑わい。コリアンの若い観光客を随分みました。あとで分かったのですが、、今コリアでプラハを舞台にしたドラマが大流行なので、どうやらそれが原因らしい。 橋の上や周りではいろいろなストリート・アーティストでいっぱい。何人もの似顔絵アーティストがいて、たいへんポピューラー。音楽に合わせて、観客のちいさな女の子が一心不乱に踊っているのがとてもかわいかった。日本やアメリカでは通常トイレに行くのに不便はないが、中欧の国々ではほとんどが有料。トイレに行くためにそれぞれの国のコインを常に用意しなくてはならないのはとても不便でした。
2012.09.01
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旅行に行く前に、チェコは素晴らしい所だが、スリには注意するように聞いていた。実際、地下鉄に乗ると窓にスリに注意と張り紙がしてある。ある日、旧市街の天文時計塔に登り、街の全景を見ることにした。とても混雑していてまるで混んだ電車の中のよう。 ここから見下ろした景色は素晴らしく、時々私達二人の写真を近くに居る人に頼んで撮ってもらっていた。塔の周りをほぼ一周し終わる頃、ふと気がつくと写真をお願いしているのがいつも同じかわいい女の子。振り向けばいつも近くに居て、目が合えばにっこり笑ってとても愛想が良い。込み合っているので、なるべく体を触れないように注意するが、ちょうど満員電車のような状態で、どうしても避けられない。何度か彼女にごめんなさいと謝ったがいつもニコニコ笑っているだけ。しばらくして逆の方向から二人の若い女の子が接近、3人が目で合図し始めた。気がついたら、3人ともカメラもバッグも持っていない。すぐにワイフに気をつけるように言ったら、ワイフのファニーバッグのジッパーが既に開かれていた。お金は洋服の中のパウチに入れてあるので、被害は無かったが、後で知らないでスリに何枚も写真を撮ってもらったのだと大笑い。
2012.08.29
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今日はプラハから50kmの所に第2次世界大戦時のナチスの強制収容所があった、テレジーンを訪問です。朝から空はどんより曇り、小雨模様で、ツアーメンバーのトムが、[悲しい歴史を持つ場所に行くのに、まさに演出効果を添えるような天気だ」とぼっそりとつぶやいた。 この収容所には150,000人以上のユダヤ人が送られ、病死も含めて33,000人が亡くなりました。着いたころは雨は止み、施設内の博物館で短い映画で当時の様子を見たり、展示品を見学。当時のまま残されているシャワールーム、狭い共同寝室などの施設を診て回る。厚い土壁で出来た薄暗い独房、ここで人々は処罰を受けて時を過ごしたのだ。いったいどのような気持ちになるのだろうと、試しに入ってみることにした。1分もたたないうちに気分がおかしくなりそうになり急いで出ました。施設の見学も一通り終わって帰りのバスを待っている時に、ジューイッシュのアニタが、実はこのような信じられないような話があるのだけれどもと話始めた。今はニューヨークに住む90歳になる彼女の叔母が終戦間際までナチスの目を逃れるため、チェコ中を逃げ隠れしていたそうです。ある日農家の納屋に泊まらせてもらっていた時の話。夜中に納屋のドアーを開ける音に、ついにナチスの捜索隊がやって来て、もう駄目だと諦めていたら、なんと、それは5年前に別れ別れになってしまい、やはり逃げ回って隠れ場所を探してこの農家の納屋にたどり着いた恋人だったそうです。しばらくして終戦になり、二人は結婚したというまるでドラマのような話をきいて、全員感動を受けました。
2012.08.28
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クトナーホラはプラハからバスで約1時間半、中世紀に銀の生産で栄えた小さな街です。この街にはあまりたくさんの観光客が来ないようでとても静かでのんびりした気分になれます。街にはセント・バーバラという素晴らしいゴシック建築の教会があります。教会の前では姉妹が夏休み中のこづかい稼ぎのためにクラシック音楽の演奏をやっていて、素晴らしい音色にしばらくの間、聞きほれていました。二人とも4歳の時から楽器を始めたそうです。ランチのメニューにマスと付け合せにコロッケと書いてあったので、魚好きのワイフがオーダーしたら、コロッケとはポテト・ボールでした。 チェコではポークがとてもポピュラーな食べ物で、私はポーク・ソテーをオーダー。ここからそう遠くない所に、たいへん変わったというか、若干気味の悪い教会があります。 40,000人以上の人間の骨を使っていろいろとデザインされたものが教会の中に、所狭しと飾られています。非常にユニークなので見学しましたが、あまり長く居ることなく、また写真もほとんど撮りませんでした。
2012.08.25
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最近とても暑い日が続きます。日本に比べて湿度が低いので、それほどの不快感はありませんが。我家にはクーラーはありません。窓を開けておくと西の方からオーシャン・ブリーズが入ってくるので、特に朝夕は冷たい風が気持ち良いです。 前にも紹介した我家のシンプルなデコレーション。暑い夏は、落ちた花びらを水に浮かべてあります。これだけでも、結構涼しさが感じられます。
2012.08.23
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プラハからバスで約2時間の所に、温泉保養地 カルロヴィ ヴァリがあります。前日にバス会社に連絡したら午前中のバスはかなり混んでいて、電話での予約は受けつけないとのこと。 絶対に行きたいと思うほどのところではないけれども、せっかくここまできたのだから、出来たらこの機会にと思って、朝早い目にホテルを出て、地下鉄を乗りついで、バスのターミナルに行ってみたら、運良く9時過ぎのバスが空いていました。 街は川沿いにホテルがいっぱい建ち並び、想像したよりも大きなきれいな街です。 ローマン・スタイルの建物があって、ミネラル・ウオーターが飲めます。あまりおいしくはなかったけれども。こんな所にも日本が侵入しているのがおかしかった。フィニクラで小高いダイアナ丘に登って、街の全景を眺めました。バスのサービスはちょっとした飛行機並み。チェコ語と英語でアナウンスがあり、フリーWI-FI, 各席にテレビもついています。なんとカパチーノのフリーサービスまでありました。朝出発して夕方にはプラハに帰るという忙しいトリップでしたが、チェコの違った一面が見られる、思い出に残る一日でした。
2012.08.21
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いよいよ楽しみのプラハ(英語名Prague), 今まで何人かの友人にその美しさの話を聞き、晴らしい風景写真も見ましたが、それらには偽りなく美しい。確かに魅力いっぱいの街です。中世の建造物は、幸いにして第二次世界大戦の被害を免れたために、街中に昔のお城、教会があり、石畳の道を歩きながらこれらを見物です。まず最初は小高い丘に建てられたゴシック建築のプラハ城へ。 すごいスケールの建物です。門の前で衛兵の交代や、楽団演奏もあります。午後からは旧市外へ。ここも中世の建物がいっぱいで、歴史を感じます。広場を埋めつくすたくさんの人、人。天文時計は1時間ごとにカラクリ人形の作動があってラッパが鳴りますが、それを見ようと必死になってカメラを構えている人を見るほうが面白い。広場近辺ではいろいろな食べ物を売る屋台が並んでいるが、店員がすごく愛想が悪くてがっかりです。夜はチェコの郊外の村でチェコ料理とフォークダンス。おいしいチェコのビールを飲みながら音楽を楽しみました。
2012.08.20
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一週間のドナウ川クルーズを終えて、チェコ リパブリックへ向かいます。オーストリアとチェコの国境は検査場らしき建物も何も無く、バスはそのまま走り続け、中世期に栄えた街チェスキークルムロフ。着いたとたん、街の建物の美しさにしばらく呆然と見つめました。丘の上にはお城があって、街のあちらこちらに教会があり、街の真ん中をブルタブ川が湾曲していて、人々はラフティングを楽しんでいます。ランチはちいさなグループに分かれてローカルの家庭を訪れ、この地方の典型的な食事を食べながら毎日の生活の様子を知るチャンスです。我々は6名のグループでホステスは英語がしゃべれませんが、幸いにして娘婿がイギリス人でチェコには20年以上住んでいて、彼が通訳してくれました。食事の前にまず自家製の何種類かのハーブが入ったとても強いブランデェータイプのお酒が出され、ポテトの入ったスープ、そしてローストチキンにポテト、デザートはもちろん手作りのアップルストルードル。みんながやっぱり一番興味があるのは、共産主義下と今の生活の違いを一般の人から直接聞くこと。共産主義から開放されて、自由が得られ、物が豊かになったと喜んでいました。反面、物事の急速な変化についていけず、昔をノスタルジックに感じ、やっぱり共産主義の方が良かったと言う人も少しいるようです。自由と共に移民が増えてそれが問題化しつつもあるようです。彼女の台所からは街の景色が見えて、毎日こんな美しい景色を見ながら料理ができるのがうらやましい。
2012.08.17
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一週間、私達をブダペストからリンツまで運んでくれたコンチェルトの紹介です。コンチェルトは乗客140名乗り、船のクルーは全員で34名、客室キャビンは4階ありちいさなエレベーターがついています。船の前方にラウンジ、後方がレストラン。小さな図書室、エクササイズルーム、サウナもあります。街の観光に出かける時に、また観光から帰って来た時には、キャプテンとホテル・マネジャーがいつもこのように見送り、出迎えしてくれるのがとても感じが良かった。 サンデッキは広々としています。ディナーの後はいつもエンターメインメントがありましたが、朝派の私達はあまり利用しませんでした。スタッフはインターナショナルですが、インドネシアの人が多かったみたい。7日間の船旅行中、ほとんど毎日3食を船のレストランで食べたわけですが、全く飽きる事のない、すばらしいメニューでした。こんな小さな船のキッチンでよくもこんなにも素晴らしい料理ができるものだと感心。朝はごく普通のバッフエ・スタイルですが、オムレツ・ステイションで好きなオムレツがオーダーでき、その上毎朝スペシャル・メニュー、たとえばクレープ風パンケーキ、ハワイアン・トースト(パンの上にハム、パイナップルそしてチーズをのせてトースト)、エッグベネディクト等をウエイターにオーダできます。 ランチはバッフェとこれも毎日2,3種類の日替わりスペシャル・メニュー。ディナーは毎晩、スープ、サラダから始まる5コース・ディナー。メインコースは2,3種類から選べます。ランチ、ディナー共に2,3種類のデザートがついてきます。バースディ・パーティーのお祝いも何度か行われました。
2012.08.15
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船はリンツに到着、ここからバスで1時間半ほどでモーツアルトの生誕地、またサウンド・オブ・ミュージックでも有名なザルツブルグへ行きます。ガイドがザルツブルグは昔ホワイト・ゴールドとも呼ばれた大切なものが取れたところですが、ホワイト・ゴールドとは何か分かりますかの質問に誰かが冗談でそれはコケインと言ってバスの中は爆笑。塩の産地で栄えた街なんですね。夏の観光シーズンに加えて、大きな音楽祭をやっているため街はものすごい人です。街のあちらこちらではストリート・ミュジシャンが演奏、こんな珍しい楽器を見ました。ランチは修道院がレストランになっているところで、パンケーキ・スープとこの地方でたいへんポピューラーなウイナーシュニッツエル。ウイナーシュニッツエルはヴィールやポークが普通だと思っていたのですが、今回はターキー・ミート。 おいしかったです。パンケーキ・スープっていったいなんだろうと思っていたら、クレープのように薄く焼いたパンケーキを細かく切ったスープ、とてもシンプルでこれもおいしかった。ランチの後、小高い丘にそびえるお城まで歩いて登りました。ここから見るザルツブルグの町の景色は最高。 公園では学生達のオーケストラをやっていて、本当に音楽の街ですね。楽しかったドナウ川の船旅も今夜が最後ということで、今夜はキャプテンのフェアウエル・ディナー。 いつもよりもちょっとおしゃれなディナーにデザートはダイニングルームを真っ暗にして持ち込まれる炎のベイクドアラスカ。 船の停泊した所からからネオンサイン・ミュージアムが見えて、建物全体が次々と色が変わるライトニング・ショーが見れました。
2012.08.14
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デュルンシュタインを出発、サンデッキから両岸の美しい景色を楽しみながら、次の目的地に向かいます。川の岸にはブドウ畑が一面に見えます。メルク修道院は900年前に建てられたバロック風の建物で、その規模の大きさと美しさに思わず目を見張りました。ドイツからのボーイスカウトも見学に来ています。教会の広い中庭。長い廊下、そして教会の中もすばらしい。天井画が非常に美しく、首が痛くなるまで見つめてしまいました。テラスから見下ろす街の風景。丘の上にそそり立つ修道院はまるで絵のようです。 この船ともそろそろお別れが近づいてきて、今夜はディナーの後にクルーによる余興が行われました。
2012.08.13
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この曲も 「美しく青きドナウ」 同様、何度か聞きました。ポルカ調で楽しそうに演奏されましたが、なぜか哀調を感じさせます。
2012.08.12
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船はウイーンをあとに、緩やかにドナウ川をさかのぼって行きます。途中、小さな町々、教会や城を遠くに眺めながら、朝早くデュルンシュタインという小さな町に着きました。小高な山の上に城の廃墟が見えます。12世紀の終わり頃にイギリスのリチャード国王が囚われの身になったというお城です。船を降りるとブドウ畑がたくさんあり、この周辺ヴァッハウ・ヴァレーはワインの産地です。この地方ではアプリコットで作られたリキュールが有名で、めずらしいのでサンプルを飲んだところ、アルコール度がすごく高くてびっくり。小さな石畳の両脇にはおしゃれな土産物屋さんがたくさんあります。私達は少し小高い丘に挑戦、そこから眺めるドナウ川の景色を楽しみました。ブルーの建物は修道院です。
2012.08.12
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旅行中に何度も耳にした曲です。
2012.08.12
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午前中はオペラハウスの見学です。建物や劇場の中のデザインの美しさは息をのむような美しさです。廊下の壁には古い建物にはちょっと似つかないこんなモダンなディスプレイも。街の中にあるマーケットで見たもの。色々なハーブで味付けしたオリーブオイルとレリッシュ。午後からはシェーンブルン宮殿へ行きました。実のところシンプルなものに惹かれる私は贅沢三昧な宮殿や豪華マンションには全く興味が湧かないのですが、ここは是非見ておいた方が良いとのことで。1400室もある、壮大で絢爛豪華な宮殿です。もちろん見学は宮殿の一部だけですが。馬車博物館も行くまではあまり気乗りがしなかったのですが、ここでは今まで見たことが無いようなものにたくさん出くわしました。夏用、冬用、長距離旅行用、そしてお葬式用の真っ黒に作られた珍しい馬車。子供用のちいさな馬車、実際は馬が引くのではなく、ヤギが引くそうです。残念ながらここは撮影禁止のため写真はありません。
2012.08.10
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船は首都のウイーン(英語名Vienna)に到着。オーストリアはほぼ北海道の大きさで、国土の半分が緑に覆われ、中央ヨーロッパのちいさな宝石と呼ばれる美しい国です。船から街の中心までバスで10分。途中この変わった建物、市の焼却炉で、人口1700万人の市のゴミの39%を処理しお湯にしているそうです。今朝はあいにくの雨ですが、雨のために緑がさらにきれいに見えます。馬もこのように雨具を着ています。街にはコーヒーショップがいっぱい、そしておいしそうなケーキも。コーヒーはもともとオーストリアの飲み物ではなく、オスマントルコが侵略した時に持ち込まれたそうです。ディナーの時のデザート、音楽の地にちなんだデザイン。こういう小さな心配りがうれしいですね。モーツアルト、ハイドン、シューベルト、ヨハン シュトラウス等数々の音楽家を産んだ国。街ではこのような服装の人がコンサート・チケットを売っています。夕食後、私達もコンサートに行き、素晴らしい音楽を楽しみました。
2012.08.09
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朝食の後、この地域のポプュラーなデザート、アップルストルードルの作り方デモンストレーション。最初はプロのクックが披露して、次にツアーメンバーのボランティアーが試みる。今夜のデザートにこれを使うことがわかり、誰かが大声でプロのクックの作ったのにあたりますようにと全員大笑い。昼前にスロバキアの首都ブラティスラバに到着。1993年にチェコスロバキアがチェコとスロバキアの二つの国に分かれた。スロバキアは人口わずか540万人、ブラティスラバには42万人の人が住んでいる。船を降りるとすぐそこがブラティスラバの街。街を走るストリートカーのLITTLE BIG CITYのサインが面白い。小さくて大きな街、全く意味不明だが、なんだか感じが分かる。かわいい首都には数々の銅像やこんな面白い物もある。ストリート・パーフォーマンスもあちらこちらで見られる。街の見学後、船に戻り、ラウンジで地元の二人の大学生によるスロバキアの紹介。たいへん上手な英語でスロバキアの概要をユーモアを交えて説明してくれる。その後Q & Aセッション、多くの質問は共産主義時代と今の生活の違い、現在の教育制度、医療制度など。興味深かったのは、彼等の流暢な英語はアメリカテレビを見て学んだこと、共産主義経済がいかに効率が悪いものかを実例を使って説明、スロバキアの国自体がローマンカトリック教会の強い影響力を受けすぎとの批判だった。
2012.08.08
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目覚めると、窓からは美しいブダペストの朝の景色が眺められる。朝食は7時からバッフェ・スタイルで始まる。ダイニングルームは自由席だが、昨夜のディナーは空港で出合ったメリーとジム夫妻、もう一組は年配の人の良さそうなカップル。昨夜と同じメンバーで朝食。最初の日から居心地が良いグループが出来上がった感じ。朝からは市内のバスツアー。ブダの丘から見える対岸のペストの風景。こんな小さな郵便ポストを見つける。大きなマーケットでいろいろな種類の食べ物を売っている。かわいい袋に入ったパプリカをさっそくお土産用に買っている人もいる。一通りの観光地を周って船に戻りランチ。ランチはバッフエとオーダーのミックススタイル。2、3種類のデザートのチョイスもある。 ←これはかなり危険!!午後からは夕方まで自由行動なので、まずは船から歩いて10分ぐらいの所にあるメタルで作られた靴のディスプレイを見に行く。 第二次大戦の時にナチスによって殺され、ドナウ川に投げ込まれた人々のメモリアルである。たまたま横を若者が LIFE IS FUNと大きく書かれたティーシャツを着て歩いてくる。かなり複雑な気持ちになる。小さな子供の靴のディスプレイを見ながら、若くして命を落としていった子供達のことを想像すると目頭があつくなり、胸が締め付けられる。鎖橋を歩いて渡り、街を散策して夕方船に戻ると、いきなりサイレンが鳴り、エマージェンシードリルの始まり。乗船後24時間以内にドリルがある聞いていたのをすっかり忘れていた。全員ラウンジに救命具を持って集合。キャプテンのユーモア交えた説明を聞く。今夜はキャプテン主催のウエルカムディナー、といっても正装の必要が無いのがうれしい。ディナーが始まるころには船はゆっくりと次の目的地に向けてクルージングが始まる。船の前方にラウンジがあり、バーで飲みながらエレクトーン演奏のエンターテインメントも楽しめる。
2012.08.07
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ロスアンジェルスからフランクフルト経由で約13時間、ブダペストに到着。人口170万人のブダペストの空港は、首都の空港にしてはこじんまりしている。バゲッジが出てくるのを待つ間に、ツァーメンバーの人に出会い、さっそく雑談が始まる。彼女は以前の旅行でバゲッジが紛失、2週間の旅行の最後にようやく届いた経験があるのでバゲッジが出てくるまではいつもナーバスになると話していた。でも、バゲッジが紛失したあの時の旅行中は今日は何を着ようかとの心配が無かったと明るく笑っていた。ネガティブな状況下でもこのようにプラス思考ができる人は立派だ。空港から30分、ドナウ川(英語では The Danube River)に到着。7日間のドナウ川の旅の動くホテルとなるリバーボート、コンチェルト号に乗船。8年前にルーマニアからブルガリア、サービアを経てこのブダペストまでやはりドナウ川クルーズをしたので、今回はその継続旅行になる。キャビンは海洋クルーズのよりもやや狭い感じだが、小さなバルコニーもついている。体の大きなアメリカ人が体を半分づつシャワーを浴びるという話はまんざら冗談ではないけれども、シャワー・ルームは私達には十分の広さ。昼間はベンチで夜はキャビンアテンダントがベッドに変えてくれる。120名の乗船が終わり、7時からディナーが始まる。5コースの素晴らしいディナー。9時から夜景クルーズが始まり、全員サンデックに上がり説明のアナウンスを聞く。あまりの美しさに何度もため息や歓声があがる。1時間ほどのクルージングはイヴアノヴィッチのドナウ川のさざなみの曲を聞きながら終わる。キャビンに戻って窓の外を見ると、なんと船の停泊した所は鎖橋の真横。今夜はカーテンを閉めずに夜景を楽しみながら寝る事にする。あまりの感動に中々寝つかれない。
2012.08.06
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今週の土曜日から2週間旅行に出かけます。ハンガリー、スロバキア、オーストリア、そしてチェコです。帰ってきたらまた旅行記を書きますので読みに来てください。
2012.07.20
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グランドキャニオン レイク パウエルボートで侵食された模様の岩壁を見物。アンティロープ・キャニオンキャニオンの上から太陽の光が照らされ岩の表面が幻想的な色に移り変わる。昔のナバホインディアンの隠れ場所。モニュメント・バレーナバホ・インディアン居住地。西部劇の撮影によく使われました。グースネックコロラド川の支流が浸食されてできた。コロラド州のメサバーデ昔プエブロ・インディアンが住んでいた、岸壁に作られた彼等の居住地。住んでいたインデイアンが突然ミステリアスに姿を消した。デュランゴからシルバートン1920年代の汽車旅行。途中でピストルを持った列車強盗も出てきて全員がホールド・アップ。ベイル・コロラド冬のスキーシーズンに人気があります。
2012.07.11
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2年前の夏にサウス・ダコタからワイオミング、アイダホ、ユタ、アリゾナ、コロラドの国立公園を旅行した時の写真です。クレージーホース・モニュメント白人と勇敢に戦ったスー・インディアン戦士の記念碑。まだ完成していません。マウントラッシュモア大きな岩山に4人のアメリカ大統領の彫像が彫られている。ワイオミングで見た本場のロデオショウー子供のカゥボーイ、カゥガールも主演してかわいい。バッファロー一時はほとんど絶滅しかけたが、近年増え続けている。イエローストーンの温泉ものすごく大規模で間欠泉の迫力は見もの。グランドティートンあまりの美しさにしばらく見とれてしまった。スネークリバーの川下り川の周りの木にアメリカン・イーグルがたくさん。魚をえさに食べるそうです。ユタ州ソルトレークのモルモン教の大合唱練習風景ものすごい荘厳です。ブライスキャニオン柱状の岩の色が実に美しい。春先に行った時は、岩のトップが真っ白の雪で覆われていて帽子をかぶっているようだった。
2012.07.09
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やけどをした時のベスト治療方法です。まず、やけどをした部分を水か氷で冷やしたあと、玉子の黄身と白身を分けて、白身でやけどの部分をカバーします。白身はかなり早く空気乾燥するので、これを何度か繰り返し、30分もすればやけどの部分が白身で何重にも覆われます。実は昨日私自身が指先をかなりひどいやけどし、すぐこの方法を実行。12時間後、水ぶくれも無く、皮膚が少し色が変わったぐらいです。玉子の白身に皮膚を復元する成分がふくまれていて、信じられないほどの早い治り方です。アメリカの消防署のやけどの緊急措置にこの方法が使われているそうです。
2012.07.08
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一時ビーグル犬のミニチュアフィギュリンを集めていたことがあります。珍しい物を見つけては買っていました。中には皮製品のもともとはキーチェーンなんかも。そのコレクションをファミリールームの壁に飾ってあります。この小さな棚は実はお土産屋さんで見つけたスパイスラックです。
2012.07.04
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昔ビーグル犬を飼っていたことがあります。一時は同時に2匹も。とてもやんちゃな犬で、家の中をメチャクチャに荒されました。でも、とっても可愛かった。バケーションの時に犬のホテルに預けると、帰ってきてからもしばらくはよそよそしい態度。多分置いてきぼりにされて、怒っていたのでしょうね。6年前に死んでからは犬を飼うのをやめましたが時々また犬が欲しくなります。 特にこのようなYouTubeを見ると。
2012.07.01
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我家のリビングルームのテーブルのセンターピースはガラスの器に水を入れて、貝や花を浮かべたものです。ところでこの貝、よく人にペイントしたのと聞かれますが、ホタテ貝のこどもで、まったくの自然のままの色です。春には近所の散ってしまった桜の花びらでこのように。
2012.06.29
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これなんだか分かりますか?3月に横浜で買った崎陽軒のシュウマイの醤油さし。こちらは以前倉敷へ行った時にお土産屋さんで見た備前焼の線香立て。こんなのが我家では花瓶として活躍しています。
2012.06.28
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夜遅く帰ってきた時、車のヘッドライトに照らされて、隣のフェンスに小さな動物がいて、しばらくこちらをずっと見つめていました。大きなねずみかなと思ったのですが、ワイフは違うあんな大きなねずみはいないと主張する。(写真は借り物です)グーグルで調べてみて、オポッサムだと分かりました。それにしてもこんな動物が近所にいるなんて。私達の住む所はごく普通の住宅地です。散歩をしているとリスが走り回っているのはいつも見ますが。近くの高い木に鷹が巣を作っていて、今の時期には鷹のベイビーが鳴きながら飛行訓練している様子がとてもかわいい。一度、キッチンの窓から外を見たら、フェンスの上にアライグマがいてこちらを眺めていた事もあります。この時も一瞬、ネコかなと思ったのですが、近所の人の話では、ゴミ箱の上に座っているアライグマをよく見るそうです。まあこの程度の動物ならOKですが、あんまり変なのには出くわしたくありません。
2012.06.26
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状況や気持ちなどを正確に言葉で伝えることはとても難しいですね。同じ日本人が日本語で話し合っていても時には誤解があったり、まして、これが外国語になればもっと難しい。やっぱり言葉だけではなく、その国の文化を理解しないと直訳では通じないどころか、大きな誤解さえ招いてしまうこともあります。日本独特の謙虚な気持ちで、プレゼントを渡す時に、「これつまらない物ですが。。。」これなんか直訳したら、何だこいつはと思われる。日系2世や3世の人と話していると英語の途中に” Plesae don't 遠慮 ” とか ”That's must be バチ ”のように英語ではどうしてもピンとこない言葉が日本語そのままで出てくる。遠慮、バチを英語訳しても、やはり本来の意味とは少し違ってくる。最後に本当にあった私の友達の面白い話。3世の友達が日本から来た女性にデートに誘おうとして、「今度私と一緒に活動写真見に行きませんか」彼の日本語は、お爺さんやおばあさんから習ったものだった。
2012.06.22
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近所の道端に咲いているアザミです。あまり一般的な食べ物ではありませんが、アーティチョークの肉詰めトマトソース煮大好き。大きな夏みかんサイズのアーティチョークを買って、まわりのとげを切り落として、真ん中をくりぬいて、ハンバーガーミート、タマネギを詰めて、トマトソース、赤ワインで弱火で2~3時間煮込んで、できあがり。皮を歯でしがみながら食べるので、ちょっとデートの時の食事には向きませんが。 (写真撮り忘れのため上の3枚の写真は借り物です。)
2012.06.20
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今日は去年の地震と津波の被害に会った仙台と福島地区の24の農家をサポートするwalk the farmと呼ぶファンド・レイジングに行ってきました。この催しは去年に引き続き今年で2度目です。ファームは東京ドームよりもやや大きめ、30エーカーもあり、いろいろな種類の野菜や果物畑の中に、今日の催しのためにところどころに野菜、果物をサンプルできるブースがあります。子供のボランティアもたくさん。参加者に東北の地震と津波の被害を知ってもらうための写真とインフォメーションパネルがところどころにありました。 入場料は人間は1人20ドル、犬は1匹5ドル。入場料とティーシャツや帽子などの売上金その他のドーネションが選ばれた24の農家に直接送られるそうです。太鼓演奏のエンタテイメントもあり、楽しい。
2012.06.17
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義姉の家の裏庭にオレンジがいっぱいなっていて今日はオレンジ狩り。高い所のオレンジはこの道具を使って。瞬く間にコンテイナーがオレンジでいっぱい。スクイーズして、とっても甘いフレッシュ・オレンジジュースができます。
2012.06.10
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今日はカリフォルニア州での大統領予備選挙の日。大統領だけではなく上院議員、下院議員、そして数件の州条例提案なども投票します。政治に関心が無い、投票してもたいして変わらないなど、国民の政治に対する姿勢はかなりネガティブで投票率はかなり低いと予測されています。カリフォルニア州の場合法律で選挙関係の書類は英語いがいに中国語、ヒンディー、日本語、クメール、韓国語、スパニッシュ、フィリピン語、タイそしてベトナム語で印刷されます。選挙はアメリカ市民しか投票できません。市民権の試験は英語で行われ、ある程度の英語の理解力がないとパスできないはず。それなのにどうしてこのような外国語の書類が必要なのか全く理解できません。ここにも税金の無駄使い。
2012.06.05
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来年2月に今持っているパスポートが切れるので少し早いが更新する事にしました。訪れる国によってはパスポートの残り有効期限が6ヶ月以上ないと入国が許されません。その上、今持っているパスポートの残りスペースもほとんど無くなりつつあるので。更新は手紙で簡単にできます。まず、国務省のウエッブサイトからフォームをダウンロードして中国ビザ申請書よりもずっとシンプルな1ページのフォームに書き入れ、$110のチェック、写真、現在のパスポートを送れば4週間で新しいパスポートが発行されるとの事。普通のパスポートは24ページだがその倍の48ページのパスポートがあるそうだが,追加料金がいるのか、そしていくらなのかのインフォメーションが無い。仕方なく、電話をする事になりました。公共オフィスの電話サービスは通常とても不親切。ワイフが電話しましたが、聞いていると何だかとても親切な感じ。結論は倍の48ページでも同じ料金だが、なぜ普通ではなく48ページが必要かを書いたメモを書いておくと良いととても感じの良い親切な人が応対してくれたそうです。そして今日、3週間で新しいパスポートが送られてきました。これであと10年は大丈夫。
2012.05.27
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ボブとリリアンの家に行くといろいろなフルーツ以外にいつもきれいなランの花をもらって帰ります。今回もらったきれいな二つのラン。その理由は、彼等の住んでいる家の大きな敷地の一部を温室を使い大規模なラン栽培をしてマーケットに出している人に貸してあるので、いろんな種類のランが年中咲いているのです。 ボブにいつもきれいなランを貰っても数ヶ月で花が散るとその後新しい花が出てこないだけれど、一体どうすれば良いのと聞いたら、皆の買ったランに次々と新しい花がまた咲いたらランが売れなくて業者は儲からないからねと笑っていました。 とにかく水をやりすぎないのがコツのようです。ランから白い根のようなものが出ているのが空中から水分を取るのだそうです。
2012.05.23
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友達から梅がなったよと電話をもらったのでロスアンジェルスから145KM北の方に住んでいる友達の所へ行きは1時間半、帰りはトラフィックで混んでいたため2時間ドライブして、梅、びわ、オレンジ、アバカード等をもらってきました。あぁ、そうそういつものようにきれいなランの花も。今年は梅は花が咲いてすぐに強風で花が散ったため不作、それでも13KGもの梅を収穫です。(去年の1/3)リンゴの白い花がとてもきれいに咲いていて甘い匂いがただよっていましたよ。リンゴは10月ごろにとれます。いつも冗談ばかり言って笑わせる友達のボブ、急に真剣な眼差しで、この話多分信じないだろうがねと、8才の小熊のようなロットワイラー、愛犬シシーの話。この間獣医に連れて行ったら、ドクターがシシーは最近太りすぎで少し痩せないと足に負担が多すぎると注意されたそうです。なんとその日からシシーはご飯をいつもよりも食べなくなってそれ以来かなり痩せたそうで。シシーは我々の横を見つめながらじーっと話を聞いていました。
2012.05.22
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以前、ブロッグ友達のみなもさんが伊根の舟屋に行ったと書かれていた。 その時の写真の風景が忘れられなくて、 今度日本へ行った時には必ず行きたいと考えていました。 日本への旅行が決まってすぐに、姉に頼んで旅館の予約を頼んだところ、 あわて者の姉、旅行社にどのように説明したのか、 丹後の木津温泉、伊根の舟屋から相当離れた旅館を予約してしまった。 旅行社がこの温泉宿はとても人気があって中々取れないのでと言うのですぐに予約を入れておいたとの連絡。 なんだかがっかりだったが、せっかくの姉の骨折りをむげに断るのも気の毒なので、今回は夕陽ヶ浦の木津温泉の雨情草庵に決めた。 北京から日本に着いた翌々日、この日は「爆弾低気圧」と呼ばれる突風が吹いて、嵐状態、列車も車両を減らしての運行。 着いた木津温泉駅はプラットホームの中にお地蔵さんと小さな足湯があるとてもチャーミングな駅です。 駅員も制服を着た人ではなく、普通の割烹着の女性が切符を 集めていたのには驚いた。 とても素敵な旅館で、着くとすぐにお世話してくれる女性が 手作りのヨモギ餅を焼いてお茶のサービス。 夕食はこれまた素晴らしい。 ちょうど蟹の季節が終わったばかりなので、ロブスターとあわびの生きたのを持ってきて、これを今から料理しますと見せてくれた。 ワイフがそんなかわいそうにと言ってはいたが、いざ刺身になって出てきたら おいしい、おいしいと先ほどの同情は一体どこへ行ってのやら。 次から次へと出てくる料理、あまりにも種類が多すぎて、 姉は「過ぎたるは及ばざるが如し」と贅沢な文句をいっていました。 次の朝の朝食も素晴らしく、私は特に船にだされた、プレゼンテーションがとても気に入りました。 そして、色とりどりのおにぎりをお昼のお土産にと。 近くの夕日ヶ浦とてもきれいなビーチ、でもいへん荒波でしたが。
2012.05.01
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今日で北京ともお別れです。フライトは昼過ぎなので午前中ゆっくりできます。エアポートまではリリーの義父が送ってくれます。ホテルのレストランでゆっくりと朝ごはんを食べる事にしました。バッフェ・スタイルですが、ものすごい種類の中国風朝食、そして反対側には洋風の朝食が並んでいます。赤い重い鍋の中には実においしそうないろいろなご馳走が入っていて、中国語と英語で内容の説明があります。 頼めばその場でヌードルもクックしてくれます。姉曰く今までかなり高級なホテルに泊まったが, こんな豪華な朝食は初めてだと喜んでくれました。 朝食後、もう一度ゆっくりと天安門を見てみることにしました。 まず、天安門への車道、歩道もその幅の広さ。 天安門広場、いつもニュースで良く見る風景ですが、この広大さはやはり実際来て見ないと実感できません。中国の国内旅行者がたくさん来て記念写真を撮っていました。彼等のなんとも言えない素朴な笑顔が素敵です。リリーが言っていましたが、以前に比べて随分自由にはなったが、まだまだ政府の厳しい規制があるとのこと。本当に早くみんなが真の自由を感じる日が訪れてほしいですね。
2012.04.28
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いよいよ万里の長城です。Mutianyu Great Wall へ行きました。北京の街から90km離れていて、少々遠くて不便なのですが, ここは北京近郊の万里の長城に比べ元の形で残っていて、比較的観光客が少ないです。今まで写真で何度も見ていたイメージよりも、実際に行くと全くインパクトが違いますね。よくもこれほどのものをあの時代に機械も使わず作ったものだと感心せざるを得ません。階段を登りながら、昔この同じ道を兵士達が歩いたのだと思うと感動感が湧いてきます。そして、長城のかなたを見て、モンゴル兵が攻めてきた様子を想像しました。姉が遠くの塔を見て、またもやあそこまで行ってみようとクレージーなことを言い出したのですが、前日の黄砂で私のアズマが出始めたので断念。その後、北京に戻り連日の歩きつかれを癒すためにマッサージへ行きました。90分の丁寧なマッサージに気持ちが良く途中で寝てしまいました。なんと値段がわずか$20という安さ。私達はよほど珍しく目に引くものがあれば別としてお土産は買いません。唯一の例外は留守宅の世話をしてくれている甥にティーシャツを買うだけです。と言うことでお土産物屋に行きました。リリーから30元以上払ってはいけない、バーゲンするのよと言われ、案の定、まず120元から始まり反応を示さないと、すぐに100元に値引き。ワイフが一言、高すぎると言えば、85元。首を振ると60元にまた値下げ。店に入って2分もしないうちに元の言い値の半分になります。店を去ろうとすると、「いくらなら買うの」と聞かれ「30元」、そしたら40元ならとの答え、「ありがとう、結構です」と言えばすぐに30元になりました。今夜はリリーの義母の誕生日というので、夕方でお別れ、我々だけでホテルのすぐ近くのWangfujingにあるsnack streetへ行きました。 スゴイ人でいろいろなエクゾティックな食べ物が並んでいます。もちろん我々は見るだけです。
2012.04.28
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朝、隣の部屋からやって来た姉の第一声,「このホテル、まるでフートンのよう、昨夜ベッドルームからトイレに行くのが遠かった」大げさな彼女のコメントに大笑い。 さて、今朝は夜明けとともに行われる天安門でのflag raising ceremonyを見る予 定です。昨夜ホテルのフロントでチェックしたら、今朝は6時に始まるとの事。天安門はホテルから歩いて7~8分の所です。ものすごい数の見物客がいて、少し遠くから式典を見ました。7時にリリーが迎えに来てくれて、私が頼んだ典型的な中国風の朝ごはんを食べさせるレストランに連れて行ってもらいました。今おおはやりのチェーン店でリリー曰くマクドナルドのようなものだそうです。三種類のおかゆ、通常の白米、穀物そしてとうもろこしがあり、珍しいので黄色のきれいな色をしたとうもろこしのおかゆをオーダー。数々のおかずもあります。そしてここはすべてがセルフサービスになっています。とても安くて一人$1でお腹がいっぱいになりました。隣に座っていたかわいい女の子、珍しそうに我々を見つめていました。朝食後は故宮(Forbidden City)の観光です。もともと古くは北京の中心に壁で囲われた街としてデザインされ、500年間の間、皇居として使われました。とにかく、ものすごく広い。映画Last Emperorで見たシーンが思い出されます。みんなゆっくり見ようとしたら一日中かかります。
2012.04.27
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フートン観光に続き次はサマーパレスです。 現在中国で一番大きく、そして一番良く保存されている王宮だと言われています。もともとは豪華な王宮で、後に皇帝一族の主要住居になりました。湖に沿って長い廊下があり、その天井は美しいペインティングが描かれています。国内観光客でたいへん賑わっています。75%が人口の湖で(Kunming Lake)この湖を作るときに掘った土で作られた丘(Longevity Hill)の上にパビリオンがあり、サマーパレスが一望できます。クレージな姉が「あそこに登ろう」と言いだしたのですが、途中200段以上の急な階段を登らなければならないこと、夕方で日が暮れだし閉館寸前だったので、諦めました。Marble Boatと呼ばれる船、実は木で作られていますが、ペンキを塗って大理石に見せかけています。夜はリリーに頼んで有名な北京ダックレストランへ行きました。ダックは特別に育てられていて、オーガニックとのこと。通常食べる北京ダックのように油っぽくなく、また、ダックを包むパンケーキもすごく薄くてたいへんおいしい。小食の我々なので到底食べきれず、リリーの家族に持ち帰る事にしました。中国ではどのレストランでもアメリカ同様にドギィーバッグがOKです。
2012.04.26
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北京到着は大連と書きましたが、実は天津の間違いでした。送られてきた旅程表は英語で北京はTianjin の港に到着、と書いてあったため、かなり後になるまで、天津であることを知りませんでした。ブロッグを書いている途中何故か今度は大連に変わってしまった。(>_<)
2012.04.25
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ランチの後、北京の中心近くにあるフートンへ行きました。狭い道を自転車タクシーに乗り、観光します。ガイドしてくれる女の子がたまたま大学で日本語を少し勉強したことがあり、しゃべれるので姉と自転車タクシーに同乗、楽しそうにしゃべっていました。ただいろいろな説明になると英語でトレーニングを受けたので、日本語では説明できませんと謝っていました。フートンはもともとコートヤード家屋で北京の近代化に伴いそのほとんどが壊されましたが、今は政府が管理していて、現在も実際に人々が住んで生活しています。門に付いている六角形の印の数で、家族の位の高さが分かるようになっています。面白いのは家の中には、お風呂やトイレが無いので、住人は歩いて近所の共同施設に行かねばなりません。一時間のツアーが終わり、彼女が何か質問ありませんかというので、ボーイフレンドいますかと聞いたら、恥ずかしそうに、いません、と笑っていました。近くに、ベル・タワーと呼ばれる建物があり、昔はここで鐘を鳴らして時を告げたそうです。
2012.04.24
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