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先日ある試験を受ける為にちょっと遠くの街まで電車で出かけた。休み自体が少ないにも関わらず、こういうイベントの為に休みを潰すのもなかなかに切ない気分になるものだ。まぁ資格試験なのだから、無駄だというわけではない。広義で言えば会社の行事のようなものだ。受ければ恐らく会社からの評価は上がるものだと感じる。受かれば…なのだが。試験については殆ど自信がなかった。受けた人の殆どは簡単だったというが、私にはそれが信じられない。私は頭が良い方ではない、むしろ平均から見るとかなり悪い方だ。皆が口々に簡単だというその試験に受かる可能性について考えることがどうしても出来なかった。まぁしかし…受けないものには受からないのも事実だ。自信がないから受けないというのは勝負に逃げるようなものだ。それだけは避けなければならない。よって、取り敢えず受けるだけは受けてみることにした。そんな背景で電車で少し遠くの試験会場のある街まで出かけた。今回はその時の電車での話。私は基本的に電車に乗る時には椅子には座らない。その理由を自分自身で考えたことはあまりない。そして必ずドアのすぐ近くに立っている。そこに立つ理由というのは少しだけある。それは都会の電車の混み具合を経験したからだ。まぁその話はまた別の機会にするとして…。私はその日もドアのすぐ近くの場所に立っていた。電車が駅に滑り込み、ドアが開き人が数人乗ってきた。その時乗ってきたのは学生が6人ほどだった。時間帯的にも帰宅と重なるということで学生を見る機会も多いが、その時もそんな感じだった。なのでさほど気にすることもなかったのだが、電車が動き出すと同時くらいにその学生達が騒ぎ始めた。きっかけは何だっただろうか、恐らく誰かが誰かを叩いたことから始まったように思う。叩かれた学生が叩いた学生に抗議の意を言っていたのだが、その声が普通に話す声量とは明らかに違っていた。憤慨した為にそのようになったというよりはむしろ、冗談の意味を込めて大きな声になったのだろう。ひとしきりその話題で大声で盛り上がっていたのだが、しばらくして学生の1人が今居る場所が電車の中だと気づいたのだろう、盛り上がっている学生に静かにするように注意した。しかしそれは真面目に注意するというよりもむしろ冗談めいた言い方だった。私がひっかかったのはその注意した学生の声の大きさだった。注意を受けた学生達もなにやら更にヒートアップしたらしく、更に大きな声で何やら騒ぎ立てていた。客観的に見れば騒いでいる友人を諌めているつもりなのかもしれないが…そのあまりの煩さに私はこう言ってやりたかった。っていうか…君ら全員が迷惑だから…人は集団になると1人の時よりも横柄な態度をとる傾向にある。それが見知った友人同士であれば尚更だ。それで騒ぐのは大いに結構なことだが、時と場所を弁えてもらいたいものだ。見たところその学生達は高校生のようだった。あまりこのようなことを言うと年寄りっぽいのだが、最近の若者は電車の中で騒ぐことに何も抵抗がないのだろうか?実に嘆かわしいことだ。静かに乗っている学生も居る中、そうやって騒ぎ立てることによって一過的には楽しいかもしれない。しかもそのような行いを他の乗客が見ているということ、ひいてはそれが自らの品格を貶めることに繋がるということまで考慮して欲しいと現代の若者に期待するのは考えすぎだろうか?
Apr 26, 2011
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「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」ある日仕事をしていると、職場の人に聞かれた。てっきり仕事に関する質問だと思っていたのだが、尋ねられたことはかなり意外なことだった。「きょうさんって【よこはましか】って知ってますか?」聞いてきたのは私よりも3歳ほど年下の職場上で言うところの「先輩」だった。仕事でそのようなワードを聞くことはないとはわかっていたものの、それでも最初は本当に仕事関連の話だと思っていた。私の仕事は地方の名前を聞くことが本当に多い。全国の都道府県の名前が頻出する職場というのも珍しいのではないだろうか?まぁそれはいいとして…。「よこはましか」とは一体なんだろうか?私には皆目見当もつかなかった。最初に浮かんできたのは。横浜という土地柄の中でその業界最大手の歯医者の話なのだろうかと思った。私の地元なんかでは有名な歯医者とは言っても所詮は町の中で少しだけ有名なくらいだった。一応「市」ではあるが「歯医者と言えば?」と聞かれてすぐさま出てくるほど有名なものはなかった。対して今住んでいるのは横浜だ。もしかしたら市を代表するような巨大な歯医者があるのかもしれない。きっとあるとしたら横浜駅の界隈なのではなかろうか?巷では重大な病気にかかった場合の最後の手段は大学病院とされてはいるが、もしかしたら横浜に至っては横浜歯科という協力な最終手段が残されているのかもしれない。これは歯が痛くなった時には横浜歯科に是非ともお世話になりたいものだ。なるほど、流石都会ともなれば私の地元のような小さな規模ではなく、何事につけても大きな規模で事業展開しているのだろう。というような意味を込めて私はこう答えた。私「いえ、知らないですけど…かなり大きい歯医者なんですか?」先輩「いえ、違います。歌ですよ、横浜市歌」そうきたか…(笑)聞けば政令指定都市の中には当然のようなその市を代表する歌があるらしい。その市に属している人は子どもの頃からその歌を聴きながら育ってきたという話だ。試しにどのような歌であるか歌ってもらったのだが、まるで一般の人が皆ラジオ体操を知っているかのような感覚で歌ってくれた。横浜市民にしてみれば当然の知識のようだったのだが、私にはかなり新鮮な体験だった。私の地元の市にも市歌があるのだろうか?今度両親にでも電話して聞いてみるとしよう。もしかしたら私が関東に出てきた以降に出来ている可能性もある。それならある意味では横浜市と同レベルになっているということなので…私の地元としては快挙なのではなかろうか?(笑)しかしやはり曲調はと言えば昔に出来ていたこともあって、昭和の匂いの溢れるものになっていた。しかしそれを歌っている先輩達を見ていると、宛ら九九を言っているような当然感があって、とても興味深い出来事だった。
Apr 17, 2011
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人の価値に反比例して時間の価値は高まる。子どもの頃は何でも出来るような気がしていた。実際に色々なことをやってもある程度はものになったし、周りの環境だって暖かくて過ごしやすいものだった。才能と言えば聞こえはいいだろうが、要するに多くの可能性を秘めた存在だったというわけだ。誰だってそうだ、子どもの頃は可能性の塊のような存在だ。それが自分自身の可能性を狭め出来ることと出来ないことという名の出来そうにないことへの線引きを行う。大人になるということは子どもの頃に感じていた可能性を自分で否定することと同義だということなのだろう。子どもの頃に溢れているものの1つに時間がある。あの頃は時間なんて余るほどあったように思う。何をするにも時間を使うのだが、その時間は無限に沸いてくるような存在だったように感じる。子どもの頃の時間の価値はそう高くもないように思える。勿論それは当時の自分を反芻した結果そう思うだけで…今私自身が感じている時間の価値とは雲泥の差だ。今は時間が何よりもの価値のように思える。自活出来ていない頃は、お金がかなり重要な意味を持っているように思えた。お金があれば自分の好きなものを買えるし、何処でも好きな場所に行くことも出来る。お金の価値は時間とは比較するものではない。多少分の悪い交換でも、片天秤に時間が乗っていてもう片方にお金が乗っているのだったら迷うことはなかった。だが、今はどうだろうか?今は何よりも時間が欲しい。ある程度生活していくのにも緊急のことが起きても大丈夫な程お金を手に入れると、それが使えないということに対するフラストレーションが大きくなってくる。仕事が忙しくて休みの日は不毛に過ぎていくだけの毎日、好きだった旅行も出来ないという不満、そういうものが重なってなかなかに時間の使い方や価値についてじっくり考えることとなってしまった。まるで砂漠の真ん中で現金を持っているようなものだ。お金の価値は不変でも、それを使う場所がない、機会がない。なんだかそれがとても虚しいことのように思えてきた。今は時間が何よりも尊い存在のように思える。自明なのだが、それがない状況に陥ると痛いほどに実感するものだ。現状欲するものはただ1つ、仕事や人間関係のしがらみについて考えなくてもいいような連休だ。5日ほどあれば素敵だ。あぁ、休みが欲しい。
Apr 11, 2011
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最近自動ドアに認識されないことが多くなってきた。会社の自動ドアなのだが、最近何故だか私だけ反応しないことが多い。その理由はなんとなく想像がつく。自動ドアには人を認識する構造が大きくわけて2つあるらしい。その構造2つともに盲点となるような「死角」は存在している。その死角をなくすことはなかなか難しいことのようだ。死角を克服した新しい自動ドアが出来ないところを見るとそうなのだろう。私の自動ドアの使い方は、見事にその死角に入るような進入角らしい。ようするにドアに対して斜めに進入しているからこそドアが反応しないという結果になる。だが私だって好き好んで斜めに入っているわけではない。そのドアの設置されている場所的にどうしても斜めに入ってしまう。どういうことかというと、要するにS字のような通路を想像してもらうとわかりやすい。そのS字の通路の計算されたような位置に自動ドアがある。最小限に歩数を小さくしようとするとどうしても自動ドアに対して斜めに進入することになるというわけだ。まぁこの問題について今深刻に悩んでいるわけではない。多分それはドアに激突したことがないからだ。そういうことが一度でも起きた場合…流石の私も歩き方を変えるかもしれない(笑)さて、本題へ。遠く東海地方より吉報来る。私には友人が殆どいない。厳密にはいるのだが、その友人は遥か遠くに住んでいることもあって、連絡もそうそう取らないのだ。友人はいるが、すぐに会える友人はいないという意味で私には友人がいないというわけだ。そんな近くに友人がいなくて連絡もそんなにとらない私だが、連絡を時々とっている友人もいる。その1人が愛知に住んでいる友人だ。この友人との付き合いは地元にいる友人達との付き合いよりも短いが…密度で言うとかなり濃い存在だ。今でも時々連絡をとる友人の代表と言えばやはり彼になるだろう。そんな彼から先日電話がかかってきた。今回はそんな話。正直に言って、私と友人は違いすぎると思う。私は基本的に面白くない生き方をしているのに対して彼はとても生き生きとした生活をしているように見える。流石に遠いので頻繁に遊ぶことも出来ないのだけれども、友人の話す話を聴いているだけで私の生活とは違う「充実感」がそこに存在していることに気づかされる。私の腐ったような日常とは大きな違いだ。そんな違う2人が友人をやっていること自体が結構不思議なことなのかもしれないが、世の中にはそういう事象は結構多いように思う。同じような性格よりもむしろ違う性格である方が馬は合いやすい。そんな友人から電話が来た。内容はなんとも言えないような素敵なものだった。その電話を受けた時は私は丁度夜勤の休憩時間だった。別に何もすることがない中かかってきた電話とその内容に、私の気分は上がるほかなかった。話しているうちにどんどんテンションが上がってきて本気で話している自分にその時には気づかなかったほどだった。電話でも友人から指摘を受けたが、私はその時やたらと嬉しそうだったらしい。私自身最近では稀に見るほどに気分が良かった。それだけでも私の日常がどれだけ刺激と新鮮さの不足したものであるかわかるだろう(苦笑)その日の仕事は終始気分良くすることが出来た。これも友人の齎したフレッシュなニュースのおかげだろう。あぁ…私も気になって仕方ないような人が欲しいものだ♪
Apr 9, 2011
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朝起きるのが随分と楽になってきた。思えば冬は朝起きるのが厳しい季節だと言える。特に私のように堕落した人間にとっては尚更そう感じられる。だからこそ4月に入っての暖かさは非常にありがたい。だが、この時期は風邪を引きやすい季節だというのは私独自の通例だったりする。思えば毎年これくらいの時期に風邪を引いている。気をつけるに越したことはない。さて、本題へ。最近不思議な光景を目にする。恐らくこれを不思議に思う人はそうはいないことが予想できる。私が妙な感覚を持っているからこそ感じ取る不思議なのだろう。その不思議は主に買い物をする場所や飲食店などでよく見かける。しかもその不思議の発生源は必ず年配の男性だったりする。以下にその状況を記述する。店やサービスを提供するお店にて、それを利用する人は一般的に「客」と呼ばれる。店にとっての客は利益を生んでくれる存在である為、敬う傾向にある。お店で不遜な言い方で接客している人がいないように、そこには必ず敬語が存在している。私は相手が敬語を使う場合には、相手がよほどよく知った後輩でない限りは必ず敬語を使うようにしている。仕事というフィールドでも勿論だし、仕事でなくてもそうだ。相手が敬語である以上は敬語で返すのが礼儀だと思っている。だから仕事場の年齢が私より下の人にも敬語を使うようにしている。仕事場では年齢なんていう要素は殆ど意味を成さない。そこに生きるのは経験とスキルであり、年齢の介在する余地はほぼないからだ。だが、お店を利用している年配の男性は何故か相手が敬語を使っているにも関わらず不遜な口をきいているところをよく見かける。あれはどういったことなのだろうか?1つ考えられるのは、自分自身が客だということで相手よりも優位だと思っている故だということだ。確かに客ありきの商売なので、店側よりも客側の方が優位にいるように思われる。しかしだからと言って相手が丁寧な言葉遣いをしているのに不遜な言葉を使っていい理由になるだろうか?別に私のように敬語に敬語を返す必要があるとは思えない。それは私のポリシーであって、社会的に当然に行うべきことだとは到底思えないからだ。だが、だからといって相手の敬語に不遜な言い方をしていい理由にはならないはずだ。どうもお店などでそういう光景を見かけると複雑な気持ちになってしまう。こういうことを気にする人はあまりいないのだろうか?まぁマイノリティだろう。ノートに字を書く時でも定規で線を引いて書き始めの位置を調整するような私だからこそ、そういう少しの歪みが気になってしまうのかもしれない(笑)
Apr 4, 2011
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4月になって暖かい日が多くなってきた。そういえば去年は3月も随分と寒かったように思う。いつもこの時期は例年通りといかないことが多いように感じられる。恐らくは1年のうちで最も気候が安定しない時期なのではなかろうか?去年は3月の中旬なのに雪がちらついていることもしばしばだった。しかし今年は暖かい日が多いような気もする。私としては冬は天敵なので、出来れば早く暖かくなって欲しいものだ。さて、本題へ。私がゲームから離れたのは何時頃だったろうか?思えば小学生の頃は外で遊ぶことの方が多かった。中学生くらいになってから本格的にゲームをするようになったのだが、その頃から私のゲームに対するスタンスは一貫していたようだ。ある意味では癖と呼べるような私のゲームスタイルに、周りの友人は皆不思議そうな顔をしていたように思われる。主観的には普通のことだと思っているつもりでも、どうやら周りからしたらかなり変なようだ。そんな妙なゲームの癖を持つ私なのだが、高校を卒業する辺りからはあまりしなくなってしまった。理由は特段思いつかないのだけれど、恐らくは面白いゲームがなかったからだろう。大学1年生になった頃にはすっかりゲームとは無縁の生活をしていたように思う。そんな私が再びゲームをやり始めたきっかけは…恐らくは某防衛軍の影響なのではないかと思う。そのゲームを初めてやったのは、遠方に住んでいる友人の影響だった。久し振りにゲームをしたのだが、随分とのめりこんでしまったのを覚えている。久方ぶりに徹夜でゲームをしたのもいい思い出だ。何よりも複数人で出来るという点が私を再びゲームの道へと戻してくれた要因のように思える。そんな私が今やっているゲームは何を隠そうあの有名なMHだ。このゲームはやりこみの要素があまりないように見えて実は鬼畜な程にやりこみの要素を孕んでいるというゲームだと感じる。おまけに無線で近くにいる人と一緒に狩りが出来るという素晴らしい魅力がある。この魅力に絆された私は、随分と没頭した。昨年の12月に新作が発売されたのだが、その新作を未だにやり続けているくらいの熱中ぶりだ。恐らく1人用のゲームだとそこまで熱くはならなかったように思う。熱中した要因の1つはやはり知り合いと一緒に遊べるという点だとは思うが、もう1つ理由があって、それは職場にライバルがいることだ。彼とは前作からのライバルで、どちらが凄いハンターなのかを常々競っていた。一緒にやればどんな敵にでも負ける気はしないが、オフラインでもライバルとして切磋琢磨してきたように思う。まぁこれがゲームでの話なのであまり美談ではないようにも思うが、私は沢山いるハンター仲間の中でも唯一と言っていいくらいに腕前を認めている人だ。私が200時間程特訓して出来るようになったことを彼はものの数十時間で軽くやってのける。それが悔しくて…目標でもあるのだ。私の妙なゲームスタイルはMHにおいても遺憾なく発揮されている。あのゲームはやったことがある人ならばわかると思うが、1人では難しいクエストを複数人で達成しても達成したことになる。極論を言えば多人数でやり続ければ技術を伴わなくても最高ランクに上がることが可能なのだ。多くの人は多人数でやってクリアしたことにしているだろう。しかし私はそれがどうしても許せない性質があるらしい。MHの世界では、多人数プレイのみを生業としているハンターを「寄生」と蔑称することがままある。私はそう呼ばれることが一番嫌いだ。何より好きでやっているゲームだからこそ、そういう不本意な呼ばれ方をすることが我慢できない。だからだろうか、多人数で達成しても構わないであろうクエストを私はあえて1人でやり続けている。偶然の介在することのないよう、何度も繰り返しやることで1人でも出来るということをアピールしたいのだ。そのせいか、私は同じくゲームをやっている人からは何か変態のような目で見られることが多い。いい意味ではなく恐らく悪い意味でだろう。まぁこれが私のスタイルなのだから今更変えようもないのが事実だ(笑)MHは本当にいいゲームだと思う。未経験の方は是非ともやってみることをオススメする。カプ〇ンの回し者だと称されても仕方ないほどに、私はこのゲームが好きなのだから仕方ない(笑)
Apr 1, 2011
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